真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~   作:カメル~ン

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第➊➎話 一刀無双の外史

 

 

 

 この時代、大陸ではその全土を巻き込んだ大乱が吹き荒れていた。

 

 黄巾党の乱。

 しがない旅芸人だった張三姉妹の、長女の張角(真名は天和:てんほー)、次女の張宝(地和:ちーほー)、三女の張梁(人和:れんほー)が、某諸侯の保有物だったにも関わらず、いつの間にかに流出してしまった妖術書である『太平要術の書』を偶然手に入れた事により、これを利用して青州を中心に多くのファンを獲得した。

 この張三姉妹は非常に珍しく、ファンなら誰でも自分達の真名を呼ぶことを許していた。

 彼女達は、州境を無くした大陸全土の人気アイドルに成りたいがため、張角は「わたし、大陸のみんなに愛されたいのーー!」や、張宝は「大陸、獲るわよ!」と発言し、それを『決起宣言』と捉えたファン達が各地で行動を起こす。

 そして、この時期に追い打ちを駆けるような、大雨、地震、疫病、干ばつ、蝗の大発生、凶作……連鎖する天の非情な采配は、治世に問題があるためだという人々の思いや考えを後押しし、張三姉妹の歌に癒しを求めるのだった。

 同時に、

 

 『蒼天已死 黄天當立 歳在甲子 天下役満』

 (蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし。歳は甲子に在りて、天下「役満」)

 

 という合言葉が流行し、党員は公共の場所や舎亭、門などに「甲子」「役満」等の二文字を書き付けた。

 彼らは目印として黄巾と呼ばれる黄色い頭巾を頭に巻く。

 この乱は黄巾党天国地域の東の青州を除いても、大陸全土の七割にも及ぶ各地で発生する。

 当初は農村から始まり、次第に遠方都市部を中心とした黄巾党員が、一時青州以外だけで総勢五、六十万にも達して蜂起する大乱となった。

 彼らは地方で、張三姉妹の来訪を――歌を待ち望んでいたのだった。

 後漢の権威は地に堕ちたのである。

 

 事態を重く見た時の皇帝である霊帝は、皇甫嵩、朱儁、盧植ら、勢力内でも知識や経験豊富な将軍らを立てて、合計で二十万を超える官軍とともに各地域へ派遣する。

 しかし、対峙する黄巾党勢力の兵の多さや、予想外に優秀な指揮官が率いている黄巾党軍も少なからず存在したこと。

 また、この時期の後漢は、すでに財政難からその二十万の兵力の多くを、中央の役職を兼任させた周辺の各諸侯に負担してもらう逼迫した状況であったため、国家として更なる追加の兵力は多く見込めなかった。

 そして……後漢の内部腐敗からの自滅も大きく、戦いは一進一退が続く。

 その一つに、冀州方面の官軍と張角軍本隊との戦いが挙がってくる。

 その官軍の将軍は皇帝の命を受けた知略の雄、劉備や公孫賛の先生でもある盧植将軍の軍で、彼女のその練達な攻勢により、黄巾党の首領である張角の二十万以上の軍は冀州鉅鹿の広宗へと押し込まれ篭城する。

 しかし、内部が腐敗していた後漢の姿を象徴する事が起きた。

 盧植将軍は優しく、礼節を重んじる人物であり、汚職には程遠い性格と存在であった。

 ある時、都より冀州鉅鹿の広宗へ戦場監察官がやってくる。

 中央より来た使者に対し、彼女は礼を尽くして自ら出迎え、現状の優位な戦況を理路整然と明確に報告し、余裕の無い戦場ながら労いの宴をも催すのであった。

 しかし、彼女は只一つ行わなかったことがあった。

 

 それは―――『賄賂』である。

 

 だが、すでに腐敗の中にあった戦場監察官には、この『賄賂届けず』という事象だけで大きな不況を買うのであった。

 都へ戻った戦場監察官は中央へ報告するのだった。

 

 『無能な盧植将軍は、ワザと引き延ばして戦わずにおります。貴重な兵糧と戦力を遊ばせております』

 

 ――と。

 このため無実無根の疑いを掛けられ、包囲軍の要である盧植将軍が突如、罷免されるのであった。

 そして、それだけではなかったのである。

 

 

 

 

 洛陽――司隷河南尹(しれいかなんいん)にある後漢の首都である。

 広大な洛陽盆地(東西六十キロ、南北二十三キロ)内、その北限近くの中央部に東西三キロ、南北四キロの敷地を有する洛陽城を中心にしている。

 この城は、もともと西周時代の成周城(東西三キロ、南北二・二キロ)を東周時代に北側を増築(北側へ一キロ)、秦時代にも南へ増築(南側へ七百メートル)して出来た前漢洛陽城の上に再建されたものである。

 城壁内は中央やや左上の宮城(東西五百メートル、南北一キロ)と内城に分けられるが、宮殿が多くを占め、それ以外の諸施設や街並み等の多くは城外にあった。

 また、城の南門である平城門前には広大な兵駐留用の広場を備え、その南側約一キロには幅二百メートルほどある洛河が緩やかに蛇行して流れる、総街外郭は十キロ四方以上もある広大で美しい街並みであった。

 都市として、当代大陸一の人口と経済力を有して繁栄し、賑わっていた。

 その洛陽城宮城内の宮殿にある広間――二メートルほどの直径を誇る巨大な柱と梁が何十本と並び、広く高い天井を支え、それらも見事な朱塗りや金細工等の装飾を施された、のちの太極殿内を思わせる大広間に董卓は一人召し出されていた。

 

 董卓は、普段の天女の羽衣ようなヒラヒラとした個性的な服装と違い、宮中百官の黒地に朱と白と――諸侯を示す銀の入った格式ある正装で平伏している。

 正面奥に床よりも三段階高くそびえ立つように設けられてる、金の龍が装飾された玉座には、皇帝陛下である霊帝が鎮座されていたからだ。

 霊帝は、黒地に金の金具と赤い紐の装飾の付いた頭冠を被り、胸元の大きく開いた紫と金をベースにした豪華な着物、多くの宝石や金細工の付いた帯と前垂れの有る衣装を身に付けていた。髪は薄い紫で腰ほどまであり、先の方は大きくいくつかの曲線を描いている。瞳は大きな紫色をしており、可愛らしい鼻と口をしていた。

 時の皇帝である彼女は普段、後宮に籠もって美食に耽るダメっ娘さんであった。

 先の黄巾党の乱に対応する将軍たちへの指名や指示にしても、他の者達が「こうなさいませ、ああなさいませ」という事を鵜呑みにして行っていたのであった。

 本来、今ここにいて行うような政務は、何進や十常侍らに任せているのだが、先日、十常侍のメンバーらから、同僚の趙忠が政務で大失態し、その償いをさせるには『董卓に張角軍本隊と戦ってもらうしかない』というよく分からない事を聞かされたのだった。

 趙忠を可愛がっていた霊帝は、「じゃあ、とりあえず董卓に行ってもらえばいいんじゃない?」と軽く答えると、十常侍のメンバーらは「陛下の直々のお言葉でなければ、言う事を聞きますまい」と返されるのだった。

 そのため、面倒くさいわねぇと思いながら、この場にイヤイヤ出て来たのであった。

 一方董卓は、これまでも十常侍らから何かと無理難題を言われることが多かったのだが、彼女の軍師である賈駆の進言の元、上手く出仕を断り、切り抜けて来ていた。

 だが、今回は皇帝陛下である霊帝より勅命の使者が、賈駆の不在時に呼び出しを知らせに来た事もあり、宮廷への出仕を断ることが出来なかったのであった。

 

 玉座下の右脇に控えていた、陛下の側近配下の高官が勅命を読み上げる。

 

「董卓殿には、将軍として冀州鉅鹿の広宗の城へ出陣のこと」

 

 見事な朱の色の敷物に平伏していた董卓は、予想していなかった勅命の内容に顔色が変わる。

 冀州鉅鹿の広宗の城といえば、確か張角軍本隊と交戦し、出陣中の盧植将軍が罷免されたはず……まだ、都にいる何進大将軍らが先に候補に上がるのが道理……見るからに戦向きでない私がなぜ、と。

 

「董卓よ。表をあげなさい」

 

 陛下からの催促の言葉に、董卓は顔をゆっくりと七十度ほど上げる。目線を上げれば僅かにお顔が拝見できる。このような場合、正面から皇帝を見ることは許されていない。

 

「行ってくれる?」

 

 陛下から、可愛らしいが淡々とした確認の声が掛る。事情はどうあれ、今、勅命と共に陛下からの直々の言葉である。

 この場では、臣下としては受けるしかない。董卓は美しく澄んだ落ちついた声で答えるのみであった。

 

「はい……」

「じゃあ、頑張ってね」

 

 そのように、すでにヤレヤレ感な風に言うと、再度平伏していた董卓を見る事もなく、霊帝は檀上を降りた後ろの脇に控える趙忠の額を、ペシリと軽く右手の指二本でしっぺすると、その趙忠を従えて広間を足早に出て行った。

 董卓はその退出の気配を察して顔をあげると、顔をニヤつかせながら陛下の後に退出する十常侍の数名のメンバーらを確認したのだった。

 

 間もなく、盧植前将軍に代わって急ぎ、その冀州鉅鹿郡の広宗城の周辺を固める八万の官軍へ新たに五千ほどの兵を伴い、単身で董卓が将軍として派遣されて来るのだった。広宗の周辺にいる黄巾党本隊の軍勢は実に二十万を優に超えている。このとき董卓の軍師である賈駆は、華雄らと予州方面へ黄巾党討伐の遠征に出ており同隊出来ていないのだった。

 今回もおそらく、温か味があって庶民らに人気のある政治を行う、やさしい董卓に嫉妬した宮中内での勢力……十常侍らの一部が、戦に向かないことを知りながら都に董卓が単独なのを狙い、無理やり地位を失墜させる目的で皇帝に進言し派遣させたのだろう。

 

「詠(えい:賈駆)ちゃん……」

 

 彼女は、鉄で補強され黒塗りされた勇壮な四角い屋根付きの部屋を有した、移動する戦車仕立ての牛車に乗りながら不安げに呟く。

 この戦車は、軍師の賈駆が以前から準備していたものである。

 さらに董卓は、賈駆に「もしもの時は」と指示されていた通りに重厚そうな黒い鎧と勇ましい仮面を付け、見た目を強面にして、そして牛車の中で指揮を執り、極力その可憐で優しそうな姿を人目から隠していた。

 賈駆は予州方面へ出陣する際、一人で都に残す董卓へ、こういういくつかの策を竹簡の冊にして渡していたのだった。

 しかし、策が記されていたとしても、状況は往々にして異なり判断も難しい。そして董卓は将軍として不慣れな事もあり、兵への指揮も十分には出来ないのだった。

 結局ひと月ののち、黄巾党側の夜昼終わりのない散発的な攻撃をはじめとする、実戦経験が必要なゲリラ的な闘いと大きな兵力差の戦いで董卓はじりじりと敗走する……。

 ただ、敗走時に賈駆からの策を仕掛けて、追走する黄巾党の部隊に大きな損害を与えて引かせることに成功していた。

 それは、追走する敵部隊に対して、以前から逃走路に準備していた大規模な大軍ごと包み込む火計だった。撤退の早い段階で実行したため、官軍側の被害は軽微で、黄巾党側は大混乱の上に二万近い死傷者を出していた。

 この事が、のちに黄巾党討伐より帰都した賈駆、陳宮、そして宮廷浄化派の荀攸らによる擁護の糸口となった。そして、董卓へ出陣を画策し無理強いしたことは、腐敗要素の排除と『その先へ』いう流れにも繋がってゆくのだった。

 また、この追撃する黄巾党へ大きな損害を与えた董卓の指揮は、形を変え『燃え盛る炎の中、単騎で黒く勇ましい鎧を纏った巨躯を誇る憤怒の将軍が、二十万以上の大軍の敵を相手に大打撃を与えて悠々と引き返した』等の尾ヒレが付いて、巨躯な猛将的武勇として世間に広がるのだった。

 このように賄賂関連や策謀等で意図的に、有能な人材を排除したり不適切な人材を使うなど、思わぬところでの足の引っ張り合いが行われていることにより、官軍は自らにより苦戦を強いられていた。

 だが、その中で各地の諸侯の参戦もあり、少しずつではあるが、地方の黄巾党勢力を駆逐しはじめていた。

 

 

 

 

 董卓の軍を敗走させたあと、冀州の張角の軍は、次に皇甫嵩、曹操の連合軍に補給の糧食を焼かれて困っていた。大軍はそこにいるだけで莫大な量の兵糧を消耗する。

 地盤のある軍団はまだいいが、張角の軍は地盤を持たないゴロツキ集団であった。それが二十万からいるのである。

 そして追い打ちを駆けるように、各地の黄巾党勢力が討伐により殲滅、後退する状況が各地からの伝令で、張三姉妹の参謀である末妹の張梁に続々と届いていた。

 

「天和姉さん、そろそろ、潮時かも」

 

 張梁は、そろそろ限界な雰囲気を長女に伝えた。しかし、長女の張角と次女の張宝は、椅子に座って手足をバタつかせながら文句しか言わない。

 

「れんほーちゃーん。おーなーかーすーいーたー」

「人和。もう、こんなところにいたくないわよ。ご飯も、お風呂も、少ないし……」

 

 張梁はメガネを少し直しながら眉を寄せると、困り切った顔で二人の姉に話す。

 

「……どこにも行けないわ。私達の活動を抑えるために、大陸中に討伐命令が出ているのよ。ここも周りに官軍が警戒していて、糧食の輸送部隊が潰されているしね。私達三人だけならともかく、付いてくる人達が一緒じゃ無理でしょ」

 

 それを聞いた張角、張宝の二人の姉は末妹へさらに不満の言葉をぶつける。

 

「えぇーー、なんで?」

「……はぁ? 私達、何もしてないわよ? 討伐命令って……」

 

 張梁は目を瞑りながら頭に手を当てて呟いた。

 

「周りの連中がね……」

 

 そうしている間にも、「敗残兵がまた来ました」と城の外壁門の傍にあるこの館へと指示を仰ぎに千人隊長クラスが度々訪れてくるのである。そして来る度、来る度、皆が同じことを聞いてくるのだった。

 

 『『『『 どうしましょう? 』』』』、と。

 

 張三姉妹は、もはや共に聞き飽きていた。だが、彼女らはアイドルらしくイラついた内面を出さずに、普段と違う声色でやさしく指示を出していた。

 その訪れる波も、夜が更けると途絶えるときがあるのだった。そして張梁は、この城を包囲している周辺に対して放っていた見回りから得ていた、『官軍の総攻撃が近そうだ』という情報を二人の姉に伝えると……三人は無言で荷物を纏め始めていた。

 

 準備が終わると、三人は再び見合って静かに頷くと、滞在しているこの館から……この城から密かに出て行こうと、館の玄関から張梁が扉を開けて首を出し、外の様子を伺おうとした時だった。なんと張梁は――

 

 扉近くの外を、こちらへと向かって来ていた一人の男と目が合ってしまうのだった。

 

 この張三姉妹がちょうどこっそり脱出しようとした、まさしくその時に、五千人隊長の男、波才(はさい)に会ってしまったのである!

 波才と言う男は、予州潁川郡方面で展開していた黄巾党軍の指揮官の一人で、潁川郡で奮戦ののち官軍に敗れた後、敗残兵と共に本隊に合流していたのである。

 体格もよく背丈も七尺七寸程(百七十九センチ)あり、五千人隊長である彼は立派な鎧や武具を装備している。

 髪は紺系の色をしていて、後ろで縛っていたがそれほど長くはない。縛り損ねた短めの前髪が、数本額に垂れている。顔は鼻が少し高く精悍な顔つきであったが、目が優しそうなのでキツくはない。

 そして、彼を表現するのに的確な言葉がある。それは『ファンクラブの会長』である。ファンとして、張三姉妹に尽くすと共に、ライブに随伴して通う行動力があり、黄巾党員達からの信頼も同志として厚く、そして頭も良く回った。

 彼は官軍が総攻撃を仕掛けてくる動きを、周辺に放っていた自分の部下から把握し、報告しにきたのだった。

 

「これは、人和(れんほー)さま」

「えっと……波才……だったわよね?」

 

 波才という男は、黄巾党軍指揮官の中でもかなり優秀で且つ腕も立つ人物だったので、張梁も覚えていたのだった。

 

 波才は夜分の来訪の非礼を詫び、官軍の総攻撃が近い事を告げると、策があるので提案したいという。張三姉妹は部下からの『初めての提案』に顔を見合わせるが、とりあえず聞いてみることにする。

 四人は館の扉付近から部屋の方へと戻る。扉近くの一室に通され席に着いた波才は、『人和さまのお手』によるお茶に恐縮しながら、張三姉妹へ自らの策を披露する。作戦は簡単明瞭なものだった。

 張三姉妹は開戦後、一万の兵とともに隣の州である黄巾天国地域の青州へ脱出する。その時、残り二十万の兵を連動攻撃させ時間稼ぎをする。というものだった。

 張角軍への攻撃軍側に立つ曹操らは、少数の手勢は操れても、二十万というこれほどの規模の兵をまとめ、扱える器は黄巾党指揮官にはいないだろうと推測していたのだが、波才というこの男が非凡な才を見せたのである。

 

 それから、二日立たない内に戦いが始まる。

 官軍側は皇甫嵩将軍と曹操で、城の場外に出ていた黄巾党の主力であり脅威になりそうな三万程を先に挟み撃つことで殲滅し、黄巾党全軍の士気等を完全に崩壊させる作戦に出る。

 皇甫嵩将軍は、涼州安定郡の出身で、詩書を好み文武に優れている豊満な女傑で、猛烈な武闘派ではないが特に剣と弓馬術に長けていた。約六万の兵を率いてほぼ右正面から、指示の来ることがないであろう一方的に混乱する黄巾党の雑兵群を、自慢の騎馬隊にてただこじ開けていく手筈。

 曹操は、能臣として黄巾党討伐で大陸の中央や東方各地を転戦し名を上げ、兗州陳留郡太守を務め、さらに今回は皇帝直属の軍である西園軍の一隊を任され率いていた。だが任されていたのはその名前だけで、兵はほぼ自前であった。迂回挟撃部隊として動き、その数は約二万である。

 曹操には配下として主力武将らが総力戦で集っていた。猛将の夏候惇、夏侯淵、典韋、許緒ら武人と、王佐の才の荀彧が参陣していた。

 皇甫嵩将軍は正面から、雑兵ごときがという勢いで前掛りに討ちかかって進撃していった。曹操の部隊も同時に、夏候惇、許緒を先鋒に迂回の行軍を開始する。

 

 しかし、開戦まもなく敵側の黄巾党軍陣営から鏑矢が上がると、状況は一変する。

 黄巾党軍二十万が、周辺の広域で地響きを立てて津波のように動き出したのである。

 皇甫嵩将軍が、攻めていた地域の軍は引き始める。そして、別の黄巾党軍の大軍が、皇甫嵩将軍の側面に襲いかかったのである。皇甫嵩将軍の軍団は大きく崩れかける。

 相手は散って行くはずの、統率など取れるはずもないと考えていた黄巾党軍が纏まって行動する状況に、皇甫嵩将軍は驚きを隠せない。激を飛ばすが、軍団の体制維持が限界で進軍が止まる。

 曹操は、その余りに悪い状況を捉えると即時判断で進路変更を自軍へ指示する。迂回の行軍をやめ、直ちに皇甫嵩将軍を襲う黄巾党軍の側面を突いた。主力が打撃を受けて壊滅すれば、迂回部隊の意味はほぼなくなる。曹操は、黄巾党全軍の動きを見て唸ると同時に対策を指示していた。

 

 さて波才が、この統率の取れそうになかった黄巾党軍の大兵団へしたことは――

 

 まず命令の単略化である。

 

 「前進攻撃」「後退整列」「待機」の三つだけを各千人隊長に特殊な音の出る『かぶら矢の同時に放つ数』について木簡で指示する。その木簡には同時に「我らが天使、『数え役萬☆姉妹』(かぞえやくまん・しすたぁず)を守る聖戦である」「この戦いに勝って我らの天国である青州へ行こう」「敵は食糧をたんまり持っている」さらに「手柄を立てたものには彼女らから希少な【特典】がある」と追記してあった。そして、それ以外に『注意書き』を一つ記して。

 彼は、張三姉妹に説明したあと、これを日の出と共に自ら、各千人隊長一人一人に『数え役萬☆姉妹』の直筆サインと共に配って歩いたのだった。各千人隊長らは、即配下の者達にも伝える。これで、兵力二十万強がやる気になってしまったのである。

 この中には、少数の兵なら少し作戦が立てられる悪人面の上背のあるアニキが率いる、チビ、デブらの一団もいた。

 そして、秀逸なのが各千人隊長の命令三つに対する鏑矢の指示をずらしてあったのだ。これで、二十万の内の三分の一が前進攻撃、三分の一が後退整列、三分の一が待機と、一度鏑矢の命令を出すだけで同時に動かすことが出来るようになったのである。当然、「前進攻撃」「後退整列」「待機」の兵団は攻撃力が増すよう固めて配置するように事前に少し調整したのであった。

 

 官軍側は当初、黄巾党は多くとも三万程しかまともに機能しないと考えていた。

 だが黄巾党軍は、雑兵のため隊列の動きには荒い所があるものの、なんと二十万全軍が連動してくる圧倒的な兵力差の攻撃で襲ってきたのである。

 また、鏑矢が上がる。すると曹操らが攻撃していた軍団が引きはじめた……。そして、曹操の軍団に大軍が側面から襲ってきたのである。それは曹操軍の三倍以上の兵力である。精強な曹操の軍であるが、一人に三人掛られる状況ではさすがに分が悪くなる。おまけに側面からであったため、凌ごうとするも大混戦になった。その後も順次、寄せたり引いたりを、上げられる鏑矢に従って敵の大兵団で繰り返すのである。

 このため官軍側は兵力差によって、当初からあっと言う間に戦力の損耗が激しくなってきた。

 早々に事態へ気付いた曹操は長くは耐えきれないと判断し、皇甫嵩将軍へ合流後に進言し、最終的には早期の撤退を余儀なくされたのだった。

 苦戦を強いられ、兵を予想外に多く損失した上、目標であった張三姉妹の生け捕りと、『ある書物』の回収に失敗した曹操は思わず口から言葉を漏らした。

 

「なんてこと……少し彼らを甘く見過ぎていたようね」

 

 曹操も、すぐに連動を混乱させ阻止しようと、鍵となる偽の鏑矢を官軍側で打とうと指示したのだが、余りに特殊すぎな音色がすぐには再現できなかったのである。それは『数え役萬☆姉妹』の曲のイントロ部であった。

 波才は、注意書きに「馴染みの、我らが聖歌の音以外のニセ鏑矢は無視しろ」とも指示していた。すでに、そこまで考えて作戦を実行していたのだった。

 

 曹操は、殿を引き受けた夏侯惇や許緒を戦場からかなり離れた、万が一の時にと決めていた合流場所で待っていた。

 僅かな不安から、曹操は傍に控える夏侯淵に声を掛ける。

 

「秋蘭(しゅうらん)、春蘭(しゅんらん:夏侯惇)や季衣(きい:許緒)は無事なのかしら?」

「はっ、混戦になりましたが、大軍とはいえあの姉者達が雑兵ごときに遅れを取ることはないかと」

「……そうね」

 

 分かってはいるが、敗軍には危険が伴うのだ。曹操は今、合流して皆のいつもの笑顔が見れるまで、何もないことを祈るしかない。

 そばにいる荀彧も、今回は敵の正攻法で物量的な策に良案が示せず、悔しそうな表情で佇んでいた。彼女は次戦に備え必勝の手をすでに考え始めていた。

 各地の黄巾党は、まだすべて駆逐されたわけではないのだ。

 討伐軍の戦いもまだ続くのであった。

 

 青州は黄巾党が大流行しており、黄巾党天国地域になっていた。余りに数が多いので、略奪する相手がおらず、普段は皆、同志として普通の農民の生活を送っているものが多く、実は統制が取れていた地域であった。 

 ほどなく今、黄巾党の首領である張角と二人の姉妹を迎え、これから臨時のコンサートが各地で開催されることになる青州は、今後熱狂的な軍団を持つ、もっとも大兵力を有する勢力として、大陸制覇に名乗りを上げる事になる。合流した二十万を合わせると、青州の黄巾党軍の動員可能な総兵力は実に百二十万を超えていたのである……。

 

 そして、さらに異変が起こっていた。

 張三姉妹はこの撤退戦のどさくさで『太平要術の書』の一部を紛失するのだった。

 彼女達は、移動中から青州各地へ結束を促す為にコンサートの予告や準備の指示を出し終えると新たな本拠地となる、平原郡の平原城へ入っていた。

 

 「天和姉さん、やっぱりあの書物のうち、一冊無いみたい……」

 「えぇー? あ、でも私たちの人気が落ちるってことは無いわよね?」

 

 張角は最も重要な事案だけ確認した。張梁は姉らを安心させるように教える。

 

 「それは、大丈夫。もう書物の有無は関係ないから」

 「じゃあ、いいんじゃない?」

 「そうそう、ご飯も、お風呂もとりあえずあるし」

 

 そのことを聞いた、張角と張宝は深く考えていない答えを返すのだった。

 だが、一番の異変は燃え去ることなく『太平要術の書』がすべてこの世に残っていた事である。

 

 

 

 

 ここは冀州の中心都市、魏郡の鄴(ぎょう)。

 鄴城(東西二キロ、南北一・五キロ)は通常の県城の一・六倍以上の外周を誇る大きな城であった。旧来より北方異民族の脅威に晒される地域の一大拠点として、その内部の広大な一角に商業街を有するものであった。城の周辺にも街並みが広がり、堀のような溝を巡らせ外郭を形成していた。

 最近、司隷校尉にも就任している袁紹が、冀州の州牧として納める本拠地である。

 司隷校尉とは、長安と洛陽を取り巻く七郡が属する司隷(しれい 州は付かない)を統括する官名である。

 袁紹は今、皇帝から――いや……何進大将軍の推薦で司隷校尉の職に就き、洛陽周辺への黄巾党排除の勅命を受けたために都まで出仕して鄴には不在だった。

 本来、後漢の将軍であった何進が、司隷校尉もするべきところなのだが、読み書きが怪しく、この役職は仕事が山積みで面倒という事もあり、特に『熟せない』という現実があった……。

 そんな中、何進へ司隷校尉以下を総領する権限を与えられた。

 昔に肉屋をやっていた仕事柄、人を乗せるのが得意だった何進は、袁紹に目を付ける。彼女の育ちの良さを、逆手に取るのであった。

 要職に重要なのはまず家柄と、褒めて持ち上げて就任を促したのだった。

 すると袁紹は、見事な縦巻きロールのみで形成されたような、自慢の太腿辺りまで届く黄色系の長い髪を僅かに揺らすように、少し顎を上げその先に右手の甲を添えるようにして高笑いで答えるのである。

 

「おーっほっほっほ。三公を輩した家柄の者こそ……わたくし袁本初こそが、司隷校尉には相応しいと? 大将軍閣下、そー言う事なら、謹んでやらせていただきますわ!」

 

 そう言って横で顔良が顔をしかめる中、袁紹がほとんど勝手に本拠地を不在にしてなお、引き受けてくれたのであった。

 その間に、冀州の領内へは黄巾党の進行を許していたが、この鄴周辺は、残っていた文醜や田豊(でんほう)によって事なきを得ていた。

 袁紹が在城していた場合、田豊の命令通りに中々動いてくれないので、複雑な戦術は大いに失敗する可能性が高かった。

 袁紹不在が幸いと言っては……なんだが、実際は丁度よかったと言える。

 残っていた文醜もそう言える性格だが、彼女の場合「細かいことは気にしねぇぇ!」と言いつつも腕力と武力は凄まじいので多少の作戦違いは倍にして埋めてくれる為、田豊はそれを考慮した作戦を立て黄巾党を撃退するのだった。

 

 そんなある日のことである。

 鄴の城の中の、周囲を念入りに人払いのされた部屋に袁紹配下の女性武官である審配がいた。字は正南(せいなん)。

 髪は深緑系の色にストレートで股下ほどまである長さ。前髪は片目だけ見えてる段差のある水平に揃えたお嬢様カット。背は六尺九寸(百六十センチ)ほどである。

 彼女は、袁紹に付き従いながらも、若き野心家の女性であった。

 彼女自身、いくつもの高名な兵法書の類を学び、良く学問をしてきたと自負している。そして、武芸も並みの武官には負けない自信がある。さすがに顔良、文醜らには遠く及ばないが。

 まあ、武芸はさて置くとして、戦略、戦術について、すでに良策を主である袁紹へいくつも献策しているのだが、どういうわけか一向に採用されないのだった。

 その理由が知りたかったのだが、やっと広間での袁家の戦略検討の場に参列する機会があった。その時も審配は三つほど策の案を出していたのだが、それが―――

 

 全て田豊によってダメ出しをされていたのであった。

 

 それも、その場にいながら完全に反論できない理由を先に多く並べられていたのだった。

 それを聞き終わると、審配の敬愛する袁紹は言うのだった。

 

「駄目ですわねェ……審配さんは」

 

 審配は、石鎚で頭を殴られたような衝撃を受けるのだった。その場に固まったまま、戦略検討の場が終わるまで、立ち尽くしていた……。

 それ以来、審配は献策をしていない。

 自分より頭が回り袁紹お気に入りの同僚、『袁家の良心』の田豊が邪魔邪魔で仕方がないのある。

 田豊はいつも明るく愛くるしく、そして密かにいつも袁紹のあの酷い行動による被害のフォローを、顔良と共に陰でしまくっていたのだった。

 

(私の献策の邪魔をしまくった挙句……『私の』麗羽(れいは:袁紹)さまに……ちょっと可愛がられ過ぎじゃない?)

 

 田豊は、いつも袁紹と文醜に酷く振り回されているので、『可愛がられて』いるのかは普通に見ているとかなり微妙なところであるが、歪んだ目で見ている審配には楽しそうに見えたようであった。

 見た目の陰気さもあるのか、元々袁紹には余り良くしてもらえない彼女であった。

 

 そんな審配は、この人払いをした部屋で配下の伝手で一人の情報取集屋に会っていた。

 両者は部屋の中央付近にある、長方形の重厚で立派な机に向かい合って座っている。

 机の上には、一冊の書物が置かれていた。

 その情報取集屋は、なんとあの『太平要術の書』の一部を手に入れて来たのだった。

 『太平要術の書』は三巻で構成されていた。『太平要術の書』の上下の二巻、そして……『太平妖術の書』一巻である。審配が手に取ろうとしているのは「妖術」の文字が見える最後の巻であった。

 

 審配は静かに微笑みを浮かべた口を開き、相手の者を褒める。

 

「良くぞ……うれしいわ。……ほう。これね」

 

 そう言いつつ、机越しに渡された本を手に取ると数枚頁をめくる。

 そして、表紙裏にそこだけ斜めに書きなぐった覚書があるのを見つけた。

 

 『悪しき事に使い続けると寿命が縮む』

 

 ――とある。

 

「ふん、上等だわ」

 

 彼女の口元は笑っていたが、目は死んだ魚の目のように笑っていなかった……。

 

 

 

 

 先の、冀州鉅鹿の広宗の城での黄巾党討伐時に、大きな損害を受けた曹操は、殿として皇甫嵩将軍の軍が洛陽方面へ戻るのを見送ると、本拠地である兗州陳留郡の陳留城へ戻って来ていた。

 あれから、すでに十日ほど経っている。

 まず、大損害を受けた自軍の立て直しが急務であった。

 先の戦いでは、精鋭二万を率いて出たが、雑兵とは言え不意を付かれた上に圧倒的な差の大軍で包囲されての殲滅戦に近い状況になった為、次の戦いに参加できない死傷者が半分の一万に届いていたのであった。

 予備戦力を全て加えても、次戦は一万六千程度にしかならない状況であった。

 それでもまだ、ここ本拠地には万を超える兵力が残っているが、ここを空にするわけにはいかない。

 当然、中央からの増援など無い。すべて自前であった。

 しかし、中央からはすでに更なる出陣の指示だけは届いているのだった……。

 皇帝の臣下としてやらなければならない。

 だが、それ以上に敗北の汚名を早急に返上しなければならなかった。

 

 この時代、舐められたら終わりである。

 

 幸い、皇甫嵩将軍の弁明の計らいがあったようで、先の敗北の責任追及はなかった。

 しかし、相手が大軍であったとはいえ、『曹操は手酷くやられた』『弱いんじゃないのか?』という噂が広がるのである。

 曹操としては、機会があれば早急に打ち消さなければならないのだ。

 とは言え、兵力については、ここへ残す負傷兵たちの早い回復に期待することと、新たに志願兵を早急に募る必要が出て来ていた。

 それについては、荀彧がすでに手筈を進めている。

 そんな中、幸いだったのが主な武将達に怪我がなかったことだ。曹操も、その事だけは今回の救いであった。

 だが、この更なる出陣の指示に難題が、曹操陣営内の問題も含めていくつか見て取れるのだった。

 

 ここは陳留城の宮殿内の大広間である。

 曹操は中央奥の太守の椅子に着いて両脇に夏侯淵、夏候惇が並ぶ。床には大きな大陸の地図が広げられていた。その左側へ曹仁、荀彧。右側へ曹洪、典韋、許緒らが並んでいる。

 今ここは、中央からの出陣の内容について検討する会議の場となっていた。

 曹操がまず一つ目の問題の核心を告げる。

 

「この寡兵の状態で、さらに完全に二面作戦をする必要があるわね」

「はい。厳しいですね」

 

 夏侯淵は、言葉だけでなく表情も同様に厳しくしながら曹操へ同意する。

 次の討伐は期限が同時期に二か所であるが、その距離が余りに離れすぎていたのだ。個々撃破するには限界を超えて行軍しなければならず、効率が悪すぎるのであった。

 曹操は、『あなたの考えは?』というふうに、自軍の軍師である荀彧にも声を掛ける。

 

「桂花(けいふぁ)」

「はっ。……今回、両面どちらも日数的に有余はありません。双方の位置的に二千里(八百キロ)ほど離れているため、我が軍団で黄巾党勢に対して二面作戦を取るほかありません。なので第一軍は司隷右扶風の陳倉周辺の六万、第二軍は揚州廬江郡六安に籠もる四万の敵に対する事になります。

 そこで陣容についてですが―― 第二軍を秋蘭とわたくしと流琉(るる:典韋)、そして、第一軍を華琳(かりん:曹操)さま、春蘭、栄華(えいか:曹洪)、季衣で編成します。兵力はそれぞれ……四千と一万二千です」

 

 曹操は、ニヤけながら荀彧に確認するのだった。

 

「桂花、そちらは十倍の敵を相手にするけど大丈夫なの?」

「華琳さまの方も五倍の敵ですが……周辺の地形と私の策を用いれば十分に勝てるかと」

「そう」

 

 どう割っても曹操軍は敵の黄巾党の兵力に対して寡兵なのであった。

 だが荀彧の自信のある様子に、そして曹操も同様の考えだったことに納得する。

 それは――布陣は同じ、兵数だけが五千と一万一千であった。荀彧も前回の汚名を注ぎたいのだと……それでこそ曹軍の一員であると共に、その意気込みが戦力差十倍の四千なのだということを。

 

「華侖(かろん:曹仁)、留守は頼んだわよ。……あなたは、く・れ・ぐ・れ・も動かないように!」

「あぁーあ、また、留守番っすか? 華琳さま、つまらないっす。春蘭といっしょに暴れたいっすよ!」

「我慢なさい」

「……はーいっす」

 

 行動の九割以上が裏目に出る曹仁なのである。戦力に余裕のある時なら巻き返せるが、失敗すると現状は厳しすぎるのであった。だが、彼女は『遠征しない』状態に『する』……すなわち籠城させると裏目の裏目で凄いプラスになるのであった。今の寡兵な状況での拠点防衛には打って付けであった。まあ、本人の意志は別なのだが。

 そんな曹仁へ、普段彼女に慕われている夏候惇も慰めるのだった。

 

「華侖、お前の分も私が暴れてくる。我らが家の守りを頼んだぞ! 次こそは必ず、共に先陣を務めようぞ」

 

 その言葉に、曹仁は頷くのであった。

 

「華琳姉さま、私は余り戦いには向いていないと思うのですが」

 

 不満を述べる人物がもう一人いた。可憐な姿に凄まじい毒舌家の曹洪である。彼女は曹操軍の金庫番であり、後方の輜重を担当していて陣容には普段名が上がらないのであった。それが、今回は五倍もの兵数の敵に挑む軍勢の中に、自分の名が挙がってしまっていたからである。正直なところ、戦場の矢面では汚れるので戦いたくないだが。

 すると曹操は、しょうがない子ねという表情で諭すのだった。

 

「栄華、今はあなたにも戦ってもらうしかないわ。分かるでしょ? 私達の名声と実力が上がれば、あなたの好きな、お金も食料も綺麗な服も手に入るのよ?」

「……わかりました。華琳姉さまのお言葉ですし、しょうがないですわね」

 

 毒舌家の曹洪であったが、唯一敬愛する曹操には従うのであった。

 曹操は、更に意見が無いか周りを確認すると、話をまとめるのだった。

 

「では、その陣容で四日後に出陣するわ。桂花は出発時の兵糧等の手配を。秋蘭は兵達の配分調整を。栄華は二方面の補給の手筈をそれぞれ整えなさい。他の者は各部隊で十分な準備を」

「「「「「はっ」」」」」

 

 一同からの返事を聞くと、曹操は続いてもう一つの問題点について話を始めるのだった。

 

「さて、出陣の内容についての検討は終わるけれど、ここに集まってもらったのは早急に対処する必要のある問題の件よ」

 

 曹操を除いては、ただ一人以外、一同の顔が曇る。なんだろう?と。曹操は、その理解している人物を名指しして答えさせるのだった。

 

「桂花」

「新たな人材の確保……ですね?」

 

 荀彧は言葉を選び、曹操のご機嫌をうかがう。『人材不足』……とは言えないのであった。

 一同は「おおっ」とざわめき立った。武官については二面なら十分に戦える陣容があるだろう。

 だが、文官については二面作戦になった場合ですでに、結構厳しい状況である。

 荀彧は非常に優秀な軍師である。作戦なら、二面、三面でも考え付く事だろう。しかし、やはり戦場に軍師が実際にいるといないとでは、かなりの差になってくるのだ。今回は曹操自らがその役も兼任するのだが、今後の事を考えるとあと二人は軍師が必要であった。

 曹操が考えていたのは、さらに遠征に出た間……その間の領地の管理にも及んでいるのだった。

 農地の開墾、街の整備、治水、治安対策……。とにかく行政関連の文官が熱望された。

 曹操がみんなに問う。

 

「なにかいい案はないかしら。人物の推薦でもいいわよ?」

「「「「「……………………」」」」」

 

 一時、全員が沈黙した。

 曹操自身も沈黙していた。分かると思うのだが、見回すと曹操陣営には『身内』が実に多いのだった。

 それを差し置いてとなると、気安く推薦するのは憚られるのだった。現に、身内以外は荀彧も含めて、主君の曹操自らが直接認めた者だけである。

 それに気が付いて曹操は言うのだった。

 

「今後、私達にはより多くの人材が必要になるわ。優秀で人間性に余り問題が無いなら誰でも構わないわ。まず引き入れなさい。本当に無用なら、首はいつでも切れるから」

 

 相変わらず容赦のない感じである。しかし、主の命である。

 

「「「「「はっ」」」」」

 

 皆、承知の返事をするのだった。

 ここで、荀彧が一案出すのであった。

 

「華琳さま、領内だけでなく、人材の多そうな近隣の都市に優秀な在野はいないか、しばらく当たってみます」

「そうね。お願いするわ」

「はっ」

 

 曹軍の新たな人材の確保については、そこで終わり、会議の場はお開きとなった。

 

 

 

 

 そして、曹操軍は出陣の日を迎える。

 陳留の城に残る曹仁と曹純も、正面の城門の外まで出陣してゆく仲間を見送りに出て来ているのであった。

 城壁にも守備に残る多くの兵たちが、知り合い達の仲間を見送っていた。

 だが、城壁には旗が僅かしか残されていなかった。

 今回の戦いの為、周辺の城からも殆どの『曹』の旗指物が急ぎ集められたのだった。

 

 曹操軍は少し先の分かれ道で二方面に別れるため、この城門前での集結が、今回の出陣前の最後の集会になった。

 そこで第一軍の曹操は、第二軍の夏侯淵・荀彧の部隊へ半分に分けたはずの旗指物の多くをここで渡すのであった。

 これに荀彧や秋蘭は驚く。当然である。作戦には寡兵を多く見せる手として旗は必須であった。

 しかし、曹操は全員と全軍を前に告げる。

 

「みな聞きなさい! 私は曹孟徳。この戦いは曹軍の真の強さを見せる戦い! 夏侯淵、荀彧、典韋、あなた達は曹軍の『知』を見せてあげなさい。そして、夏候惇、曹洪、許緒、私達は『武』での曹軍の戦いを世に知らしめるのよ。全員奮戦せよ! ――出陣する!」

『うおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!!!』

 

 曹操の決意の宣言に全軍が士気を上げて咆哮する!

 

 夏侯淵は、夏候惇に声を掛ける。

 

「姉者……」

「秋蘭、大丈夫だ。心配するな。私がお前たちの分も十億万倍働いてやる!」

「姉者……(単位、間違えてる)……」

 

 そうして、曹操軍の第一軍と第二軍は出陣して行った。

 

 第二軍は、南方へ約千里(四百キロ)程の行程を十二日で踏破して、二日間の準備後、揚州廬江郡六安に籠もる四万の黄巾党軍と対峙する。

 その第一陣は荀彧率いる部隊、第二陣は典韋率いる部隊と二度の陽動戦で殆どの兵を城から引きずり出すのだった。

 荀彧は周囲の地形を完全に読んでいた。大軍をそれぞれ別々の狭道に誘い込んで上から岩や木材で押しつぶし大混乱にするのであった。

 そして、夏侯淵率いる第三陣は周囲の山々と森に伏せていた大量のすべての旗指物を一気に露出させ、加えて銅鑼の音を幾つも鳴らして、凄まじい大軍で六安の城を包囲したように見せかける。

 そして城門へ悠々と迫る曹軍第三陣に、城の残った黄巾党の兵らは騒然となり、城壁の櫓でそれを落ち着けようとしていた指揮官だったが―――夏侯淵の放った一本の強弓の矢に胸を射抜かれて絶命するのだった。

 指揮官を失った在城する少数の黄巾党兵力は、完全に戦意を失い直ちに降伏した。

 

 さて、曹操率いる第一軍である。

 司隷右扶風の陳倉周辺までの約千里(四百キロ)程の行程を僅か十日で踏破していた。そして一日休養したのち――

 

 すでに決戦である!

 

 相手は六万の黄巾党軍であった。彼らは、先の曹操敗戦の報と兵力が五分の一という状況に見下したようにぞろぞろと集結してきたのだった。

 曹操はなんと、誘き出すように平原で堅陣を構えて駐屯していたのだった。

 そして、堂々と無謀とも取れる平原にて対峙するのであった。兵法的には勝算は低いはずである。

 だが早々と、戦いの火蓋は切られるのである。

 そんな状況の中、曹軍から二千程の一軍が前に出て来る。そして、さらに……一人の武将が単騎で進み出ると名乗りの上げるのであった。

 

「我が名は、夏候元譲!」

 

 前進を始めようとしていた黄巾党軍の先陣らは、その地響きを起こすほどの剛声に歩が止まる。

 夏候惇は構わず声を上げる。

 

「我こそ、曹軍の大剣! 命が有ったら見知りおけ! ――全員突撃ィィィィ!」

 

 そう言い放つと彼女は――夏候惇の部隊は、真正面から『突撃』した。

 相手は六万のも軍勢である。

 しかし、夏候惇はただ何もない平原を進むが如く突撃する。正面にいる敵は彼女が全て切りまくる。百人隊長も千人隊長も関係ない、すべて一振りで片付ける。そして、その先へ突撃する。

 彼女は包囲される。しかし、周囲の敵を全て切りまくり瞬殺し、さらに奥へ突撃する。夏候惇は止まらない。そして、その配下の部隊も止まらない。突撃し続けたのである。

 

 

 

 黄巾党軍の兵は戦慄する。これは――――『怪物武将と死兵兵団』だと。

 

 

 

 突撃し続けた修羅のような夏候惇は、十人の兵を僅か一振りで薙ぎ倒していた。その余りの光景に黄巾党軍の兵は近づくものが減っていった。

 いつしか、夏候惇とその一軍は、六万もの黄巾党軍を率いる指揮官の前まで歩を進めていた。そして全身が血飛沫で血まみれの悪鬼のような姿の奥に、炎のように輝く双眼で睨みながら彼女は静かに一言、前にいる騎乗したヤツへ確認する。

 

「貴様が総指揮官か?」

「そ……そうだ。わ、私の名は――」

 

 次の瞬間、その指揮官の首は宙を舞っていた。

 

「略奪の賊の名など、聞く必要もない」

 

 そう呟くと、彼女は自らの自慢の剣、『七星餓狼(しちせいがろう)』を空に高々と差し掲げると勝どきを上げる。

 

「――夏候元譲、敵の総指揮官を討ち取ったりーーーー!」

 

 周囲に勝どきの歓声が轟く中、その声らを聞いた瞬間、曹操の声が曹軍内に響く。

 

「中軍、残党狩りよ! 敵を殲滅せよ! 我に続けぇーーー!」

 

 曹操は、手にしている愛用の『死神鎌 絶(ぜつ)』を振りかざし、中軍の六千の兵を引き連れて猛烈な前進と攻撃を始める。傍には許緒が付き従っていた。

 後軍を曹洪に任せると、曹操自ら敵の掃討に乗り出すのだった。

 その後軍も、まもなく敵の残党を排除・殲滅に動くのだった。

 もはや、夏候惇の怪物振りと、曹操率いる第二陣の統率力の取れた圧倒的な武力の前に六万を誇った黄巾党軍は、多くを討たれた上に散り散りになって霧散したのである。

 雑兵とは言え、五倍もの兵力に力技で完勝しまうのであった。

 そもそも、前回の殿のような、敵包囲内に残って敵を引き留めるような状況では、夏候惇の恐ろしさは十分に発揮されないのである。まあ、それでも無傷で帰ってくるのだが。

 『猪のような一直線の華麗なる突撃』こそが彼女の最高の持ち味なのである。

 血みどろの状況で帰って来た夏候惇を――曹操は出迎え抱きしめるのだった。

 

「さすがは春蘭ね。よくやってくれたわ、ありがとう」

「か、華琳さま?! 服が――」

 

 血が付くことなど気にしない。彼女は、夏候惇の――その実力に掛けていたのである。

 

「いいのよ。それに、今のあなたはとても綺麗だもの」

「華琳さま……」

 

 周りで、それを静かに許緒と曹洪は見守っていた。

 当初、曹操は突撃する先陣の兵二千の夏候惇の部隊へ、許緒も入れようとしたのだった。

 しかし、夏候惇は断固拒否するのであった。それでは「華琳さまの守りが薄くなる」と……そして自分の武技を信じて欲しいと告げたのである。

 それを夏候惇は、見事に成し遂げたのであった。

 曹操は、これらの戦いによって失墜しかけた名を、再び馳せることになったのである。

 また、この戦いの武功は夏候惇自身へも、後漢の爵位を得る切っ掛けにも繋がるのであった。

 そして、まだ黄巾党討伐の戦いは続く。幸いその途中で武官の、于禁、李典、楽進が新たに配下に加わってくれたのだった。

 とはいえまだ、文官の不足は深刻であった。

 そんな中、荀彧の情報網に、都で仕えている人物に優秀な長女がいるという話が入っていた。

 曹操は直ちに直筆の竹簡をしたため、その、都で仕えている人物に送るのだった。

 

 

 

 

 このように、大陸の状況は常に目まぐるしく動き、誰もまだ見ぬ混沌とした世界が広がっているのだった。

 

 そのような時に、あの男は静かに世界の脇へ登場するのである。

 

 

 

つづく

 

 

 




2014年06月06日 投稿
2014年06月07日 一部加筆修正
2014年10月26日 文章修正
2014年11月08日 宣陽門(魏晋代の名称)→平城門(後漢時)
2015年03月03日 文章修正



 解説)諸侯の任地や領地等がおかしくない?
 些か恋姫的歴史ズレ&結構なねつ造あり。
 さらに、中央職を兼任しています。
 本作、真・恋姫†一刀無双の独自展開な部分ということで……。(汗
 現状をちょっと纏めると以下な感じ。

 何進:黄巾党の乱が勃発後、大将軍となる。現在、中央の高位だが、元が身分の低い出なので、近衛兵を率いて首都の洛陽を守備している程度で地盤は無い。袁紹を上手く遣い、司隷校尉の仕事を押し付けている。
 (公式の英雄譚では口調から、まだ『男』の可能性が……汗)

 袁紹:冀州の州牧で、現在、何進から代行的に司隷校尉も任されている。
 (まあ、顔良が殆ど死にそうになって走り回っているのですが……。それでも何進には大きな借りがある感じに)
 配下には、武官として張郃がいる。

 曹操:兗州陳留郡太守。兼任で現在、皇帝直属の軍である西園軍として一隊を率いている。(野望を秘めた能臣√? あと、ゲームでは陳留刺史ってなってますけど……)

 董卓:并州刺史、河東太守などを歴任し、現在京兆尹の太守。黄巾党の乱にて洛陽へ勅命により臨時で協力を要請され都入りし、配下は黄巾党討伐へ、彼女自身は洛陽周辺の政務も手伝っている。西涼に親戚等の地盤を持っている。
 配下には、賈駆、呂布、張遼、華雄、陳宮がいる。(そのうち高順ちゃんが?)





 全然関係ないですけど……個人的に恋姫では、賈駆――詠がお気に入りです♪(笑

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