真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~ 作:カメル~ン
一刀は、雲華のお墓を作った後、まだ日が昇る少し前に泰山麓のこの思い出の森を出る為、再び結界の出口へ向かうあの直線の道をヨロヨロと通り過ぎようとした。少し薄暗いその直線の終わり辺りに、雲華が自分を庇ってくれた時に散乱した旅立ちの荷物がまだそのままになっていた。
よく見ると、それらには僅かであるが彼女の血痕がついていた。
「………」
どれ一つを取っても、彼女が一刀の為に選んでくれた物であった。彼はそれを再び力なくだが大事そうに集め始める。
集め終えると……一刀は、再びヨロヨロと巨木の家へ引き返していった。
そして、食堂の食卓の上にその荷物を静かに置くと、ゆっくりと机に背を向ける。
雲華ハモウイナイ――そう、彼にはもうそれらは必要ない物になっていたのだ。
ただ、剣とお金と日持ちの良い食糧だけはまだ持っていた。彼は考えていた。
そして……小さく呟いた。
「……誰ダ……指示……シタノハ……」
剣は、彼女のカタキを討つために、お金と日持ちの良い食糧はその糧に。
それから間もなく、一刀は静かに巨木の家を後にする。
だが、彼には『当て』がなかった。
もはや、ただのバカであった。だが、関係なかった。
彼の頭に今は『カタキを探し出して討つ』という事しか浮かんでこなかった。
それは一時的とはいえ、想像外の膨大な『殺気』を纏った事から来た多くのその残気と余りの自我の『喪失感』から、一刀は邪気に取り込まれているかのようであった。
彼には、本来有るべきなにか……重要な『アノ強大な感情』が欠けているようであった。
それに、他にやることもなかったのだ。思考は非常に鈍いが負への思いで一つに纏まるのである。
一刀は探し始める。
彼は広大な大陸で、ただ迷子に成りに出たようなものであった。
行なった事は、気で広く周囲を探り、人の気の集まりで見つけた近くの村や、小さな街で「仙人ヲ見タコトハナイカ?」と聞くぐらいだった。しかし当然、知る者は皆無。酷い時には目が虚ろで無表情なこともあり、彼を変人扱いするところもあった。
そもそも『仙人、人に関わらず』の掟があった。そして、よほどでない限り見た者は消されてしまうのだ。闇雲に探しても、見つけ出すことはほぼ不可能であった。だが数日後、鈍い思考の中で、ふと一刀は思い出した。
そう以前、雲華が街で服を売ったお店である。あそこの家族は仙人の関係者だった事を。
『ここは、予州――川(――セン)郡の――県の街よ』
雲華の声でどこか場所を聞いた気がするが、はっきりとは思い出せなかった。
(確カ……予州ノドコカダ……西ヲ目指ス)
彼は、ただ、がむしゃらに西を目指し始めたのであった。
それはまだ、冀州鉅鹿の広宗へ張角の軍を盧植将軍が追いこんでいた頃である。
そして彼は見事に――――この広大な大陸の迷路に迷うのだった……。
大陸全土を巻き込んでの黄巾党の乱は、張角が引きこもったのを良しとし、兵力総数が百万を軽く超える青州周辺は一時置いておく状態になっていた。そして、北部や中央周辺では、皇甫嵩、朱儁、董卓(呂布・張遼・華雄)、曹操(夏候惇)らの奮戦や、その他に、袁術(孫堅・孫策)、公孫賛(趙雲)の面々の働きにより、ようやく沈静化に向かっていた。
……なお、何進や袁紹は殆ど戦っていない。
何進は、「大将軍として首都の守りが肝要」と言ってほぼ動かず。
そして袁紹は中央での高位を巧みに利用し他人へと押し付けた。
「おーっほっほっほ。そのような雑用は、あのちんちくりんにやらせておきましょう♪」
顔良から「麗羽様、どうしましょう?」と知らせを受けた黄巾党との必要そうな自分の担当分の戦いは、中央からの命として、もっぱら曹操に命じて戦わせていたのだ。
先の曹操の二面作戦も実は、片方の司隷右扶風(シレイウフフウ)の陳倉周辺の六万は、袁紹の担当だったりするのであった。
間違いなく職権乱用と言えた。
のちにそれを知った曹操は「なんですって!」と激怒するのだが……。
しかし、そういった功により、それぞれ高位の官位や刺史、太守に叙された。
皇甫嵩は左車騎将軍、朱儁は右車騎将軍。董卓は副車騎将軍。曹操は奮武将軍を拝命し、兗州刺史も兼任へ。曹操配下の夏候惇もその武功により、奮武将軍司馬の官職を後漢より頂いている。
袁術は、影響下にあった荊州南陽の正式な太守に。公孫賛は、無難で普通な働きだったがなぜか幽州涿郡太守と遼西郡太守を兼任に……趙雲がお世話になった返しという事で頑張ったみたいである。
そんな華々しい栄達とは遠い存在がいた。
劉備は関羽と張飛と共に、公孫賛陣営から黄巾党の乱の始まりを契機に独立していたが、結局千人程度の義勇兵のみの運用が精一杯で、たまに現れる各地の官軍に付随してその都度、食糧を融通してもらうなど場当たり的な転戦をしていたのみであった。
その多くの戦いで先鋒を押し付けられ、関羽、張飛は先陣となって奮闘し敵部隊を撃破するが、打ち破ったという武功は官軍に取られるばかりであった。
それなりに、関羽、張飛の武勇は知れるようになったが、軍団・組織としては都合の良い扱われ方に留まっていた。彼らには案や方針、良策を考えてくれる人材がいなかったのである。
官軍が、曹操の軍であればもう少し良い状況もあったのかもしれないが、運なく華雄の部隊に遭遇して手酷く使われたりと、劉備達は行き当たりばったりの行軍で、覇王との邂逅も、いまだ起こっていなかった。
たまに官軍のいい年をした男の副将辺りから、劉備らの強さに興味もあるのだろうが、やはり劉備と関羽のその艶やかな美貌と可愛らしい張飛に目を付け、下心満載の足元を見た勧誘を受けたりする。
「ワシのモノ……いや、部下になれば、こんな不自由で貧しい日常には縁遠くイロイロと『良い思い』も出来ると思うのじゃが……どうじゃ?」
そんなときは、下卑た男へ劉備が答えるまでもないと、関羽がスッと彼女の代わりに前へ立ち、厳しく威圧するような目で回答していた。
「我々は良い暮らしがしたくて、戦っているわけではない! 皆が笑顔で暮らせる平和な世を見たいという、我ら三人の想いの為だ! お断りする」
「……ふ、ふん。好きにするがいい。折角だというのに……後悔せぬことだな!」
関羽と張飛の強さは戦場で直に見ているので、官軍の副将辺りといえどもゴリ押しは出来ず、捨て台詞を言って去って行くのであった。
そして今、劉備ら三人は冀州から予州沛国の北限近くまで南下して来ていたが、周辺の黄巾党の討伐がほぼ終わっており、戦う場所を失い食糧を得る当てを失って、前方に荒野の見渡せる岩場手前の一角へ陣を張り、千人程の義勇兵達と駐屯し途方に暮れていた……。
陣内の天幕の中、劉備はまだ光沢が保たれた輝かしい腰まである赤茶のツインテールと、その服の色と合わせて淡い桃色で豊満な胸と紅の短めのスカート状な服を身に付けた体を、無意識に、天然に可愛く揺すって手を顎下辺りで組みながら関羽に相談する。
「愛紗(あいしゃ:関羽)ちゃん……どうしようか?」
「桃香(とうか:劉備)さま……そうですね。鈴々(りんりん:張飛)、何かないか?」「鈴々は、みんながおなかいっぱいで、平和ならそれでいいのだ。鈴々は、それ以外はよく分からないのだ」
にははとハニかむ張飛のその予想をしていた答えを聞いて、黒色の美しい左サイドポニーな髪を僅かに揺らしつつ、関羽は劉備に提案する。
「この周辺は、すでに黄巾党の討伐が終わったようです。なので、私と一隊でこの辺りを通る旅人か商人を探して、まだ黄巾党のいる地域の情報をいくつか聞いてきます。その情報から判断して、ここより新たな場所へ移動しましょう」
「そうね……うん。愛紗ちゃん、お願い」
「はっ。鈴々、桃香さまの守りを頼んだぞ」
「分かったのだ。お姉ちゃんは鈴々がしっかり守るから大丈夫なのだ」
その黒の短パン姿な小さな体の二倍以上の長さと、同等以上の重量がありそうな自慢の丈八蛇矛(じょうはちだぼう)を悠々と軽く振って応える鈴々の返事を聞くと、関羽は立て掛けてあった青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)を手に握り絞めると、天幕を出て少し離れた所に繋いである愛馬へ騎乗し、万一に備え百人程の歩兵の一隊を率いて荒野へと出て行った。
彼女らは、この辺りをすでに一週間ほど根城にしていたので、周辺の地理はかなり詳しくなっていた。
半時(一時間)ほど移動して、関羽は道幅が広めの南北に通る街道にたどり着いた。
しかし見渡す範囲に人は通っていなかった。時刻は、まだ朝の巳時正刻(午前十時)ごろであった。
関羽は仕方なく、しばらく待つことにする。
この時代の道は、整備されていても道幅が広い程度で基本はデコボコな砂利道であった。石畳などは無かったのだ。そのため雨が降ると車輪を持つ荷駄の移動は難儀するのであった。なので今日のような雨が降っていない日が続き、路面が固まっている時は通行する行商や旅人の数をそれなりに見込めるということだ。
それから、さらに半時ほど過ぎた頃、北方から荷馬車を二十数両も伴った大き目の商隊と思(おぼ)しき隊列がかなり遠くに見えた事に、目の良い関羽は気が付いた。
「商隊が見えた! 皆、ゆくぞ!」
関羽の掛け声と共に、ゆっくり駆け出す騎馬に、百人程の歩兵は駆け足で付いて行く。
彼女と歩兵の一隊が、商隊へ近づくと、商隊の護衛部隊が警戒のため、隊列の前へ集まって来たのが目に入った。関羽が部下へ叫ぶ。
「私だけで行ってくる。お前たちはここで暫し待て」
「はっ」
部下の百人隊長の声を後ろで聞いた関羽は、商隊の前まで来ると馬から降りて声を掛けた。
「商隊の代表の方と話がしたい。私は関羽雲長という者だ」
関羽は、敵意が無い事を示す意味で青龍偃月刀の刃先を、背中側に隠すように持って立っていた。
彼女の整えられた髪の艶やかな右に流れる部分と、左後頭部の長く美しいポニーテールの黒髪。そして身に付けるは、胸元へ縦に線の入った白生地に、腰回りは青緑色の生地で背中側に膝裏まで大きな切れ目のある楓の葉のような形をしていて、その縁は黄色い布で装飾され、肩を大きく露出した袖口に豪華な刺繍の入った独立した袖の付いた上着。また、黒に近い紺の短めのプリーツの入ったスカート状の裾布の服。足は太腿の上の辺りまで焦げ茶の少し厚めな足布を履いている。足元も上等な靴を履いていた。
実に華やかな服装なのだが、すでに長き行軍でやや埃っぽく汚れてもいた。
すると、商隊の前に並んだ護衛部隊の間から一人の可愛らしい女の子が出て来る。
「ええっとー身なりはまあまあですね。盗賊の方じゃないんですよね? よかったー、この辺は安全だって聞いてたけど道を間違えちゃってて……それで、ででででーんと出ちゃったのかなって……てへっ♪ 関羽さんでしたっけ? 申し遅れましたー、わたくし名前を麋芳(びほう)、字は子方(しほう)といいます。姉と共に商人みたいなことをやってます。あのー、それでも兵隊さんを連れてて物々しいですが……何かありました?」
麋芳と名乗った彼女は、服装が白地に橙や青緑がアクセントになった裾の短い、少し露出度の高めのお腹も見せる可愛らしい服装をしていた。そして橙(だいだい)色がなにか眩しい感じの、膝裏まで左右真ん中と三方に伸びる長い髪の毛の起点となる小さな頭を右側へ少し傾げつつ、関羽の後方で将から少し離れるようにして道を塞ぐ形で控える部隊を見ながら、そう言った。
「いや、すまない。少し尋ねたいことがあってな。我々は黄巾党を討伐している、劉備玄徳さま率いる義勇兵で、私はその将をしているのだが、この辺りはもう平定されたようなのだ」
「劉備さま……ですか。そうですね。私もそのように聞いてますよー」
麋芳は、関羽へ黄巾党の討伐について小さく頷きながら相槌を打つ。関羽は手短に本題へ入った。
「あなたは、黄巾党がまだ暴れている地域を知らないだろうか?」
「うーん」
実は、麋芳は北方の街々で劉備の義勇軍の噂を聞いていたのであった。何度も官軍の先頭に立ち、略奪の限りを尽くしていた凶暴で残虐な黄巾党の大軍を相手に、全て正面から打ち破った剛の武将である関羽と張飛を従えていると。
「お連れは、劉備さまと関羽さんと後ろの兵隊さん方だけですか?」
「いや、あと将をしている張飛や多くの兵がいるが」
「ほおーそうですか(やはり、張飛さんはいるんだ。私も少しは武術をするから、分かっちゃうよ。この人、怪物かも……さて)」
麋芳は感心しながら、内心いろいろと考えていた。関羽は早めに催促する。
「で、どうなんだ。何か知らないか?」
麋芳は、考えが纏まったのか話し出した。
「実はですね、これから徐州へ戻っちゃうんですが、途中で黄巾党が出没する地域があるんです。よかったら……劉備さまの義勇軍で護衛してもらえません? もちろん、それまでの兵糧や費用は提供させて頂いちゃいますよ?」
「護衛……」
関羽は考える。
(この商隊には五十人ほどの護衛部隊がいる。多少腕の良いヤツもいるみたいだが、黄巾党の一軍が相手となると確かに厳しいかもしれんな。我々は移動するしかない状況ではある……悪い話ではない)
「麋芳殿、一つ聞きたい。黄巾党の残党はどれほどいるのだろう?」
「んー、そうですね……うじゃうじゃいます♪」
「そうなのか?」
「はい、徐州へは官軍が殆ど派遣されていませんので」
「なに!? ……わかった。申し訳ないが、この兵達とここで待っていてもらえないだろうか? 主に話して来る」
「いーですよ♪ 待ってまーす」
関羽の判断が早かった。この麋芳が、嘘を言っても得が少ないことは分かっている。
関羽は、百人隊長に道の脇で待機するように告げると、一騎で劉備の元へ急ぎ戻っていった。
早速、関羽より事情を聴いた劉備は即決する。
「愛紗ちゃん、鈴々ちゃん、移動しよう!」
もちろん、張飛は「わかったのだ。ご飯がまた一杯食べれるのだ」と喜んだ。
直ちに劉備達は、兵と陣を纏めて移動を開始する。
麋芳は、劉備らを少し驚きながら出迎えた。
(全部で三百人ぐらいかと思っていたのに千人程もいるよー……大丈夫……かな? てへっ♪)
麋芳らの商隊を先頭に、劉備ら千人程の義勇兵団は先陣を張飛隊、中軍を劉備隊、後詰を関羽隊の三隊に分け、五列で二百人程並ぶ形にして街道の通行の邪魔にならないように続いた。一種異様な隊列になっていたが、直ちに徐州へと移動を始める。
馬上の劉備、関羽、張飛は皆、新天地に希望を持ちつつ笑顔であった。
麋芳が、とんだトラブルメーカー、歩く天災だという事は知らないがゆえに……。
とある街の門をくぐろうと、その門への道をヨロヨロと歩いて近づいて来る一人の男がいた。
頭から膝まで、前の部分を除いて隠しているボロボロの大布を被っているが、そこから覗く服装は破れ放題、前髪も伸び放題……。わずかに数本、顎に無精ひげが伸びていた。
臭いも酷いのか、周りを通る商人や、旅人も思わず傍を避けて歩いていた。
余りの身なりの悪さに、門で警備に当たっている背丈が七尺六寸(百七十七センチ)ほどあるガタイの良い屈強そうな男の守備兵は、門へ真っ直ぐ近づいて来るその不審な男に近寄ると、門から三十六歩(五十メートル)ほど手前で道の脇へ軽く突き飛ばした。
その守備兵は、一瞬違和感を感じた。手で突いた時に、その男がやたらに重いように感じたのだ。
その男は突き飛ばされ、道の脇近くへ無様に尻もちをついて転がった。
――鈍くドスンという重そうな音も立てて。
だが、それは一瞬だった事もあり、守備兵はしっしと「向こうへ行け」と手の甲で追い払う素振りをして定位置へ戻っていった。
その尻もちをついた、ボロボロの身なりの男はまだ若い感じであった……。
よく見ると―――― 一刀だった。
森を出てから四ケ月近く過ぎていた。
倒れたところから、一刀はゆっくりやる気なくヨロヨロと起き上がる。
(ココはドコだろう……まあイイか)
『殺気』の残気と邪気に取り込まれていた症状は、思考から少し改善しているかに見えたが、代わりに彼には自我の『喪失感』が増大していた。
どこを、どう歩いて、今自分がどこにいるのか……。
すでにどうでもよくなって来ていた。
雲華は……九音はもうドコにもイナイ……やる気がなかったのだ。
彼がボンヤリ覚えているのは……あの後、彼女のお墓を作り、旅立ちの道具を置いて巨木の家を去った事。
雲華のカタキを探そうと散々放浪していた事―――。
すでに、ふた月前にはお金も尽き、風呂も無く野宿のみで彷徨っていた。
(モウ……ドウでもイイ。でも……一人で過ごすの………寂しいヨォ……雲華)
前に佇むどこか知らない街の門を、静かに眺める彼の目元に僅かに涙がにじんで来ていた。
その時である。門の中から僅かに叫び声が聞こえて来た。
「泥棒ーーーー! 誰か、捕まえておくれーーー!!」
門の傍を守る数名の守備兵達も騒然となっていた。一名を残して門の中へ入って行った。あのガタイの良い屈強そうな男の守備兵もである。
そのあと、門の近い中から「ギャァァーー」という男の悲鳴が幾つか聞こえて来た。
どうやら、泥棒と守備兵達が戦闘になったようである。まあ、七、八人ほどいたので直に取り押さえるだろうと思っていたが……複数の悲鳴?
さらに門へ一人残っていた小柄の守備兵が、門口から僅かに遠ざかるのが見えた。
そして、門の中から血まみれの長刀を振りかざして、盗んだであろう荷物を左肩に担いだ、身の丈が先ほどのガタイの良い屈強そうな守備兵よりも、さらに一回り以上巨躯な大男が出て来る。
この時代、良家の者達の平均身長は百七十センチを超えるほどあったが、一般人は男性でも百五十センチ台であった。賊の男は百八十五センチほどもあり、本当に稀な巨躯であったのだ。
大男は、血走った眼で間合いの長い長刀を右手で振り回しながら近付いて来るため、門の傍に居た者はみんな巻き込まれるのを恐れて悲鳴を上げて逃げ惑っていた……一刀を除いて。
その大男は、巨躯を揺らし逃走するためか急に走り出す。
それも、やっと立ち上がり、端から道の真ん中辺りまで出て来ていた一刀の方へ向かって来たのだ。一刀も身長は百七十五センチ程あるが体格的にそれより二回りほど大きい男は、浮浪者同然の恰好の一刀に向かって叫んだ。
「どけーーーー! 邪魔するとぶっ殺すぞーーーーー!」
しかし、一刀はどうでもよかった……。
泥棒の大男は、避けようとしない一刀へ猛然と切りかかる。
「どけって言うのが分からないなら、オラーーー! オマエも死ねやーーーーー!」
だが、その言葉に一刀は、ぴくんと来た。
「………」
一刀の頭上に、左側から大男の長刀がブンと風切音のうなりを上げて、まさに振り下ろされ―――なかった。
そして、すでに大男は一刀の前にいなかった。一刀の左手が素手で長刀を掴み取り、右拳が打ち出されていた。
大男は「ぐえぇぇっ」というすごい声と血反吐を周囲に吐きながら、一刀から十メートル以上地面を人の頭程の高さを浮いて飛び、落ちてからも派手に転がり、一刀の二十メートル程前方に吹っ飛んでいたのである。
一刀は、無気力に、そしてほぼ無意識に『神気瞬導』の『速気』と『剛気』で拳を放っていたが、普通の人に対しての威力は絶大だった。
門へ続く道の真ん中に大の字に倒れ、気を失っている大男の腹部は余りの威力に……少し陥没していた。
しかし、一刀はそれを見ることなく、パタリとその場に倒れて込んでいた。
ちょうどその時、一刀の少し後方にこの街の中へ入る為、門へ向かっていて偶々この現場を牛車で通りかかっていた人物がいた。
牛車に乗った立派な身なりをした彼女は、一刀の働きのその一部始終を見ていた。
そして、勇敢な身なりの悪い人物―― 一刀は、その人外な難行を行うと静かに倒れてしまい動きそうになかった。
(なんと……人が本当に飛ぶとは。あの御仁は身なりは悪いが、間違いなく、どこぞの名のある武人――元将軍ではないだろうか……? あの膂力……いろんな武人をこの目で見てきたが……尋常ではない)
そう考えた牛車の主は、自分に追随する後ろの荷馬車の家中の者に、倒れている身なりの悪い武人を屋敷まで丁重に運ぶようにと指示を出す。
二人の家中の者が一刀の傍へ行く。そして運ぶのだが、顔を顰めていた……二ケ月ほど風呂に入っていなかった事もあった。だが、もう一つ困っていた。一刀は剣を一振り持っていたのだが……それが異様に重かったのだ。
実は『龍月の剣』も普通の剣よりもかなり重かったのである。使う者だけが――主だけが恩恵を受ける剣なのだ。結局、一刀と剣は後ろの荷馬車へ二回に分けて別々に運ばれた。
一刀は、不意に周囲になにか懐かしいものを感じた。これは……そう随分長い間、忘れていたものであった。絶対に忘れてはイケナイものの一つであった。大好きなモノであった。
それは匂いだった。それも――
若いプルンプリン♪の女の子の香しいイイ匂いだったのだ!
「はっ!!」
何か、長い眠りから完全に覚めたような感覚を覚える一刀であった。
一刀の場合は特にだが――殺気や邪気ですら、人間の三大欲である『性欲』の……絶倫な彼の『エロ』で『イカガワシイ』気に及ぶはずがなかったのだ。
彼の『正義』が呪縛を粉砕する!
……一刀は、まだ周囲に薄っすらとその香りが残っているのを、必死にクンカクンカと嗅いでいた……。
静かに、変態紳士が『ハレンチ』に、ここに復活する。
一刀は目を覚ますと、そこは初めてみる場所で、十五メートル四方ほどもある広く立派な部屋の、朱色の豪華な細工のある寝台に寝かされていた。白い石を敷き詰めた床に、壁伝いはこげ茶色で統一され、木材の板が彫刻で抜き細工されたシースルーな感じで非常に明るい場所であった。
「………」
一刀はゆっくりと起き上がる。ここはどこだ?という風に部屋の中をゆっくりと見回しながら。調度品や椅子のような家具も立派なものが置かれている様子が伺える。
(そういえば、三国志の時代なんだよな、ここは……真名は不用意に呼んじゃいけない……と)
雲華からの基本を思い出す。そして彼女の事を思い出していた。
(雲華……)
その時起き上がっていた角度は垂直に近くなり、布団が胸からずり落ちると、一刀は少し驚いた。
なんと、すでにきちんとした服まで着ていたのだ。加えて今気が付いたが髪も洗われて切り揃えられ整えられているようだ。髪が覆っていた首の回りが以前より涼しく感じ違和感となり気が付いた。記憶の最後の自身の姿を考えながら髪を触ってみる。
確か最後は何も考えず、髪も伸び放題で風呂にも入らずに放浪していた気がする。相当ひどい恰好のはずだったと思い出していた。
一刀には今の、こんな厚遇を受ける理由もあても全く思いつかなかった。
「………なにが起きたんだろう?」
そうしていると、周囲の廊下と思われる場所にこちらへと近付く気を感じると、間もなく人影が見えた。「失礼します」と声が掛る。その声に一刀は小声で思わず返事をした、「どうぞ」と。
扉であろう折り畳み戸を静かに開くと、使用人のような地味だが汚れの無い衣服を着ている女性が現れる。彼女は部屋へ一歩足を踏み入れ、起き上がっていた一刀を確認すると慌てたように「失礼しました!」と少し慌てる形で答えた。どうやら一刀がまだ完全に寝ていると思っていたのだろう。実は運び込まれてからそう時間は経っていなかったのだ。状況的に彼はどう見ても衰弱した行き倒れである。簡単に回復するとは思えない所だが、『神気瞬導』の『無限の気力』がそれを行なっていた。
「お客様、少しお待ちください。主を呼んで参りますので!」
そう言って一礼すると、扉を丁寧に閉めて廊下に消えて行った。
間もなく再び廊下に人影が一人見えた。
そうして扉の前までくると一言「お客人、失礼します」と言われたので、一刀も「どうぞ」と答えると、静かに折り畳み戸を開けてこの家の主なる人物は入って来た。
先ほど使用人が『主が来る』と言っていたが、それは女性だった。
薄緑の長い髪とぐるぐるの瞳がまず印象的である。
背丈は七尺足らず(百六十二センチ)ほど。頭には旋毛の辺りへ大き目の頭冠を乗せ、目を引くその髪は後ろで四つに束ね分けられていて優美で大きな曲線を描いていた。首から膨らみの豊かな胸元まで、大きく露出された形の白地に黄色と赤の装飾の付いた、右前の裾が短く左側が長い形の服を着ていた。そして、右肩を隠す形の花の装飾と金の紐で飾られた上掛けを掛けている。
顔立ちは、目は少し青味のあるグレー系のぐるぐるな瞳で、目尻は普通で眉は眉間寄りほど太く端は細く、鼻筋は通り、少し小さめの口をしている。
落ち着いた綺麗な顔立ちをしている人だ。
一刀は早速だったが、まず気になることを思わずその女性へと質問する。
「ここは何州の何郡のどこでしょう? そしてあなたは?」
だが、一刀は無礼なことにすぐに気付いた。
「あ、……失礼、申し遅れました」
そう言って一刀は寝台の上ではあるが『叩頭礼』……右手のこぶしを目の前で左手のひらで包み、お辞儀の姿勢をとった。『恩義を受けたらまず、名と礼を述べなさい』と雲華から基本だと言われていたからだ。条件反射に近い。
「俺は、姓は北郷、名は一刀。字はありません。この度は身に余る数々の厚遇、ありがとうございます」
すると、その女性は落ち着いた口調で静かに答えた。
「ふむ。類まれな力をお持ちでまだお若いのに、やはりしっかりとしていますね。では、北郷殿と」
「えぇっ? いや、北郷で構いません」
「いいえ。あなたはすでに、当主である私がお招きした当家のお客人なのです」
丁寧だが、彼女には有無を言わさぬ迫力があった。少し懐かしい感じがしながら、従うしかないようである。
「分かりました。よろしくお願いします」
「はい。素直な方は好きですよ」
それなりに年上のようだが、まだ、皺ひとつない表情に艶やかな長い髪や白い首筋からの豊かな胸など、美しさを保つ彼女はにこやかに言うのであった。
「そうそう、ここは、司隷河内郡温県の街です。そして私の名は――司馬防(しばぼう) 字を建公(けんこう)と申します。当家へ……司馬家へようこそ」
一刀の次の滞在先が決まった瞬間であった。
一方、長い旅をする者がここにもいた。
管路より、天下を平穏にする存在の力を持つと言う、『天の御遣い』の噂を聞いて、是非合ってみたい、可能なら……いや、何としても仕えてみたいと、動き出していた諸葛亮と鳳統は―――盛大に空振りしていた。
加えて管路からは、泰山周辺に降臨する、近くに居るだろうということだったが、そんな御仁の噂はどの陣営からも、どの独立した義勇兵の間からも、ついに聞くことはなかったのである。
そのため更に範囲を周辺に広げていろいろ各地を回っていたのだが、可愛い小柄な少女二人旅であった。大陸中の地図が頭に入っているため、人通りの多い大きな街道を選んで移動していたのだが……獲物が隙を見せたり、弱ったり、偶然条件が揃ったりするのをじっと待ち続けてついて回る、見続けている、ストーカーハイエナのような盗賊達もいるのだ。
もともと、『天の御遣い』様の軍に入れてもらうために、水鏡女学院の門下生の証であるがとんがり帽子や大きなリボンなどと共に目に留まりやすく、立派でとても可愛らしい服装をしていたのも狙われる要素になった。おまけに護衛もいなかった。
二人は散々範囲を広げて歩き回わり、数々の街で聞いて回ったが、結局何も有力な手掛りを得る事は無かった。
その時、諸葛亮と鳳統は最後にもう一度と言う思いで泰山周辺へと戻って来ていた。そして、道幅が四十九歩(六十七・五メートル)程もある始皇帝の巡遊時に作られたという大きな街道を歩いていた。
しかし―――偶然にも人通りが無かったのである。たまたまであった。だが起こる時はあるのだ。
しばらく、歩いていると『感』の鋭い諸葛亮は気が付いた。前方、後方、見渡す限りに人が見えなかったのだ。
「雛里(ひなり:鳳統)ちゃん。イヤな予感がする……。一旦戻ろう」
「!……朱里(しゅり:諸葛亮)ちゃん、前っ……」
もはや……遅かった。
すでに、後ろを振り向いて見ていた諸葛亮も立ち止まっていた。
幅の広い道の中央に近いところを歩いていたのも、逃げ道が無くなった原因となった。
気が付くと前から八人……おそらく道の外を後ろから大回りしてここから見えない端から足の速い者が回り込んだのだろう。後ろから七人、左右の横からも五人ずつで完全に諸葛亮と鳳統を包囲していた。
コイツらは、服を粗々しく着こなしており、そして僅かでも綺麗とはお世辞にも言えない風体で、腰に実剣を下げていて見るからに盗賊風な連中だ。
そして、見回すと……全員男であった。
後ろから近付いて来ている中で真ん中を歩き、一番体格の良く背丈が七尺九寸(百八十三センチ)ほどの大男が指揮しているように見えた。
大男は太り気味で、髪もボサボサ、髭も眉毛も伸び放題で不潔そうな口と、鼻毛の出た丸く低い鼻と、血走った目付きの表情で二人をジィ~と嘗め回すように見ると、舌なめずりをしながらニヤニヤしていた。
諸葛亮と鳳統の二人とも、塾で護身術も学んではいる。
だが、人見知りの激しい鳳統はすでに顔が蒼くなって震えだしていた。
「あわわ……」
言ってる場合ではないのだが、自然とその言葉が口からこぼれていた。
まず、体格が違いすぎて恐怖を感じていた。
諸葛亮と鳳統の二人とも非常に小柄である。六尺一寸(百四十三センチ)程しかなく。『こねこ』のように可愛いらしかった。
それが―――ヤツらの獲物であった。
二人には周りの子分らから、トンデモナイ内容の声が聞こえて来ていた。
「御頭~、これでまた二週間ほど犯りまくって楽しめますぜ?」
「ヒャッハーーーー! 二人いるしな。朝から晩までお楽しみだぁぁぁ」
すると後ろから御頭の怒鳴り声が響いた。
「初めは、俺様からだぁ! 今晩はお前らは我慢しとけよぉぉ」
「「「「「「「へーい」」」」」」」
「この前の女は十日ほどで死んだからなぁ、へへっ、今回は何日持つか楽しみだぁ」
諸葛亮も顔が蒼くなってきていた。捕まったら、死が見えている……。
最悪である。望む主に仕えての戦いの最中、自分の策で破れて戦場で果てるならまだ納得も出来ると言うものなのだが。
しかし、まだ何も始まっていない。
これっぽっちも始まっていないこの時期に――――まだ死ねないのだ。
諸葛亮は僅かに震えながらも背中から、護身用の刃渡り九寸(二十一センチ)程の短剣を右手に握り抜き放っていた。その様子を見ていた鳳統は呟く。
「しゅ、朱里ちゃん……」
「は、はわにゃ……ひ、雛里ちゃんも戦おう。わ、わたしゅたちは、こんな所で死ぬために多くの事を学んで来たんじゃないのにょ! 多くの人を助ける為、平和な世にするために頑張ってきたんじゃから」
「う、うん」
『はわわ』自体をも噛んでしまうほど、噛みまくっても訴えてくる諸葛亮の気迫に、震えながらではあるが鳳統も諸葛亮とお揃いの護身用の剣を左手で抜いていた。
諸葛亮は最終的な目的の為なら、人殺しでも悪魔の所業でも、何でもやるつもりであった。その覚悟で今まで生きてきた。
それが、こんなところでは死ねないのである。
いつもの動きより固いが、諸葛亮は手薄な所はないか、冷静に囲む二十五人の輪が小さくなるのを可愛い目で見まわしながら確認していく。
そして……愕然となった。
(なんてこと……二人に一人が――手練れ……)
諸葛亮は一瞬悲しい顔になったが、小声で鳳統に話し掛ける。
「ひ、雛里ちゃん……私と同時に右横から来る五人の右から一人目に飛び込むでしゅ」
「う、うん、わかった」
「私が、相手をしている間に―――全力で逃げてね」
「えっ?」
諸葛亮は、自分よりも足が少し早い鳳統を逃がすことにしたのだ。二人とも無事で助かるのはこの陣容では無理だと、その最高の頭脳は答えを出していた。
そんな覚悟の諸葛亮達を見て、御頭が笑い出す。
「はははっ。おいおい、お嬢ちゃん達。やるってのかい? 俺たちゃこれでも傭兵や細作をやってるんだぜ。そこいらの十人隊長ぐらいなら瞬殺しちまうんだよ? ちなみに俺は五百人隊長をやってたこともあるんだぜ? まあ、腕を切り落とされて、痛みでヒィヒィ言ってる所を更に犯るのも悪くないけどなぁ?」
御頭の余裕の言葉に盗賊全員が笑い出す。
悪魔のような集団であった。諸葛亮は覚悟を決める。しかし、鳳統は渋っていた。
小声で諸葛亮へ囁いた。
「しゅ、朱里ちゃんだけ置いてなんて……行けない」
「雛里ちゃん、それだと二人とも確実に掴まってしまう。私の志を継いでほしいの。お願い!」
静かに二人は目を合わせていたが、鳳統には諸葛亮の目に全く譲る気がないと分かった。昔からそうであった。渋る鳳統に、諸葛亮は説得を続ける。
「雛里ちゃんの方が足が速い。だから……」
ついに鳳統は静かに頷く。諸葛亮は微笑むと、すぐに実行に移った。
「じゃあ、行くね」
「うん」
右横から来る五人の右から一人目の男へ二人は突撃する。
諸葛亮は、ほぼ正確に見切っていた。その男は二十五人の中でも弱い方から二番目だった。
弱い上に後ろから来る仲間との距離が結構あったのだ。一番手薄なところを最大の戦力で突くのである。兵法通りであった。
諸葛亮は、一直線に男の前まで来ると右手の短剣で、まだ抜刀していなかった間抜けな男の利き手に切りつけた。これで、利き腕で剣を握れない。もちろん、狙いをつけていた時から相手の特徴を分析していたのだ。
鳳統は走り抜けたかなと目線を男の後方へ一瞬向けるとなんと……鳳統がすでに倒されていて隣の凄腕の男に掴まっていた―――。
諸葛亮はすぐさま、その男に切りかかろうとしたが、その男は閃光のような剣の抜刀技を見せ、諸葛亮の短剣を軽く剣で一度弾くと、手刀で彼女の握っていた短剣を叩き落として彼女を素早く地面に押さえつけた。
押さえつけられた諸葛亮らは、傍に集まる野盗らの余り風呂に入っていないイヤな臭いが鼻に付いてきていた……。
実は、鳳統は逃げる気などなかった。右横から来る五人の右から一人目の男を諸葛亮と倒す気だったのだ。しかし、その横の凄腕の男が諸葛亮を捕まえようと動いていた為、その男へ突撃して……簡単に捻られて掴まってしまったのである。
二人は荷物を取られ、固く分厚い竹で口へさるぐつわをされ、布で耳栓をされ、腕を後ろ手にそして足も縛られた二人は、藁で編まれた体がすっぽりと入る大きな袋へ別々に入れられると、どこへともなく運ばれていった。
そんな中、諸葛亮は考える。
(このあと、このどこの誰とも知れない男達らから、散々慰み者にされて力尽きて一生を終えるのかな。自分は、これと言って人々を助ける事もなく一生を終えるのかな。でも、昔には私よりも才能があった人間も病気や戦争で一杯死んだりしていたと思う。そんな事は、この世界ではそう珍しくない平凡な事なのだと思う。そう、自分も結局は凡人の一人だったのかもしれない。それとは別に……ゴメンね、雛里ちゃん……助けられなかった……。でもまだ……)
鳳統も考えていた。
(このあと、私達はどうなっちゃうんだろう。あの荒くれな男たちに延々とイヤらしい事をされて辱められて苛められて死んじゃうのかな。……ゴメンね、朱里ちゃん。私が、足手まといになっちゃったね。朱里ちゃんだけなら逃げられたかもしれなかったのに。でも、なんの為に今まで頑張って勉強して来たんだろう。平和の為にと思ってここまで来たのに。こんな所で終わる為じゃない事は確か。そうまだ……)
しばらく移動した後、部屋のような外の音が多少遮られる空間に放り込まれた。そして、ずいぶん待ち時間があった。
その間、袋の中で互いにさるぐつわがされているため、途中耳栓ながら僅かに聞こえた呻き声のみで互いの生存を知ると、上手く発音できない声と聞き取りにくい状況で互いに謝っていた。
二人が袋から出された時には、すでに日が沈みかけていた。
そこは藁で編まれた小汚い筵(むしろ)が敷かれた掘っ建て小屋のような場所で、皿に油と芯を浸した薄暗い灯りがついていた。
そして、蒸せたイヤな臭いがする場所であった。壁や天井には、女の子を拘束するためなのだろう、鉄であろう金属の鎖や手錠、足枷が見える。
外からは、宴のような雰囲気が伝わって来ていた。
数人の男に諸葛亮と鳳統は囲まれていた。諸葛亮はじっと静かに睨んでいたが、鳳統は僅かに震えてそんな余裕は無いように見えた。
そして男達に手足を掴まれ、縛っていた紐ははずれされ……本来の主様に見てもらうために用意していた立派で大事な衣装を脱がされ、二人は可愛らしい下着姿にされてしまう。
周りにいる男たちは、二人の質の良い綺麗な下着と、小柄で透き通るような白く瑞々しい肌の体に「ヒュー」と口笛や拍手など感嘆の声を上げる。
だが御頭より先には手を出すことは出来ないため、部下たちは何もできず、二人はまだ無事であった。
しかし、両足首をそれぞれ頑丈な鉄で出来た鎖の伸びる足枷がガッチリはめられたのだった。もはや家畜のような状況である。
二人には凶暴な性獣に襲われるのをただ待つように、淫靡な長い夜が始まろうとしていた。
周りにいる男たちが居なくなって間もなく、御頭が一人で小屋へ入って来た。
ヤツはすでに上の服は着ておらず、腰へすでにモッコリ化した股間を覆うように巻かれた薄汚れた下帯のみであった。酔った様子の御頭は、食後に用意された可愛らしい獲物二人を前に上機嫌だ。
「がはははっーー。これから朝までヒィヒィとたっぷりと可愛がってやるぞ……ぐへへへっ」
そう言いながら、酒や食べカスで汚れた口元と涎を右手で荒々しく拭う。
部屋の中央に寄り添い、鎖で両足首を繋がれた二人であったが、その時、諸葛亮が話し出した。口に太目の竹のさるぐるわをされていたが、意味は大体分かる言葉で。
「わ、私は名を諸葛、字を孔明といいまふ。ほ(こ)れでも軍師を自負していまふ。諸侯の元へ連れて行へ(け)ば、ふふなふ(少なく)ない恩賞も出ると思いますが、如何でほ(しょ)う?」
諸葛亮はまだ諦めていなかった。すべての可能性に掛けようと考えていた。この御頭が『バカ』な場合の事にも。
「ああぁ?」
御頭は、この獲物風情が「まさか大した軍師なわけがない」と思い、「何の戯言を?」とも思ったが機嫌が良く、『余興』と考えて話を始めた。
「ははは、本当なら……直の事『生かしては置けない』なぁ。そんなエライ人が俺達をその後、見逃すはずがないよなぁ? えぇ? だからお前たちは―――安心してここで『死ね』!」
諸葛亮は、苦い表情で目線を落とし沈黙する……手が尽きかけていた。
すると……なんと鳳統が震えながら言葉を紡いでいく。
「は(さ)、最後のお願いがありまふ。ほ、ほれ(そ、それ)を守っていははへ(頂け)れば……何をされても耐えまふ」
「ああぁーー?」
御頭は、まだ言うかと虫を見下すような目をしていたが、いかにも小さく震えて気弱そうな……いじめ甲斐の有りそうな自分の好みの少女が何を言うのかが気になった。
「言ってみろ」
「はい……三週間……私達は(が)生き残ったら、逃がしてくあはい(ください)」
「三週間……」
鳳統は恐る恐るながら、御頭の目を不屈の気持ちを込めた目で見返していた。
御頭は考える。
(バカめ、俺達の責め苦を二週間生き残った者はいない。だが確かにそれは一人での話だ。二人なら可能だとでも思ったのか? ……まあ、余興としては面白いか――)
「言って置くが、休みなどないぞ。まあ、不眠不休だけでも持たないだろうよ。それに、三週間だと精神的に快楽等で『物狂い』になった上で、俺達の誰かの子を身籠っていると思うぜ。それで良いなら……考えてやろう」
「ほ、ほれ(そ、それ)で構いません」
鳳統は僅かな希望に即決する。横で驚く諸葛亮は呟いた。
「ひ、雛里はん(ちゃん)……」
「しゅ、朱里はん(ちゃん)。生き残るほ(の)よ。わ、私達にはやることがあるんだから」
鳳統が見せた不屈の心に、諸葛亮も小さく頷く。
余興は終わりだと言う風に、御頭は口元をニヤけさせながら二人へゆっくりと近付いて行った――――。
つづく
2014年06月10日 投稿
2014年06月12日 加筆修正&挿絵追加
2014年06月18日 一部修正
2014年06月20日 一部修正
2014年10月30日 文章見直し
2014年11月21日 一部修正
2015年03月15日 文章修正(時間表現含む)
解説)袁術が太守に就いた荊州南陽郡
この時代にもっとも人口の多かった郡で、ほぼ一州に匹敵したそうである。
人口約240万人。
ちなみに、首都洛陽のある司隷の七郡を合わせても280万人ほど。
解説)予州沛国
前漢までは沛郡だが、後漢では沛国となっています。
解説)始皇帝の巡遊街道
秦の長さでは道幅六十七・五メートルは五十歩の模様。
後漢では四十九歩程度。
うぉぉ、片方居れば天下も取れる、稀代の双璧がぁぁ………。(汗
あぁ、孔明・士元、惜しいかなその時を得ず?
次回を待ってて~~