真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~   作:カメル~ン

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第➊➑話

 

 

 

 袁紹は、冀州魏郡の本拠地である鄴まで半日程のところで、顔良と精鋭三万五千と共に夜営をしていた。司隷校尉の官職を受け、また黄巾党との戦いも一応想定して洛陽まで来ていたが、一段落したため結局無傷での一時冀州への帰郷となっていた。

 

 「顔良さ~ん、お茶を一杯頂けるかしら?」

 「は~い、麗羽さま」

 

 顔良は、袁紹の今のご機嫌と雰囲気に合わせて好みのお茶葉や湯加減の指示を部下に命じていた。

 本来お付の者がするような内容だが、袁紹には気に入った専属のお付の者が存在しないのであった。顔良や田豊がこれまでも何十人も探して来たのだが皆、半日持たずに首となっていた……。

 そして袁紹自身が、もはや下々の者では自分のお付の者は務まらないとして、自然に好みを察してくれる顔良や田豊、文醜しか傍に置かなくなったのだ。そのためか袁紹は、意見や提案・献策においても彼女ら以外からはほぼ受け付けなくなっていた。

 すなわち仕事も、気に入った事だけを適当にやり、面倒や困ったことは顔良や田豊へすべて丸投げしていた。だが――それが逆に良かったのであった。

 袁紹はこの時点で、もっとも部下に恵まれていた主君と言えるかもしれない。顔良、文醜、田豊は袁紹に対して腹黒さが余りなく、懸命に尽くしてくれたのであった。他ではきっととうに愛想を尽かされているはずである。そして私腹もたんまりと肥やされていただろう。

 また、袁紹は気に入った者には太っ腹な君主でもあった。興味が無くなれば、宝刀でも顔良、文醜へ気前よく与えたり、俸給も田豊らへは目が飛び出るほどのモノを提示していた。だが、顔良、文醜、田豊は必要以上は受け取らなかった。受け取った振りをして袁家にこっそり返却していたのである。(まあ文醜は、顔良らに説得されてだが……)

 宝刀の返却がバレた時にも、『保管場所がなかったので~』と言い訳するのであった。

 そんなお人よしの優秀な上層部達のおかげで、経済や軍事に関しての細かい所も含めて予想以上の大成果で返してもらい、袁紹自身はそれほど内政等を気に掛けずに、いつの間にか冀州全土の領有運営と司隷校尉から来る実入りも合わせて、膨大な財力と軍事力を有する諸侯になっていた。

 

 

 

 今は、直径が五丈(十二メートル)程もある豪奢で巨大な天幕の中、品の良い刺繍の施された高級な敷物が床に敷き詰められ、贅沢な装飾の施された長椅子にゆったりと腰を下ろし寝そべっていた袁紹は、お茶を飲みながら洛陽での光景や、やり取りを思い出していた。

 

 それは、幅三丈半(八メートル)天井が二丈半(六メートル)はあろうかと言う宮城内の長い大廊下にて、十常侍の一部と激しく口論をしていた何進大将軍閣下の姿であった。

 袁紹は黄巾党の乱が一段落したこともあり、何進へ「おーっほっほっほ、わたくし休暇を頂きますわ」と申し入れるために洛陽城内の宮城を訪れた時であった。

 彼女はその口論の内容を良く覚えていないが、抽象的には『パンがなければ菓子を食べればイイではないか?』という貴族思考な十常侍らに、現実を知っている何進が食って掛っていたところのようであった。

 まあ実の所、財政難にも関わらず、宮城内の全員がより一層贅沢をしようとしており、何進も更に贅沢をしたくて自らの取り分を多くしようとしたが、当然全く足りない。

 そのため、十常侍らが取り過ぎだと言いに来たのだが、彼らからは「では今の重税から更に税を掛ければいいじゃないか?」と言われていたのだ。だが、徴収は何進側の担当であったので、そんな面倒はゴメンだと言い合いになっていたのだ……。

 袁紹も思考は十常侍側に近いため「何をお怒りなのかわかりませんわ」という感じではあった。

 言い合っていた一同だが、袁紹の姿を見ると言い合いをやめるのであった。中央での位は十常侍や何進の方が断然高いのだが、袁紹の個人で有する資金と兵力は大陸でもすでに有数になりつつあった。十常侍らは所詮宦官、何進も私兵はあるが二千もいなかった。すでにこの時代、真の実力者は中央ではなく、袁紹ら諸侯になっていた。さらに彼女のすぐ傍には猛将でもある顔良もいたからである。

 十常侍らは「ではまた」と言い早々に宮殿の奥へ退散していくのであった。イラついていた何進へ袁紹は声を掛けた。

 

「大将軍閣下、どうかなさいましたの?」

「おお、袁紹殿。イヤ……最近、あ奴らがわらわの妹に取り入って、些か増長しておると思ってのぉ……もしかすると、そのうちに袁紹殿の力を借りるやもしれぬ」

「それはお任せくださいな。わたくしは閣下の御味方ですわ」

「うむ、頼りにしておるぞ」

 

 だが、そのタイミングで悠々と「それはそうと」と休暇を言い出した袁紹なのであった……。何進は少し渋い顔をしたが、袁紹直々の願いでは聞かざるを得ないのであった。

 そして……その袁紹帰郷の話を少し離れた位置で、人知れず静かに聞いていた人物がいたのだった―――。

 

 そういった記憶の光景を思い浮かべ終わった、長椅子で寛ぐ袁紹はポツリと呟くのであった。

 

「そうねぇ……閣下に五千程兵をお貸しすればよかったかしら」

 

 その言葉を聞いても、顔良は袁紹へ何も言う事はしなかった。兵を貸していれば、何かあればどちらに転んでも一大事なことになる。最悪、勝手に『袁紹の兵が――』とも言われ兼ねない。何もないに越したことはないのであった。

 そんな時、天幕の外の部下から顔良へ声が掛った。

 

「顔良様、夜分失礼いたします。鄴から使者として審配様が参られ、至急袁紹様へ報告とお見せしたいものがあると参っておりますが。一応、少し離れた天幕に待っていただいております」

「審配……さん?」

 

 顔良は、一瞬違和感を覚えた。帰郷の行程は先に田豊らへ手紙にて知らせていたからだ。そして、予定通りに明日の昼過ぎには鄴に着く事になっている。わざわざ今、知らせに来る事とは何だろうかと。それに……使者が審配自身と言うのが気になった。通常は伝令の兵で済むところなはずだ。

 彼女は袁紹軍に武将として名を連ねる一人である。本来なら重要な内容だと思われ、袁紹にすぐに取り次ぐべきであった。

 だが、顔良は同時に嫌な感覚も持ったのだ。

 審配は、袁家の今後の戦略について何度か献策してきた人物だった。まあ、田豊にそれらを何度か『添削』されて返されていたと記憶しているのだが。そう、田豊は悪い点を否定するだけではなく、こう直して再献策すれば良いのではと付けて審配へ戻していたのである。そしてある日の会議の場において、直接皆の面前で『添削』されて以来、審配からの献策が一切無くなったのであった。

 ちなみに袁紹はその時『駄目ですわねェ……審配さんは。でも、前向きな姿勢は悪く無くってよ』と袁紹にしては激励の言葉を送っていたのだ。

 

(その人物が今、この場に……それとも単なる偶然なのかしら?)

 

 顔良は、袁紹への直接な取り次ぎを一瞬迷った。

 そして、間も良くなかった……袁紹は『暇で退屈』な時だったのだ。袁紹から声が掛る。

 

「顔良さ~ん、どうかしましたの?」

「……あのー、麗羽さま。鄴から審配さんが報告と見せたいものがあると来ているそうです」

「なんでしょう……まあよろしくてよ、審配さんをお通しなさい」

 

 袁紹からの指示であるため、顔良から天幕外の部下へ「審配殿を呼んでくるよう」にと指示をする。

 まもなく、審配が恭しく天幕の入口からゆっくりと入って来た。

 袁紹は長椅子へ横になり、寛ぎながら悠々と待ち構えている。

 審配は、袁紹の少し右前に立つ顔良の手前まで進むと、袁紹より頭を低くするため膝立ち状態になり、袖を合わせて『鞠躬』(ジュイゴン)……両手のこぶしを目の前に組み、お辞儀の姿勢を取ると口上を述べた。

 

「長らくの都でのお働き、誠に袁家の誇りにございます! 無事なご帰還をお喜び申し上げます」

 

 袁紹は、それを聞くと無言で首を縦に一度頷いた。そして催促する。

 

「審配さん。報告と見せたいものとは何かしら?」

「はっ、まずはこちらをご覧いただいたあと、ご報告させていただきます」

 

 そう言うと審配は、顔良へ袁紹様に見てもらうモノの入った一尺(二十三センチ)四方ほどの紐で閉じられた箱を手渡す。顔良は当初の順番と違う審配へ『報告が先ではないの?』という目線を送るが、審配は知らぬふりか目を下方へ伏せていた。少し訝しげに見るが、まあ箱自体は普通の軽いものであった。

 軽く揺すってみるとカタカタと軽いモノような音がするだけだ。危険な――刃物等ではないように思える。

 顔良は、紐を解いて箱を袁紹の元へ届ける。

 袁紹は少し体を起こしてその箱を受け取ると、蓋を……ゆっくりと開けた。

 

 ――――覚醒が始まる。

 

 それを見た袁紹は、何かに魅入られた表情に変わり、底の浅い箱に入っているその『モノ』を右手でゆっくりと取り上げ目の前へ差し上げると喜びの声をあげた。

 

「……これは―――美しく、素晴らしいものですわね! 無性に着けたくなりますわ!」

 

 

 

 それは、『蝶の羽模様の彩色された美麗な仮面』だった。

 

 

 

 袁紹はそう言うと、目元へその仮面を装着する。

 審配はすかさず、報告と言って『袁家指針書』と書かれた竹簡の巻物を袁紹へ向かって差し出した。顔良はそれの題名を見て顔色を変える。

 

「審配殿! これは一体何です―――」

「斗詩さん、お下がりなさい」

 

 すると、袁紹が顔良を諌め止める。しかし、顔良は食い下がった。

 

「麗羽さま、これは田ちゃん(田豊)がまず見るべき―――」

「斗詩さ~ん、わたくしはお下がりなさいと言いましたわよ」

 

 顔良の言葉を、再び袁紹の静かでゆっくりとした……だが語尾は唸るような低い声で遮った。

 顔良は、蝶模様の仮面姿にではなく、袁紹の元の雰囲気が変わった事に気が付いた。……何か『冷たい』感じに見えたのだ。

 だが、主の命である。顔良は審配からやむなく一歩下がった。

 袁紹は、長椅子からゆっくりと優雅に立ち上がると、審配へ近付き彼女から直接その『袁家指針書』を受け取ると中身を見るのであった。

 そして間もなく笑い出しながら―――宣言する。

 

「おーっほっほっほ。素晴らしいですわ、審配……いいえ、流葉(ルーイエ)さ~ん。共に袁家千年の帝国を築きますわよ!」

 

 

 

 華北の夜にて、まさにとんでもないことが始まってしまっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司馬家当主司馬防の部屋―――。

 時刻は亥時(午後九時)を二刻強(三十分)ほど過ぎたところか。

 ろうそくの薄明かりが部屋の中を、心を表すのだろうか僅かに揺れるように照らしていた。

 曹操からの竹簡に、そこへ浮かび上がる母の司馬防と長女の司馬朗の二人の表情は、美しくも真剣なものになっていた。

 先程までの一刀歓迎の宴会にて、二人はなるべく彼の傍でお酒を楽しくそれなりの量を飲んでいた。しかし実は共に一刀へ己の綺麗な姿を印象付けたくて……気に入ってもらいたくて、粗暴な所作に気を遣いつつ飲む量を抑えていたのだ。

 今はさらに少し時間を置いた事で、ほとんど酔いが覚めている状態になっている。

 司馬朗は、司馬防より聞かされた事を自然に口に出して反復していた。

 

「曹操様から……仕官の話……ですか?」

「そうです。優華(ヨウファ)にとっては初めての仕官のお声掛けになりますね」

「はい」

「曹操殿からは今まで、いろいろな方面でそういったお声掛けを聴いた事がありません。あの方の陣営に入るには、相当優秀でなければいけないと言うのをよく聞きます。あなたは、そう言う立派な所の目に留まったということですよ。自信をお持ちなさい」

 

 司馬防はそう言うと、自慢の娘である司馬朗へ優しく微笑んでいた。

 

「ありがとうございます、母(はは)様。あの、曹操様とはどの様なお方でしょうか?」

「あなたも噂ぐらいは聞いていると思いますが、以前わたくしは仕事柄、あの方に直接会って洛陽の北部都尉をお願いしたことがありました。要点のみをお伝えするだけで、それ以上のすべてを理解される方でしたね。そして卒なく熟される人です。聡明で且つ底が見えない人物ですね。今でも十分出世されていますが、これからもさらに飛翔される方でしょう。ただ普段は汚職等にも厳しい方ですが、目的によっては清濁飲まれる方だと思います。……それでも今の諸侯の中では『当家の繁栄』を考えれば一、二を争う良いところだと思います。でも、優華……決めるのはあなたです。よくよく考えてお決めなさい。私はそれで構いません」

「……母様」

「仕官の話はここまでです。――コホン」

 

 司馬防はそこまで言った後、ワザとらしく咳払いをすると、少し顔をニヤリとさせて司馬朗へ聞くのであった。

 

「今日のあなたの演奏は、これまでに聞いたことがないほど、彼への想いが入っていたわね……。それに、北郷殿が曲名を知らずにか『もう一回』と言ってくれて嬉しかったでしょう?」

 

 司馬朗は顔を一瞬で真っ赤にして照れテレになっていた。母の問いに対して一言返すのがやっとであった。

 

「はい……」

 

 一刀の前で演奏した曲は――『愛があればもう一度』と言う曲名であった。

 

 しかし、司馬朗も司馬防へ『女の想い』を問い返すのであった。

 

「でも、母様。その……北郷様へ見せた、あの非常に情熱的な母様の剣舞は『愛する人達(家族含む)』にしか見せない特別なものと、私がまだ幼い頃に亡き父様へ言っていたのを聞いた気がするのですが……母様も、そう(彼を愛してる)なのですか?」

 

 今度は、司馬防が真っ赤になる番だった。娘が、あの剣舞の真の意味を知っているとは思っていなかったのだ。

 司馬朗が、初めて見る母の『恥じらう女の顔』であった。

 だが、司馬防は……顔を赤らめながらも司馬朗の目を見ながら堂々と言うのであった。

 

「……そうね。あの剣舞でこの私の体の……熱い気持ちが、北郷殿に伝わって欲しいと想いながら舞ったわ。私は元気な男の子を生んでみたいのよ。女盛りの時期は短いわ。そして、選ぶのは彼だから……」

「母様……」

 

 司馬朗はその言葉を、母として聞くと複雑だったが、一人の女のしてのその潔い情熱的な想いには共感出来た。

 

「優華も決めたのなら、しっかりと北郷殿に想いを伝えなさい」

 

 司馬防は、愛娘の頬を優しく撫でながらそう言葉を伝えていた。

 母へはにかむ司馬朗だが、母から目線を外すと、ふと慈愛の目になって呟いた。

 

「でも、蘭華(ランファ:司馬孚)も……私と同じ想い……いやそれ以上かもしれない」

 

 司馬孚は幼いころから、姉妹の中でも飛び抜けての美人であった。そのため、言い寄る、這い寄る、忍び寄る、の感じで常に男たちの『変に鋭く熱い視線』に晒されてきた。年頃になると今度は山のような縁談話であった。司馬家ほど名家でなければ、どこかの貴人の妾にでもされていたことだろう。

 だが司馬家にしても、やってくる縁談話ですら、相手方を精査してみると年齢・容姿詐称の『ヒヒジジイ』や何もできない『お坊ちゃん』な感じの怪しいモノが多いのであった。

 もちろんいくつか好人物な相手もいるのだが、司馬孚に直接会うだけで彼女の『見た目』に必ず『狂って』しまうのであった。幸いその症状自体は、数日合わなければ元に戻るものではある。しかし、二人きりの時には常に嘗め回すような目線をくれ、肉欲へ狂っている状態になっているのだ。

 司馬孚は、そのような人物らには幼少からの『嫌な罪(積み)重ね』から興味を持ちようが無かった。

 だが……だが、である。ついに現れたのだ。司馬孚の『見た目』にもあの強力な媚薬のような『演舞』にすら狂わない人物が――― まあ、一刀なんだが。

 

 その事には、宴会の中で見ていた母の司馬防も当然気が付いていた。

 そして、その後も司馬防は見ていた。

 司馬孚の本気度は、『演舞』が終わって席へ戻る際に見せた『一刀へ向けられた想い』を込めて一心に彼を見つめる表情と情熱的な視線で十分伺えた。

 司馬防は、自分と司馬朗と司馬孚の娘らそれぞれの気持ちの籠った行動を顧みた。

 そして思わず頬を染めながら、イカガワシくも想い考え付いた、その言葉が微笑んだ彼女の口からハレンチに毀(こぼ)れてしまうのだった。

 

「これは……母も娘二人も――――北郷殿へ嫁入りかしらね……」

 

 ―――この時代、正妻は一人だが複数の妾がいるのも普通であった。当然正妻を決めるのは家主である。

 また、この外史では女性の地位も向上しているため、逆の正夫なるものもあるそうな。

 

 

 

 だが……親子(母娘)丼ぶりはいいのだろうか――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 次女である司馬懿のこの部屋は二階にあった。彼女は装飾もそれほど華美でなく広くもないが、日当たりがよく庭を見渡せる部屋をいくつか愛用していた。

 すでに夜も少し更けた子時(午後十一時)前頃、すでに寝る前であった為、寝間着に着替えていたが、両開きの扉を叩く音と共に聞きなれた唯一の姉の声が聞こえてきた。

 

「明華(ミンファ:司馬懿)、ちょっといいですか?」

「どうぞ、姉さん」

 

 幼いころより、優しくよく面倒を見てくれる姉だった。そんな姉は司馬懿や姉妹、使用人等の家族だけでなく街の皆にも優しい女性であった。天災や火事等で被害を受けた者たちがいると聞くと現場に言って励まし、後に自分の装飾具や仕事で得た俸給を届けさせていた。

 司馬懿には、家の外の者にまで、そんな気持ちはまるで湧いてこない。

 だが、そんな姉の慈愛が好ましく自慢であり、ずっと助けていければと思っている。

 司馬朗も司馬懿を頼りにしていた。自分を優に上回る知識と智謀もだが、幼いころから特に『先を見抜く力』がズバ抜けていたからだ。

 部屋へ入ってくると、司馬懿から窓の傍の席へどうぞと案内された。ほどなく姉の口から相談の内容を聞かされる。

 

「実は先ほど母様より、私へ初めて……仕官のお話をいただいていると伺いました」

「それは、おめでとうございます、姉さん!」

 

 司馬懿は純粋に喜ぶのであった。司馬懿から見ても司馬朗の才能は低くない。大きな陣営の軍師は厳しいかもしれないが、贔屓なしで軍師補佐は十分に熟せる人物だ。通常の文官の仕事程度なら難なく片づけることだろう。

 そんな姉に声を掛けてこなかった諸侯は、やはりどこも駄目だなと思っていた。仕えるに値しないと。

 そんな考えとは知る由もない司馬朗は、自分の考えと気持ちを妹へ話し出す。

 

「私はその陣営について人伝に聞く程度の知識です。その当主の方は、まだ若いが知も勇も兼ね備え、汚職や賄賂にも厳しく、従う臣たちもみな優秀で、治める地域は皆豊かだと聞いています。そしてその人物の伸び代は、まさにこれからの人物だと私も感じています。そして母様も『司馬家の繁栄』を考えるとそこが良いのではと言われました」

 

「明華、あなたはその陣営をどう思いますか?」

「先に聞いておきますが、それは――曹孟徳の陣営ですね?」

「……やはり、すぐ分かりますか」

 

 司馬朗も、司馬懿ならすぐにわかると思っていた。

 

「べつに……。ただ『若い』『知』で想像が出来て、『領地豊か』で確定ですね。諸侯の身でありながら、あらゆる分野で非常に優秀な人物だと思います。しかし同時に、能力・効率優先主義のため非情な采配も少なくない事でしょう。一方で、有能な臣下を大事にする人物ですし、出世を選ぶならお勧めできます。ですが……姉さんには少し居るのが辛くなる陣営かもしれません」

 

 司馬懿は、敬愛する司馬朗の人となりや性格までを慎重に考慮して心配しながら答えていた。

 そんな姉思いな彼女を見て司馬朗は、司馬懿へ質問する。

 

「明華、あなた自身ならどの諸侯がよいと思いますか?」

 

 司馬懿は即答する。

 

「ありませんね……べつに。孫堅・孫策は少し面白そうですが、伸び代は曹孟徳にかなり劣るでしょう。それと、あくまで個人的にですが……袁本初と曹孟徳はキライです。特に忠誠を強要し過ぎる感じの独裁系は好きではないので。ただ……姉さんの選んだ陣営には協力いたします。姉さんの為に、そして司馬家のために」

 

 他人の為に仕える気など全くない司馬懿は、優しい司馬朗へ『鞠躬』(ジュイゴン)の姿勢を取り姉への恭順を示した。

 

「ありがとう、明華」

 

 そう言って、司馬朗は司馬懿の癖っ毛の頭を優しく撫でてあげた。

 司馬懿は、眠そうでぶっきらぼうな顔をしていることが多く、余り笑顔を見せることはない。だが、姉からのナデナデには口元が少し緩むのであった。

 司馬懿は加えて礼とばかりに話をする。

 

「今のところ消去法で行けば、曹孟徳の陣営が最後に残ります。べつに、私自身は選びませんけど」

「分かりました。後は私自身が決めます」

 

 司馬懿は、ここで姉へ一つ確認する。

 

「べつに……私が気にしている訳ではないですが、あの方……北郷様はどうするのです、姉さん?」

 

 すると、司馬朗は少し恥ずかしそうに司馬懿へ聞いた。

 

「……その……明華にも……やはり分かってしまいますか?」

 

 彼女は自分の仄(ほの)かな所で想いを見せていると思っていたのだ。

 信頼している姉妹とは言え、初めてなこの熱い気持ちを知られるのは実に恥ずかしく思える。

 司馬懿は、姉の照れテレな表情とその想いがよく分からないのか、余り良い顔をしなかった。

 

「あれだけ懸命に想いを込められて奏でられれば、家族はみんな気付きます。あと蘭華も……そして母君までもが、そのように見受けられますね。母君もまだお若いですから……べつに……しょうがないのかも知れませんけれど、そんなに彼はイイですか?」

 

 司馬朗は、照れながら可愛く小さく一つ頷くのであった。

 ここで、「はぁ」と溜息を付きつつ司馬懿は、一刀について――――『先見』の読みをする。

 

「――――?!(なんだこれは……そんな)」

 

 彼女の頭の中での『先見』の読みが、何か大きな力のような『白き光の輝き』によって見通せないのであった。こんな事は彼女自身初めての感覚だ。だが大きく示されるものは――『吉』であった。

 

(決して『彼を選ぶ』という事が悪くないというのか? ……分からない)

 

 驚いた表情から、訝しげなものに変わった司馬懿へ司馬朗は不安になり声を掛ける。

 

「どうかしたのですか?」

「いえ、べつに……あの方については少し様子をみたいと思います。……ですが、先に私の意見を言っておきます。

 我が家は、栄えある司馬家です。出自のはっきりしない者と安易に『縁』を結ぶのは如何なものかと考えます。確かに、あの方の優れた『力』は少し見せてもらいましたが、母君らも含めて良く良く考えて頂ければと思います。

 あと、曹孟徳は合理的な人物です。要件をしたためている間に、返事が最速で何日後に来るかほぼ正確に予測しています。言うまでもありませんが、返事は早いほど好印象になるでしょう。さて……それで姉さんはどうしたいのです?」

「明華……あなたは、余り北郷様のことを良く思っていないのですね」

 

 司馬朗の少し寂しそうな顔が、司馬懿には辛いものがあった。だが、姉や家族が良い方向へ進むように検討・思考するのが、姉妹内での自分の役目だと思っている司馬懿は否定しなかった。

 

「……客観的に見ての判断はそうなります」

「北郷様は、体調が戻られれば旅に出る、それはひと月後……。曹操様へ承諾と合流場所を知らせてほしい旨の手紙と送って、受け取った後、不足していたもの準備に手間取ったとして……ひと月ほど稼げないかしら。そうすれば……北郷様に送ってもらえるかもしれないわね……♪」

 

 司馬朗は、己の手を組み合わせ上を向きながら、『手を取り合って北郷様と二人、ララララ~ンと道を進む』お目出度い妄想に一瞬捕らわれていた。

 そこで、司馬懿はトンデモナイ事を冗談のつもりで言ってみる。

 

「姉さん、もう曹孟徳のところで固めてしまうのですか? それでいいんですか? 孫堅・孫策や袁紹、董卓、袁術、公孫賛、馬騰など、それに……そんなにお慕いしているのなら、いっその事『北郷様に仕える』とか……色々と良く考えられては?」

 

 それを聞いて、司馬朗は動きがピタリと止まる。そして、ゆっくりと妹の方を向いて静かに微笑んだ。

 

「そうね、良く考えてみるわ。明華……ありがとう」

 

 そう言った司馬朗は、間もなく司馬懿の部屋を後にする。

 何かが『ガチリ』と嵌(はま)ってしまったかのようだと、司馬懿は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、洛陽の端に位置する董卓の広大な屋敷の一室でも、尋常ならざる秘密談義が行われていた。董卓の屋敷は洛陽城内にも存在するが、一部武器の運び込みや周辺の出入りの監視など、こちらの方がもっぱら好位置かつ好都合であった。

 

「それは、確実なのですね? 宮城内にて黄巾党の乱が一段落した事で一過的に休暇が増えて警備がこの少し先の数日にかなり薄くなるというのは」

 

 董卓軍筆頭軍師である賈駆が、ろうそくの明かりが僅かに途切れた重厚な長机の端の陰に隠れるように座っているその人物―――荀攸に確認した。荀攸の右後ろには盧植元将軍も控えていた。

 荀攸――荀彧の姪に当たるがそれより年上の人物。彼女も耳帽を纏っており、荀彧に少し顔立ちが似ている少女であった。ただ、男嫌いな毒舌家ではなく、物静かな可愛い微笑みを称えた淑女である。

 彼女は静かにゆっくりと頷きながら答える。

 

「何進と十常侍らには、元々専従の護衛は付いていません。宮城の守りがかなりしっかりと機能しているからです。外への守りは何進が……予想外ですが綿密に差配していると分析しています。内側は宮中奥は十常侍らが、それ以外を何進が受け持っています。その数日は常時と比べ七割ほどまで落ちると思います」

 

 宮城は広いが門や守る場所は限られていた。平時の守備兵総数は約三千程と調査済だ。

 ……今、ここには董卓、賈駆、陳宮、張遼、荀攸、盧植が集って、宮中内の腐敗勢力を一層する計画が検討されていたのである。呂布は……すでにお休みな感じで、陳宮に任しこの場にはいない。また、盧植より皇甫嵩将軍も加わると報告されていた。

 始まりは董卓がある日、先の黄巾党戦敗戦の情状酌量時の返礼にと荀攸を食事に誘い、その折、宮中内の腐敗について互いに漏らすように話をしたことからであった。

 荀攸はさらに、何進や十常侍らが贅沢を尽くす為に、増税を検討し始めていることを掴んでいた。これ以上のさばらせていては、後漢や民は持たないと考えたのだ。彼女は国が滅べば大乱になると考えていたのだ。それはすべてを犠牲にしてでも防がなければならないと決意していた。

 そのためさらに、その元凶となった……後宮に籠もり、外へ無関心な現皇帝の代替わりをも含まれていたのであった。

 すでに荀攸が、現皇帝の妹君である献帝へ当計画を伏せて、次代皇帝の腐敗分子等に対する気持ちを確認済であった。献帝は十常侍らもそうだが特に、元は肉売りの何進から皇帝の妹だがらと、自分を軽く見られていたことが我慢ならなかった様子だという。皇帝の娘ならまだしもと言われ……許しがたしと。

 現在、計画でもっとも厄介と思われていた、何進の息の掛った袁紹とその軍団が丸ごと冀州へ戻っている。

 代わりに曹操率いる八千の兵が洛陽には駐屯していたが、中央との関係は袁紹ほど密接ではない。ただ、現皇帝の霊帝に対しては能臣かのように思われる。霊帝への対処を誤れば十分敵に回ると考えられた。

 荀攸が確認する。

 

「そちらの準備はいかがでしょうか?」

 

 董卓は静かに荀攸へ頷くと陳宮を見た。陳宮が状況を元気よく全身を使って説明し始める。

 

「現在、我ら董卓軍側が想定している本作戦の投入総兵力は五万であります! すでに近隣には一万五千を配置済。そして更に、袁紹軍の補填と称して中央より移動の許可を受け、本拠地の長安より三万五千を華雄殿が率いて現在移動中でありますぞ~」

 

 その答えを聞いて荀攸も納得の表情をして頷くのであった。

 どんどんと夜が更けてゆく中、彼らは計画の最後の詰めを慎重に進めていくのだった……その計画の日はそう遠くないのである。

 

 

 

 

 

 

 一刀は、司馬家一同による暖かで豪華な歓待の広間から、使用人長の一人の銀さんに先導されて、あの目覚めた豪華な客間へ戻って来ていた。

 いつの間にか寝台のシーツ調の敷物などが新しいものに取り換えられており、寝間着も同様に白地に紺の襟元と袖口の新しいものが用意され、着替えもまた手伝ってもらう。

 少し飲み過ぎたと感じ、寝台脇の水差しから水を一杯飲むと、一刀は寝台へ潜り込んだ。

 銀さんは布団を少し掛け直してくれ、「それでは、ゆっくりとお休みなさいませ」と言って静かに退出して行った。

 部屋には長いろうそくが二本灯されたままであった。常夜灯替わりなのだろう。この時代では贅沢なことであった。

 そして、夜が更け時刻が子時正刻(午前零時)を過ぎ、日付を跨いだ頃―――。

 酔いが醒めるぐらいまで起きていて、うとうとと眠りに落ちていた一刀だったが、廊下の通路を一人の気が静々と一刀の客室へ向かって来るのを捉えていた。

 

 その輪郭から……司馬防だという事が分かった。

 

 こんな時間に何だろうと思って追跡していたが、彼女は折り畳みの扉の前に来ると、中で休んでいる一刀へ少し照れたような小さな声を掛けて来た。

 

「北郷殿……あの……起きていますか?」

 

 寝静まったこんな夜分である事と、相手が綺麗な司馬防という事だが、なんと言っても家主でもあり……ここで答えなかった後、どうなるのかと思ったので一応返事をする。

 

「は、はい……起きていますけど。何かありました?」

 

 すると、司馬防はしばらく恥じらいのある小声で「あ、あの、そのぉ……」と迷った風だったが、意を決したように言うのであった。

 

「お部屋に入って……お話を……傍へ行ってもいいかしら」

 

 どうも、あの冷静且つ威厳のあって優しい母親の司馬防にしては妙な感じだ。それも気になったので一刀は答えていた。

 

「あの……建公殿、とりあえず、お入りください」

「はい……失礼いたします」

 

 体裁のある淑女な振る舞いで、彼女は折り畳みの扉の片方を静かに開けて入って来た。

 髪には赤い花の飾りと、そして色打掛風な外は多くの美しい赤い花柄の刺繍の施され内側は朱色な上着を着て、とても若々しく綺麗な頬を染めた表情と立ち姿が、ろうそくの弱い光の中へ幻想的に浮かびあがって見えた。

 一刀が「あの……」と言いかけると、司馬防は色打掛風な上着を静かに床へ脱ぎ落とすのだった。

 そこには紅色で透過性の高い、裾が膝上ほどまでだが両サイドの切れ込みが腰ほどまで大きく入ったネグリジェ風の衣装を身に付けた妖艶な司馬防が佇んでいた。

 シースルーなんだが……掴む為の栄光な部位には、何も身に付けていない!

 その形は、支えが無くとも保たれ、先の方までがまだ若々しく上を向いていた。彼女は、それを全く隠そうとはしていない。それは一刀に見てもらいたいからだった。

 そして下部の方には、紐で結んでいる布が少なめな黒の腰帯が見えるのみであった。そう……まさに、紐の方が外しやすいからだ。

 その彼女の姿から、最終目的はほぼ『明らか』なのであった。

 一刀は、その最終目的を確認するかのように司馬防へ声を掛ける。

 

「建公殿……それは……」

「ごめんなさい。こういう色事には……慣れていなくて。……でも、私のこの気持ちをあなたに……熱く感じて欲しくって」

 

 そう言いながら、司馬防は僅かに上目遣いにして、一刀の横になっている寝台のすぐ脇にまで静かに近付いて来た。

 そして、そのまま寝台へとゆっくりと上がって―――だが一刀は、そこで掛け布団を握り絞めつつ目を閉じて言った。

 

「すみません! 俺には心の整理が付いていない大事な人が……」

 

 司馬防は一刀の言葉を聞きながら、掛け布団上を一刀の傍横まで移動すると、優しい表情を浮かべてゆっくりと寝そべるのだった。そして頭を起こすと母のような顔になって優しく静かに一刀へ聞いた。

 

「……今も……いるのですか?」

「……いえ……彼女は、亡くなりました」

「そう、寂しくお辛かったでしょう」

 

 そう言って、司馬防は一刀の頭を優しくゆっくりと抱いてくれた―――豊満なプリンプルンな栄光の部位で。……もちろん彼女は意図的に。

 

 大きい~柔らかい~いい匂い~。

 

 元々絶倫な一刀への究極のトリプル効果だった。若さゆえか、彼の錆びて固まったと思っていた心の針は、軋みながらも動いてしまうのである。

 そして、司馬防は時折一刀の頭を優しく撫でてくれていた。その際、さり気なく掛け布団上をもひと撫でして、仰向けな彼がすでにモッコリになっている事を確認すると彼女の想いも熱く高まるのであった。だが彼女は焦らない。そして優しく導くように伝えて来るるのだ。

 

「私に……してほしい事があれば何でも……どんな事でも言ってください……ね」

 

 一方一刀も、彼女の豊満な栄光の部位を、複雑な感情ながらも堪能しつつ色々考えるのだった。

 司馬防は、少し年上だけど、母性が溢れていて……すごく落ち着ける女性だなと。

 

 そして、自分を受け止めてくれる『悪魔』さまはもうどこにもいない――寂しいと。(すでに魔●さまになっていますがね)

 

 一刀は、ついに小声で呟いてしまう。

 

「建公殿……その……あなたが横で……添い寝してくれると嬉しいです」

「……はい。では……北郷殿が臥所(ふしど)を開いて、私を好きに導いてくださいませ……」

 

 司馬防は、男性側から力強く何度も誘ってほしいのであった。気持ちはまだまだ女の子なのである。

 彼女が一度掛け布団の足元に下がると、一刀は上半身を起こして布団を大きく捲って開いていく。

 そして、一刀は司馬防へ向かって下から右手を差し伸べる。すると、司馬防は照れながらも嬉しそうに、その柔らかく綺麗な右手を静かに一刀の手の平にゆっくり乗せる。そして彼に引かれるに任せるのだった―――。

 

 ナニにはまだ至っていない。

 

 ただ横に並んで……たまに少し重なりながら二人の男女が寝ている『だけ』である。

 

 「そ、そこは……余り撫でられると……」

 「ふふっ、固くて……とてもご立派ですわ。ねぇ……私のココも優しく撫でてくださいな」

 

 ―――だが、お互いのイロイロな部位については確認し合う、夜の親密な関係に移りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 豪華な宴会に加え、『至福な心も体も熱い夜』から一夜明けた一刀は、当然の如く余り眠れていない。結局一刀は、あれから半時(一時間)ほど司馬防のムチムチィな体のイロイロな部位を、サワサワスリスリナデナデしていた。おまけに途中で彼女と三回ほど……接吻――ファーストも含めたキスをしてしまっていた。とても甘い味がしたのであった。さらに、最初の接吻のあと、司馬防は自分の真名が『水華(シェイファ)』だと教えてくれた。

 ただし、「今はまだ、娘達には恥ずかしいから、夜に臥所で会うときだけね」と言われたのだった。そんな中で、やはり精神の一部が疲れていたのだろうか、一刀はいつの間にか眠ってしまっていた。

 最後は彼女の、豊満な栄光の部位の谷間に顔を埋めてゆっくりたっぷりとイイ香りをクンカクンカしつつ、スリスリして、その『先っぽ』を衣装越しにサワサワしていた事は記憶にある。そして、彼女の微かな甘い嬌声を子守唄のように聞いていた気がした。

 だが起きた時には布団と寝間着に乱れは無く、最後に彼女が丁寧に直して行ってくれたようであった。そんな彼女に自分だけが先に落ちてしまったので、悪い事をしてしまったと思っている。朝、会った時に一番で謝りたいと一刀は考えていた。

 同時に司馬防の、自分が眠るまで居てくれた上、そのあときちんと身辺を直してくれた気遣いが一刀にはとても嬉しかった。

 だが……一刀が起きたのは卯時(午前五時)であった。起きたというか起こされたと言うべきか―――女の子に。

 その彼女は、早朝から折り畳み戸の扉の前で元気よく叫んでくれた。

 

「北郷様ーー、幼達です! 朝の鍛錬に付き合っていただきたいのです! 北郷様ーー?」

 

 司馬敏はこう言う感じで一刀の声が掛るまで叫んでくれていた。

 

(幼達って……末っ子の少し日焼けした元気な子か)

 

 諦めてくれそうもなく、一刀は声を掛ける。

 

「分かったよ、着替えて行くからそこで待っててくれ!」

「はーい!」

 

 寝台から少し離れた所に豪華な衝立で区切れた場所に衣装置き場があった。人の良い一刀は、幾つか掛っている高そうな服の中から動き易そうな服を選ぶと手早く着替えて部屋を出た。

 外で待っていた司馬敏も昨晩の宴の服装と違い、装飾はあるが動き易い服装と両腕に手甲を付けている姿だ。そして彼女は、姉妹で一番小柄で身軽な全身を使って、ニッコリと少し幼い風の可愛い表情とポーズで一刀へ挨拶してくれる。

 

「おはよーございます、北郷様!」

 

 体に比して大きくプルンプリン♪な彼女の胸がとても眩しい。さり気なく目線を動かさずに、それを確認しつつ一刀も挨拶する。

 

「おはよう、幼達さん」

「あはっ。私はすこし年少ですし、北郷様は母上様のお客人です。幼達で構いません、 お気遣いなく呼び捨ててください!」

「そうか。では幼達、おはよう」

「はい!」

 

 司馬敏は笑顔の表情を崩すことなく、早朝から肩までのイチョウの葉のような扇状の髪を左右へ揺らして子犬のように元気一杯だ。

 彼女は早速、両手に持っていた剣の片方の柄側を一刀へ手渡す。思わず受け取るが、一刀は確認するように声が出る。

 

「これ……」

「大丈夫です! 刃はちゃんと潰してありますから。ここでは音が響きますのでこちらへ!」

 

 そう言って司馬敏は、一刀の右手を掴むと有無を言わせない感じで、元気に引っ張って行くのであった。

 建物の脇を抜け中庭を抜け小道を通って、四、五分程移動しただろうか、広い庭の離れたところに小さめだが竹林が見えてきた。そして脇の小道から、その中の直径が四丈半(十メートル)ほどの静かな空間まで来た。

 

「ここなら大丈夫かと。とりあえず、攻撃行きますね!」

 

 司馬敏は言うが早いか腰の剣を抜き去ると、その肩ほどまである薄緑の扇状な髪を軽快な体の加速に靡かせながら、電光石火な横からの一撃を一刀へ見舞ってきた。

 すでに用心して『速気』に入っていた一刀だが、スレスレで早い横撃を躱す。すれ違いざま、揺れる胸と彼女の元気な瑞々しい少女の香りが漂うのであった。一刀は、さり気なく密かに腹式呼吸で吸引する。何気にイカガワシイ気がMAXに溢れてきていた。

 昨夜の宴会でも司馬敏のスピードはある程度分かっていたが、これは相当なものだと一刀は思った。

 さらに鋭い剣撃は続く。一刀も一瞬の隙に腰から剣を抜き、体へ当たりそうな剣撃を逸らそうとするが裁き切れない太刀筋があった。引いて躱していたが、背に竹林が迫り高級そうなこの服が切られる位置取りだったので、『超速気』を使って一瞬で彼女の後ろへ回り込む形に位置を入れ替えた。その一刀の圧倒的な高速の動きに司馬敏は歓喜する。

 

「す、すごいですーー! 今のは当たる軌道(寸止めするつもり)と思ったのですが。北郷様は、話に聞いていた通り流石な方ですね!」

「えーと、どんな感じの話で聞いているの? 俺は、その辺りも含めて以前の記憶がしばらく無くてね」

 

 司馬防から現場の状況は聞いているが、変に尾ひれが付いていないか気になった。『人外』や『仙人』と言う感じで捉えられると危険な気がしたからだ。

 すると司馬敏は、剣を持っていない右手の人差し指を、癖なのか自然に唇下へ軽く当てながら言い始める。

 

「相手は大柄な剛剣の使い手で、その強烈な力のある上段からの一撃を、北郷様が素手で掴んだと同時にその者の腹へ凄まじい拳を見舞って一発で倒してしまわれたと! 私もさすがに素手で剣を掴めるほどの修練を積んでいませんので尊敬いたします!」

 

 とりあえず、聞いた内容には酷い誇張はないようなので安心する一刀だった。司馬敏は更に聞いてくる。

 

「北郷様、剣の剛撃を容易く素手で掴めるものなのでしょうか?」

 

 彼女は一刀の答えにすごく期待を寄せた眼差しを向けてきた。

 

「俺の場合は、はっきりと見えてたし、『硬気功』があるから出来たけど、普通はやらない方がいい。片腕が無くなる確率の方が遥かに高いから」

「普通はそうですよね! でも『硬気功』ですか、凄いですね! 話には聞いたりしますが、出来る方は皆、老練な方が多いので」

 

 人の世界での『硬気功』がどんなものなのか聞いてみたくて一刀は質問する。

 

「へぇ、出来るって老師の方はどんな感じなの?」

「そうですねぇ、剣を腕で受けたり、鋭い刃を幾つも並べた床に横になったり、素手で大きな岩石を砕いたり……ですね」

「おお、すげぇ」

 

 一刀は自分でも出来る事だが、修行すれば可能にしてしまう『人』はやっぱり凄いなと思った。

 それから再び、司馬敏が「手合せの続きをお願いします!」と言って剣練は再開された。一刀にとって久しぶりの訓練でもあったが、涼しい早朝から忘れていた物を思い出した感じがして引き締まるのだった。

 とりあえず、馬脚を現すこともなく半時(一時間)程、剣の練習が続けられた。一刀は『無限の気力』によって、体力的には息も乱れず、ほぼ疲労の無いの状態のままだった。

 司馬敏は、少し息が上がっていたが満足したように剣を収めると――― 同じく一刀も剣を収めたが、早朝から起こされ寝不足からか些か精神的に疲れ気味の腕へ、彼女はそのお詫びと言うわけではなさそうな無邪気な感じでしがみ付いてきた。

 しかしご褒美なのか……当然若々しい汗に香しく匂い立つ、形の良い柔らかな胸が当たってくる。

 驚いた一刀は、確認の声を掛ける。

 

「ど、どうしたの、幼達?」

 

 しかしその質問を素通りするように、司馬敏は可愛く聞いてくる。

 

「あのー、失礼でなければ、兄上様と呼んでもいいですか?」

「えっ?」

 

 なぜに兄上様?と思っていると司馬敏は話し出す。

 

「今まで、稽古と言えば明華(ミンファ)姉上様が――あっ仲達姉上様です! 以前は多く付き合ってもらっていたのですが、最近は少なくなり寂しかったのです。また、家中に仕えるものの中には手合せに足る者が余り居なかったですし。そんな中、久しぶりに力のある方に出会えました! それも男の方です。母上様は言っていました。コレと言う師となる男の人に出会えることは少ないでしょうと。それで、あの……分かりやすい『縁』をと……駄目ですか?」

 

 彼女の真っ直ぐな目で見られると断れる気がしなかった。一刀は応えてあげた。

 

「ああ、分かった。いいよ兄上様で」

 

 一刀は優しく笑顔を司馬敏へ返した。

 すると彼女は会心の笑顔と共に、その一刀の優しい思いと姿に、ビビッと震えるようになったと思うと姿勢を正して、その自身の想いを述べていく。

 

「あの、それから! 私より遥かにお強い兄上様を尊敬し、出会えたことを喜び……そして若輩ながら、熱く一生お慕い申し上げます!」

 

 彼女は、顔を真っ赤にして恥ずかしがりながらも一刀の目をしっかりと見て言ってくる。

 

「その……色々と、末永くお願いいたしいます、兄上様♪」

「えっ……あれれ?」

 

 一刀……末娘にさり気なく『終身想われ宣言』されていた。大人気である。

 

 一刀ら二人は、司馬敏が一刀の腕にベッタリとしがみ付いている事もあり、剣の話をしながら時間が掛ってゆっくりとした感じで庭から客間の傍まで戻って来た。

 すると――そんな二人に複数の姦しい声がほぼ同時に掛けられる。すぐにその声の主らが傍に集まって来ると包囲されてしまった。

 

「まぁ~シャオ(小嵐華……シャオランファの略:司馬敏)さん~ズルいですわ~」

「ふん、ほ、北郷様と妹がくっ付いて歩いているなんて……うらやま――ゲッフン、ハレンチです!」

「小嵐華、一人でとはどういう事なのか、ハッキリと詳しい説明をしてもらいたいですね」

「……ぁぁぅ、……ぃぃなぁ…っ…」

 

 司馬馗、司馬恂、司馬進、司馬通であった。一刀としてはまだそれぞれをきちんと認識出来ない姉妹達と言える。

 朝から、姦しくワイワイと可愛い少女達に囲まれ、サワサワと触れられる人気の一刀だった。

 

 

 

つづく

 

 

 




2014年06月26日 投稿
2014年06月27日 加筆修正
2014年07月05日 一部修正
2014年10月06日 文章修正
2015年03月22日 文章修正(八令嬢の真名変更、時間表現含む)
2015年03月28日 文章修正



 解説)罪(積み)重ね
 司馬孚を容姿を見て『狂って』しまった者は、彼女程の容姿でなければ許容(興奮)出来なくなってしまう『呪い』的なものが掛るようなのであった。
 司馬孚への異常な興味は一週間ほど会わなければ薄れていくのだが、容姿の許容は長年持続するようである。
 そのため、司馬孚は外を歩く時には白い薄布で顔を隠しているのだった。



 解説)ギリギリ二十代な司馬防さんのヒ・ミ・ツ♡
 これは、今は誰にも言えないお話なんです。
 八人の娘を持っている為、『周囲の目』的に夜の経験が『非常に豊富』そうな彼女でありますが……実は、流行病で十年以上前に他界した彼女の亡き夫が、極限に夜の生活について淡泊な人物であったそうなのです。
 彼女はそうではなかったので(いや――むしろ……ダイヌキ)、これまでも家名に傷を付けぬようにと操を守ってきて、イロイロと辛かったようです。
 そのため、八人もの娘が居ながら夜の経験が―――非常~に少なかったりするのであります。
 一刀に対してどこか初々しいのは、その事も大きいようです。
 亡き夫については人柄は敬愛していましたが、男女の気持ちとしては微妙でした。
 絶倫そうな一刀へ、夜を(非常に)期待している彼女がいます。
 ……しかし八人……亡き夫な人物の命中率が驚異的なのか、タイミングがドンピシャで良かったのだろうか……(爆



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