梅雨が
初夏の訪れは遠いけれど、都会特有の粘りつく湿気が不快指数をはねあげる。
少し動くだけでじとりと汗をかくものだが、俺は別の意味で汗をかいていた。
場所は屋上。吹きつける風は弱く、前髪を揺らす程度だ。
先週、TVでは化粧の濃いアナウンサーが梅雨入りを発表していたが、珍しく梅雨の中休み。空は晴れていた。
そして俺の前にいるのは一人の女子。
赤みがかった髪が特徴的で、普段は元気な彼女は、しおらしく目を伏せて俺に言ってきた。
「入学式のときからアタシね…………大石君のこと、ずっと見てたの……。最初は遠くからだったけど、ちょっとでも近づきたくて」
「…………」
ごくりと生唾を飲む。
俺の心中など知らずに彼女は言葉を続ける。
「勇気を出してね、いいたいな……って。だから……言うね大石君。私……私……」
びゅうっと風が吹く。
彼女のショートカットが揺れる。
そして――
「今度の麻薬捜査で強襲逮捕するからフロントやって!!」
「
リアル犯罪者相手に
色気のいの字すらない!
念のため確認するが強襲科は強襲逮捕――ようは突撃兵よろしく、突っ込んで犯人逮捕しましょうねって仕事。
諜報科は犯罪組織に対する諜報、工作、破壊活動を主に学ぶ。まあ後ろでこそこそしましょうねってタイプだ。決して正面に立つお仕事じゃない。
少なくともフロントって最前線だろーが!
二年のお姉さまにそこら辺を突っ込むと、
「えー、だって諜報科兼強襲科みたいなもんじゃん」
「入試の試験は変に高いランクになっちゃいましたけど、諜報科のCランクっすよ。麻薬捜査ってガチやばい類の任務じゃないですか!」
武偵高校の俺たちは学生だが、依頼に応じて任務を請け負うシステムがある。単位にもなっているので確かにやらないと不味い。
進級できない可能性がグンとあがる。授業だけでは落第の可能性があるのだ。
でも、でもだ。
個人のランクに応じた依頼を行うのが普通。
そしてCランクはせいぜい連続ひったくり犯を捕まえろとか、万引きの多いデパートの覆面捜査員とかまだ拳銃でドンパチやらないレベル。
麻薬捜査なんてヤバイのは最低B、国際指名手配犯が噛んでたらAやSなんて当たり前。
武偵の中には犯罪者間で“賞金首”にされている人もいるそうだ。危険度の高い任務ほど、日常生活にも影響を及ぼしかねない。
この前なんて大阪に連れてかれたら軍用ヘリがあったんだぞ! 迷路みたいな港の倉庫街を彷徨って、偶然見つけたときは硬直した。しかも銃撃戦が始まってゾロゾロ黒服サングラスがやってくるし!
機械類は多少強いので適当にコード引っこ抜いて逃げたら、後で先輩方に褒められる意味不な展開になったし。
……うん、俺がやれるわけない。
「ランクなんて飾りです。偉い人にはそれが判らんのです」
「ランク重要、めっちゃ重要! 飾りじゃねっす」
「大丈夫、私たちはBランクだから受領できるし。君はなんちゃってCランクじゃん。Sランクレベルなんだしー、今だって十件連続達成中じゃん? いける、いけるよ君! 自分のカラを打ち破るんだ!」
「カラ破る前にハチの巣にされそっすよ!」
「仕方ないな~」
必死に説明するが先輩はとうとう伝家の宝刀を出して来た。
ワザとらしく、右手を動かすと自分の胸に手を突っ込む。
胸の谷間(推定Dカップ)からスッと紙切れを取り出す。
俺は胸ガン見です。悪いか? ホモじゃなければ絶対目がいくだろっ。
「私達のチーム全員のメ・ル・ア・ド♪」
「さあ行きましょう先輩。不届き者な犯罪者を撲滅してやりましょう!」
「あははははは! 判りやすくて好きだよー!じゃあ明日の夕方に学校集合だからねー♪」
「は!? しまったぁッ!?」
るんらるんらと去っていく先輩に俺は手をついた。
拒否ろうにも絶対、テープレコーダーを仕込んでる。
つーか胸元にチラッと小型の機械が見えたから会話はキチンと録音しているはず。
どのみち、目をうるうるしながら頼まれると断れないのだが……。
ちくしょーそもそもなんで先輩らが俺をターゲットにするのか判らねえ。
大体もう一人の天才君を狙えば、
「ようケイ、なにやってんだ」
「あ、いたターゲット候補生」
噂をすれば影……って噂じゃないけどキンジ登場だ。
片手に袋をぶら下げている。
「なんのことだ?」
「こっちの話。てかどーしたん?」
「どうしたもなにも昼休みだろ。天気いいから屋上で喰おうと思ったんだよ……白雪に弁当渡されたし……」
「あーはいはいリア充粉砕しろ」
「爆発より酷い!?」
黙れ独り身の敵。肝心の星伽さんは……いないな。ちっ、野郎だけかよー。
星伽さんは奥ゆかしい性格ゆえに、無理に昼を一緒しようとはしないみたいなんだよなー。
まあ食事を一緒すると砂糖でも苦いと思えるほど甘ったるい空間が形成されるのでどっちもどっちか……。
いつも、こんなやり取りをしているが俺は別にキンジを嫌っているわけじゃない。ただの軽口だ。
友人の武籐と一緒にキンジをからかうのはいつものことだし。
今日はいい天気だ。ついでだし、一緒に飯でも喰おうかって話になった。
教室からコンビニで買ったパンと取ってくる。
じめっとはしているが、海も近いし見晴らしがいいからか涼しい。
隣で喰ってる野郎の弁当がピンク成分が豊富だったり、ハートマークが見えた気がするが気にしない。気にしないったら気にしない。
……くっ、今日のカツサンドは塩辛いぜ……。
話題らしい話題もなく、適当に食べていいたらキンジの方から話題を振ってきた。
「そういや見てたぜ。また先輩の協力すんだな。嫌だ嫌だって言う割に」
「うっせ。女子からのお願いは断れない性分なんだよ」
「……お前、もしかして性的に興奮すると強くなるタイプだったりする?」
「なにそれ?」
キンジがいきなりアホなことを言い始めたぞ。
意味が判らん。
「あー、いやあれだ。男って女を守ろうとすると強くなれるって思わないか?」
「言わんとしてることはなんとなく判るが……。何、キスとかパイタッチで真の力を発揮するみたいな?」
冗談めかして言うと、キンジが真剣な表情で頷いた。
おい、マジ顔で言う事か?
「そんな感じだ。……で、どうなんだ?」
「……はぁ~、お前なぁ……。どこのラノベ主人公だっての。そんなアホでピンポイントな能力あったら笑いを通りこして憐れむぞ俺は」
「お、おい、それはさすがにないだろっ!」
だって本当にその手の話しは探すと結構見つかるぞ。
18禁ならきっとえっちぃことしたらパワーアップするとかになるな絶対。
「どうせなら、こう、小学生みたいだけど可愛らしい少女が二丁拳銃とか二刀流とかでバンバン活躍するってのが良くないか? 特殊能力よりよっぽど現実味があるぜ」
「それもおかしくないか? 体格が小さければその分、筋力はないし運動能力は落ちるだろ。現実的じゃないな」
「だよなー。はぁ~女の子でも落ちてこないかなー。それで恋愛が始まったらいいのに」
手元のサンドイッチを喰いつくしたので適当に横になる。
青空が俺を見下ろしていた。
「お前かなり疲れてるな」
「毎日死ぬ思いしてるからなー。そういやさ」
「なんだ?」
「お前んちってどうなの?」
「質問の意味が判らないぞ」
「いやーキンジの家族構成とかは聞いたことあるけどそれ以外じゃ聞かなかったしな」
知り合って二、三ヵ月だけど、たぶん学校では一番仲がいいのがキンジだろう。
特に深い意味はなく、ただ話しのネタとして聞いてみただけだった。
するとキンジが言うべきかどうか悩む素振りをする。
「……まあお前ならいっか」
「別に言いたくないなら言わんともいいけど」
「隠してることじゃないしな。遠山金四郎って知ってるか?」
「あ? あ~~~っと、あれか、でーでーでーででででででででーでーで~って奴」
「なんで効果音しか覚えてないんだよ。遠山の金さんだろ。この桜吹雪が見えねえか! って」
それそれ。
なんというか、殺陣の部分だけは結構好きだったから覚えてたんだよな。
それ以外は、まあうん、何年も見てないし忘れてた。
でもそれがなんなんだろう?
「俺の家ってその遠山家の血を引いてるんだよ」
「……え、それってつまり」
「遠山金四郎の子孫ってことだ」
マジで?
嘘だろ、と言いたかったけどキンジはこういう嘘をいうタイプじゃない。
でも確かにスケーターにも戦国時代の武将の子孫がいたりするし、あり得なくはない、のか?
「そりゃあ……凄いな」
「別に血を引いてるだけだしな。でも、正義感は強い人が多いから、昔から警察とかに役所の人間とかになってる人が多い。俺もそれを誇りに思ってる。一応、これ周囲には言わないでくれよ。武偵だと色々物騒だしな」
犯罪者に狙われるかもってことか。キンジの兄は腕のいい武偵さんらしいし。
「ああ、それは判ってるけど。想像以上に凄い話だったな~」
「そういうお前はどうなんだ? 古い家って聞いたけど」
「あーごめん。ぶっちゃけ興味なかったから判らん」
「お前な……」
「普通は自分の家がなにかって気にしねえと思うけどなあ。知ってることといったら、結婚するときに両親の名字が同じだったから手続きが楽だったー、とかじーさんの突きを母さんが避けまくって結婚が決まったとか、そういうエピソードしかねえや」
「ほのぼのしてそうな、殺伐としてそうな、良く判らない話だな……」
「一般家庭なんてそういう――」
キーンコーンカーンコーン!
予鈴が鳴り響く。どうやら昼休みも終わったようだ。
「時間か。あー明日だるいなー」
「そう言いながらキッチリやる癖に」
「女の子の前では格好付けたいんだよ」
キンジと談笑しつつ屋上から出ていった。
「………………」
「気を付け、礼」
「さようならー」
放課後だ。
同じクラスのキンジや武藤(車両科でガタイのいい奴。気が合う)と別れながら俺は教室を出た。
明日はまた先輩方に連れて行かれるからな、今日はぐっすり休みたい。
適当に食糧を買いこんだら帰ろうと、廊下を歩いていたら、
ドンッ!
「きゅふん!」
「うわっとっとと。わりー大丈夫?」
しまった考えすぎでぶつかっちまった。
慌てて手を貸そうと相手を見ると女子だった。
そして見えたのが胸元。
ドオン! と効果音が突きそうなほどの巨乳様。
金髪のゆるふわウェーブも超グッド!
おお、なんかラッキー、と思ってたら、
「にゅふふ~♪ いっけないんだーリコのお胸を凝視しちゃって~」
「あ、いや、その……すんません!」
「んーん別にいいよー。いいもの見れた?」
「それはもう素晴らしい桃源郷で……って、いやあのですね」
「くふ♪」
小悪魔チックな笑みを浮かべている少女。
凄い、めっちゃ可愛い!
星伽さんは和風美人ならこの子は洋風人形。
コロコロと変わる愛らしい仕草は猫を彷彿させる。これはまたすんばらしい美少女っぷり。ハラショー!
……武偵高校に来て良かった。
内心で大歓喜していると、少女が俺の手を掴む。
「え? ちょ――」
「リコ知ってるよ~、大石啓君だよね! ちょっとお話したいからついてきて」
ふにゅりとマシュマロみたいに柔らかい手を俺を包んでいる。
甘い匂いを発する美少女の手を払うことなどできるわけなく、そのまま屋上へと連れて行かれた。
東京湾が見渡せる武偵高校の屋上。
そこに俺と
何故つれてきたのか聞くと、
「くふふ~、噂の大石啓って男の子が気になったのです! リコは
探偵科は未解決のプロファイリングとか、浮気調査やら、一番探偵っぽいことをする科だ。推理学とかもしているらしい。
入学試験でSランクをとった直後に諜報科へ移った生徒、ってのは確かに興味が惹かれるかもしないな。
俺としては美少女様とお近づきになる絶好のチャンスなのでどうぞ来てくださいって感じだが。
「それで何が聞きたいんだ? 携帯電話やアドレスならぜひ赤外線通信をお願いしたいけど」
「おにゃのこ好きなんだね~♪ でもどうしよっかな~なに聞こっかな~。勢いできちゃったからね~! くふ♪」
「ああ、なるほど峰さんはそれで――」
「リコでいいよー。私もケー君と呼んじゃうから♪」
「お、おう」
なんというかパワフルな女の子だ……。
何が楽しいのか判らないけど、拳銃をクルクルと回して遊びながらどうしよっかな~と落ちつきなく撥ねている。
当然、二つの最終兵器も絶賛稼働状態だ。いいぞもっとやれ!
……こほん取り乱した。
小動物みたいな峰……いやリコさん。
おされぎみの俺にダメダメだぞーと言ってきた。
「ケーくんノリわるいぞォ! そんなんじゃリコりんフラグは立たないぞ、ぷんぷんがおー」
「いや、こういうノリは慣れてなくてな……」
「リコの友達もそんな感じだけどね。同人誌書いてるけど、普段はぐだーっってしてるんだよね~。タイプが一緒なのかな~?」
「フラグといい同人誌といい、その手の話が好きなん?」
「モッチモチだよー! 『スペシャル妹デイズ』とか『禁じられたお医者さんごっこ』とかゲームしてるよ」
それ18禁じゃね!? 男性向けの奴じゃねえか!?
な、なんというか発言の一つ一つが凄すぎる。
リコさんはいまどきの女子高生? っていうのかテンションが高すぎてこっちがおっつかない。
いまどきの女子高生でも男性向けのゲームはさすがにやらないと思うけどさ。
どうしたもんかと思っていると彼女の拳銃に目に映る。あ、あれって……。
「それって――」
「ん~この拳銃?」
「そう! それあれだ……え、えっと、ワルサー3P!」
「いや~んケーくん溜まってるの? ワルサーP99だよー」
「おうふ間違った……全然ちげえ……」
なんか似てたからさ。
でもワルサーP38、だったな確か。
ん……?
「そうか、そういうことか……」
「ん、どしたの?」
「峰不二子……」
「……え?」
な~んか峰って名字に引っかかりを覚えてたけど、そうかルパン三世か!
ワルサーシリーズ持ってて名字が峰。
なんちゅーストライクな……。
俺、ルパン三世は大好きなんだよな~音楽も好きだし、次元や五右衛門も大好きだし。
まさに大人のアニメって感じで。
でもリコさんみたいな若い子でも好きなんだなー。
「ルパンかー」
「……ねぇ、ケーくんどーしたのかな? どうしてリュパンとか言い始めたのかリコりん気になるなー」
リュパン?
いや発音の問題か。金髪だしハーフなのかも。
「そりゃあ、ルパン大好きだし」
「……ケーくん武偵でしょ? 犯罪者が好きって不味いんじゃないのかなー?」
「そういうもんなのか?」
そっか。アニメで良い印象持っているけど、ルパンって実在した怪盗がモデルだもんな。
でもなんでリコさんは好きだって――――はっ!?
俺はいまとてつもない大チャンスを手に入れているのではないか?
大石啓、よく考えろ。
うまくいけばリコさんに好かれるかもしれない。
念願の恋人ゲットの一歩になるかもしれないんだ!
星伽さんはキンジLOVEだが彼女はフリーの可能性が大。慎重にことを運べ。
まずリコさんはルパンが好きなのは違いない。
だってワルサーなんて拳銃持ってるし、ルパンだって知っている風だった。
アニメ好きなのも確実だ。
仮にも俺は探偵みたいな職業。
推理しろ……彼女の好みを分析するんだ……推理学だってちょっとかじったし。
ルパンは大人向けのアニメ……じゃあ渋い、落ちついた男が好みなんじゃないか?
でもいきなり振舞っても遅い。
さりげなく……さりげなく……冷静さをアピールしよう。
クール大石となるのだ!
「武偵でも関係ないだろう。あの数々の困難を乗り越える姿は尊敬に値する」
「ふ~ん…………(夾竹桃が嫌ってた理由がちょっと判ったかな~嘘つきの匂いがぷんぷんだねー。これは少し怪しい気配を感じるかも)
正直に言えば、あの女ったらしっぷりを尊敬しているのだが言えるわけない。
ルパンダイブとか凄すぎる。
リコさんの喰いつきは悪くない。いけるかな?
「ねえそれって何世?」
「ルパンといえば三世しかないだろ?」
「そう、そうなんだ……やっぱりみんな三世三世っていうんだね……」
どうしたんだ。声のトーンが低くなっているんだけど、気のせいかな……。
ちゃきっと俺に拳銃を向ける理子。
え、ちょ、おま!
……待て、クール大石! 悪ふざけの類に違いない。男ならワンパンするが女の子でしかも悪戯っ子っぽい理子ちゃんが撃つはずがない。うんオーケーオーケー。納得だ。
「慌てないんだねぇ……」
「撃たないって判ってるからな」
「…………四世ってさ、どう思う?」
「は?」
「もし、仮に、リュパン四世っていたらどうする~? って思ってね~リコりんは気になったのです」
いきなり話が飛んだな……いや、考えろ大石啓!
リコさんの様子が少し変だ。もしかしたら凄く重要なことなのかもしれない。
ここでこそキチンとした答えを返すんだ!
四世……つまりルパン四世ってことだよな。続編かな……。
そういや同人誌を書いてる友人がいるっていってた。
つまり同人でルパン四世を書いている――――これが答えに違いないっ!
ならさりげに褒めよう。
「……いいんじゃないか? ルパン四世。面白そうだ」
「へぇ面白い……? ……ハッ、滑稽ってことか。天才じゃない数字だけの凡人にはお似合いってことなのかなぁ~?」
「いいじゃないか
ぴく…………なぜかリコさんの表情が固まった。
俯いたあと、いきなり怒りの形相で俺をにらみ付ける。
え、え、なんで!?
「その名で呼ぶな!! 四世四世四世四世、よんよんよんよん――数字じゃないんだよッ!!」
泣いてる!?
良く判らないけど逆鱗に触れちまったのか?
先ほどの笑顔はどこえやら。
口調もえらく乱暴になっている。
俺の馬鹿やろーーーー!
リコさんに好かれようとして地雷を踏みつけてしまったッ。
でも何が悪かったんだ……? ルパンが好き過ぎてこだわりがあるってことか?
面白いじゃなくて渋いとか言えばよかったのか? 判らねえッ!!
「何か言ったらどうだあぁ!? 最初から判ってたんだろ、じゃなきゃリュパンって言葉が出るわけない……ッ! 舐めやがって!」
「…………」
……ごめんよく判んないっす。
こ、ここは一つ――戦略的撤退、撤退だ!
お前最低って言った奴がいたら、だったらお前が宥めてみろって言ってやる。
般若も裸足で逃げていきそうなほど怖いんだよ! キレる若者って奴か!?
泣きじゃくるだけなら手を貸せるけど、今も拳銃突きつけられて怖いし。
う、撃たないよね、うん。
俺はリコさんに背を向ける。
当然相手が許すはずもなく。
「逃げるのか、おい……! 逃がすと思ってるのか?」
ですよねー。
でも撃たないと信じて俺はコツコツと歩く。
たぶん……だけど……適当な感想で彼女は怒ったのかもしれない。
俺が彼女に好かれようと下心を持って接したのに気付いて激怒したのだと……言い訳だけど。
最後に振りむいて言う。それでも面白いと思ったから。
「四世、いいじゃないか」
「あぁッ!?」
「ルパン四世。三世は天才だったろ。だったら違った方がいいじゃないか」
三世はおっちょこちょいだけど盗みの天才。
四世を作るなら、逆に天才じゃなくて悩むけど頑張る秀才タイプがいい。
十分キャラが立っている。
主人公がみんなハンコを押したみたいにまったく同タイプなんてアニメファンから激怒されかねんぞ。まあルパンは人気アニメだから許される可能性は高いけどさ。でも違ったタイプの方が個人的には好きだ。
「同じ天才なんて逆に量産型っぽくて面白くない。逆に才能がないけど努力していく奴の方がよっぽどいい。まさに四世――そう思うよ、リコさん。……怒らせて悪かった。じゃあな……」
「………………お前――」
屋上の扉を閉める。彼女の声はもう聞こえない。
あーあ、背を向けながら謝るとか最低だ俺……。
こんなんだから彼女の一人も出来ねえんだよ……。
俺は落胆した気持ちのまま、トボトボと寮へ帰るのだった――