真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~   作:カメル~ン

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第➀➃話 旅立ち

 

 

 

 ――最後に「危ない!」と彼女の声が聞こえた。

 

 

 

 視覚や聴覚ら五感が、すべて奪われた暗闇の世界。

 

 一刀は、また油断していたのだった。

 これまでの修行の最中に、周りの気を捉える修行もそれなりにしていたというのに。その成果を、全く活かすことが出来なかった。

 結果が出なければ、やっていないも同然ではないだろうか。

 旅立ちに際しての色々な感情や、これからの選ぶべき仕事についての事が、それにまだ結界内だという事も、この世界で重要な『周囲への注意』を怠らせてしまった。

 なんて自分は不甲斐ないのだろう。

 これまでの修行でも、油断していた瞬間を何度も、可愛い『悪魔』さまに突かれていたというのに。

 でも雲華は、いつもいつも最後は優しかった。

 

 

 

 こんな感じにバカな自分は、死ななきゃ直らないのだろう……。

 

 

 

(―――って、あれ? ……この感覚は全身に対しての絶?)

 

 一刀は一瞬で、周囲の気を探りながら、全身へ一気に『瞬間回復』を掛ける。

 

「やっと、気が付いたのね」

 

 そう一刀の耳元で告げる、雲華の声は辺りを警戒しているのか少し低いものであった。

 どうやら一刀は、後ろへ振り向いた瞬間、後方から来た雲華により全身への絶技を食らったと同時に、抱き付かれる形で二人は道の前方へ倒れ込んでいる様子に思えた。

 一刀が捉えた大きな気は二つ。

 一つは、もちろん雲華のもの。そして、もう一つは……一刀よりも小柄な男のものであった。

 この場所は、雲華に見送られていた六十歩(八十二メートル)ほどの若干上り気味の直線で、ほぼ終わり部分の曲がり角に近いところである。

 道の周りもずっと木や草が生い茂る場所なのだが、その丁度曲がるところに、雲華の家の木よりも少し幹回りは細いが、それでも巨木と言って差し支えない木が立っていた。その地上から十メートルほどの高枝へ隠れるように、もう一人の気の持ち主がいるようであった。

 先程までは『暗行疎影』のような感じで、気を抑えて身を隠していたのだろう。

 一刀は自分が背負っていた荷物が、雲華の抱き付いて来た衝撃で辺りに散乱しているのが彼女の肩越しから見えた。

 その中に入れた覚えの無い、なにか紅いモノが見えたような気がした。

 一刀は、敵と思われるヤツへ体制を立て直す為に、雲華から素早く離れようとして、更にヘンなものを見てしまう。

 それは、雲華の胸の辺りで、小さくだが一瞬――――

 

 

 

 見えるはずの無い『向こう側の景色』が見えていたのだ……。

 

 

 

 一刀は『速気』から『超・速気』に入ろうとしたところであったが、その意味の分からない現象に気付き、意識と体が固まってしまった。

 その余りの精神的な衝撃に、彼の体が小刻みに震え出していた。

 そして、彼が捉えていた彼女の気の詳細な状態から……すでに心臓の半分近くが損傷欠損……及び停止し、更に左肺の一部やその前と後ろの骨格及び筋肉類ごと消失しているのが確認出来てしまった。

 ただ、すでに毛細血管に至るまで全て閉じられているため、流血はほぼ無い。

 一刀は、驚愕の表情で固まった顔で、ゆっくりとその破孔の有る紅のチャイナ服の胸元から、雲華の顔を見る。

 

 雲華は、少し寂しそうに静かに微笑んでいた。

 一刀は自分を庇った為に、雲華が大怪我をしたと瞬時に理解する。

 

「ゆ、雲華?! お、俺の所為で――」

 

 彼女は、一刀の唇に右手の人差し指をやさしく押し当てて遮ると、静かに話しながら『心臓が停止している体』で立ち上がる。

 

「違うわ。これは、私が自分で選んだのよ。人の所為するような道を歩いた事なんて、今までに一度もないわ」

 

 そう言い終わる頃、血流が止まったことで、雲華の綺麗な瞳から光が……輝きが失われたのが一刀には分かるのだった。

 彼女は『悪鬼』のごとく気を漲らせて、愛しいものを襲った敵に対峙しようとしていた。そして、厳しい口調で僅かに見下ろしながら一刀に告げる。

 

「早く逃げなさい。大丈夫、私は『まだ』戦える」

「ち、治療を――」

 

 そこで、まだ若い感じの男の声が巨木の上から響き渡る。

 

「ほぉう、そんな方法で……相変わらずやる事が凄まじいな、雲華。自殺紛いの『視鏡命遂』でその男の気道を完全模写して成りすまし、我(ワレ)が撃った、相手の気を捉えて距離ほぼ無制限で破壊する大技の『気導拳(きどうけん)』を身に受けて俺の目論見を破るとは。

 その上に……まさか……心停止してからすら相手を屠るところから、他の技名と違い、『自ら刻みゆく死に送ってもらう必要など無い』という強い誇りと決意を表す名が付いたと言う、神気瞬導で最難関の奥義の一つ『刻死無葬(こくしむそう)』とは……ふふ、恐れ入る。我にも出来ぬからな。

 さすがは、仙人界で『修羅仙女』と言われているだけのことはあるな。この仕事を受けた時、貴様ら二人とも消せを言われたが、正直、その男を先に消したら、怪我をする前に退散するつもりだったのだが……これは飛んだ拾いものだな」

「そちらも口だけは、相変わらず回るようね、死龍(スーロン)。ふーん、じゃあ、どんなモノだか拾ってみればどう?……命掛けでね!」

 

 雲華は、常識では考えられない『心臓損傷欠損による心停止』というハンデを、全く感じさせない気迫の籠もった言葉を返していた。

 一刀も、肉眼では枝葉で姿の見えない敵を気で探り睨みつけていた。雲華以外の達人仙人に初めて遭遇するが、それは凄まじい気の塊に包まれているヤツだった。まさに雲華のような強さが想像される化け物である。

 

 雲華は、再び小声だが、厳しい口調で命令するように一刀に告げる。

 

「早く逃げなさい。今の君なら十分逃げられるはず。そして、遠くに離れたら常に周りへ近付く気を警戒しながら『暗行疎影』を使って身を隠すのよ。さあ」

 

 彼女は、自分の瀕死の体の状態など気にする風もなく、一刀の事を心配するよう丁寧に指示してくれる。

 『悪魔』さまの命令である。何があろうと聞かざるを得ないのだ。

 だが……一刀は、目線を下へ落とし、俯くと呟くように言い始める。

 

「……無理だよ」

 

 雲華はその答えに怒気を込めて促す。

 

「君なら十分逃げ切れるから、諦めないで! 大丈夫、私はまだまだ戦えるんだから」

「違うよ」

 

 一刀は、そう否定すると、ゆっくり首を横に振りながら俯いていた顔を上げると、彼女を見ながらやさしい表情で言うのだった。

 

「あの化け物に『突撃しろ』や『倒せ』とか『時間を稼げ』とか、そういう事なら、その先に『死』が見えていても喜んで行かせてもらうよ。でも……今の……そんな状態の君を残して『逃げる』という選択肢は――俺には無い。そんなことは、君の言葉であっても『聞けない』!」

 

 最後は、逆に雲華を叱るように睨みつけていた。

 すると、先程まで恐るべき気を放っていた彼女が……光をすでに失っている瞳に涙を浮かべながら急に弱々しい声で言い始める。

 

「だって……だって私がここで負けたら……一刀が死んじゃう」

 

 彼女を気遣い、一刀もゆっくり立ち上がると、雲華の手をそっと握り言葉を返した。

 

「大丈夫、二人で戦おう。そうすれば、きっと勝てるよ」

「……うん」

 

 すると巨木の上から、ヤツの声が再び聞こえてきた。

 

「ふん、今生の別れは済んだか? まあどの道、二人とも同じ所へ行くんだ、気にするな」

「一刀を……貴様は……何故、一刀を狙うの? 仙人の掟では、『人』と関わってはいけないとあるけど、一刀は『人』を超えているわ。問題ないはずよ、どういうこと?」

 

 雲華は、一刀へ向けられた殺意に再び気を持ち直して、下から睨むようにヤツのいる方向を見ながら核心に迫る質問を続ける。

 

「一刀は『人』だというの? 何でそんな判断を―――」

「我(ワレ)は知らん。お前は兎も角、その男は消せと受けただけだ」

「一刀を……?」

「そいつが生きていると、都合が悪い奴がいるのかも知れんな」

 

 一刀は、雲華の手を握った瞬間から全力で彼女の胸部へ『瞬間回復』を掛けていた。しかし、目立った効果が余り無いのだ。

 愕然とするが、再度全力で『瞬間回復』を掛けてみた。だが、結果は変わらない。小声で呟く。

 

「雲華……これは、どうなってるんだ?」

「部位が完全に欠損している場合……おそらく、相当の気の量とその質の高さと時間が掛るわ」

 

 雲華はヤツと対峙しながら、隙を見て小声で返してくれていた。

 それとは別に一刀は、先程から雲華の事で動揺が酷く、注意が散漫になっている部分があるのか、気の満ちる気配が一向にないのであった。先程「二人で戦おう」と大言を吐いたにも関わらず、このままでは満足に戦うことすら出来そうにない感じだ。

 

 そう―― 一発逆転を狙えそうな『超・超速気』を使うのに気が足らないのだ。

 

 今の一刀は、自分の体が多少壊れるぐらい微塵も恐れていない。決めたら迷うことはない。だが、気力不足から発動が出来ないのであった。

 雲華も彼の気力不足に気が付いていた。

 

「クソッ」

 

 激しく悔しい表情で項垂れる一刀へ、雲華は「一刀」とやさしく声を掛ける。

 一刀は雲華へ向けて顔を上げる。

 彼女は、既に見えてはいないその目を彼へ向けると、少し儚げに微笑みながら言葉を伝える。

 

「大丈夫……私がやるわ。今、神気瞬導の真髄を見せてあげる。しっかりと見ているのよ」

 

 それはまるで最後の修行を、姿を一刀へ見せるかのように。

 そう言い終えた彼女の体から感じる気は、以前と変わらないものであった。心停止で不足する全身の細胞へのエネルギーを、周囲の気から取り込んで転換して取り込んでゆく。雄々しく彼女の気は満ちてきていた。

 雲華はその状態で『超速気』を使いヤツへ向かって飛び出してゆく!

 

 相手が暗殺仙人だろうが、達人仙人だろうが関係あるか! 打(ぶ)ちのめしてあげる!―― そんな凄まじい怒気とスピードと技量であった。

 

 死龍(スーロン)という、暗殺仙人も同時に動き出す。二人は周囲の木の枝や幹を足場に飛び回りながら、何十合という拳の応酬が繰り広げられていた。

 鈍く固いもの同士が、ぶつかり合う音が周囲に高速に響いている。

 一刀も『超速気』で二人の闘いの気の移動を追う。だが、『超速気』も立っているだけとはいえ、かなりの気を消費する。今の一刀では、長時間見続けることすら厳しいものがあった。

 だが、これだけは倒れようとも目を離すわけにはいかない。彼女は一刀の代わりに重症な身で闘ってくれているのだ。

 『超速気』状態の一刀が、目まぐるしい動きをしている二人の気を追う。

 さすが雲華である。開始して一刻程(十五分)を過ぎてもまだ一撃も受ける事は無く、大口を叩いていた相手のヤツを蹴り、殴り、地面に叩き付ける場面が何回かあった。

 その時に漸く、死龍という男の姿を垣間見ることが出来た。

 ヤツは武器を持っていなかった。無手で闘っているようだ。

 雲華が、武器を持っていなかったので助かった部分であった。

 身長は百六十センチほどで、一刀より二回りほど小柄な男であった。

 仕事柄の為か、全身グレーの比率が高い色合いと動き易いようにだろう、袖周りや足首周りは細く現代に近い感じの服装をしている。その他、胸当てや腕当てのような金属製の武具が見えた。そして肩から斜めに前半分と背中周りを覆う、こげ茶色でマント風の大布を纏っていた。

 頭は髪を黒寄りなグレー色の布で覆い縛っていた。釣り目で眼光は鋭く鼻筋は高めに通っている。見た目はまだ若く思えたが、仙人なので実際どうなのかは分からない。

 ヤツは何度か高所から地面に叩き付けられたはずが、ケロリと起き上がり、追撃に来る雲華の攻撃を躱して再び上に飛び去っていく。

 ヤツの気の状況を見る限り、全身を覆う『硬気功』の防御力が半端ではない。雲華の剛打を何度か真面に受けているはずであるが、殆どダメージを受けていない。

 再び雲華の剛撃が、ヤツの腹にクリーンヒットした。その衝撃で木の幹や枝に激突して行く。

 

 一刀は、ヤツの闘い方を見てすぐに『神気瞬導』の同門者だと気が付いた。

 

 雲華は一刀の傍へ構えを解かずに着地する。一刀は彼女に声を掛ける。

 

「あいつ、神気瞬導の使い手だったんだな。それも雲華並みで相当手強い……最初の話で詳しいヤツだなと思ったけど」

「そう……あの男も『神気瞬導』の使い手よ。それに加えて『硬気功』の怪物でもある。鉄人仙人、鋼仙(コウセン)の死龍(スーロン)の号を持つヤツよ」

 

 そう言うとヤツが態勢を立て直した為、再び雲華は攻め込んで行った。

 さらに、二人は二刻強(三十分)の間激戦を続ける。

 雲華は未だにクリーンヒットは受けていない。代わりにヤツへ強烈な打撃を加えていた。それでもヤツの強固な『硬気功』は、ダメージを殆ど受けないようなのだ。

 それは本当に、どんな体の構造をしているのかと考えさせられるものがあった。

 そして、雲華もさすがにすべては躱せていない。だが、そこは腕や足で防御をしている。

 さらに防御の際、カウンター気味に至近距離でヤツへ――

 

 

 

 雲華の、閃光のような凄まじい気の塊のような一撃がヤツの腹炸裂していた!

 

 

 

 その強烈な一撃を受けて、死龍は高速で直線的に森の奥へ吹き飛んで行き、途中で巻き添えになった木を何十本もへし折っていた。

 先日、一刀が『神気瞬導』の技について話を聞いた時に雲華が教えてくれた。これは『気導砲』と言うらしい。

 膨大な気を拳から一気に放出して前方の敵に当てる大技ということだった。受けた部分や部位は破壊されると言う。まあ、当たれば倒せる技らしい。多分受けた者は、余りの威力に死んでしまうのだろう。

 それがカウンターで、ヤツの腹部に真面に当たったのを一刀も気で感じていた。

 一刀が捉えた雲華の放出した気力は、かなりの量だ。彼女はこの一撃にかなり掛けていたのかもしれない。

 雲華は一刀の近くへ着地すると、一刀へ少し微笑み掛けようとしたが、表情が急に険しくなり、死龍が吹き飛んだ方へゆっくり振り向くと呟いていた。

 

「うそ……」

 

 死龍は、森の中をこちらへ向かってゆっくりと歩いてくる。

 ヤツの、服の上半身は破れ散ったのか吹き飛んでいた。武具の胸当てと、分厚かったマント風の布が裂けた状態だが残っている。

 

「さすが『修羅仙女』の放つ『気導砲』、凄まじい威力だ。我が……『超・硬気功』で傷を負うとは……」

 

 ヤツの腹部の肉が、手の平を広げたほどの範囲で抉れていた。まだ、そこから僅かに煙も上がっている。

 だがヤツは、死龍の気は、まだまだ満ちている状態であった。

 膨大な気によって、徐々に傷の部分へ復元回復も掛っているようだった。

 

 

 

 ――化け物過ぎる。

 

 

 

 一刀は先程、ヤツが『武器を持っていなかったので助かった』などと思ったが、そんな物は必要なかったのだ! すでにヤツの体自体が恐るべき凶器だったのだ。

 一方、雲華は大きく気を減らしていた。

 しかし……雲華は再び……静かに周囲から気を集め始めている。

 一刀はその姿に『神気瞬導』の底力を感じた。気力は無限なのだ!

 雲華は、再び死龍へ向かってゆく。

 そしてヤツへ凄まじい連撃を食らわせていった。

 だが、雲華が渾身の『超剛気』の一撃を放とうとも、ヤツの『超・硬気功』はダメージを殆ど受けず破れない。

 先程、雲華が放った『気導砲』ぐらいの強大な威力の攻撃しか、ヤツの剛体を通らないのだ。

 さらに戦いは続いた。開始から一時(二時間)が過ぎようとしていた。

 それでも、雲華は攻め続けていた。

 だが彼女は、死龍の攻撃を……完封出来なくなって来ていた。それでも、腕や足で防御して凌いでいた。

 その激戦の最中、なんとかヤツに右拳による『超剛気』の会心の一撃を当てて森へ吹っ飛ばした時に一刀の傍へ雲華が下り立った。

 

 だが一刀は、彼女のその異変に気付いて言葉を失っていた。

 

「雲華……その手……」

 

 一刀が見たものは、ヤツの『超・硬気功』の剛体を何度も何度も『超剛気』で殴りつけていた雲華の右拳であった。あの……綺麗な可愛い手が、紫を通り越してどす黒く腫れ上がり――激しく変形を起こしていたのだ。紫に変色した左手で思わず隠す彼女だったが、すでに腫れて左手では隠し切れない大きさになっている。

 そして、あの短剣の剣先で突いても全く変化のなかった強力な『硬気功』を施し防御に使っていたはずの両腕も袖から覗く部分が――紫色に変色してボコボコになっている状況が垣間見えた。一刀は思わず彼女の足元にも目を落とす。脹脛まであるブーツ状の靴を履いている為、目視では確認出来ないが、はみ出した紫色の部分が確認できる。おそらく中も腕と大差のない状況なのだろう。太腿にも幾つかの紫色の痣が出来ていた。

 ヤツの『超・硬気功』の剛体と拳はそれほど固いのだろう。

 そして……雲華からは、すでに当初ほどの気が感じられなかった。幾分だが明らかに衰えて来ていたのだ。

 しかし、それは当然と言える。心停止した状態で、すでに一時(二時間)以上も全力で戦っているのだ。

 やはり、心臓が動いている側と、止まっている側とではハンデが余りにあり過ぎるのだろう。

 一刀は、闘いの当初から、ずっとただ見ているだけである。本当に男として情けない思いであった。

 しかし、この雲華の状態を見てもう限界であった。とは言え、普段絶倫な彼も、このような悲愴の状況では、ヨコシマな考えが微塵も浮かんで来る事がなかった。一刀は考える。

 

(何か、有効な手はないのだろうか……並みの攻撃ではヤツに全く効果がない)

 

 すると、雲華も考えていたのか呟く。

 

「剣が……」

「これ?」

 

 一刀は咄嗟に、腰に差していた剣へ手を当てる。雲華は、首を横に振り答える。

 

「その剣では耐久性はあっても、あの男の『超・硬気功』の剛体は切れない。でも――彗光の剣なら、両断までは出来なくても、あの男の筋や腱を切ることは出来るはず」

「そうか! 俺が取って来るよ。でも、その前に雲華のその傷へ『瞬間回復』を掛けないと」

 

 自分へ手を伸ばそうとした一刀を、雲華は左手で制し止める。そして指摘してくる。

 

「私とあの男の気を追うのにずっと『超速気』を使っていて、私に『瞬間回復』を掛けたら、君には気が残っていないでしょ?」

 

 雲華は、自分がそんな状況でも一刀の事を良く見ていたのだ。

 そして、やさしい笑顔で伝えてくれる。

 

「私は大丈夫よ。君を信じて待ってるから」

 

 ここまで言われたら、我の思いに耐えて剣を取りに行くしかなかった。

 

「分かった。必ず取って来るから」

「うん、行って。待ってる」

 

 彼女の笑顔を確認すると一刀は即、走り出した。

 巨木の家まで往復しても一里半(六百メートル)程度である。戻ってきたあと、残りを全部回復に回す事を考え、『速気』で移動する。

 

 走り去ってゆく一刀を、とても優しい表情で見送っていた雲華は、再び静かに死龍へ向き直る。

 その表情は、すでに『悪鬼』のごとき険しい表情に変わっていた。

 あの男は、吹き飛んでいた森の中から、再びゆっくりと歩を進めて雲華へと向かって来ていた。

 雲華は考えていた。

 

(普通なら、もうとっくに倒せている強力な攻撃でも、あの男には全く通じない。こうなったら持てる力全てで一撃に掛けるしかない。

 一刀にはああ言ったけど、筋は兎も角、あの男が本来の調子に遠くなりつつある私に、腱をそう簡単に切らせる訳がない。

 このままでは、じりじりと倒されるだけだわ。余り離れた距離は稼げなかったけど……もしかの時には、何とか逃げてね……一刀)

 

 そう、彼女は全力を出して負けた時に、すぐに一刀が巻き込まれるのを避けたかったのだ。

 雲華は、目を閉じるとあの男の気を捉える。

 そして、相手の内部を直接狙う『気導拳』の構えを静かに取るのだった。

 今回使う気の量は、今持っている可能な限りの量を使って。

 

 狙うは――――ヤツの頭……脳に対してである。

 

 それは、迷わず瞬発された。雲華はこの一撃にすべてを掛けていた。

 

 

 

 

 一刀は『速気』にて、ほどなく巨木の家に着くと、『彗光の剣』をいつもの壁の場所に見つける。

 探すときに一瞬、闘う二人への気を伺う集中力が些か下がったが、再び確認してみる。 その時に、雲華の大部分の気が凝縮するのが分かった。

 

(お、おい、雲華……俺が戻る前に……何をする気だよ)

 

 そして、ヤツへ放たれたのが分かった。

 一刀は感付いた。これは、以前木簡を吹っ飛ばしたのと同じ技で『気導拳』だと。

 だが、今回の気の量は彼女のほぼ全力と思える程あった。

 そして、雲華の放たれた気は再び現れた場所で、標的が……ヤツの頭だということも感じ取れた。先程彼女の半分ほどの気を使った『気導砲』であの威力なのだ。

 全力なら、頭は消え去るだろう。

 

(これは雲華が、勝っ――……えっ?!)

 

 一刀は死龍の気も捉えていた。

 なんと……ヤツは全身の『超・硬気功』を解いていた。

 そしてそれに使っていた膨大な自身の気を、頭と心臓の二か所だけに振り向けて『超・硬気功』を掛け直していたのだった。

 雲華の放った渾身の強力な『気導拳』は確かにヤツの脳へ当たった。

 

 

 

 だが、死龍は――――倒れない。

 

 

 

 そして、間もなく逆に雲華の残された気が、更に弱々しくなり倒れるのが感じられた。

 一刀は、『彗光の剣』の帯を握り絞めて走り出していた。

 

 

 

 

 雲華は愕然とした。確かにヤツの脳に『気導拳』が当たったはずなのだ。

 現にあの男の頭が一瞬揺れ、耳や鼻や目からは血が僅かに出ていた。

 だが渾身の一撃にも関わらず、頭部は残ったままで血が僅かしか出ず、死龍は歩を一歩一歩と進めてくるのだった。

 

 雲華が放った渾身の『気導拳』は、死龍に通じず破られたということだろう……。

 

 彼女は残った気で全身へ弱い『硬気功』を掛けて防御し、再び周囲の気を集めようとするが、間もなく両肘、両膝が破壊されて崩れ去りながら倒れるのであった。

 死龍は、彼女から少し手前の離れた所で雲華をニヤリと見据えながら、彼女へ『気導拳』を逆に放っていたのだ。

 そして、倒れている雲華の所まで歩いてくると、地面に両肘両膝が破壊されて転がってもなお、傍に寄るなとばかりに激しく睨みつけてくる彼女の襟首を掴むと引きずり上げていく。

 雲華へ顔を寄せ、彼女の攻撃で血を僅かに流した表情で、微笑みながら死龍は言うのだった。

 

「さすがとは言っておこう『修羅仙女』よ。そんな体で成したとは驚きだ。

 我の『超・硬気功』を最高に上げてなお、いくらか損傷させられた。その礼と言ってはなんだが、あの男の餌になってもらわんとなぁ」

「………」

 

 睨んで無言を貫く雲華にそう言いながら、死龍は『超・硬気功』で再び固めた右人差し指を、釣り上げた雲華の腹へ突き立てる。そしてその突き刺さった指先から―――『気導砲』を放っていた―――。

 

「がッ、ぐふッ……」

 

 それは、激痛が伴う彼女のツボを突き抜け、肝臓を突き抜け、骨や筋肉を巻き込んで雲華の背中へ突き抜けて飛び散るのであった。

 雲華の口からも血反吐が漏れて来ていた。

 そんな状況にも関わらず、彼女は思っていた。

 

(一刀逃げて。一刀逃げて。一刀逃げて。一刀逃げて。一刀逃げて―――)

 

 しかし、そんな一途な思いも、道の直線の向こう側に現れた彼の魂の絶叫によって消え去るのである!

 

 

 

「ユンファァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

(もう!だめじゃない一刀………私のために戻って来ちゃったのね…………)

 

 雲華は自分の事は、もはや考えてはいなかった。一刀が……彼が、ここに来れば死ぬ事になると言うのに…………しかし、それでも来てくれた事がとても―――とても嬉しかったのだった。

 

 一刀は見てしまった。

 ヤツに襟首を握られ吊るされ、もはや無抵抗に掴まっている雲華の姿を。

 そして、彼女のあの可憐で可愛い手足より血が流れ――加えてそれらが、肘や膝から先があらぬ方向を向いてしまっているという惨状を。

 さらに、そんな彼女の柔らかいすべすべして綺麗だったお腹に、ヤツの醜い鋼鉄の指が突き刺さり、彼女の美しかった背中から血飛沫が肉片とともに後方へ飛び散って行った有様を。

 

 

 

 一刀は――――――――――――キレテイタ。

 

 

 

 その瞬間、死龍ははっきりと視界にも捉えていたはずの一刀の姿を見失う。

 死龍は、もちろん道の直線の向こう側に現れる前から一刀に気が付いていた。

 

 だが、見失った。

 

 死龍は、雲華にも劣らない『超速気』で一刀の気を確実に捉えていたのだ。

 

 だが、それでも見失った。

 

 そして、死龍は―――雲華をも見失ったのだ。

 今まさに、がっしりと手に握って吊るしていたはず――なのにである。

 死龍は、背筋が寒くなるほど戦慄した。

 

(何が……起こっているんだ……!?)

 

 そして、彼のまさにすぐ後ろから、小さめの低い声が聞こえた。

 

「オマエダケハ……絶対ニ許サナイ!」

 

 数々の修羅場を潜ってきた死龍であるが、こんな不可解な経験は初めてだった。その固まった表情でゆっくりと後ろへ振り返る。

 そこには、雲華をとても優しく『お姫様抱っこ』で抱き上げ、双眼の瞳の奥に白き光の輝きを放つ目で睨みつけてくる一刀が静かに立っていた。

 死龍は、始め理解できなかった。

 あの距離で、一瞬、いやまさに、刹那であった。

 『超速気』の早さではない。これはもっと早い。だが、その上の『超・超速気』でもない。

 なぜなら『速気』の行動には必ず風圧が伴うからだ。それがあるので分かるのだった。

 だが、今の瞬間、死龍は周辺に全く風圧を感じなかった。

 それに掴んでいた手が緩むことなく、いきなりあった物が無くなった感覚であった。

 一刀の周りには、あの白き光の輝きに包まれていた。

 日も昇りはじめて明るいというのに、はっきりとそれが見えていた。

 死龍は、まさかと思った。そんなわけは無いと。

 そして死龍は、一刀へ瞬動して殴り掛っていった。

 

 しかし―――まさかであった。

 死龍の攻撃は、雲華を抱いた一刀に当たるどころか触れることなく―――すり抜けていた。

 

「バ、バカな……げんそう……こうてい……だと……?」

 

 死龍は固まっていた。

 『現想行体(げんそうこうてい)』は、究極の気が想像の外の動きを体に行わせる技である。雲華の師匠が好んで使うと言う『神気瞬導』の奥義の一つ。

 『現想行体』と戦えるのは『現想行体』だけと言われている。

 『現想行体』からの攻撃はこちらへ可能だが、『現想行体』側への攻撃は当たることが無いのだ。

 今、一刀の気は溢れ、究極に高まっていた。

 

 

 

 『無限の気力』はヨコシマな気や、幸せな気、そして勇気など、気であればなんでも良いのであった―――そう『殺気』でも!

 

 

 

(敬愛する、大事な大事な可愛い可愛い雲華に……よくも……よくもやりやがったな―――)

 

 もはや、怒気だけでは収まり切らない感情であった。

 『ユルサナイ』……『生カシテハオカナイ』

 一刀から感じられる、信じられないほど膨大な凄まじい量の気に恐怖を感じ、死龍は大きく森の奥へ距離を取った。

 もはや、撤収するしかなかった。

 死龍は、これまで自身の膨大な気の量には自信があったのだ。だが、今の自身の気の量を酒の杯とすると、この男の気の量は―――池ほどもあったのだ。

 一刀は自らの傍へそっと、雲華を下ろし横たえる。

 だが、その殺気の籠もった荒んだ顔の表情を見られたくない一刀は、雲華の表情を見ることなく死龍へ対峙するのであった。

 一刀はヤツに対して体を少し左斜めに向かい、静かに右拳を伸ばしてヤツへ向ける。

 雲華は気を視ていた。一刀の体があの最初に降りてきた時と同じ、神聖に思える至高の光の輝きに包まれているところを。

 

「す、すごい。あの時の……至高の気の力が一刀へ……一気に集まっている」

 

 そして一刀は静かに告げていた。

 

 

 

「消えろ」

 

 

 

 その瞬間、余りにも巨大な光の塊が一刀の右手から一直線に死龍へ向かって打ち出された。

 死龍は逃げ去ろうと思ったが―――すでに逃げる場所が無かった。

 気が付いた時には、それは一瞬で背後まで来ていたのだ。

 そして、間もなくその光の圧倒的な直径に飲み込まれていった。

 

「――おァァ――――――――!」

 

 ヤツの強靭さを誇った『超・硬気功』であったが、それが規格外の一刀の放った『神・気導砲(しん・きどうほう)』の強大な威力に負けて、ヤツの剛体が融けるように一瞬で光の中で消えていった……。

 一刀の右手の先には、この泰山の広大な森の中に大きな空き地が広がっていた。

 細長く広い範囲で地面を抉るほど薙ぎ払われ、そこには残光がまだキラキラと舞っていた。

 しかし、彼はそんな光景には興味が無かった。

 一刀は雲華の傍へ戻って来ると、ひざを折り地面へしゃがみ込む。

 そして再び、雲華を優しく優しく抱いていた。

 すでに、雲華の全身への『瞬間回復』には入っている。

 だが、不味いことに圧倒的な至高の『無限の気力』のもとになっていた『殺気』が無くなろうとしていた。

 怒りの矛先が向いていた死龍を、すでに一瞬で葬ってしまっていたからだろう。

 一刀は、弱々しい雲華の顔に頬を寄せてスリスリしながら、申し訳なさから呟くのだった。

 

「俺の……俺がここに来たから……」

 

 しかし雲華は、静かに力なく首を横に振ると言葉を紡ぐ。

 

「そんなことない。私は自分で考えて、自分でしたことの報いなだけよ」

 

 一刀の不安が広がってゆく。先ほどから全力で『瞬間回復』を掛け続けているのに効果が非常に弱いのだ。どうなってるんだこれは……?

 

「雲華……その……『瞬間回復』が……すごく効きにくいんだけど」

 

 すると、雲華は寂しそうに微笑みながら言うのであった。

 

「完全に死んだ細胞や神経には『瞬間回復』は掛りにくいの……君は、そうなる前に回復させるのよ。覚えておきなさい」

(な、なん……だと―――そ、それって)

 

 すでに、雲華の体全体から感じられる気の量が、いつもよりもずいぶんと小さいものであった。

 

「一刀……これから私が言う話をよく聞いてね。それは、今日の君を狙ってきたことにも関係があると思うから」

「……わかったよ」

 

 雲華の真剣な表情に一刀が答えると、彼女は話を始める。

 

「君が来た時から、考えていたの。そして修行の中でも見せてもらった。そして今日も。一刀は、追いつめられると尋常ではない力を発揮する。それはまるで、君がこの世界からいなくなることを助けるかのようにね。だから、多分――

 君は、この世界で何かを『成し遂げ』なければいけない存在のはずよ。

 これから、それを探し『成し遂げ』なさい。約束して欲しい……ね?」

 

 雲華は優しい表情を一刀へ向ける。

 話を聞いていた一刀だが……こう話を聞いている間にも、みるみる雲華の気は小さくなって行く。

 そして、雲華は寂しげに告げてくる。

 

「これからは、君一人だけど……頑張って。わたしは……ずっと……ずっと見てるから……」

「……俺……雲華がいないと頑張れないよ……」

 

 一刀も『避けられないもの』が近づいて来ていることに気付いてしまっていた。

 雲華は、再び優しい笑顔を浮かべて無言で首を振る。

 彼女の目は開いて動いているが、血流が無く、すでに目の輝きは失われている焦点の合わない目を向けてくれていた。

 

「一刀、ちょっとごめんね。服が汚れちゃうけど」

 

 雲華がそう言い終わると、今まで流血が無かった胸元から血が僅かずつ流れるのだった。一刀は、思わず傷口を見てたあと、再び雲華の顔を見る。

 

「雲華、傷口が――」

「最後に……一刀の顔が見れた。良かった元気そうで……ずっと元気でいてね」

「えっ?」

 

 雲華の表情を見ると、彼女の目に光が戻っていた。

 

「こ、これは」

「ふふっ……血管の弁を……開放して今、ちょっとだけ……血流を起こしたのよ」

 

 そう言って、彼女は一刀の顔をじっと静かに見ているのだった。

 間もなく雲華は話し出す。

 

「この一か月……ありがとう。私にとって……とてもとても楽しい時間……だったわ。

 物心ついてからずっと一人で歩いて来たから……。

 だから……私は、最後はきっと……どこかで……一人で、野たれ……死ぬと思っていたから………。こうやって……誰かに、看取られるのも……悪くない……わね」

 

 弱々しいが、優しく……嬉しそうに雲華は微笑んだ。

 彼女の目尻からは涙腺の力も失われたのか涙が零れ落ちていた……。

 

「か……ずと……聞いてほしい…………私の……真名はね……くおん、……九つ……の音と……書いて……九音と……呼ぶのよ。覚えて……いて……くれると……うれしい………」

 

 分かったと小さく無意識に頷く一刀。

 

「九音……」

「あ……りが……とう、……ひさし……ぶりに……ま……な……を読ばれ……た……………わ……………………す……き……よ………か……ず………………」

 

 最後の声は出ず…口は「と」を言う形を一瞬するように小さく口が開いたように見えた。

 優しく微笑んでいた表情から生気が無くなり、力が……失われたのが分かった。

 くたり――と抱きしめていた体からも力と……そして……あの敬愛する彼女の気がすべて抜けていくのが、一刀には分かってしまった。

 

 一刀の目は大きく開かれて……両目からは涙が止めどなく流れていて…………彼女が最後につぶやいた、その言葉を反復するように……小さくつぶやいていた……。

 

「………すきよ……だと……?」

 

 雲華を抱きしめていた一刀の腕が、体が激しく震えていた……。

 一刀は力の限り叫ぶ。

 

 

 

「うおおおおーーーー俺が言うべきセリフだったのにーーーなんだよそれーーーー!!」

 

 

 

 そして一刀は心の中で絶叫した…………………

 

(くそーーーー雲華を守れなかったぁぁぁぁーーーー俺の大バカヤロー----!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一刀は、全く動かない……絶叫した後、項垂れたまま随分長い時間、固まってその場に雲華を抱きしめたまま居続けた。

 しかし、日が傾き地平線に近くなった頃、つぶやくように「埋めてあげないとな……」と言葉が口から洩れた。それが看取ったものの役目であると。

 一刀は、優しく優しくその愛おしい雲華の体を抱き上げると、ゆっくりとヨロヨロと歩いて雲華の家の巨木の見えるところまで来る。

 そしてその傍へ、途中で回収した彗光の剣を立て掛け、雲華の小さな墓を作ってあげるのだった。

 その間、敬愛すべき者を失い、ずっと涙の止まらない彼のその目は……焦点が合うことなく、ほぼ無意識に、無気力に、力ない動作を続け、その作業は完遂される。そして、再び日が昇るころ、彼は、この森を静かに去って行った―――。

 

 

 

 彼は、強くなったと思っていた。しかし、それでも大切な……一番大切なものが守れなくて……。強さとは何なのか。本当の力とは何なのか……。

 

 一刀は、まだ本当の真の『強さ』を知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、一刀は何も知らない……。

 

 

 

 一刀が去って、日が少し高くなったころ。

 雲華の家の倉庫の扉が静かに開いた。

 そして……中から木人が出てきたことを。

 

 

 

 その木人は、静かに雲華のお墓に近づいて行ったことを……。

 

 

 

 ふふふ……一刀は知らない。

 『悪魔』さまは、彼の気付かないうちにいつのまにか『魔王』さまにランクアップしていたことを……。

 そして、『魔王』さまが希望する伴侶の条件は、

 一つ、「いつも一緒にいてくれて楽しく過ごせる」

 一つ、「修羅仙女と呼ばれる私に恐れず気楽に接してくれる」

 一つ、「手料理を美味しく食べてくれる」

 一つ、「得意な私の裁縫で仕立てた服を着てくれる」

 一つ、「同じ問派、そして強き使い手である」

 一つ、「当然……私の好ましく思える人である」

 一つ、「一緒にお風呂に入ってくれる」

 一つ、「私の自慢の髪をやさしく梳いてくれる」

 一つ、「一緒に傍で寝てくれる」

 一つ、「私の最後を(一度は)看取ってくれる」

 そして最後の最難関、

 一つ、「真名を教え、呼ぶことを許す=真名を知っている」

 だということも。

 

 みなさん。もう十分に、いや十二分に、オワカリイタダケタダロウカ?

 もはや、伴侶の該当者は……現状でフラグを立てまくってるのはただの一名のみですね。

 そして―――

 

『ずっと、ずっと見てるから――』(……どこで?)

 

 有言実行型である彼女は……静かに、そう、静かに、行動を起こすのであった。

 

 

 

 

 さて、長く?厳しい修行の期間をこのような形で終え、物語はいよいよ森の外の世界へ移ります。

 この物語は、実はまだほとんど始まっていなかったのだ。

 

 

 

 一刀の三国志時代の物語、真の『恋姫・一刀無双』がここから始まる。

 

 

 

つづく

 

 

 




2014年06月02日 投稿
2014年06月06日 一部修正
2015年03月13日 文章修正(時間表現含む)



 解説)雲華は、ボロボロで死んで実質数時間放置なのに……復活?
 まず、一刀の注ぎ込んだ気が無駄になったわけではなかった。雲華が一度息を引き取る前後から、その日の夕方まで、一刀は彼女をずっと抱いていながら実は『瞬間回復』を掛け続けています。
 遺体とは言え、雲華には綺麗でいて欲しかったからです。想いのすべてをぶつけて、破壊された両肘、両ひざ、ダメージを受けた腕、足、そして欠損した胸部、腹部等も全て復元した上で埋めたのでした。
 さらに、一刀の注ぎ込んだ気は、無意識に彼女にはずっと綺麗な姿でいて欲しいという思いが、雲華の体の中でその保持を行ったのだった。
 そのため雲華の気は一時、体からすべて失われたが死んでからの体の細胞は一刀の気で守られ生きたまま保持された。そう、彼女が乗り移った木人に掘り返されるまで。
 上の伴侶の条件に入っていませんが、「自分体を綺麗に復元してくれていた」ことも最難関並みで非常にポイントが高いようですよ(笑)



 解説)神気瞬導
 『仙人が仙人の修行をしていても、所詮仙人程度で終わってしまう。神の域に一歩でも近づく修行を……』というところから始まっている。
 仙人を否定する思想の術であるため、仙人達からはあまり支持されていない。

 開祖は、天仙の一人である、真征(しんせい)という女性仙人。
 天仙真征――この外史世界で最強仙人を五人上げれば必ず入ってくるという仙人である。
 雲華曰く、仙人を推して化け物というぐらい強いそうである。

 神気瞬導は仙術である。
 そのために、まず普通の『人間』では習得出来ない。
 それは気功や武術の達人であっても例外ではない。『仙人』の素養が高いことが必要である。
 また、これは『武術』ではなく『体術』である。
 『空を飛ぶ』『消える』などと同じようなものと考えてもらいたい。
 そして、上手く『空を飛ぶ』、上手く『消える』と言う風な個人差、能力差による『上手い下手』は存在する。

 神気瞬導は、以下の第五条で成り立っている。

 一つ、気道を絶ち、気道の流れを再開させること。それが気を理解する者なり
 一つ、気によって体は動くものなり。すなわち、より気の強いものはより強い力、より気の早いものはより早い動きが出来るものなり
 一つ、気によって体は回復するものなり。回復への気の大きさ、強さは偉大なり
 一つ、気に限界なし。体力とは違うものなり。限界と思ったところに限界が出来るものなり
 一つ、周りの気をも取込み、気を極めたものは神に通ずるものなり

 第一条は、自身の体のすべて、筋肉・神経・骨格・内臓・心臓・脳等の気の流れから完全に各部位の存在と機能を理解掌握し、気の流れを以ってそれらを自在に操作して動作・停止を可能とすること。
 第二条は、気の強弱、種類によって、自身の体のすべてを以って、力や速さ等について最大限の利用を可能とすること。
 第三条は、体の状態は気の力に大きく影響を受ける。それは『病気』や『怪我』の回復も例外ではない。膨大な気と強固な決意の気は、不治の病や致命傷であっても『瞬間回復』すらさせる能力や可能性があるということ。ただし、第一条、第二条を認識・理解・習得していて初めて効果が出る物である。
 第四条は、体力は食物など、限られた他の物からの力を利用するものである。だが、気とは思考・意志という、物体ではない無限の存在なのである。それを如何に使うのかということ。これは自分以外の外から手に入れるという考えにも通じている。
 第五条は、本来一人の気力とは無限とはいえ小さいものである。だが、周辺にある物や世界が持つ気は膨大である。それを自在に利用出来れば、それは『神』の力にも比肩するということ。

 第四条、第五条は、おおよそ理解出来ても実践出来る使い手は格段に少なくなる難易度である。第三条までそれなりに熟せれば使い手と見做される。
 神気瞬導の使い手を名乗れる者は、これまでの五百年近いの歴史で四百名程度しかいない
 当代に残るのは百数十名のみである。
 『超速気』の使い手は開祖を入れてこれまでに十八名。一刀は十九人目であった。
 雲華はかなりサバを読んでいたことになるが、実は存在を知らなかったのである。
 個人差も相当あるので『速気』に近い『超速気』も存在するのだった。
 そうなると『超速気』だとは本人も言い辛いのである。
 雲華の『超速気』の最高速は非常に早く、開祖も褒めて喜ぶほどで、歴代でも三番目の速さであった。
 達人仙人である雲華の実年齢だが、実は本当にまだ若い部類である。半世紀すら超えていないからだ。神のめぐり合わせもあるのだろう。彼女は戦災孤児であり、たまたま地上の荒れ様を確認するため、下界へ降りていた開祖に仙人素養を見込まれ拾われたのだった。
 それが、並み居る暗殺仙人達が敬遠するほどの武術と、神気瞬導を身に付けたのだった。
 死龍も割と若い世代に入る使い手だ。雲華の師匠は開祖であるが、彼は違った。開祖から孫にあたる弟子に師事を受けた。だが、死龍の実力は相当なものである。鋼鉄をも遥かに上回り、目や口の中までも完全強化している彼の『超・硬気功』は、武器を含めた普通の攻撃が全く効果が無いのである。
 だがそんな彼でも、彗光の剣を持った完全装備の本来の実力の雲華の前では、敗れ去る可能性は高いのである。




【基本技】
速気:(そっき)
早く動こうと思考する気の流れが神経系や筋肉系を加速させる技。
使い手は瞬動を得る。
そのため、相手が相当のクラスでない限り、動きがゆっくりに見える。

剛気:(ごうき)
強く動こうと思考する気の流れが神経系や筋肉系を強化させる技。
使い手は人外の剛力を得る。
牛や馬クラスに対しても筋力で優位になれる。




【技】
暗行疎影:(あんこうそえい)
気を落として存在を希薄にする技。

飛加攻害:(ひかこうがい)
絶状態になる気を部位へ触れたり、投げつける技。
上達すれば、手だけでなく足や武器からも放つことが出来る。

思考発極:(しこうはっきょく)
気の流れにより相手の動作思考を発(あば)き制する究極の先読み技。

視鏡命遂:(しきょうめいすい)
見えた気の流れで、相手の技の動きを鏡に映すがごとく取り入れ、初めから自身の命令で遂行するがごとく思う通りに出来てしまう技。

風羽来動:(ふわらいどう)
羽根が風に舞うように相手の動作の風圧、気圧を感知して避ける技。

硬気功:(こうきこう)
剛気を応用し、皮膚、筋肉、骨格、神経・感覚系を強化して、金属のように強靭な部位にする技。
刀剣類すら受け切れ、傷を被ることが無い。




【大技】
超・超速気:(ちょう・ちょうそっき)
超速気にさらに速気を掛けるという未踏な技。
余りに異常な速さに剛気で強化したはずの筋力、神経系が砕け散るほどである。
だが、技が炸裂すると『修羅仙女』すら何も出来ないほど圧倒的である。
開祖以外に一刀が初めて成功する。

気導拳:(きどうけん)
膨大な気力を拳から、相手の気を捉えて距離に関係なく、直接相手の内部へ当てる気功の大技。
当たった部分は破壊される。防御するにはこれ以上の体内硬気功で防御するしかない。
雲華は、一刀を庇う為に防御が遅れ完全ではない上に、超・硬気功すら使う集中気功の達人が相手であった為、防御し切れなかった。

気導砲:(きどうほう)
膨大な気力を拳から外へ放つ気功の大技。
基本は前方へ放たれる。当たったり、触れた部分は破壊される。

超速気:(ちょうそっき)
速気の状態にさらに速気を上掛けする技。
二つの状態をそれぞれ維持する必要があり難易度が高い。
個人差も非常に大きい。
これは、猛将?というクラスの動きですら、スローに貶めるの技なので使えるかどうかで天と地ほどの力量差が出て来る。

超剛気:(ちょうごうき)
剛気の状態にさらに剛気を上掛けする技。
二つの状態をそれぞれ維持する必要があり難易度が高い。
個人差も非常に大きい。
上手く行けば、牛や馬の動きですら、指一本で軽く制するレベルである。

超・硬気功:(ちょう・こうきこう)
死龍の個人技。『剛気』を応用強化した『硬気功』へのさらに『硬気功』の重ね掛けする技。
普通は強化し過ぎて細胞が固く潰れてしまうレベル。
通常のあらゆる攻撃が通じない強固さを持つ。




【奥義】
神・気導拳:(しん・きどうけん)
途方もない至高の気力を拳から、相手の気を捉えて距離に関係なく、直接相手の内部へ当てる気功の神技。
受けた相手は、耐えきれず、その膨大なエネルギーにほぼ間違いなく瞬間消滅する。

神・気導砲:(しん・きどうほう)
途方もない至高の気力を、拳から外へ一気に放つ気功の神技。
開祖の天仙真征はこの技で、大山を完全に根こそぎ吹き飛ばしたことがある。

現想行体:(げんそうこうてい)
究極の気が想像の外の動きを体に行わせる神技。
現世の者は、見えていても、それを『掴む』ことが出来ない。
幻想の皇帝の異名を持つ。

刻死無葬:(こくしむそう)
心臓が止まった状態でも動き戦える人外技。
自己犠牲を物ともしない、崇高な気でなければ顕現できない。
他の技名と違い、『自ら刻みゆく死に送ってもらう必要など無い』という強い誇りと決意を表す名が付いている。
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