真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~   作:カメル~ン

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第➋➍話

 

 

 

(―――周囲の気を感じ取れない?!)

 

 一刀の頭は、当たり前になっていた気を探るという事が上手く出来ない状況に、一瞬真っ白になりかけていた。

 

「一刀殿? 水華ですが」

 

 そんな一刀へ再び、客間の折り畳み戸の扉の外から司馬防の声が掛った。一刀は大の字になっていた寝台から反射的に少し起き上がる。

 

「あ、ああ。……どうぞ……」

 

 しかし、その一刀の声は動揺のため僅かに震えていた。

 いつもの一刀なら、人の『気』は建物や植物よりも圧倒的に強いため捉えることが容易である。なので精神を集中して物体から発せられる気だけで、完全に情景を捉えていなくても接近が分かるのだ。そのため一刀は先ほどから、客間の周囲に対しての人の気だけを探るようにしていた。

 そのはずであったが……完全に気を捉え損ねていた。いや、気が全く探れていなかったのだろう。それが意味するところは―――。

 客間の扉を静かに開けて、司馬防はゆっくりと部屋へ入って来た。そして扉を閉めると一刀が横になっている寝台へ頬を染めながら、布団の上に起き上がっている一刀の顔を見つつ近づいて行った。

 だが、その一刀の様子が少しおかしいのであった。

 それはこれから始まるであろう、二人の熱く激しい夫婦的な子孫繁栄行為への期待や緊張に対してなのかと思ったが、彼女はここ数日一刀を見ていてそうではないことに気が付く。そしてその一刀の顔は真剣な表情をしていて、彼の視線は静かに両の腕へと落ちていた。

 

「一刀殿……どうかされたのですか?」

 

 司馬防は心配そうに彼へ声を掛けた。

 一刀は―――なんとか少し落ち着いてきていた。

 咄嗟に基本へ返り、自分に流れる気を捉える確認をしていたのだ。今はちゃんと気の流れは『視え』ている。ぐっと気を入れてみると『剛気』から『硬気功』も出来ているし、部屋の中の情景や、目の前の司馬防の体も『気』の流れの細かい所まで目線を向けなくても捉える事が出来ていた。

 

(じゃあなぜ……。今後『気』が……『神気瞬導』が使えなくなるとか洒落にならないぞ)

 

 一刀は『超速気』にて自己感覚の時間を引き延ばして現状を検証する。

 ここで一刀はある箇所の体の変化に気が付いた。

 

 『もっこり』が萎えてしまっていることに。

 

(いやいや、ちょっと待て。以前も『もっこり』の最中でも『神気瞬導』に問題は無かったはずだ。なぜ、今回だけ……)

 

 その時ふと一刀は思い出す。

 ここ数日、気が捉えられないことが何度かあった事を。これは何か……嫌な予感しかしないのだが……そう『条件』があるのではないだろうか?

 そして、考えが辿り着くのだった―――そのとき何を思っていたのかを。

 

 

 

 『●●と熱い、激しい子作り行為がしたぁぁぁぁーーーーーい!』

 

 

 

 そう思っていた事を。そして、●●に入る対象が……雲華以外であった時に限ることを……。

 

(うおぉぉぉーーー!? こ、これは……まさか……………)

 

 一刀は改めて気付く。雲華が『悪魔』さまだったということに。いや、もう天に召されたし(現実は違うが)、これは……『魔王』さまにランクアップしてもいいよね?

 もう、おわかりいただけただろうか?

 

 雲華は、自分以外の女との意志のある子作り行為(究極の愛情表現)由来の『気』に対して『(一刀、死ねばいいのに!と致命的になりかねない)なんらか』の足枷を付けていたのである。

 

 そして―――それと共に一刀は雲華と別れる直前の事を思い出す。自分の決意していたことを。

 

 自分が『一人前になる』旅に出ようとしていた事に。

 

 雲華はそれに対して言ってくれた……『待ってる。君との楽しい思い出と一緒にずっとずっとこの家で待ってるから』と……まさに、想いの籠った言葉だった。思い出すと涙が流れそうになる。

 しかし、彼女の言葉は―――『待ってる』とは『逃がさない』と同意である!

 彼女は足枷により『神気瞬導』が弱まる、もしくは影響(最悪、術の喪失)が大きくなると、一刀は泰山に戻って来る可能性が高くなる……いや、帰らざるを得ない状態になると考えていたのだろう。

 一刀も彼女の性格から『逃がさない』という事は当然分かっていた、分かり切っていたのだ。

 いや、あのときはそれで全然良かったのだ。雲華の事が好きだったのだから。『俺が逃がさない!』という思いであったから。

 

 しかし今は―――足枷『だけ』が残っているのと言える。

 

(…………………マジか?)

 

 『超速気』の時間感覚で二分ほど固まっていた一刀だった。そして、呪縛が解けるように動き出す。彼はふと重要な事に気付く。きっと雲華と過ごした時間に教えてもらった大事な事なのだ。

 

 それは一刀の矜持と言える。

 

 

 

(俺は今もう――――――『一人前』なのか?)

 

 

 

 それは…………断じて『否』である。

 自分が『一人前』だったら、雲華もこんな足枷を付けたりしなかったかもしれない。

 

(そんな……そんな半人前の俺は……今から何をしようとしていたんだ? 雲華はもういないけど、水華殿や優華達とは相思相愛かもしれないけど……、湯殿での桃源郷は間違いなく『天国』なんだけど! ―――『一人前』とはなにか。確かに盗賊らは倒して街は守ったよ、立派なことだ。だけど、たまたま司馬懿の情報やみんなの協力があればこそだった。それに賊討伐は『人として』という話だ。『一人前』とは違う。それを宴に招かれたり……皆にちやほやされて。……間違いなくここ数日、好意を受けている司馬家の高貴で豪華で贅沢な生活に浮かれていたんだろう。だいたい日々の『神気瞬導』や剣術の、そして『漢字』の読み書きの修練はどうしたんだ? ……調子こいてんじゃねぇぞ、俺! それに雲華の敵を討とうと言うヤツが、いつまでも見えない敵にうじうじビビってんじゃねぇ! 来るなら来やがれだ! そして―――)

 

 一刀は両手の拳をゆっくりと、そして力強く握り絞めながら新たに思う。

 

 

 

(……雲華の敵を討つまで死ぬわけにも、雲華が命まで掛けて教えてくれた『神気瞬導』を、今絶対に失うわけにもいかない―――!)

 

 

 

 一刀は『超速気』を解き、下を向いていた顔をゆっくりと上げる。

 寝台の傍に司馬防が静かに立っていた。彼女は今夜も綺麗であった。髪を全て下ろし花の髪飾りをし、見事な打掛を羽織っている。花飾りと打掛は毎夜違うものを身に着けてくれているのが分かる。その顔は恥ずかしいそうに頬を染め、可愛いのであった。いい女なのであった。一刀は気持ちの変化にも関わらず、思わず女の子な香しい匂いにクンカクンカしてしまうのだ。

 先程、廊下で別れた時の互いの想いはひとつであった。

 だが一刀の考えは……今の気持ちは少し変化を見せていた。

 司馬防は、女として一刀の表情から先程と違うものを感じ取ったのであった。だが、それはイヤな感じのものではなかった。

 一刀の目と彼の雰囲気からは何か、これまでに無かった湧き上がる力強さを感じていたのだ。

 しかし、彼女は今日の自分の願いが少し遠退いたのも感じるのであった。

 

「水華殿、俺は大事なものを改めて思い出しました。俺はここへたどり着く前に決めていた事があったのです。それは俺にとっての重要な男としてのケジメでした」

 

 司馬防は静かに穏やかな表情で話を続ける一刀を見ている。

 

「貴方と熱く一つになるには……俺はまだまだ未熟です。俺はもっと修練を積み成長し、自分で考え行動し、結果が出せるようにならないといけない。そして少なくとも自分の納得できる、武に頼りすぎる事のない仕事を持ち、投げ出すことなく継続して日々それを熟し、それによって糧や財を得て、自らで己の住む居を構えなくちゃいけない。それは大きくは無くも。そして……(アイツの敵も―――)……だから今は……」

 

 一刀は、今の今まで司馬防が期待で高まっていたであろう気持ちを嬉しくも申し訳なく思い、いつの間にか力強く握り絞めた拳へと視線を落としていた。

 すると司馬防は、寝台の上へ静かに座り靴を脱ぐと、一刀の横へ近寄り、彼の握った拳の上へ優しく自分の手を置いてゆっくりと話し出す。

 

「一刀殿……我が司馬家にはすでに屋敷や十分な蓄財と力があります。でも貴方はそう言ったことにはこだわりなく、それだけの武を持ちながらも、謙虚で真っ直ぐで。そう言ったところに私……そして娘達も魅かれているのでしょう。貴方は武人なのですから、思うまま力強く歩んでほしいの。でも……貴方を満足させられる私の女としての時間は、もうそんなに長くありません。長くても数年……せめて一年ぐらいは残していてくださいね」

 

 そう言うと、司馬防は一刀へゆっくりもたれ掛かると肩へ頬をスリスリとしてきた。一刀は司馬防のいじらしさにグッとくるのであった。一刀も思わず寄せられてきた彼女の頭に顔を寄せ、髪へ優しくスリスリやナデナデしてしまっていた。

 そんな優しく自分に接して来てくれる一刀へ、司馬防は嬉しそうに鋭い想いをあっさりと確認してくる。

 

「でも、一刀殿……熱く一つにならなければ、イイんですよね?」

「…………………………………えっ?(それは……確かに)」

 

 

 

 ――――――いいかも。 (いやいや、イカンでしょう)

 

 

 

 一刀の中の『正義』を名乗る強欲な悪魔な想いと気の引けた天使的な思考が、言葉を合わせて聞こえたような気がするが、一刀と司馬防の『一つになる一歩手前』な熱い夜は更けてゆく……………いや、現実を見るとそうもいかなかった。

 熱く激しく一つになるのなら、司馬防は多少の寝不足も無理にでも頑張れたと思うが、明日も朝から周囲の街からの訪問客で大変になることは分かっていた。

 そのため二人は、同じ臥所に入るも暫しの間、懲りずに互いを軽くサワサワナデナデだけする内に、疲れと心地よさからか共にスヤスヤと眠りに落ちてしまっていた。

 ちなみに、司馬防が布団へ入る直前に打掛を脱いで見せてくれた下の、取り寄せたスケスケ夜伽衣装がスゴかった……黒のテディ風で、胸から腰までの一体型だが、湯浴み着よりさらに布が少ないにもかかわらずスケスケの前部分しかなく、お尻と胸の後ろはTバック風な紐状の布と結び紐だけであった……。余りの桃尻とおっぱいな光景に、一刀の『もっこり』は再発動してしまい、一瞬固い決意が飛びそうになったのは言うまでもない。

 

 それなりに二人の夢の中の夜は更けてゆく…………。

 

 

 

 

 卯時(午前五時)の前辺りから、司馬家の使用人達は動き始める。主(あるじ)や家族の世話への準備と厩舎の飼葉や掃除をするためだ。早番と遅番があり、使用人達全員が早く起きるわけではない。

 一刀はその彼女らの気を捉えると、目を覚ます準備に入った。鈍った体を再び鍛えようと考えていたのだ。そうと決めたら一刀は即実行に移す。

 一刻(十五分)程布団の中で、使用人長の銀さんの準備が整うのを待っていた。彼女は一刀の世話をしてくれるが専任と言うわけでは無く、当然他の自分の仕事も持っているのだ。彼女は毎日、朝早くから起きていて夜も結構遅く、また部下への指示やフォローもしなくてはならないのだ。そしていつも思慮深く手を抜くことなく、笑顔で事に当たってくれているのであった。

 すぐ近くの周りにいるこういう姿が『一人前』なのだなと一刀は思っている。

 一刀のすぐ横ではまだ、司馬朗が静かに眠ったままであった。一刀はそっと布団の端に寄り、靴を履いて静かに寝台を後にする。寝台横の『呼び鈴』を取ると折り畳み戸の扉のところまで移動し、扉を少し開けて隙間から手を出すと『呼び鈴』を出来るだけ小さく鳴らした。

 すると、結構耳の良い銀さんが静々とやって来たので、一刀は扉の隙間から寝床の司馬防を指すと小声で話す。

 

「ギリギリまで寝かせてあげたいんで、他の部屋で着替えたいんだけど。あと少し体を動かしたいので木剣のような物と、身軽で汚れても良い服を」

「畏まりました」

 

 一刀は銀さんからそのまま隣の客間へ通されたので、そこで少し待つと彼女が持ってきてくれた服に着替えさせてもらった。

 その後、一刀は客間を出るとまだ薄暗い庭の中を進む。四か月程の放浪の間も特に修練をしていない(した記憶もない)ので、自分から行なうのは随分久しぶりと言える。屋敷の西側に広がる広大な庭の離れたところにある司馬敏と朝の稽古をしたあの小さめな竹林へ、その中の静かな空間へとやってきた。

 一刀は、軽く体を伸ばしたりと柔軟体操のような準備運動をする。

 雲華や木人くんと修行をしたときは、ほぼいきなり対戦に突入していた。確かに実戦は準備運動なんてする暇はないだろう。そういえば、司馬敏の時もいきなり始まったなと思い出していた。

 とは言え、一刀は一刀である。両肩を回し、首を回し、足の屈伸や背伸びをして一通り準備運動をしてから修練を始めた。

 そして、貸してもらった木剣と刃の潰された剣を、肘を伸ばした状態で右手と左手にそれぞれ持つ。今は周囲の『気』は探っているが『剛気』を解いているので、それぞれそれなりに少し重たく感じていた。

 『神気瞬導』で力を発揮するには、基礎体力を向上させることが望ましい。なぜなら、その向上した分も加えて『神気瞬導』で強化、倍加されていくからだ。なので、一刀は『速気』や『剛気』を使わない状態にて、両手でそれぞれ剣を数分の間、振り続けてみる。

 一刀は自分の剣(つるぎ)については、軽く丈夫なので『日本刀』のように扱っている。だが、雲華と別れる前の数日間に、剣や刀に付いての基本的な扱い方も改めて聞いていた。なんと言っても大陸には大陸風の剣使いが多いのだ。相手の武器の特性をきちんと知ることが肝要なのである。

 大陸の剣は長い剣身と両刃が特徴で、切り払う事も出来るが刺すことが主な目的だ。片側にしか刃がなく、鍛錬された細い刀身を持って目標物を素早く断ち切る『日本刀』とは大きく異なるのだ。もちろん大陸にも『刀』は多く存在する。しかし刃が広かったり、うねりも大きい形の柳葉刀風が主流で、重量と遠心力をつけ斬りつける形で威力を発揮する。初めて一刀が『超速気』を使った日に、木人くんが槍から持ち替えて使った実剣は南刀に良く似た刃が広めで真っ直ぐな片刃であった。

 そんないろいろな剣の扱い方を思い出しつつ、途中で左右の剣を持ち変えて振るう。

 やはり、放浪でかなり痩せたことで、筋力まで結構落ちているため基礎体力だけの運動は想像以上にキツいのであった。身長が百七十五センチ以上ある一刀は、元々の体重が六十六キロほどあった。それが今は、本人は正確には知らないのだが五十七キロほどになっている状態なのだ。

 幸い司馬家では食事には不自由しないので、鍛えていればそのうち筋肉は戻って来るだろうと、そう思って一刀は剣の修練を続けていく。実際に司馬家に来てからすでに一キロ以上は戻って来ていた。

 一刻(十五分)程すると、それなりに全身へ筋肉疲労を感じてくる。一刀は体が相当鈍っているなと強く感じていた。先日の司馬敏との剣練ではずっとクンカによる『無限の気力』もある上で『速気/超速気』を使っていたので、その時は軽めに歩いているぐらいの疲労感覚だったのだ。

 今日もすでに朝から司馬防の香りをクンカしての『無限の気力』で気が満ちているので『瞬間回復』を使って、普通の運動による筋肉的な疲労をほぼ元に戻していった。

 一刀は筋肉疲労をそうして一瞬で取ると、両手の剣を傍らへ置き、辺りを見回す。すると直径五寸(十二センチ)ほどの結構太目の伸びた幾つも並んだ竹を見つける。次は全身の筋力をバランスよく付けようと、その竹の一本に登りはじめた。木登りは自分の体重を使って、腕と足と腹筋と背筋や心肺機能等、全身を同時に鍛えることが出来るのだ。ただ木の場合は上の太い枝で休めるが、竹の場合は枝が細い上に上部にしかなく、登りはじめると降りるまで普通なら休むことは出来ないので少し注意が必要である。一刀の場合は疲労した場合でも途中で『瞬間回復』によって回復できるので問題ないのだが。

 そして、竹は樹木よりも表面が滑らかな為に掴みずらかった。それは握力とともに挟み込む腕力や脚力も必要なのだ。実に良い運動である。

 二丈半(六メートル弱)ほどまでを登り降りすると、一回でも相当な全身への負荷になっていた。『剛気』を使って登り降りすれば、百回行ってもこれほどの疲労にはならないだろう。

 一刀は疲労回復と登り降りを十回ほど繰り返していた。

 

 そんな時、早起きな司馬敏が遠目に一刀を見つけたのか「おはようございまーす! 兄上様ーーー!」と呼びながら嬉しそうに駆けて来た。

 一刀も「おはよう、小嵐華」と返す。すぐに司馬敏は笑顔で尋ねてくる。

 

「兄上様は朝の修練ですか?」

「ああ。皆には朝食のときに改めて言うつもりだけど、いろんな意味で自分を鍛え直さないといけないなと思い出したんだ。ここ数ヵ月で随分体が痩せ衰えてしまっているから、まず体力を元に戻しつつ基本を思い出して修練をやらないと」

「そうですか。でも、いいことだと思います! まずは体が資本ですから!」

 

 元気の良い司馬敏らしい意見だった。だがそのあと、司馬敏には珍しく少し頬を赤くしておずおずと聞いてくる。

 

「あの……、それは母上様との……それとこれから私達姉妹との……つまり、その……」

 

 元気が取り柄の司馬敏ではあるが、女の子として『それ』は言い難そうであった。だが結局一刀には元気に言ってくれる。

 

「……兄上様はそこまでして『子作り』を頑張りたいのですね! 私達を相手に全力で『したい』んですね!」

「…………………………」

 

 イロイロ『したい』のは否定しないが、今回それは違う。

 一刀はそう思った……。

 

 一応、司馬敏には体力を元に戻すのはそれ(子作り)とは別の事で、理由は後で話すからと告げて体の鍛錬に戻った。それでも「わかりました! でも子孫繁栄に体力は不可欠ですよね!」とあくまでも持久力関係に期待しているようであった。

 話題を変えようとふと、一刀は自分のやっていた事を聞いてみる。

 

「竹登りやってみたよ。シャオランはしたことある?」

「得意ですよ! やってみましょうか?」

 

 そう言って、あっという間にするすると身軽に登っていき四丈半(十メートル)ほどの高さまで到達すると手を振り、隣の竹に飛び移ってそして一気に降りて来た。

 どう見ても、一刀とは基本の身体能力が違いすぎると改めて思ってしまった。

 司馬敏は『神気瞬導』を使っているわけではないのだ。今もケロリとしている。雲華も元々の身体能力が高かったのを思い出した。この時代の武の達人たちは凄いのである。

 しかし、一刀も気を取り直す。竹登りにもコツがあるはずで、そして体力が戻れば多少は速く登れるはずだと考えた。

 

「うまいもんだな。慣れてるのか?」

「遊びが少ないですから、小さい頃から登ってました! でも、母上様や優華姉様からは司馬家の令嬢が余りするものではありませんと言われて、ここ三年ほどは登っていませんでしたけど」

 

 ニハハと司馬敏は、薄緑の扇状の髪を揺らしながら苦笑いする。

 それから一刀と司馬敏は、折角一緒だしということで共に剣の練習をはじめる。

 これは一刀にとって重要な『正義』の名の元でのクンカタイムでもある。昨晩は朝まで司馬防と一緒に寝ていたので、クンカプレミアムタイム継続中と言ってもいい。

 ゆえに『無限の気力』も継続中なので気が不足することはない状態だ。

 一刀は、司馬敏が身体能力の高さから目や剣速による攻撃にまだ頼っていると司馬懿が言っていたのを思い出す。

 そこで、多少ゆっくりな剣舞形式で、敵の攻撃に対してどう受けるべきか、反撃するべきかを考えながら対戦することにした。考える攻守者は強いからだ。一刀はそれを普段からやっておく事が実戦での助けになると思っている。

 慕う一刀の提案と先日の実戦を見ていたこともあり、司馬敏は受けてくれる。彼女も一本、刃の部分を潰した剣を持ってきていたので、互いにそれを使い暫しの間、あまりスピードのない形で攻守の手を考えながらの練習となった。

 しかし、司馬敏も『司馬家』の一族なのだ。頭を使った攻撃ができないわけがない。巧みに柄や肘、膝なども組み込んでの激しい応戦ぶりで、技的なものでは完全に武の才で劣る一刀は防戦側になってしまうのであった。

 練習なので当然、司馬敏も寸止めしてくれるわけで、一刀としても彼女の攻撃が万一当たってもいいように、急所へは強めに『剛気』は掛けていたので怪我等の問題は特になかった。同時に『速気』についても途中で強弱を確認しながら、体へ部分的に掛けたりを繰り返しながら『神気瞬導』の現状の具合を確認していた。

 一刀としては、司馬敏へこれまでの雲華や木人くんとの修練での経験も取り入れ、復習するように剣術の攻撃で応戦をしたが、司馬敏の見せた肘や膝を連動させた攻守の戦いも新たに良い参考になった。司馬敏も一刀が繰り出す雲華や木人くんの使っていた高度技には考えながらの対応を見せていた。

 一刀が技比べ的な剣舞で苦戦するのは、司馬敏に比べるまでも無く彼自身が『神気瞬導』による、速度と膂力と頑丈さへ思い切り頼った武なのだから仕方のないところではある。一刀としては剣速に頼る傾向の司馬敏へ対してと言うのもあるが、より自分が剣技への新しい発想を取り込むことを重要視していたのだ。例え司馬敏に、持ち技面や武人の才では「ん、アレ?」と物足りなく思われようとも。

 その対戦を半時弱(五十分程)続けると、少しずつ朝食の時間に近づいて来たので、二人は竹林を後にして客間の所へ戻ってくる。

 司馬敏も「少し汗を拭いますので!」と言って、一刀の客間前の廊下で分かれ自分の部屋へ戻って行った。

 竹林を出た辺りから『気』で分かっていたが、すでに司馬防は起きていて一刀の客間の寝台を後にしていた。一刀は部屋の中へ入り、銀さんを呼ぶと自分も汗を掻いた体を拭いつつ普段の室内服へ着替える。

 司馬防について銀さんに聞くと、卯時正刻(午前六時)ごろまで休んでいたと言う。

 今の時間はそれを二刻強(三十分)過ぎた(午前六時半)ぐらいか。朝食は辰時を一刻程過ぎた(午前七時十五分)辺りから、『食堂広間』へ司馬家の面々が揃い始めるのでまだゆっくり出来る時間はあった。

 銀さんへ着替えの礼を言うと、一刀は客間の廊下を南に『寛ぎの広間』の方へ移動してみる。

 一刀が広間へ入ると、そこにはすでに司馬懿や司馬孚と司馬馗、司馬恂、司馬進、司馬通が起きて来ていて、長椅子に掛け少し呆れ気味な顔の司馬懿を中心に集まってワイワイとしていた。

 そして何かを一斉に引くと各自は棒の先を見てガックリとしていた。

 そのタイミングで一刀が「おはよう」と皆に声を掛けると、司馬孚達は一刀へ気付き「お(ぉ)はよう(ょぅ)ござい(ぃ)(~)ます(ぅ……)」と少し気落ちした雰囲気で返事をくれると近寄ってきた。

 司馬懿も長椅子に座ったまま、苦笑いをしながら「おはようです」と返してくれた。

 皆が何をしていたのかと一刀が尋ねると、『食堂広間』の円卓で一刀の隣に座る位置決めのくじだと言う。

 『当落』については中立な司馬懿が管理していて、くじは九本の長めの棒の先に『右』『左』と書かれているらしい。さらにどの棒かを覚えても意味がないように毎回、『右』『左』を書き換えるらしい。司馬懿は知っているので最後に残ったものとなるルールだ。

 あと残り四本。当たりは二本と確率は五十パーセントだ。

 

 司馬孚が一刀をふわふわで広めな敷物の上へ、靴を脱いて手を引いて招き横へ体をくっ付けて座らせると、その周りに下の四人の姉妹達も靴を脱ぐと、続いて座ったり寝転んだりして寛ぎ始めた。一刀の周りへは朝から壁際に並ぶ窓扉の格子より風が僅かにそよぎ、女の子が甘く匂い立つのである。もちろん一刀は静かに息を無段階のスローリーな深呼吸に切り替えていた。絶好のクンカタイムと言えよう。

 そこで司馬孚は「あの……昨晩はその………お楽しみで?」と頬を染めつつ小声で一刀に聞いてくるのであった。その小声に耳を立てるように、周辺の四人の妹達も一瞬できゅっと一刀への包囲距離を縮めてきた。

 一刀は自然な感じに答えた。

 

「いや実は、朝食の時に話すけど、自分にとって大事なことを思い出してね。それに今日も大変だろうから割と早めに寝ちゃったんだよ」

 

 司馬孚は『割と早め』という言葉の意味を多重に思考したような間を開けつつも、朝食時にするという『大事なこと』の話も聞かなければと「そうですか」と一応納得の言葉を返してくれた。下の四人の姉妹達も同じ気持ちのような顔を一刀へ向けていた。

 一刀は「ははは……うん、そうなんだ」と言ってその場をやり過ごすしかなかった。

 そこへ、広間の入口から着替えてきた司馬敏が入ってきた。すると司馬懿の持つ細長い筒を見つける。

 

「おはようございます! あ、席のくじ引きですね!」

 

 早速、司馬敏は司馬懿の所へ行き、細長い筒に入っている棒を元気よく引き抜いた。

 

「あ!……ぁ」

 

 司馬敏は元気が……一瞬無くなった。ハズレたのだ。彼女は司馬懿の座る長椅子へ無念そうに崩れ落ちながら腰掛けた。

 くじは残り三本で当たりは二本となる……。

 

 さて、一刀は皆に聞きたいことがあった。一刀が今日から始めようと考えているのは武の修練だけではない。

 そう、漢字の読み書きの事だ。

 そして……それには先生が必要なのである。幸いと言おうか、ここは司馬懿のいる『司馬家』なのだ。早速聞いてみる。

 

「この家で一番記憶力がいいのは誰かな?」

 

 雲華は、一刀の回答を全て覚えており、どこを間違え覚えていないのかを正確に完全に把握していた。あれと同じことが出来る人間がそういるとは思えないが、一刀はとりあえずそう聞いてみた。

 すると、司馬懿が答えた。

 

「一応、私か。十二万文字ほど書かれた竹冊を一番早く覚えたはず」

「そうですね。いつも通り一度捲っただけで覚えていましたね。私もそうですけど。でも――――その日の内には姉妹みんなが覚えていましたよね?」

「ああ」

 

(…………………はぁ?)

 

 司馬懿と司馬孚の会話に一刀は付いていけない。

 そんなバカな…………いや、バカは俺だけ? そんな気持ちになった。

 

「そのあとで、一万文字目は何かとか百頁目の一行目を全部書き出せとかやって確かめたからなぁ。幼達が一番遅かったな」

「すみません! ですが、あれは三十年ほど前の司馬家の家計簿と収穫記録でしたよね? 丸覚えも得意な、明華姉上様や蘭華姉上様はすぐでしょうけど」

(…………………物語や文脈が無い、漢数字の羅列だがら一番覚えにくいパターンじゃねぇか! 聞いた俺がバカだった。司馬家って司馬懿以外もみんなすごいじゃないか! なんで、俺は司馬懿だけしか名を知らないんだろう?)

 

 つまり、先生は誰でもイイらしい。

 

「よーくわかったよ。えーと、みんなで勉強会をやってるだろ?」

「はい、時間が空いたものは午前中にここに集まってやってます。将来に備えて、軍略、経済、土木建築、行政、治安、災害対策等、幅広く文献を元に知識を付けたり、議論や課題などもやっていますけど。もしかして一刀様も参加されますか?」

 

 横の司馬孚が答えてくれた。だが、内容からしてこのメンバーに付いていけそうにない。一刀はとりあえず、目的を述べる。

 

「えーと、実は漢字の読み書きを習いたいんだけど、誰か教えてくれないかな。基本的な文章や手紙を書くために以前千五百字ほどやっていたけど、少し忘れてるしまだまだだから」

「では、私がお兄様に教えたいです」

 

 すぐに司馬進が起き上がって、一刀の正面へ座り直すとそうハキハキ言ってきた。それに続くように司馬通も司馬進の横に寄り添うよう静かに座る。

 

「……ぁの、…………ぉ手伝ぃしますぅ………」

 

 すると、その様子に司馬懿が今ここの年長者として纏めるように話し出す。

 

「そうだな、漢字博士の白華(パイファ)が適任だな。論戦ですべて言い負かす為の、意味合いや例文の知識も豊富だからな。私もなかなか苦戦する。思華(フーファ)も手伝うといい」

 

 司馬進の弁舌はすごい才能みたいだが、使者には向かないようだ。相手についての感想をすべてハッキリ言ってしまうだろうから。

 司馬通の才能はまだよく分からない。だが、いかに高くともこの時代では人前に出て自分の意見をはっきりと伝えられなければ、良い主に巡り合い認められよく働く事は出来ないだろう。だが、彼女には姉妹達がいる。いずれかの補佐をすれば十分なんとかなるだろうから心配はなさそうに思う。

 

「じゃあ、白華、思華、お願い出来るかな? 手間を取らせるけどよろしく頼むよ、可愛い先生方」

 

 一刀は前に座る二人の手をそれぞれ握ると笑顔でそう声を掛けた。司馬通と司馬進は頬を染めながら頷いた。

 そんな一刀からの行為を見て、一刀を囲む残りの司馬孚を含めた姉妹達が羨ましく思い「わたしも」と言い出すのだった。だが司馬懿が「そんなに教えたいなら私にどうだ?」と言って引き下がらせていた。

 漢字の先生も決まり、ひと段落したところで皆が少し雑談をしていると、司馬防が笑顔で広間に入って来た。

 

「おはようございます、一刀殿、娘達よ」

 

 司馬懿を初め姉妹達は皆立ち上がって、母へ礼を取り挨拶する。一刀も立ち上がって「おはようございます、水華殿」と挨拶をする。

 司馬防は一刀のところまで来ると、「今朝はありがとう、良く眠れましたわ」と時間ギリギリまで睡眠が取れたことにお礼を伝えると、司馬懿の横に空いている椅子へと優雅に座る。そこで司馬懿の傍に置かれてある、筒に入ったくじとハズレの六本を見つける。

「あら、今日はくじの日なのね……」

 

 司馬防は少し悪戯っぽく微笑むと、「ねぇ一刀殿、私の分を引いてくださいな」と可愛くお願いしてきた。

 娘達は皆、その手があったかと言う表情をするも、すでにハズレを引きあとの祭りな感じだ。

 一刀は靴を履きながら「本当に俺が引いていいの?」と確認するが、司馬防はニッコリとしていた。……間違いなくハズすと機嫌を損ねそうだ。

 司馬懿の座る長椅子へ近付くと、一刀は彼女が改めて持ち上げた筒に入っているくじ棒を一通り眺める。確率は三分の二となっている。当たり二本にハズレを含む状態では最高に高い当選確率の状態だ。

 一刀は悩む方がダメだろうと、あっさり引いた。

 

 …………ぁた……………らなかった。

 

 ハズレであった。

 朝の『寛ぎの広間』であるはずか寛げなくなった瞬間だった。

 

 

 

 あっさりと皆、『食堂広間』へ移動した。一刀は『寛ぎの広間』を出る時に司馬防から手を握られながらも、「もぉ」とお尻をボンと軽くぶつけられてしまった。

 そのあと食堂広間の入口近くで家内の朝の指揮を取っていた司馬朗が、一刀らへ挨拶をしながら司馬懿の持つ筒から最後に残った二本のくじから『右』を引いて一刀の左右の席が誰か決定する。残った『左』が司馬懿となった。

 司馬家の面々は順次、卓上へいくつか見事な花の飾られている円卓に座りはじめる。一刀の正面の席は司馬防に陣取られていた。そしてずっと些か陰のあるニコやかな笑顔を向けられてしまう。母上様はお怒りですと娘達は皆含み笑いを浮かべながら一刀から目線を外していた。一刀の右側の席へニコニコと座ろうとした、そんな事情を知らない司馬朗は「??」となっていた。左の席に座る司馬懿のいつも眠そうな表情は変わらない。

 全員が席に着いたところで使用人らによって朝食が静かに運ばれ並べられる。その間に司馬朗もやはり昨晩の一刀の事が気になるのか、一刀へそっと顔を寄せて来ると小声で「あの……昨晩はその……どう……でした?」と聞いてきた。一刀がどう答えようかと思った丁度その時に、司馬朗の所へすでに応接屋敷の門の前へお客が並び始めているという使用人の伝言が届いた。

 今日も一刀は余りノンビリする時間は無い模様だ。だからこそ、今言っておかなければいけないと一刀は考えた。

 食事の配膳が滞りなく終わり、食事の挨拶が始まるかと言うときに、一刀は皆に声を掛けるように話し出す。

 

「みんな、食事の前に聞いてほしい事があるんだ」

 

 一刀のこれまでになかった強い雰囲気に皆、少し緊張する。そして皆の視線が一刀へ集まった。

 

「昨日の晩、俺の中に重大な事が起こったんだ。そして、その事で俺にとって重要な事を思い出すことが出来た。それは―――以前から、そして今も俺がまだ『未熟な存在』だったということなんだ。だけど、皆はそんな俺を大事にしてくれて……そのことにまず感謝を。建公殿には言ったけど、だから俺は男のケジメとして、そんな今の未熟な状態で、その……『子作り』は出来ないって。俺はより研鑽に励み、早く自分で多くの事を考え判断して色々な課題を解決出来るようにならないと! それに加えて自分の仕事を見つけて、それを立派に続けながら蓄えや住むところを自分で揃えなければダメなんだ。これは俺が決めていた『一人前』になったって事なんだ。もちろん、今の俺は漢字を覚えるにしても、武の修練にしても、先日のような大きな物事にしても……今は皆の協力がないと達成は難しいと思う。だからこれからもよろしくお願いします」

 

 一刀は目を閉じ、少し頭を下げていた。

 

(それは、俺が自分の行動に常に責任が取れるようになるために……。

 あの最後の日、俺を庇うように致命傷を受け、「俺の所為で」と呟いた俺に雲華は言っていた―――『違うわ。これは、私が自分で選んだのよ。人の所為するような道を歩いた事なんて、今までに一度もないわ』

 あの言葉を俺は一生忘れない。

 あんな後悔の無い、自信をもった人生を俺も歩みたい。雲華のように)

 

「一刀殿……少し謙遜と遠慮が過ぎますよ―――私達、家族に対して」

 

 司馬防の声と表情は―――少し怒っていた。司馬朗を初め、周りの娘達も頷いている。彼女の言葉は続いた。

 

「それに言ったはずです、『司馬家』は貴方の味方だと。一刀殿は一言男らしく言えば良いのです『力を貸せ』と。それに貴方が先日成し遂げた事は決して小さなことではありません。沢山の人の命と財産を守り、敵(かたき)を討ったのです。それは並みの『一人前』の人間では到底成しえないことなのですから。ですが話は分かりました。私の気持ちは昨晩、一刀殿へ伝えましたし、一刀殿はご自分が納得出来まで励むのも良い事だと思います。もちろん可能な限り皆で手を貸しますから。それと……『子作り』をしなければいいんですよね?(今は、ちゅっちゅやペロペロやくりくりがあれば……ウフフ♡)」

 

 横で静かに目を瞑っている司馬懿を除く全員の熱い視線が一刀へ集中する。

 

「………………………………そ……そうかも(……多分)」

 

 皆の無言の圧力と……苦笑いを浮かべる一刀の心の底に一杯ある『期待』と『正義』がそう言わせていた。

 「はぁぁ」「んふふ」など、姉妹達の間に安堵や喜びの反応が広がった。

 

 一刀の話で些か時間も経過していることから、それからいただきますの挨拶のあと、幾分急ぎ気味で一刀と司馬防と司馬朗は食事を終えると、接客用の着替えを行って応接屋敷へと向かっていた。

 ただ今日からは、ずっと応接屋敷に居るというも大変だというので、朝は一時間置きでの接客で、昼からは昼食込みで二時間ごとに一時間休憩という感じで、日没前までを予定していた。

 つまり、接客予定時間はおおよそ以下の通りになる。

 辰時正刻(午前八時)~巳時(午前九時)

 巳時正刻(午前十時)~午時(午前十一時)

 午時正刻(午後零時)~未時正刻(午後二時)客と昼食有り

 申時(午後三時)~酉時(午後五時)

 

 近隣の街や村からやって来るお客は、遠い事もあり移動手段を持つ裕福な家の者が多い感じであった。一般の者らは代表者がまとめての付届けや会いに来る形が多いようだ。

 その分、数が集約されて細やかな対応が出来ていた。

 また、一刀らが休憩のときは司馬懿、司馬馗、司馬恂、司馬敏が交代でお客の相手をしてくれていた。こう忙しい時は家族が多いのはいいなぁと思う一刀だった。本家屋敷の方も司馬孚らが代行しているので大きな問題はなかった。

 彼は、無難に接客を熟すと午前中に二回ある各一時間の休憩時に『寛ぎの広間』で行われている勉強会へ顔を出した。

 とりあえずの目標は、まず使用頻度の高い漢字千五百字~二千字の習得にする。それだけ習得すれば色々な言い回しを使って文章を書くことが出来、大抵の意志は相手に伝えられるという事なのだ。

 それは県の役人などの仕事に就くとしても最低でも必要な事だろう。この時代は主に家柄で雇用されるとはいえ、能力がないと程度によっては首にもなるはず。ある程度自在に読み書き出来なければ、仕事を貰っても支障が出るのは目に見えている。

 ちなみに司馬家の姉妹達も臨時で役所の仕事を手伝っているという。顔役として司馬朗が勤めている以上、仕事は回ってくるのだ。特に太守から回ってくる難題を司馬朗、司馬懿が対応することが多いらしい。なので県の役人の仕事で用いられる漢字の情報は、彼女らが現場を良く知るため、教えてもらうには非常に効率が良いのであった。

 一刀は脇に高く積まれた木簡へ、司馬進と司馬通から意味が述べられる文字をどんどん復習がてら書いていった。

 間違えていると、右横に座っている司馬通が優しく優雅な小声で「ぁ、……ぁにぃさまぁ……そこはぁ……こぉですぅ……」と綺麗で可愛い顔と腰まである優美なカーブの薄緑色の髪をすぐ近くまで寄せて来て、綺麗で柔らかそうな指をその箇所へ指しながら、良い香りをクンカさせてくれつつ教えてくれる。頬を染めてお人形のように可愛いので思わず抱き締めるたくなるほどだ。

 無口で人見知りな司馬通だが、教え方は優しく正確だ。彼女は……子供達の先生などが合わないだろうか……。

 一方、司馬進は若輩ながらハキハキと貫禄十分な大学教授以上の授業っぷりだ。一つの漢字に対して語源、漢字の形の由来、変化に始まり、すべての意味と多種多様な例文を、分かりやすい高度な言い回しや状況を織り交ぜた教え方からその教養の高さが溢れているのであった。また薄緑な首下辺りまでで切り揃えられている『おかっぱ』風な髪もさらに知性を感じさせて見えるのであった。相手についてハッキリ言ってしまう性格さえなんとかなれば弁舌は立つし能力は高いのだが。

 彼女も何故か正面には立たずに、一刀の左横に桃尻をピッタリとくっ付けて座りながら教えてくれているのだ。内心嬉しい限りではある。一刀は彼女からの香しい匂いにもクンカしてしまっていた……。

 教える側の状態は最高なのが、接客でのお酒も入っているのもあって、覚える側の状態が今一つ集中出来ないようであった。

 一刀は午前中を『そのような』有意義な休憩時間を過ごしながら接客も熟して午後に向かっていく。

 

 一刀の昼は応接屋敷の大広間にて、客らとの昼食から始まった。色々なお客から杯に注いでもらい、何度となく盗賊捕縛の話をすることになった。

 そこへ意外なお客がフラりと現れる。

 朱皓である。彼女は河内郡太守朱儁将軍の娘であった。今日も「注がせて、注がせて~♪」と、どうやらこちらが地の様子で一刀へ言い寄って来た。

 彼女は司馬敏とほぼ同じ背丈ぐらいだ。しかし大きく違う点があった。それは、ちんまりした胸である。昨晩は酒にほろ酔いしてフラフラしていたが、その栄光の部位が揺らめくことは『全く』なかったのだ。一刀は僅かに残念な思いでいる。

 そんなイカガワシイことがまず浮かんだ少し酔っている一刀だが、一応思考力も残っていた。

 しかし―――何をしに来たのであろうか、と。

 昨日の話では、県令の所へ来て皆へ将軍からの感謝の言葉を伝えて彼女の使命は果たしたように思えていたので、もう会う事は無いように考えていたのだ。

 その朱皓は一刀の前へやってくる。

 

「あのぉ、北郷殿の体調が回復されるまで、この街に滞在することにしましたぁ。太守の母上には、北郷殿の間近で武を見せてもらうともう伝えてますし、街で宿も取ってますのでご心配なく~」

 

 この子は一体どういうつもりなのだろうか? 一刀は昨晩、『旅で体調を崩し静養している』とやんわりと断ったつもりなのだが。

 

「えっと……、文明殿。今日明日に俺の体調が戻るというわけでもないんですが」

「はい、もちろん。二週間ぐらいは居るつもりですので♪ 戻っても私以外でもできる細かい用を言われるばかりなので……」

(それって、サボりたいってことかよ……)

 

 名家のわがままお嬢様……どこにでもいるものなのだろうか。だが、良く知らない相手のすべてを鵜呑みにするのは危険な時代であり、それになんでも思い通りになる時代ではない。この世は、誰でも明日街ごと殺されてるかもしれない世界なのだ。

 ふと、脇にいた司馬朗を相手から一瞬目線を隠すように見ると、彼女は表情を変えずに首を僅かに横へ振っていた。それは、困った客が現れた時の対処をいくつか決めていたものであった。

 無表情で軽く頷けば、そのまま相手に話を合わせても受ける話は受けてもよく、また少し下を向いて首を傾けた場合は、上手く司馬防へ話を振れなどがあった。

 僅かに首を振る場合、様子を見て話を流せというものだった。

 一刀は司馬朗の判断を取り入れる。

 

「そ、そうですか、俺の体調がいつ戻るか分かりませんし、ここ数日はこうして遠方から来ていただいた皆さんと、話をさせてもらっていますので何も出来ないと思いますが、この街は良い所だと思うのでゆっくり滞在してください」

「ありがとう、また来ますね~」

 

 そう言うと、朱皓は一刀の所から離れていった。

 司馬朗と一刀は離れた位置ながら一瞬顔を見合わせて『なんだろう』と首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、袁紹の使者が訪れるということで、公孫賛の居城となっている遼西郡令支県の令支城は朝から使者を迎える準備が進められていた。

 訪問の書状が来てから急遽、城内や隣接する街の大通りは掃き清められ、城門や城内の建物の一部について褪せた彩色を塗り直すほどの手間が掛けられていた。

 趙雲はそれを城壁等から静かに見守っていた。

 趙雲としては、友に付き合って謁見に立ち会うという些か軽い気持ちであったが、公孫賛としてはそうもいかない。

 袁紹はこの後漢時代に四代にわたって三公を輩出した名家の汝南袁氏の出身であり、何と言っても現在大陸で有数の勢力を有しているのだ。十万の兵でも数日で整えられるであろう戦力と兵装と財力と兵糧備蓄がすでにあるのだ。公孫賛も代々二千石の豪族の家柄で、今も一勢力を率いている身なればその実力の凄さをよく理解しているつもりである。

 加えて袁紹が『あんなの』でも、配下の軍師や武将らは一芸に秀でた優秀で我慢強くて良く主君に仕えてくれる者達を多く従えているのだ。

 公孫賛としては少なくとも幽州内の掌握と北方の烏丸を一度叩いて有利な条件での不可侵締結をし、後顧の憂いを無くしてからでなければ対抗し得ない勢力だと考えていた。

 頼みであった趙雲も居なくなることもあり、それ故に今は余計な波風を立てないようにやり過ごしたいのであった。それには、使者に対して謙(へりくだ)ることなく厚くもて成す事が最善と言える。厚遇することで、袁紹への面目と使者の面子や機嫌取りが出来るのであるから。

 そして、昼を過ぎた未時(午後一時)ごろ使者はやってきた。二頭立ての立派な馬車と数台の荷馬車に三十騎ほどの兵が護衛に付いて来ていた。

 袁紹の使いの一団は城門を潜り、所々に公孫賛の兵が整然と並ぶ通路を抜けて、迎賓用の宮殿の入口に到着する。そこには公孫賛の妹である公孫越が出迎えていた。馬車から降りて来た郭図は、紺色の腰上まで伸びた緩いカーブの掛った髪の僅かな乱れを整えると、公孫越と軽く挨拶を交わした。

 そして、郭図は従者らに命じ荷馬車から袁紹様からの贈り物ですと、兗州で採れたみかんの木箱をいくつか下ろすと、公孫越へどれか中から一個選ぶようにと言ってきた。つまり毒見をするというのだ。公孫越がそれでは失礼ながらと少し緊張しながら一つを選らんで郭図へ手渡すと彼女はその皮を剥いて一つ、二つと中の身を食べると、「はい、ちょうど食べ頃です。皆さんでお召し上がりあれ」と言うのであった。さらに大きな酒樽も下ろされていた。それは洛陽で袁紹と公孫賛が酌み交わしたお酒と同じ銘柄だと郭図は告げ「もしお酒が必要でしたら今日にでも皆へ御振舞あれ」と伝えてきた。贈り物には他にも銀の甲冑一式や、一山程ある黄金の延板、他に特産物等があった。そのあと郭図らは一度客室へ通された。少しの休憩と旅の服から使者の服装へ着替える為である。

 その間に謁見の間の脇にある一室で、先ほどの出迎えの一部始終について公孫越より聞かされた公孫賛と趙雲は、袁紹からの使者の態度や贈り物から使者の用向きは、まず両勢力の友好的なものの締結や確認ではないかと推測せざるを得なかった。

 三人は両勢力についていろいろと意見や話を交わした。

 そのときにまず考えたのは袁紹側の『利』であった。公孫賛と友好的状況になると袁紹がどう『助かる』のか『得をする』のかだ。

 一つは、袁紹の後顧の憂いが少なくなるという事である。この華北に袁紹以外と言えばそう多く無く、次と言えば一番に北方に勢力を有する公孫賛が挙がるのが事実なのだ。さらに、もしその二つの勢力が手を組めば、華北を制圧することはそう難しいことではない。現時点でも二つの勢力が手を組んだ場合、最終的には二十数万程度の精鋭の兵力が動員できるだろう。

 そうなれば、短期で幽州を掌握でき、大きな有力者の余りいない不安定な幷州を勢力下へ取り込み、黄巾党天国の青州へも十分攻め込め平定できる力となるだろう。また、袁紹の協力もあれば北方の烏丸らへも早期に奥まで押し返すことが出来、相当有利に不可侵の締結が出来るだろう。

 その結果、幽州刺史や州牧の他にも青州刺史や……『王』という夢も現実になる可能性が十分出てくる。だが話はそう簡単ではない。

 

「白蓮殿、少し話が美味すぎないか?」

「姉上、私も星殿に同意します」

「確かになぁ。しかしこちらにも大きな『利』があるのも事実。先に贈り物までされたのもあるし、使者の用向きが友好締結の場合、麗羽(れいは:袁紹)の使者を無下には扱えないだろ?」

「それはそうだが。今日は良いとしても油断は常にしない事だ。使者が戻った翌日に大軍が寄せて来るかもしれない」

「あのなぁ、星、怖い事言うなよぉ」

 

 趙雲が居なくなった翌日に、大軍が来られても非常に困るのだ。だが、油断させての強襲はありえる話だった。袁紹の一番の状況は―――『公孫賛勢力がなくなる事』だろう。美味しい料理は独り占めしたいはずなのだから。それ以外は……まあ、あり得ないので公孫賛は考えるのをやめる。

 

「星殿、一応今でも国境近くは昼夜交代にて、袁紹側の動きを常に監視はしていますので大丈夫かと」

「ふふ、伯珪殿は人がいいからな。妹殿は気を付けられよ」

「信用ないなぁ」

 

 三人の見解はとりあえず、友好の使者であった場合は受諾するが、使者が去ったのちに令支城の駐留兵と周辺の砦の人員を強化して当分慎重に様子をみようという事になった。もちろん敵対的な内容なら、即全力での応戦体制に移行となる。これには趙雲も最後まで残ると告げてくれた。

 使者の準備と、公孫賛側の意見の統一が出来たところで謁見の場へと移ってゆく。

 

 袁紹の使者とはいえ、公孫賛も同じ諸侯の一人であるため、奥の床より二段ほど高い太守の席に彼女はどっしりと座って迎えていた。その両脇に趙雲と公孫越と配下の武官文官らが数名並んでいる。

 使者の正装に着替えた郭図は、謁見の間の入口から太守の席の前まで敷かれている豪華な敷物の上を静かに悠然と進んで来るのであった。その後ろに従者が二人、金箔細工のある黒塗りの二尺四方ほどある大き目の箱を抱えて付いて来ていた。

 郭図は公孫賛の手前、三歩(四メートル)程の手前で止まり、両手の指を目の前に組み、お辞儀の姿勢をとる「鞠躬」(ジュイゴン)の礼をした。

 そして、袁紹の使者としての用向きを静かに話し出す。

 

「本日、わが主であります袁本初様の使者として参りました郭図でございます。伯珪様にはご機嫌麗しく存じます。さて、本日の用向きでございますがそれは―――」

 

 一瞬、公孫賛、公孫越、趙雲の表情に緊張が走る。

 

「―――友好関係の締結にございます」

 

 郭図の言葉に、三人からはとりあえず一山超えた感のある音を立てない「ふぅ」という息が漏れるのだった。郭図の言葉は続く。

 

「つきましては、まず袁本初様よりのお贈りの品について改めて報告いたします。まず、銀の甲冑一式、金塊百石(二百六十七キロ)、蜜柑二百石、酒百石、他特産物百石です。どうぞお納め下さい」

「本初殿の御気遣いに感謝する。用向きについては前向きに考えたい」

 

 公孫賛は、形式的な言葉を返す。

 挙げられた品は、先に公孫越より報告を受けた郭図が到着した折に荷馬車に積まれていた物であった。公孫賛としては、返礼にはもらった物と同等のもの、例えば、装飾のされた宝剣に宝石、鉱物等を考えていた。そして、別途郭図にも砂金の袋などを持たせるつもりでいる。

 だが話はここで終わらない。

 

「さらに、こちらにもお持ちしました、袁本初様直筆の書状と貴重な装飾品をお持ちしております。こちらに付きましては伯珪様と先の黄巾党の乱で共に活躍された趙子龍殿にも下賜せよとの事にございます。お目を通されお受け取りください」

 

 場の流れとしては、公孫賛に拒否する要素など全くない申し出だ。

 

「ありがたくいただこう」

 

 公孫賛の言葉に郭図の後ろの二人の従者が脇へ移動する。公孫賛宛のものを公孫越が、趙雲宛のものを文官が受け取り、それぞれの元へ運ばれた。

 まず、公孫賛側の箱が空けられる。

 公孫賛は、太守席の前の一段下で公孫越が膝を付くように掲げた箱の中のものをおもむろに覗き込んでいた。そこには一通の書簡と―――

 

 薄い朱色な無模様の仮面が置かれていた。

 

 箱の中の様子は公孫賛にしか見えなかった。何かに見入られたようにそれへ視線を落としたまま動かないのであった。

 趙雲は贈り物を受け取る為に少し前へ出ていたが、公孫賛の様子を見て箱の中に何があるのか気になり、文官に自分の箱を開けさせるのだった。

 もう、もちろんオワカリイタダケタダロウカ?

 

 

 

 そこには黄色い蝶の羽の模様の施された美麗な仮面が入っていた。

 

 

 

 そして―――間もなく趙雲の異様に力の入った声が、謁見の間に響き渡る。

 

 

「―――でゅわっ!!」

 

 

 公孫賛が『まあ、あり得ない』と考えていたのは、袁紹との隷属同盟であった。公孫賛にも面子や意地があり、いいように使われるそんな同盟はありえなかった。

 だが……ここに袁公覚醒同盟が締結されたのである。

 公孫賛や趙雲は概ね油断していたわけではなかった。だが、相手のその下準備が大きく見え過ぎて、敵の本来の目的であった予想外の一手に気付くことが出来なかったのだ。

 袁家千年帝国の建国は一歩大きく前へ進んでいく。最恐の将をも手に入れて……。

 謁見の間では趙雲の「美々しき蝶が―――」との声が高らかに聞こえてる中、「姉上、星殿、しっかりしてくださいぃぃーー!」という公孫越の悲しい叫びがこだましていた。

 

 それはもう、誰にも止められない勢いになりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一昨日、司馬朗より曹操宛の書簡を託された司馬家使用人きっての武を持つ女性守衛の楊(よう)は、馬に乗って出発していた。持ち前の体力と馬術に加え天候にも恵まれ道中も問題なく、曹操の本拠地である兗州陳留郡の陳留城が遠目に見えるところまでたどり着いていた。

 温県から陳留まではおよそ東南東へ直線で二百五十里(百キロ)、道程は片道で四百里(百六十キロ)程であった。

 初日は夕方から出て、五十里(二十キロ)程進んだところで宿を取り、次の日も朝から休息を取りつつ七時間程駆けて二百五十里(百キロ)、今日も百里(四十キロ)程を駆けて来ていた。

 楊は、馬速を緩めて陳留城の城門の手前、二十丈(四十五メートル)程のところで下馬すると、馬を引いて開いている城門を守っている多くの守備兵達の所まで来ると堂々と名乗りを上げる。

 

「私は河内郡温県の名士『司馬家』に仕える楊と申す者。この度、曹孟徳様からの文に対してのわが主の返しの書状をお持ちした。しかるべき方へお取次ぎ願いたい」

 

 初めは見知らぬ人物と馬が一騎で来たため、訝しげに話を聞こうとしていた守備兵達は、君主の曹操の名が出たことで一気に緊張した行動となった。

 曹操の軍律は厳格であった。すぐにキビキビと鎧で身を固めた男の百人隊長が対応に出て来ると話し掛けてきた。

 

「遠路、お疲れです。現在、主様は城を不在にしておられる。しかし、今城におられる曹仁様へ取り次ぎいたすので、城の一室にて暫し待たれよ」

 

 百人隊長は、十人隊長の一人に城の一室へ楊を案内させる。

 楊は移動しながら、曹操不在に少し不安を覚えていた。この書状の用向きに付いては、司馬朗の仕官の返事という事は知っており、早急に曹操へ渡す必要があるものだと認識していたからだ。だがここはとりあえず、曹仁に会ってから考えようと切り替えていた。

 楊が部屋で待っていると、間もなく部屋へ先ほどの百人隊長と、立派な身なりをした二人の女の子が入ってきた。

 そのうちの一人、薄黄色の髪を左後ろで纏めクルクルテールにしてる女の子が話し出す。

 

「あー、私が曹仁っす、こっちは曹純っす。要件は華……孟徳様からの文の返事を届けに来たって聞いたっすけど、急ぎっすか?」

 

 独特な言い回しの将であるが、数段格上の者の言葉であり、楊は聞き答えるのみだ。

 

「はい、聞いていらっしゃれば話が通りやすいのですが、我が司馬家の長子である司馬伯達様への仕官お誘いの御返事なのです」

「ああ! 何人か仕官募集してる話は聞いてるっす。そうっすか……悪いっすねぇ……孟徳様は今洛陽の方へ行ってて、いつ帰って来るのかまだ分っかんないんっすよ。うーん」

 

 すると一緒に入って来ていたもう一人のぽあぽあした感じの曹純が、後ろで赤い可愛いリボンにて纏め太腿まで届くほどの細目なクルクルロールを何本も扇状に広げた薄黄色な髪を可憐に揺らしながら、悩む曹仁を促すように言ってあげる。

 

「華侖(かろん:曹仁)姉さん、ここで受け取ってもいいですけど……、急ぎだったら先に洛陽まで行ってもらった方がいいんじゃないかしら。華琳さま宛のものですし、勝手に見ることはできませんし……。華琳さまなら、ここは『待つ』よりも『動く』ところでしょう?」

「うーん、柳琳(るーりん:曹純)が言うならそうすっかな。えっと、楊殿でしたっけ? 悪いっすけど、洛陽まで直接行ってくれるっすか。駐屯してるんで直ぐわかると思うっすけど。もちろん、ここへ来たことは後日、孟徳様へ言っとくっすよ。そそ、一応一筆竹簡に書いておくっすから一緒に渡せば大丈夫っしょ」

 

 結論は出た。楊自身も早く届けたいと考えていた事もあり、ここへ来た事も考慮されるであろうし望むところと言える。

 

「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」

 

 曹仁はすぐに書き物の用意をさせると、曹純が竹簡へ一筆したためる。最後だけ『曹仁子考(しこう)』と自分で署名していた……。

 楊はそれを受け取ると、直ちに洛陽へ向けて出発していった。帰りの道程も見越して馬を休ませながらここまで来ていたので移動にそれほど問題は無かった。

 陳留から洛陽までは真西へ四百十二里(百六十五キロ)程である。

 楊が持つ司馬朗からの書状は、早ければ明後日には曹操の元へ着きそうに思えた。

 ―――何事もなければ、であるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も一刀は無事に夕方まで接客を努め続けた。昼からの接客の合間にある一時間の休憩は、本家屋敷に戻ってすぐに出会ったいつ見ても美しい司馬孚を誘って庭で乗馬を楽しんだ。一刀は武術と漢字の勉強に加え、雲華のところでは余り出来ていなかった馬術についても上達しようと考えていたのだ。司馬孚は剣術に加え、馬術も良く嗜むということであった。馬術は司馬懿にも負けないらしい。

 司馬孚は、そのままでは男性の前に出れないという致命的な欠点があるが、なにげに能力はあの司馬懿にそれほど負けていないのではないだろうか……。イヤ……そんなまさかと考えていたほろ酔い気分の一刀は、飲酒運転ならぬ飲酒乗馬をしていたが、その時司馬孚に「あの……お守りはもう誰かに?」と聞かれてしまった。

 司馬孚という子は不意に来るので油断できないのである。後が無いと考えているのか一刀との関係に常に前向きで熱い気持ちをぶつけてくるのだ。

 一刀は「いや、まだだけど」と言うと、彼女は静かに馬を並べ寄せて来て「その……私と……しませんか?」と頬を染めながら言ってきた。

 一刀は「何を?」とは言い返せないのであった。さすがに『アレ』しかない。『イイこと』なのである。クンカも、し放題なのだ。『正義』と言えよう。

 ただ―――ヤリすぎると『神気瞬導』を失ってしまうことになる……。

 一刀は、一瞬で酔いが覚めたようにハッキリと言葉を返した。

 

「今日はもう相手を決めてるんだ」

 

 一刀はあくまで誰とは言わない。それはフェアではないと思うからだった。一刀からお守りを手渡すのがルールなのだから。

 司馬孚は気も回る良い子である。

 

「じゃあ……私もまだ可能性はありますね」

 

 そうニッコリと穏やかな笑顔を返してくれた。

 そんな司馬孚がちょっと可愛くて少しの時間、一刀は一頭の馬にピッタリ寄り添って二人乗りをしてあげるのだった。もちろん……クンカクンカもするのも忘れるはずがなかった。

 

 さて、夕方を迎え応接屋敷からお客人達が……なかなか減らないし帰らなかった。日が暮れてからも到着する人などもいたりしたからだが。まあ少し大らかな時代でもある。

 そのため、いつも通り酉時正刻(午後六時)ごろに『食堂広間』で夕食となったが、そのあとにも一刀らは一度応接屋敷に行く事になったりした。

 

 だが、そう言った客も含めると、昨日から一刀と司馬家に寄せられたお祝いや贈り物、寄付金の総額は、すでに中規模の邸宅がポンと購入できる程にも届いていた。

 

 それなりに忙しい一刀の一日が暮れていく。

 そしてその夜、一刀からお守りを手渡され一刀の客間を訪れたのは――――

 

 

 

 頬や顔を真っ赤に染めた司馬朗であった。

 

 

 

つづく

 

 

 




2014年10月06日 投稿
2014年10月24日 文章修正
2014年11月03日 文章修正
2015年03月19日 文章修正(時間表現含む)
2015年03月22日 八令嬢の真名変更
2015年03月30日 文章修正



 真実・現実)足枷だけが残っているのである!
 安心したまえ、一刀。 全部残ってるから♪



 解説)剣と刀
 日本では剣術と一つに纏まってしまっていますが、中国では『剣術』と『刀術』で分けられ、そして武術の流派によってもいろいろ専用の剣や剣術、刀と刀術があります。
 しかし本外史では曖昧な感じになっています。



 表情)……………はぁ?
 そのときの一刀の表情は完全にこうである。  (゚Д゚)ハァ?



 解説?)兗州で採れたみかん
 温州ではない……。
 (温州蜜柑でございます。
  こ、これは大丈夫なのか?
  パクッ。「グアッ」 バタッ。
  丞相!丞相! 巨星堕つ……)






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