真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~   作:カメル~ン

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第➀○話

 

 

 

 五千人隊長……改めて考えてみる。

 一刀は、間もなく始まる木人との二回戦のインターバルの僅か合間に『速気』を使って思考する。一分を七、八分の感覚に伸ばすことはもはや難しくない。

 さて、五千人隊長は、兵士五千人のトップである。

 多少贔屓等もあるだろうが、少なくとも五百人から二千人の中でもっとも腕が立つと思われる人物であろう。中には五千人中で一番のヤツもいるはずだ。

 何度も言うが五千人中なのだ。現代の勉学で言えば、東大なんかにも楽勝で入れて、マサチューセッツ工科大学をも普通に卒業出来ちゃうわけなのだ。

 そして、十万の大軍がいたとすると、その中でわずかに二十人しかいない準将軍・副将たち並みなのだと言えた。

 そう……もはや、中には三国志に名を残した人物も当然いる立ち位置なのだ。

 

(シャレにならない)

 

 一刀は、そう素直な感想が思い浮かんだ。

 こちらは先日まで、普通の生活をして過ごしていた、偏差値五十ちょこっとぐらいで少し剣術ができるかなぁというぐらいの凡人高校生なのである。

 確かに仙術の『速気』がそこそこ使え、『剛気』は僅かに使えるようになってきているが、そもそもモノが違うはずなのだ。

 二度目のマグレな勝利があるとは思えないのであった。

 だが今からまだ長時間、一刀はその怪物と戦わなければならないのだ。

 偏差値五十ちょこっとの頭脳だとしても、生き残るために使わざるを得ない。

 フルに使わざるを得ないのであった。

 「うーむ」と考えた結果、一刀には、試験とも言えるこの試練を乗り越えるために思いつくことがそれしかなかったのである。

 

 そう、『カンニング』である。

 

 思考の流れは、気の流れと言える。一刀は自分の指を、手や足を動かすときに気の流れがどう動くのか、どういう感じに見えるのかは、大体わかるようになってきていた。

 相手のそれを見ていれば、どこが動き出して、どこを狙って来る動作をしようとしているのかが、先に読めるのでは?と考えたのだった。

 まだ薄くしか見えないだろうが、気の流れは、同じ体の構造を持つ者なら同じはず。

 すなわち……え?……ちょっと待て。体の構造?……一刀は気付く。

 

 相手は……『木人』である。

 

 その一瞬、外からは『速気』中なので、超一瞬だけ一刀の顔をキモく変形したように見えた。雲華は、一刀の方をはっきりとは見ていなかったようで、表情の変化に一瞬気が付いたが「ん? なに?」という表情で少し顔をこちらに向けただけだった。

 

(どうしよう……)

 

 一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をした一刀であった。

 しかし、少し後ろに立つ、もはや貫禄ある木人の気をチラリと見てみた。

 すると――。

 

 見えたのである。薄っすらと気の流れが。

 

 さらに、チラリ、チラチラと良く見てみる。ヤツのその指先まで気が通っている。人と同じように、その手が動く前に気の流れが強くなっているのが見えた。その変化を一刀は見逃さない。

 

(いけるんじゃねぇ?)

 

 一刀は僅かの間、ニヤリと笑ったのだった。

 その一瞬、またしても外からは『速気』中なので、超一瞬だけ一刀の顔を不気味に変形したように見えた。

 雲華はそれに気が付き、その一刀に告げる。

 

「顔を変化させて遊んでいるようだから、そろそろ始めるわよ?」

「ああ、いいよ♪」

 

 妙に、軽い返事に変わった一刀の変化に雲華は気付く。

 

(どうやら、勝てる可能性の高い答えがあるのに気が付いたようね。ふふっ、どれを選んだのかな)

 

 雲華はやさしい。厳しくはあるが本当に不可能なことはさせなかった。最初からいつも一刀なら出来ると、やってくれると信じていたのであった。

 

「じゃあ、始めて」

 

 雲華のその掛け声に、貫禄の木人が動き出す。一歩、また一歩と一刀に迫るのだった。

 すると、なんと一刀も木人の方へと詰めていった。

 一気に互いの間合いに入り込み、木人が木刀チックな棒を容赦なく一刀の頭上へ閃光のような先制の一撃を振り下ろす。

 しかし、一刀は木人の棒を振り下ろす軌道には……すでにいなかった。最少の消耗ですむ程度の『速気』で一瞬半歩下がり、木人が振り下ろす軌道を躱すと、木人の右の手首へ木人が振り下ろす軌道に少し遅れて被せるように打ち込んだ。そしてそれは、一刀の引き技を見て、木人が上に棒を戻そうとしたところで少しカウンター気味に入っていた。

 すると木人の打たれた方の右手から、握られていた棒が離れたのであった。

 人体の手首には、痛打されると激痛が走る部分がある。親指から手首への延長上にあり、手首の部分で僅かに盛り上がっている辺りである。試してもらうと分かるのだが、人差し指でポンポンとその部分を軽く叩くだけでも痛く電気も走るのだ。そこが、剣道の手からひじまでの部分を指す『小手』で最も威力のある箇所になる。

 一刀は、木人の体の気の流れを読み、上段から頭を狙って打ってくることが事前に分かっていた。当たる直前まで軽い『速気』で待ち、一瞬だけ高速動作し、引いてギリギリ紙一重で躱す。そして、木人の気の流れから、正確に弱点である手首の位置を軽い『速気』と『剛気』で打つ。

 だが木人は、残った片方の左手を返して間合いになる様に一歩一刀側へ踏み込みながら、下から上に棒を外へ向かって払うように切り上げてきた。

 さすが、五千人隊長水準の木人である。反応が早い。そして、痛覚も人ほどは無いのだろう。先ほど手を離したのはクリティカルヒットされたことで、痺れというか乱れた気が走ったからであろう。

 だがその動作も、一刀は木人の下半身や左腕の気の流れから予測が出来ていた。左腕なので、ほぼ左に払う事しかできない。なので一刀は、軽い『速気』でゆっくりと木人の攻撃出来ない右側に踏み込むと、さらに胴を完全に打ち抜いて後ろに抜けた。そのまま、一刀は反転して再度の木人の攻撃に備える。

 さすがに五千人隊長の動きは一流で鋭く早かった。今回の上段からの攻撃だけでも、先ほどまでの見てからの対処では『速気』でも反応は遅れ気味な上に後手後手だっただろう。しかし、事前に動きが分かれば、軽い『速気』でもこのように効率よく活かせ、躱せる上に反撃できるのだった。

 

(すごいなぁ、神気瞬導は)

 

 普通はどう考えても、五千人隊長並みの者による一方的なヒキニク祭りの展開であろう。

 一刀は、改めて神気瞬導の有意さと万能さに感心する。

 だが、その一刀の一連の動きを見て雲華は……笑い出していた。

 それは一刀の選択した方法が、よりにもよって難易度が高く高度な技だったからである。その名は、思考発極(しこうはっきょく)。気の流れにより相手の動作思考を発(あば)き制する究極の戦い方の一つだった。

 初めてやって見せたその上で、実際に五千人隊長水準の動きを上回っていた。さらに消費した気力も最低限であった。これなら、二時間ぐらいは気を持たせられるかもしれない。

 雲華は考える。

 

(一刀は、すでに神気瞬導をごく自然に使っているんだわ。それが、どれだけ難しいことか本人は知らないんだろうけど……。そうでなければ、思考発極を使えるわけがないのだから。確かにこれも基本の応用ではあるのだけれだけど。それだけに上達するのは難しいはずなのに。……どうやら、次の『鬼ごっこ』は私も少し本気にならざるを得ないようね)

 

 その後も、さらに五千人隊長並みの強さである木人の攻撃が続くのだが……一刀は相手の動作が事前に分かるため、最小の動きで躱すと最大の効率で攻撃に転じる。そして、なるべく次の攻撃に移るのが遅れるように、時間を稼ぐように間合いを取りながら戦った。

 そして、そのうちに一刀は五千人隊長水準の猛者が放つ剣技を、見えていた気の流れで、技の体の動きを真似て『速気』と『剛気』を加えて攻撃に転じ始める。

 まず、一刀から攻撃を右上段より打ち掛ける。それは、木人から見ると左上からくるので、木人は当然受け止めようとしに来る。それを、一刀は棒を持つ手を『速気』で反して棒先を一瞬で左上段に振り変え、引きながら木人の頭頂を強烈に打つ。手首を僅かに返すだけで、梃子の原理で棒先は大きく方向が変わるのだ。

 当初、木人は良くこれを使い、一刀の『速気』の早さに対してまず先手を取る事と、この動きを上段、中段、下段に散らして対応していたのだった。

 だが、それを逆手に取られると、木人側はかなり厳しい。動きを先読みされながらの上に、『速気』によって先手で一刀に攻撃を取られるのだ。堪ったものではない。

 

 雲華は、それを目を細めて見ている。一刀は、さらに一つの大技に手を掛けていたのだった。

 それは、視鏡命遂(しきょうめいすい)。見えた気の流れで、相手の技の動きを鏡に映すがごとく取り入れ、初めから自身の命令で遂行するがごとく思う通りに出来てしまう技である。

 進む木人との実戦剣術修行の中で、一刀はそれら、『思考発極』と『視鏡命遂』の技の精度を上げてゆく。

 結局一刀は、ヒキニク一丁上がりの予想に反して、五千人隊長並みの木人相手に数回棒が肩等に掠られることはあったが、痛打される事なく一時(二時間)を迎えたのである。

 雲華にしても、斜め上の結果であった。

 そう、そしてその事は、雲華には自身の事以上に嬉しいことであった。

 一刀は木人の横を抜ける刹那の段階で、強烈な小手を打ち込んだ。木人は思わず棒を落としてしまう。

 それを見て、雲華は声を掛ける。

 

「そこまでにしましょうか。おつかれさま」

 

 耐久の意味もあったので、この一時(二時間)は実に休み無しで行われたのだった。

 雲華が見る限り、木人はまだ元気そうだが、一刀は優位に進めてはいたものの体力的には大分ヘバって来ていた。だが、それでもまだ一刻(十五分)ぐらいは戦えそうな気力を残しているようであった。

 時間を稼ぐのも兵法の一つである。一刀が強敵を相手に、出来るだけ打ち合う回数を減らして間合いを引き延ばし、気力を温存してきた効果が出ていた。

 雲華は一刀に近づくと、とても優しい笑顔を向けながら、袖から出した手ぬぐいを握ると、その手を伸ばして来てくれて、大事そうにやさしく一刀の額に浮かぶ汗を拭ってあげる。一刀も嬉しそうにそれを受ける。

 

(ああぁ、雲華はやさしいなぁぁ)

 

 一刀の頭には、先ほどまで『悪魔』さまに仕組まれていたはずの、地獄の五千人隊長木人剣術修行の苦しさは、すでに欠片も残っていなかった。

 そう……もはや無限の気力に溢れかえっていたのであった。『幸せ~~』な気で、勝手に全身へ瞬間回復まで掛っていたのであった。バカでボケていたのである……。

 そして、雲華はそんな天然幸せボケ中の一刀に質問をするのだった。

 

「どうして、少しは覚えていたはずの飛加攻害(ひかこうがい)を使わなかったの?」

 

 一刀は一瞬固まる。そして、雲華の目を改めて見ながら軽く右の拳を握ると、左の手の平をポンと軽く叩く。

 

「なるほど! 思いつかなかった……剣術の事を考えていたから、『触る』という発想は思いつかなかったよ。確かに、すり抜ける際とか十分、腕や足に触れたなぁ」

 

 雲華は拭いた手ぬぐいを袖にしまいながら、呆れるように笑う。

 

「一刀には脅かされるわね。期待していたより、ずっと難しいことをやっちゃうんだから」

 

 そういうと、嬉しそうに、雲華はゆっくりと――――

 

 

 

 一刀の正面からぎゅっと抱き付いていた。ハグハグであった。三度目である!

 

 

 

 雲華は腕を背中に回してくれていた。加えて一刀の体は絶を受けていないのである。

 そして……

 

(おなかの上あたりに……当たってるんですけどぉ! 完全にフィットです! フィットしちゃってますよ、これは!!

 生で、柔らかい二つの、掴むための、栄光の、部位の……jdじゃそいじゃいおsjヴぁvj)

 

 一刀の思考はまたも文字化ける。

 それに、木人くんがそばにいるのに……ってあれ、すでにいない!?

 一刀が周りを見回すと……気を使ってくれてるのか、彼、すでに倉庫に入って行くんですけど。右手を軽く挙げてくれて、握った拳の親指を立ててくれてるんですけど?! イケメンな行為をサラリとしてくれるんですけど!?

 というか、木人くん。人間味ありすぎだろ。

 一刀は嬉しいやら、どうしてよいのか分からずやらで、思わず雲華に聞いてしまう。

 

「あ、あの、雲華? 俺、汗かいてるし……ね?」

「いいの」

(えっ? いいの? ほんとにいいの?! って、なにがいいんだろう?)

 

 一刀の思考は完全に崩壊してた。

 昼前の巨木の広場は、快晴のもと枝の間から美しい木漏れ日が射し、風も穏やかであった。その合間に鳥たちが愛の求愛の囀りなのか、どこからか綺麗な鳴き声が聞こえてくる。

 平和で、長閑(のどか)な時間は流れてゆく。

 

 一、二分はたったと思うが、二人はまだ静かに抱き合っていた。

 一刀もいつの間にか雲華の背中に左手を回し、そして右手で雲華の頭をゆっくりとなでなでしていた。雲華もそれを目を瞑って甘んじて受けているようだった。

 

(なんでもいいんだよな。幸せだし)

 

 一刀は思った。雲華は喜んでくれてるし、これで、大事な雲華を守れる強さに少し近づけてるんだよな……と。

 その永遠に続くかと思われた、尊い幸せで静かな時間だったが、ついに……ついに、破られるのであった――――。

 

 

 

 グゥゥゥゥゥゥ~~~~。

 

 

 

 一刀は、お腹が空いてしまっていたのである! 容赦のない破壊音であった。

 一刀には納得できない。俺の腹よ、なぜ今、鳴る?

 しかし胃袋は再び、グゥゥゥ~~と鳴った。鳴りやがったのである。関係あるか、早く食わせろと言わんばかりであった。

 思わず、一刀が自らの胃袋に絶を食らわせてやろうかと思ったところで、雲華が顔を少し赤くしたままゆっくりと一刀の背中へ回していた手を解いて一刀から離れる。

 そして、手を後ろで組みながらモジモジするように上目使いで照れながら言う。

 

「一刀に、おいしい昼ごはんを作ってあげる♪ 一刀はゆっくり体を拭いてくればいいから」

 

 そう言うと、雲華は何度も振り返りながら笑顔でゆっくりと梯子を上がっていく。それを、一刀も笑顔で応えて見ている。一番上まで上がって家に入るときに、雲華は可愛く小さく手を振ってくれる。一刀も小さく手を振って返す。そして、雲華はニッコリとして家に入って行った。

 

 ……どうみても、二人とも完全に『バカ』になっていた……。

 

 しかし、本人たちは全く気付かないでいた。他人がどう思おうと、すでにどうでもよいと言える。それに、この周囲には他に誰もいないのである。平和なのであった。『これでいいのだ!』と思っていた。

 雲華を見送っていた一刀は、思い出したかのように倉庫小屋横の庇のある場所に置かれた水瓶のところに来る。すると、そこには対戦の合間だろうけれど、いつの間にやら着替えと手ぬぐいが置かれていた。

 一刀は雲華へありがたいなぁと思いながら、水瓶から柄杓で水を汲み、手ぬぐいを濡らして絞ると丁寧に体の汗を拭うと用意されていた橙色の服に着替える。

 すでに着替える服は、紺、空色、薄緑、橙色の四色に増えている。そして下着も、一刀が着ていたものを参考に、白地やグレーの生地で雲華が同じようなものを何組か用意してくれた。出来る女性は、スバラシイ! 改めて何か、雲華の役に立てればと思う一刀であった。

 そして、ゆっくりとと言われていたことから、一刀は先ほどまで着ていた空色の服を先に洗濯して、倉庫横の日が少し当たる干場に干してから、梯子を上って家に入って行った。

 一刀が食堂に入ると……なにかが違った。

 ちょうど、昼食の用意が終わったのだろう。お皿はすでに食卓に並べ終わっている。油で軽く炒めたいい臭いがする。炒飯のようだ。汁物や野菜も並んでいる。

 しかし、並べている場所がいつもと違う……横に二人分並んでいた。

 いつもは、向かい合って座っている。家の主である雲華が奥に座り、居候の一刀が扉側に座ってというのがいつものポジションなのだ。

 しかし今並んでいるのは、奥の雲華側に二人分が並んでいる形になっていた。

 ん?そういえば、朝も俺が食卓でいつもの位置で待っているところに手早く運んできたときに、雲華は一瞬止まって並べるのを考えていたような……。

 そして、良く見るとお箸を始め、食器類も一刀専用のものが用意されるように見える。雲華と当然のごとくお揃いのものである。

 

「あの……雲華――」

「今から一刀は、私と並んで食べるのよ」

 

 雲華は優しく微笑んでそう言って一刀のところまで来てくれる。『悪魔』さまの微笑みではない。しかし、一刀は「はい」と答える。それ以外の選択肢は無いように思えた。

 雲華に手を引かれて「どうぞ」と席を勧められ、席に着く。

 雲華も静々と並んで一刀の左側の席に着く。

 ……横にピタリとくっ付いていますよ、雲華さん?

 彼女のいい匂いがしますよ。桃尻も当たってますよ?

 一刀は横を見る。

 雲華も、こちらを向いて嬉しそうに少し頬を赤くして微笑む。

 一刀もニカリ(にこりじゃない……それを超えているニッコリ)として『もうどうでもいいやぁ』という悟りに近い笑顔を雲華へ向ける。

 

「じゃあ、食べましょうか?」

「そうだね。いただきます」

「いただきます」

 

 一刀はお腹も減っていることもあるが、雲華の作る食事がおいしすぎてガツガツと食べていた。そして汁物をずぃーと飲んでいるときである。

 また歴史が動いた……。 それは今なの? 早くない?

 

「あーん、ってしてもいい?」

 

 左にぴったりとくっ付いて座っている雲華が、こちらを向いて小首を傾げながら可愛くそう宣ふのであった。

 それは余りにも不意打ちすぎた。

 一刀の口に入っていた物は、「プーーーーーーーーーッ」と見事な放物線を描いて口から吹き出されていた。辛うじて正面を向いていたのが救いである。

 横を向いていれば、雲華の可愛い可愛いお顔にお見舞いしていたところだった。

 

「ちょっと一刀、汚いわね!」

「ゲホ、がぅっ、は、鼻にご飯ツブ、入ってる……」

「大丈夫?! 一刀、ほらこれで拭いなさい」

 

 雲華が手ぬぐいを貸してくれた。それで、鼻をふん!として詰まっているものも出すことが出来た。

 一刀は食事を中断して、食卓の上と床の掃除をする。早めに綺麗にしないと染み込んでしまうからだ。雲華も箸を休めて手伝ってくれる。

 雲華はその時に、片付けながら少し寂しいそうに一刀の目をじっと見ながら聞いて来た。

 

「一刀はあーんって、するのイヤだったの?」

 

 一刀は、全力で……まさに本気の全力で、馬のまねをするように、首を横に何度も振りながら「ぶるるるー」と口を鳴らすように続けて答える。

 

「そんなわけないよ!……雲華にあーんってしてもらいたい」

「……本当に?」

「ホントに本当だよ。あと、え~と……俺も……雲華にあーんってしてもいい?」

 

 今度は雲華が真っ赤になって沈黙するのだった。そして、小さな声で彼女は返事をするのだった。

 

「……私も一刀に……してもらいたい……かな」

 

 「ナニを?!」と雲華に聞き返したい! もうすでに二人とも『バカ』の極みですホント。勝手にしてくださ~い!……と言いたくなる程だ。いやいや、思わず興奮してしまった。

 他人は見ていません。だれも見ていませんから。続きをどうぞ、そうぞ。

 そんな意見すら、有るのか無いのか知らず、気にせずに、一刀の不始末の片付けが終わった二人は、再び仲よく並んでくっ付いて座るのであった。

 

「あーん、してもいい?(はぁと)」

 

 雲華は再び一刀に可愛く聞くのだった。今度は一刀も噴き出さない。

 

「うん、いいよ」

「はい、あ~ん♪」

 

 一刀は、口に入れてもらった炒飯を「もぐもぐ」と食べる。

 

「うまい!」

 

 一刀が食べるのを見ている雲華へ、ニッコリと笑顔を返す。一刀のその笑顔を見て安心すると、雲華もまた上品に食べ始める。

 でも、塩味のはずなのに、とても甘(あんま)~~~い!のは、まさに気のせいだろう。

 ん? 一刀はここで気が付く。気付いてしまう!

 炒飯をすくって一刀の口に入れてもらったレンゲなのだが、雲華がニコニコしながらそれをそのまま使って普通に自分の口に運んで食べているんですが……。

 そ、そう、気にしちゃダメってことですよね。一刀は気にしない。気にしてないから。次は俺の番なんだから!と。

 めっちゃ気にしすぎています!

 一刀は、自分のレンゲで炒飯をバリバリ緊張しながらよそい始める。

 そして……声が上ずった状態で一刀は言っちゃいます。

 

「ゅ、ゆんふァ?」

 

 一刀は、炒飯を雲華の可愛らしい口で食べやすいように、少し少なめによそったレンゲを持ったまま、雲華の方を向いて特殊に高度な緊張状態で固まっていた。

 

「ど、どうしたの? なんか疑問形のような語尾上がりに呼んで」

 

 一刀のその変な様子に対して、疑問府を浮かべるように雲華は小首を傾げて確認したのだった。

 すると、ごくりと唾をのみ込むと、一刀は言っちゃうのである。

 

「雲華……はい、あ~ん」

 

 そう言うと一刀は、少なめによそったレンゲを雲華の方に差し出した。

 すると、雲華は少し恥ずかしそうに微笑むと、小さめな口を開いて躊躇する事なくパクリと一刀のレンゲから食べてくれたのだった。

 

「おいしい♪」

 

 もう、それだけで一刀は至上の喜びであった。

 一刀の脳ミソの中では『自分の唾液の付いたものを、抵抗なく口にしてくれる女の子がいるんだよ? 誰もが学生時代の中でも最高の思い出の一つだと思うんじゃないかね、君ぃ?』と、誰に言っているのか分からない空想が繰り広げられていた。

 すでに、一緒の布団で寝たやつが何を言ってるんだと思うだろうが、それとこれとは『全くの別物』なのである。

 そして次の瞬間に、一刀は雲華の口から残されたこのレンゲを、真空パックで永久保存できないだろうかという『バカ』な事もまさに真剣に考えていた。

 しかし……そう、このお宝は鮮度が大事なのだ。特に乾く前が重要なのである!

 大きな選択肢が一刀の前に示されていた。

 

 ぶっちゃけ、『なめる』か『なめない』かという事だ!

 

 しかし、ここは漢として……いや、人として現実的でなければならないだろう。うん、永久保存は不可能なのだ。そうすると、『しかたがない』と言える。選択肢は一つしかないのだ。男の子なのである。ぶちゃけた割には、すでに結論は決まっていた。

 

 

 

 ……早い話が「舐めたい」のである! 『舐める』のは、もはや正義なのである!!

 

 

 

 まあ形としては、次の一口を平然を装って『レンゲをシッカリ味わって』(ナメ尽くして)食べるだけのことではあるが。

 一刀は、もはや訳の分からない理論に終止符を打つべく、その行為を強引に『正義承認』して実行しようとしたのだが、そこで『愕然』となった……。

 『しまった』と……そして、無かったのだ……肝心の『お宝』が。

 

 えっ? 一体ナニガオコッタンダ?

 

 何気なく……隣の調理室から洗い物をする水音が聞こえてくるのに気が付いた。

 一刀は大きなミスを思い出していた……そういえば、最後の一口を雲華に食べてもらった気がする一刀だった。

 すでに、目の前から食卓のお皿は、一刀が呆けている間に姿を消し、握り手の形のままの手を残したまま、あのお宝のレンゲの姿も消えていたのだった。

 またしても一刀の前から『貴重なお宝』が忽然と姿を消したのであった……。

 だが、彼は『悪魔』さまの苦行を散々耐え抜いて来た北郷一刀である。

 

「おっほん。そうだな夜に……楽しみを取っておくのもまた一興!」

 

 苦し紛れに、そうほざくのであった。

 

「なに? 楽しみって」

 

 そんなに一刀を追い込みたいのだろうか? 片付けを終えて、食卓へジャストタイミングで戻ってきた雲華は、ニッコリとして一刀に聞いてくる。

 守るべきものが、そこにある!

 一刀は、極秘のX(エックス)計画(仮……ナメルのメがエックスに似ているという、どうでもいい発想より――)をこんなところで露呈させるわけにはいかない。

 『バカ』な状態が深刻な知能低下を引き起こしている一刀は、それでも必死に考えるのだった。

 なんでもいい、話題が欲しい……そうだ、昼から何をするのか聞こう!と、無駄に『速気』を使って限られた時間を最大限に使って考え、答えを出すと一刀は雲華へ尋ねる。

 

「昼からはなにをする予定? 雲華といっしょだと何でも楽しみだよね」

 

 『バカ』なりに、頭はまだ回っていたようであった。

 

「ふふっ、そうね♪……じゃあ、読み書きの勉強をしましょうか」

 

 実に無難な展開と言える。自爆によるピンチを凌ぎ切り、一刀は少し落ち着いた。知能も少し回復した。

 早速、筆記用具に木簡や竹簡の冊と、いつもの用意を食卓上にそろえると二人は学習を始める。

 だが、さすがは雲華である。基本に忠実なのだ。こういうときには、きちんとけじめをつけていた。

 食事の時のように横に座ったりはしない。以前と同じように向かい合って厳しい指導が続くのである。一刀も『悪魔』さまには絶対服従なのだ。

 イエスマンは勉学に励むのであった。

 二人は半時ほどごとに休憩を取って、合わせて一時(二時間)ほど読み書きの学習が続いた。それぞれ漢字を個別に覚えることと、難しめの文章を読む事であった。そして、一刀も少しずつ確実に読める文章が増えて来ていた。

 そして感想など、自分で考えた少し長めの文章を書くことも、僅かずつ出来るようになってきた。

 

 さて、読み書きの勉強が終わり、二人はお茶を飲んで休憩している。当然、長椅子に並んで座っていますよ?

 すなわち、一刀の知能は再び低下するのである。それは次の修行でも加速しそうであった……。ただし、『幸せの気力は無限なり!』の状態ではあった。

 横にピタリと寄り添うように座る雲華は、次の修行について話をする。

 

「次の修行は……『飛加攻害』をするから」

 

 そう言った雲華は、なぜか少し恥ずかしそうにする。知能の低下していた一刀には、その理由はこの時点では当然理解出来ていない。どうしたのかなぁ~♪と、お目出度い感じである。

 しかし、そんな彼でも始まればすぐにその理由が理解できた。

 飛加攻害の修行は、まず昨日の雲華の右手人差し指への失敗で始まった。その時に彼女は言った。『この技を身に付ける為には、必ず相手が必要だ』と。

 そして今朝は、雲華の右手人差し指に成功し、両腕へ範囲を広げて、実際に両腕を使って行われた。

 そして今回である。

 雲華が……雲華がなんと……そう、長椅子に横たわっていたのだった。

 扉側の食卓から、長椅子を少し離して置いてあり、そこに寝転んでいるのだ。

 

「さあ、一刀。私の足に……『飛加攻害』を掛けてみて」

 

 飛加攻害を掛けるという事は……現時点で絶気を飛ばせない一刀は……触るしかないのであった。柔肌に触っちゃうという事だ!

 

『一人の少年が、無抵抗で寝転んだ、うら若き女の子の生足を、ムチムチィ~なふとももやふくらはぎを、思うがままに自由に触って―――』

 

 結論を言おう、ハレンチなのである! もはや取り繕えないと言えよう。いかんともしがたい状況なのだ。

 そろそろ、P●Aや東●都から有害図書指定を受けそうなほどかもしれない。

 でも、北郷一刀には関係ないのである。彼はやるのであった。なぜ?

 

 それは……君には『悪魔』さまの声が聞こえなかったのかね?

 

 もはや、指示は下っていたのだ。一刀にとってのまさに正義である! 彼にもはや躊躇いはない。

 ただし、触ってる『だけ』だと、おそらく『確実に命がない』ので飛加攻害を掛ける事を一刀は忘れない。断じて忘れないのである! それだけの知能は辛うじて残されたのであった。彼は、まだ死にたくはないのである!

 

 さて、そろそろクドイので話を進めよう。

 一刀は長椅子に寝転んでいる雲華の右足のひざ下付近の脹脛に指先をそっと触れる。しかしクドクても、彼は思うのだった……柔らかい、暖かいと。そして……芳香&ムチムチだぁ!と。

 しっかりそれらを悦な表情で堪能しながらも、一応『命が掛っている』での、真剣に雲華の右足の気の流れは読んでいる。そして、ひざ下からの気の流れを足先から順に確実に止める。

 一刀は、午前中に行った木人との修行で、他者の気の流れをほぼ確実に掴む事が出来るようになってきていた。

 右ひざ下部分以下を足先まで絶にしながら、今度はその上の部分の太腿側も膝から足の付け根付近に絶気を送り込み、一気に絶にする。そう、絶気は気の通り道を使って、体の中へ伝える事ができるのだ。

 それを確認するように雲華は、一刀へ向かって言う。

 

「ふふっ、一刀は離れた箇所にも絶にする気を送り込めることに気が付いたのね?」

「ああ。皮膚から内側に伝わるんだから、少し離れた場所にも伝わるってことだよね? それならもっと離れた場所でも届くかもしれないと考えただけなんだけど」

「正解ね。これは、相手の気の流れを正確に掴んでおく必要があるけど。一刀は、それがすでにきちんと出来ているということね。すばらしいわ」

 

 雲華は、一刀の方へ顔を向けながらとても嬉しそうに微笑んでいる。

 そんな雲華を見ながら一刀は、「じゃあ、元に戻すよ?」と声を掛けて右足全体を瞬間回復させる。

 

「じゃあ一刀、次は左の足へ……ふとももから左足全体を絶の状態にしてみて」

 

 雲華は、少し照れながら一刀に指示をする。その反応は当然であった。自らのムチムチィで可憐な『ふ・と・も・も』を触らせる指示なのである。触らせちゃうのである。乙女な彼女が、触っていいよと自分で言ってしまっているのであった。

 一刀は立ち位置を変わるため、雲華が横になる長椅子の脇を反対側へ移動する。当然、頭の方を周りますよ? 紳士的に振舞わねば……油断をすれば一気に『悪魔』さまの餌食になるのだから。

 一刀は、反対側の左足側に回ると、少し遠慮気味に右手の人差し指と中指と薬指の指三本の第一関節部分だけを、チャイナドレスのスリットから覗く瑞々しく艶めかしい太腿へゆっくり軽く触れる。

 指先から伝わる滑らかな肌触り……いけない……楽しむだけでは『命が無い』のだ。これは修行なのだ。

 もちろん先ほどからこの全編は、知能が低下し続けている脳ミソへではあるが、超解像度録画により焼き付けが続いているのは言うまでもない。後でじっくり楽しむんだ!……そう、一刀は自らに言い聞かせて堪えるのだった。

 まず、左足全体の気の流れを掴む。そして、足先から上に向かって順に気の絶の状態へ変更していく。そして最後に太腿の付け根付近……かなりデンジャラスゾーンですが、それはあえて……『あえて』スルーして太腿を絶の状態にする。

 雲華の左足も、手際よく完全に絶な状態になったのである。

 一刀は散々なヨコシマな気を溢れさせつつも、雲華へ向ける顔だけは紳士的なさわやかな笑顔を忘れない。にっこりと、そして内心恐る恐る雲華へ確認する。

 

「どう……かな? 手際よく出来たと思うけれど」

「……そうね、もうほとんど完成形に近い絶技の伝播の仕方かな。少し呆れてしまうほどね」

 

 初めの間が少しあったような気がするが、雲華は嬉しそうに笑ってそう一刀の『飛加攻害』について評価する。そして、一刀は「じゃあ」と言って早めに瞬間回復で雲華の左足を気の絶を元の状態に戻す。

 少し慣れて来ているとはいえ、やはり血色の落ちた絶状態の敬愛する雲華の足を見るのは、一刀には辛いものがあるのだった。

 改めて血色が戻り、窓からのそよ風に香る瑞々しい二本の横たわる雲華の生なおみ足を「ニヒヒ」と横目で愛でる一刀であったが、雲華からの「それでは」という声ではっと我に返る。

 雲華は、一刀からの目線に気が付いているように顔を赤らめながら言う。

 

「一刀。一応、左右の各足についてあと二十回ずつ、反復練習をして頂戴……」

「わかったよ」

 

 あれ?注意とか無いんだけど……?無いんですけど?! ヨコシマな目で見ててイイの? もっと触っちゃってもいいの?!

 一刀はそーっと雲華の目を見る。すると……雲華の目が恥ずかしそうに、一刀から目線を外したり合わせたりとチラチラしている。

 一刀は逃さない!

 

 結果……一刀はすっかり堪能してしまった……。先ほどは『指先だけ』だった、修行として行っていた雲華との接触部分を『手の平』にまで増やしていたのだ。もはや、『ハンザイ』の域に達した行為と言えよう! おまけに少し撫でてしまっていた……。

 これは『アカン』。そろそろR-18団体の規制委員会が黙っていないでしょう!

 しかし……そんな状況にも関わらず、雲華は顔を赤らめながらも何も言わなかったのである。たまに、こそばゆいのか悶えていた気もする。そして、吐息までもあったような気もする。

 

(そうだ、こ・れ・は、あくまで、気のせいなんだ!!)

 

 そう思い込むようにしながら、一刀は計四十回の雲華の両足に対しての修行が終わったことを、雲華へ表情だけはさわやかに取り繕って知らせる。

 

「雲華、おつかれさま。終わったよ」

 

 時間は申時正刻から二刻強(午後4時半)ぐらいだろうか。日が結構傾いて来ている。

 一刀は……『あれ?』っと雲華からの返事が無いことに気付く。そして、雲華の顔を見てみる。

 それは、雲華の表情が……一刀は、やってしまっていたのだった!

 そのお顔は、お待ちかねの『悪魔』さまのニタリな微笑みだった。

 見てはいけないものを、見てしまった……そんな一刀である。『悪魔』さまはご機嫌です。

 

「さてと……そろそろ狩りの……いえ、鬼ごっこの時間ね?」

「あれれ……? 一瞬にして、狩りなの? もしかすると、ナニか死んじゃうのかな」

 

 『悪魔』さまに油断は出来ないのであった。しちゃいけないのである。それは、死亡である。即、死に繋がると言える。いわゆる即死なのだ。気を抜くということは、この地上から去ると同義語のである。

 そして、当然のごとく休憩もなく、次の地獄の修行へと突入のようであった。

 

「さあ一刀、広場へいきましょう♪」

 

 『悪魔』さまのその声に従うしかない一刀だった。トボトボとヒキニクとして売られる、去勢された牡牛のように、食堂から雲華に続いて梯子を降りる。

 一刀は調子に乗ったことを後悔した。猛烈にした。照れた顔に騙された。一杯食わされたのである。

 どうやらある意味、予想通りの展開になってきましたよ?みなさん。

 

 下へ降りると、雲華は『思考発極』について、向い側で死の宣告を待つようにショげて立つ一刀へと聞いて来た。それは、相手が『思考発極』を使って自分の動きを読んでくる時の事をである。

 

「一刀、君ならどう対応する?」

 

 もはや死が、間近に迫っている気がする緊張に包まれ、知能が戻り気味な一刀の脳ミソはフル回転する。

 

「うーん、そうだな、気を読ませないように極限まで『暗行疎影』で薄くして、最高速の『速気』で戦うかな。そうすれば、ほぼ読まれないよね?」

 

 「こう?」と言いつつ、雲華は『暗行疎影』と『超速気』と『思考発極』を同時に発動する。

 

「どう? さあ、始めましょうか、鬼ごっこを♪」

 

 一刀も『思考発極』を使って雲華の動きを読もうとするが……なんと前に立つ雲華の体にほとんど流れる気が感じられないのだ。しかし、雲華は普通に歩いたり手を動かしたりしている。と、思うと、姿が消えて……真後ろから右手をいきなり彼女の両手で掴まれてたりされたのだった。前を向いたままの状態で、お手上げな一刀は文句を口にする。

 

「……ちょっと雲華、ズルくない? こんなの絶対に破れないでしょ?」

「そんなことないわ。師匠だけが使えると思うんだけど、現想行体(げんそうこうてい)という奥義技があるわ。究極の気が想像の外の動きを現実として体に行わせるそうよ。超速気の何倍も速いはず。いや……早いとかじゃないわね。もう『捉えられない』動きなのよ。なので、別の書き方として、幻想の皇帝という異名もある技よ」

 

 しょうがない、座して死ぬことは漢として許されない。死ぬのなら前のめりに……栄光を、あの部位を掴んでからだ!……とヨコシマな気が充実し、一刀も雲華と同様の『暗行疎影』と『速気』と『思考発極』を同時に発動する。しかし一刀は、これだけでは体がほとんど動かせないことに気付いた。

 それは、暗行疎影が気の流れを弱くする為で、力が十分出なかったのだ。これを補うために『剛気』も同時に発動する必要があるようだ。弱い気で落ちた筋力等を『剛気』で数倍化して補完するのである。これに『速気』を加えれば、気の流れがほとんどない状態でも、気の流れで動作を読まれることなく、普通以上に動けるのであった。

 ここで、後ろから両手で一刀の右手をまだ掴んでいる雲華から声が掛る。

 

「私が『剛気』も必要と言わなくても、自然に出来ちゃうのね。とても嬉しいけど……少し寂しいかな」

 

 そう言って、一刀の右腕にそっと、頬を寄せてくる雲華だった。一刀は、率直に思ってしまう。

 

(もう、負けてもいいかな……そうだな、雲華にヒキニクにされて送ってもらうのも全然悪くない。人生十●年、太く短くもありかな……)

 

 ヨコシマな心も、可愛い雲華には敵わないのであった。可愛いこそ正義である。死も全く怖くなかった。唯一怖いのは『悪魔』さまなのである。絶対服従と言える存在なのだ。

 

「さぁ、一刀。本当に今からはじめるわよ!」

 

 しかし、その『悪魔』さまからの声が再び掛ってしまっていた。一刀はもはや、やるしかなかった。

 雲華の両手が離れた瞬間に、一刀は動き出す。彼は決めたら迷わない。離れた瞬間の雲華の手を掴もうと自己最速の『速気』でまず首だけ右後方に振り向いて見る。目の右端に僅かに、雲華の姿を捉えたかに思えたが、体ごと振り返った時にはすでに掴まえるどころではない位置に移動していた。

 一刀は再度、雲華の体の僅かな気の流れを捉えようとしてその姿を凝視するのだが、何一つ見えないのであった。

 

「くっ」

 

 策が全く思いつかないが、とりあえず八メートルはある雲華との間合いを詰めようと、一刀は『速気』で近づいていく。一刀の動きに連動して距離を取られるかと、思っていたが、なぜか雲華は動かない。

 一刀は、雲華の前までやってくる。こちらを見ていた雲華はさらに目を閉じるのだった。そして、一刀を挑発してくる。

 

「さあ、一刀。私を捕まえてみて」

 

 一刀は一気に雲華へ掴もうと手を伸ばす。しかし、触れる直前で躱された。さらに何度か雲華を掴もうとするが、目を閉じたままで雲華はすべて躱したのだ。

 一刀も『思考発極』を雲華にされないように、頑張っているつもりだったが……これは見えて捉えられているということなのか? 

 すると、雲華は目を閉じたままそれを見越したかのように話す。

 

「今は、一刀の気を見ているわけではないのよ。一刀も『暗行疎影』と『速気』と『剛気』技が調和されてよく出来ているわ」

「じゃあ、なんで雲華は躱せて、俺が掴めないんだ?」

 

 一刀は素直に疑問について聞いてみた。すると、雲華は答えてくれる。

 

「やっと、少し一刀に説明出来るわね。これは、風羽来動(ふわらいどう)という技よ。羽根が風に舞うように、寄ってくる相手の風圧、気圧を受けるとそれに反するように動じて避けるというものよ。今のは一刀の掴みに来る風圧に反して動いただけよ。普段は相手の気圧を受けてそれに反応して避けてるわ。基本的に大技は気を込めないと威力が出ないから、この技は特に有効なのよ。あと、風圧だけで避けてると、瞬動されると風を突き抜けてくる技もあるから過信はしないことね。あと、死んだものには気なんか殆どない奴もいるから気だけ探るというのも注意は必要よ。そのために常に視覚と連動させることね。まあ、気のない技で威力技なんてそうそう拝めないと思うけど」

「死んだものって?死んだまま動いてるってこと?」

「そうよ。死体を操る仙人や、自分が死んだまま仙人続けてる強者もいたはずだけど」

 

 もはや、なんでも有りな感じのカオスな仙人世界である。

 さて、瞬動すれば『風羽来動』中でも掴める可能性がある事を雲華より聞いたのだ。一刀はチャンスを逃さない!

 一刀は早速、全力の『速気』で瞬動して雲華を掴んでみた。

 すると……本当に掴めたのだった。両手でそれぞれ掴むことが出来たのであった。

 

 

 

 それも――ついに……栄光の、あの部位が♪

 

 

 

 ポヨンポヨンで柔らか~い。

 しかし、一刀の記憶がそこで……その一瞬でプッツリと刈り取られ、失われたことは言うまでもない――――。

 

 今日も幸せだったなぁ。「バカ」になっている一刀には、痛みや苦しみの感情は一切ないのであった。

 

 『ありがとうございました』

 

 その一言である。

 

 

 

つづく

 




2014年05月04日 投稿
2014年05月15日 文章修正
2015年03月09日 文章修正(時間表現含む)



 マサチューセッツ工科大学の卒業偏差値……85とかいうちょっとおかしいレベルです。ハーバードは86らしいです。
 偏差値85=0.023%
 偏差値86=0.02%
 いずれも学生10万人で約20人というところですね……。
 (ちなみに偏差値80で0.135%、75で0.621%、70で2.275%です)

 並び方
 昔の中国では左側(向かって右)が上座として序列が決まっていました。これを左上位と呼ぶようです。雲華が家主なので一刀に対して上座に座っています。日本にも左大臣、右大臣と昔の官職で左の方が高いのは中国からの影響ですね。

 参考までに。



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