真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~ 作:カメル~ン
瀕死の怪我をした虎がいた。
だが、周りに挑んでくる猫が何十匹いようとも、すぐに虎を倒すことは不可能である。
所詮、虎に勝てる猫は……いないのであるから。
関羽は黄巾党の追手が近付いて来るまでの間、しばらく平原で一人佇んでいた。
静かに戦いへの呼吸を整える。
かなりの疲労と血が流れ過ぎているため、気を張っていないと気絶する感覚があった。
しかし、ここは戦場という緊張感が、気を張らせてくれていた。
幸い、無理をして移動するのをやめたことで、流血もほぼ無くなって来ている。
そして今、周りには己のみ。死んでも守るべき大事な人は、この場にいないのだ。
自分だけを守ればいい……。それは、動く体力があれば、決して難しいことでは無い。
そう―――関羽は最初から死ぬ気など全くなかったのだ。
なぜか?
決まっている。あの日、桃園で結盟したのである。
劉備や張飛と死すときは同じ日と決めたのだ。それは今日ではない。
誓いは守るためにあるものだ。
関羽はその最後の一瞬まで諦めない、そういう女の子なのだ。
ただ残念な事がある。
さすがにどう頑張ろうと、今は五万を超えるこの徐州黄巾党を倒すことは不可能な事だ。今日まで共に泣いて笑って戦ってきた義勇軍らの……散っていった皆の敵を取ることは機会を待たねばならないだろう。
すでに張飛は劉備を連れて、森まで到達しているはずだ。
あとは、自分がここをなんとか切り抜ければ良いだけと思える。
関羽は綺麗な夕焼けの空に、ふと自分へ向かって来る無数の矢を見つけた。
しかし、彼女は全く慌てない。
見たところ、矢の数はざっと二百はあるように見えた。
先程張飛の怒りの反撃により、百名近くの黄巾党軍の兵があっと言う間に倒された事で、追撃に現れた黄巾党の一軍は用心し、まず離れた位置から関羽へ矢によるの攻撃に切り替えたようだった。だが、二百の矢が全部彼女のところに来るわけではない。
当たる軌道で飛んで来るのは精々数本だなと、すでに関羽は見切っていた。彼女は……未だ一地方で名が知られる程度の武人だが、その実力はすでに大陸でも五本の指に入る武力の持ち主なのである。
夏侯淵や黄忠、呂布らの強弓から放たれる高速、神速の矢ならともかく、普通の兵らが放った飛んで来ることが分かっている普通の矢など、止まって見えているのと変わらないのだ。
矢の雨が間近まで到達する。実際に当たりそうな矢は九本だけのようだ。それらに、関羽は正面を向いた状態から青龍偃月刀を両手で構えて迎え撃つ。
軽く青龍偃月刀の刃先を子揺らすように回し、体へ当たる軌道に飛んで来た矢じりの先端だけを軽く弾いていなす。九つの小さな連続する金属音をさせながら、矢はすべて進路を変えた。
関羽の周りに、外れた二百以上の矢が壮観に突き刺さる。もちろん関羽は大地へ一人、矢を受けることなく仁王立ちのままだった。
その結果を見た黄巾党の一軍では、一本ぐらいは当てろと内部でどよめくが、彼らも頭を使わない訳ではない。関羽への距離をかなり詰めて、もう一度矢を一斉射撃してきたのである。再び二百程の矢が短時間で関羽へ迫る。そして今度は彼女へ正面から当たる矢の軌道は三十本以上になっていた。
だが関羽は―――体をスッと横へ向きを変え、向かう表面積を減らし当たる軌道の本数を絞ると、迫るそれらもすべて冷静に撃ち落とす。さすがに、二、三本をまとめて払わなければならないが。それでも関羽には難しいことではなかった。
再度、関羽の周りに外れた二百以上の矢が、初めから無価値で無意味なモノのように、ただ突き刺さっていた。
このことは黄巾党の一軍を戦慄させた。
黄巾党のその場にいた多くの兵は肉眼でハッキリと見ていた。当然当たるはずの矢が、関羽によってすべて軽く逸らされていく様を見せられたのだ。もはや関羽を普通の矢では倒せないと知らしめたのだった。
しかし、その黄巾党の一軍を率いる千人隊長は、まだ関羽の殺害をあきらめないでいた。同時に追っていた劉備と張飛の姿がそこに見えない。すでに逃げ果せた可能性がある。全員を逃がすわけにはいかなかったのだ。
隊を分けて追えばまだ追いつけるだろうが、今ここには兵が七百程しかいない。張飛には先ほど百名程を短時間で倒されている。半数では三百五十程だ。普通ではたった一人の敵にあり得ない考えだが、三百五十程では全滅の形で返り討ちに遭う可能性も否定できなかった。
彼は、もう一刻(十五分)もすれば後続が追いつき、ここの兵は二、三千にはなると考えていた。追うとすればそれからだと。それまではまず、目の前の関羽から個々撃破するのが順当と言える。
すぐさま黄巾党の一軍は隊列を組みかえていた。歩兵百人を横一列に並べる事による槍衾の形を取らせる。そして前列百人に加えて二列目も百人で形成させた。一列目の人の間からも槍を出す形で隙間なくし、少し上へ角度を付けている。正面に加え飛び越えて来ることを防ぐ為であった。
関羽までの距離は七十歩程(百メートル)ほどへと詰めていた。
そして、槍衾の兵らは隊列を維持しつつ、関羽へと小走りで近づいて行った。
「ふっ……」
関羽は静かに鼻で笑い動かない。それは……すぐには動く必要がなかったからだ。
槍衾で百人を二列並べ二百人で寄せて来ようと、横一列な状態では関羽の正面から同時に攻撃出来るのは、せいぜい十人程度なのである。
さらに―――関羽は槍衾との距離が十歩(約十四メートル)を切る辺りで、休ませていた体を急に左横へ向かって全力で駆け出して回避に出る。
関羽は一瞬のうちに槍衾の左端まで移動した。
その時、関羽から見ると、敵兵は縦に二列で百人並んでいるの形になった。敵兵らは慌てて関羽の方へ向こうとしたが、前後が詰まった状態になるため槍が使い辛い状況に陥っていた。黄巾党軍は、関羽の兵法で最悪に戦い難い形にされていた。
もたついている敵に対し、あっと言う間に関羽は早くも十人ほど切り倒していた。
黄巾党軍は、もはやバラバラに槍を向けていくしかなくなっていた。だが、三対一や五対一ぐらいでは、手負いとはいえ関羽は全く止められないのであった。
そのため、さらに一秒間辺りに二、三人が切られ続けた結果、短時間で半数が討たれ残りは我先にと霧散して行った。
その場を指揮していた黄巾党軍の千人隊長は、その状況に狼狽しながらも残りの兵へ突撃を指示した。
だが、先ほどの矢の雨に対しての見事な撃ち落としに加え、この目の前の一方的な惨状を目の当たりにした黄巾党の兵達は、もはや関羽に近づこうとする者がいなかった。
さらに、関羽はまだすぐそこに青龍偃月刀から血を滴らし、凄まじい姿で此方を睨み仁王立ちしていたのである。
そんな修羅を目の前に、戦意を喪失し進退窮まり掛けていたその黄巾党一軍の隊長のところへ、後続の増援の兵ではなく伝令がやって来た。
それは「劉備らへの追撃を中止の上、急ぎ後方に引き返して合流し、敵軍を叩け」と言うものだった。
伝令にあった「敵軍」についてその千人隊長が確認すると、それは―――なんと徐州太守率いる大軍であった。
関羽の前にいた残り五百程の黄巾党の一軍は、急に全員が引き上げだしていた。いや、その場から多くが散り散りになったと言ってもいい光景が見えていた。
そして小さなこの平原には関羽が一人、仁王立ちで残された。
だが、関羽は動かない。
関羽は―――動けなかったのだ。
黄巾党の一軍が小さなこの平原から、自分から離れて引き上げるのを見届けると、「ふぅ」と気が抜けるように静かに立ったまま気絶していたからである。
だが、異変がその直後に起こる。
そんな関羽の傍、後方七歩ほど(約十メートル)の所へ、いきなり何もない空間から焦げ茶の厚手のマント風の布で全身を隠すような人物が忽然と現れた。
その人物は気配を消したまま、ゆっくりと後ろから関羽へと一歩二歩と近付いて行く。そして、懐から蝶の羽のような模様の怪しげな仮面を取り出そうとする。
と、その時。
焦げ茶マントの人物は咄嗟に躱す。しかし、手に握っていた怪しげな仮面は、一部が砕け散っていた。それを目で確認しながら、仮面を破壊した得物を向けて来た方を視認する。
「………」
そこには、何故か同じような蝶の模様の入った仮面を着けた、可愛らしい衣装と鎧を着て鋭い槍先を向けている女の子と、その後ろに一歩控えるようにそちらも仮面を着け、槍を持つ背の高い女の子が静かに立っていた。
見た瞬間に、それぞれが自分に匹敵する技量の持ち主らだと焦げ茶マントの人物―――于吉は感じていた。
槍を向けている仮面の娘は、僅かに首を傾げながら謎の焦げ茶マントの人物に告げる。
「なにをする気?」
急に現れた仮面の娘の低く凄むような声にも飄然とし、焦げ茶マントの人物はその質問には答えず、愉快そうに話し出す。
「ふふふっ、これはこれは。あなた達ですね、弧炉と蛇蝎達を易々と倒したのは。しかし私達……私の動きをも掴んでくるとは、中々ですね」
「質問に答えてない……わよ!」
仮面の娘は、もはや問答無用と『超速気』での高速の槍で突きに出る。
焦げ茶マントの人物――于吉の胸元で、攻撃を何かで受けたような鋭い金属音が炸裂し、彼は強烈に突かれた勢いで仮面の娘から飛ばされ離れると同時に一言発する。
「今日は私の負けですね。では、また」
そして于吉は現れた時と同様、忽然と姿を消した。
「なっ?!」
仮面の娘は、瞬時に周囲を見回して気を探すが、見た目だけが消えたのではなかった。
彼女はすぐに仙術で、今の焦げ茶マントの人物が使った大きな仙気と同じ感じの気質を半径百里(四十キロ)に及ぶ広い範囲で捉えようと少しの間、術を連続で行使したが……捉える事が出来なかった。
その術はかなり力を使うのか、終わった直後に仮面の娘は手と膝を地に付く。
「主様、大丈夫ですか」
「はぁ、はぁ……大丈夫。くっ、いきなり消えるとは。私の捉えられる外に逃げられたみたい。せめて方角と距離ぐらいはと思ったのだけれど、それとも……歴史を飛び越えて逃げたかも。全く侮れない相手だわ」
この術は自分一人での状態なら、全力を出すと周囲への防御が薄くなり危険であるが、今は『ジンメ』がいるので使えたのだ。だが、それでも後を追い切れなかった事は悔やまれる。
仮面の娘は気を取り直すと、何か手掛りをと砕いた仮面の破片の落ちた辺りを探してみたが、驚くことに破片は、いつの間にか粉状になってほとんど風に流されていたのだった……。
(………隙がない相手)
お手上げねという表情で、仮面の娘はジンメと顔を見合わせた。
仮面の娘である雲華とジンメがここに居るのはもちろん偶然ではなかった。さて、どうしてここに来れたのか? それはまず先日、便鳥で管輅を泰山近くの街へ呼び出して会っていたからであった。
管輅は六尺二寸(百四十三センチ)ほどの小柄な女の子だ。彼女も仙人の端へ名を連なる一人。薄い深緑な長い髪に全身を隠すフード付きのローブのような朱の厚布を纏って木の杖を持つ。
そしてそんな彼女の占いを聞いたのだ。それも天の御使いへの占いを。すると―――
「偉大な王となる可能性のある三人の内、一人が操られた忠臣に殺されるかも。三人の一角でも欠ける事は……天の御使い自体への影響がかなり……大きい?」
それが非常に悪い占いであったのだ。当たるとマズそうなので……当たりそうである。
操られる……操るのは仙人かと聞いてみると、「そう」と。
忠臣とは誰なのかを聞いてみるが、「さあ」と。
場所を聞いてみると「海に近い東側……? んー、徐州の中部……東海郡辺りかも」と。
いつなのと聞いてみると、「うわ、今日か、二、三日のうち?」と。
雲華は「時間が無いじゃない!」と、荷物も適当に慌てて泰山から南の徐州方面へ出て来たというわけだ。
そこで、ジンメと二手に分かれて徐州東海郡の大き目の街道をいくつか張っていると、人にも関わらず仙気を僅かに漂わせた三人の人物が、兵らを多数連れた長い列で通って行ったのである。
あとはそれを離れて、様子を見ながらつけて来たのであった。
ちなみに、管輅へ他に天の御使い関連で占いはないかと聞いてみると……意味がよく分からないと言い、それでも聞くかと言うので雲華は聞いてみた。
すると―――「おっぱい」と。
しかも「おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい」と『おっぱい』を八回も繰り返して言うのだ。何度やっても必ず八回出ると言う。
雲華は何故かピンと来た。これは―――『女』達だと。
いきなり八である。末広がりなのだ……縁起はイイ。
しかし、時間は余り無いようである。
それは……もちろん魔王様の堪忍袋が『砕け散る』時間がである――――。
ここで漸く雲華は、数十体の死体だらけな周辺の様子から壮絶な戦いを生き残ったであろう、この血まみれで仁王立ちの女の子へ近付こうとした。だが、あと一歩というところまで近づくと、雲華はこの女の子へ近付くの止める。傍に寄って気が付いたのだ。
気絶した状態でもこの子から只ならぬ気勢が感じられた。近付き触れるものは『倒す』と。
そこへ、平原の端より兵の足音に交じって甲高い女の子の叫び気が近付いてくる。
「劉備さまぁー。関羽さーん。張飛さーん。味方を連れて、ででででーん! 麋芳参上だよ~♪ おっ?!おおおっ、関羽さ~ん? なんと見事な、ご最後をぉー?!」
先頭を進んできた派手な橙色の髪の女の子は、関羽の目を閉じピクリとも動かず血まみれの姿を見ると悲壮な声を上げた。
五百人程の一軍の兵を引き連れて現れたのは、なんと麋芳であった。
雲華は、この一軍によってこの血まみれの女の子の安全は確保できたと判断する。
おまけにこの麋芳と名乗る人物は、『カンウ』と呼ばれるのこの子の知り合いのようだ。
「言っとくけど、その子死んでないから。ちょっと深く寝てるだけよ」
「あれー? 仮面の劉備さまじゃない? こっちの人も背が高い? 張飛さんじゃない?……えへへー、どなた様ー?」
どうやら麋芳は、仮面の娘ら三人の姿を、見知った組み合わせと勘違いしたみたいである。
仮面の娘らは、この『カンウ』という女の子を早々に麋芳へ預け、去ることにする。
「名乗る程の者では。いや、私達も通りすがりなのよ。この凄い子は良く知らないし……知り合いなら丁度よかったわ。……そうそう、その子を起こすのなら少し離れた場所からツツキなさいね、真っ二つに成りたくないなら」
そう伝えると仮面の娘らは、足早に去って行った。
「ほへっ? 何のことだろー?」
仮面の娘らを見送ると麋芳は、兵らに劉備と張飛の特徴を伝え、周辺に十名ずつの捜索兵らをいくつも散開させる。
そして、麋芳は先ほど仮面の娘に伝えられた意味が分からず、止せばいいのに関羽へと近付いていく。
「ぎょぇぇぇぇ~~~~~~~~~」
離れた位置まで届く、麋芳の半泣きの大声が上がった事は言うまでもない。
その声に麋芳らの周辺を警戒していた兵らが戻ってくると、関羽の青龍偃月刀が麋芳ののど元ギリギリで止められていて、その状況に麋芳の腰が抜けてゆっくりとしゃがみこむところだった。
「……麋芳……殿?」
見知った顔だったので関羽に寸止めされた模様だ。見知らぬ者なら首が飛んでいただろう。麋芳は、ちょっとだけチビッていた……。
間もなく、麋芳はここに至った経緯と状況を簡単に関羽へ説明する。
麋芳が敗走しながら戦っていると、陶謙の軍の先行部隊に遭遇したという。麋芳は陶謙の軍に姉の糜竺の伝手で顔が効く為、指揮官の一人より『我ら陶謙の軍六万余は、拠点を出た黄巾党の軍団が分散して移動し始めた事実を好機ととらえ、程よく離れて付けて行き、後方より頃合いを見て戦いを仕掛ける途中である』と言う話を聞く事が出来た。麋芳はすぐにその更に後方の本隊の陶謙へ目通りし、義勇軍の勇猛な劉備らの話をして一軍を出してもらい、少し大回りだが脇道を抜けてここへ来たと言う。今、陶謙の軍六万余が後方より黄巾党軍に襲い掛かり、優位に戦いを進めている最中とのことだった。
麋芳の行動に一度は礼を述べた関羽であったが……彼女へはいくつか疑問が浮かぶのであった。
(なぜこの者は、黄色い頭巾こそ被っていないが、最後に見た服装では無く、今は黄巾党のような服装なのか……。そして、前方の敵から気付かれないように軍を配するには相当離れる必要がある……それは我々が戦っていた戦場から、相当離れていた場所で遭遇したという事……その真実は―――)
「関羽さーん、劉備さまを急ぎ探しましょー♪」
関羽の思考は、最優先事項により掻き消える。そう、今は劉備や張飛を探すことが重要であったのだ。
関羽も捜索の最前線へ、馬を借り飛び出していった。
だが必死の捜索にも、結局この平地内と関羽から聞いた方向周辺の森に劉備らを見つけることは出来なかった。
日もすっかり暮れて捜索が難しくなったが、関羽は一人でも捜索を続行すると言う。しかし麋芳は自分らが探すからと、時々ふらつく関羽を説得し手当と食事を取らせて休ませた。
麋芳は言葉通りに、夜間も百人程の隊を三つほど動員して、森の中の深部へも呼びかけながら探したが、用心の為か劉備側からの返事もなく、夜が明けていく。
黄巾党と陶謙の軍の戦いは、陶謙の軍の勝利で終わっていた。
陶謙、字を恭祖(きょうそ)という。徐州の黄巾党の残党蜂起のおり、徐州州牧に任命され、討伐の機会を伺っていたのだ。
初老の女性である。若き頃は勉学に励み、国の為に西涼への討伐や幽州などで刺史にもなっていた。しかし、余り器量が良くなかったことから長年付き合っていた男性との結婚に失敗。彼を器量良しで秀才の若い娘に取られたと言う。その事から、次第に道義へ背くようになり、だまし討ちや略奪と、最近は感情に任せて行動するようになってきていた。
特に曹操に対しては裕福で才女な上、洛陽で見掛けた際、最愛の男を奪って行った娘にも似ている綺麗な顔の為、内心で凄まじい感情が芽生えているのであった。
そんな中で、麋芳の乾いたその性格と、糜竺のどこかヌケているが明るく穏健誠実とその律義さだけは気に入っている。だが、糜竺、麋芳の姉妹は軍を統率するのが苦手なため後方での協力者として接し用いていた。
徐州黄巾党はいくつかの拠点を残し、その総勢はいつの間にか十万を超える規模になっていた。それはこの地が中央からは遠いため、殆ど官軍が派遣されなかったことによる。黄巾党の乱の最盛期には、黄巾党の人数が四、五万程度と些か少なかったこの地であるが、各地で黄巾党の討伐が進み一段落する頃になって、各地の敗残兵が徐州に一部が集結してきたのであった。
徐州は黄巾党について、中央から置き去りにされた土地と言えた。
そこへ「徐州の事は内々で解決せよ」と、陶謙が各地での実績により中央より派遣されたのである。その代りに「州牧にしてあげる」という帝からのお駄賃の前払いであった。
そんなある日、黄巾党の拠点を監視している各地の砦から、大軍が移動する準備を始めたと言う知らせが届いてきたのだ。
調べてみると、何かの物見遊山で青州まで行き、後日その大軍は帰って来るという。
陶謙は青州へ行ったきりなら放っておくつもりであったが、帰って来るとなれば後ろを見せている今が好機であると判断し、掻き集めて動員できた兵力六万で直ちに出陣してきたのだ。
都合の良い事に、黄巾党軍が前方に現れたいずこかの義勇軍と交戦し、それへ追撃に追撃を重ね気を取られていると伝令が入ったため、総攻撃を掛けたのであった。
兵で勝る隊列を組んだ正規軍が、隊列の伸びて乱れた賊軍の後方から襲う形なのだ。陶謙は圧勝を確信していた。
今の陶謙に取って、どこにも所属しない雑兵に近い義勇軍などどうでも良い軍であった。麋芳が兵を貸して欲しいと言って来たので融通しただけであった。
戦況は決し、すでに追撃や残党狩りに入っていた。だが、徐州黄巾党軍の残党が依然徐州に点在する拠点を守っている状況はまだ残っている。
関羽は、日の出の随分前から目覚めていた。体調はまだまだ万全ではない。だが、食事も睡眠も取れていた。劉備と張飛はまだ食事にも有り付けていない可能性が高い中、休んでなどいられなかった。
関羽は、麋芳へ頭を下げて馬と数日分の食糧を頼むのだった。
「多くの軍兵を使い、我が主らを夜通し探してもらい、さらに色々手配頂き麋芳殿にはとても感謝している。だが、これ以上は過ぎるというもの。本来であれば、兵を寄越して頂いた州牧様の元へも伺いお礼を申し上げるべきところなれど、この風体では逆に失礼になろう。申し訳ないが、麋芳殿よりお伝え出来ないだろうか。これより私一人で主らを探しに参るつもりだ。お借りした物は後日必ず、東海郡朐(ク)県の街までお返しとお礼に参る」
「分かりましたー♪ まーだ徐州に黄巾党が残っている間に来ていただければと思いまーす♪ 関羽さんたちの武勇で、皆の敵を取りましょー! そーそー、もしこちらに劉備さま達が行き違いで来られた時にー、関羽さんがどちらの方面に向うつもりかを今言っといてくれれば♪」
「うむ。では、主らが向かった森の先、予州の魯国方面へ向かったとお伝え頂ければ。それでは急ぎ失礼する」
関羽は馬へ跨ると、麋芳に見送られ森の方へと去って行った。
残された麋芳は色々と考えていた。
(うーん、昨日はなんであんなに黄巾党の軍に会っちゃったのかな? えへへー♪ やっぱり巻き添えで死ぬのはゴメンだよねー? でもとりあえず、関羽さんと張飛さんの武力には、投資しておいて損はないかなー♪ 利子付きで戻って来てほしいよねー♪)
麋芳は非常にゲンキンな子だった。
瀕死の怪我をした虎はいた。 しかし―――必ず死ぬわけではないのである。
我が輩はバカである……。
一刀はつくづくそう言う気分だった。
そろそろ日が沈みかけ、まもなく『司馬家』の夕食を迎える。
家主である司馬防の代わりに最近は司馬家を切り盛りする長女の司馬朗とともに、一刀が参加していた街会議は昼食を挟み、未時終わり(午後三時前)まで行われた。そのあと、司馬朗が気晴らしにと気を使ってくれたのか、一時(二時間)ほど街中を再び牛車で回ってくれた。だが、その眺めていたはずの景色は脳内に記録保存し損なっているようであった。牛車内でたまに司馬朗と話をした会話の内容と共にすぐ思い出せない。
一刀は自室になっている客間で一人、考えていた。
そう―――街会議において自らが発してしまった『言葉の重い結果』を。
「それでは北郷殿には、その神出鬼没で凶悪な盗賊集団の対策責任者をお願いします」
「……ぇ?」
「もちろん、必要な兵や装備、武器類については逐一相談の上で十分検討させて頂きます。当然、その対価につきましても。ご安心ください」
「……ぇぇ?」
「ほほほ、いやぁお体を静養中とのことでしたので、まさかお引き受け頂けるなんて。……英雄とは、やはりこういうお方を言うのですわね」
この司隷河内郡温県の県令である王渙に、あっさり笑顔で逃げ口を完封されてしまう一刀であった。
「………………ぅひ……はぃ……」
一刀は今更だが思った。
(街の門を時々気ままに巡回するだけの期間限定(一ヶ月)で『簡単なお仕事です♪』じゃなかったのかよ。……詐欺だ……)
午前中はここに居る顔役ら皆で、これまでのその盗賊団に関する各地に残る被害の状況について、延々と県令配下の文官によって報告を受けた。
一刀はそれを顔の引きつった状態のまま、黙って席に座って聞いている他なかった。
もちろん内容など、思考のパニくった状態で覚えているはずがない。
横に座る街の顔役の一人、司馬家代表代行な司馬朗も、周りに良く聞こえるこの状況では、一刀へ提言など出来なかった。
昼食の前に、それぞれ別室にて一刻(十五分)ほど休憩となった。
そこで、漸く司馬朗が話掛けてきた。
「少し難しいことになりました」
「すまない」
彼女は一刀を責めるわけではなかった。彼が良く聞いていない風で話を受けた当初は『なんて不用意な……どうするつもりなのですか?』とも考えていたのだが、この休憩までの時々覗かせた一刀の後悔や苦悶が伺える表情と、急に置かれた難しい立場の彼に……同情してしまっていたのだ。なぜなら彼が好きだからである。困っている一刀を助けたいという気持ちが勝ってしまっていた。少々甘々と言える。
「迂闊過ぎだよね、俺。……司馬家にも迷惑になるかもしれない……」
そう言う一刀へ無言で首を振る司馬朗だった。
それに『司馬家に迷惑』ということはなかった。一刀の武量は自分も含め、母の司馬朗や司馬懿、司馬敏らが認めているところである。盗賊団ごときには遅れは取らないはずなのだ。この街を襲って来れば、間違いなく多くを捕縛し殲滅できると考えられる。重要なのはこの問題はこの街だけではなく、多くの街や村でもかなりの問題になっている事だ。解決できれば『司馬家』には大きな栄誉となると言える。そして……それは一刀の名声をも……。
「(これは)…………」
司馬朗は少し難しい表情をして考え込んでいた。
そんな彼女に申し訳なく一刀は声を掛ける。
「本当にすまな―――」
「一刀様」
「は、はいぃ?」
すると、横にいた司馬朗はとても優しい表情になって、一刀の前へ静かに回り込むと向かい合い、彼の手を取るのであった。
「貴方は堂々と。これは多くの人の為になることなのです。委縮する事など何もありません。司馬家は貴方の家族で味方です。大丈夫ですから安心してください。それに……私が一刀様に恥など掻かせません!」
「……優華さん」
「昼食以後は、堂々とそして悠然と構えてください。貴方はもうすでに、この街で期待の凶悪盗賊集団対策責任者なのですから」
司馬朗の信に足る力強い言葉に、一刀もこの場は気を取り直す。確かにすでに引き受けたのだ。ウジウジと後悔していても今は良い事などないだろう。とりあえず、この場は強気にいくしかないのだ。
「わかったよ。ありがとう、優華さん。まず会議が終わるまで頑張ってみるよ」
「はい」
司馬朗は一刀の表情の変化と、自分の言った考えを好きな人が素直に良い方向へ取り込んでくれたことをとても嬉しく思った。それは『信頼されている』ということに繋がるのだから。
どんなに気持ちを込めた良い案を出したとしても、採用されなければ、寂しく、空しく、そしてそれが多く重なれば心も離れていくものである。
昼食時から一刀は立ち直った。良く見、良く聞き、良く話すように振舞った。司馬朗もよく補足した。
午後は街の現状での新たな問題点と前回からの改良点と残件について話し合われた。そこでも先日の、単独ではあったが非常に凶暴な盗賊の出現への対策は長時間議論されていた。兵の増員と教練・強化が検討されることになった。これと盗賊集団の対策予算等について予備金からの拠出が決定されたのである。
司馬家内の一刀の客間は、徐々に少し暗くなって来ていた。
すかさず部屋へ銀さんがやって来てくれて、持ってきた新品の長い蝋燭を灯してくれた。
すべて、あとの祭りと言える。そして事の重大さは深刻だ。全権を与えられ任されたた対策責任者というのは基本的に『解決しない限り降りられない』のではないだろうか。例外的には『他に適任者が登場』か『死んだ時』ぐらいだろう。
ひと月後に、『じゃあ旅に出るので♪ さいなら~』は絶対通用しそうにない……。
それこそ、顔役の司馬朗に……いや『司馬家』にトンデモナイ迷惑を掛けてしまうだろう。
戦って倒したり捉えるのは、なんとかなりそうだが、何といっても盗賊らは神出鬼没なのだ。いつ来るのか分からないのである……この『鉄壁の治安』の街にくるのは一年も二年も後かもしれない。
となれば、あとは―――
(こちらから速攻で探し出して……幹部らや主力構成員を倒すしかない! だが、そのためにはどうすれば……)
司馬朗は、会議を終えて一刀と街を回って戻って来たあと、夕食の準備指示を途中にして珍しく自室にいた。
それは曹操への仕官を受ける旨の書状を出す為である。すでに紙に書き上げていた書状の内容を再度確認するために読み上げる。
しかし、事前に用意していた内容の手紙は……一通ではない。
八通ほど用意されていた。それは、すぐに仕官を受ける手紙から、断りの手紙までである。
そして、司馬朗も困っていた。
(これは……曹孟徳様のところに、一刀様と共にはせ参じるには、まずこの盗賊問題を早急に片付けないといけなくなってしまったけれど……それに……)
書き上げていた八通の書状の中から選んだ、司馬朗が静かに読み上げた書状の一部には、こういう趣旨の文面が書かれていた。
『曹孟徳様への仕官を非常に嬉しく考えております。しかし、緊急で顔役として街の重要な問題へ対応する為、一、二ヶ月ほどお時間を頂きたい』と。
読んで内容を確認し終えると、書状を大き目の包み紙へ封じ、飾り彫は少ないが高級木材の箱へ納め、立派な紐で縛ると静かに部屋を後にし階下へ降りて行った。
最も腕の立つ使用人が呼ばれたのはその直後であった。
さて夕食の席になっていた。黒塗りの円卓を一刀を入れて十人で囲む形での、家族の穏やかで賑やかな食事の席を迎える。今日は朝の熱い告白合戦のあとの朝食の席で別れてから日が沈むまで、下の五人の姉妹達と司馬孚らは一刀へ近付ける機会すらなかったのであった。
そのため、周りから想いがモンモン、体はムンムンしている感じだ。
しかし、一刀でもさすがに食事の席ではクンカを堪能出来ない状況だ。当然料理の香りが勝ってしまうから。それがなければ、大切な匂いは逃がさないところだが。
今はそんな事をしている場合じゃないのでは?と思うだろうが、そんなことは北郷一刀には関係なかった。
それとは別に一刀は先ほどから、左隣の席に座る三女で絶世の美女な司馬孚から左手を握られてしまっていた。同様に右手は右隣へ座るふわふわな髪で『ほわわん』な雰囲気を持つ四女の司馬馗に握られ、おまけにその手は前後に『仲良し♡』とばかりに振られてたりする……。ちなみに両名の握り手とも、まだ指と指とのガッチリラブラブ型ではなく、普通に手を握っているだけの形だ。時々サワサワと掌や甲を擦られてもいた。
すなわち、一刀は両手を封じられている状況だ。
「えーと、蘭華さんに和華(ホウファ)さん? 手を……」
一刀の感覚では食事の「いただきます」が言い終わり五分は経過していると思うが、まだ一口も食べていないのであった。
司馬防を見るも、一刀の両手の状況に嫉妬しているのか、ニッコリと笑顔を返してくれるだけでいつもの助け船が無い……。
どうしようかと思っていると―――
「本日の街会議で決まった重要なことがあります」
目を閉じ、お箸を静かに置いた司馬朗が、一刀の状況に嫉妬したわけでは……少しはあるようだった。
「まず……そこの蘭華に和華。一刀様の手を開放しなさい」
姉の言葉なので、ゆっくりと名残惜しそうに二人の妹は一刀の手を離すのであった。
「こほん。本日の街会議で、一刀様が例の周辺の街々を襲っている神出鬼没な凶悪盗賊集団について、この街での対策責任者に就任しました」
「「「「えぇーー(~)?!」」」」「……ぇ……」
司馬防と司馬懿と司馬孚は騒がない。
彼女達は、目を閉じて静かに司馬朗の言葉を聞いている一刀を見守っていた。
そのあと左横に座る司馬孚を初め、司馬馗、司馬恂、司馬進、司馬敏らの口から一刀を心配したり応援の言葉が続いた。
「一刀様……(しかし滞在静養期間の一ヶ月の期日では……)」
「兄上様~すごい~です」
「ふん、お兄様やるじゃない」
「さすがは兄(にい)様。しかし、体の静養を考えると時期尚早です」
「私もお供します! 兄上様!」
少し遅れて普段は無口な司馬通までも。
「…………ぁにぃさまぁ……がんばぁって……」
そんな中、無言で司馬朗は司馬懿を見つめる。姉の視線に司馬懿は頷くように一度瞼を閉じた。
そして瞼を開くと早速、司馬懿は核心を突いて話をし始める。
一刀がどうしてそんなものに今就任してしまったのか……そんな事は先ほどまでの彼の表情や姿から『うっかりだろう』と彼女には聞かなくても分かるし、もはや時間の無駄で利点も無い事なので関し無いのある。
司馬懿としては姉の司馬朗の力となり、思いに応えるだけである。……それ以外も少しはあるが。それでも……。
「なんとまあ、とだけは言っておこう。だが、これは良く良く考えれば皆の『好機』にもなる。難点と言えばやや制限のある期間と、拠点や首謀者らの特定だろうが……すでに私なりに幾つか想定してある。乗るかね、北郷様?」
「な?!」
司馬懿の言葉に一刀は驚く。すでに予見していたような話振りと思えた。
だが、彼女は『あの』司馬懿なのである。
一刀はそれを知っている。一刀は迷うことなく頷いた。すると司馬懿は一刀の表情を見ながら口元を僅かに緩めると話し出す。
「北郷様がこの街へ来た時に、一名ではあるが腕の立つ凶暴な賊を容易に倒してしまっているという事実と、それ以来『街の英雄』と言われたことから、その役職への就任の依頼が来る可能性はかなり高いと考えていた。なので凶悪盗賊集団関連の被害報告資料は全部、昨日の昼に役所へ行って目を通して来た」
その時一刀は、帰りに牛車で街を回って、ぼーっとしていた時に言われた司馬朗との話をふと思い出す。その話の中に「貴方には、私が……『司馬家』が付いています。あの明華は、いつでもとても頼りになりますから心配いりません。私が頼めば……いえ、言わなくてもきっと明華は一刀様を……家族を助ける為の良い案を―――」とそんな内容だった。また、司馬朗は「明華は他人を助ける策までは、余り考える子ではありませんけど」とも言っていたなと。
そんな、司馬懿が昨日からわざわざ下調べをしてくれていたのだ。
「考察の結果、その乱暴な行動から狡猾な首脳部ではない。普通に拠点があり、そこを根城にしているな。食うのに困れば標的の街を決め、分散して昼間に侵入し夜に強奪を実行する型を繰り返している。だが……腕は立つ集団だな。被害側の死者が異様に多いし、その傷はほとんど一撃で倒されている。そして肝心の、やつらが次にどこを襲うのかというと……」
司馬懿の頭脳から繰り出される言葉に、皆が集中する。
「次の標的は……私も意外だったが―――この街だ」
「なにぃーーーー?!」
「「「「「「「なんですってーーーー?!」」」」」」」「………ぇぇっ?……」
さすがに、司馬懿以外の全員が驚きの声を上げた。
「それは、同時に集められていた各街での犯罪資料を読んで統計してみて分かったのだ。襲われる街は、直前に単独の賊による犯行が増えるのだ。それもかなり腕が立つやつが代わる代わる何回も来るみたいだ。おそらくそれで、門や守備情報を得ているんだろう。だが、この街は北郷様が一人目を軽く倒してしまったから、次が来るかどうか不明だし、来たとして次についても被害を出すわけにもいかない……つまり、今はこの近くに拠点はあるはずなので、去られる前に一刻も早く乗り込んで全員倒して捕まえようという事だ。当然その拠点の位置も、いくつか予測してある。で、いつやるかだが?」
そこで、司馬懿は一刀の顔を見る。ここは対策責任者の判断するところだ。一刀は、司馬懿の顔を見て微笑みながら言う。
「分かった。……明日の夜だ! 決行を明晩にする」
司馬懿は一刀の答えに口元を緩めて満足げに頷く。司馬懿もここまで来れば、一刀は即決すると判断していた。だが、これだけで即決できる人物は意外に少ない。そう、この事件へ対する最大の問題が解決されていることが条件なのだ。それは当然盗賊達を圧倒できる武力を持っていなければならない。司馬懿も自らの武に自信が無いわけでは無い。だが百人規模の集団となれば、自分がその立ち位置なら即決は難しいところだ。
「一刀様、よろしいのですか?」
司馬懿の案とは言え、さすがに決断が早いのか思い切り良すぎるのか、司馬朗が少し心配そうに声を掛けた。
「大丈夫だよ。逆に好機は今しかないと思う。悪いねみんな。さあ、冷めない内にご飯を先に食べてしまおうよ」
「そうね。さあ娘達よ、今は食べましょう」
夕食の後は、忙しくなることが分かっている司馬防の言葉に、夕食が再開される。
食事をしながら一刀はふと思う。
(『明華は他人を助ける策までは、余り考える子ではありませんけど』って……それって俺が対策責任者じゃなければ放っておいたって事か? いや、俺が就任することは予測していたし……でも俺がこの街に来てなかった時は……スルーしてた話なのかも? いやいや、この街が次の標的なんだし、そういうわけにも……)
そんなことを考えていると、右横に座る司馬馗がほわほわな雰囲気で……。
「兄上様~あ~ん~です。一杯~食べてください~です」
彼女はお箸で、豚肉と青椒を掴んで一刀の口元へニッコリと可愛い笑顔をして運んでくれていた。皆の不意を付いたこの行動に円卓は騒然となった。司馬懿を除いて。
普段から皆、上品に食事をするのだが、司馬防や司馬朗は硬直してお箸を落とすし、司馬孚が噴き出したのを初め、下の他の四人の姉妹らがお箸で司馬馗を指しながら「ずるい(ぃ)ー!」と非難の声を上げ、司馬恂などは椅子を一刀の横へ運んで来てまで「もう、どうしてもお兄様があ~んと言うなら」と混乱を極める食事風景となった。
当然、最後は司馬防の厳しい母の雷が落ちていたが。
そんなこんなの賑やかな食事を終える。呑気に食事を取っている場合かという考えもあるが、腹が減ってはなんとやらである。
夕食を終えると円卓でお茶を飲みながら、一刀の表情は引き締まった顔に変わってゆく。
司馬懿は使用人に、この街周辺の地図を持ってくるように告げた。間もなくそれが運ばれてくると、円卓から少し離れた広い食堂広間の床に実際の東西南北の方向を合わせて広げさせる。そして、想定している盗賊の拠点について指し棒を持って説明を始めた。
一刀を初め皆が円卓を離れ、十尺(二・三メートル)四方程の大きめな巻物風の地図の周りを囲んで見下ろしている。
「奴らは街を襲った逃走時に、荷物を運ぶため馬車を使っていることは分かっている。すぐに追いかけた街の者らは追いついた後、決まって全員殺されている。その後の追跡ではいくら追っても追いつけなかったと記録にある。……私としては重い荷物で満載なのだから追いつけないのは変だと考えた。つまり襲った街からそう離れていない距離で荷物を積んだ馬車は見失われている事になる。そこから奴らの拠点位置には制約が出て来る。街から近い街道沿い……近くの森の中か山の山道口近くだろう」
司馬懿は指し棒で地図の温の街の少し西の位置を指していた。
「この温の街は山から遠い広い平野の中にある。そして周辺に街道沿いの大き目な森は二か所しかない。そのどちらかだが……容易に水が確保できるのは川に近いこちらの森だろう」
説明が終わると司馬懿は一刀の顔を見る。
「ありがとう、よく分かったよ。今から確認しにちょっと行ってくる。馬の用意をしないと」
「私が馬車で傍まで送って行こう」
「私も! 兄上様、お供に!」
一刀の行動に、司馬家の中でも腕の立つ司馬懿自身と末っ子の司馬敏が協力を申し出てくれる。一刀は笑顔で頷いた。
司馬懿は使用人らへ愛剣の用意と馬車の準備の指示を出す。
「私も……と言いたいところですが、役所に状況を知らせに行く者が必要ですね」
「うん、頼むよ」
司馬朗が、するべき自分の役目を引き受けてくれる。司馬孚も何か言いたそうであった。しかし、外に出れば彼女を見た男性は、その『見た目』に必ず『狂って』しまい大変な事になるからだ。だが、彼女もかなりの剣技持ちなのだ。盗賊ごときにそう遅れは取らないだろう。
「蘭華は、この屋敷を頼むよ。今夜街へ襲撃が無いとは言えないから」
「はい、一刀様」
一刀の言葉に司馬孚は笑顔で答えていた。
「じゃあ、悪いけれど皆よろしく」
残る司馬家の面々は、食堂から馬車が回されて来る玄関へ向かおうとする一刀と、使用人から剣を受け取った司馬懿と司馬敏を見送る。
「気をつけて、明華、小嵐華、一刀殿」
「母君ご安心を。今日は確認だけですので」
「行ってきます、母上様!」
「はい……ぁ、その今日は」
司馬防が笑顔で声を掛けてくれるが、一刀は『夜のお約束』を思い出す、だが。
「無事なお帰りを待っています」
そう言って、司馬防は夫を送り出す妻の礼を静かに取るのであった。
「はい、行ってきます」
一刀は笑顔でそう言うと、使用人二人掛りで客間から急ぎ運んで来られた『龍月の剣』を片手で取り上げると、それを腰の鎖に掛けつつ玄関へ移動した。
間もなく、使用人らが引いて現れた二頭立ての馬車は、司馬懿と一刀を御者席に司馬敏を後ろへ乗せると、勢いよく司馬家の屋敷を飛び出し街の西の門へ向かって走り出す。車は昼間の街会議に行くために乗った状態から、すべての壁板と後ろの布を外した天井と柱だけの状態にされていた。軽くて見通しや後ろと御者席との移動が出来て利便性は良い形だ。
「先ほどは言わなかったが、月が新月(全て欠けて夜がより暗くなる)に近付いているのも襲撃の条件になってくるだろう」
一刀と司馬敏が夜空を探してみると、確かに空に浮かぶ月は大きく欠けて来ていた。
夜になり、すでに街の通りは空いてきている。司馬懿は馬車を軽快に飛ばす。
直ぐに街の西門へ着くとそこはまだ開いていた。「まだ開いてるんだ」と言うと後ろから司馬敏が、「この街の門は卯時正刻(午前六時)から亥時正刻(午後十時)までは開いています」と教えてくれた。
守衛の兵らは「……行商に行った娘がまだ……」と一人の女性の何かの訴えを聞いているようだったが、門へ近づいて来たのが司馬家の馬車とすぐに気付くと、馬車が止まるのを見計らい彼らは近づいて来て礼を取った。
司馬懿が、先を急ぎ話し出す。
「私は司馬仲達だ。こちらは本日街会議にて、例の凶悪盗賊集団の対策責任者に就任された北郷様だ。後ろは妹の幼達だ。賊調査の為に今からここを通る」
司馬懿の明快な紹介と説明を受け、守備兵の小隊長も、一刀を見て「貴方があの『街の英雄』の」と言い、話は上から降りて来ているらしく、「ご苦労さまです。どうぞお通り下さい」と通された。
日はすでに完全に落ちている。戌時(午後七時)を少し過ぎたあたりか。街の外はこの時代、もはや星明りしかなくかなり暗い状況だ。一刀は目を瞑っていても周囲の気から景色の外形を正確に捉えられるため問題ないが、司馬懿らはどうか……。
どうやら彼女らの視線は、暗闇の街道を正確にとらえているようだった。馬も夜目がよく利くため関係なく、小石や砂を巻き上げ蹴り上げてひた走っている。
街を出て街道を西へ向かい、四半時半(十五分)を過ぎた頃、目的の森から二里(八百メートル)ほど離れた辺りで止まる。
用心の為、街道脇の小さな林で馬車と身を隠し待ってもらう事にする。一刀は一応、周囲の気を確認したが見られた形跡等はないようだ。
「森の中は真っ暗に近いけど……大丈夫なのか?」
司馬懿は視野について確認してきた。いかな達人でも見えなければ苦戦もあるからだ。
「大丈夫。ほぼ真っ暗でも歩き回るには問題ないよ」
そうか、と司馬懿は少し呆れながら言う。
「兄上様、私をお供に!」
そこに、司馬敏が小声ながら元気よくそう言ってくれた。だが良く見ると少し緊張気味である。当然だろう、彼女は正直こんな実戦は初めてなのだ。それなのに真っ暗な森の中には、殺しを何とも思わない凶悪な賊が百人以上もいるのだ。それも腕利きも多いという集団だと聞いているのだから。
「ありがとう、シャオラン」
頭を優しく撫でてあげた。司馬敏は目を瞑ってそれを気持ちよさそうに受けていた。緊張し過ぎていた無駄な力が取れた良い表情になる。
「でも、最初は俺だけで行ってくる。状況が良ければ再度、仲達さんと小嵐華にも来てもらうことにしよう」
「うむ。では待っている」
一刀は、緩い『速気』を使って草原を抜け、森へ向かって駆け出して行った。
更に加速してゆく。
一刀はすでに、馬車の中からこの森に近づく前の遠くより、森の中に多くの人の気の塊を感じていたのだった。司馬懿の読みは、ズバリと正確に的中していた。
(奴らはここにいる!)
一刀は森へ入り、人の気の塊へ向かって続いている、人が剣でかき分けたようだが馬車が通れそうな幅の急造の道を辿り進む。
もちろん周囲の気は探っている。奴らのアジトまでで警備に立っているのは途中に二人だけだ。おそらく夜目の効くやつだろう。
一刀はそれを『暗行疎影』を使いながら静かに迂回する。そして盗賊の拠点にたどり着いた。
そこは、森の端から一里半(六百メートル)ほど奥であった。森の端から火の光が見えにくいように、森の端方向には切り倒した木の丸太を使い、三丈(七メートル)程の高い壁を立てた四十歩(五十五メートル)四方の広場のような空間を中心に、いくつかの小屋が取り囲んで建っていた。火は壁の有効な場所で使われているようだった。それ以外は自由奔放、気ままという感じに見える。大声に制限はあったが、普通に行動や話をしている様子で神経質な物音で気付かれる心配は低そうだ。
一刀は、木陰に潜み捉えた気の数を慎重に数える。誤差はあるが、数は百十には届かない。剣技については判別できないが気の大きさでは十人ほどが大き目な気を持っていた。 それらは以前、雲華と一緒に行った街で出会った、かつて百人隊長をしたこともあるという乱暴な男ぐらいの気の大きさはあった。それでも、司馬懿や司馬敏を超える気の大きさではなかったのを確認する。
『さてと』と一刀は偏差値五十そこそこの頭脳で少し考えてみた。この賊の数では、普通に一方から攻めたのでは多くが逃げられそうな感じであった。全員捕まえるには、常識だと大軍で周囲を囲むのが妥当なところだろう。だが、明日決行である。急に多くの兵は望めない……となると……。
(…………………)
とりあえず、一刀は一人で考えるのをやめて、一度司馬懿らの所に戻ることにした。
「兄上様大丈夫かな」
司馬敏は小さな林の中で馬車から僅かに離れた所から、少し心配そうに一刀の颯爽と駆けて行った草原の向こうに広がる森の方をずっと見ていた。
司馬懿は馬車の御者席に座ったまま、周りへの警戒を続けていた。ここはもう戦場なのだ。油断は禁物である。彼女にしても、実戦となると数えるほどしかないのだ。周辺に出た黄巾党の残党討伐や街中での暴漢の対処ぐらいか。
彼女は街の予備役ではあった。それもすぐに百人隊以上を任される立場にある。『司馬家』に加え、そう言う立場でもあるため、街の資料の閲覧も可能であったのだ。
「無用な心配だ。先ほどの彼の動きを見ても分かるだろう?」
「……うん。 あっ、帰って来た!」
一刀は森を抜けると再び緩めの『速気』で駆けて馬車のある林まで戻って来た。
先程ここを出てから二刻(三十分)程も経っていない。すぐさま馬車の荷台で拠点の中の建物の大まかな配置や敵の数などの状況を説明する。
そして、油断は出来ないが割と手薄なので、一度実際に見て貰おうという話になった。
一刀としては、司馬懿だけに見てもらえばいいかと思っていたのだが、司馬敏が自分も行くと真剣な表情で言ってきた。
司馬懿は難色を示したが、一刀は言ってあげる。
「いいんじゃないか。シャオランもいずれは一人で実戦を戦うようになると思う。今は俺もいるし、仲達さんもいるだろ? 経験は多い方がいい」
一刀自身も、今も怖くないわけはなかった。だが、今まで雲華や木人くん、乱暴な男や死龍……この街でも、凶暴な賊と色々経験してきた。それに人生でいつ死に掛けるかは、分からないのだ。それを根底で支えるのは数多の経験と言っていい。
思い浮かぶ……雲華と出会った当初の無限ループの失神地獄で、「あっ、もうすぐ気を失うな……うはは」と理解できてしまえた事を。心臓の絶でまさに何度も『死んだ』のである。心臓が止まった瞬間から、全身の血流が止まり背中がうすら寒いのだ。享年十●歳を何度も迎えたのだ。
つまり、大抵の何と比べようと『悪魔さまの地獄の修行』に比べれば、大した『恐怖』ではないのだ。楽勝と言えるだろう。アレ?っともう騙されるのはイヤなのである……。
すでに何かを悟ったような表情をしている一刀を見て、司馬懿も折れるのであった。
そう決まると、「はい」と一刀は司馬懿へ右手を伸ばす。司馬懿は、頭ではこれが何か理解出来ていた。だが……と、極僅かに顔を赤くして逡巡する。
今度は「はい、小嵐華も」と一刀からの左手に、司馬敏はニコニコしながら頬を染めつつ、一刀の左側に立って右手をサワサワと繋いでくる。
そう、『お手て繋いで♪』の形だ。夜道は危険なのである。
「ほら、仲達さんも」
そう言って、司馬懿の右手を一刀が掴むと三人は、馬車の止めてある小さな林から草原へと出て行った。
初めは恥ずかしそうにしていた司馬懿だったが、草原から森に入るときちんと一刀の手と繋いできた。新月が近い暗い夜な上、森の深部になると、人の目ではほぼ先に何があるのか見えにくい状態であった。枝の間からの僅かな星空の光だけで、視界を全て把握するのはかなり厳しいと言える。
一刀は二人の手をゆっくりと引っ張る形で、森の中の少し荒れた道を進む。しかし、ここは盗賊らによって馬車が通れるほど剣等で草木を切り開いて作った広い道であったので、賊の見張りが立つ二ヶ所をやり過ごすだけで、三人は比較的障害なく盗賊団の拠点へ再び潜入することが出来た。
まず、火の光を遮る丸太の壁がある広場の内側を見渡せる少し離れた草陰に、三人は潜んでいた。周りが暗く、慎重に歩いて移動し迂回もして来たので片道で、すでに二刻(三十分)程時間が過ぎていた。
しかし、司馬懿に拠点内の建物の配置と状況を直接見せる事が出来たので、作戦についての不安は無くなったように思えた。
そのあとも一刀らは二刻(三十分)程の間、慎重に何ヵ所か場所を変え、拠点の現状把握を行ない、気の量が大きく体格のよい強そうで戦力として脅威になりそうな男らを重点的に調べていた。
だが、そのために見落としがあった。
一刀達三人は草陰で、腹這いになって川の字の形で周りの様子を伺っていた。
そろそろ、引き上げの頃合いだと思っていたその時に……事は起こった。
広場の端を歩いていた目立たない一人の小柄な男に、ボロ布の猿ぐつわをされた若い女の子が縛られ、台車のようなものに乗せられ引っ張られていた。そして、彼女は台車上で身をよじり抵抗していたが、その抵抗により口の猿ぐつわの布が破れて声が上がったのだ。
「―――んー、お……お母さーーん! 助け……むぐぅーんー」
その女の子は連れていた男から、すぐにまた汚い布の猿ぐつわをされる。その様子に周りの男達が集まって来てワイワイと事情を聞くと、女の子を連れた男は得意そうに「ついさっきなんだが、そこの街道で見つけた。一人で歩いていた行商の娘だ」とか何とか言い、「ひゃほ~い、今夜はこの小娘を朝まで無理やりにヒィヒィ言わせるぜ!」や「腰が外れるまで前と後ろでズブズブと楽しむぜぇ~♪」と外道発言を連発した。周りの男らも「俺にも楽しませろ!」「いや、俺が先だぁ」と異様な盛り上がりを見せていた。
そしてここでも……その様子の一部始終を見て、一刀の左横で彼の手をずっと先ほどまで優しくニギニギと繋いでいた司馬敏は、その正義の怒りの炎が異常な盛り上がりを見せていたのだ。
間もなく、その汚い布で猿ぐつわをされた女の子は、抵抗空しく……小さな小屋の中へ……男達に無理やり引きずり込まれ、押し込められようとしていた。
「あの子……門の所にいたのお母さんの……兄上様……わ、私……私は……どうしたら……」
すでに司馬敏は、小さく出した声と小柄な体が怒りで震えていた。
司馬懿は、一刀の右手を強く握り、厳しい表情のまま無言で目を閉じていた。
そう、作戦は―――明晩なのであった。
街ではまだ何も準備が出来ていないのだ。今、騒ぎになれば明日の作戦が失敗するかも知れない。
大きな正義の為に……小さな犠牲は……やむなしなところがある。
それがごく『一般的』な『常識』且つ『正義』なのだ。
―――――と、普通はそう考えるモノなのである、が。
「はぁぁぁ……あのぉ仲達さん?」
「……なに?」
「予定を一日早くしても……いいかな?」
司馬懿は『コイツは何を言っているんだ?』という顔をして、横の男の顔を見た。
彼は、優しくはにかんでいた。
その顔を少し眺めた司馬懿は……彼女も口元を緩めながら尋ねてくる。
「……………………別に? 指揮官は貴方だし。……でも大丈夫なの?」
「まぁ……なんとか……するよ(昔の地獄な修行に比べれば楽勝あるよ♪)」
「兄上様ぁぁぁ!(小声)」
司馬敏は、嬉しそうに笑顔で一刀へスリスリと抱き付いていた。
そう、作戦を変えられるヤツが、決定できる人物がココにいる。
準備的(剣が有れば特に不要)にも人的(兵力:1)にも能力的(当責任者で仙人級)にも。
そして―――一刀は一度決めたら迷わないのである。
一刀は、司馬懿と司馬敏に素早く指示を出すと動き出した。
一人きりで広場の中を悠然と歩き、女の子の連れ込まれた小屋へ向かう。
歩きながら……脳内に貯めに貯めているお宝記憶映像の一つをロードする。本日は、昨日の湯殿の美女三人白スク水桃源郷でございま~す♪ 白地に薄く朱に染まった肌が濡れて張り付き、スケスケのプルンプリンで桃でシリなのである。パイ●ンなのである――。
たちまち、一刀の身に一瞬で満ちて来ていた。そうハレンチな―――『無限の気力』が!
今更でも言っておくが、これも一刀の『正義』なのであった。
広場周辺の賊らも皆、先ほどから小屋の方向へかなり気を取られていたので、広場内を一刀が歩いていてもすぐには外部の者と気付く者はいない。
小屋の周りには、男達が中の様子にイヤラシく聞き耳を立てて屯(たむろ)していた。
一刀は、その男達の後ろから静かに近付くと、最後尾より順番に軽く男達の首筋へ手刀を振り下ろしていく。すると男達はドサドサと倒れ、そこに屯していた十五人ほどが動かなくなった。『飛加攻害』である。彼らは気絶していた。加えて半日ほど呼吸以外は声や手足が動かない神経系への絶を掛けてあった。
そのまま小屋の扉を開ける。鍵が掛っているが『剛気』で扉及び鍵ごと力技で引き抜くように開けた。
中では、先ほどの小柄な男が上半身を脱いでいて、女の子の服を破り掛けようとしていたところだった。
いきなり鍵ごと扉が開いたので、驚いた小柄の男へも『速気』で剣を抜き、剣の腹でこめかみの辺りを軽打する。刀から伝える『飛加攻害』であった。男は叩かれた反対側へ卒倒して動かない。
女の子は状況が分からずに怯えていた。一刀は、温の街から来た盗賊取締りの役人だと告げて、女の子の縛りの縄と猿ぐつわを取ってあげた。そして小屋の中から外を伺う。
すでに、異変に気付いた賊の数名が動き始めていたが、周囲の気を探ると全体の動きは鈍いみたいだ。まだ全員がこの広場へ出て来ていない様子だ。その時、この小屋へ広場の外側を隠れながら回り込んで来た司馬敏が入ってくる。
一刀は司馬敏へ女の子を預けると、小屋から出ないように指示をする。司馬敏へは小屋から敵を牽制し、広場へ誘き出し注意を引き付ける囮役を頼んでいた。
一刀は小屋から素早く出ると、小屋の周りの安全を気を探り続けながら確認し、自分は広場の外側に回り、小屋へ近づく為に広場へ出ようとする盗賊らの気を捉えると、片っ端から接敵し『飛加攻害』を剣から伝えたり、飛ばしてぶつけて倒していった。
五分程で八十人ほど倒すと、さすがに盗賊の首脳部も忍び込んで来た奴らが何かおかしいと騒ぎ始めていた。
何と言っても、見つけた倒れているヤツは息をしているが、皆目覚めることなく動かないという怪現象は起こっていたからだ。
「なにが起こっているんだ!」と不気味になってくるのも当然と言える。
どうやら思惑通り、盗賊達は小屋の中に時々扉の隙間から顔を出す司馬敏の方に注意が行っており、広場の外で隠密行動を続けている一刀には気が付いていないようであった。
だが、盗賊達は小屋に対して火矢を用意し始める。もう時間は掛けられない状況になって来ていた。幸いと言えるのかわからないが、盗賊の残りの二十七名は固まったところに居た。
一刀はそこへ、広場の外周を回って静かに乗り込んで行った。
そこは丸太の壁の反対側に当たるところで、広場の外側に広めの通路が伸びている所であった。固まっていれば安全という集団心理なのだろうが、当初の小屋の前で屯していた仲間が大量にヤラれているのに学習能力は無い感じに思えた。
一刀は即『超速気』を使い、二十七名へ一気に接敵し個々に両手の手刀で『飛加攻害』を掛けていった。一刀が『超速気』を解いた瞬間、二十七名がバタバタと倒れていく。
もう周辺に動ける気は感じない。
その様子をそっと小屋から見ていた司馬敏へ、一刀は「終わったよ」と苦笑しながら優しく声を掛ける。「す、すごい……」と言いながら辺りを見回しつつ、司馬敏は捕らわれていた女の子を連れて、遠巻きに一刀の傍まで来るのだった。
最後に倒した二十七名の内、中心にいた頭目と思われるガッチリしているが少し細身の男だけは気絶させずに体の自由だけを奪い、声は出せるようにしておいた。
頭目は狼狽していた。すべてが一瞬の事で何が起こったのか全く分からなかったのだ。まさに、酷い悪夢のようなものだろう。
火矢で追い込もうとしたつもりが、気が付くと急に動けなくなって地面に転がっていたのである。
居たことに気付かなかった一刀が現れて、思わず頭目は口走る。
「お、お前は何者だ?! これはなんなんだ!?」
「俺は、ただの盗賊集団の対策責任者だ。この技は剣技と気功術の合わせ技(適当で本当の事は教えない)だよ。ヘタに逃げると一生もとに戻らないからな。そのままだぞ」
「グッ……。た、助けてくれ。倉庫にある金目のものは全部やってもいい。そうだ、アンタ、仲間にならねぇか? アンタなら―――」
一刀は再び素早く『飛加攻害』を、頭目の声帯へ剣の腹を当てて掛ける。話を聞くだけ無駄だったと。後は役所の人達が彼らの罪を裁いてくれるだろう。
地面には百七人の盗賊が全員無傷で転がっていた。戦闘開始から一刻(十五分)後の事であった。
さて司馬懿だが、一刀は彼女には来た道を戻ってもらい、捕縛用の兵を街から呼んで来てもらう事にしたのだ。途中に居る見張りは最悪の場合、切って動けなくするか、倒すように指示した。一度通って来た道を戻るのだ。暗がりでも司馬懿には難しいことでは無い。
結局彼女は不意を付いたとは言え、それぞれ一撃で、そして剣の柄だけで二人の見張りを悉(ことごと)く失神させ、賊の腰帯で手と足を手際よく縛上げると、脇の目立たない草陰へ転がしておいた。
司馬懿は、二か所での対戦を熟し二刻(三十分)程で林の馬車の所まで戻って来ると、温の街へ急ぎ馬車を走らせ始めた。
すると間もなく……司馬朗が乗る馬車に続いて街の守備兵を五十人ほどゆっくり駆けるぐらいの速さで率いて来る一団に出くわすのだった。
「明華?! 一刀様と、小嵐華は!」
「姉さんこそ! ……そうですね。こちらから報告したほうがいいでしょう。驚かずに聞いて下さい」
司馬朗は緊張する。……まさか、見つかって誰か動かせないほどの怪我でも、と。
「明日と言っていた作戦決行を……今、やってるわ」
「…………はいぃ?! それって一刀様が今、戦っているの?! 一人で?!」
「そうです。あと、小嵐華は囮をやっています」
「…………」
司馬朗は、司馬懿からの想像の斜め上の回答に少し固まっていた。
そんな姉を気付かせる意味もあり、今度は司馬懿が質問する。
「ところで、姉さんは? その兵達は……もしかすると我々の護衛ですか?」
固まっていた司馬朗の目に生気が一瞬で戻り、加えて気合いが入ってきた。
「………そうよ。でも明華! これから一刀様と小嵐華の加勢に行くわよ!」
「そうね……」
その姉の気迫は、もう誰にも止められそうにない勢いがあった。
おそらくすでに戦いは終わってるし、現場に人手が入って丁度良いので止めるに及ばずと従った。
ただ、馬車が足りないと夜通しで連行することになりそうであるが。
司馬朗と司馬懿らの一隊が森の傍に近づくと、森の中から司馬敏と掴まっていた女の子が盗賊の作っていた道を通って出て来たところであった。
もちろん一刀により事前に、この道の見張りが司馬懿に倒され道の端へ転がされているのを気によって掴み、もう安全だと確認していたのは言うまでもない。
司馬朗が先に声を掛ける。
「シャオラン!」
「優華姉上様!」
司馬敏は司馬朗の馬車のところまで、女の子を連れて近寄った。
「大丈夫?! それで一刀様は?!」
「兄上様はもちろん無傷でご無事です! 奥で応援が来るのをお一人で待っていますよ!」
そのあとは、司馬懿が兵らを仕切っていた。どうしてかというと……。
それは、すぐに司馬朗がその場から馬車ごと居なくなっていた。
彼女は森の暗い道を馬車から何度か落ちそうになりながら走り抜け、拠点の広場で出迎えた一刀に会うと、馬車を飛び降り急ぎあの小屋の中へ彼の手を引っ張って入って行った。
一刀は余りの司馬朗の勢いに怒鳴られるかと思いきや、彼女はいきなり一刀の胸へ抱き付くとその胸へ頬をスリスリしてきたのである。
「あ、あの……優華さん?」
一刀がそう言っても、司馬朗はずっとスリスリスリスリしていたのであった。
司馬懿は、自分の乗っていた司馬家の馬車を司馬敏に預けた。伝令の兵を一人とあの女の子も乗せて。それは百十人程の賊を運ぶため、更に馬車の応援を寄越してほしいと伝える為でもあった。
そして司馬懿と兵らは森の中の道を小走りに進み、途中に転がしていた賊も拾って広場まで到着した。
司馬朗の乗った馬車を見つけると積んであったいくつかの縄を下ろして、一刀が広場に集めて転がせてある賊らの手足を縛るように伝えた。
司馬懿は、一刀と司馬朗がいないので探してみると……例の小屋にて姿を見つけた。
兵の手前もあり自重してほしいところである。
(場所を弁えてください、姉さん)
……まだスリスリしていた。(一刀はずっとクンカクンカしていた……)
一刀と司馬朗ら四人が『司馬家』へ戻って来たのは、日付を大きく超え、もう朝方の寅時正刻(午前四時)ごろであった。
賊たちは全員厳重に縛られ、後の増援で来た馬車に分けて乗せられ、城の地下にある牢屋に放り込まれた。一刀は役所へ出向き、事の次第を説明した。最後は途中から緊急の知らせを受けた県令の王渙や一部顔役、治安の長も加わっての報告会になった。
報告会が終わったあと、夜も遅いという事で役所内にて休んで行ってもらえればという話も出たが、馬車もあり司馬家は近いということでこうして帰って来たのであった。
すると、司馬防と司馬孚が寝ずに出迎えてくれたのである。
「みな、大役お疲れ様でした。軽い食事と湯殿を用意してあります。疲れを癒してゆっくりと休みなさい」
司馬敏は役所を出る頃には馬車の後ろで、すでにうつらうつらしていたが、家に着く頃にはぐっすり夢の中であった。一刀が荷台から静かに下ろしてあげると、そこからは使用人らが二人来て引き受けてくれ、そっと彼女の寝床まで運んで行ってくれた。
一刀はとりあえず、食堂広間へ用意されていた座卓の上の塩の効いた握り飯と漬物をいくつか頂いていた。その右横の席にはピッタリと司馬朗も寄り添って握り飯をお箸で頂いている。さらに何故か左横に司馬孚が静々と寄り添って座り、お茶を頂きながら一刀をじーっと熱い目線で見ている。そして、正面には司馬防が静かに微笑んで一刀らを見ていた。
(また……おっぱいに包囲されてる? 夜中なんですが。いえ、もう明け方前ですよね?)
軽食を終えると、一刀らは体が埃っぽいのでお風呂を頂くことに。今日は緊急でもあり、母屋の湯殿にお湯が張られていた。
そして、横板で一部区切られた広い脱衣場で、一刀は使用人長の銀さんに脱ぎ脱ぎされていた。
脱ぎ終わり、腰下に軽く白布を巻いて、さあ湯を浴びてのんびりとさっぱりしよう、そう考えていたのは……やはりそれは幻想だった。
脱居場所を振り返ると、司馬防、司馬朗、司馬孚の三人の美しい女の子らが、すでに薄っすらな汗に透け気味のパツンパツンの白スク水着風の湯浴み着のボディを見せつけ、匂いもムンムンと漂わせ、顔と体をすでに火照らせながら『獲物』をニッコリと笑顔で待っていた。
「あぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!」
一部が露天されていた屋根の一角から、新月に近い弱い月明かりが射す夜中の湯殿に一刀の悦楽な声が何度も響いていた……。
だが、まだ夜が……夜の女の戦いが終わったわけでは無かったのである。
「異議ありぃぃぃーーーーーーーです!」
すでに湯殿にて数度『天国』を味わってしまっていた一刀は、体の隅々までを綺麗にされ、さっぱりとした湯殿から、寝床のある客間へ移動しようとしていた。
しかし、その一刀の右横には……司馬防がそっと夜の女の顔をして、しっとりと寄り添っていたのだ。
それを見た司馬朗が司馬孚を従え、廊下にて『異議』の声を上げていた。
彼女達は知っている。司馬防は今、羽織っている着物の下には『何も付けていない』という事を! ……自分達も同じだからなのだが。
「これから、司馬家で決めたいことがあります。『夜』についてです!」
再び食堂広間へ、軽食の用意されていた机までやってくる。
配置は先ほどと同じ。司馬朗と司馬孚でその栄光の部位にて、一刀を挟み込むように座り、正面に司馬防が座る。
司馬朗は机の上へ、懐から取り出したものを一つ静かに置いた。
それは朱色の紐で編まれた宝石の付いたお守りだった。……微妙に『安産祈願』の。
「まずこれを一刀様にお渡します。一刀様はこれを今宵はこの人と……という方へ日中に渡してください。それを夕食後の良い頃合いに、現在家を預かっている『私が』確認します。今宵はみんな疲れていますので『お開き』ということで」
司馬朗は横の司馬孚が頷くのを確認する。そして前の……女として強敵な自分の母の様子を伺った。
「……分かったわ。ただし、私は中央の仕事へ戻らなければいけない事を考慮して頂戴。なので明日は『私』で。そして、一日おきは必ず『私』ということで。そしてその間の一日は『私を含めた』中からということなら」
ここ数日を考えれば圧倒的に不利な条件と言える。最悪夜は母の連荘も有り得るからだ。しかし、近いうちに司馬防が中央に戻ればそれはなくなる。母への気持ちもあり……悪い条件ではない。
司馬朗は司馬孚の方を向いて意見を伺う。司馬孚も辛そうな顔をしているが考えは同じようで、小さく頷くのであった。それを受けて司馬朗も決断する。
「わかりました。それで決定します!」
とりあえず、一刀の意見は一切確認されなかったことだけは確かなようだ。
このころ、大陸にある噂が流れた。
大陸の西の奥を治めていた皇族でもある君主の劉焉が亡くなったと。
そして劉焉の後を継いだのは、子の劉璋であると。
だが、この者に対しての勢力周辺での評判は、概ね良くなかった。
この者には民の為に良い政治を行う思いも、
良く働いた家臣らに褒美や宴を開いてやる思いも、
かつて都に献帝の友人として送られ、帝から劉焉の独断を諌めてくるように言われ領地へ戻ったが、それを実行する思いも、
戦力の一部だとはいえ、悪行も働く東州兵を取り締まる思いも、
いまだ無かったのである。
しかし、それには『偉大』な理由があったのだ。
劉焉には子に劉範、劉誕、劉瑁、劉璋といた。
だが、劉璋の上の姉三人は病により、すでに相次いで亡くなっていたのだった。
世継ぎで残ったのは、劉璋だけであった。劉璋は、劉焉の少子(末の子)なのである。
すなわちそれは―――
まだ、かわぃぃよぅじょ(幼女)だったのである!
偉大なるよぅじょが、何もしなくてもそれはツミではない!(某家臣黄権の談)
偉大なるよぅじょに、何を求めてもムチャである!(某家臣王累の談)
偉大なるよぅじょは、そこに居るだけでシフクである!(某家臣張任の談)
かわぃぃよ、かわぃぃよ、かわぃぃよ、かわぃぃよ、かわぃぃよ、かわぃぃよ~~。
幼女君主劉璋万歳~!!
だが、この事がのちに想像を超えた騒乱を呼んでいくのである。
つづく
2014年09月19日 投稿
2014年09月20日 文章修正 なんでだ…また、西と東を勘違いしてた…otz
2014年09月25日 陶謙について本文加筆
2014年10月24日 文章見直し
2015年03月19日 文章修正(時間表現含む)
2015年03月22日 八令嬢の真名変更
2015年03月29日 文章修正 +管路の容姿
解説)操るのは仙人
これは、人に関わってはいけないという仙人の掟に反しています。
しかし于吉を倒せる暗殺仙人がどれほどいますか……。
于吉は、意識の無い状態の関羽に接触しようとしました。一応、その時に関羽に対してはバレようがないからですね。
まあ、今回は未遂ですけど。
ドウデモイイ設定)おっぱい連呼!
意味不明な言葉ということで、『ぱいおつパイオツ…』にしようかと思いましたが、やはりシンプルイズベストで!
解説)温の周辺の地形
go●gleやyah●oの衛星写真でも温の位置や周辺の地形は概ね確認できる。洛陽から近いですね。60キロぐらいの距離です。馬なら十分日帰りできますね。
解説)司馬懿は使用人らへ馬車の準備の指示を出す。
この時、役所へ行くであろう司馬朗の分も当然指示しています♪
解説)馬の暗視能力
馬の眼球の構造は人と違います。
通常入ってくる光に加え、網膜の後ろ側にタペタム(輝板)が存在し、その反射光が視細胞を刺激するため、二度光の刺激を受ける仕組みなのである。
月明かり程度で草原を駆け回るに苦も無いレベル。
見通しの良い街道なら、相当月が欠けていても道はハッキリ見えてます。
解説)劉璋の上の三人
史実では董卓死後の李傕を殺す計画がバレてそれ関連で殺害されてますね。
パロディ?)幼女君主万歳~!!
これが後の『傾国の幼女』の語源である……。
……これで一作書けますねぇ♪