真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~   作:カメル~ン

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第➋➏話 洛陽動乱前篇

 

 

 

 洛陽城傍にある皇甫嵩将軍の邸宅内の、自然が美しく良く手入れが行き届き落ち着いた感じの庭が一望できる楼閣にて、皇甫嵩将軍は盧植元将軍と食後のお茶を静かな気持ちで共にしていた。盧植は今、徐(おもむろ)にその美しい庭を眺めている。

 

「……来なかったわね♪」

 

 その声に皇甫嵩は瞼を閉じて静かに答える。

 

「予定通り(決行)のようね……」

 

 未時正刻(午後二時)までに中止の使者が来なければ、董卓陣営と献帝陣営は各自予定通り静かに行動開始である。

 

「んー……明日の今頃はうまく行ってるよね?」

「コツコツと準備してきたんだもの……私達が新しい扉を開けるのよ」

 

 

 

 幾何かの血が流れるかもしれないけれども―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徐州東海郡にて、黄巾党軍により敗残の中で仁王立ちのまま気絶した関羽を助ける形になったが、管輅からの情報により『辿り着けるもの』達の動きを阻止した雲華一行は、泰山の麓に広がる森にある巨木の家へと戻ってきていた。

 帰途にて再度、近くにいるであろう管輅を呼び出し一刀について再度占ってもらうも、「大きな流れが起こるかも?」という漠然な物しか出てこなかった。それ以上は進展なく、雲華と『ジンメ』は管輅と別れて家へ引き上げてきたのだ。

 だが、雲華には一つずっと気になることがあった。それははっきりとジンメにも伝わっていた。

 

「主様、何か……ずっとイライラしていますが」

 

 そう、気になって落ち着かないことがあるのだ。それは決まっている。帰途にての管輅の一刀に関する占いでもまた出たのだから。もちろん―――

 

 

 

 『おっぱい×8』である。

 

 

 

 確かに一刀は若いし彼の性格なら、ナデナデスリスリが好きであるし女の子に興味や欲が出るのは当然ではある。しかし、まだ離れ離れになって四ヶ月ちょっとなのだ。加えて女の子の一人、二人ならともかく八人もいると出ている。そしてその状況はどうやら一時的ではないようなのだ。気にならないわけがなかった。

 

 どういう経緯でそうなったのか、一体何をしているのか、どんな状況なのか――。

 

 普段は沈着冷静なはずの雲華だが、こと一刀のことについては中々冷静になれないでいた。

 

「あぁんもう! まだ四ヶ月程なのに……女の子に興味あるのは分かるけど、少し早いし、いくらなんでも多すぎなのよ!」

「はぁ」

 

 雲華は不貞腐れるように食卓へうつ伏した。

 木人育ちの『ジンメ』にはまだ恋愛感情は理解しずらい感情だった。

 

「これは―――一度現状を調べるべきね」

「はぁ」

 

 ジンメの返事はどこか気合が入っていない。はっきり言って呆れ気味なのだ。

 ただただジンメは主へ忠実に従うのみである、が……ここに一刀がいた時の二人の仲を良く知っているので『これは犬も食わないな』という事は分かるのであった。

 雲華としては今、『辿り着けるもの』達の方の情報や進展も無い状況と言える。丁度いい機会に思えてきた。

 

「さあ、昼ご飯を食べたら早速確認しに出かけるわよ!」

「はぁ」

 

 今まで、いつもどこか寂しそうにしていた主が、急に何かとてもワクワクしていることにジンメは気付いていた。理由は分かるが、その気持ちについてはまだ良く分からない。それは別に構わなかった。彼女はどこまでも付いて行くのだから。

 

「主様……少し嬉しそうですね?」

「ふふふ、そうかな♪」

 

 『ジンメ』にはまだ理解できる感情が少ない。

 だが彼女は―――以前の体では体感することのなかった背中が薄ら寒い感覚を、『恐怖』という感情を今初めて理解する。魔王さまは『おっぱい×8』にお怒りだったのである……。

 

 

 

 雲華の顔は久しぶりに――――ニヤリとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一本道の前方に、一刀らの進路を遮るかのように一人の……若い感じの女性の武人が立っていた。

 一刀は落ち着いていた。

 

 ゾクリ――――――。

 

 念のため『超速気』にもすでに入っている。

 周辺の気には脅威と思える程の者は『感じられない』。道の先に居る武人が――副将程度の力量はありそうな気を発しているがそれでも十分対応出来る状況だからだ。一刀らの後ろに控える司馬敏の方がずっと大きな気を感じるぐらいである。

 

 しかし、今――――一瞬、本能に響いた恐るべき悪寒を感じたのは気のせいだろうか。

 

 一刀は……改めて周囲の気を探るが大丈夫なようだ。きっと気のせいなのだろう。

 この状況を作ったと思われる朱皓は何故かニコニコしてた。

 周辺を封鎖し固めているのは朱皓の兵なのだろう。

 

(一体何のために……? 最後のお楽しみと言っていたが……)

 

 すると一刀のその疑問を投げかける表情に対して朱皓が答える。それもわざとらしくである。

 

「きゃぁぁ~~北郷殿、前方から暴漢が~~♪」

 

 その声に前方の女性の武人が思わず声を上げる。

 

「ひ、姫さま! (女なのに)だれが暴漢ですか!」

「どっちでもいいじゃない、張(ちょう)。戦うには雰囲気が大事なんだから~」

「良くありません! 剰(あまつさ)え強引な上に暴漢などと、朱家に仕える誇りある者として納得できましょうや。正々堂々とやらせてくだされ」

 

 一刀にも大体状況が分かってきた。どうやらこのジャジャ馬お嬢様の仕組んだ猿芝居の模様だ。どうあっても一刀の武を見たいと言うのだろう。しかし、公道を大掛りに封鎖するとは困ったものである。

 朱皓のしたことは個人的な思い付きだけでやっていることだろう。なので、ここで武を見せないと次は何をするか分からない気もする一刀だった。現代でも映画の撮影とかでは許可を取ったりして封鎖はあり得ることだけど……この時代の、郡の太守というのはその家族ですらこんな勝手なことが、気楽に出来るほど権力があるのだろう。

 その身勝手さは考えれば腹立たしい事だが、今一刀が勝手に怒っても司馬家に迷惑をかけるだけにも思えた。ここは話に乗って早く事態を収拾し、その後に上手く彼女を諭すしかないだろうと考える。

 

「えっと、朱皓殿。とりあえず、あの前の人と戦えがいいのかな?」

「ん、あれっ? いいの~?」

 

 『いいの』じゃねぇと言いたい、そんな気持ちで一刀は馬を下りた。道の先に居る武人とは二十歩(二十八メートル)ほど離れていた。そして一刀は朱皓らを後ろに数歩前へ出る。

 その瞬間、一刀は後方に急に強い気を感じた。

 

(なにっ?)

 

 司馬敏に近いほどの大きな気だった。だが司馬敏とは違っていた。それは――朱皓の気だったのだ。どうやら一刀らは朱皓にさらに一杯食わされていたらしい。彼女はずっと気を抑えていたのだ。これだけの気を発するなら相当強いはずである。道理で一人でも街中をフラフラ出来るわけであった。

 しかしすでに一刀は、背中側を含む周囲の気をすべて把握しており、初めから朱皓の気を捉え、彼女の体の動きも正確に掴んでいた。その彼女の小柄で動き易そうな服装の体は馬から軽やかに飛び上がった。

 

「兄上様!」

 

 一刀は司馬敏の声に後ろを見ずに上半身を右へ振って、朱皓の『飛び蹴り』をあっさり躱す。しかし朱皓は着地と同時に、続けてしなやかで鋭い蹴りや拳を一刀へ叩き込んで来た。一刀はそれを躱したり素手で軽くいなしていた。

 朱皓の動きは素早く『超速気』の状態でなければ食らうところであった。

 十合程の手合いを交えると朱皓はさっと後方へ一度間合いを取った。肩より少し長めのふんわりとした薄桃色の髪を軽やかに揺らしながら。

 

「ほぇ~~、全て凌がれますかぁ。結構本気だったのに~。じゃあ、これどう受けます?」

 

 朱皓は少し離れた位置から、引いた右拳を一刀へ向けて放ってきた。驚いたことに近距離から拳気が高速で飛んできたのだ。一刀は全身へ『剛気』を掛けて強化していたが、拳気の威力を見切り両腕の防御を『硬気功』まで上げると、左腕でその拳気を左やや後方へ弾き飛ばした。弾き飛んだ拳気は道の端にある固めの土壁に当たるとその部分を見事に深く砕くのだった。

 一刀は朱皓の次の動きに備え、体制を崩すことなく悠然と構えている。

 

「……」

 

 朱皓は軽口を開かなくなり、目が鋭くなった。そして――彼女は瞬動する。

 小柄な朱皓はその体格と小回りを生かし、一刀へ下方からの足払いや拳の突き上げ、蹴り上げ等の連続技を連発する。加えてその攻撃と動きは気を込めているためか、かなり重く硬く早くそして正確であった。それは大きく躱しての『速気』ではもはや容易に回避できないほどの体捌きだ。

 だが――一刀の『超速気』の速さの領域はそれを遥かに凌ぐものであった。そして早さ以外も。

 朱皓は果敢に攻めるが、一刀にはすでに『ゆっくりな拳術舞』であった。

 数十合対した頃、朱皓は急に脚へ異変を感じた。両足に力が入らなくなってきたのだ。

 

「こ、これはぁ……」

 

 おもわずその場にペタンと膝を腿の外側へ曲げお尻を付いて座り込んでしまった。一刀はその朱皓へゆっくりと近付く。彼は少し弱く『飛加攻害』を彼女の脚へ蹴りを裁く時に掌から通していたのだ。

 

「朱皓殿、もうそろそろいいでしょう? 休憩の時間も残り少なくなりますので――」

 

 朱皓はその言葉に、軽く扱われた思いがしてカチンときた。

 

「……屈辱ですね~。私は暇つぶしで本気の拳を撃ったりしない!」

 

 『本気の拳』――道の脇に並ぶ土壁は太目の木の柱を杭に瓦を高く積み重ね、外を固い土で塗られた相当頑強なものだ。それが深く抉れている。普通の人が受けたのであれば大けがや死んでいる威力なのだ。

 彼女は両手に気を込めると、自らの両太腿を叩くように手を押し当てた。そして……静かにゆっくりと立ち上がる。

 一刀は驚いていた。そう、気功を使えるのは仙人だけではないという事。人でも中には使える者もいるのだ。しかし、それにしても朱皓はまだ若い。普通なら足が元の状態に戻るのに一時(二時間)は掛かる程度で『飛加攻害』を掛けていた。これはもう気功師範の領域ではないだろうか。

 朱皓はまだ納得いかないとばかりに、素早い動きで一刀へ挑んできた。

 だが、一刀は思った。朱皓の不満はあくまで彼女の我儘にすぎないと。一刀は当初から流すつもりだったが、手加減のいささか薄い一撃を放っていた。

 

「ぐっ」

 

 朱皓からくぐもるような声が漏れた。

 彼女は一刀からの鮮烈な威力と速さによる腹部への一撃に、体をくの字に曲げて……宙を舞い、勢いを殺しながら道へと転がった。

 

「姫さま!」

 

 道の先にいた朱家の張と呼ばれた武人の近くまで飛ばされる。先ほどまで黙って見ていた彼女だったが、この状況に思わず駆け寄っていた。

 そんな朱皓はそれでも起き上がろうとしていた。『硬気功』とはいかないが、気によって腹部を強化し防御していた事を、一刀は彼女の体の気の流れから知っていて、受けたダメージは深刻ではないと把握している。

 

「武人は力を持つほど周りの事をよく考えて行動すべきだと思います。太守様の娘である貴方は尚更だ。これで失礼します。幼達、帰るよ」

 

 一刀はその場で朱皓らへ背を向けると、馬のところまで戻り跨ると司馬敏を従えて司馬家の本屋敷へ戻って行った。

 戻る途中、一刀は厳しい顔で一言も話さなかった。司馬敏は一刀の後ろへ静かに従っていた。

 

(兄上様、厳しい時は厳しいんですね!)

 

 一刀が去った道に残された朱皓は呟いていた。

 

「くっ、彼……な、何という強さなの~。母上にも肉薄できる私が……。確かにこれは賊ごときが何人いようと問題じゃないわねぇ……」

 

 朱皓は自分の武力に結構自信を持っていたのだ。若くして母から学んだ気功を守備と攻撃に取り込んだ近接と中距離格闘はかなりの水準だと。実際に黄巾党の乱では姉と共にこの河内郡の北方の守備に残り、冀州との州境近くに現れた小規模ないくつかの兵団を蹴散らしていた。

 

「姫さま、大丈夫ですか!」

「当たり前でしょ。北郷殿が手加減してないわけないでしょ~。彼が本気だったらきっとお腹に穴が開いてるわよぉ」

 

 まだ腹部が強烈に痛くはあるが、気功が使える朱皓は動けないほどではない。

 

「やっぱりぃ……彼、凄くいいんじゃない?」

 

 どうやら、つまらない問題はまだまだ続きそうであった。

 

 

 

 

 一刀は厳しい顔をしていたが……実はそれ程怒っている訳ではなかった。それよりも、太守の娘に対して殴ってしまった事の重大さがこみ上げていたのだ。女の子を殴ってしまったというのもあるが、司馬朗へはつまらない問題を起こさないようにすると話していたのにである。朱皓へは誰かが叱らなければいけなかったとは思うが、自分である必要はなかったと考えるのだ。

 屋敷に戻ったら、司馬朗か司馬防へ報告の上で相談しなければいけないなと思う一刀であった。

 一刀らが屋敷へ戻ってくると、訪問客への応対再開の申時(午後三時)まであと一刻(約十五分)ほどに迫っていた。もっと早く帰宅出来るつもりだったのだ。

 本当は早めに帰って来て、そのあと出来れば厩舎まで行き、乗せてもらった馬の鞍とかを外してブラシ掛けまでやってあげるつもりでいたが、もう時間がないため馬の鼻面を撫でて礼を言うと使用人へお願いする。

 そして同行してくれた司馬敏へも礼を言うと、一刀は客間へ戻って急いで銀さんに接待用の服へ着替えさせてもらう。

 間を置かず一刀は急ぎ、本屋敷の庭の道を応接屋敷の方へ移動する。「司馬朗や司馬防はすでにここを通って応接屋敷へ入られました」と、本屋敷側の裏門を守る女の子の守衛が通るときに教えてくれた。一刀も間もなく通るということで、応接屋敷側との両裏門は解放状態のままにしてくれていた。門の外の男性守衛らに礼で見送られ、一刀はそこを通り抜けて応接屋敷へと入っていく。

 訪問客への応対は時間通りに始まり、申時一杯(午後五時まで)の一時(二時間)の予定であった。昨日に比べ時間を短くした影響か待ち客が多く、結構ひっきりなしにお客へ挨拶する為、一刀は例の朱皓との問題については、まだ司馬朗らへ報告出来ていなかった。少し問題が大きそうな事でもあったので、司馬防へも夕食前ぐらいに例のお守りを渡す時か、夜にでも相談しようと考えていた。

 訪問客への応対自体は滞りなく進む。そうして酉時(午後五時)が近付いて、客が少し減ってきた状況へ向かい、漸く先に司馬朗から今日の朱皓との街の散歩はどうでしたかと聞かれる。

 一刀が実は……と言い始めたその時だった。

 

 彼女が――なんと朱皓が応接屋敷へやって来たのだ。

 

 その朱皓の服装は、これまで何度かここへ来た時に着ていた、高級であるが普段着る装いの服装ではなく、改まった上等な服装をしていた。

 

「北郷殿~~~!」

 

 そして彼女は入口から入ってすぐの所から、少し大きめなハッキリ聞こえる声で一刀を呼んできた。

 これでは一刀は正面から行かざるを得ない。彼女の事は皆が太守の娘だと知っており、道を開けるように大きく横へ道を譲ったり壁近くまで寄ったりした。そうして前の空間が大きく開けられると、朱皓はゆっくりと大広間の中へと進んで来る。

 よく見れば、先ほど朱皓の傍にいた武人と他数人が付き従って後ろについて来ているではないか。

 

(うわっ……これから一体なにが始まるんだ?! 司馬家に迷惑は掛けられないんだが)

 

 一刀は緊張気味に朱皓からの出方を伺うしかなかった。

 だが朱皓は一刀の前まで来ると―――ニッコリと微笑んできた。

 

「北郷殿、先程は大変身勝手な事をしてしまい申し訳ないです。近隣に住まう者にもちゃんと謝罪してきました~」

 

 彼女の後ろへ並ぶ武人達も神妙にしていた。彼らは思いはどうあれ立場上、彼女の命に従わねばならない所があるので仕方のない事ではある。

 

「い、いえ。こちらも身分を弁えず、厳しい態度を取ってしまいました。すみません」

 

 一刀も叱る形とはいえ、太守の娘に……女の子に手を上げてしまったことを反省していた。

 その話を聞いて一刀の横の司馬朗や、傍まで来ていた司馬防に『何かあったのね』と気が付かれてしまった。

 

「こちらへ改めて参ったのはこれから懐(かい)の城へ戻りますので、その挨拶に寄らせてもらいました」

「えっ、今からですか?」

 

 もう大分と日が傾いて来ていた。しかし朱皓は笑顔を崩さない。

 

「この温の街とは六十里(二十五キロ)程ですので、馬ならのんびり走っても一時(二時間)あれば余裕で着きますので~。いやそれに、北郷殿の賊を捕縛した圧倒的な実力を実際に見れましたし、私のこの街への役目はとりあえず終わりましたので。戻って自分の仕事をきちんとやらなければと」

「……そうですか」

「それでは、司馬家の皆さんもまたお会いしましょう………是非近いうちに」

 

 そう言って、ニッコリと足早に朱皓ら一行は去って行った。

 

 一刀は朱皓が来た時から少し冷や汗を掻いていたが、それが引くことはなかった。そのまま司馬朗より大広間から別室の部屋へと引っ張って来られてしまった。

 

「一刀様、何かあったのですね?」

 

 一刀は事の成り行きを、お店を回って帰りに朱皓を送る際の、公道を封鎖されて待ち伏せからの朱皓自身との戦いと、最後の行動までを簡潔に有りのまま話して聞かせた。だが最後の対応だけは司馬朗より一言貰ってしまう。

 

「非常に危険な行動でした。朱皓殿は気の良い方のようでしたが、実際は根に持つ性格の人物が多いのです。太守様も人物の出来た方ですが、次も上手く行くとは限りません。先ほどの朱皓殿の『近いうち』にという言葉は留意しておくところです」

「そうだな……ごめん。俺って感情で動いちゃうところがあるからさ」

「ただ、今回の件は朱皓殿に非があるところです。お気持ちは分かりました。一応、母様や明華(ミンファ)にも知らせて出来ることはしておきましょう」

「そうだね」

「全く……一刀殿は、肝が太いですね」

 

 そこへどうやら話も聞いていたのであろう司馬防が別室へと現れた。

 

「考えるだけでなく、実際に太守様の大事な姫君へ一撃食らわせるなんて」

 

 確かにそこだけ聞くと、時代を考えれば三代まで滅ぼされることも普通に有り得そうな内容に聞こえる。少し一刀の冷や汗の量が増えた。

 

「まあでも、今後も今回の件で罰せられる可能性は低いでしょう」

「母様?」

 

 司馬防は気付いていた。朱皓の目が……一刀を気に入っていることに。

 

「さあ、お客様がまた来られたようですよ」

 

 司馬防の言葉に一刀らは再び大広間へ戻っていった。

 

 司馬家では今日も無事に訪問客への応対が終わる。この時代、時間はあくまでも目安である。すでに酉時正刻(午後六時)に近くになっていた。一刀達は応接屋敷を後にしようとしていた。一刀は今夜もイケナイ夜を過ごそうと、僅かな時間に司馬防へお守りをキッチリ渡そうと呼び止めた。すると、ニッコリ嬉しそうに微笑みつつお守りを受け取ろうとした司馬防から、思い出したように例の人物についての事を一刀は聞かされるのだった。

 

「一刀殿、確かこう書いて『劉備玄徳』と言う人物ですよね?」

「あ、そうそう! 聞きたかったんだ」

「私も一部仕事で都周辺の治安に携わっている部分もあるので、黄巾党の乱の軍関連の資料を見る機会が少しありました。それには乱で官軍へ協力した義勇軍なども報告があった者については僅かに記されています。その中に冀州から兗州の辺りでの戦いで劉備という義勇軍の記載がいくつかありました」

「そうですか……放浪の際に聞いた名前のような気がしたから」

 

 一刀は『劉備』に拘(こだわ)る理由を先にはぐらかせておく。

 司馬防はすでに聞いていたように頷く。そして残念そうな表情をする。

 

「ですが、冀州と兗州についてはすでに乱は平定されたので、そのあとその義勇軍がどうなったのかは分からないのですけど」

「わかったよ、ありがとう」

 

 一刀はその先に少し心当たりがあった。冀州、兗州と来れば、その先には徐州があるのだ。現代の知識では劉備と徐州には大きな関係があるはずなのだ。きっとその辺りに居るのであろう。徐州を譲られるイベントでも発生するのではと、現状を知らない一刀は納得していたのであった。

 

 そして司馬家は間もなく家族全員での夕食を迎えた。楽しい食事の時であった。

 その後皆で、『寛ぎの広間』へ移動したところで司馬懿に声を掛けられた。寛ぎの余興に『剣の稽古』をしないかと言ってきた。それも皆が見ている前の、この広間から庭へ続く平で大きな石を敷き詰めたテラス調な場所でである。おそらく今日の朱皓との戦いの話も聞いたのだろうな、と思うと同時に稽古の約束もあったと思い出す。断る理由はないので気軽に受ける一刀だった。

 刃を潰した剣が用意され、一刀は皆が室内からのんびり眺める石敷きの場所へ司馬懿と出る。そして互いに一度剣を軽く合わせると稽古というか……試合は始まる。初日の宴で彼女の剣舞を見たのだが、華麗で素早く勇壮である。それは彼女の実戦の剣でも変わらない。だがより洗練された鋭さがあった。司馬懿の打ち込んで来る剣は、いずれも無駄がなく正確だった。確かに司馬敏の方が剣速は早いかもしれないが、司馬懿にはまだ勝てそうにないのは良く分かった。司馬懿は確実な捌きと受けをし、スキを逃さない攻撃の剣術なのであった。一刀としては色々と彼女から『神気瞬導』抜きで学びたいところだが、『速気』レベルではおそらく完全に圧倒されるのが分かるため『超速気』で対応せざるを得なかった。だがその水準だと、司馬懿の動きもスローに見えている。それでも一刀はその動きを見るだけでも今は十分勉強になると気が付き参考にさせてもらう。一刀はたまに司馬敏を参考にした肘や膝を加えた体術も交えて司馬懿の意表を突いたりすることで、司馬懿を退屈させないようにと楽しい稽古の時間を過ごすことが出来た。

 その後今日はお風呂の日ということで、一刀はまたも例の如く女の子達との夢の桃源郷な湯殿を堪能してしまう。そして風呂上りを再び『寛ぎの広間』にて皆でゆったりと過ごしていたが、亥時(午後九時)過ぎにはお開きとなり、皆でお休みの挨拶を交わすと、それぞれの部屋へと戻っていった。ただ、司馬防だけは一刀と共に静かに彼の客間へと入って行った……。

 今日の司馬家の夜もそれなりに平和な形で更けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曹操は今宵、洛陽東側最外郭傍の街中に借り受けていた屋敷にて就寝の予定となっていた。今日は外の駐留地には夏候惇と許緒が詰めることになっている。残りの夏侯淵、荀彧、典韋もこの屋敷で休む予定であった。

 皆で夕食の後、先ほどそのまま皆でゆっくりとお風呂に浸かり、さっぱりして寝所へ一人移動してきたところだった。後程、夏侯淵か荀彧辺りが来ることだろう。

 この部屋は四丈(九メートル二十センチ)四方程の朱塗りの見事な透かし彫りの壁で囲われた寝室であった。広めの寝台の脇の剣台には、すぐに使える形で死神鎌の『絶』が置かれている。

 

(今宵はどう楽しむかしら♪)

 

 普段は身を引き締めている曹操の少し息抜きの時間でもあった。そんな事をのんびり考えていて、そろそろ楽しむ時間ねと考えていた亥時正刻(午後十時)過ぎの事だった。

 

「華琳さま……今、よろしいでしょうか」

 

 夏侯淵の声が掛かる。が――その声には少し緊張が感じ取れた。曹操はすぐに頭を切り替える。

 

「いいわよ、入りなさい」

 

 夏侯淵は部屋の扉を開けると、足早に入って来る。

 手短に礼を取ると夏侯淵は妙な提案をしてきた。

 

「華琳さま、お手数ですが外へ出て西の空を見ていただけませんか」

「なに? ……確か今夜は新月だったわよね。星でも一緒に見ようというわけではなさそうね」

 

 夏侯淵が態々お願いに来たのだ。理由があるはずであった。曹操は寝間着に一枚打掛を羽織ると、寝室の外へ出て行った。そこは廊下に出てすぐに庭へと降りられる作りになっている。

 だが、庭に下りる前に、曹操の歩みは廊下で止まる。

 空は月が無く、星がよく瞬いていており美しい光景が広がっていた。しかし、西の空にいくつも僅かに薄らと星々を隠し見えていた。それは細く立ち上る――煙であった。非常に見えにくい状況だったが曹操は見た瞬間にそれが何か理解出来た。

 そして訝しげに眼を凝らすと呟く。

 

「――――炊煙……」

 

 曹操の所にはいろいろな情報が入ってきていた。その数ある中に、董卓軍の炊煙の時間も入っていた。董卓軍の食事の時間は日々部隊ごとにバラバラだった。そして大きくズレることも稀にあったのだ。今日も昼食が一部一時(二時間)余りも遅い未時正刻(午後二時)をかなり回っていたのである。しかしそれでも過去最大ではなかったことで、計画通りに出来ていないか董卓軍の怠惰な一面でいつもの事だという事になっていた。

 

(しかし今夜のズレ方は……朝昼晩を合わせて過去最大………待って、これはいつものズレなの?)

 

 曹操の判断には迷いが出ていた。基準にすべきものがあやふやにされていたのであった。

 戦の前に食事は必須と言える。活力や持久力に差が出るのだ。大軍となれば、それは大差となる。賈駆はこの日のために常日頃から食事の、炊煙の時間を適当にずらしていたのだ。

 だが、それでも曹操の判断は手堅いものであった。

 

「今日の董卓軍の行動の報告に小規模な演習が伸びて終了が遅くなったとあるから、この時間に炊煙を上げる理由は、僅かにあるわね。あとは……今、外から敵が徐々に近付いて来ている情報を得て臨戦態勢に移行している所なのか、それとも―――自分達で急に戦いを始めようとしているかというところかしら。でも炊煙をあれだけ上げる時間があるのに、まだこちらへ報告が来ていないとなると外から敵ということは無さそうね。つまり、演習の所為か……自ら戦いを始めるつもりかのどちらかね」

「華琳さま……」

「秋蘭、駐留兵へ全員起こしを。同時に陳留城へ援軍の早馬を出して。そして急いで西側へ斥候を出しなさい。その後に董卓側へ確認の伝令を出すのよ。それは帰ってこない可能性もあるから(そのつもりで人選なさい)。まず東門周辺を必要なら実力で確保しておきなさい。それと、桂花をここへ」

「はっ」

 

 曹操は洛陽から真東の陳留城までの主要な街や村に独自の厩舎を置き、馬を全力で走らせて伝令を伝える準備を整えていた。陳留まで四百里(百六十キロ)程。それを片道二時半(五時間)程で知らせることが出来るというものだった。実際に数回昼夜関係なく抜き打ちで伝令を行い実践済であった。

 そして陳留城には曹操が駐留を始めてから援軍として守備兵とは別に常時曹純率いる虎豹騎二千を含む一万四千を交代で待機させていた。追加でさらに即日に二万を送り出せ、加えて半月程度で数万を各地から招集する体制を整えているのである。

 だが、どれほど急いでも援軍の到着に歩兵であれば丸三日は掛かる距離だった。

 

 夏侯淵が下がり、間もなく屋敷内がやや騒がしくなり始めようかという頃、荀彧がやって来た。

 

「華琳さま、桂花です」

「お入りなさい」

 

 荀彧は神妙な表情で静かに入って来た。

 

「早速だけど貴方は董卓の動き(炊煙)をどう見ているの?」

「はっ。まず十中八九、偶然にズレたのではなく目的を持った確信犯かと。一つ二つならともかく、条件が揃いすぎていますので。しかし現在、洛陽に駐留する董卓軍の総数は一万五千です。広い洛陽周辺をすべて守るにも攻めるにも些か少ない数です」

「そうね、守るに関してはそのために私達もいるのだから」

「しかし、油断した宮城をとりあえず攻めるにはちょうど良い兵力かと」

「……確かにね。ということは……長安辺りから援軍がすぐに来るわね」

 

 この洛陽の都にある巨大な洛陽城は、山を背に北側一杯近くの、そして東西はほぼ中央の位置にある。両軍の主力は東西最外郭の外に駐留している。

 だが―――董卓軍は外郭内部に当初から飛将軍呂布と五千の兵を配置していた。董卓が宮城を攻めるということであれば大きく先手を取られていることになる。

 

「それに加えて、宮城内に手引きする者があれば、制圧に苦労はほとんどないかと」

「董卓はやはり……霊帝を排除するつもりということで間違いないのよね」

「はい、おそらくは」

「ふっ……(麗羽から聞いていた話が参考になるのか少し掛けだけど、)何とかして霊帝を救い出すのよ。それが―――私の覇王への近道で大きな一歩になるのだから」

「はっ」

 

 荀彧は曹操の考えを瞬時に理解する。

 曹操と荀彧は……この瞬間、この董卓の計画すらもその野望へ向けての手段の一つとして利用する気になっていたのだ。

 曹操の野望に『優秀な皇帝』や『力を持った皇帝』は最初から必要ないのである。

 

「この屋敷も危ないわね。桂花、私が着替えたらすぐに陣へ移動して会議を開くわよ。皆にそう伝えて」

「分かりました。では失礼します」

 

 曹操は着替えるために小間使いへの呼び鈴を鳴らした。

 

 

 

 

 時刻は子時正刻(午前零時)に近付いていた。

 洛陽西側最外郭外の董卓軍の駐留陣内では、董卓、賈駆、張遼が天幕で最後の確認をしていた。

 先ほど曹操からの伝令が来たが……もうこの世の者ではなくなっていた。

 その時点から静かに両陣営は開戦しているのであった。

 すでに宮城内では動き出している時間である。

 曹操側が董卓陣営の配置を調査していることは当然把握していた。今日は当然人員配置についても裏を掻く必要があり実行していた。

 すでに宮城内へは荀攸の手引きにより皇甫嵩、盧植、そして呂布が百人程の精鋭と共に入っている。そして間もなく主要な門をすべて内から開き開城し、陳宮率いる五千で突入する予定になっている。

 そしてここにいる、三人と兵一万ほどはすべて対曹操への時間稼ぎの一団であった。この後間もなく一、二時(最大でも四時間)のうちに華雄と三万五千が到着する予定なのであるから。掃討はそれからが本番になる。

 

 その時、洛陽の高い外壁の内側から、子時正刻を告げる鐘の音が微かに聞こえて来た。

 董卓は近くに座る賈駆と張遼の表情を伺うと、静かに可愛らしい声ながら力を込めて告げる。

 

「詠ちゃん、私達も予定通り始めましょう」

「分かったわ、月。いよいよ始めるわよ。さっきの伝令で、曹操はもうこっちの動きに気付いてるのが分かったけど、でも少し手遅れね。霞、頼んだわよ。三千を率いて西門から郭内を抜けて東門を制圧してちょうだい。もし音々の隊への攻撃があるようならそれの排除を最優先でお願い」

「分かってるー。久しぶりに強い奴と戦えそうやからなぁ、ウチ楽しみやわぁ、腕が鳴るわー」

「もう霞、楽しむのはほどほどに頼むわよ」

「分かってる、分かってるー。ほな行ってくるわ」

 

 張遼は待ってましたと勇んで陣内を飛び出して行った。

 加えて間もなく曹操の屋敷へ先行させた街中に散らしている別働隊の兵五百が突入予定である。これは曹操側の出鼻を挫き混乱させる為と、あわよくば曹操を討ってしまおうというものであった。

 

 しかしその頃曹操は――すでに反撃の行動を起こしていた。

 先に潜ませていた斥候により伝令が囚われ切られた事がいち早く伝えられると、曹操はそれを宣戦布告と捉え、陳留城へ援軍の伝令の第二陣を走らせると同時に、兵八千を各将へ割り振り行動を開始していた。

 曹操と許緒は兵三千五百で外郭の外から南回りで西の董卓本陣へ急速進撃中であった。夏侯淵と典韋には兵二千で東門周辺以東を任せ、霊帝へ謁見し顔を知る夏候惇へは二千を預け、宮城へ突撃し霊帝を確保せよと命じていた。

 とは言え洛陽は広大なため、西側までを往復し董卓側の動きも含めて状況が確認出来るまでにかなり時間が掛かってしまっていた。反撃開始の時刻はすでに子時から二刻(午後十一時半)をかなり過ぎていた。

 荀彧も命を受け一団を率いる為に郭内の屋敷から駐留陣内へ来ていたが残務処理のため最後まで陣に残っていた。そして、間もなく出ようとしていた時だった。天幕の外から「荀彧様、おられますか。荀攸様より手紙を預かって来ました」と絶妙の時間に声が掛かったのだ。その使いはおそらく荀彧が一人になるのを、そして時期を待っていたのだろう。荀彧は荀攸の名を聞いただけで要件と宮城内は完全に絶望的な状況だと理解していた。荀攸――姪っ子だが荀家の名に相応しい能力の子だ。度胸もいい娘であった。天幕から荀彧は外に出ると、静かに控えていた者から手紙を受け取った。その者へ無言で金子を渡すと素早く人知れず立ち去って行った。

 荀攸からの手紙には「親愛なる伯母上さま、すぐに洛陽から遠くへ脱出してください。曹操軍は全滅しますから」と書かれていた。

 

(それはどうかしら)

 

 荀彧は脇にある篝火から火をその手紙へ燃え移らせ地面に置いた。それが焼け落ちて灰になるのを確認すると、何事もなかったかのように陣内に残る最後の一軍の待つ場所へと急ぐのであった。

 

 

 

 

 洛陽城内にある宮城の内側では少し早めの形で静かに作戦行程が進行していた。皇甫嵩と盧植が後宮のある宮城から洛陽城正面外壁側までの門を無血で開かせていたのだ。呂布と精鋭百が奥に残り、開放したいくつかの門を守っていた。そして洛陽城の南正門である平城門が開くと、外郭内へ配置されていた陳宮率いる五千がその前で、すでに整然と並び待ち受けていた。

 皇甫嵩と盧植はその中から千ずつ兵を率いて、再び後宮へと十常侍らを討伐に向かう。また千を荀攸が率いて呂布のいる所まで案内しはじめる。荀攸らは献帝を確保し新皇帝の名の元に、何進と霊帝を討ちに向かう計画でも最重要な部隊だった。

 陳宮は残り二千で平城門を閉じ、宮城外へ備えるとともに他の門から城外への逃亡を試みる者はすべて討つという計画であった。

 

 就寝中だった何進大将軍は、衛兵に部屋の外から声を掛けられ起こされる。初めは安眠を邪魔したその衛兵を叩き切ってしまおうかと思ったが、その「呂布将軍並びに皇甫嵩将軍、盧植元将軍が宮城内で謀反」の内容にそれどころでは無くなっていた。

 初めは何を言ってるんだと思ったが、露出度の高いエッチな寝間着のまま屋敷から見下ろせる宮城の門を見ると、この真夜中の時間に開門され篝火が置かれていたのだ。洛陽城内の軍事と警備は何進のみが管理しているはずである。明らかに外で何かが起こっていた。

 何進は急ぎ、この屋敷の衛兵を可能な限り集めるように命令する。この女は怠慢でエロスなだけではなかった。

 彼女は兵が集まる間に、頭へ扇型の頭冠や胸が強調された紫主体で腰や肘を高級毛皮なファー状のモコモコが覆い、腹部の前に大きな橙のリボン付きな布垂れのあるいつもの礼服に急いで着替える。そして左腰に剣を差しつつ、集まった百人程の兵を率いて屋敷から見えていた開放されている門へと迫った。

 だが近付くと、そこには真紅の旗を靡かせて――呂布がいた。

 呂布は何進大将軍のかつての部下なのであった。

 

「呂布よ、これはどういう事なのだ、董卓の差し金か?」

「何進大将軍……丁度いい。貴方には死んでもらう。家族の敵(カタキ)」

「なんだとぉ?」

 

 呂布の言った言葉の最後の意味が良く分からないが、呂布の表情と目は完全に戦場での容赦のない飛将軍のものに変わっていた。右手には必殺の方天画戟(ほうてんがげき)が握られている。

 呂布が何進の配下を突然辞めたのは、何進から犬を貰ったことから始まっていた。呂布はその犬から、家に連れて帰った後で話を聞かされた。

 何進が些細なことからその犬の幼い弟犬を棒で打ち殺したということを。そして自分も捨てるように呂布へ与えられられたのだと。呂布はそんな無慈悲な何進が許せなかった。だから何進の配下を辞めたのだった。

 だが、呂布も普段は新しい主の董卓の立場も、その配下の自分の立場も弁えていた。だからこの役目を、今日の日を静かに待っていたのである。

 

「何進、勝負」

 

 呂布は有無を言わさぬ凄みで勝負を堂々と迫っていく。

 何進は口や悪知恵もまわるが腕にも自信があった。そのため、呂布の強さも良く知っていたのだ。一対一とか冗談ではなかった。

 なんとか切り抜けねばここで殺されてしまうと判断した何進は、必死に考えるのだった。元肉屋に、固執する武人の誇りなどないのだ。生き延びるために利用出来るものは何でも使うのである。加えて呂布の性格を利用するしかない。

 

(『家族の敵』と言っていたがそれに繋がる呂布との接点は与えた犬ぐらい……そう言えばその時は子犬で、悪さをしたやつを一匹躾に棒をぶん投げたら当たって死なせてしまったな)

 

 何進はその事を思い出していた。まさかと思ったが大本はそれのようだった。

 

「呂布よ、どうか聞いてくれ。子犬の死んだ件は故意ではない。躾けようと叱るために投げた棒が偶々当たってしまったのだ。その後にもう一匹を其方に与えたのは儂よりも犬の事を良く知るお前に預けた方が子犬も幸せだと思ったからだ」

「……」

「それに儂は――あの子犬の立派な墓を建てておるのだぞ。供養もしているのだ」

「……! 本当か」

「ここですぐバレる嘘を言ってもしょうがあるまい。それにお前が初めて洛陽へ来た時、多くの動物達を連れており餌代や住むところに困っていた時に、最初に手を差し伸べたのは誰であったか忘れたわけではあるまい?」

「……あの時は、ありがとう」

 

 そう、呂布は―――『動物関連』を突かれると弱いのであった。

 

「なあ呂布よ、こんなにお前や、お前の家族たちの事を考えてやった儂を、お前は殺すと言うのか?」

「……………分かった」

 

 何進はその言葉に内心で『ニヤリ』とした。だが話にはまだ続きがあったのだ。

 

「恋や、恋の家族についての恨みは無くなった。でも―――この国の、民の事を蔑ろにしてずっと私腹を肥やしていたことは……許せない」

 

 暫し呂布の表情が動物の話で緩んでいたが、それが元の情け容赦のない凄みを増した飛将軍の顔に戻っていた。

 

「何進大将軍、お覚悟」

「………」

 

 呂布は何進へ、個人的な恩から敬意を払った言葉遣いで、そして今の主の意に添うべく勝負を挑むのだった。

 何進は―――今度は言い訳が出来なかった。

 

 

 

 

 洛陽城の南正門である平城門が陳宮率いる二千の軍で閉門された僅かの後、夏候惇率いる二千の兵が平城門へ現れた。

 門上の楼閣と周辺の城壁の上が僅かに騒がしくなるが、夏候惇は城門の前へ悠々と一騎で出ると夜の闇の中、声を響かせる。

 

「私は、奮武将軍である曹操様配下の奮武将軍司馬の夏候元譲である。非常事態に付き警備のため火急に開門されたし!」

 

 帝の臣としての官職名を名乗り、まず公人として武人として皇帝の居城に筋を通すのであった。だが、門上の楼閣に並ぶ兵の間から元気よく現れたのは陳宮であった。

 

「夏候惇殿、貴殿の力はもはや必要ないのです。お引き取りを」

「陳宮殿、貴殿の守備は洛陽城内では無いはず。こんな時間になぜそこに居る!」

「もはや言う必要はないですぞ」

「ふん、逆賊がぁ、ならば押し通るのみ! 全軍、掛かれーー!」

 

 夏候惇の率いる隊は星空の暗い中、勇ましく兵の全員が大声を上げつつ門へと殺到する。だが洛陽城の城壁は天下一の巨城に相応しく頑強で異様に厚く高さも六丈半(十五メートル)程もあった。破城槌等の攻城兵器は無いため、城壁を上って裏から開門するしかないのだ。

 夏候惇の隊の一部が返り鍵と石の錘の付いた縄を投げたり、壁に足場を打ち込みつつ上っていく。

 城壁からは阻止するように矢が次々と放たれていた。さらに引きつけたうえで、石や岩を落とす準備も整っていた。

 だが実は攻城について、夏候惇は荀彧より秘策を授けられていた。二千のうちの二百を城の東面に伏せておき、南側の鬨(とき)の声が上がったら敵は多くが南に集結するためおそらくや一呼吸置けば手薄になる東の城壁から暗闇に乗じて登らせ、城壁の上を南面へと攻撃させよと指示を受けていたのだ。門周辺の城壁上を制圧すれば、味方がどんどん登れ壁の裏へ回るのは容易になる。曹操側も洛陽の守備陣営であるため城壁の繋がりや城の構造はある程度日頃から調査把握済なのであった。

 それを受け東側城壁では、すでに夏候惇の別働隊の一部でその半分の百名ほどが城壁の上を確保していた。開戦より一刻(十五分)と掛からないでいた。まだ続々と登ってくるが、城壁上の幅は三丈(七メートル)程である。なので兵が百もいればとりあえず、隊を形成して攻め寄せれると判断した曹軍の百人隊長は、隊列を組み城壁上を南側へと進軍し始める。

 そのころ陳宮側も東側城壁の異変に遅れて気が付いていたが、この門を集中的に守る方が時間稼ぎになると判断していた。そして、壁上を寄せてきた曹操の兵らとの間でも戦いが始まった。

 しかし、間もなく異変が起こる。

 西側よりこの門へ、強敵な一軍が迫って来たのであった。

 

 

 

 

 洛陽の寝静まった街を一隊五十人程の董卓兵の小隊が十隊、街の広範囲から別々の経路で東にある一つの屋敷を目指していた。その一隊を率いるのが閻(エン)であった。

 

「隊長、間もなく屋敷のある区画ですぜ」

「もうそこらに曹軍の兵が居るかもしれん、注意しろ。なるべく、裏道を抜ける経路で行くぞ。皆、俺の後に続け」

 

 彼はこの作戦に参加している五百の兵の百人隊長の一人であった。今作戦について聞かされた時は、その内容と共に、その伝言者に対して他の隊長らも皆驚いていた。

 それは彼の上司である千人隊長等ではなく、董卓軍筆頭軍師である賈駆その人で、その場まで態々出向いて来て、その口より直に告げられたのだ。

 

「この戦いは、必ず勝たなければならない! その為に皆の力を貸してほしい。よろしく頼む」

 

 これまでは閻が筆頭軍師様を見掛ける機会など全軍の演習ぐらいであったからだ。

 

(小柄だったが、凛とした綺麗な方だったな……)

 

 それもあり皆、名誉ある命令と力強く頷き受けていた。

 彼には妻と子もおり、家は長安の中にあった。董卓軍の百人隊長となれば、家の周囲ではちょっとしたものであった。俸禄もそれなりで不満なく、暮らしは悪くなかった。それに董卓の治める地域は、物価も調整されまた税等を見ても他の諸侯らに比べると低く、民衆たちに優しいものだった。他の諸侯らの地に住む親戚らは大変そうであった。長安の街中も賑わっており、董卓の行う治世に満足している知り合いや同僚、部下の仲間はとても多かった。今作戦は本来、帝に弓を引く逆臣行為になる訳だが、黄巾党の乱が起きても相変わらずで、水害や飢饉にも関係なく重税を課す今の帝の治世に、逆に自分達が終止符を打てると思うとやり甲斐を感じるのであった。

 

 そのために我ら五百が、邪魔となる曹軍に打撃を与える命が与えられたのだ。

 

 この作戦も命を懸けて家族や皆のために成功させようと、移動のさ中にも改めて決意していた。

 そして目的の屋敷へ到着する。

 その屋敷は洛陽の東の端にあり、東西九十歩(百二十四メートル)南北三十六歩(五十メートル)程の立派な屋敷であった。

 すでに何隊か到着していて、周囲の塀の高さは一丈と三尺(三メートル)程あったが組み立て式の簡易梯子をいくつも掛け突入を開始していた。その董卓軍の仲間らに閻らも頷くと簡易梯子を組み立て始める。

 だがその時、中から戦いの掛け声に合わせて悲鳴と激しい金属音が上がり始めた。そして、屋敷の回りの道へ曹軍と思われる一隊も現れる。だが後続の仲間の隊と戦闘が始まり、こちらへはすぐに寄せて来る様子はなかった。

 閻らの隊も梯子を塀に掛けると急ぎ屋敷の中へ飛び込んで行った。

 庭へ入り屋敷の建物へ向かおうと、事前の打ち合わせ通り小隊で隊列を組む。日頃から三人一組か二人一組で敵に対するように訓練して来ていた。

 しかし入った庭の中で見た光景は予想外だった。

 円陣を組む数十人の曹軍の輪の中に居る一人の女の子の武人が、重く巨大なヨーヨーを自在に操り振り回し、仲間たちを片っ端から次々と倒していった。その余りの威力にそれを受けたものは、体が飛ばされ打撲や圧力により潰されたり体の腕や脚が彼方此方あらぬ方向へ曲がって事切れていった。

 

「私は典韋。貴方達、ここを曹操様のお屋敷と知っての攻撃ですね。闇討ちのようにお命を狙ってくるとは許しません」

 

 その子は小柄で少し幼い可愛い顔と澄んだ声をしていたが、敵に対する所業は無情壮絶であった。だが、短時間で十の小隊の計五百の数と言うのは、同時に全てを相手に出来るわけもなく捌き切れていなかった。閻らの隊もいよいよ弓を彼女らへ射かけ、切り込もうかとしていたところ、屋敷内を別の場所から突入していたであろう一隊が内部を網羅したようだった。

 

「曹操はこの屋敷に居ないようだ! この怪物だけでも倒すぞ!」

 

 屋敷の中からの声を受け周囲の仲間から「おおー!」と鬨の声が上がった。

 閻らは曹操が討てていたら西の陣へ引き上げの予定であったが……最後まで戦う事になった。

 

「野郎どもーーー、相手は少数だ! 皆で一斉に掛かるぞ。俺に続けーーーーー!」

 

 閻は勇気を振り絞り、仲間たちを鼓舞しつつ戦いに、強敵な典韋の前へ身を投じていった。

 広大な洛陽の中で始まった、曹操軍と董卓軍という大きな勢力同士で起こった戦の中の片隅の戦いであったが、ここでも互いに自らの信じる者らに掛けた壮絶な多くの命のやり取りが行われた。

 しかしその奮戦も、結局典韋を疲労させた程度に終わり、傷を負わすことは叶わなかった。

 屋敷から生きて帰還できた董卓兵の数は五十に満たなかったという。帰還者の中に閻は居なかった。

 

「大丈夫なのか流琉」

 

 東門へ兵らと引き上げてきた典韋へ夏侯淵は声を掛けた。

 

「はい、秋蘭様。少し逃しましたがほぼ討ち取りました。こちらも百ほど死傷兵が出てしましたが……」

「いや十分だ、良くやってくれた。やはり来たか。むざむざと華琳さまの寝所を襲われましたでは、曹軍全体の士気に関わる事だからな」

 

 夏侯淵は東門周辺を任されていたが、曹操の宿泊していた屋敷の意味をしっかりと考えていたのだった。預かった兵は二千と多くないが、典韋が居ることが大きかった。

 

「あとはこの東門と後方の陣をしっかり守ろう。間もなく東への撤退にも備えて、この場所は今の戦いのわが軍の生命線だからな」

「はい!」

 

 寡兵である曹操軍はすでに『負けない戦い』を選択し戦略を立てていた。

 

 

 

 

 西側より平城門前へ現れたのは張遼の率いる三千の隊であった。

 夏候惇の隊は非常にまずい状況に陥っていた。このままでは門の前で挟み撃ちになってしまうのだ。やむなく夏候惇は一度、門周辺から引くしかなかった。

 城壁上に残された曹操軍は孤軍奮闘する形になった。夏候惇隊の勝利を待つのみと言える。さらに陳宮はすぐに一隊を城内側から東門方面に回し、城壁上へ上げて今のうちに挟み撃ちにする行動に出ていた。

 一旦平城門から引いた夏候惇隊は、直ちに門前にある広大な兵駐留用の広場の東側へ、相手を短時間で粉砕するため、練度の高さを示すよう瞬く間に鋒矢の陣を敷いて迎え撃つ。

 一方張遼の隊は移動用の長蛇の陣を、一瞬で魚鱗の陣に組換え対峙する。そして張遼一騎で前に出ると自らから先に名を告げる。

 

「ウチの名は張遼や! 陣形の組み上がり見ると、そっちも見事な兵の練度やなぁ。なぁ誰かウチと一騎打ちせいへんか? えっと、そっちは誰かいな?」

 

 張遼の挑発気味ながら堂々の一騎打ちへの名乗りに、武人として夏候惇も一騎で前に出る。

 

「我が名は夏候惇。逆賊に名乗るつもりはなかったが、そう堂々と名乗られた上は返してやる」

「おお、相手に取って不足なしやわぁ。しかし、言い方きっついなぁ。まあしゃあないか。ほな、始めよか」

「いくぞ、張遼とやら」

 

 二人の馬は駆け出すと、真っ直ぐ一直線上をぶつかる様に進んで行く。そして二人は―――激突する。

 張遼の飛龍偃月刀(ひりゅうえんげつとう)が唸りをあげる。それを夏候惇の七星餓狼(しちせいがろう)が弾き飛ばすのだった。そのまま夏候惇の剛撃が張遼を襲うが、飛龍偃月刀の柄の部分で撃ち落としていた。

 

「うはぁ、すんごいなぁ。腕が痺れたわぁ。これは楽しいなぁ」

「むぅ、中々やるではないか」

 

 夏候惇もこういう凄腕の相手と戦うのが楽しいぐらいである。だが、今は楽しみに浸っている場合ではないのだ。この一瞬も城壁上では部下が追いつめられて殺されている。

 夏候惇は、間を置かず果敢に七星餓狼を振るい張遼へと切りかかっていった。だが、二人の激闘はその後二十数合合わせても決着が付かなかった。

 夏候惇の僅かな焦りが少し動きを硬くしたのか、楽しむ張遼を圧倒できないままだった。時間が無い夏候惇は、次の大一番に掛けることにする。

 

「張遼よ、次は隊の力比べだ!」

 

 張遼も戦場の状況は把握している。それに一騎打ちもそれなりに楽しめたことから隊の力比べも悪くないと考えた。

 

「ええでぇ。ほな、本番いくかー!」

 

 お互いに隊まで下がると、双方の軍団が突進を始める。

 兵団で重要なのは突破力、防御力と色々あるが、それを支える移動力も重要であった。張遼の部隊は騎馬隊を中心とした『神速』の用兵だった。

 それが夏候惇の隊へ正面から襲い掛かって行った。だが……夏候惇隊の突撃力は練度、組織力とも異常だった。夏候惇の七星餓狼が正面の張遼の一撃を大きく弾き飛ばすと、後続の兵達と共に張遼隊を真っ二つに裂いていったのだ。それは張遼隊の最後尾まで抜けるものだった。張遼隊は夏候惇隊の正面に立った兵らの多くが戦死していた。

 三千の兵が二千五百程になるという状況であった。移動しながら張遼の隊は大きな損失の出た隊列を何とか立て直していた。そして再び広場の西側にて陣形を作る。敷いた陣形は鶴翼の陣であった。

 先ほどまでと張遼の顔付きと雰囲気がより険しい物へ変わっていく。

 

「こらアカン。今のも本気やったけど、これは―――ちょっと死ぬ気で行かなあかんみたいやなぁ。おらぁ、みんな気張りや!」

 

 夏候惇隊もすり抜ける際に張遼を始め張遼隊の攻撃で損出は出ていたが、張遼の隊のように陣形が崩れることはなかった。

 

「いつでも来るがいい」

 

 平城門の楼閣の上から戦いを横目で見ていた陳宮は完全に考えを改めていた。張遼と何度も各地を転戦していたが、彼女の『神速』の用兵がこれほど崩された上に大きな損失を受けるのは前例が無かったのだ。

 やはり曹操の軍団は想像以上に強い。その証拠に、まだ城壁上の夏候惇の一部の隊は降伏することなく頑強に抵抗していたのだ。

 あまり間を置かず、張遼隊と夏候惇隊は再び激突する。夏候惇隊の鋒矢の陣は張遼の鶴翼のど真ん中を粉砕し抜くつもりで飛び込んで行った。

 だが今度は張遼隊が魅せる番であった。夏候惇隊の勢いを受けた瞬間に張遼が激を飛ばすと鶴翼の陣が―――前進しながら雁行の陣へ変化していったのだ。夏候惇隊は勢いのまま、雁行の陣の一直線に斜めになった壁に受け流されていた。夏候惇隊をやり過ごした張遼の率いる隊から順に『神速』で夏候惇隊の後ろや側面へ回り込み、そのまま長蛇の陣で突撃したのである。

 この時の張遼の働きが凄まじかった。飛龍偃月刀で薙ぎ払いながら夏候惇隊の隊列を大きく崩していったのだ。いかに突破力の高い鋒矢の陣でも、側面や後方への対処は難しいのであった。

 数で劣勢に立ち、陣形を大きく崩された夏候惇隊は非常に厳しい状況に追い込まれていた。夏候惇は千人隊長らへ陣形再編へ指示すると、自らは後ろも見ることもなく混戦の中張遼へ向かって行った。

 逆転するには、ここは将を討つしかないのであった。

 

「張遼、勝負だーー!」

 

 夏候惇の後ろに決死で御供をする数十の兵が付いて来るがほぼ単騎に近い突進であった。彼女の個人の突撃力も異常だった。張遼隊の精鋭らが、次々と七星餓狼の餌食になって叩き切られていく。

 そんな修羅な夏候惇の勝負を張遼も受けて立った。

 

「ええ根性しとるなぁ、惇ちゃん。でも、仲間の敵はキッチリ取らせてもらうで」

 

 夏候惇に目の前で次々部下を討たれた怒りを、そのまま飛龍偃月刀に込めて夏候惇へ叩きつけていた。

 徐々に馬の脚を止めての、二人の凄まじい剛撃の打ち合いになっていく。

 周辺の兵らも戦っていたが、思わず遠巻きに見入るように中々決着のつかない勝敗を見守るのだった。

 張遼も本気の本気で打ち込んでいたが、それでも今は夏候惇の気迫の方が上であった。

 先ほどは焦りから動きが硬かったが、今の夏候惇は存分に剣を振るえていた。

 それでも五十合を超える長い一騎打ちとなっていった。だがこの決着は意外な形で着くのはもう少し後となる。

 

 

 

 

 皇甫嵩と盧植はそれぞれ兵を千ずつを率いて、呂布の守っていた宮城の南門ではなく東門と西門から後宮奥へと進撃して行った。皇甫嵩と盧植は先頭に立って標的である十常侍と―――何太后を探して突き進んで行った。

 だが、火を掛けたり必要以上な破壊活動と略奪行為は厳禁していた。賈駆や陳宮や荀攸の試算でこの洛陽城が丸焼けになった場合、再建する財源は短期間では捻出不可能な額だったのだ。

 遷都の予定もないため、現状の資産を引き継ぐ形が最良と判断していた。

 洛陽城全体では今夜も二千以上の守衛が居たはずであった。だが二つの軍へは抵抗がほとんどない状態だった。城の奥に潜むものは栄華を極めることに耽っていたため研鑽することもなく堕落した者が多く、もはや抵抗しようという覇気を持つ者は極少数であった。

 その中で、十常侍らはまだ栄華に固執する精神力だけは突出していたようであった。最後まで抵抗を続けていた。

 皇甫嵩の隊が追いつめると、十常侍のメンバーの多くが楼閣の一つに守備兵数十人と立てこもり必死の抵抗に及んでいた。

 そんな中、盧植の一軍に捕まった男の十常侍の一人は、すぐに命乞いをしてきた。

 

「盧植殿を将軍職より更迭したのは儂ではないが、奴らが悪かったのだ。た、助けてくれ。家の蔵にある金目のものは全部やってもいいのだ」

 

 そんな十常侍へ盧植はこう答えた。

 

「んーあのね。何か一つでいいけどね、貴方が自信を持って言える人民のために行った事を挙げてくださいな。もし何かあれば、その貢献に対して命だけは助けましょう」

 

 しかしその十常侍は何も挙げることが出来なかったと言う。

 そして多くの十常侍らの立てこもっていた楼閣は―――中から火柱を上げて燃え落ちていった。

 

 皇甫嵩は楼閣の包囲と消化を盧植に任せると、まだ十常侍で隠れている者が本当にいないかも含めて、後宮のさらに奥の進軍する。そして彩色の美しい壮麗な建物の一つへ突入した。

 そこには霊帝の妻である何太后がゆったりと豪奢な長椅子へ横になり、普段と変わらず寛いでいた。

 

「この無礼者め、下がりなさい! 将軍だと言えどもここは入ることならぬ禁断の場所ですわよ」

 

 だが覚悟を持って今に臨んでいる皇甫嵩は微動だに怯まない。

 

「栄華を楽しむ者には、それに相応しい大きな役目と責任というものがあるのです。あなたは本来の役目を果たせませんでした。なので『死』をもって責任を取る必要があるんです。それは『国が傾いた責任を取って見せしめに処刑される者』という貴方の新しい役目でもあります」

 

 そう言うと皇甫嵩自らが部屋の中へ踏み入ると、抵抗する何太后に当身を食らわせ失神させると縄も何太后へ自ら掛けていった。

 

 荀攸が呂布のいる宮城南門のところまで兵千を率いて来ると、呂布と兵らの傍らに首と胴体が一撃のもとに一度離れた傷口を仮縫いされた何進大将軍の遺体が丁重に置かれていた。

 他は降伏し武装解除され、一時的に縛られ拘束されている守衛兵らが数十人座らされていた。

 呂布は荀攸と兵千を率いて宮城を進軍する。まず、献帝の居る区画周辺の安全を確保すると、荀攸が一度報告の為、献帝へ謁見する。

 献帝は肩下程までの長さの緩くカーブの掛かった薄桃の髪に、白と薄桃の袖に胸や腰へ金を織り交ぜられた帯と豪奢な前垂れの着物を纏い、頭には黒地に四方を金の装飾金具と赤い飾り紐で飾られた立派な頭冠を被り、表情はとてもとても可愛らしい顔を微笑ませて荀攸を迎えてくれた。

 

「白湯(パイタン:献帝)さま、計画は予定通り進んでいます。詔を下賜いただけますよう」

「うむ、椿花(チュンファ)よ、よろしく頼むぞ。朕の署名の入った宣言書じゃ。霊帝、何太后、何進、十常侍を討つのじゃ。そうすれば、朕が皇帝だもんね!」

「ははーっ」

 

 この区画へ精鋭五百を残し、呂布と荀攸は進軍する。抵抗はもはや全くなかった。飛将軍の噂は洛陽中に、そして城内でも有名なのだ。真紅の呂旗を見ただけで皆が無抵抗に投降していった。

 そして―――後宮の最奥までやって来た。

 この区画は本来皇帝と許可された者でなければ立ち入れない区画である。だが、討伐の詔がある以上、今は問題ではなかった。呂布と荀攸は一気に雪崩れ込んだ。

 そこは金銀と宝石の装飾が柱や天井までびっしりと施されていた。余りの豪華な造りに国や人民達への無責任さがより浮き彫りになった感じに見えた。

 とは言え、素晴らしい造形には違いなかった。国の資産としては申し分のない出来栄えばかりであった。数十以上も部屋を通ったが、そのすべてが豪華であった。

 だが、見つかるのは数名の使用人や小間使いばかりだった。

 そして最後の大部屋へ入る。

 そこは、金の竜の彫刻がふんだんに施された巨大な寝台が置かれていた。床以外の壁と柱の下から天井までもが竜の絵や彫刻で埋め尽くされていた。驚いたことに金の織り込まれた最高級布団以外の寝台すべてが……天板まで金箔ではなく純金で出来ていたのだった。竜の両目は大きな親指大の金剛石、握る玉は一尺ほどもある不純物の全くない完全球体の水晶であった。唯一、寝台にかかる幕だけが少し透可性のある感じの朱色の『普通』の生地であった。

 この部屋だけで、国の財政が傾きそうである。

 

 しかし、そんなことよりも―――霊帝が居ないのであった。

 この部屋の回りもくまなく探してみるが、姿は見当たらなかった。

 少し遅れて皇甫嵩も兵数百を連れてやって来た。今は盧植の隊が中心で、宮城南門内の広場へ拘束した者をすべて集めているという。

 呂布が何進を討ち、何太后も皇甫嵩が拘束し、十常侍も盧植と皇甫嵩が大半を討ち、一名を捕えたのであるが、霊帝を逃せば―――『逆賊』となるのだ。

 ……呂布はすでに戦闘のない現状に、興味が無くなっている様子であった。手持無沙汰な雰囲気に見える。

 

「どこからか外へか脱出した可能性も考えなくてはいけませんねぇ……」

 

 皇甫嵩の呟きに、荀攸は先ほど捕まえたばかりのこの区画の小間使い達に質問をした。

 

「霊帝は少し前までここに居ましたか?」

 

 すると、小間使い達は口を揃えて言うのだった。

 

「このあたりのお部屋には先ほどから―――いらっしゃらないです」

「では、半時(一時間)か、一時か、それより前はどうでしたか?」

「……二時(四時間)ほど前にはいらっしゃったと思います。一時半(三時間)前には静かになっていましたので。いつまでここでお休みだったかどうかは分かりません」

 

 今の時刻は丑時正刻(午前二時)をかなり過ぎていた。

 

 

 

 

 曹操と荀彧の読みでは黄巾党の乱での戦いぶりからも、董卓自身は戦闘自体が得意ではないはずで、本陣から動かず居るだろうという予測をしていた。そのため曹操と許緒の精鋭三千五百で大将首を狙おうと考えたのだ。城内ではおそらく大勢は短時間で決まってしまうと考え、そちらに兵力を回すより少数精鋭による突破に絞り、この一手が妙手となると考えたのだ。そして、距離はあるが迎撃を受けにくい郭外の迂回ルートを取っていた。

 だが、董卓側も賈駆の采配により、万一に備え多くの兵を本陣に残し、敵の来襲への臨戦態勢を整えていたのであった。

 これは初っ端から、倍の兵力の組織力と知恵で董卓軍は援軍到着までの制限時間を凌ぐか、曹操軍は寡兵でもその統率力と突進力で一気に打ち砕くかのガチバトルと思われた。

 しかしその戦いは始まってすでに半時(一時間)を過ぎていた。

 そして戦闘は曹操側の小規模な牽制で膠着していたのである。

 

 当初に、曹操隊の本陣への接近を董卓軍の斥候が捉えていた。このため直ちに曹操隊への奇襲に備えがされたのであった。

 一方曹操軍は洛陽の西の端へ出た辺りで自軍の斥候より、すでに董卓軍が接近を掴んで臨戦態勢をとって待ち構えていると知らされる。

 寡兵で勝負をつけるには不意を突いての突撃が効果的で常道であるが、十分な備えをされればそれは死地へと変わるのだ。備えがあろうと相手が有象無象の賊程度なれば気にもしないところだが、相手は董卓軍の精鋭であの軍師もいることだろう。

 曹操は急襲の陣形をやめ、堂々と速度を落とし董卓軍へと迫っていく。董卓軍の陣へあと一里(四百メートル)のところで両軍は対峙する。

 そして、曹操は一人で前に出ると、問いかける。

 

「私は曹孟徳! 董卓よ、理由がどうであろうと皇帝に牙を剥くとはいかなることか! 後世に永久に残る汚名と知るが良い。私は国家の逆賊を討つ! 正義は我にあり!」

 

 曹操の言葉はまさに正論と言える。そして覇道に必要な『大きな理由付け』でもあった。曹操の凛とした言と気迫に辺りは静まり返っていた。すると、それに反論する声が董卓陣営から少し小さいがしっかりした口調で上がった。

 

「皇帝とは国を、そして民をより良い方向へ導く者であるべきなのです。残念ながら今の帝や取巻き達にその働きは期待できないのです。黄巾党の乱以後も民衆達の状況は悪くなる一方で、さらに重税を掛ける動きがありました。ですので今の帝には退位を願い新皇帝を立て、国家を建て直すのが臣下の務めかと。曹操よ、貴方は貴人に言われるまま従い、ただ見ているだけなの凡人なのですか? 私は民の為なら喜んで逆賊の汚名を受けましょう」

 

 董卓陣営から一人の小柄な……重厚な黒い甲冑に強面の面を付けた武将が現れていた。董卓である。彼女は最近、宮中でも公の場でもほぼこの姿で通していたため、側近や武将ら以外は董卓の素顔をほとんど知らない。

 どう見ても重たい鎧のはずである……が董卓がよろけることは全くなかった。彼女はおっとりとしてやさしく、常に物や人に対して繊細に接しているため、か弱く見えるがその腕力、筋力だけは常人を超えているのであった。

 正論の曹操に対して、董卓は民衆寄りに訴え、曹操の痛いところを……知らずな形で覇王を目指す者を『凡人』扱いの皮肉を込めて告げていた。

 

 さすがに『凡人』発言には、覇王を目指す曹操の自尊心が大きく傷付けられたのであった。そこまで言われて黙っている曹操ではなかった。

 

「ふん、そんなものはすべて綺麗ごとでしょう。『顔すら隠している』あなたに説得力など無いわ! 逆賊の分際で何を言っているのかしら」

 

 曹操の言葉に董卓は仮面へ手を伸ばそうとしたが、その手を横へ出て来た賈駆の手が掴む。

 

「詠ちゃん……」

 

 そして賈駆は曹操へと言い放った。

 

「曹操よ、貴方には一生分からないわね。自分の目的のために手段を選ばない貴方には。これ以上は無駄でしょ? 決戦あるのみよ」

 

 賈駆は曹操がここへこれだけの数の兵で現れたことで、その底にある野心に気が付いたのだった。皇帝の真の能臣ならば、全力で宮城を目指し皇帝の安全を図ろうとするはずなのだ。

 それに対して曹操の今の考えが、皇帝を助けることは重要ではなく、皇帝を利用することを考えて動いている戦略に繋がっていたのであった。

 そう―――もし董卓さえ居なくなれば、あとは皇帝が誰でも『丸取り』であるのだから。

 だがそうは行かない、させないのである。

 賈駆は強く思う。

 

(月は私が守るんだから! 曹操、あなたの好きにはさせない……ここで引導を渡してあげるわ)

 

「第一弓隊、構え!」

 

 賈駆は董卓を連れて陣へ下がると、扇を曹操側へ翳し早速弓隊を構えさせる。本当にこれ以上話すことなどないと言う意味としてだ。洛陽城の守備ということで弓隊は元々多かったが、今日の作戦では歩兵や騎馬兵を呂布らの城内や張遼にほぼ預けたため、本陣の半数が弓隊であった。もともとこの陣地からは動かない防衛作戦にも合致するため丁度よかったのだ。

 曹操も隊へと下がっていく。論戦では一応僅かに勝てたが、自尊心は大きく傷付けられていた。

 

(董卓め、必ず私の前に引きずり出して、その面の中の顔を拝んだ後に首を跳ねてあげるから)

 

 さて曹操軍はここでは短期戦にしなければいけない理由がある。曹操自身も推察している通り、援軍が来る前に勝敗を決しなければならないのだ。

 曹操には一つ都合がいいことが起こっていた。

 今入った斥候の詳しい知らせによると、董卓の陣には弓隊が推定で今いる兵六千余の半数にも及ぶということだった。つまり――弓隊を無効化出来れば互角の数に持ち込めるという事である。そして弓隊は接近戦にかなり弱いのだ。なので、矢を食らわずに董卓の陣へ接近出来ればまだまだ十分勝負になると考えたのだ。さらにどうやら董卓軍の陣に将は董卓と賈駆しかいないようなのである。

 一方こちらは武に強い許緒と曹操自身がいる。

 あとは……どうやって被害を抑えて攻め寄せるか考えるだけであった。矢の数は限りがあるのだ。いかに多く無駄に打たせるかが重要であった。その点、今が夜というのは好都合な時間だった。両軍ともわずかに篝火を陣内に配置している。

 しかし、こちらの篝火を消してしまえば、こちらの正確な位置は分からなくなるはずなのだ。

 でも、その前に……と小隊をいくつか実際に董卓軍へとけしかけて、敵の弓隊の反応を調べる曹操であった。それに半時(一時間)弱ほど掛かっていた。

 

 

 

 そして膠着していた戦闘は―――曹操と董卓の直接対決はついに動き出す。

 

 

 

つづく

 

 

 




2014年10月30日 投稿
2014年10月31日 文章見直し
2014年11月01日 文章見直し
2014年11月08日 宣陽門(魏晋代の名称)→平城門(後漢時)
2015年03月17日 文章修正(時間表現含む)
2015年03月22日 八令嬢の真名変更
2015年03月30日 文章修正



 解説)援軍の伝令の第二陣
 炊煙を確認した段階での援軍要請は、曹操自身もはっきりしてなくて中止もあり得る状況だったため陳留に待機していた兵のみの出陣要請であったが、もはや董卓との継続的な大規模戦闘が想定される為、第二陣以降も急がせるようにという内容が追加されている。



 解説)呂布は何進大将軍のかつての部下なのであった。
 本外史では、真恋姫の黄巾党の乱時点で陳宮と共に官軍の将として何進配下だった設定を踏襲してます。
 史実では 丁原→董卓→献帝……な流れみたいですね。
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