真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~   作:カメル~ン

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第➊➐話 司馬家と八令嬢+小話 *3

 

 

 

 非情な覚悟を決めた下着姿の諸葛亮と鳳統は動かない。

 諸葛亮は、淫獣のごとく迫り来る御頭から、鳳統を庇うように寄り添っていた。

 この仕官への旅を提案したのは、諸葛亮であった。自らが動かないと時代は変わらないと言って。

 その事に、鳳統も賛同してくれた。古くからの親友であり同志だった。そして、直接言わないながらも互いに認め合っていた。そう、片方が居れば天下が取れる程――と。それは、二人が敵味方に分かれるようなことになれば、天下が割れる事になる。

 

 ゆえに日頃から、『仕えるなら、絶対同じご主人様にしようね』と誓い合っていた。

 

 今回も、人見知りで旅の苦手な鳳統は付いて来てくれた。諸葛亮はその事に少なからず責任を感じていた。

 でも、鳳統はそんな事は絶対に言わない。諸葛亮が自分でそう言ったとしても「そんなことないよ。これは自分で決めた事なんだから」と絶対に、確実に返してくるだろう。

 

 ――だからこそ、報いを受けるのなら自分がまず受けるつもりでいた。

 

 御頭はこの後の事を想像しながら、イヤらしくニヤニヤとした表情で二人へ一歩一歩近づきながら口を開く。

 

「では、さっそく存分に頂くとするか―――ん?」

 

 そこまで言いかけた時、敏感な御頭は異変を感じた。これでも相当腕が立ち、且つ部下を率いている指揮官である。

 立ち止まると、首を左にゆっくり向けて背後の扉の更に向こうの様子を伺っていた。

 そう、ほんの今、先ほどまで聞こえていた宴の喧騒が無くなっていたのだ。

 御頭は眉を寄せ表情を曇らせると、二人に背を向け出口の方へ引き返して行った。

 そして、小屋の出口横の大き目の箱の底から一振りの剣を取り出した。彼は、お楽しみのために油断して、服と共に自分の剣を外に置いてきたのであった。

 右手で剣を抜いて鞘を床に静かに置くと、ゆっくりと外への扉を押し開ける。

 小屋から少し離れたところの森の中に出来ていた広場に、仲間達が宴をしていた大きな焚火が見えるのだが、その周りにすでに動かなくなって横に倒れた仲間たちの姿と影が見えていた。

 そして、一人の見慣れぬ女と思しき大き目な人影が、動かないソレらを、二人、三人、四人、五人と静かに歩く途中に軽々と拾い上げながら、山積に背負った姿で森の影へ運んで行くのが見えた。御頭は……背筋が寒くなっていた。

 

(……なんだ……これは?)

 

 そして、ここで気が付く。

 結構高床になっているこの掘っ建て小屋からの……視覚の左隅に見慣れない―― 一瞬前まで居なかった小柄な人影を間近に捉えて、思わず声を掛ける。

 

「お、お前だれ―――」

 

 『だ』と言い切る前に、小柄な人影が放った瞬動の槍で喉を貫かれ、御頭は絶命した。

 諸葛亮と鳳統の目の先、二歩程(二・五メートル)の扉付近に立っていた御頭の首の裏側に、一瞬で何かが突き抜けて来ると同時に血が大量に滴り始めた。

 二人は状況が分からず戦慄する。今の状況より、更に悪いモノが来てしまったのかと。

 さらに異様だったのが、槍で喉を貫かれた御頭の……背丈が七尺九寸(百八十四センチ)ほどの大男の体が、宙に僅かに浮いた状態であったのだ。

 それらの光景に、二人は驚きのあまり声が出なかった。

 状況から考えるとそれは、槍を片手で一杯に伸ばした状態である。その先に、四石半(百二十キロ)ほどの物をぶら下げて持ち上げる膂力は間違いなく怪物であった。

 その、浮いた『物体』はスッと部屋の外へ釣り出され、その辺りへ放り投げられたのであった。鈍い音に加え地面が僅かに揺れる衝撃が床から二人へ伝わってくると同時に、その御頭を倒した人物が小屋の中へ入って来た。

 その人物は、部屋の中を見回すと呟くように言葉を続ける。

 

「ひどいところね……。……ふーん、やはり違ったかな」

 

 二人は外の様子が見えていなかった為、今初めて槍を構えたこの人物の姿を見た。

 二人とも驚いていた。目の前で見たあの御頭の巨体を軽々と外に釣り出した力量から、御頭並みの体格の人物だと思っていたのだ。

 しかし、姿を見せたのは少女のように見えた。

 後頭部で多色な紐で纏めた、ストレートで艶やかなポニーテールの黒髪。背丈は、六尺七寸(百五十六センチ)ほどしかなかった。将としては小柄な体格になるだろう。

 そして、服装はこれまでに見たことのない異彩を放つ衣装と装備だ。裾がプリーツ風で結構短く、胸元から前の部分には紅紫の紐のアクセントの付いた淡い緑色の生地を重ねる感じで、色々な装飾布がヒラヒラとしている。加えて、それらを引き立て溶け込むような金属鎧部分。また、肩から二の腕辺りが丸く膨らんだ感じで背中にも大きなリボン風の装飾があり、そう、抽象的にあえて言うなら、『とても可愛らしい』服装なのだ。そして、その人物は耳に宝石の装飾具と顔に―――蝶のような模様の仮面を付けていた……。

 諸葛亮らは、心の中でこの人物を『仮面の将』と呼ぶことにした。そして、恐る恐る仮面の将へ尋ねた。

 

「はわわ……あ、あの……ありがとうございます……私達を助けてくれたんです……よね?」

「そうねぇ。結果的にはそうなるかもね」

 

 確定的ではない要素がありそうな答えが返って来た。仮面の将は二人を見定めるように見てくる。

 するとその後ろから、もう一人現れた。

 その人物も顔立ちが少女風な女性であったが鋭い表情と立派な槍を持ち、またこちらも仮面の将と同様の『とても可愛らしい』衣装と装備をしている。背丈は七尺四寸(百七十三センチ)ほど。女の子としては上背がかなりあった。

 

「主様、外の他の者はすべて土中へ始末しましたが」

「そう、じゃあジンメは、さっきの物をソコまで持ってきたら馬の所へ戻って待っていなさい」

「はっ」

 

 仮面の将は、目線を交えて『ジンメ』と呼ばれた女の子に指示していた。

 驚いた事に、『始末』というのはすでに賊らが埋められていた状態だったのだ。良く考えると全員あの世逝きの跡という恐ろしい事なのだが……何という手際の良さであろうか。

 この時代、疫病などは人の死骸からも多く蔓延したと考えられたため、可能であれば埋没処分するのが戦場でも通例であった。

 

 さて……仮面の将らは、今偶然にここに居る―――わけではなかった。

 彼女は、感じていのだ……わずかな『仙気』を。

 確かにここ泰山へ戻って来たのは久しぶりになるのだが、戻って来ると見慣れない『人』の集団の中にわずかな『仙気』が感じられたのだ。

 それで、わざわざ確認のため近くへ寄って話を少し聞こうとしただけなのだが……仮面の将らが女二人連れだというのを確認すると、「ヒャッハァァァーーー! 死ぬまで犯して楽しめる、新しい得物だぁぁ」といきなり集団の全員が剣を抜いて、その後も非道でイヤらしい言葉を連呼しながら襲いかかって来たのだ。ろくでもない鬼畜な『人』の集団と考えられた。

 

 彼女は、『魔●』さまである。愛しの伴侶以外の、それも下郎に容赦などなかった―――。

 

 そんな仮面の将は、「それじゃあ」という声に続いて有無を言わさない感じに、諸葛亮と鳳統に向かって話を聞く。

 

「いくつか質問に答えて欲しいのだけど」

 

 その雰囲気に諸葛亮と鳳統は一瞬目を合わせる。二人は何となく思った。これは、答えによっては……ここでこのまま死ぬかも知れないと。

 

「二人はどうして、泰山の麓へ来たの?」

 

 彼女らを見れば仮面の将には分かった。僅かな『仙気』がこの二人から出ていることに。だが、彼女たちは『人』だった。

 神聖な泰山である。結界も張っている場所もあるぐらいなのだ、気軽に来られては困ると言うものである。

 諸葛亮らは、ここが誘拐された場所より移動していた時間から、割と近い場所と言う事は分かっていたが、仮面の将の発言から、街道からさらに泰山寄りに来ていることが分かった。

 一方で、仮面の将の雰囲気から、常人ではないものを感じ問いに正直に答えることにした。

 

「はわわ、わたくしは名を諸葛亮と申しましゅ。実は……『天の御遣い』さんに是非お仕えしようと思いまして」

「ふぅん……あの『天の御遣い』にねぇ……そう」

 

 仮面の将は、少し穏やかな顔になって、目線を二人から僅かに離しながら答えた。

 諸葛亮は驚いた。

 今まで尋ねた誰からも全く反応が無かったその言葉に、仮面の将にはピンと来るものがあった様子であったからだ。

 諸葛亮は、仮面の将から何か聞けるかもしれないと、自分達の行動について詳しく話し始める。

 

「わ、私たちは、荊州から来たのですが、地元に管路という占い師さんが来た時に『天の御遣い様は天下を平穏にする存在の力を持つ』と言い、加わえてこの泰山周辺に降臨されるからと聞いたのです。それで、こちらの鳳統とこの場所近くへ参ったのですが、兗州周辺でも、予州の北部の方でも、誰も知る者が居なかったのです。手掛りなく、そのため残念ながら帰ろうかと。それで、最後にもう一度この辺りで聞き込みをと思いましたら――」

「で、ヤツらに掴まったと言うのね。しかし、管路……あいつがね。それに……天下を平穏にする存在の力か……なるほど、良いことを聞かせてくれたわ」

 

 仮面の将は、何か長く考えていた謎が解けたような嬉しそうな発言と表情をしていた。そのことが気になったが、諸葛亮は不用意に聞くのは躊躇われた。『●王』さまの本質に気が付いているのかもしれない。そこは避けて無難な辺りを聞いてみる。

 

「占い師さんを、ご存じなのですか?」

「まあ、少しかな。余り関わり合いたくない者なのよ。外れる事も少なくないし。……でも、当たる時は当たるわ。(特に―――悪い事絡みでは……ね)」

「そうですか……」

 

 仮面の将は考える。

 

(諸葛亮と鳳統……確か、字が孔明と士元だったはず。凄い天才的頭脳だと聞いてたけど本当かしら。少し試してみましょうか)

 

 仮面の将はニヤリとしながら、思いとは違う事を口に出す。

 

「二人の来た理由は分かったわ。……それで、小柄だけど二人とも武将として『天の御遣い』に仕えるつもりなの?」

 

 諸葛亮は仮面の将の微笑みの表情に、背筋へ一瞬寒いものが走ったが、正直に答える。

 

「いえ、私達は―――軍師として力になれればと」

「そう。じゃあ、その二人の軍師様に(本当に役に立つのか)私の小さな疑問を少し質問してもいいかしら?」

 

 仮面の将の表情は、鋭さが増して真剣であった。

 並みの軍師では、まず大陸に平穏などもたらせない。第一に、能力が低いやつが『天の御遣い』に近づけば……それだけで『天の御遣い』が危なくなるのだ。

 それに―――

 

 まず自分が認めた者以外が、勝手に『天の御遣い』の傍に侍(はべ)るなど、『魔●』さまは許せないのである。

 

 それは、この二人が可愛かったからなのだ……自分の伴侶が、気に入って手を出しそうな予感がするのだ。『英雄、色を好む』のは分かっている。

 特にあの『サワサワスリスリナデナデ』が好きな人だし――私もイヤじゃないけれど……それが『力の源』の彼ならば。だから、認めたもの以外容易には近寄らせたくなかった。

 値しない者は、全力で底を割らせて叩きつぶす!……そんな思いが彼女の表情に出ていた。

 諸葛亮は鳳統と顔を見合わせる。ここが正念場らしいと。そして二人で頷いで返答する。「わかりました」と。

 

 その仮面の人物は、持てる知識の最難関の質問を交互に、二人に浴びせていった。だが二人は共に、それらを理路整然と明確に待ち時間もそれほど無しにスラスラと答えていった。

 各十問ずつ、二十問ほど続けると、この二人がまさに只者でないことが分かってきた。質問はすべて、ただ知識を覚えているだけではダメなものを選んでいた。加えて、応用し、発想し、先を読む、それらが飛び抜けていないと答えられないものばかりであった。

 例えば、当時天災の一つであった雨期の河川の氾濫についてどう対処するか。

 これは、地形や土質、河川の水量、雨量の予測・計測に始まり、農耕への発展・影響、人の流れ、人口、労働力、資金等から乾期における堤防建設とこれまでに無い工期短縮可能な堤防構造及びその利点、さらに河川の水量の調整のための川筋の分離合流とその各判断基準、そしてそれらの国家における公共事業性など多方面についての話となるのである。

 他にも、後漢の外側の勢力について、また、それらへの個々の戦略的な対処とどう向き合って行くか等の話も盛り上がるのであった。

 軍師のその総合力は、ただ軍事に関しての事だけではない。それ以外の知識・発想・転換力等も無くては真の『軍師』たりえないのである。

 だが、仮面の将は驚嘆する。

 

(これは……天下の奇才ね。私の答えすら予想して――そして、上回っているもの……。おそらく二人の内、片方だけでも味方に付けれれば、天下が見えてくる才覚だわ。特に、諸葛亮は戦略が、鳳統は戦術が私の想像を超えている。二人は『本物』だわ――――)

 

 仮面の将は、目を瞑りながら二人に両手を上げて質問するのを「参った」と言わんばかりに終わる。

 

「ふぅ、面白い話や答えを幾つもを聞かせてもらったわ。ありがとう」

 

 諸葛亮と鳳統はほっとする。だが、同時にこの仮面の将の知力、能力は何なのだろうと思うほかなかった。そう、質問の合間に答弁する内容は、自分達二人に勝らないまでも全く劣らない水準だったのだ。

 自分達が三十の策を立てれる水準だとすると、彼女は二十九か八は対抗して立てて来そうであった。それに、これだけの圧倒的な武力を誇るのだ。最前線でこちらの策を予想され臨機応変に動かれると……二人が負ける可能性を否定できないものがあった。

 そんな考えをよそに仮面の将は告げる。

 

「あなた達は本当の軍師だという事も、ここへ来た理由もよく分かったわ。ちょっと待っていなさい」

 

 そう言うと仮面の将は槍をその場へ置き、小屋の出口を出て右側に一旦消え掛けると、荷物を持って再び入って来た。

 そう、諸葛亮と鳳統の服と荷物であった。

 仮面の将が、もう一人の槍を持った女の子へ先ほど持ってくるよう指示していた物だ。盗賊らのとは違い明らかにモノが上等で綺麗であったので、掃討の途中で気付いていた品物であった。

 仮面の将は、二人の寄り添う傍にそれらを丁寧に置くとしゃがみ込む。そして彼女らの繋がれていた足首の拘束金具に手を掛ける。

 諸葛亮と鳳統は、御頭が小屋へ来る前に金具を当然確認したが、それらは頑丈な造りをしていた。石鎚か何かで叩かないと壊れなさそうに見えた。しかし、仮面の将がそれに手を掛けると、ボロボロの藁の輪でも軽く割くように、バキリと繋ぎ目部分を素手で引き千切っていた。

 驚いた顔の二人に仮面の将は、「さぁ着替えなさい」と笑顔で勧める。諸葛亮と鳳統も笑顔を浮かべ言葉に従い身支度を始めた。

 その合間にも、二人は情報を知っていそうな仮面の将へ『天の御遣い』への想いの熱弁を振るっていた。

 

「そう……なるほど……『天の御遣い』を、天下を平穏にする存在の力を持つ者を中心に動けば、楽ではないにせよ天下泰平の実現は色々な方向から不可能ではないように感じるわけね」

「はい。だからこそ、お仕えしたいのです」

 

 二人の着替えが終わりかける中、諸葛亮は力強く仮面の将に答えた。鳳統も横で共に頷いていた。

 そして鳳統は残念そうに、とんがり帽子を両手で掴んで被り直しながら呟く。

 

「あわわ……で、でも……どの陣営の方からも、どの独立した義勇兵のみなさんからも手掛かりは……なくて……」

 

 諸葛亮も鳳統の方を向いて寂しそうであった。

 その、とても残念そうで寂しそうな様子を見ていた仮面の将は――しょうがないわね、と口を開く。

 

「そちらの『天の御遣い』の話のお返しに……面白い話を聞かせてあげる」

 

 仮面の将の表情が、仮面越しに優しく微笑むのが分かった。

 諸葛亮が控えめに聞いてみる。

 

「……なんですか?」

 

 

 

「いるわよ――――『天の御遣い』は」

 

 

 

「「本当ですか!?」」

 

 諸葛亮と鳳統は、仮面の将が『怖い人かもしれない』なのを忘れて、彼女の間近へ身を乗り出すように二人同時に聞いてきた。仮面の将は、二人のその思いの強さに苦笑しながら優しい表情で教えてあげる。

 

「……姓は北郷、名は一刀。字は無いそうよ。身長は七尺五寸(百七十五センチ)ほどのまだ若い十代後半の男の子よ。少し長めの淡い焦げ茶色の髪で、前髪が右目を隠すぐらいあるわね。凛々しい眉に鼻筋も通っていて、口元は普通だけど意外に大きく開くわよ。(モリモリ食べるし――あ~んとか……)目は濃い焦げ茶色で力強いものを持ちつつ、全体は優しい顔をしているわ。あなた達なら見ればすぐ分かるかも。もしか……どこかで会えたら、あの人を助けてあげて」

「男の方ですか……わ、分かりました。北郷さんですね。必ず、必ず全力でお助けします! ……でも、なぜそんなに知っているんです?」

「私は……『天の御遣い』に命を助けられたからよ。本人はそのことを全く知らないだろうけどね。さて、焚火のそばに移動して何か食べましょう。明日の朝に街道まで送ってあげる、孔明先生、士元先生」

 

 二人はきょとんとする。まだ字は名乗っていなかったからだ……が「はい」と素直に喜んだ。ここでは、仮面の将が一枚上であったので納得する二人であった。

 諸葛亮は、思い切って仮面の人物へ聞いてみた。

 

「あの……教えてください! あなたの名は?」

 

 仮面の将は、一度目を閉じると諸葛亮達へ静かに答えた。

 

「―――名は■■■……字は……■■■?……かな」

 

 しかし……なぜか疑問形だった。

 

 

 

 

 

 

 少し時間は巻き戻る。

 明るい陽射しが、廊下の透視細工のされた板壁より漏れ射し込む、床一面が白い石の床材で敷き詰められ、立派な調度品等や上品な装飾のされた広い客間で、豪華な寝台にて目を覚ました一刀は一人の人物と面会していた。

 司馬防と名乗った、一刀が横たわる寝台手前正面へ立つ品の有る綺麗な女性家主は、ここを『司馬家』と言っていた。

 三国時代に司馬の姓の人物といえば―――司馬懿(しばい)である。字は仲達(ちゅうたつ)。

 だがそれ以外の司馬氏について、一刀は良く知らない。

 司馬懿……かの諸葛亮が最後に五丈原で長期対峙した魏の軍師。

 また、魏の中では電撃戦や破竹のように進撃も熟す戦上手だった。そしてその殆どに寡兵で勝利していたと思う。

 ここは、その『司馬』なのだろうか?

 だが、いきなり「司馬懿いますか?」と聞くのは余りに突拍子もなく不自然に思えた。一刀はその疑問については一旦保留することにした。そして別の質問をする。

 

「あの、俺はなんでこんな厚遇を受けているのでしょうか?」

 

 そう、意味が分からないのであった。

 当然顔見知りでも無く、借りや恩を売っていたわけでもなく、一刀はボロボロの恰好で物乞い同然に見えていたと思うのだ。そんなゴロツキに普通は近寄りたくもないはず。そして、持っていたのは大した装飾もない軽めの剣一振りのみ―――。

 

(そういえば、雲華からもらった俺の剣は……?)

 

 辺りを見回すと、あの剣はなぜか寝台横の壁手前に装飾の豪華な剣台へ綺麗に拭かれ、非常に丁重に『飾られて』いた。

 その一刀の目線から、司馬防もその剣へと目を向ける。

 

「とても素晴らしい剣ですわね。当家にも征西将軍まで昇った曾祖母の司馬鈞(しばきん)が使っていた宝剣があるのですが……驚きましたけれど、この剣は『それ以上』の出来のように思いますわ」

 

(そんなことないよなぁ……雲華が気軽にくれた剣なんだけど――)

 

 一刀は知らない。雲華がわざわざ持たせてくれたこの剣が、高名な老師仙人の作った『龍月の剣』という事を。その巨万の富や広大な領地にも匹敵する価値を。

 だが何も知らない一刀は、あまり驚いても、否定しても相手に失礼になりそうだったので、ここは軽く流す事にする。

 

「え? そ、そうですか。そんな大したものでは――」

「そのように謙遜なさる必要はありませんよ。目を持つ者が見れば確実にすぐわかります。このような剣は、普通の者が持っていれば甚だ分不相応ですが、あなたのような剛の者が使うに相応しい剣でしょう」

 

 しかし、司馬防の目と表情は確信を持って言っているように思えた。内心で首を捻る一刀だが、それとは別に司馬防の言葉の内容について考える。

 

(俺がゴウ? ……言い回しから『剛』だよな。ということは……『神気瞬導』か)

 

 どうも倒れる前後の詳細をほとんど覚えていないため、一刀は彼女へその辺りを正直に聞いてみる事にする。

 

「あの……俺……何かしましたか? 覚えていなくて……」

「……そう、覚えていらっしゃらないのですね」

 

 司馬防は一刀へ少し気の毒そうな顔をすると話してくれた。

 

「実は今朝、我が街の豪商宅へ一人の盗賊が現れたのですが、その者が巨漢の豪剣遣いだったのです。その家の警備の者が四人、さらに騒ぎを聞いて駆け付けたその区画の守衛達も六人が切られ、さらに城門まで迫ったため、城門の守備をしていた腕の立つ守備兵達が対応したのですが、内外側合わせてその場にいた十人が切られた上、門外へ出られてしまったのです。切られた内六名もが死亡しました。十名が今も重症です。力任せの荒い太刀筋でしたが、かなりの使い手で、逃がすと捕まえるのは難しい状況でした。

 そのときに北郷殿が、剣を振りかざして向かって来るその盗賊を、正面からお一人で、こちらのお持ちだった宝剣すら抜くことなく、相手の剣を左手で掴み取った上で、ただ一撃の見事な右正拳で倒してしまわれたのです。わたくしが間近で見ていましたが、賊の巨体は八歩ほども空中を水平に飛んで十五歩(二十メートル)近く離れたところまで転がって行きました」

 

 一刀はここまでを内心で『うわ~俺、無茶やってるなぁ~』と他人事の風に聞いていた。そして思い出したのは『だれかを倒した記憶はあるな』というぐらいだ。司馬防の話はまだ続いた。

 

「この司隷河内郡温県の街は今のような時勢でも、そういった罪人は逃がさない良き街として、皆が長い間守り誇りにしておりました。それがまんまと逃げられる悲しい現実なところを北郷殿により事無きを得たのです。ありがとうございました。街の顔役としてお礼申し上げます。また、重症の中には仲の良い友人の子供もいましたので、その友人のカタキを見事に果たしてくれた事にも感謝しております」

 

 司馬防は、ここまで述べると一刀へ礼を取り頭を下げた。

 そして顔を上げた後……彼女の顔がなぜか、僅かに赤くなっていく気がするのは気のせいだろうか。彼女はそのまま言葉を紡ぐ。

 

「それから……私や、亡くなった母や祖母は武人ではありませんでしたが、当家は曾祖母が征西将軍であったことから天下の武人を尊敬し愛しております。差し出がましいようですが、北郷殿はお痩せになられて生活にお困りのご様子。是非、ここを我が家と思われ、気の向くままご逗留くださいませ」

 

 確かに、一刀の体は以前より少し痩せていた。無気力だった体は、食欲も最小限だったようだ。

 だが今は自我がはっきりと戻ったので、どこか自然豊かな森に行けば生きてはいけるだろう。そう思ったので「いや、でも――」と断りの言葉を述べようとすると。

 

「ご逗留くださいますよね」

 

 司馬防は、寝台へにじり寄ると、有無を言わさぬ雰囲気で念を押して来るのであった。

 

「……はい」

 

 司馬防は一刀の返事を聞くと「よろしい」という感じで静かに微笑みながら頷くのであった。

 一刀は、雲華に似ている感じの押しに弱いようだ……。

 

 三国時代も含め、当時はこのように家柄や身分のない者が『食客』になることは少なくない。まずは有力者の食客になって、のちにその後押しで公職につくケースは多かった。有力者側からすれば、有能な人材に先行投資するような考えであろう。多くは将来のトータルでの見返りを期待してのものである。人数の多い場合は、数百人、千人以上も抱えている場合もあった。

 また、受ける側も仲間達らで偶然を装ったり、自分の能力をわざわざ押し売りして庇護に預かろうという者も少なくない。有力者から乞う場合もあるが、機会からすると稀であろう。

 司馬防は先祖からの潤沢な財力と街の有力者であったが、そう言った『食客』は余りいなかったのである。それは求める『本物』が非常に少ないからであった。そして、厳しい人物でもあったため、身内以外は邸宅内に住まわせることはしなかったのだ。

 司馬家では通常、『食客』や、使用人及び守衛らの住む場所は、邸宅外の隣接した敷地に別に用意されている。

 すなわち一刀は……なぜか相当『色々な意味で気に入られた』ようであった……。

 

 一刀はこの時ふと、気によって南方向から廊下に五人の人物が現れた事に気が付いていた。それらは壁の透視細工の無い低い位置をゆっくりこっそり移動して来て、そして折り畳み戸である扉の前で五人固まって止まった。間もなく何か漏れるように声が聞こえて来くるのだ。初めは警備の者かと考えた。しかしそれは小さい声で、扉付近にて少女らのような姦(かしま)しい声であった。

 

「なにか、少し優しそうな人~ですわ~」

「ふん、身内以外の男の方を、お母様が家に住まわせるなんて」

「どういう方なのか詳しくハッキリ知りたいですね」

「………ぁぅぅ」

「お強い方らしいので剣を習いたいです!」

 

 司馬防も一刀の様子から、すぐ気付いたようで扉の方へ顔を向け注意をする。

 

「あなた方、お客様に対して、はしたないですよ。夕食の時に紹介しますから、下がっていなさい!」

「「「「失礼しましたーー」」」」「………ぁしたぁ……」

 

 その可愛らしい声達はパタパタという複数の慌てて去る足音と共に、フェイドアウトするように来た廊下の端へ消えて行った。一刀は、さすがに『女の子達』が気になったので尋ねてみる。

 

「今の方々は?」

「すみません姦しくて、私の娘達ですわ」

「……はあ、でも五人程いたような……」

 

 少し、恥ずかしがるように司馬防は教えてくれる。

 

「今の五人と、後三人ほど……わたくしには娘が八人おります」

 

 司馬家は結構な大家族のようだ。

 一刀は、内心で多いなぁと驚いたが日本でも、昭和の初めごろまでは、こういう例が少なくなかったのは知っていたので別の言い回しで話を返した。

 

「そ、そうですか。俺は一人でしたので、賑やかそうで羨ましいです」

「個性派ばかりで大変ですが、皆可愛く元気で健やかに育ってくれました」

 

 司馬防は母親らしく嬉しそうに微笑んでいた。

 しかし次の瞬間、寝台の傍へ立っていた司馬防は、女性らしい表情になって一刀へ言葉を伝える。

 

「でも……一人か二人、男の子がとも思ったのですけれど」

「そ、そうですね……」

 

 なにやら、不思議に周りが熱いような、そんな気がする一刀であった。

 その時、廊下を複数の人影が透しのある壁板越しに歩いて移動して来るのが見えた。その人物らはこの部屋の折り畳み戸の前に来ると、そのうちの一人の人物が綺麗な澄んだ声で司馬防へ声を掛けてくる。

 

「母様、優華(ヨウファ)です。お客人へ昼食をお持ちしましたが」

 

 一刀の小首を傾げ『どなたです?』の表情から、司馬防は「長女の伯達(はくたつ)ですわ」と声の主の事を教えてくれた。

 

「お入りなさい」

「はい」

 

 『伯達』と呼ばれた司馬防と同じ薄緑な髪の色をした彼女は、使用人の女性と共に両開きの広い折り畳みの扉を開くと、先を静かに歩いて寝台の横――司馬防から半歩引いた右横へ立った。なんとなく、司馬防の陰に隠れるような感じもしないでもない。まあ気のせいかと一刀は思った。

 彼女は並んだ司馬防よりも、頭二つほども背の高い女の子だ。

 その後、彼女に続いて使用人の女性が、昼食の乗った手押しのワゴン風な台を押して入って来た。見るからに豪華なお皿と食事である。

 司馬防の横に立つ『伯達』と呼ばれた彼女は『叩頭礼』の形を取り、一刀へ優しい声と雰囲気で挨拶する。

 

「お客人様、お初にお目に掛ります。司馬防の長女で、名を司馬朗(しばろう)、字を伯達(はくたつ)と申します。伯達とお呼びください。よろしくお願いいたします。……無事、目が覚められて良かったです」

 

 そう言って一刀へ和やかに微笑んでいた。とても可愛らしい笑顔である。

 

(しばろう はくたつ……八人姉妹の長女か)

 

 一刀は「誠にご丁寧に」と少しずれた事を言いながら、彼女へ北郷の姓と名を名乗った。

 彼は名乗りながら更に考える。先ほどの『優華(ヨウファ)』というのはこの子の真名なんだということを……気を付けないと……勝手にそれを呼んだら『常識知らずにも程がある』ということになるだろう。

 一方彼女は一刀が名乗る間も、彼の瞳や表情を優しく見続けていた。

 

 司馬朗を名乗った彼女は、背丈が七尺五寸(百七十五センチ)程もあった。それは一刀とほぼ変わらない背丈である。

 一方、親子で並んで立っていると、彼女の母親譲りな共通点もよく分かる。

 まずその薄緑色な艶のある髪、ぐるぐるな瞳、眉間寄りは太く端は細い綺麗な眉、そして白肌と豊かな胸元である。さすがに、目の少し紫味のあるグレー系の色と大きめ瞳、そして鼻が少し低めな辺りなど違うところも当然あるが、全体が司馬家の品のある綺麗な顔立ちをしていた。

 頭には旋毛の左寄りの所に小さ目の頭冠を頂き、右髪に大き目な花のアクセサリーが付いていて、その艶やかに流れるような後ろ髪は太腿へも届く程長く、耳前の髪も長く胸横辺りで優雅に纏められている。胸元まで大きく露出された白地に黄色縁と赤の肩紐等の装飾ある服を着ており、首には豪華な金と大きな宝石のネックレスをしていた。

 

 彼女は、使用人の女性へ「そちらで少しお待ちなさい」と優しく指示をしつつ、右手で優雅に髪を直しながらそこへ佇んでいた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 一刀はビビビッと気が付いた。

 密かに、今も超スローの腹式呼吸式で『クンカクンカ』している。

 先ほど一刀が、完全復活で目覚めるきっかけとなった『アノ匂い』は――――『彼女からの女の子の香(かほ)り』だったのだ。

 という事は、彼女はこの部屋に一刀が目覚める前に来ていたということだが……。

 司馬朗と言う女の子はとても思いやりのある優しい令嬢であった。

 今も彼女は、街の皆の為に危険な暴漢を倒してくれ、気を失った一刀をとても気に掛けていた。先ほども用事の合間に一刀の様子をこの部屋へ態々見に来ていたのだ。そして無事に目覚めた一刀を見て喜び、始めは普通に言葉を送っていたが、ふと男の子と話をするという余り経験の無いこの現状に気が付き少し赤くなっていた。彼女は男の子に興味はあるのだが内心は色々と複雑で、その所為か一瞬話題に窮していた。

 そんな彼女は一刀へ、同様に複雑な……いや『匂い』への思考に没頭していた彼へゆっくりとした口調で尋ねる。

 

「あの……北郷様はどこの出身でしょうか?」

 

 母のお客人ということで、様付で呼ばれる一刀であった。

 

「―― っ……泰山……郡です」

「兗州泰山ですか。私は、この司隷河内郡から余り出たことがありません。外の旅のお話をいつかお聞かせください。それで……どちらの県ですか?」

 

 不意を付かれると共に一刀は困った。自分の事については余り多くの事を詳しく話さない方が良いように思ったのだ。『仙人の掟』である。なので偏差値五十ちょっとの頭を使って言い訳をする。

 

「あ、あの『はくたつ』……さん……実は俺、目覚めてから、以前の事を余り覚えていなくて……」

 

 それに母の司馬防が助け舟を出してくれた。

 

「伯達、彼は体力の落ちた中、あの荒事のあとで、まだ目覚めたばかりなのよ。今は食事をしていただいて体調を戻してあげないと」

「し、失礼いたしました、北郷様。わたくし自分のことばかり……」

 

 そう言って司馬朗は、とても悲しそうに申し訳なさそうな顔をしていた。一刀は思わず彼女を慰める。

 

「い、いや、全然気にしないで。俺は全く気にしてないから。折角のその優しく綺麗で可愛い笑顔が、俺が原因で見れないのは悲しいから……ね?」

「か、可愛い……? 私が?」

 

 司馬朗は呟いた。顔が、いや耳まで赤くなっていたかもしれない。

 一刀は、自然に思ったまま相槌を打つ。

 

「うん、『はくたつ』さんは可愛いよ。とても」

 

 司馬朗は一刀の言葉に、もはや―――『感激』していた。

 この当時、七尺五寸(百七十五センチ)もある女性は中々いなかったのだ。まだ、武人なら恰好も付くのだが、彼女は武について全く出来ないことはないが得意ではなく……文官志望であった。

 世は『可愛く小柄な文官』が一般的なようで、家をたまに訪れる中央の背の低い男性文官からも、司馬防が席を外している間に司馬朗へ、彼女の背の高さについて『仕官もそうですが、伴侶探しも大変では……おっと失礼』と心無い本心か冗談とも付かない言葉を残して、帰って行くことも幾度かあったのだ。

 彼女は、すでに官職に付ける年齢と優秀な実力を有していたが、『長身』という噂が流れているのかいないのか、中々声が掛らないでいた。

 さらにそのことで、心に少なからず『デカくて可愛気がない女』という傷があり、司馬朗は仕事以外では余り積極的には表舞台に出ない感じで過ごしている。

 だが、そんな彼女へ家族以外で「可愛い」と言ってくれる……それも優しそうな男性が現れたのである。しかも追加で『とても』と強調が付いているのだ。

 

 一刀は全く気付いていなかった。なにやら『歯車が回り出した』ことに―――。

 

 司馬防は、娘の変化に気が付きつつも見ぬふりをして二人へ声を掛ける。

 

「さぁ、北郷殿はゆっくり昼食をお召し上がりください。優華、私達は行きましょう。また後で参ります」

 

 司馬朗も我に返って、一刀へ言葉を伝える。完全に赤くなりながら。

 

「わ、わたくしも後程……必ず」

 

 昼食は、二人が退出すると傍に控えていた使用人の女性が、寝台用の卓台を用意してくれて、一刀は寝台に居ながら貴族のような豪華で美味い食事を頂いた。

 配膳も、片付けも一刀はノータッチの給仕を受ける。

 そして食事の後に、使用人の女性に厠の場所を教えてもらう事に。初めてなので、その場所まで邸内を案内してもらった。途中、庭が望めるのだが……とにかく建物も庭も驚くばかりに広い! その途中で聞いたのだが、この屋敷は隣接する外の敷地も合わせて優に一里(四百メートル)四方以上あるそうだ。もはや個人の城と言っていい規模であった。

 一刀は、昔の貴族の膨大な資産というか、貧富の差は尋常じゃない事がよく分かった。

 でも、それと幸せは必ずしも比例しないのもよく分かるのだ。一刀は、雲華と楽しく暮らした決して大きくない巨木の家を懐かしく思い浮かべていた。

 

 昼食が終わってしばらくすると、一刀は「一度お昼寝をして体をお休めになるよう」にと、再び部屋へやってきた使用人の女性から司馬防の言伝として伝えられた。

 確かに放浪で体にそれなりにガタがきているように思ったが、痩せてる以外は、例の『香り』の時の瞬間回復で問題はない状態ではあった。

 しかし、これは誰にも説明は出来ないので仕方なく休む事にした。ここはすごく寝易い寝台であった。そして掛け布団は純白でさらに豪華な虎の白の刺繍の入っている。羽毛布団かもしれない……軽いなぁ……と思っているうちに、スヤスヤと一刀は眠ってしまった。

 

 一刀が休んで、どれぐらい時間が経っただろう。

 この客間へ一人向かって来るのが、周辺の気を見ていた一刀には分かった。輪郭と背丈から司馬防のようであった。

 客間の横の廊下を回って扉付近に来ると「北郷殿?」と言って声が掛った。もう一度声が掛ったら返事をしようと一刀が思っていると、彼女は―――静かに扉を開けると部屋へ入って来た。

 一刀は「???」となった。

 八人も子供が居る彼女だが不思議と司馬防もまだ若いようで、司馬朗と少し違うがいい香りがするのであった。

 

「汗はかいていないようね」

 

 そう言いながら、母親のように一刀の前髪を撫でたり、布団を直したりしてくれていた。そのあとは寝台の横に静かに立って、一刀の顔をしばらく眺めている様子に思える。どうやら、心配して様子を見に来てくれたらしい。

 

 一刀は、嬉しかった。

 

 雲華を失って、先ほどまではこの世界で完全に孤独な身の上だったのだ。少し救われた気がした。嬉しすぎて少し涙が出そうになったが、それは起きてるのがバレるかもしれないので、必死に表情を変えないように我慢していた。

 すると、また一人この客間へ近付いてきた。感じる気の輪郭と背丈から司馬朗であった。扉付近に来ると「北郷様? 伯達ですが……」と声が掛った。すると、寝台横に立っていた司馬防が移動して、静かに中から扉を開けた。

 司馬朗は、中に司馬防が居たことに驚いたふうに小声で言う。

 

「え、母様? 申時(午後三時)って言ってましたのに……」

「優華、あなたも一刻(十五分)早くってよ。どうしたの?」

 

 どうやらお互いに約束の時間よりフライングしている様であった。一刀、大人気である。

 司馬防は流石に流すのが上手いのだが……司馬朗は顔を真っ赤にして、こういう気持ちに慣れていないのか慌てていた。

 

「わ、私は……その……」

 

 すると、司馬防は優しく我が娘に言ってあげる。

 

「彼の事が気になったのね。あなたの姿をしっかりと見ながら、とても可愛いって言ってくれたものね」

「……はい」

 

 母子である。その気持ちは丸分かりであった。司馬朗も素直に認めるのであった。彼女も一刀の様子を甲斐甲斐しく見に来ていたのだ。

 司馬防も娘を褒められた事に当然悪い気などするはずがなかった。なんと言っても司馬朗はこの司馬家の家名を背負って立つ自慢の『長子』なのだから。高い知力等も十分良かったが、母が一番気に入っていたのが彼女の慈愛である。こんな時勢であるから、命取りに成りかねない長所ではあったが、だからこそであった。

 一方、一刀は流石にこのまま黙って聞いているのは悪い気がしてきた。両手を伸ばし、寝起きの真似をして目を覚ます。

 

「……ぅん……んーーー」

 

 司馬朗が少し慌ててパタパタしていた。母子二人で扉の所から寝台の横までやってくると、司馬防が一刀へ声を掛けてきた。

 

「北郷殿、具合はどうですか?」

「あ、おはようございます……と言うのは少し変ですが、良く休めました。体調も気分もいいですよ。ありがとうございます」

 

 この後一刀は、司馬防と司馬朗としばらく話をした。二人掛けの椅子を寝台の横へ使用人らに用意させて二人が座ると、昼食後に厠へ行く際に少し見せてもらった屋敷内の話を聞いた。少し尋ねると、建物は部屋数が二百に迫り、一部が庭の展望用に三階まであるそうだ。

 火事の際には延焼防止用に区域ごとに土塀や、渡り廊下を壊す仕掛けまであるらしい。

 また話の中で、一刀は司馬防へこれほど大きな司馬家について、「他にも司馬を名乗る名家はあるのかな」と聞いてみた。

 

「母の司馬儁(しば しゅん)は予州潁川太守、祖母の司馬量(しば りょう)も揚州予章郡太守、曾祖母の司馬鈞は征西将軍でした。いずれも本家はここへ置き、任期の間だけ外へ出向いていましたの。なので、この近隣の州地域で名のある司馬家と言えばおそらく当家を指す事でしょう。あとは親族が別の少し離れた地域に居りますが……それぐらいでしょうか」

 

 一刀は、この時代やそれより前も長い時代、家柄が重要視されていると雲華から聞いていた。

 身分の低いものが司馬を下手に名乗っても『怖い目』に会うだけであろう。

 

 となると……居る。司馬懿はここに。

 

 さて、どんな人物なのだろうか。やはり、キレキレなんだろうか。

 他の姉妹たちもどういう子たちなのだろうか……夕食時に皆を紹介すると聞いている。今の時間は屋敷等の話を聞きながら、会えることを楽しみに夜を待つ一刀だった。

 

 

 

 日が落ちる前に使用人の女性により、客間の照明用のろうそくへ明かりが灯されると、司馬防と司馬朗は準備がありますのでと一刀の客間から退出していく。

 そして、ほどなく夕食の時間を迎える。時刻は酉時正刻(午後六時)ごろであった。

 一刀は、いつもの使用人の女性により体調を確認された後、綺麗な薄紫の服へ着替える事になった。手伝おうとする彼女へ、着替えは自分で出来るからと言う一刀だったが、それは使用人として叱られると言うのだ。迷惑を掛けるわけにもいかず、少し恥ずかしいがその言葉に従う。

 この使用人の女性は銀(イン)さんという名前だ。先代の時から二十年ほど仕えているという。彼女は使用人長の一人で配下が九人いるそうである。

 司馬家は使用人の待遇すら他家とは違うようで、繕いや汚れの無い制服を身に付けており、外出時でも一目置かれるそうである。給金も高く高級使用人という感じらしい。

 そして、どうやら銀さんと彼女の使用人隊内の数名で一刀は丸洗いされたようであった。その事実を聞いて着替えながら礼を述べた。

 手伝ってもらい着替えが終わると、再度「ありがとう」と伝えた一刀は、銀さんに案内されて屋敷の中でも一際大きな建物である母屋内の広間へ通された。

 身内用の『食堂広間』という事だが、広かった……天井は二階まで吹き抜けで床面積も二十五メートル四方はあるだろう。

 床には朱の敷物が引かれ、正面中央奥に二人分の席が、その両端に左四、右四の大きな座卓の宴席が設けられていた。コの字よりもハの字の様に角度の開いた机の配置になっている。一人分の席の机の面積が畳二枚分近くあり広い。

 そこにはいくつかの立派な花飾りと料理のお皿は一人前で十ほど並べられていた……豪華すぎる。それでもまだ前菜らしい……。

 司馬防が正面の座卓の左側へ立って「さあこちらの席へ」と一刀を右側の席へ迎えてくれた。

 一刀が席前へ立つと、司馬防は広間の入口に向かって、両手を打ちながら皆に声を掛ける。

 

「さあ、私の可愛い娘達、入って来なさい」

「「「「「「「はい」」」」」」」

 

 その多くがハモるように声が聞こえると、司馬朗を先頭に女の子たちが食堂の広間へ一列で各自の手に優雅な扇を持ってゆっくりと順に入って来た。母親の司馬防が、綺麗な人なので多分とは思っていたが……やはり全員が可愛く美人の女の子達が歩いて来る。そしてその髪は全員が薄緑色で、瞳がぐるぐると眉の形まで母の司馬防譲りである。

 一刀が立っている宴卓の前に広がる場所へ司馬朗を右端に順に並んでゆく。

 

(司馬朗の他に七人もいるけど、なんとかしてすぐ覚えなくちゃ……)

 

 先頭の司馬朗は――可愛いがその中で一番『背が高』かった。

 そしてその次の子は――すべてがとても『美人』だった。

 三番目の子は――その中で一番『ほわわん』としていた。

 四番目の子は――その中で一番『キツ』そうな顔をしていた。

 五番目の子は――その中で一番『ハキハキ』した感じの顔をしていた。

 六番目の子は――その中で一番『優雅だが無口』そうな顔をしていた。

 七番目の子は――その中で一番『小柄だが元気』そうな顔をしていた。

 八番目の子は―――

 

(って……あれ? 七人?)

 

 並んでいる女の子が七人しかいなかったのだ。

 それでも、可愛い女の子らが並ぶと壮観ではある。このまま、アイドルグループと言っても十分通用するだろう。

 一刀は『もう一人はどこ行ったんだ』と思いつつも考える。さて、どの子があの司馬懿なんだろうと。ここにいない一人なのか? それともこの中にいるのか。二番目のすごく美人の子は、いかにも軍師らしい姿をしているが、この子なのか? そんな思いが錯綜する。

 とりあえず……『七人しかいないようですけど?』と一刀が言おうとしてしたときに、一刀の横に立っていた司馬防は、少し前に居並ぶ娘達七人を見回しながら、彼女らの方へ豪華な刺繍で飾られた朱色の敷物の上をゆっくりと移動しながら尋ねていた。

 

「いったい、あの子はどうしたのです? ―――明華(ミンファ)は?」

 

 どうやらやはり一人、明華(ミンファ)という子が今のこの顔触れにいないらしい。

 

(名で呼ばれないと真名じゃ分からないなぁ。ミンファって一体誰だろう?)

 

 一刀がそんなことを考えていると、母親の言葉に姉妹たちが、一斉に姉の司馬朗へ視線を集めた。司馬朗は困ったように答える。

 

「それが……時間になっても姿が見えなくて。この時間にこの場所という事は知ってるはずなんですけど……」

 

 その時に、広間の入口から女の子の声が聞こえて来た。

 

「優華(ヨウファ)姉さんは悪くありません。遅れてすみません」

 

 そして、ツカツカと食堂の広間へ入って来るのであった。

 しかし皆、その入って来た女の子の姿に唖然となっていた。驚きのあまり司馬朗は口元を手で押さえている。

 

 

 

 広間の入口に現われたショートな癖っ毛の女の子は―――右肩に剣を、抜き身で担いでいたのだ。

 

 

 

 刃渡り三尺八寸(八十八センチ)ほどある実剣であった。丁寧に磨かれており、それは良く切れそうに見える。

 客人の歓待への対局的な姿に母の司馬防が厳しい声を上げる。

 

「司馬懿! どういうつもりです!?」

(えぇっ?! こ、この……女の子が司馬懿!?)

 

 その司馬懿と呼ばれた女の子は、身長七尺二寸(百六十八センチ)程。司馬朗に次ぐ背丈だ。

 髪色はもちろん薄緑で、瞳もぐるぐるである。眉もやはり母親似で眉間寄りは太く端は細くである。

 ショートな癖っ毛の左前髪上に金細工の髪止めを付けている。少し赤味のあるグレー系の瞳の目は『眠そうな感じ』であった。鼻はやや低めで僅かに小さめだ。

 武人向けの胸元の空いた動き易そうな白地に赤と黄色の装飾で、肩や二の腕は露出する形と裾は短めの服装であった。両腕には袖のような装飾が少し入っている手甲を装備している。足元は膝上まで薄緑の足布を履き、ブーツ風な靴を履いていた。

 司馬防の厳しい言葉は続く。

 

「剣など持って、返答次第では許しませんよ。昼間に今夜はお客人の宴席と伝えておいたはずです」

 

 一刀は司馬朗の右側に立つ文官そうな、すごい美人の子が司馬懿かな……と思いっていたので武官スタイルの結構なギャップに戸惑っていた。

 すると、司馬懿が小さめな口元を開いた。声は可愛い声である。

 

「べつに? ……母君、深い意味はありません。『たまたま』剣の稽古をしておりまして、遅れそうになりましたので慌てていたのです。そうですねぇ、折角ですからお詫びに、お客人へ我が剣舞でもお見せしましょうか?」

 

 

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 そう言うと彼女は剣先をスッと鋭い眼光と共に――― 一刀の方へ向けるのであった。

 どうやら、これは何か意図があるように見えた。

 

「司馬懿! なんという……。余りに無礼ですよ!」

 

 司馬防は、激昂前の厳しい表情で司馬懿の前へ向かおうとした。

 

 折角の宴会が、家族会議になっては興ざめの上に面倒なので、ここで一刀は司馬防を表情と手振りでまあまあと制止すると、司馬懿へ軽く苦笑いの表情を向け言うのであった。

 

「いやいや、それも楽しそうだ。見せてくれると嬉しいな。いいかな?」

 

 本気の鋭い目線を向けていた司馬懿だが、その一刀の言葉と飄々とした一連の対応で納得したらしい。目線は穏やかになり、その一刀の声にコクリと頷いていた。

 と、同時に彼女はぼそりと聞こえないほどの小声で呟く。

 

(ふぅん、この程度では、恐れたり驚くこともないか……いつもの下卑た勧誘に来る中央の役人達なら、脂汗を吹き出しながら大騒ぎして滑稽なんだろうけど、対応も融和的だし、皆の話通りというのか? ふむ、この武人は……中々)

 

 司馬懿は……姉妹中で一番『よく分からなくて、眠そう』な顔をしていた。

 

 そんな表情の中、司馬懿は一列に並んでいた姉妹らが左右に分かれて空けてくれた場所で、では一つ宴席の前にと『陳謝の剣舞』を一刀と皆へ見せてくれた。

 彼女の動きは非常に素早く滑らかで、その襟から肩、背中の部分に施された刺繍の装飾が映える自らの服装にも合わせたような美しい剣舞を舞う。剣舞と武技は等しくはないが、一刀の目から見ても彼女の持つ気の大きさや剣速からかなりの武人だと推測された。

 普通に考えると、家族と言われる者が家内の宴席に剣を伴って来る事は余り考えられない。つまり皆、ほぼ丸腰なのだ。その状態で、司馬懿は話で聞いた一刀の動きを実際に見たかったのである。

 司馬懿には身内以外の『無能でエセ英雄者』が、この司馬家の家の中にのうのうと住むなど許せなかったのだ。不意を付かれれば底が浅いものは尻尾を必ず出す。

 だが……一刀はあくまで自然体でいた。

 司馬懿が、広間へ入る前と後での表情や会話が同じであった。

 

(この男は本物か……。仕方ない、母君が決めたことだ。……もう、この件はいい)

 

 司馬懿は、見事な剣舞を舞い終わる。

 一刀は自分の席前で、司馬懿へ他の皆と共に拍手を送っていた。

 彼としては予想外である。司馬懿はもっと軍師チックな大人しい文学少女派だと、一刀は考えていた。だがもはや彼女はバリバリの武闘派っぽい雰囲気だ。もしかすると、この三国時代の軍師はこういう感じが多いのかなと……ひょっとして諸葛亮とかも?と少し考えた。

 司馬懿は剣を床へ置く。すると、使用人たちが剣を持って室外へと引き上げていった。

 

 ようやく揃った八人の姉妹は、再び一刀が立っている宴卓の前に広がる場所へ、司馬朗を右端にして順に一列並んでゆく。

 それが並び終わるのを確認すると、司馬防も司馬朗の右側に立ち、横の娘達へ右手で促すように言うのであった。

 

「さあ、私の可愛い娘達、お客人の北郷殿へご挨拶なさい」

「「「「「「「「はい」」」」」」」」

 

 右端の司馬朗から礼を取りながら再び順に名乗り始める。

 

「では改めまして北郷様。わたくしは司馬家長女、名は司馬朗、字は伯達。司馬家へようこそ」

「私は司馬家次女、名は司馬懿、字は仲達。先ほどは失礼しました、北郷様。司馬家へようこそ」

「わたくしは司馬家三女。名は司馬孚(しばふ)、字は叔達(しゅくたつ)と申します。ごきげんよう北郷様、司馬家へようこそ」

 

 司馬孚は身長が七尺一寸(百六十五センチ)と少しあるだろうか。司馬防よりも一寸強高い背丈だ。姉妹の中でもひときわ白く美しい肌が印象深い綺麗な女の子である。おそらく皇帝の後宮にも一人いるかという体の体形等も含めたバランスの取れた美人であろう。髪はストレートで後ろ髪は、肩甲骨の上辺りまでで切り揃えられての上側へ緩い弧型をしている。前髪は左右の端の部分が垂れた耳のような形で長く、耳前は胸上の辺りまで伸びて外側に切り上がるように揃えられていた。

 顔立ちは、目は漆黒の瞳で目尻は普通。眉はもちろん母親似で端が僅かに下がり気味でやさしく見える。鼻は綺麗に通り少し高め。口元は桃色で形といい非常に整っている。

 右側頭後部辺りに小さ目の頭冠を付けている。服装は白地に黄色と赤の装飾の入った、胸元が僅かに見える程度で脚部も露出が比較的少ない長い裾のものを着ている。

 襟の首下辺りに大き目の宝石の装飾が付いており、袖は袖口が広く豪華な装飾が入っている。足元は踵の少し高い靴を履いていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「わたくしは~司馬家四女です。名は司馬馗(しばき)、字は季達(きたつ)~です。北郷様、司馬家へようこそ~です」

 

 司馬馗は身長が六尺七寸(百五十六センチ)あるぐらいか。ふわふわのウェーブの薄緑の髪が腰ほどまで届く感じで、見るからにほわわんな雰囲気である。

 

「……私は司馬家五女。名は司馬恂(しばじゅん)、字は顕達(けんたつ)。北郷様、司馬家へようこそ」

 

 司馬恂は身長が六尺九寸(百六十センチ)ほど。髪は太腿まである見事なストレートロングで、少し釣り目のキツめな気の強そうに見える女の子だ。

 

「私は司馬家六女です。名は司馬進(しばしん)、字は恵達(けいたつ)。北郷様、司馬家へようこそおいで下さいました」

 

 司馬進は身長が六尺八寸(百五十九センチ)ほどだろうか。彼女は目に力の有る感じを受ける。髪は首下辺りまでで切り揃えられているスタイル。ハキハキした性格が表情に現れている感じだ。

 

「……ぅ七女……。司馬通(しばとう)、雅達(がたつ)ですぅ……。北郷様……ょぅこそ」

 

 司馬通は身長が六尺六寸(百五十四センチ)ないぐらいか。腰まである優美なカーブの髪でとても優雅な雰囲気の女の子だ。そして、いつも大人しく無口で恥ずかしそうにしている。

 

「私は司馬家八女です! 名は司馬敏(しばびん)、字は幼達(ようたつ)です! 北郷様、司馬家へようこそ! よろしくお願いします!」

 

 左端の司馬敏は身長が六尺四寸(百四十九センチ)ほどだろうか。髪は肩ほどまでのイチョウの葉のような扇状をしていて、少し日焼け気味のいかにも元気そうな女の子である。

 

 四女から八女までの下の五人は、宴席の為か首筋から胸元まで開いた、白地に紅の色リボンや装飾の施された同じ形の服を着ていた。

 また、司馬防と司馬朗もそれぞれ、いつもと異なる……胸元を強調しているような優美な服装に変わっていた。

 

(えっと、シバフ、シバキ、シバジュン、シバシン……シバ……トウ? ま、まずい……一度に覚えられない……かも)

 

 各自から自己紹介を受けた一刀であったが、司馬八令嬢について―――髪が全員薄緑色で瞳もぐるぐる、おまけに今は下の姉妹達五人が同じ服装のため、背の高い司馬朗と漸く誰か判明したバリバリ武闘派な司馬懿と、途轍もなく美人の……司馬孚?ぐらいの名しか現段階で認識できていなかった。他の下の姉妹達は……其々の雰囲気と髪型と背の高さに差があるのが今後の救いか。

 

 一方で司馬防を含め、司馬家の面々が一列で並ぶと、栄光の……掴む為のそれは『際立って』いた。

 漢(おとこ)として―――それを……それは比べてはいけないと思っている。一刀には、分かっている。しかし、しかし、本能が比べざるを得なかった。

 

 

 

 そう、みんな胸が大きい。司馬防と司馬朗は特におおきい! おっぱいがおっきいんです!

 

 

 

 そして、一刀は思う。

 君(おまえ)がナンバーワンだ! ……司馬朗が長女の貫録と言うべきか一番大きかった。

 すでに次点の司馬防ですら、雲華の倍はありそうであった。

 その、次に一番左の年少の子(司馬敏)も、ついで司馬孚もそう負けてはいない。特に司馬孚は形、大きさが美しいの一言である。

 一番慎ましいのが司馬懿なのだが、それでも雲華程の大きさは有りそうに見えた……。

 

 姉妹八令嬢の挨拶が終わると、司馬防は「さあ皆、席に着きなさい」と着座を促した。

 予定よりも一刻(約十五分)以上遅れていたからだ。司馬防は厳しい人なのである。一刀から向かって左側に司馬朗、司馬孚、司馬恂、司馬通。右側に司馬懿、司馬馗、司馬進、司馬敏が座った。

 まもなく、給仕らから皆の杯へ飲み物が注がれる。そして司馬防の宴に際してへの言葉が始まる。

 

「北郷殿、あなたはすでに勇気を見せ、類まれな力を見せ、我らの街と人を守って当家にいるのです。わたくし、司馬防 建公の客人として、この地で気の向くままゆっくりとお過ごしください。さあ本日はお迎えした初日ということで、ささやかですが家内の身内にて宴を用意しました。料理や飲みものを存分にお楽しみください」

「過分なもてなしに感謝します」

 

 一刀も司馬防をはじめ、集まってくれた八人姉妹の令嬢達に目線と共に礼の言葉を伝えた。

 この時、司馬朗が加えてという感じで口を開く。

 

「あの、それから……母様、改めて都よりお帰りなさいませ」

「「「「「「「お帰りなさいませ」」」」」」」

 

 司馬朗の後に、七人の妹達が母の司馬防へ帰宅の喜びを表した。司馬朗が話を続ける。

 

「大変な時期のお仕事、お疲れ様でした」

「ありがとう、みんな。でも、いいのよ。今日は北郷殿の歓迎の宴なのだから」

 

 一刀は、状況が一瞬よく分からなかったが、司馬防が都から帰ってきたところみたいな事を知った。

 司馬防が右に座る一刀へ顔を向けて説明してくれた。

 

「丁度、私が洛陽より帰郷の為、街の門の傍へ差しかかった時に北郷殿と会ったのですよ。……きっと『ご縁』があったのでしょう」

 

 言葉の終わりの方で、彼女は少し頬が赤くなっていた。

 

「そ、そうですね」

 

 一刀も思わず照れてしまった。

 そして改めて司馬防の言葉で宴が始まる。

 

「では、本日の北郷殿の活躍と、私達の出会いに乾杯!」

「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」

 

 全員で乾杯する。雲華のところで飲んだ仙人の果実酒も美味かったが、ここのお酒も果実酒のようで結構飲み易かった。口当たりがよく、つまみ始めた料理にもよく合った。

 初めに出されていた少し冷めてしまった料理も再度温め直されて運ばれて来ていた。ここの台所には下から熱した大きく平らな石板を利用した皿ごと再加熱して適温まで温め直す設備があるそうだ。

 宴が始まり、一刻(十五分)ほどたったころ、「では私から」と司馬防は一刀の杯に酒を注いでくれる―――そして、なんと当主自ら一芸を披露してくれた。

 それも、文官だと言うことだったが『剣舞』を舞ってくれたのである。司馬防へ剣として使用人が持って来たのは、司馬懿の使ったような実剣ではなく、白い木剣のような軽く細く、装飾に鈴や長めのリボンの付いたものだ。

 そして、舞が始まる。とても雄大で優美な舞なのだが……一刀は集中出来なかった……いやある意味集中はし過ぎていた。

 そう――

 

 胸の弾みに!動きに! おっぱい、たゆんたゆん♪

 

 八人生んだとは思えない締まった体と胸であった。……ごちそうさまでした。

 終わると、娘達も一刀も「すごい!上手い!」と拍手喝采が上がっていた。そのとき右側列の一刀の前にいた司馬懿はボソリと呟くのであった。

 

「母君の『剣舞』なんて……随分久しぶりだな。普段、中央の位がどんなに高い使者や文官らが来ても男の人の前では絶対なさらないのに……」

 

 さらに、『剣舞』の間にチラリと一刀の表情と目線を見ていた司馬朗も、聞こえないほどの声で呟いていた。

 

「……母様、ズルい……」

 

 司馬防は横の席へ戻って来ると一刀へ静かに「私の姿を見て頂けました?」と尋ねて来たので、一刀は「は、はい、とても良かったです」と些かイカガワシイ気持ちで見ていた事もあり、恥ずかし気味に答えると彼女は「そう、よかった……」となにか熱い感じで言葉にする。

 そして間もなく、一刀の杯へ次に酒を注いでくる者がいた。目の前の右手すぐに座っていた司馬懿である。順番で言えば、司馬朗じゃないのかと思ったが、そうでは無いようだ。

 「まあ、聞いてくれ」と司馬懿は相変わらず眠そうな表情で酒を注ぎながら一刀へ言ってきた。彼女は使用人数人を呼ぶと何か指示していた。使用人達は一時広間から出ると、何か楽器のような物を持って帰って来た。そして、宴席の前の広場に、椅子を中心に共に並べる。

 それは、後で聞くと蹋鼓(ふみつづみ)という足踏みの太鼓と、もう一つは木枠に幾つも鐘がぶら下がったものだ。鐘は青銅で鋳造され、底面がカーヴを描き、断面は楕円形をしている。木槌を両手に持ち、それらを触れる位置に置かれた椅子に座ると、司馬懿は演奏を始めた。

 現代にはない懐かしい感じの音色と曲であった。素晴らしい演奏に、一刀は箸を休めて聞き入りながら考えていた。

 

(剣舞に、演奏力、そしてずば抜けた知力と頭脳を併せ持つであろう司馬懿。さすが、三国志でも総合力で三本の指に入る人物というべきか……なんでも超人じゃないのか? こりゃ曹操ぐらい君主が優秀じゃないと使えないよなぁ)

 

 演奏が終わると、再び拍手が皆から起こる。一刀も司馬懿が席に戻って来るまで手を叩いていた。

 

 使用人らが楽器類を片付けていると、一刀の正面に絶世の美女が静かに立っていた。

 その次に「どうぞ」と控えめに可愛らしく杯に注いでくれたのは、確か司馬孚(しばふ)と名乗っていた三女である。酒瓶を持つ透き通るような白く瑞々しい肌の手、指の形に長さ、さらに爪の形、そして仕草までもがすべて美しい女の子だ。

 注いでもらうと、一刀は「ありがとう」と優しい笑顔で司馬孚へ礼を言うと、彼女は少し照れるように「それではご覧ください」と言って宴席の前の広場へ移動する。

 一刀は、三国時代における司馬孚という名前に心当たりがない。まあ、司馬懿に家族がこんなに多いとは知らす知識不足なためなのだが。

 一刀はこっそり横の司馬防へ、司馬孚を初め姉妹の名と字について再度聞き直していた。とりあえず皆、字には『達』が付く事だけは覚えている。

 

「うちでは司馬朗が伯達、懿が仲達、孚(ふ)が叔(しゅく)達、馗が季達、恂(じゅん)が顕(けん)達、進が恵達、通が雅達、敏が幼達の順ですわ。街の者らは司馬の八達と呼んでいるようです」

「う……(もはや九九のように覚えるしかないなぁ。朗が伯、懿が仲、孚が叔、馗が季、恂が顕、進が恵、通が雅、敏が幼……四女の『キがキ』と末っ子が幼達というのが分かりやすいぐらいか。しかし、司馬孚とは真の歴史上では美男子だったとかかな?)」

 

 そんなことを考えていると、司馬孚は使用人に弦楽器をいくつか演奏するように指示していた。……ここの使用人は演奏も出来る者がいるようである。そして準備が整うと曲の演奏が始まる。

 

 すると司馬孚は―――演舞を踊ってくれていた。

 

 一刀は理解した。酒の入った状態の目の前で、絶世の美女が踊ると『天国が見える』のを。そりゃ、項羽や呂布が裏切ったりするわけである。一刀も雲華の『重きこと』がなければ『夢中に狂って』いたかも知れない。

 すると、彼女の演舞を見ながら司馬懿は首を僅かに傾げ気味に呟く。

 

「おいおい、みんなどうしたのかなぁ……」

 

 左斜め前に座る司馬朗も、誰にも聞こえない程の声で呟いていた。

 

「……蘭華(ランファ)は、身内以外の前では、今まで一度も舞を見せたことが無いのに……」

 

 司馬孚は最後に膝を折り、頭を垂れて擱座するように天舞の舞を終わる。

 再び全員から大きな拍手が起こっていた。

 そして僅かに瞳の奥に真剣な眼差しを残しながら、司馬孚は微笑むように一刀へ感想を聞いてた。なにか、魔法でも掛けるかのように、そして試すかのように。

 

「いかがでしたか? 北郷様」

「うん、すごく良かった! ……俺は演舞を初めて見るけど、君の演舞には何か凄い力を感じるよ。―――でも、誰にでもは見せない方がいいね、きっと。叔達さんの大切な人達の前だけにするといいよ。今日の素晴らしい舞は一生忘れないと思う、ありがとう」

 

 その言葉を聞いた司馬孚は、微笑みを辛うじて崩さなかったが、ひどく衝撃を受けていた。

 「……はい、そうですね」と意識の外で一刀へ答えて自分の席へゆっくりと戻りながら考えていた。

 

(居た!! 今まで、私を見た男の人は皆、私の外見で冷静では居られなくなる者ばかりなのに。そして『舞』は――確実に『狂わせる』はずだった。……辛かった、男の人は皆、私の外見ばかりを見るだけで冷静に『私』を見てくれる人はいなかった。北郷様は、母様が認めたほどの人だから、もしかしたら他の人と違うかもと思って『舞』に掛けて見たけれど―――)

 

 そして、司馬孚は席に付くと、静かに独り会心の笑顔をし続けていた。

 

 次に一刀へ「さあ、北郷様~どうぞ」とほわわんと可愛らしい雰囲気を溢れさせて正面に立ち、杯にお酒を注いでくれたのは、四女の司馬馗(しばき)であった。

 八姉妹では小柄な方に入る彼女だが、雲華とほぼ同じ背丈であった。だが、栄光の部位は遥かに勝っていると一刀が思ったのはないしょである。

 注ぎ終わり一刀が飲むと「では~聞いて~下さい」と言って、広場の方へゆっくりと移動する。

 使用人達にほわわんと指示すると、大き目の弦楽器が運ばれてきた。灑(さい)と呼ばれる長さ八尺一寸(百八十九センチ)程の分厚い板に、弦が水平に二十七本張られている。義爪で弦を弾くように演奏するものだ。琴の盛り上がっている部分が平面になったようなものを想像すると早い。

 演奏が始まると、ほわわんさは無くなり、軽快な弦を弾く演奏が続く。

 集中したときには『ほわわん』状態ではないらしい。

 素早く弾く難しそうな曲を難なく弾き終え、皆から拍手を受けると……再びほわわんとなる彼女であった

 

 次は五女の司馬恂(しばじゅん)が「どうぞ」と杯へ注いでくれた。だが、彼女に笑顔は無い。怒っているわけではないのだろうけれど、何か気に入らない事が一刀へあるかの様にも見える。母である当主の指示であるから『やるだけ』という感じだ。

 だが、仕事にそつは無いタイプに見えた。使用人に指示した簫(ショウ)と呼ばれる竹笛を複数吹奏する管楽器を受け取ると美しい旋律を吹きはじめた。外形としてはハープのような凹型で波のような曲線に並んでいる形だ。

 鳴らす音色は、皆が箸を休めて聞き入る程のものであった。

 吹き終わり、皆から拍手をもらい、一刀からも「良かったよ、ありがとう」と言葉を貰うと、少し恥ずかしそうに「どうも」と言って、使用人へ楽器を渡すと席へ戻って行った。

 

 一芸が丁度、宴参加者の半分の五人終わったところで、左横に座っていた司馬防から、期待するように一刀へ声が掛けられた。

 

「北郷殿は、何か見せてもらえませんか?」

「え゛……?」

 

 料理を口に入れようとしていた一刀は、慌てて箸から落としそうになった。気が付くと司馬朗を始め、八令嬢ら皆の視線が彼に集まっていた。これは、何かしないわけにはいかない雰囲気である。

 だが、一刀は一発芸を持っていなかった。手品みたいなのが出来ればいいんだがと考えると……閃いた。

 一刀は「分かりました」と言うと、まだ見せていないのに拍手が起こった……これは恥ずかしい……一刀は早く済ませようと席から移動を急ぎつつ思った。

 彼は傍にいた使用人に幾つか、ここに有るかどうかの確認と指示をする。用意してもらうのは、座卓とコップのような陶器を五つ、陶器に入る小さなボールのような球体。そして、弦楽器の演奏者。

 

 演奏を始めてもらう。これは、球体の転がる音を消すためだ。

 座卓に乗せた五つの陶器の一つに小さな球体を入れる。そして卓上で陶器を移動させ―――どこに球体があるのか当ててもらう、というものだ。

 その手順を簡単に皆へ説明する。難しい事は何もないので、九人の司馬家メンバーは頷いた。どうやら皆、動体視力には自信があるらしい。

 一刀は、『ヨシヨシ』と内心で吹き出していた。

 

 一刀は陶器を何回か移動させると、まず司馬敏に場所を聞いてみる。まあ、当然正解する。しばらくそのまま何回か人を変えて当ててもらう。今の所、皆正解である。

 そして、一刀は速度を一気に上げてゆく。そう――『速気』である。

 

 もはや、手品でもなんでもないのである。力技で『見える』か『見えない』かである。

 

 次は、ほわわんの司馬馗に「き……きたつさん答えは?」と字を思い出しながら正解を聞いてみた……すると、ククク、間違えた。

 彼女は悔し紛れに言う。

 

「おかしい~です、さっきまで当たってた~のに」

 

 だが、司馬馗以外はまだ見えているみたいだ。一刀はそれじゃあと――『超速気』まで上げた。

 まず『超速気』中に非常にゆっくりと動かす。それでも皆に答えを聞くと、この段階で見失うものが続出した。だが、まだ見えているものが三人いた。

 一人は司馬懿、次に司馬敏、そして――司馬防であった。

 さすがに、最初の一刀の動きを見ていただけはある目を持っているようだ。一刀は更に速度を上げてゆく。

 『超速気』で『普通』に動かすのだ。これは相当早い。だが、一人だけまだついて来た。

 それは、司馬敏だった。完全ではないが二回に一回ぐらいは当たっている。

 一刀はそこでおしまいにした。皆が楽しめれば良いのだ。極限までやる必要はないお遊びの場であったし。

 

「こんな感じでしたけど?」

 

 司馬家の九人には、結構楽しんで貰えたようである。おまけに、皆が「北郷様、早ーい!」と羨望の眼差しを向けてくれていた。機嫌の悪そうであった司馬恂も含めて、皆が笑顔で一刀が席へ着くまで拍手してくれた。とりあえず、無事にノルマが果たせてホッとした一刀である。

 

 そのあと、六女の司馬進(しばしん)、七女の司馬通(しばとう)が続けて一刀へ杯を注いでくれた。

 司馬進はハキハキと「どうぞ」と杯に注いでくれたが、司馬通は声も小さく更に「…ぅぞ」と「ど」の発音が聞こえなかった。

 そのあとの司馬懿の呟きで、「司馬通は身内以外のものには、殆ど杯に注いだことがない」ということを聞いた。

 しかし、彼女は頑張って、一刀へ優雅に杯へ注いでくれた。顔も恥ずかしいのか真っ赤になっていた。一刀はその気持ちが嬉しかった。

 司馬進は無口な司馬通を助ける形で、共同で一芸を行ってくれていた。妹思いが心地よい感じで伝わってくる。

 司馬進は竽(う)という楽器を演奏する。それは、簧(した)という薄片を入れた竹管を多数束ねた物で、長さ四尺二寸(九十七センチ)で、管の数は二十三本の管楽器である。司馬通は、箜篌(くうこう)という、レ字型のハープ風な弦楽器を使い二人で合奏を披露してくれた。

 姉妹というのも関係あるのだろうか、息がよく合っていて美しい合奏だった。

 演奏が終わると、皆が惜しみなく拍手を送る。

 司馬通は、嬉しいのか恥ずかしいのか無口なので、よく分からない状況でテンパっていた。

 

 ふと気が付くと、一刀の席の前に元気な女の子が、酒瓶を持って仁王立ちしていた。

 次は、八女の司馬敏(しばびん)が元気よく「北郷様! さあ、どうぞぉ!」と杯へ酒を注いでくれた。

 「北郷様! 見て! 見てて!」と言いながら広場へ飛び出して行った。

 そして、彼女が見せてくれたのは剣舞であった。

 それも、すごいアクロバティックな空中技が連続するものであった。一刀が見たところ、司馬敏の武の才は八姉妹では一番のように思える。

 力強さもあるが、明らかに動作が一段速いのである。目も素晴らしい動体視力を持っていることもあり将来有望だなぁと感じていた。

 激しい剣舞の後だが、彼女の息は乱れていなかった。

 一刀はその事にも皆と一緒に拍手を送っていた。

 

 さて、最後に「どうぞ」と優しく一刀の杯へ酒を注いでくれたのは長女の司馬朗であった。

 注ぎ終わると、少し恥ずかしそうに「心を籠めて鳴らしますので聞いてください」と一刀へ言うと、一度自分の席へ戻って座卓の下より立派な縦長の五尺(一メートル)ほどの箱を出すと、中から二胡に近い二本の弦を間に挟んだ弓で弾く弦楽器を取り出した。

 そして、広場の真ん中に置かれた椅子へ静かに座ると曲を奏で始めた。

 その音色は心に染み込んでくるような音色であった。

 一刀は不思議とその旋律から、雲華のことが思い出されて、気が付くと頬を涙が流れていた。

 司馬家の全員も司馬朗の奏でる音色に聞き入っていた。

 彼女の優しい慈愛に満ちた気持ちが、音に乗り移っているかのように思える。家族の皆が長姉の奏でる旋律が好きだった。

 それは、敬愛する姉が奏でるものだからという部分も強かった。

 司馬家の身内への結束は非常に固いものがあった。そして、身内へは寛容でもあった。

 司馬朗は、優秀でとても良い姉であった。七人の妹の面倒を良く見て、そして公平に慈愛を持って大切にしたのである。

 妹たちは皆考えていた――――。

 こんな良い姉に誰も仕官の声を掛けないなんて。どの陣営もそれを見抜けないなら大したことは無い、そんな所は仕官するに値しないんだと。

 ――逆に、この姉の仕官を決めたところは、見る目がありそうで仕官するに値するだろうと。

 特に司馬懿は、誰かどこぞの他人へ仕える気など全くない考えを持っていたのだ。

 姉を陰で、ずっと支えていれればいいかなぁと気楽に考えていたのであった……。

 

 

 

 つまり、司馬朗が動くことは、司馬八令嬢が動くことになるのである。

 

 

 

 司馬朗の奏でる曲が静かに終わる。

 目尻の涙を拭うと一刀は、ぽつりと「もう一回聞いてもいいかな?」と彼女へ声を掛ける。司馬朗は小さく頷いた。

 一刀が司馬防の方も見ると彼女も頷いていた。

 そうしてじっくりと、もう一回引いてもらい、それを聞き終わると全員から司馬朗は大拍手を受けていた。一刀も立ち上がって拍手をしていた。

 このように楽しく豪華な宴席は一時(二時間)を優に越えて続けられた。

 

 そろそろ宴も終わりを迎える頃、一刀は司馬防より宴の最後に一言挨拶をと振られてしまった。彼はそういった改まった席でのスピーチなどには慣れていなかったが、今の気持ちを素直に述べることにした。

 それは、余所からきた自分への、今夜の豪華で暖かな宴席の開催と朝からの厚遇についての謝意と、そしてそんな自分には気軽に接してほしいと伝えた。そして―― 一刀はここであえて滞在期限を先に宣言する。

 

「今、これまでの無理な放浪のため体力がありません。なのでそれが回復するまで、暫しの間こちらでお世話になります。俺はその後、再び旅へ出たいと思います。おそらく、ひと月程と思いますが、それまでよろしくお願いします」

 

 一刀の期限切り宣言に、司馬防と司馬朗を始め、皆驚いた表情をしていた。こんな良い家にこんな厚遇なら、普通は延々と居座るものであるようなのだ。

 そう、一刀は思う。ここは居心地が良さそうで、すばらしい家風と一家だ。それだけに―――

 

 

 

 『雲華の時のような強大な不幸をまた呼ぶかもしれない』自分とは長く関わってはいけないと……。

 

 

 

 宴席は無事に終わり、皆がお休みの挨拶と共に徐々に食堂の広間から各自の部屋へ戻ってゆく。

 一刀は、まだ屋敷内に不慣れなため使用人長の銀さんに先導されて客間へ戻って行く。

 そんな中、まだ広間で使用人へ少し片付けの指示をしていた長女の司馬朗は、後ろから母の司馬防よりそっと声を掛けられる。

 

「優華(ヨウファ)……話があります。二刻(約三十分)後に私の部屋へ来なさい」

 

 

 

 

 司馬朗は先ほど宴会の別れ際に母から掛けれらた言葉に従い、一度自分の部屋へ戻った後、夜分ながら指定通り二刻後に母の部屋を訪れていた。

 扉の前で、彼女は小声で中へ声を掛ける。

 

「母様、優華です」

「お入りなさい」

 

 「はい」と答えた司馬朗は、先ほど一刀の宣言に寂しいものがあるのか、いつもより少し弱々しく返事を告げると静かに扉を開けて、ろうそくの明かりの付いた司馬防の部屋へ入っていった。

 司馬防は、壁際にある豪華な装飾の机に四つ置かれた椅子の一つに座って、入って来た司馬朗を神妙な表情で見つめてきた。

 その表情を見て司馬朗は尋ねる。

 

「母様、どうしたのです?」

 

 すると、司馬防は沈黙したまま、机の天板下の引き出しから紐で封のされた一つの木箱を取り出した。そして、紐を解くとその箱から一編の竹簡を取り出す。

 それを司馬朗に手渡すとその内容を静かに告げた。

 

「曹操殿より、あなたへ仕官のお話が来ています」

 

 

 

 

 

 

 

 諸葛亮は、大きめな焚火の傍で鳳統らと夕食を終えた後、漸くゆったりとした時間を過ごそうかとしていた時に重要なことを仮面の将へ確認する。

 

「あの、あなたは『天の御遣い』さんの今の居場所はご存じないのでしょうか?」

「……それは私も知らないわ。でも生きている事は分かる。安心しなさい、そう簡単に死ぬ人ではないから」

 

 仮面の将は穏やかに微笑みながらそう答えた。

 

「……そうですか」

 

 諸葛亮は、残念そうに返事をしながらもこれからの事を考えていた。『天の御遣い』が男の人と聞いて、今日の事もあり少し不安なところもあるのだが、自分たちが目指す世の平穏の為に早く会いたいと思っているのだ。

 なら、と続けて質問する。

 

「あなたは、これからどうするんですか? 北郷さんには会わないんですか? 会う予定なら、お邪魔かもしれませんが私達もご一緒させていただけませんか?」

 

 鳳統も横で仮面の将へ向かってコクコクと頷く。

 当然だが、仮面の将が一番彼に詳しいのだ。一緒に行動する事こそ、現状で『天の御遣い』に遭遇する可能性がもっとも高い。

 だが、仮面の将はそっけなく答えていた。

 

「残念だけれど、私……私達には他にすることがあってね。一緒にあなた達を連れて行くことはできないの」

「それでも、邪魔にならないようにしますから――」

 

 食い下がる諸葛亮らに、『●王』さまはニタリと冷たい微笑みを浮かべながら答える。

 

「どうしてもと言うなら――邪魔になるからここで死んでもらうことになるわよ? ……地元へ一度戻りなさい。大丈夫、『力を持った』彼は凡人ではいられない。必ず出て来るから」

 

 諸葛亮と鳳統は固まるしかなかった。彼女から凄い威圧感を受けたからだ。もはやこう答えるしかなかった。

 

「……分かりました」

「はい、二人ともお茶でも飲みなさい」

 

 そう仮面の将に優しく勧められ、三人でお茶を飲むのであった。

 そんな時鳳統が、控えめに仮面の将へ尋ねる。

 

「あわわ、あの……もう一人の方は……食事とかいいんですか?」

「ああ、ジンメ? いいのよ、ちょっと用を言いつけているから」

「……そうですか」

 

 それからは焚火を囲み、しばらくのんびり過ごすと早めに就寝となった。

 翌朝、仮面の将らは言葉通り、始皇帝の大きな巡遊街道まで馬で諸葛亮と鳳統を見送った。

 別々の馬に乗り、送られながら、諸葛亮と鳳統はそれぞれアレっと思った……やたらに外皮か筋肉の固い馬だな……と。

 

「昨晩は厳しい事も言ったけど、そのうち私も彼の元へ行くかもしれないし、そうなればまた会う事もあるでしょう。その時まで二人とも元気で」

「「ありがとうございました」」

 

 諸葛亮と鳳統は、改めて仮面の将らに向かって礼を述べた。そして、諸葛亮はさらに言葉を続ける。

 

「助けて頂かねば、命は無かったかもしれません。このご恩はいつか。共に行けないのは残念ですが、いずれ来ると思う再会の時を楽しみにしています」

「……うん、私もね」

 

 仮面の将は、馬上から笑顔で答えた。

 そして、互いに手を振り続けながら別れた。諸葛亮らの姿が見えなくなるまで見送ると仮面の将らの姿はいつの間にかその場から忽然と消えていた――――。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

司馬八令嬢小話(優華編)『真の救世主は?』

 

 司馬家の八人姉妹の長女は、名を司馬朗、字を伯達、真名を優華(ヨウファ)という。

 彼女は、母の司馬防が都から帰郷して来ると言うその日の朝、屋敷を少し抜けて『天青館(てんせいかん)』という街中の育児所に顔を出していた。

 ここは温県の街で、災害や疫病等で親を失った孤児たちの為に司馬家が建てて運営していた。長女の司馬朗自身が中心に立って面倒を見ている。今、ここには40人弱の子供達が住み込みでいた。

 もちろん司馬朗は、普段の多くの時間について街の仕事や屋敷の事があるため、いない時間は使用人長の一人にも手伝いに入ってもらい、人を雇い子供達の躾等もしてもらっている。

 基本『天青館』の子供達は、自分の事は自分ですることになっている。

 それでも、運用費のほぼ全てを司馬朗が個人的に工面していた。

 

「あぁ! 伯達様だぁ」

「「「「「「わぁーーーい♪」」」」」」

 

 優しい笑顔の司馬朗が姿を現すと、背の高い彼女の周りはたちまち子供たちに囲まれてしまう。彼女は良く一緒に来る四女の『ほわわん』な司馬馗より人気があった。

 いつもの光景であった。子供達は純粋なので、その人物が持っていて伝わる雰囲気を率直に感じ取っていた。司馬朗の真名の『優華(ヨウファ)』を表すように、その溢れ出ている優しさとやはり母親を連想させ、『長姉』な頼り甲斐のある事が分かるのだ。

 彼女はニコニコと子供たちに声を掛ける。

 

「皆、元気にしていましたか?」

「は~い、伯達様~」

「私、いい子にしてましたよー?」

「そう、じゃあ、今日は甘いお菓子を持って来てますから」

「「「やったー♪」」」

「でも、ちゃんとお勉強の時間を過ごしたあとですよ」

「「「「「「ええぇーー」」」」」」

 

 ここでは、成長し大きくなって良い仕事付けるようにと、畑の手入れの仕方から読み書きと簡単な計算まで教えていた。

 講師として次女の『眠そう』な司馬懿や、四女の『ほわわん』な司馬馗、五女の司馬恂は『眼鏡』を掛けて、六女の『ハキハキ』な司馬進らが時々長姉に頼まれて来ていた。

 そして、末っ子八女の『元気一杯』な司馬敏は来ると子供たちと一緒になって庭で遊びまわっているし、七女の『優雅で無口』な司馬通の場合は……逆に子供たちの中に仲良く静かに紛れていたので講師はしていない。

 稀に講師として三女の『絶世の美女』な司馬孚もお忍びて来ている。子供にはあの彼女の『呪われた影響』がないからだ。一応厚めのベールは被ってはいるが。

 

 時刻は、朝の食事も済んで一息ついていた辰時正刻(午前八時)過ぎ頃。

 司馬朗はそれから二刻(三十分)程、読み書きの勉強を見ていた。個々に学習の進捗差があるが、それは……八令嬢らは大体覚えていたので問題が無かった。

 

 そして――そんな平和な日常に、外でなにやら騒ぐ声が流れて来る。

 

 それは初め遠く聞き取れなかった、しかし。

 

「逃がすなー! うわぁぁぁーー」

「オラァァーー死ねやぁぁl」

「ぐがぁぁーーー」

「き、切られたのか、おい! くそぉーーー。ぎゃぁぁーーーー!」

 

 近付いて来る周囲の叫びに、『天青館』の授業が中断したところに、『決定的な理由』の声が聞こえたのだった。

 

「剣を持った強盗がそっちへ行ったぞーーー! みんな外へ出るなぁーー!」

 

 

 その声と状況に司馬朗は―――部屋の高い位置の梁に掛けられた剣を手に取っていた。

 

 彼女は優しいだけではない。現実の厳しさも知っている人間だ。

 司馬家の長姉として、剣の嗜みはそれなりにある。得意ではないが、闘うべき時は知っているつもりであった。

 

(子供達らを守らないと―――)

 

 お手伝いの人と、年長の子供達主導で子供達全員を出入口から離れた所に移動させ、自分は鞘と柄を手で握りいつでも剣が抜ける必死の体制で構えていた。

 

 そしてしばらくの後、周囲の街並みの中から騒がしい殺伐とした叫び声と雰囲気は―――遠退いて行った。

 

 静寂になったが、それでも半刻(七、八分)程は皆、声を潜めて固まっていた。

 周りの住人らが「もう大丈夫だ」と外の様子を外から報告してくれて危機が去ったことを確認すると漸く司馬朗は柄から手を離し、子供達らへ振り向き優しい笑顔で「もう大丈夫よ」と知らせた。

 

 子供達は、司馬朗の周りに集まりしがみついて来て、泣き出していた。

 

 近所の惨状への対処や、子供達を落ち着かせてから司馬朗は『天青館』を後にする。彼女が司馬家本屋敷へ帰ると母の司馬防が既に牛車で都から帰って来ていた。

 だが、家の中が何か慌ただしい感じだった。

 彼女は、使用人長の一人を広い廊下で呼び止め確認する、すると。

 

「奥様が『街の英雄』さまを―――朝に街中で暴れて、そのまま街外へ逃げようとした『剣を持った強盗』を単身素手で倒されたその方をお客人として連れて来られたのですが、その……身形が酷くて……現在、銀さんの組が総力を上げて対応中でございます」

 

 帰る前に対処した時の、道に広がっていた惨状が思い出される。司馬朗らの『天青館』もお湯や白い清潔な布を提供し彼女らも手伝ったのだが、まだ数人が血だらけの酷い怪我で呻いていた。事切れた者も数人いたのだ。

 倒れていた者の中にも身長も大きく剣の強い者もいたようなのだが、街中で相手をした者は全員倒されたというのに、それを一人で、おまけに素手で倒した人物というのか。

 

「あら優華、元気そうね。よかった」

 

 そこで司馬朗は、後ろから声を掛けられ振り向く。母の司馬防であった。

 

「母様、お帰りなさいませ。都での長きお勤めお疲れさまでした。……ところで、聞いたのですが『街の英雄』さまを連れて来たと」

「ふふふっ。まだ若い方だけれど、真の武人な方よ。八尺を超える(百八十五センチ程)賊からの力のある頭頂への一撃を、その剣の刃部分を素手で掴み取っての、相手へ返したその賊の巨体が空へ滞空するほどの強烈な一打。まず、凡人や並みの将には不可能ね」

 

(大男の繰り出す剣の刃の部分を素手で掴む?!)

 

 武人としても一流と言える妹の司馬懿なら華麗に剣で受けて切り倒すと思うが、『刃の部分を素手で掴む』ことは流石に無理だろう。

 司馬朗でも該当する人物は思いつかなかった。

 まず、それなりに名のある将軍や達人でも、手の平が切り落とされるところしか想像できない図だからだ。

 

(会ってみたい。あの時、子供達や街の人達を恐怖と悲しみに落とし入れた酷い状況を、たった一人で受け止め粉砕したその方に……)

 

 司馬防は娘の変化に気が付く。年頃なのに、男の子に余り興味が無さそうな娘が少し心配になっていたのだ。

 

「疲れからか気を失ってらっしゃるわ。痩せておられるし、身形からも放浪していて行き場の無さそうな御仁のようだし、彼には我が本屋敷に『食客』として居て貰おうかと思っているのだけれど。今、彼の髪や服装を整えているから、あの良い客間の準備をしておいて」

「(本屋敷に……)は、はい、母様」

 

 使用人長の銀らがお客人の身形の準備を終え、担架のような平行な棒二本を布でつないだ形のものにその『街の英雄』となった方は乗せられ、この本屋敷で最高の客間のうちの一室に運ばれた。司馬朗も傍に付いていく。

 母の司馬防が言ったように確かに寝台に横たわる彼の容姿は若い。自分と同じか少し若いぐらいの男の子だ。

 彼の持っていたという剣も運ばれてきたが、使用人二人掛かりで剣台へ乗せ飾られていた。

 

(この方はすごい力持ちなのね。こんな重い剣を普通は武器として振れないもの)

 

 司馬朗は彼が休む寝台の傍で、その表情を優しく見ながら彼の襟元あたりや足元の布団などを整えたりしていた。

 彼女の女の子な良い香りが寝台周りへ充満してゆく。

 彼が、この屋敷でゆっくり疲れと取ってくれるといい。司馬朗は感謝していた。

 

(皆の為に、ありがとうございました)

 

 彼女は残り香を残し部屋を後にする。

 この後も二刻(三十分)ごとに数回彼女は彼の様子を伺いにここへ脚を運んだ。

 『街の英雄』さまに取って重要な、彼女の程好い残り香の濃度はドンドン上がって行った。

 

 そして彼は―――正気に戻ったのである!

 

 

 

小話(優華編)END

 

 

 




2014年06月18日 投稿
2014年06月18日 文章削除&加筆修正
2014年06月27日 一部修正
2014年07月01日 一部修正
2014年10月31日 文章見直し
2015年03月22日 文章修正(八令嬢の真名変更、時間表現含む)&小話(優華編)追加
2015年03月28日 文章修正
2015年03月30日 小話ルビ化



 解説)全員あの世逝きの跡
 残虐非道のようですが、あくまで仮面の将らは「槍先を鞘袋に納めていた」状況で多数の剣を抜いた暴徒集団に襲われたのです。……一応『正当防衛』なのです(笑

 解説)『魔●』『●王』さま
 もはや、なんのことやら……(1話~14話を見ていれば、おわかりのはず 笑)

 解説)■■■……字は……■■■?
 完全な伏字で、すみません。(汗
 もちろん決まっています。
 いずれ本文内に登場するので、今はお待ちください!!
 ノーコメントで。

 解説)司馬防もまだ若い
 限界を超えるような若いときから早産を交え最短で八人…。
 ギリで二十代可能では?!
 (そして矛盾があろうとも、登場人物は十●歳以上です 笑)


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