真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~   作:カメル~ン

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第➋➊話

 

 

 

 公孫賛。字は伯珪(はくけい)。赤毛で首程までの短めなポニーに、前を分けたお姫様カットの髪型。優しげな表情を象徴する少し大き目の茶色掛った瞳。しかし、しっかりした意志を表す力強い眉が印象的。肩を露出させ、腰下から前に長めの垂布のある朱色系の着物と袖布を纏い、膝上までの黒い短目のスカートに、足元は朱色のロングブーツ風の靴を履く。加えて普通に控えめな胸元から腹部に掛けてを守る金細工の入った手甲を含む『普通の鎧』を装備し、戦時には腰へ愛用する『普通の剣』を差していた。

 袁紹陣営内部に不気味な影が差す少し前、その北方の近隣に勢力を有する公孫賛は、先の黄巾党討伐の功により、元々自らの地盤であった幽州の遼西郡太守として正式に任じられ、足場を固めつつあった。

 また、加えて幽州の西中央に位置する涿郡太守も兼任する事になり、横に細長い州内で挟み込むような領地の効果により州全体へ急速に勢力を伸ばそうとしていた。

 公孫賛には不得意な分野は殆どなかった。軍事、内政、外交となんでも普通にそつ無く熟せた。

 彼女自身は大それた野望家ではない。

 だが、代々二千石(郡太守クラス)であった有力豪族の家柄であった。

 そのためか祖先に恥じない家の格式を守り、さらに発展させて一族の中で名前を残したいという思いはあった。

 それは―――幽州の州牧になり、のちに可能なら中央より王として封ぜられて代々幽州を治めることだ。

 だがそれには配下に多くの優秀な人材が不可欠であった。

 そのため趙雲には、彼女が客将的な位置にいるにも関わらず、彼女の故郷である常山郡に近い涿郡太守代行の要職に着かせていた。

 公孫賛には妹の公孫越がいるが、妹ではなく趙雲にその任をあたえていた。その人事は趙雲という人物を知る公孫越も納得してのことであった。

 趙雲。字は子龍。少し高めの鼻に小さ目な形の良い唇、細めの顎等の美しい顔立ち。そして紫色の鋭い眼光はすべてを射抜くように鋭い。僅かにグレイ掛った水色の美しい肩ほどまでの長さにて、奥に向かって斜めに切り上げるように揃えられた髪を靡かせる。白い絹のような滑らかな生地で裾が短く、袖に蝶の羽模様な絵柄を刺繍された着物を纏う。また、先が足首ほどまでもある、褪せた紫色風の長帯を締め、足には太腿の途中まで着物と同様の白い長めの足袋を履く。足元は芸者の履く「おこぼ」風な履物だ。そして強さの証明なのか、彼女は鎧の類を一切身に着けていない。

 幽州は、しばしば匈奴や烏桓族等の外部勢力が侵入してくることもあり、反乱等も多く元々不安定な治安地域であった。そんな状況に趙雲は常山より義勇兵を率いて、幽州内で孤軍奮闘していた公孫賛に加勢し、徐々に協力するようになった。

 趙雲の故郷は冀州常山郡にある。そこは、幽州に近い事もあり幽州内の治安の影響を大きく受ける場所なのだった。また、趙雲自身もこの乱れ始めた世の中を鎮める力を持つ真の英雄に仕えたいために、より大きな勢力の元で名を上げておく必要があると考えていた。丁度このころに、行き当たり的発想で公孫賛の元を訪れた劉備達とも共闘している。

 公孫賛にとって趙雲は、武将として非常に大きな戦力になった。公孫賛自身も戦えば普通に強いのだが、趙雲はキレが違った。その単騎での武勇だけを見ても幽州一だと公孫賛は確信している。

 武装する相手が千人いようと臆することなく駆け抜け、彼女の通ったあとには自慢の直刀槍「龍牙(りゅうが)」 にて一撃のもとに倒された者らが累々と倒れている光景を幾度も見せられた。

 また、趙雲は頭もよく回った。公孫賛は盧植将軍の元で経書・兵学を学んだが、趙雲は直感と戦場での空気だけで小ズルい賊や反乱軍の参謀らの裏を巧みに掻いてみせた。

 そのため、将として一軍を率いても連戦連勝であった。

 だが最近趙雲は、時間があれば兵法書なども読むようになっていた。裕福な公孫賛の元には貴重で高価な書物が多数あった。将来の主に、より早く認めてもらえるように、自分の知識や見聞の幅をさらに広げるために努力していたのだ。

 そんな姿の趙雲をたまに見る公孫賛は、よく食事をともにするのだが、度々同じ話を振っている。

 

「星(せい:趙雲)、そろそろきちんと私からの俸禄を受け取らないか? お前の働きなら言い値を出すから」

 

 そう、趙雲へ正式に配下になってもらおうと、公孫賛は度々勧誘していたのだ。涿郡太守代行も、地位と共に趙雲に好きなだけ俸禄を取っていいからという裏返しの意味があった。

 しかし、配下にという件に関しての趙雲の返事はいつもそっけないものだった。

 太守代行にいたっても、手早く領内の不安勢力へ直接赴いて掃討したり釘を刺し、領内運営も要点をテキパキと文官たちに指示すると同行させていた公孫越へ監視を任せて、早々に遼西郡へ戻って来ていた。

 

「白蓮(ぱいれん:公孫賛)殿、とてもありがたい話だが、いつも言っている通り私はまだ道の途中にすぎず、真の主を決めるまでは俸禄や要職を貰うつもりはないのです。他人の話や噂ではなく一度世を回り、主は自分の目で見定めたい。その結果、白蓮殿が主に相応しいと決めた時は謹んで俸禄をいただこう。今は友ということで勘弁してくだされ」

 

 二人で酒を酌み交わしながらの意見交換が続き、気が付けば夜が開けているのだ。公孫賛はその話の中で出て来た、趙雲の意に沿うような領地運営をしているつもりである。軍備を揃え、治安を安定させ、治水や災害に備え、税を抑えた民にやさしい豊かな領地作りを。

 だが、趙雲が求める主の目指すもの―――それは州に留まらず、この大陸全域に及ぶもののようであった。

 公孫賛は思う。そんなことが可能だとすれば『皇帝』だけだと。

 しかし、すでに今の中央にはそんな力は存在しない。

 今は純粋な力において、各地の有力な諸侯の方が圧倒的になりつつある。現実的に中央を超える力を持つ諸侯の数は、すでに十を優に超えるほどもあるのだ。もはや中央は都である洛陽周辺のみを支配しているだけで、国としては諸侯からのおこぼれで存続している状態と言えた。

 

 趙雲の望む主(あるじ)像は、現実から遠い夢物語に過ぎない―――と。

 

 

 

 そんなある日、趙雲が「白蓮殿、散歩しながら話をしよう」と公孫賛に言って来た。

 趙雲は公孫賛に感謝していた。

 幽州の安定と共に隣接する故郷の常山郡の治安も改善されていった。そして、黄巾党の討伐に大きな勢力と言える公孫賛勢力の一員として参加させてもらい、武功と名を上げることが出来た。個人での討伐参加であれば、ここまで名を上げる事は出来なかっただろう。

 しかし中央から、公孫賛へ新しい領地として涿郡太守の兼任が貰えたことで恩を返せたように思えたのであった。

 二人は公孫賛の現在の居城になっている遼西郡令支県の令支城の城壁から、少し日が傾き出した城外の雄大な自然を静かに並んで眺めていた。

 

「白蓮殿、私は近いうちに世の中を見る旅に出るつもりだ」

「そうか……要るものがあれば遠慮なく言ってくれ。友として可能な限り揃えよう。兵が必要なら千でも一万でも連れて行くといい」

 

 驚いたふうに自分へ振り向く趙雲へ、公孫賛は笑顔でそう言った。

 公孫賛は趙雲という友を気に入っていた。もう引き留める人事は尽くしたつもりである。その友が行くというのだ。あとは気持ちよく旅立たせてやるだけである。

 

「すまんな、白蓮殿」

「正直、星が抜けるのはかなりキツイけどな。だが、それでもしっかりやっていけるところを、外から星に見てもらうのも悪くないだろ。まあ、少しは主選びで贔屓目に見てくれよ。で、何が必要なんだ?」

「とりあえず、単身で身軽に動いて回るつもりだから、これと言うものは無いな。すでに当分路銀に困らない分は報奨金で貰ってるしな」

 

 趙雲は黄巾党討伐時に多数の敵の将を討った報奨金が、すでに個人なら十年以上楽に遊んで暮らせるだけはあったが、その総量だけでも持って移動するには困る量になっていたのだ。

 

「そうだな……では、飛びきりうまい酒と極上のメンマをお願いしようか」

「ははは。星らしいな、分かった。私が自分で探して選んで手渡そう。それで、どの辺りを回るつもりなんだ?」

「とりあえず、一通りは。袁紹に曹操、張角に陶謙、孫堅に袁術、董卓に馬騰、劉焉に劉表、その周りの勢力や洛陽も見てこようと思っている」

 

 この時、趙雲の頭の片隅に、かつてこの地で共に戦った劉備達の姿が浮かんだのだが、未だ勢力として名声を聞くことがない事から、今の所は主の候補に挙がることはなかった。

 公孫賛は、趙雲の言葉を聞くと一瞬、回り終わったら戻って来て各勢力の情報を聞かせて貰えればと言おうとした。馬を使えば趙雲なら、半年もあれば大陸全土を優に回れるだろう。

 だがすぐに、それは頼める話ではないと気が付いた。新しい主にのみ、それらの情報は伝えられる事なのだろう。

 

「そうか。しかし中央もか……まあ、星ならどこに行こうと心配することはないけどな。いつ出発するのか知らせてくれよ。前の夜は、宴会を開いてとことん飲むぞぉ!」

「うむ、必ず知らせよう」

 

 二人はまた、しばらく城外の自然の眺めを静かに並んで眺めているのだった。

 こんなのんびりした時間は、もう二度とないかもしれない。

 互いにそう思いながら―――。

 

 

 

 趙雲は身辺整理を進め、十日が経った。あと二日もあれば、引継ぎ等にも目処が立つと思われた。

 そのため趙雲は、三日後に出立する旨を公孫賛へ伝えようとして宮城へ出仕すると、文官より袁紹からの使者が来るということで、丁度趙雲へもその事について知らせを出そうとしていたところだったと聞かされる。

 現在、公孫賛は袁紹とは割と良好な関係にある。

 黄巾党の討伐では、轡を並べてと言う形で同一の戦場でまみえたことはないが、洛陽での論功行賞では顔を合わせ、のちの酒宴では隣席となり気軽に話ができる間柄となっていた。

 「毎日顔を突き合わすのには大変な連中だよ」と、苦笑いをしながら公孫賛から聞かされた時の事を趙雲は思い出した。

 とりあえず、趙雲は公孫賛の執務室へと向かう。

 執務室に着くと、公孫賛は「いいところに来た」と部屋の中へ迎えてくれ、先の文官が言っていた袁紹からの使者についての話になった。

 

「正式な使者は、二日後にくると遣いの書状には書れていたな」

 

 公孫賛からそう告げられて、趙雲は、んっと一瞬表情が固まりかけた。

 今、三日後に出立する旨を伝えるわけにはいかなくなったからだ。

 公孫賛も今は余り趙雲に面倒は掛けられないのは分かっていたが、相手が袁紹となると趙雲がいる間に使者からの内容だけは、しっかりと確認し対処しておきたかったのだ。

 一方趙雲も乗りかかった船だと思い、また出立も最悪伸ばしても問題はなかったので、話を先に進めることにした。

 

「で、誰が来ることに? それに要件が気になるところだな」

「確か郭図と書いてあったはずだが……」

 

 そう言って公孫賛は、紙に書かれた書状を箱から取り出し、趙雲へ手渡した。

 

「郭図……確かやり手の文官だったな。なになに、んー、要約すると友好のための贈り物と親書を届けにくる……か」

「星には袁紹の手前、ウチの顔役の一人として謁見には立ち会ってくれよ」

 

 確かに、実質幽州一の将軍となっていた趙雲がいるといないとでは大違いと言える。なんと言っても相手はすでに大陸でも五本の指に入るであろう勢力規模の袁紹なのだ。公孫賛の考えはよく分かる。

 

「分かった。この謁見には立ち会おう」

「助かるよぉ、星」

 

 公孫賛に少し涙目で頼まれると、もはや趙雲に断ることは出来なかった。

 だが、この決断が最凶の展開になろうとは、このときには誰も気付けるはずもなかったのである。

 

 

 

 

 

 

「兄上様ーー、おはようございます! 幼達です! 今日も朝の鍛錬に付き合っていただきたいのですがーー!」

 

 昨日の朝同様に早朝からイチョウの葉のような扇状の髪を揺らし、司馬家八女で末っ子な司馬敏の元気一杯な挨拶に始まる。彼女は一刀の客間の扉前で、元気よく何度も叫んでくれていた。一刀は司馬防との夜の後、仮眠的に横になっていたが最早寝れる状況では無くなっていた。『司馬家』の朝がやって来る。

 一刀は「分かったよ~」と少し力の無い返事をして、急ぎ服を自分で着替えて扉の外へ出た。

 すると、先ほどから司馬敏により繰り返された大きな掛け声のような挨拶によって起きたのか、他の姉妹の、司馬馗、司馬恂、司馬進、司馬通までもが互いにおはようの挨拶と共に、一刀の所へ集まって来ていたのだ。

 そのため、一刀は部屋から出た庭に面した広い廊下にて、あっという間に下の五人の姉妹に挨拶ともに、いっぱいおっぱい攻めで周りを囲まれてしまっていた。

 

 一刀は正直まだ、『眠かった』。

 

 しかし、決してそれを悟られてはイケナイ。特にその理由である『やん事無き事情』については。

 一応昨晩は客間に戻ってから、司馬防が訪れてくるまでの一時半(三時間)程は横にはなっていたし、彼女の去った後の半時(一時間)程も『速気』による加速の中で、体感時間の延長によって数時分に相当する時間は休めているはずなのだ。

 だが―――

 

「兄(にい)様、いささか眠そうですね? 夜中はナニカがあって良く寝れなかったのでしょうか」

 

 おかっぱ髪で六女なハキハキ者の司馬進は、ハッキリと疑問を言ってきた。

 ギクリ。

 

(おかっぱの子……無口な七女の一つ上の子だっけ。確か『進が恵』……司馬進 恵達か)

 

 一刀は、腰痛や首の骨が軋む音だったほうが、全然マシであろうと思うほど内心にイヤな衝撃を受ける。

 司馬進の言葉が呼び水になったのか、さらに―――

 

 腰ほどまで届くふわふわのウェーブの髪を揺らしつつな四女の司馬馗と、掛けた眼鏡を右人差し指で直しつつ、太腿まである見事なストレートロングな五女司馬恂と、呼びに来ていた末妹の司馬敏が口を開く。

 

「確かに~兄上様~朝なのに~少しお疲れのように感じ~ます」

「お兄様、夜中に私の事を考えていて眠れなかったと……? ハレンチな! でも……仕方ないですね♡」

「兄上様、元気がありません! 寝不足なのですか?」

 

 そして……腰程までの優美なカーブの髪を持ち、とても優雅な雰囲気で無口な七女司馬通にまでも指摘された。

 

「……ぁにぃさまぁ………眠そぅ………」

 

 一刀は思った。自分は人を謀(たばか)るのがヘタなのではと……。

 しかし、ココは如何なる犠牲を払っても、切り抜けなければらないだろう。

 だが、そこで庭横の小道に絶世の美女が静かに佇んでいるのに気が付いた。

 

(……蘭華?)

 

 司馬孚は美しい声であったがまさに棒読みのような挨拶をしてきたのだ。

 

「おはようございます、一刀様」

 

 彼女は、いつから居たんだろう……。

 そして――少し俯いた陰のあるその表情からは、イヤな予感しかしてこない。

 続けて、司馬孚は情け容赦なく一刀へ追い打ちを掛けてきた。

 

「そう言えば、皆が寝静まった昨夜遅くに、お母様が『北の屋敷』からナゼか南への廊下を歩いていくのを見掛けましたが……」

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 下の五人姉妹に動揺が走る。

 さらに――客間の食堂方面通路の曲がり角の辺りから静かに現れた司馬朗が、トドメにボソリ。

 

「一刀様……昨夜遅くから日が昇る前までの長ぁい時間に、一刀様の客間の中で母様と……お二人で一体何を……?」

「「「「「「え゛ええっーー!?」」」」」」

(だがらなぜ、何時からそこにいて、核心すぎるそれを知っているんですか、優華さん!)

 

 その内容に、下の五人姉妹に加え、司馬孚も激しい驚きの声をあげる。

 最高機密のはずが……すでに一刀は、たった半時(一時間)後の早朝より姉妹らから四面楚歌で完全包囲されているらしい。

 外からは見えないが、一刀の背中に流れる嫌な汗が最早止まらない。

 一刀の持つ偏差値五十ちょっとの頭脳が、この難題を解決しようと『速気』発動とともにフル回転する。

 まず、冷静に問題になりそうなキーワードを集め整理してみる。

 『皆が寝静まり』『誰にも気付かれないであろう夜遅くに』『彼女らの母親と』『皆の寝所から少し離れた客間で』『男女が長時間も二人きりに』……。

 そして、纏めてみる――――う~ん、そこから導き出される答えは……ヤバイものしか……ないよ。

 

 

 

 そう。

 生々しく『ハレンチ』で『イカガワシイ』答えしか浮かんでこないのである!

 

 

 

 やはり少なからず寝不足で焦りのある思考では、いささかも都合の良い言い訳を、思いつけないのであった。

 これはもはや、彼女らの敬愛する母親に対して、好き放題トンデモなくイケナイことを散々してしまった男だと思われてしまうしかないのか……。しかも、ほぼ事実な事だと言える。

 それは、司馬家に滞在する身において……『絶体絶命』に他ならない。

 そういう考えが思考に充満し、精神を追いつめられつつあった一刀であったが、この決着はあっさりと付けられてしまうのだった。

 

「どうしたのです、娘達よ。今日も、一刀殿の部屋の前に集まって姦しいことね」

 

 なんと、厳しい母な司馬防の登場である。それも少し前に廊下へひっそり現れた司馬朗の、更にその斜め後ろへ静かに立っていたのだ。

 司馬朗は余りの不意のことに、ビクリと硬直してその場に立ち尽くしていた。

 司馬防は母親の貫禄を漂わせ凛としており、その場の一刀と娘達を見渡せる位置に立つ姿からは、眠気など微塵も感じさせなかった。

 司馬防は良く通る声で話し出す。

 

「聞いていれば、一刀殿の寝不足気味な話から、私と一刀殿との話になっているようですけれど……一刀殿に問題など少しもありません。いいですか、一人前の成人した娘としてすでに字を贈り私の認めた自慢の娘達よ。今は独身の私が、夜中に自らの家で、昨日私の真名を預けた一刀殿の部屋へ行き、私から相談をしながらお願いして、あなた達の『弟を作る』行為をしたとして、何か問題でもありますか? あなた達も好きな殿方に振り向いて欲しいのであれば、機会を待つだけでなく可能なれば自らも積極的に行動なさい」

「お母様……」

「「「「「…………」」」」」

「……母……様……」

 

 一刀を庇うような母である司馬防の強い意志の籠もった言葉に、司馬朗を初め娘達は返す言葉が無かった。しかし―――

 

(いやいやいや、水華さん! 『弟(妹かも)を作る』という行為は、『まだ』していないと思うんですけどぉぉぉーーー)

 

 一刀の心の中の叫び声は、外の誰に聞こえない。

 いや、声を出せなかった。司馬防から一刀へ『今、イイところなの!一刀殿は余計な事は言わないで』と表情と目が訴えていたためだ。

 司馬防は娘達へ、欲しいものは自分の意思と力で掴んで欲しいということと、愛する男を奪う女の戦いを教えているかのようにも思えた。

 その光景は、見ようによっては日本神話の恐ろしい『八頭のオロチ』……イヤ、一刀の知る伝説の『ヤツマタのオチ』の前触れのようであった……。

 

 「ははっ……」と乾いた笑いの声が、いつの間にか一刀の口から零れていた。

 

 ちなみにそのころ司馬懿は、庭で剣の軽い鍛錬を終え、『寛ぎの広間』で一人のんびりとお茶を飲みながら一息付いている所だった。

 

 

 

 さて、司馬防の娘達への言葉で固まっていたその場であったが、一刀の方を向いて放ったいつもは無口な司馬通の衝撃的な一言で再び『革新的』に動き出す。

 

「ぇっと………じゃぁ……ぁにぃさまぁは………ぉ、ぉとぅさまぁ……に?」

「「「「「「「お父様ぁ!?」」」」」」」

 

 悲鳴交じりの多数の困惑の声が、客間横の庭の中に響く。

 確かに司馬防と婚姻することにでもなれば、そうなってしまう訳だが……一刀はまだ十●歳なのだ。

 一刀にとっても『お父様』という呼ばれ方は、かなり違和感のある呼称と言えた。そして、長女の司馬朗が一刀よりも年上という事に加え、何と言っても一気に八人も娘が出来ちゃうという事象にも。

 しかし司馬防は、この件の重要要因についても、さっさと皆に告げてしまう。

 

「それは―――一刀殿が、誰を正妻にするかで決まることです」

「「「「「「「………!!」」」」」」」

 

 そう、正妻は一人なのだ。それ以外の妻は厳密には妾扱いとなるのだ。

 加えて、司馬防は一刀の方を見て優しく告げる。

 

「でも私は、一刀殿の妻の一人に数えて頂ければそれで……満足ですよ」

 

 司馬防以外が一刀の正妻になれば、司馬朗らにとって一刀が家系上で義父になることはない。そして、皆が妻であれば、一刀に対して母と娘達は同格となる形だ。

 まあ、その場合でも少々倫理的な問題が残るような気がしないでもないが。

 とにかく、一刀が司馬家に来てまだ三日目の朝にも関わらず、トンデモナイ展開になっているのであった。

 そう、『司馬家の娘達』は、あらゆる意味で司馬防の子であったのだ。普通なら母親と肉欲的な密通者に対して、嫌悪感を抱く者が出るはずであった。

 ところが……『この程度』ではこの場の誰一人、想いがへし折れる事などなかったのである。あの、無口で非常に気弱だと一刀が思っていた司馬通でさえも。

 またしても、その彼女が初めに動き出す。

 

「…………ぁにぃさまぁは……みぃんなのぉ……だぁんな……さまぁ……♪ わたくしぃの……まなぁは……思華(フーファ)……ですぅ……」

 

 気に入った一刀とずっと居られて、姉妹らも一緒で人見知りする心配が少なくなると考え、司馬通はそう言いながら嬉しそうに一刀を見ていた。

 

「わ、私は別に。けど……どうしても私をと、お兄様が言うのなら……真名は環華(ファンファ)よ」

 

 真っ赤な顔で眼鏡を何度も指で掛け直しながら、司馬恂はレンズ越しで上目遣いにチラチラと一刀を見てくる。

 一刀は何も言っていないのだが……真名まで預けてしまう彼女であった。

 

「兄上様~、お会いしてから~ずっとお慕いして~いますわ~。私の真名は~和華(ホウファ)~です。今宵は~私のお部屋へどう~です?」

 

 ほわわんと照れながらも、ふわふわヘアーの司馬馗はお誘いの言葉と共に一刀を熱く見つめていた。

 

「兄様は、勇気と思いやりがあって頼り甲斐があり、そして……夜も優しそうで、夫にしたい私の理想の男性です。是非よろしくお願いします! 真名は白華(パイファ)です」

 

 司馬進は頬を染めながらも、真っ直ぐ一刀を見つめながらハッキリと気持ちも言ってしまうのだった。

 

「兄上様! 元気だけが取り柄の私ですが、末永くよろしくです! 私は小嵐華(シャオランファ)です!」

 

 司馬敏は、いつも通りに元気一杯に一刀を見つめている。

 

 出会って間も短く、一刀自身まだ判別すら怪しい状態で、司馬懿以外の真名を預けられてしまった。

 揃いもそろって思い切りが良すぎる彼女達だが、僅かな好機や隙を見極め逃さない、迅速な先手必勝の『司馬家』の血が、司馬防の教えがそうさせるのだろう。

 積極的な下の五人姉妹の熱い告白と行動に、司馬防は微笑ましく見ている。

 

「あらあら……(全員?)。一刀殿、これは当分寝不足が続きそうですわね♡」

 

 すでに先日、一刀へ想いをぶつけていた司馬朗と司馬孚であったが、今の母の言葉や下の五人姉妹の気持ちの入った告白に、この場で黙っていることなど出来なかった。

 一刀以外には『後がない』司馬孚が、先に一歩一刀の方へ踏み出して、可憐に頬を赤く染めつつ美しい声で話し出す。

 

「わ、私には、すでに真名を預けた一刀様しかいないのです。他には誰も、良人になれる人はいません! もうどこまでも、貴方様に付いていきますから!」

「蘭華……」

 

 一刀は、司馬孚が全く諦めていない事を改めて知る。

 下の五人の姉妹からは、司馬孚がいつの間に『真名預け』の先手を取っていたのかと少し驚きの声があがる。『司馬家』では血縁以外に真名を預けることは非常に愛しい者だけへの……求婚に匹敵する証と言えるからだ。

 加えて、司馬孚の事情を知る司馬家の面々は、今の熱い発言の重さを知っているのだった。

 

 そして―――司馬朗も長子として司馬家を背負いながらの、重く、その熱い想いを一刀へ静かにぶつける。

 

「私の真名を預けた一刀様。私に……仕官の誘いが来ているお話を覚えていますよね?」

 

 「えぇっ!?」と下の五人の姉妹から再び僅かに驚きの声があがる。司馬孚に加えて司馬朗までが一刀に真名を預けている事と、初めて長姉に来た仕官の誘いの話もあったからだ。それを下の五人の姉妹は、今知ったのである。

 一刀は、司馬朗の方へ顔を向け小さく頷く。

 

「うん、優華さん」

 

 未だ何処かへの仕官なのか知らない一刀だったが、彼女は仕官先へ運命の返事を早々にしなくてはいけないはずなのだ。それはもう、数日のうちに。

 司馬朗は静かに続きを話し出す。言葉に力と想いを込めて。

 

「一刀様、私の……『夫』として共に―――曹孟徳様へ仕えましょう! 貴方となら共にどこまでも歩んでいけます!」

 

 司馬朗は、本当はついでに『背の高過ぎる私に、初めて可愛いと言ってくれた愛しい貴方しかいません!』と熱く、想いの核心を伝えたかったのだが、司馬孚に被る気がしてここで言うことを控えていた。

 

 「曹……孟徳……様……?」

 

 一刀には、司馬朗の再度の告白も衝撃だが、その仕官先の名前はそれ以上に来るものがあった。

 下の五人姉妹達も、長姉の仕官の誘い先があの仕官最難関と言われている、曹操陣営だと聞いてどよめいていた。

 一刀は、トンデモナイものを聞いてしまった気がした。だが、一刀の知る歴史上の司馬懿は曹操の配下なのを思い出す。

 この司馬家の司馬懿は、姉の司馬朗の良き協力者だ。司馬朗が曹操の所に行けば当然、司馬懿も曹操陣営に協力することになることだろう。そして、いずれその偉才が曹操の目に留まって……。

 歴史は、繰り返されるということか。

 いや、これは司馬朗が真剣に考え、最善として決断した事なのだろう。

 

(しかし―――俺が?! 三国志の主役ともいえる、あの……曹操に? 仕える?)

 

 それは一刀には『想像が出来ない』、『よく分からない』事であった。

 そんな様子が伺える一刀を見ながら、司馬朗はその決意を口にする。

 

「本日、仕官を受ける旨の書状を曹孟徳様へ出します。一刀様、あなたの事はその手紙には『まだ』加えません。ですが、私は次の手紙には『夫も』と書けるようにするつもりですから」

 

 顔を恥ずかしさで赤らめながらも、司馬朗は一刀と目を合わせ見つめながらそう強く言い切る。

 もうその想いは、止められないのである。

 一刀は色々なことが起こり過ぎていて即答出来ずにいた。

 

「もう……決めたのですね、優華」

 

 そう声を掛けてきた後ろに立つ司馬防へ、司馬朗はゆっくりと振りかえると、家の長子としての考えを伝えた。

 

「はい、母様。司馬家の大きな発展の為には、現状で最善の選択だと判断しました」

「……わかりました。頑張りなさい」

 

 司馬防は、穏やかな優しい表情で愛娘である司馬朗の決断を励ました。

 

「優華姉様……」

 

 司馬孚が司馬朗へ声を掛ける。

 司馬孚も、姉をずっと助けていきたいと強く思ってきた妹なのだ。

 司馬朗が曹操陣営へ仕官するのなら、一刀に付いていくと言っている司馬孚が姉へ協力するには、一刀を曹操陣営へ引き込むしかないと言える。

 司馬朗は、司馬孚へ静かに頷いた。

 下の五人の姉妹達も、姉をずっと助けていきたいという思いは同じである。

 

「「優華姉上様」」

「「優華姉様(!)」」

「……優華ぁねぇさまぁ」

 

 姉の決起宣言とも言える告白内容の言葉に、少し心配そうにしている下の妹達へ、司馬朗は優しい笑顔で答える。

 

「大丈夫よ、貴方たちの姉を信じなさい」

「「「「「はい」」」」」

 

 妹達は長姉が優しいだけの人物ではない事を良く知っていた。すでに母が中央での職務中の司馬家も立派に切り盛りしているのを見て来た。

 そんな長姉の言葉に、妹達は普段通りの雰囲気を取り戻していた。

 それはすなわち―――一刀争奪戦の再開である。

 

 もう母子達としては、互いの気持ちを暴露した告白宣言により、彼女達の中で一刀はすでに皆の共有財産的立ち位置になっているのであった。

 そのため、争奪戦といっても一刀に相手をしてもらう、構ってもらう時間の奪い合いということになる。

 それにまだ気づいていないのは、一刀ただ一人なのは言うまでもない。ゆえに、一刀には固まっている時間などもはや無い感じだ。

 司馬家の女達は、互いの気心を知る以上、もはや遠慮などしないのである。

 まだまだ早朝であり、時間としては辰時初刻(午前六時)にもなっていない。

 

「兄上様! さあ、この嫁の小嵐華と優しくカッコよく剣術や夜の稽古をしてください!」

「シャオラン、ずるい~ですわ。今日は~私の番~です。兄上様~、部屋でゆっくり~私の作っている~兄上様縫い包み(ぬいぐるみ)~人形の意見を~お願いします~です」

「兄様、私の部屋で朝食までの時間、夜の営みの形や子供の数など将来の話をして寛ぎましょう」

「ふん、お兄様。どうしてもと言うなら、私と手を繋いで庭を散歩した後に、部屋へ入れてあげてもいいけど?」

「……ぁにぃさまぁ……思華(フーファ)を…………かぁわいがってぇ……くださぁい……」

 

 よくよく内容を聞くと、キワドイものも多々あるのだが……。

 結局、最初の下の五人姉妹に姦しく囲われる状況に戻るのかと思えたが、少し違った展開を見せる。

 

「朝食まで時間がありますし……私の部屋にて、夜中に客間の中で一刀様がしていた事を……私にもしてくださいませ!」

「一刀様、今日の街会議に着る、私の体に『丁度』合う服を、私の部屋で体へ触れてジックリねっとりと選んでください」

 

 そう、さらに司馬孚と司馬朗も露骨に過激な発言で、妹達の作る一刀包囲網に加わって来たのだ。

 一刀は、もはや完全に超過密おっぱいおっぱいぃ~な状況になっていた。

 しかし、二日連夜で余り寝ていない一刀は、この贅沢に『ハレンチ』な状況を楽しみつつも切実に思うのであった。

 

(これも悪くないけど、全然悪くないんだけどぉ……何も考えないでゆっくりぐっすり寝たいなぁ……)

 

 そんな彼に助け船を出してくれるのは―――やはり司馬防であった。

 

「はいはい。可愛い娘達よ、一刀殿はお疲れですよ。みんなの気持ちはちゃんと伝えたのでしょう? だから、今は彼にゆっくりとした時間をあげるのも『良き妻』の務めですよ。『出来る妻』なら、一刀殿をせめて朝食前までの時間は休ませてあげましょう」

 

 母の発した『妻』関連の言葉に、娘達は一瞬の内に周囲の輪を解いてくれる。

 『良き妻』『出来る妻』……彼女達にとって良い響きであったのだ。

 

「ありがとう、みんな」

 

 一刀は時間をくれる司馬朗ら姉妹達にお礼を言い、そして廊下で優雅に佇む司馬防へ、僅かにはにかんで礼を返した。

 そして一刀は漸く、朝食までの一時(二時間)弱を睡眠に当てることが出来、眠気を飛ばすことが出来たのであった。

 

 いつもより少し遅い辰時正刻前(午前七時四十五分)頃に、一刀は母屋の食堂へ入った。

 食堂の円卓には、一刀以外皆すでに席へ着いていた。

 どうやら毎回席争奪戦は大変だと、二日サイクルでのくじ引き結果になった模様である。その中で司馬懿だけは、家族にお付き合いという感じであった。

 一刀の両脇は、ほわほわと喜んでいる司馬馗と、右の拳を握って小さく可愛くガッツポーズを取る美女司馬孚あった。

 

「では、いただきましょう」

「「「「「「「「いただき(~)ます(ぅ)」」」」」」」」

 

 司馬朗の挨拶で朝食が始まる。

 しばらく歓談を交えた朝食の席で、司馬朗はこの後、出席予定の街会議についての話をしてきた。

 

「一刀様、朝食の後しばらくしてから私と屋敷を出る事になります。時間は巳時正刻(午前十時)前になるかと。牛車にて一刻強(十五分)と少しで会議の行われる場所へ着きますので。そこで、私達の街の代表者らとの面会と会議になります」

 

 話を聞いた一刀はちょっと考えて司馬朗にお願いをする。

 

「出来れば、少し早く出てもいいかな? 街の中をちょっと回って見てみたいんだ。それと、久しぶりだからうまく乗れるのか自信ないけど、牛車ではなく馬に乗って回ったらダメかな?」

 

 一刀自身、雲華の所で旅立つ前の少しの期間、木馬に乗って練習したが実際の馬は初めてで少し不安な気持ちもあった。それでも好奇心が勝った。

 一刀の提案に、少し皆が驚く。

 家には格式というものがあり、司馬家の外出には概ね姿が見えないように、大きな車輪の付いた小部屋の車を引く形の牛車や馬車が使われていた。

 もはや司馬家で家族扱いの一刀なのである。

 すでに用意されている仮の衣装も、食堂に来る前に部屋へ運ばれてきたものを確認してきたのだが、生地だけではなく金銀宝石の装飾品までもがとても立派なものであった。

 

「あの一刀様、申し訳ありません。早く出て街を回ることはもちろん出来ますが、今日の外出は公事となりますので、馬を使うのあれば馬車となります。私的な用向きなら騎乗でも良いのですが……今日は……」

「ふふっ、一刀殿だけなら武人ですから、騎乗でも問題にはならないと思うのだけれど。それに実は公事だからと言って、車を必ず使う必要はないのです。今は多くが公事に車で移動しているけれど、私も馬で駆けて行ったこともあるんだから」

 

 司馬朗の意見に、司馬防が参考の話を挟んだ。しかし参考の話だけに留まらない。

 

「でも優華。本当は、車の中で一刀殿と密着して二人っきりになれるのがいいのよね?(本当は、優華も車を必ず使う必要はない事を知ってて言ってるのだから)」

「……やだぁ、母様……」

 

 司馬朗は、図星を突かれて真っ赤になって俯いてしまった。

 

「ははは……じゃあ、今日はのんびりと牛車で行きましょうか」

 

 ここで騎乗でとなると、司馬朗の立つ瀬がない感じになる。一刀は気を利かせ彼女の案を取り入れた。一刀のその答えを聞いて、彼女は俯いていた顔を上げ、一刀へ向けて嬉しそうに微笑む。

 

「……一刀様(やっぱり優しい♪)」

 

 そのあとは、司馬孚と下の五人の姉妹達が「密着~?! 私も行きたい!」と各々言い出して、それを宥めるのに司馬朗が苦労した事は言うまでもない。

 

 姦しい朝食が終わり、司馬朗を除く姉妹達は渋々、姉妹間での勉強会の準備で各部屋に戻ったり『寛ぎの広間』へ移動したりした。

 そんな中、一刀は相変わらず眠そうな表情の司馬懿を呼び止め、この家の馬について教えを乞うた。

 武人である司馬懿が騎乗しないわけがない。一刀は、この家で彼女が馬について一番詳しいと考えていた。

 すると、司馬懿は朝食の話で一刀が馬に結構興味がある事を分かってくれたのか、厩舎まで案内して色々教えてくれる。厩舎の隣には、馬や牛に引かす車を数台格納している車庫も併設されていた。

 司馬家に来て時々、遠くで馬や牛の鳴き声はしていたのだが、正確な場所は知らなかったのだ。厩舎は母屋の東側にあり、離れた外塀の近くにあった。一刀は母屋の東側へ初めてやって来ていた。厩舎のそばには小さいが馬で周回できる場所もある。

 この本屋敷の厩舎には、八頭の馬と四頭の牛がいた。隣接する別の屋敷の厩舎にも、八頭の馬と二頭の牛がいるとか。

 一刀は木馬しか間近で見たことが無いので、生きた馬や牛に触れるのは新鮮であった。

 また厩舎には、馬の口に噛ます『はみ(轡とも言う)』や『鞍』などの乗馬用の馬具や、車用に馬や牛を連結する軛(くびき)や綱、輪っか等の金具類の道具が壁に掛けられていたが、雲華のところで木を材料に制作してもらった騎乗時に足を置く『鐙』はやはり無いようだ。一刀は再度、筆で形を描いて作ってもらおうと考えていた。

 馬具の付け方を司馬懿に聞かれたが、一応木馬にも同じ感じの馬具を付けていたので、思い出しながら付けさせてもらった。

 司馬懿も横で、もう一頭に手際よく馬具を付けていた。武人は自分の馬の支度や面倒を見るのも仕事の内と言える。それが済むと彼女はひょいと慣れた風に馬に跨った。

 一刀も遅れながら馬具を付け終えて騎乗する。鐙がないのでちょっと乗りにくいのだが鞍がしっかり付いているので腕力と、司馬懿の乗り方を参考にしてなんとか乗れた。

 やはり木馬と同じように、手綱で動きを操作できるようだ。基本的には、木馬も馬もお願いする感じなのだ。あくまでも走るのは、馬なのであるから。機嫌を悪くされるとまともに走ってくれない事になるのだ。

 司馬懿の後について、まず小さ目な周回コースを回る。

 

「ふーん。北郷様は、馬は達者じゃないのか……」

「ははっ、さすがに分かっちゃうか。うん、まだ乗り始めて間がない感じだよ。やっぱり仲達さんはうまいね。自然に乗れてる感じだ」

 

 後ろから見ていても、司馬懿の騎乗には安定感があるのが分かる。雲華も乗り慣れていたので、一刀もその判断が出来るぐらいの目はあるつもりでいる。一刀の場合は、まだ馬に乗せてもらっている感じが強いのだ。

 

「別に……。まあ、慣れだから。時間があれば自由に乗るといいから」

「うん、そうさせてもらうよ」

 

 馬上で緩やかな風に揺れる、司馬懿の癖っ毛の髪がイイ感じに印象的だ。他の姉妹達に比べて唯一胸が控えめなのだが、馬上でゆっくりと揺れるその均整の取れたスレンダーな姿は貴重で魅力的であった。

 この活発そうでスポーティーな女の子が、あの司馬懿なのだと言う。自分の中のガチで軍師チックな文学少女のイメージとは、まだ合ってこない一刀であった。

 ちょうどいい機会なので彼女と話をしてみる事にする。

 

「今朝の、お姉さんの仕官の話って聞いた?」

「ええ、貴方が食堂へ来る前に」

「仲達さんは、お姉さんの曹家陣営への仕官についてどう考えたのかな」

「別に。私は、姉さんに付いていくだけ。妹達もみんなそうかな。まぁ、蘭華は少し違うか。……貴方へみんなが真名を預けた事も聞いたわ」

 

 一刀はそれを聞いて、司馬懿がどういう反応をするのか少し心配になった。彼女だけが司馬家の中で違う反応をしそうだったからである。そして、策謀によって亡きモノに……とか。

 だが―――

 

「まぁ、しょうがないわ。気に入ってしまったものは」

 

 なにか、意外に呆気なくスルーな感じであった。

 

「そ、そうか。もっと拒絶されるものかと……」

「まあ私も、司馬の娘だから」

 

 僅かに苦笑しながら司馬懿は、そう言った。ただ一刀へ釘を刺すのは忘れない。

 

「だから……皆にちゃんと向き合ってあげて。あと、私は武人として母君の認めた客人と思っているぐらいだから。勘違いはしないで」

「うん、分かってるよ。これでも分別ぐらいはあるから」

「どうかしら……? でも、客人にしては珍しく私へ変に構えないし……不思議と、家族みたいに気楽に話が出来るのは確かね」

 

(……俺は対応できるからいいけど、普通のヤツなら初見であんな剛剣を目先へ向けられたら構えちゃうだろって……)

 

 一刀は、宴会でいきなり剣を向けられた事を思い出していた。剣舞から、彼女は相当腕が立つはずである。間違いなく並みの武将以上の剣技の持ち主ではないかと推測していた。一刀の『神気瞬導』の『速気』や技を駆使してもどうかという相手であろう。先日の賊なら、彼女でも十分倒せたのではないだろうか。

 

「それに、貴方は武の力が飛び抜けてそうだし。ウチでは小嵐華が、目が良くて剣が速いから結構強いけど、真剣勝負になればまだまだ。ふっ、貴方には今度、剣の練習でもつきあってもらおうかな」

 

 司馬懿は、口元を僅かに緩めてニコリとした。おそらく、馬について教えた見返りにということだろう。

 一刀は、回答を試されている感じかしたので返しておく。

 

「まあ、俺の剣が参考になるか分からないけど、時間がある時に声を掛けてくれれば」

「そう。では、近々声を掛けさせてもらうから」

 

 司馬懿はこの後勉強会があると言い、一刀も早めに出発して街を見させてもらう気でいるの事もあり、二刻(三十分)程で厩舎から母屋へ戻って来た。

 母屋へ帰って来ると、一刀は使用人長の銀さんにお着替えですと出迎えられて、自室の客間に移動して着替えを行った。

 白地に銀糸でも織り込まれているようなキラキラした生地の中華風な上着とズボン型の衣装であった。その襟や袖には、金細工の宝石の装飾も付けられていた。シンプルで動き易いながら贅沢な装いである。

 そして公事なのでと、寝台横の壁手前の豪華な剣台へ飾るように置かれていたあの剣を取り上げて、手際よく鞘の鎖をズボン側の腰帯の金具に掛けた。

 すると、銀さんはその動作を見て驚いた表情をして「やはり北郷様は凄いですね」と言って来た。理由を聞いてみると、どうやら掃除の時に剣台と特に剣が見た目より重すぎて、作業は二人で行なう必要があり、皆驚いていると言うのだ。その剣が一刀によって片手で軽々と普通の剣のような扱いで、身に付けられてしまうのを見て感嘆の声が出たらしい。

 一刀には軽めに感じる剣なので、その話には首を傾げるしかないのだが。

 加えて銀さんは、「許可を頂いていたのですが、剣の手入れをしたくてもどうしても抜けないのです」と言うので一尺ほど軽く抜いて見せた。すると、余りに簡単に鞘から抜けたので「あらっ?」と不思議そうに声を出した。ついでなのでと、出発までに軽く一刻(十五分)程の間で手入れをしてもらうことにした。作業の台を用意してもらい、一刀がその上に抜いた状態で剣を置いてあげて作業をしてもらった。刃の部分を丁寧に拭いてもらい、艶が出るように仕上げたものを一刀は鞘へ納めた。

 するとそこへ、司馬朗が一刀の客間まで迎えに来てくれた。

 

「一刀様、予定の巳時正刻より二刻程早い(午前九時半ごろ)ですが……わぁ、衣装がお似合いですね。帯剣されているお姿が恰好良いですよ」

 

 室内に入って来た司馬朗が、着替えた一刀に気付くと胸の前で掌を合わせニッコリしながら彼の周りを半周ほど見回りながら褒めてくれていた。

 

「ありがとう。なんか、立派な服過ぎる気がするよ」

「ふふっ、では時間には早いですが……そろそろ出掛けましょうか? 少しですが街も見て回れますし」

 

 何故か彼女の頬が少し赤くなった。時間が早ければ早く家を出るだけ、『密着』出来る時間が長いという思いなのか。

 一刀としても街も見れるし……実は、司馬朗と司馬孚の女の子な匂いが、司馬家の中でより好みだったりするのだ。

 そんな、牛車の狭い空間内でのクンカチャンスを一刀が逃すはずもなかった。

 

「喜んで! じゃあ行こうか」

 

 即答すると、銀さんが客間の折り畳み戸の扉を両開きで開けてくれた。一刀は司馬朗と並んで廊下へ出る。そして食堂広間の傍へ至る廊下を通って、母屋の南東にある玄関前へ移動する。勉強会が始まっているのか、司馬家の面々の見送りはないようだ。

 

「そう言えば、水華殿は今日の会議に出なくていいの?」

「もちろん、母様も出て頂いてもいいんですけど。最近は、私が勉強を兼ねて出ているので」

「まあ、そういうことですよ」

 

 遅れて玄関へ司馬防が現れ、後ろから二人へ声を掛けてくれた。

 

「うん。一刀殿、衣装がお似合いですよ。一応、私と優華でこれが良いのではと選らんだものです」

「ありがとう、水華殿、優華さん」

「さあ、行ってらっしゃい、二人とも。私の事を聞かれたら、次の五日後の会議に顔を出すと言っておいて頂戴ね」

「「はい、行ってきます」」

 

 そう言うと二人は、すでにそこに止められていた朱色をメインに、アクセントと車輪周りを黒色で塗られ金具等に金銀細工が多く使われている牛車へ、後ろから緑色のカーテン状の布を捲るように乗り込んだ。車は小屋のように両側面に二尺(四十六センチ)四方程の引き戸の格子窓はあるが、四方を閉じられた状態に今はなっている。広さは片側三人ほどで計六人が向かい合わせに腰掛けてゆっくり座れそうに見える感じだ。この車は必要に応じて、平らな屋根とそれを支える柱だけを残して窓の付いている側面や、御者台のある前方の木製の壁をすべて外す事も出来る特注品という事だった。

 司馬朗は乗り込んで早々、向かい合わせでなく、公言通りなのか一刀の横にとても嬉しそうな笑顔で並んで座ってきた。

 さらに、どう控え目に判断しても桃尻をくっ付けて来ているのであった。肩さえもピッタリとくっ付いている。次の動きは、一刀の肩へ頭を傾けて乗せてきそうな感じだ。

 もちろん一刀としては、別に全然構わないのである。ノープロブレムで、ウエルカムな事と言える。

 他にも同行者として二頭立ての牛車の御者台に一人と、護衛に二人騎馬兵が付いてきていた。

 司馬朗にとってはいつもの事だが、一刀にしては何か仰々しく感じている。

 一刀は凡人育ちなのだ。護衛が付いてる移動なんて、生まれてこの方一度もないのであった。

 

(御者に護衛とか、どこかの王子さまかよ?)

 

 だが、引いているのは牛なのだ。そんな、吹き出しそうな思考が彼の頭に浮かんで来ていた。

 

「石(シー)さん、お願いします。少し街中をぐるりと回るような感じでね」

「はい、伯達お嬢様」

 

 御者の石という初老の男性に、司馬朗は声を掛けた。彼も代々司馬家に仕えているが、今は別館の方で仕事をしていた。司馬孚の影響は、業が深いのである。

 ゆっくりと牛車が動き始める。

 動き始めてる……ガタガタと動いてるよね、一応。……遅い、と言える。

 牛の歩みを思い出してほしい。それは人が普通に歩く程度なのだ。馬の場合は幾分テンポも早く、そして軽快に走り出すイメージがある。

 良く考えると、一刀には牛車を引いた牛を走らせるという想像が付かない感じだ。牛も当然、走ることはあるのだが……今の牛車の速さは、走ること無くゆっくりのままであった。

 どうやら高貴な家やお金持ちと言う時点で、乗り物は牛のように移動がのんびりと優雅でなければならないのだろう。距離を走る訳でも、急ぐ訳でもはない街中では特に。

 一刀と司馬朗は、進行方向に向かって右側の座席に、窓を間にするようにくっ付いて座っていた。

 そして振り返るように二人で窓の外の街の様子を仲よく見ながら、司馬朗が色々と教えてくれていた。

 一刀は、ここが司隷河内(しれいかだい)郡温県という事を、この三日で何度か聞いていたので理解していた。

 司馬朗はまず、この街は温城に隣接形の街である事と、都の洛陽にも近く大きな街ということを教えてくれた。

 温城は二里(八百メートル)四方程の大きさらしい。軍事や役所、貯蔵庫などの建物が多く、場内の町並みは広くない。一里四方以上にもなる司馬家のような屋敷群が収まり切らないため、場外へ町並みが広く大きく取られていた。そして、街の外周にも高い塀が建設されていて囲んでいるという。

 まず、屋敷の外に出たのだが、しかし……司馬家の屋敷は広いと再認識出来た。

 ゆっくり歩いているのもあるが、片側にある司馬家の塀が一刀の感じで数分は続いてなかなか終わらなかった。この近所は屋敷街ではあるが、その中でも司馬家は非常に大きい屋敷の一つだ。

 『司馬家』以外にも『常家』『趙家』の大邸宅や、多くの役人や商人ら名士の邸宅があるという。

 一刀の感覚では十分弱、屋敷街が続いて延々の朱壁と所々で巡回していたり、監視をしている衛兵がいる光景が続いていた。

 そのあとに漸く、普通の広さの住民の家並みが、数多くびっしりと見えてきた。

 そして大通りの街中も朱色が基調で緑や黄の枠線の入った中華風な建物が多いのであった。前に雲華と行った街よりも個々の建物が、新しいのか手入れが行き届いているのか、色のコントラストが鮮明な感じがする。

 すでに朝もいい時間なので、道には買い出しに出ている民衆も多くなっていた。大通りの道幅は幅が八歩(十一メートル)程あるという。今通っている主要な通りでも四歩程あるので、牛車が通っても特に問題はない。

 それに、この牛車が司馬家のものだと分かる様で、人々は脇に寄り、礼を取ったりしてくれる者が多く、自然と道が譲られるのであった。

 一刀は自分の事のように誇らしく、少しお大臣な気分になっていた。

 

「この牛車に礼を取る人が多いね。やはり凄いな司馬家は」

「それだけに、重い責任というものもあるのです」

 

 司馬朗は、視線を窓の外に向けたまま静かに言った。これから向かう街会議もその大きな一つなのだろう。

 一刀は司馬朗の話に、身が引き締まる思いがした。

 少し空気が重くなったが、そのあとに司馬朗は、私用で街に行く事も多いと、お気に入りの雑貨のお店や飲食店などを教えてくれた。今は寄り道するわけにもいかないので、今度ゆっくりと回りましょうという事になった。

 半時(一時間)弱の間では、牛車の移動距離は八里(三・二キロ)程で主要な通りをいくつか流して見れたぐらいであった。

 まあ、おかげでゆっくり街並みを見れたし、司馬朗はずっとイイ匂いでクンカ天国だし、桃尻は暖かいし良い事尽くしのように思い満足する一刀がいた。

 牛車は町並みを抜けて、温城の城門を潜る。当初の説明で、会議場所は城内の役所と聞いている。門の前で守備兵と役人らが、司馬家護衛の騎兵の者と話をしていた。役人らは窓から外を見ていた司馬防と一刀へ、右拳を目の前で左掌で包む形の「叩頭礼」を取ってくれる。

 そして牛車はゆっくりと場内に入って行き、会議が行われる屋敷の前へ到着した。

 「じゃあ仕事をするかな」と、一刀は背伸びをすると、一刀の様子に微笑んで外へ出る司馬朗に続いて、後ろの出口から牛車を降りた。

 

「おはようございます、県令様。こちらにお連れしたのが北郷様です」

 

 司馬朗は、出迎えてくれた背丈が六尺五寸(百五十センチ)程の年配で白髪混じりの少し立派な服装をした女性に「叩頭礼」にて一刀を紹介した。一刀も続けて礼をして挨拶をする。

 

「おはようございます、県令様。初めまして、姓は北郷、名は一刀と言います。字はありません。よろしくお願いします」

 

 すると県令という、この県の長である年配の女性は「では貴方が」と笑顔を一刀へ向け、穏やかな口調にて名乗った。

 

「おはようございます。私は、県令の王渙(オウカン)と申します。ようこそ北郷殿、伯達殿。わざわざ足を運んでいただき感謝します。また、北郷殿には先日の賊への対処協力についてお礼を申し上げる」

 

 王渙も一刀へ礼を取って返すのだった。

 

「さあ、続いてこちらへ。皆も待っております」

 

 王渙を先頭に、司馬朗、一刀の順で役所になっている屋敷へ入り広い廊下を進む。

 途中で王渙から司馬防について尋ねられ、司馬朗が母の次回来訪を伝えていた。

 時々要所に立つ守備兵らが通る度に礼を取ってくれていた。

 そして、広めの謁見の間へ入る。一刀らは部屋の中央の装飾の豪華な敷物の上を通って進む。先には机と座席がコの字型に近い形で並べられていた。

 奥で迎えるようにお誕生日席の位置へ横に三つの机が並び、そして中央の敷物へ向かい合う様に六つずつの机が置かれていた。

 各机の幅は九尺(二メートル七センチ)程もあった。

 十数名の人物が、両脇に並ぶ机の後ろに席へまだ座らず、立って出迎えでくれていた。そして、司馬朗らへ朝の挨拶を送って来る。一刀らもそれに挨拶を返す。

 王渙は奥の机の前まで来ると皆へ向き直った。一刀らもそれにならう。どうやらここにいる人物らへ再度紹介するようであった。

 両脇の十数名を一度見回すと、王渙は静かに一刀を紹介する。一刀も再度名乗り挨拶した。続いて周りの顔役や役人らが、それぞれ一刀へ名乗りと挨拶をしていく。

 そして、それが周り終わると王渙は、再度例の賊を圧倒的な武力で見事に倒し、賊に対して『鉄壁の治安』を有していると言う街の高い評判を守ってくれたのが一刀であると称えてくれたのだった。

 周りの人物らから、自然と拍手が上がる。司馬朗も嬉しそうに拍手してくれる。

 急な予想外の展開に一刀は、変な汗が額に浮かび、逆に非常に緊張していた。小学、中学、高校で表彰された事など一度もないのであった。

 街の顔役となっている司馬防から『街の英雄』と言われてはいたが、買い被られ過ぎな事だと思っていた。

 それが、こういう公の場で、実際にきちんと本当に評価されていたのを聞いた。この街の人口は、学校など問題にならない程の数なのだ。

 王渙は改めて一刀へ言う。

 

「本当に感謝を。これまでも、守備兵らと住民らの協力で皆誇りを持って守って来た事なのです。そして、今回の賊が強かっただけに、それが破られると、きっと歯止めが聞かない、より凶悪な賊を招くようになるのです。昨年以来、実際に周辺の街や村には昼間に街へ別れて侵入し、夜中に百人規模の凶悪な賊の集団と化して、堅固な守備の門を打ち破って脱出し、多く住民や正規守備兵の犠牲者と金品等の大きな被害を出している事例が幾つかあると聞きます」

 

 変な汗を掻いていた一刀であったが、ここまでの話の流れは見えてきていた。

 昨日司馬朗から『不定期に街や門を見に来てほしい』という話があるとは聞いていたが、どうやらそれは、最近の凶悪な賊の集団へ対しての抑止力に少しでもなればというつもりで呼ばれたように考えられた。

 

「わが街の『鉄壁の治安』という話は、そういう輩の危険から住民らを遠ざける効果が少なからずあります。それらを踏まえた上で、住民達を代表して感謝と共に、加えて協力して頂きたい件があり、本日はお越しを願いました。とりあえず、席へお掛けください」

 

 王渙の言葉に一刀らが席へ移動すると、他の皆も席へ別れて座ってゆく。

 司馬朗は、中央の敷物に向かい合って置かれている机列の、お誕生日席側から見て一番右手前の机席に座る。その机には一刀の為にもう一席用意されていた。一刀は司馬朗の右側に着席する。

 お誕生日席は横に三つの机があり中央は県令の王渙が座る、この座席配置からやはり『司馬家』の序列はこの街でかなり上らしい。

 他の顔触れを見て見る。半数は女性だった。流石にこの階級だと有名武将らのように全員女性というわけでは無いようだ。

 また司馬家の屋敷を出て、街中の多くの人を見て、ここに並ぶ人達を見て……一刀にとって重要な事を再認識することが出来た。それは―――

 

 司馬家の家族らが「どんだけ美人率が高いんだよ?」という事であった。

 

 司馬家の中にいると、基準がおかしくなるの感じで。使用人の女性らまでも、顔立ちがすっきりとしていて綺麗な顔立ちの人達なのだ。

 そういえば、雲華と街へ行った時も雲華程の美人は、単福という女の子ぐらいだったなと一刀は思い出していた。白ちゃんは、まだ可愛いという年頃だしと。

 やはり世の中には、公平などどこにもないと言う事なのだろう……。

 一刀は、自分が凡人顔にも関わらず、美人に囲まれていることを喜ぶかのような、そんな不純でどうでもいい事を考えていると、王渙から一刀へ声が掛る。

 

「北郷殿、どうでしょうか?」

 

 物思いに一刀が耽っている間に、話はすでに先ほどの凶悪な賊の集団への対策の話になっていたのようだった。『神気瞬導』以外は、凡人の偏差値五十そこそこな頭なのである。二つの事を同時に聞いたり考えたり出来るスペックなど有りはしないのだ。

 この席に出そろった顔役のお歴々が、一刀へ期待の視線を集中しているのが分かった。

 

(んっ、どうでしょうか?……って何がだろう……ヤバイ、聞いてねェ)

 

 一刀は、完全に聞き漏らしていた……。

 

「えっと……」

 

 微妙に目を泳がせ、前を向いたままな一刀のこめかみを、嫌な汗が伝わって落ちて行った。

 思わず、横の司馬朗を見てしまって『助け船を出してもらおう』と考えたが、この場で彼女を見つめた上に助言を頼っている『英雄』は、皆にとても情けなく見えるのではと思えて来てしまったのだ。

 そして止せばいのに、確認せずに言ってしまうのである。

 

 

 

「もちろん、喜んで!」

 

 

 

「おおぉ、さすがだ!!」

「わぁ!」

「助かります!」

 

 回りの顔役らからは『英雄』を称えるような感謝や歓声の声が上がるのだが、その中で一刀は聞いてしまった。

 「ええっ?」と言う、横に座っていた司馬朗の驚いた疑問形の言葉を。

 一刀は、ふと雲華が言っていた重要な事を思い出した。

 発言した言葉には、責任や重みがあるのだということを。

 

 一刀は思った。自分はどんな『失敗』を選んでしてしまったんだろうかと―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、劉備は頭の片隅に疑問を抱き始めていた。何かがオカシイのではと。

 

 

 

 元々、地元のある幽州涿群周辺の野盗や賊らが大手を振って跋扈しはじめたこの情勢を正し、皆が笑顔で暮らせる平和な世を見たいと、桃園の誓いで決起した劉備と関羽と張飛であった。

 しかし、その目的に対して一生懸命頑張ったが、三人で何をやっても近づくことが出来ず(目的を実現する案や方針、良策が立てられなかった為)しかたなく、かつて盧植将軍門下の同窓であり仲の良かった幽州の有力豪族となっている公孫賛に身を寄せて戦った。関羽と張飛の活躍により劉備らは重用されたが、公孫賛より黄巾党の乱の始まりを契機に、急に(人柄だけは良い劉備に人気が集まり過ぎる事が懸念された為)公孫賛陣営からの独立を勧められた。

 劉備は友人の勧めに契機的には良しと、公孫賛の元で同行を募らせてもらった千人程度の義勇兵と共に黄巾党討伐に意気込んで乗り出した。

 ところが、協力した官軍からはいつも先陣を押し付けられ、関羽と張飛は奮闘すれど得られるのは、たまに官軍副官らからの関羽と共に体を嘗め回すように見られながらのイヤラシ気な勧誘と、わずかな糧食だけであった。

 そのうち、周辺に点在していた冀州、兗州、予州の黄巾党軍は討伐され、劉備らは取り残される形に陥る。

 最近劉備は焦っていた。

 自分に付いて来てくれている関羽と張飛と気の良い義勇兵達は、いつも命がけで全力で戦ってくれている。

 なのに、目的へ……前へ進んでいる気が全くしないのであった。

 劉備は桃色な頭を必死で駆使するが、盧植将軍の元で学んだ知識には、放浪からの立身など有りはしなかった。公孫賛の元に行く前と同じ……自分で考え、選ぶしかない状況である。

 とりあえず、辛苦の移動の果てにたどり着いていた、この予州沛国の北限からの移動は考えていた。だが何処へ……。

 そんな時、関羽の発案で、街道にて商隊ら通行人から情報を参考にしましょうと提案されて待っていると、徐州で黄巾党が多く残っていると言い、その情報の提供者である麋芳と言う人物が商隊を率いていて、護衛をしてくれれば必要な物や糧食も出してくれるという。

 『麋芳さん』は良い人そう♪……急に光が差し込んで来たように、劉備の頭は桃色一色になって、そして皆で突き進んで行った。

 

 確かに『麋芳さん』の言う通り、徐州には黄巾党がいた。それもたくさん。

 今、関羽は戦っていた。周りは皆、黄巾党の軍勢に囲まれて。

 今、張飛も戦っていた。周りを皆、黄巾党の軍勢に囲まれた劉備を守りながら。

 そして、気の良い義勇兵達の……共に歩み、戦い、笑顔を見せていたお兄さん、おじさん、女の子達の姿はもうどこにも見えない。

 それは今、劉備の目が恐怖と悲しみの涙で曇って良く見えていないばかりではない。

 彼らはすでに皆、紅に染まり地に伏し、そしてもう動かない。

 それから、『麋芳さん』は―――最後の……この日五度目の交戦開始当初に戦いながら小さな林へ移動すると、その姿を見失っていた。

 

 ……その麋芳は……彼女だけは、劉備らの目が届かなくなると、最後まで持っていた金目のものを敵兵の前で派手にバラ撒くと、それに群がる混乱の隙にこっそりと黄巾党の兵に化け、劉備達に知られる事もなく、静かに今、戦場より逃げ果せていた―――。

 

 

 

 劉備らが麋芳の商隊と合流した当初、長い列を成したその特異な一団の旅は順調であった。劉備ら一団は、麋芳の姉が屋敷を構えるという東海岸線に近い東海郡朐(ク)県の街を目指していた。

 劉備達は初日、二日目と麋芳から振舞われる一日三度の食事を、腹いっぱい食べられて皆幸せだった。

 

 だが全ての意味での分岐点が現れる。

 それは、ここであった。

 予州の魯国を通過し、徐州に入って間もなくの辺りでのこと。

 

「あのー、近道がありますが、行きます?」

 

 麋芳が言ったあの一言。今思えば、何に対しての近道になったのだろうか。

 確かに選んだのは劉備自身である。関羽も張飛も自分の意見に従うであろうとは思っていたのだから。だが―――

 

 ここ一日で、五度も黄巾党の軍勢に出会うのは納得いかないものがあった。

 劉備は思う。この状況は、本当にすべて私がいけなかったのだろうか……と。

 

 初めは相手の黄巾党も千ほどの軍勢だった。

 次は三千。

 そして五千。

 おまけに二万。

 トドメなのが五万……。

 

 それも初めの黄巾党軍千人以外は、すべて麋芳が我先に逃げて行き、それを護衛として守る為に追った道であった。

 なぜ、こんなに黄巾が固まっているのかと言うと―――青州の城陽郡で数日後に張姉妹のコンサートが開催される為、守備を残した徐州黄巾党の三分の二程が移動中であったのだが……それは劉備達の知るところではない。

 初めに千人いた義勇兵も麋芳の商隊も五戦目には、もはや跡形も無くなっていた。

 劉備までもが血飛沫にまみれ、好きではない剣を逃げながら必死で振るっている状態なのだ。すでに劉備を初め関羽、張飛に至るまで、全員馬を乗り潰していた。

 

 殺らなければ、殺られる。殺られる前に、殺れ!―――この極限状態に、桃色も説得の言葉も何も必要なかった。

 今、自分の命は……運命は自分で守り、切り抜けるしかない状況だ。

 

 四戦目の二万を退けた段階では、疲労困憊ではあるが、まだ百五十程の兵だけは残っていた。

 しかし、最後に出会ってしまった五万は、手練れな精鋭も多い徐州での黄巾党本隊だったのである。

 最後の戦いが始まってからすでに一時半(三時間)が過ぎていたが、切っても倒しても黄巾党の兵が減らなかった。日は傾きかけていたが日没によって逃走可能な暗闇になるまでは、まだ一時(二時間)弱はありそうに思えた。

 そしてどうやら先ほど退けた二万の残存も、敵に再び合流し始めているようであった。

 おまけにそれまで四度も敗れはしたものの、仲間を多数殺された徐州黄巾党の士気は以外に高く、さらにすでに関羽、張飛が相当疲弊色の濃い戦いを見せていたために「仲間のカタキを取れそうかも」「今なら倒せるかもしれない」という可能性がチラチラ見えてもいたのだ。

 特に関羽の状態が良くなかった。張飛に劉備を任せていたため、常に最前線に立っていたがゆえに不意に受けた数も含め、昨日から四本の矢を受けていたのだが、いくつかが出血に対しての止血が十分ではない状態で、黄巾党五万との戦いに入ってしまっていた。

 張飛は矢傷などの大きな怪我はなかったが、昨日からの連戦にも関わらず一食も食べていないため、パワーが十分出なくなっている。普通ならお腹が減って、もう戦いたくないところなのだが、劉備や関羽らの命が掛った状態であったため、丈八蛇矛(じょうはちだぼう)を力の限り振り回して戦い続けていた。

 

 最後に残された三人は大軍に追われる中、この小規模な平原に散見する小さな林を伝いながら、少し離れた所に見える大き目の山森の方角を目指すしかなかった。関羽と張飛が如何に勇猛であろうと、大軍に対して劉備を連れてたった三人で、平地にて迎え撃つには余りに分が悪すぎると言えた。

 このままでは、本当に討ち取られてしまう。

 

(((早く山森の所まで―――)))

 

 三人は移動を急いだ。

 そして、目指す山森まで目測であと三里ほどのところで―――殿の関羽が足へ矢を受けてしまったのだ。

 

「く……くそう」

「愛紗ちゃん!」

「愛紗--!」

 

 怒りの張飛が殿に回り、矢を射ていた敵兵達他、迫っていた百人近くの兵へ突撃し全てを切り伏せる。

 だが傷を受けた関羽の脚から、残っていた躱すと同時に素早く移動する俊敏さが、大きく削ぎ落とされていた。

 万全の状態であれば一本の矢ぐらいなど、ほぼ影響がない関羽と言えるが、長時間の出血も加え、余りにも疲労が蓄積し過ぎていたのだ。

 黄巾党軍の主力から少しずれた位置まで離れられていたが、このままでは距離を詰められてしまう。

 だがどんな状況でも、関羽の闘志が落ちる事はない。決断は早かった。

 

「はぁはぁ………鈴々! 桃香様を連れて先に行け! はぁはぁ……」

「!」

「愛紗ちゃん! 何を言ってるの」

 

 劉備から見ても、明らかに関羽は疲労していた。ここは林ではなく平地なのだ……こんなところで、迫って来ている多くの敵兵を、今の関羽ではどれほど相手にできるだろうか。

 

 関羽は……彼女は苦しいや痛いという類の言葉は絶対に言わない。

 そして、劉備へ優しく微笑むのだった。

 

「はぁ……、心配には及びません。ここで少し呼吸を整えて敵を蹴散らし、すぐ追いつきますから。鈴々……桃香様を頼んだぞ」

「……ダメだよ、愛紗ちゃん! そんな――」

「約束なのだ、愛紗! 死ぬな! 桃香お姉ちゃんは鈴々が絶対守る!」

「ああ、必ず。それに、桃香様を守る鈴々に勝てる奴はいない。さあ桃香様、安心して行ってください」

「でも……」

「愛紗はそう簡単には死なないのだ。愛紗は……鈴々のお姉ちゃんは強いのだ!」

「ああ。倒せるとすれば鈴々だけだ」

 

 張飛は関羽を……関羽の『強さ』を信じている。張飛と関羽は笑顔で互いを見ていた。

 

「愛紗ちゃん、鈴々ちゃん……」

 

 劉備は二人へ、そして散って逝った義勇兵の人達に対して、何も出来ていない自分の不甲斐なさを噛みしめていた。

 

 

 

 劉備と張飛は森へ……先へ進む。

 関羽は、一度も振り返らない。

 劉備達に背を向け、すでに迫る黄巾党五万の一軍を前に、激戦を物語り血に染まっている愛用の青龍偃月刀の柄を地に立て、血みどろな姿の関羽は平原で一人仁王立ちしていた。

 

(そういえば……麋芳殿は……戦死したのか?)

 

 関羽はふと、走馬灯のように色々なことを思い出す中で、今はどうでもよい事を思い出していた。

 気が付くと、夕焼けが綺麗であった。

 そして―――大量の矢が飛んでいて一気に自分へ降り注いでくるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議が終わり、司馬朗は一刀と司馬家へ戻って来た。

 司馬朗は家内の用を一通り確認指示したのち自室へ入る。そして、すでに紙に書き上げていた仕官を受ける旨の書状を静かに読み直す。そして読み終えると、大き目の包み紙へ封じ、箱に静かに入れると丁寧に紐で結び留めるのだった。

 そして、階下へ降りると使用人の中で、もっとも腕の立つものを呼び、箱の書状を曹操の元へ……仕官勧誘の書面内に「届け先」として書かれていた、本拠地になっている兗州陳留郡の陳留城へ届けるように遣いを出すのであった。

 陳留郡は司馬家のある司隷河内郡のすぐ東隣の位置にある。

 陳留城へ書状が届くのは、およそ二日後になる。

 だが今、曹操は洛陽へ袁紹の代わりに兵八千を率いて守備として駐屯中なのであった。

 曹操へ司馬朗のその意志が届くには、まだ日を多く要するという事だ……。

 

 

 

つづく

 

 

 




2014年09月12日 投稿
2014年09月14日 加筆修正
2014年10月25日 文章見直し
2015年03月20日 文章修正(時間表現含む)
2015年03月22日 八令嬢の真名変更
2015年03月29日 文章修正
2015年06月11日 文章修正



 解説)ヤバイものしか……ないよ
 厳密には言い訳がないこともなかった。しかし、そこにはさらに内なる高度な駆け引きがあったのだ!
 一刀としては、『余り聞かれたくない以前の身の上話』というのがあった。
 それを、司馬防にだけ話していたのだ、と。
 しかし、一刀の偏差値五十ちょっとの頭脳が、恐るべき予想を立てていたのである。
 『司馬朗の持つ情報はそれだけか?』――――と。
 「ぃ、●クぅーーー、●ッちャぅーーーー!!」という嬌声が聞こえたのですが……という最後のカードを持っている可能性を否定できなかったのである。
 出された瞬間に、一刀は見苦しい形での完全敗北を喫してしまうだろう。
 彼女が、『司馬防の長子』で、あの才人『司馬懿の姉』であることを忘れてはいけないのである!
 それならば、ここまでで―――負けた方がマシと判断せざるを得なかったのだ。
 司馬朗さんは普段、とても優しい人であるが、敵に回してはいけない人でもあるのだった……。



 解説)伝説の『ヤツマタのオチ』
 一刀の先輩に女好きな先輩がいたのだが、一時並行して付き合っていた八人の彼女全員が一堂に鉢合わせをしてしまい、その先輩は八人の彼女らにビンタでボコボコにされた上、彼女ら全員に振られてしまったというお話。



 解説)「もう……決めたのですね、優華」
 母の目は鋭いのである。
 司馬朗が『何を』本当に決めたのか理解しているのであった。
 それは『長子としての考え』に留まらないのだ。



 解説)牛の全速力
 時速二十から二十五キロぐらいらしい。



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