真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~ 作:カメル~ン
その夜、洛陽城の後宮の最奥にあった豪奢な皇帝の寝所で、趙忠は添い寝をして漸く霊帝を寝かしつけると、自分もその場にウトウトと一緒に眠ってしまっていた。
どれくらい寝たのだろうか、普段はそのまま朝まで寝てしまうこともある趙忠だったが今夜は夜中に目が覚めた。彼女は自分の部屋へ戻って休もうと、寝ぼけ気味にとりあえず厠へ行くため部屋の外へ出る。
初めは薄暗い廊下の先をぼんやりと見ていたが、どうも騒がしい気がした。彼女は知らないが、このときの時刻は丑時(午前一時)を少し回っていた。
何気に廊下から左側に見える外の景色へ目を向ける。
後宮は朱塗りの高い塀に囲まれている場所だが、それぞれの建物の土台は巨石を積んであり一丈半(三メートル五十センチ)以上階段状に嵩上げされている基礎を持っている。そして、皇帝の寝所はその土台に乗る高い天井の二階立ての建物の一階階にあった。そのため一階からだが、その廊下からの眺めは遠くの高い塀の向こうに見える建物をある程度眺めることが出来た。
その眺めの中に明るく赤いチラチラしたものが見えており目に止まった。そしてそれは、高い楼閣を黒い煙も上げながら包んでいた―――。
(ええっ、火事ぃぃーー?!)
寝ぼけていた趙忠は一気に目が覚めてきた。思わず廊下の手すりを掴んで乗り出すように眺める。
すると、火事に気を取られていたが、月の見えないいつもより暗めな夜の闇の中に、何やら少し遠くから大勢の人の声が上がっているのに気が付いた。まるで戦の鬨の声のようである。
と言うか……。
(鬨の声そのものじゃないのぉぉーー?)
後宮は人気も最低限に少なくされていることと、夜中であるため離れていても空に声が良く通ってくる。趙忠はかすかに遠くから流れて来る悲鳴のような声を聞いた。
「飛将軍だぁぁぁーーー……」
そうはっきりと。
(こんな時間に……飛将軍は呂布将軍。……まさか董卓殿が謀反でも? ……と、とにかく空丹(クゥタン)さまに知らせて……一度どこかへ逃げないと!)
趙忠は先の事を考え、まず自分が落ち着くことも考慮し冷静にまず――厠へ向かって行き用を済ませた。
「空丹さま! 空丹さまぁぁぁ! 起きてください、大変です!」
スッキリした後再び、霊帝の寝所へ飛び込むように戻って来た趙忠は、無礼を承知で霊帝を揺すり起こす。
「何っ……何なの? ちょっと、趙忠! 無礼にも程があるわよ。またキツく詰って欲しいの?」
「空丹さま、今はそれどころではありません! 謀反です、反逆ですよぉぉ!」
「お前は何を言ってるの? 悪い夢でも見たんじゃない?!」
「あれが夢なものですかぁ!」
そう言って趙忠の指差す、開けっ放しになった扉の先の暗闇に赤い火柱が見えていた。この寝所も蝋燭がいくつか灯され薄明るい感じであったが、無理な勉学など余りしない所為か、霊帝の視力はかなり良かったこともあり、その楼閣の惨事が遠目にもはっきり見えていた。
「なっ、何あれは! 火事なの?!」
「遠くからですが飛将軍という声を聴きましたから、呂布が騒ぎを起こしている中に居ることは間違いありません。周りからも鬨の声のようなものが聞こえてきます」
霊帝は寝台から急いで降りると、慌てて靴もつっかけ気味に開いた扉から廊下へ飛び出した。そして耳を澄ますと趙忠がいう事が嘘ではないことを知る。
追って傍に来ていた趙忠へ霊帝は振り向くと、その表情は強張っていた。
「何という事なの! 黄(ファン)、説明なさい!」
この期に及んでの難題である。全体の状況は分からないのだ。そして確認している暇もない。分かっていることから推測するしかない。趙忠は政治のことはからっきしだが、料理が得意なことからも分かるように連想力と発想力はあった。
「あの独特の面倒なことはしない呂布が来ている以上、董卓が主導して反逆を起こしていることは確実でしょう。董卓配下は優秀な軍師らに加え猛将、勇将揃いです。すぐにここから逃げるべきですぅぅ!」
「どこに逃げるというの!?」
「東へ、曹操の陣へ向かいましょう! あの者は、上意に良く従い良く働いておりましたから、きっと力になってくれるかと」
「なら、急ぐの! はやく脱出するの!」
「はいっ」
霊帝は急いで趙忠と服を纏って脱出の身支度を済ませる。
この皇帝の寝所には特殊な仕掛けが施されていた。
そう―――抜け穴である。
それはどこにあるのかというと――。
霊帝は一本の六寸(十三センチ)ほどの鍵を取り出した。それを、黄金の寝台の土台右側面にある小さ目な蓋と気付かない隠し蓋を開けそこの鍵穴に挿して右へと回す。
今度は、土台左側面の目立たない場所が大き目の蓋になっており、それを開けると直径が三寸ほどの綱の一部が五本並んでいた。まず脇にある固定解除の取っ手を回す。
「黄、早く切るの」
霊帝の指示に趙忠は懐刀を抜いて一番左の綱を鋸(のこぎり)を掛けるように引いて切る。綱は最後の方は自分から千切れるように切れた。すると重さが千石(二十七トン)は有りそうな黄金の大きな寝台が、ゆっくりと小さ目な鈍い音を立てながら滑る形で動き出した。ズレた部分に見える造りからどうやら一部に黄金の滑車も付いているようだった。
それは、事前に釣り合わせてた錘の一部の綱を切ったことでの差の力で、ゆっくり開く仕掛けになっていたのだ。
寝台の滑りが止まると、人ひとりがやっと通れるほどの隙間が空いていた。
霊帝と趙忠は綱を切った土台の扉を閉め、再び反対側の鍵を掛け、隠し蓋を閉めると、それぞれ蝋燭の灯りを手に、抜け穴の石の階段を下りて行った。
一度踊場で折り返し三階分ほど地下へ降りただろうか。そこは一丈半(三・五メートル)四方の空間になっており、全面が石でガッチリと組み上げられ、そこから通路が東西と南に向かって分岐していた。その場所から西の通路へ入り少し離れたところの右側の壁に目立たない印があり、先ほどの土台のような隠し蓋があった。
その蓋をあけ、鍵穴に鍵を通して回すとその少し下の位置の岩が薄めの扉になっており、それを開くとそこにも五本の綱が見えていた。上で切ったのと同様に一番左端の綱を切る。すると遠くで鈍い小さな音をさせて、階段上の寝台が元の位置に戻るのだった。そして音が止んで暫し後、並んだ綱の右横にある取っ手を回して固定設定する。これで上の寝台の扉は容易には開かない。
操作した扉等を元に戻すと、二人は曹操の陣を目指して地下の真っ暗な通路を東へと手元の灯りを頼りに歩き出した。
それは荀攸と呂布らが突入する二刻(三十分)程前だった。
荀攸と呂布が霊帝の寝室へ突入して、二刻強(三十分)が経過しようとしていた。
皇甫嵩も駆け付けて来ていたが、これまでの地上の通路や経路からは脱出されていないと言う事であった。また使用人らの話から、霊帝の傍に十常侍の一人である趙忠もいることが分かった。そして、洛陽城の南の平城門に夏候惇が二千程の兵で現れ、交戦中との情報も伝令によって盧植を経由してここまで伝えられていた。荀攸は城門前の敵兵らについて、おそらく後で南門前を通過する予定の東門へ向かう張遼の一軍と交戦状態になると予想していた。
荀攸は黄金の寝台の上へ目を向ける。
だがそこには残念ながら蹴っ飛ばされたように、表地へ金糸の織り込まれた豪華な布団が大きく裏返って寄せられている状態が残っていた。きちんとしていれば体温が残っている可能性もあって、時間が判断出来たかもしれないがその状況を見て、部屋に入った当初から皇帝の行動は推測するしかないと考えていた。
逃げたのは最大で一時(二時間)程前、最小だと突入直前の二刻(約三十分)程度と思われる。一応、後宮の裏側の向こうに連なる三重の高い壁の付近も兵をやって確認中ではあるが、朗報は望み薄な感じだ。
荀攸も後宮からの抜け道があるという情報を事前に入手していた。だがどこからどこへと言う詳細までは掴んでいなかった。
その抜け穴から宮城を脱出し、洛陽城からも脱出していく可能性が高い。市街のどこかかに出るか、それとも外郭の外まで一気にということも考えられた。
(今、抜け道を探している時間は無い……)
ここで荀攸は頭を切り替える。
抜け道があった時の対応も賈駆らと話をしていた事案である。抜け道があるとすればそれを使って『どこへ』逃げるのかと。
彼女らの意見は一致していた。
おそらく――東へ。
西は董卓軍が固めているのだ、そちらに行ってもすぐに捕まえられる。
南は手薄だが当てがない。袁術を頼るには距離があり過ぎる。曹軍を討ったあとでもなんとかなる。
董卓らが困るのは曹操軍が近くで固める東方面だった。故に打つ手は一つ。
「これより、宮城の東門と洛陽城の東門を通り洛陽市街の東端を急いで目指して進軍しましょう。脱出路は不明ですが先回りします。城内はもう、陳宮殿と盧植殿に任せれば大丈夫です。私と、呂布殿と、皇甫嵩殿でそれぞれ五百を率いて出ましょう。最外郭東門は曹操の兵が固めていると思いますから、大通りの進軍は極力控える形でお願いします」
「邪魔なら恋が先にそいつらを倒す」
呂布は、事もなげに言ってのける。明らかに寡兵なのだか、攻撃は門の内側からであるし、曹操軍も大軍ではない事は分かっているからだ。まあ彼女の場合、兵数の多少はあまり関係ないかもしれないが。
「いえ、今はそれよりも霊帝を倒す方が先です。曹軍と遭遇した場合は止むを得ませんが、霊帝らが曹軍へ近付いて逃げ込む前に抑えましょう。大通りより北側の広い方を私と呂布殿で、南側を皇甫嵩殿にお願いします」
「分かった」
「分かりましたわ」
「それとこの笛を。使う状況については門へ移動しながら説明します。あとは斥候を東外郭の外に出しておきます。曹操が寡兵で踏ん張っているのは皇帝の身柄を確保するためのはず。撤退が早い段階で始まったらこちらも急いで追わなくては」
後宮に見張りの兵を五十程残し、荀攸らは洛陽城東門から兵を率いて出撃し一路洛陽市街の東端付近を目指した。
霊帝と趙忠は――少し歩き疲れが見えてきていた。
まだ歩き始めて半時(一時間)程であるが、何せ皇帝としての仕事は殆どせずに、食っては眠るという怠惰な生活に延々と浸っていたのだ。趙忠もここ五年近くは霊帝の傍にいることが多く体を動かすことは余りなかった。
ただ地下の通路は平らで、途中にいくつか分岐があったが、基本は真っ直ぐ進めばよく、地下ながら城外に出たと思われた後はほぼ一本道だった。そしてそれは最後に少し階段になっておりそこを登ってゆく。
階段を上がると木の扉があった。それは少しこちら側に弧を描くように横に対して湾曲していた。引いて開けると少し重く扉の外には石が張り付いていた。
外は――浅い一丈半(三・五メートル)程の深さの空井戸の底だった。壁には上へ登れるように窪みが上まで続いている。
二人はヒソヒソ声で話す。
「空丹さま、出口のようですよ」
「漸くか……」
霊帝はすでに『逃避行はもうコリゴリ』という感じになっている。
趙忠は持っていた蝋燭の灯りを足元に置くと、その上まで続く窪みに手と足を掛けて慎重に登り始めた。
井戸の上まで行くと木の蓋があったがそれほど重いものではなく趙忠でも動かせた。
ゆっくり恐る恐る顔を出すが……真っ暗であった。外の雰囲気ではなく建屋内らしい。上半身まで出して手探りで手を伸ばすと井戸の外側は二尺半(六十センチ)ほど地上から出ていた。
とりあえず、一度霊帝の傍へ戻る。
「外は何処か密閉された場所のようです。灯りを井戸の上へ置いたら空丹さまにも、お疲れのところ申し訳ありませんが上へ登って頂きますので」
「仕方がないわね」
普段からキツく当たっていた趙忠なのによく頑張ってくれていた。他の者なら皇帝として従う気にならないが、長年世話を掛けていた分、少し申し訳ない気になっていた事もあり霊帝は素直に従う。
趙忠は灯りの取っ手に身支度で袖の中に入れていた長めの紐を取り出し括ると、上に登って井戸の外に出ると、灯りを上へと手繰り上げた。
それで井戸の外の空間を照らすと……そこには立派な馬車があった。馬車小屋の中らしい。車の近くに寄って見るときちんと手入れがされているようだ。平らな屋根付きの少し小型で両側面には小さな窓があり、後ろ右半分と御者側左半分に板が張られた形のものだ。だが馬は繋がれていない。しかし、よく耳を澄ますと外には馬が居る様子が伺える。
それらを確認すると趙忠は、とりあえず登る際の邪魔にならない井戸の内側へ灯りを掛け、井戸の下へと降りる。先に隠し通路への扉を閉め、大変だが霊帝を下から支え押してあげつつ上へ登らせた。そして底に置いていた霊帝の灯りも井戸の外へ上げると二人は小休憩した。
その時に室内の壁を確認すると、『出口扉』と書かれている部分があり、取っ手の形状から引き戸になっているようである。
休憩もそこそこ、趙忠は扉をゆっくりと開けると……ここは厩舎と思われる場所だった。
趙忠は今は十常侍までにしてもらっているが、かつては霊帝の傍回りの色々な事をさせられていたので一応馬車も扱えた。
久しぶりなので、多少手間取ったが馬を一頭引いてきて壁の馬具を使い馬車に連結させる。ここで持ってきた蝋燭の灯りの一つを消し、もう一つは車内御者台裏に紙で風よけのある灯り掛けに下げる。それは低めの位置にあり、弱い明るさなので外にはほとんど漏れない。
「それでは、行きましょう。これで少し楽なはずですので」
「そうね、では早速出発なさい」
二人は馬車へ、霊帝を後ろの座席に趙忠は御者台という位置で乗ると、手綱を操り静かに馬を走らせ始めた。
昔、街の中を走らせていた記憶を頼りに東を目指した。敷設された道がそう変わることはないのだ。
その移動はしばらく順調のように思えた、その時。
「馬車がいたぞーーー!」
街裏の細目の道とは言え、真夜中に走っている馬車が目立たない訳がない。その声は敵か味方か不明だが、追手から逃げている霊帝らの恐怖心は激増する。またその声をきっかけにそう遠くない周囲から鬨の声が上がり出していた。
そして、車の側面に衝撃音が二つあったかと思うと、矢じりの先が室内に突き出ていた。
「うわぁっ! 黄よ矢が刺さっている、急ぐのよ! これは敵よ!」
「はいぃぃーーー!」
霊帝らが寝所を脱出して抜け道の移動に半時(一時間)強と、馬車の準備に二刻(三十分弱)を要していたことで、城から東方面へ展開し掛けていた荀攸や呂布らの追手がもう迫って来ていたのだ。
まだ距離は百歩(百四十メートル)以上離れている状況であったが、後ろからは馬に騎乗した兵らと、槍や剣を握った多くの者たちが隊列を組みつつ殺伐とした雰囲気で追い縋って来ていた。たまに矢も飛んでくる。
まず騎乗兵らが速力に物を言わせじわじわと迫って来ていた。
ここは街の東端まで残りあと二里半(一キロ)少しほどの位置だった。
もはや絶体絶命――――。
「弓隊構え………撃てぇ!」
『撃て』の声の前に、霊帝らの馬車は急に左右の横道から兵らが現れた地点を通り抜けると、後方で追って来ていた騎馬兵らが矢を浴びて倒されていた。そして道に兵らの壁が出来る。
ふと前を見るとさらに兵が固めていたので慌てたが、良く見ると旗に『曹』の文字が。 趙忠が馬の速度を緩めると、一人の女の子がその前へ進み出て、手の指を組み合わせる形の「鞠躬」の礼を取る。その者の衣服の頭部を覆う風防は猫耳のような形が見て取れた。
趙忠には見覚えのある者だった。
「あなたは――」
「趙忠殿、道を遮る無礼、お許しください。曹軍筆頭軍師の荀彧でございます。霊帝様、逆賊らからお救いするため臣下である曹軍がお迎えに上がりました」
その内容の声に御者台の後ろから霊帝が急ぎ顔を出す。礼を取る荀彧なる者の髪型と顔へ、曹操と謁見した際に連れていた一人として見覚えがあった。
「おおぉ、さすがは曹操ね。荀彧とやらもご苦労。この働き決して忘れないわ」
「ははっ。早速ですが状況は切迫しております。敵の董卓軍は当方より兵が多い上、準備を整えていた様子。残念ながら一度東へ引き、万全の体制を整え反撃に移るほかありません」
「何と歯がゆいことなの! ええい、董卓などさっさと―――」
強気に反撃への文句を言おうとしていたがその時、後ろでは董卓の兵らと荀彧の連れて来て壁を作っていた兵らとが激しく激突し始めており、攻撃の怒声と死の叫び声が上がり始める。
「ひいぃっ、分かったの! 早く東へっっ!」
「はっ、ではこちらへ」
荀彧は残る百人隊長らへ、曹軍であり官軍として意義ある決死の足止めを命じると、百人隊の一つを連れて東門を目指し始めた。
荀彧は曹操から皇帝の予想される逃走路について指示を受けていた。実は、曹操は袁紹から洛陽の守備を引き継ぐ際に、見返りではなかったが要求したことが一つあったのだ。それは抜け穴の位置ではなく、無いとは思うが万一の場合『その後』、どう皇帝を逃がすかについて東方面に限っての『場所の助言』を貰っていたのだ。あとはその周辺で大通りではなく、なるべく近道で東門へ抜ける経路は限られる為に事前待機する事ができた。
だが限られた経路を予測していたのは―――董卓軍、新皇帝側もしかりであった。
荀攸はこの日のためにと、以前より地図を確認した上で洛陽の街内の道を実際に概ね一通り通っていた。先程の馬車の発見位置によりその数々の経路の中から、一瞬で東門への最短路を予測していた。そして宮城を出る前に各将へ渡した、特殊な甲高い音色の笛が荀攸により闇の濃い空へと響く。これが大通りの反対側で鳴ったら、発見の意と共にすぐに反対側に居る隊は東門を目指せというものだった。同時に同じ側に居る隊は、よりその音の東を目指せばいい。
荀攸と荀彧はここで直接顔を合わせることはなかった。だが、互いに僅かに感じるところはあるのだ。
(『曹』の旗印だけど、この絶妙の位置取り……伯母上さまね)
(相手は董卓軍だけど読みの動きがいいわね……荀攸かしら?)
荀彧は皇帝の馬車と百の兵と共に先を急いだ。彼女の頭脳を持ってしてもこの東門までの状況は流動的且つ綱渡りであった。
彼女が陣から率いた兵力は、五百ではなかったのである。三百であった。
曹操は出撃を前に、北側に位置する西最外郭の西門より少し南に築かれている董卓の陣へ並ぶ篝火の風景を遠く眺めながら―――唸っていた。
「うぅーーー、悔しいわね。まんまと騙されていた上、好機は一回だけということね」
「華琳さまぁ」
「ごめんなさい、季衣。大丈夫、ここは冷静にならないといけない所ね。そうよ、一度で決めればいいのよ」
この時間になって西方街道からの細作が知らせてきたのだ。予想していた董卓の援軍が少なくとも三万以上で寄せて来ているということを。ただ進軍速度から、まだ到着には優に一時(二時間)以上は掛かるということだった。そしてその軍団を率いる将軍は華雄であることも同時に伝えられていた。
開戦により華雄の件も仮病だろうと思われたが、向こうの思惑どおりの展開と、先ほどの凡人呼ばわりが尾を引いており、いつもの冷静さが少し遠退き不機嫌さを隠せないでいる。
許緒にはそれが僅かな不安になっていた。曹操も人間である。怒りが加わると戦いが少々突っ込んだものになるのだ。
「董卓め……見てなさい、今から思い知らせてあげる」
曹操は小隊を嗾けて董卓軍の弓隊の反応を正確に分析していた。互いの陣には篝火があるが、この董卓の陣までの両陣間は新月の夜のため極めて見え辛い環境なのだ。
予想通り小隊の損失は月夜の戦闘時よりも、死傷者が少なく命中率も低い。董卓軍はこちらの部隊の僅かな影の規模と、進撃速度と方向を予測して矢を撃っているに過ぎなかった。
「さぁ、季衣。横ではなく、縦で攻めるわよ」
「はい、華琳さま!」
曹操軍は動き出した。
陣形はまず、北側へ向けて横に幅広く詰めて兵らが並んだ横陣隊列を全軍三千五百に取らせた。この姿が曹軍陣内の篝火に浮き上がって董卓側から見えていた。
そして銅鑼の合図で、篝火を同時に消すと一斉に曹軍は進撃を開始する。
曹操の選んだ進撃は、横へ幅広く並んでの形―――ではなく、実は暗闇の中で敵へ一列で縦に進撃する形で横との間隔を広く取って進路を絞っての縦列行進で攻め始めることだった。その際、大声と銅鑼の音により、篝火を消す前に見せた横へびっしりに並んで攻め寄せる風を装うのだ。
この行動を受け、董卓側はすぐに大量の弓隊による南方面への応戦を始めた。
それは矢を大量に、まず董卓の陣から遠い所へ、次は曹操の陣までの中間位置へ、そして自陣の少し手前よりへ三段階に渡って広い面積に曹操軍の進撃速度を予想して順次面制圧的な射撃をするように放っていた。
賈駆としては、曹軍より小隊の嗾けから曹操の狙いに気付きかけてはいたが、自陣に居る将の状況と倍する兵数から、この場に籠って曹操の出方と長安からの援軍を待つ後手を取ると決めていた。
折角の董卓軍側からの攻撃は暗がりな上、横にスカスカの状態で進軍してくる曹操軍に対して効果がほとんど得られなかった。
さらに曹操は自陣に居た半数近くの兵千五百を率い、戦場の西端をこちらも細い隊列で外側へ迂回する様にそして董卓軍の陣の西側面よりやや離れた位置を北上し、その後方を伺って進攻しようとしていたのだ。
正面からは許緒が巨大鉄球『岩打武反魔(いわだむはんま)』をかざして矢を避けつつ、董卓軍の陣の正面に到達する。
「みんな、行っくよぉー!」
後続を鼓舞する掛け声と共に、築かれていた柵ごと弓兵を巨大鉄球で薙ぎ払い出していた。
許緒は何ヶ所か離れた位置を攻撃する。その柵が破れたところから、許緒率いる二千の曹軍は到達した兵からじわじわと董卓軍の弓隊へ襲い掛かっていた。
賈駆は許緒率いる兵の出現の仕方を伝令で知ると、曹操に今夜の闇を利用され一計図られたことを知る。直ちに隊列の後ろの弓兵から、徐々に後方へ下げさせつつ中軍の歩兵千を前線に当たらせた。当初の配置は先方弓隊三千余、中軍千、後軍二千である。下がらせた弓兵には異例で若干不慣れだが装備を槍へ持ち替えさせる。一応訓練を受けさせており、槍ならば隊列を組んで組織的に間合いを取って攻撃すればそれなりに兵力になる。準備が出来次第、それを再び曹軍の兵に当たらせた。弓兵は多少討たれたとはいえまだ三千近くもいるのだ。弓兵を弓兵のみと考えているなら策士策に溺れるである。賈駆も陣に籠る以上色々と考えているのであった。
戦場は常に変化していくものである。
許緒の率いる隊は当初、弓兵のみに対して一方的な攻撃になっていたが、徐々に陣奥より現れる槍や剣を持った部隊と戦うことになっていった。そしてその敵兵数がどんどん増えて来る。
さらにそれは組織立っており、黄巾党などと比べると格段に手強い相手となった。許緒が何とか鉄球で突破口を開こうと奮闘するが、精強な曹軍と言えど数で押され出すと全体では苦しい展開になってくる。
だが許緒の部隊は、董卓の先方周辺を完全に南方向へ集中させ『引き付け役』の仕事はキッチリと熟していた。
一方、曹操の隊は董卓の二百歩(二百七十メートル)四方程の陣の裏に当たる北側まで回り込みつつあった。董卓の陣の位置は曹操が洛陽に布陣してから変わらず、その中の配置や周辺の地形等も斥候らによって詳細に報告されている。また今も案内役としてその斥候らが進撃路を先導していた。
彼女の隊は少し速度を落として突撃の為の陣形を、狭い敵陣内へ深く早く攻め込むために細長い『長蛇の陣』へと整える。
そして気合の籠った表情で曹操は馬上から後ろを振り返ると、愛用の死神鎌『絶』を構えつつ従う兵らへ告げる。
「勇敢なる曹軍のつわもの達よ。これより天下の逆賊を倒す。狙うは董卓の首よ! 突貫する、我に続けぇーー!」
「おおぉぉぉーーーー!」
精兵千五百は曹操に続き、董卓の陣の北側後方から鬨の声を上げつつ襲い掛かって行った。
その少し前に、賈駆は周辺の斥候から曹軍の一部が陣の西側面の離れた位置を後方北側へ迂回して来ている情報を知らされ、直ちに対応を指示するもその直後に後方より襲撃が始まったのだ。
その襲撃情報も間もなく賈駆の所まで、曹軍の鬨の声と共に届いた。
董卓の陣は、南北と西に柵を立ててあり、さらに後軍の本陣周辺にも柵を作っていた。 迂回情報を受け、本陣の守備も密集隊形を取らせている。
「くっ、曹軍めやけに動きが早いわね」
「詠ちゃん」
「月、大丈夫よ。こちらの方が兵が多いし……でもまさか、隠し玉も使うことになるとはね」
賈駆にはまだ秘策があったのだ。
だが曹操率いる千五百はただの精兵ではなかった。虎豹騎程ではないが、個々の強さは相当な水準であった。曹操自身の武力もかなりあるため、組織立った隊としての突貫力は強力であった。董卓の陣を後方から猛烈にこじ開け進んでいく。さらに後続は側面遠方へ火矢を放ち、敵物資に損害と全体への心理的圧力を掛けていくのも忘れない。
董卓側も後軍に精鋭二千と弓から槍へ換装済の中軍を後方へ寄らせ兵千を合わせた三千を分厚く配置し直していたが、それでも曹操軍は董卓の首を狙い、陣後方からの一点突破で猛烈に進攻して来ていた。
そんな状況だったが、今度は――曹操隊の後方より賈駆の隠し玉が襲い掛かる。
状況は竜虎の戦いのように二転三転していく。
曹操は後方からの、その襲撃伝令の詳細を聞かされ驚いた。
「なんですって?! ……西門が開いて董卓軍の兵三百が?」
そう、数は三百であったが完全に予想外の後ろからの別働隊の攻撃は、曹操隊への心理的なものも含めて強烈だった。側面からの攻撃は続く後方の兵が対応すればいいが、真後ろからもとなると常時敵に完全包囲されることになり脅威であった。
だがこの状況に対して曹操の選択は……今日の心理はさらに『突っ込んで』行くことを選んでいた。そもそも当初の目的から突貫する必要があり、もはや引く事など出来ないのだ。
「やってくれるじゃない、賈駆と言ったかしらあの軍師。ついでに首を取ってあげる。後ろの百は反転して後方の敵のみを食い止め後退しつつ隊へ追随せよと伝えなさい! それ以外は周囲への攻撃を前方のみの攻撃に切り換えて全力で前進! 敵本陣を突っ切って董卓を討ち、先方と対峙している季衣のところまで抜けるわよ!」
「はっ!」
後方からの伝令に一瞬で指示を出して送り返すと曹操は猛烈な怒気と共に進撃を続ける。
そしてついに曹操の長蛇の陣の先頭は董卓本陣まで到達する。曹操とその傍を固める兵らは董卓軍精鋭でも容易に止められなかった。
曹操自身も愛用の鎌を存分に振るい、すでにかなりの返り血を浴びていた。董卓本陣周辺の精鋭は現れた曹操軍の先頭の兵らと、曹操へと改めて順次襲い掛かってゆく。
それを素早く流れるように鮮やかに、彼女は死神鎌で周囲の曹軍兵らと刈り倒してゆく。
そんな光景が、董卓にも賈駆にもすでに柵越しのそこに見えていた。
「くっ、北側からの曹軍の兵数は進軍速度から、この後軍の半分以下の兵力だろうに、それに曹操自ら先頭で切り込んで来るって……どれだけ強いのよ」
「詠ちゃんは、後ろへ」
「月を置いてそんなことできるわけないでしょ」
董卓は重厚な漆黒の鎧の脇に差していた剣をすでに抜き放っていた。彼女自身は剣の腕は全くダメであった。だがそれでも、賈駆を守ろうと武器を手にしていたのだ。
賈駆は采配の扇しかもっていなかったが、董卓の一歩前から下がろうとはしなかった。
本陣の柵も寄せる曹軍の圧力で倒されていった。曹操の兵らが董卓本陣を徐々に制圧してゆく。曹操は自ら鎌でじっくり董卓らへ止めを差すべく馬を下りる。
「董卓、どうやらこれまでのようね」
その目線の先にしっかりと董卓らを捉えて、死神鎌を向けながら微笑みを浮かべて言い放っていた。
だが―――
「曹操様、大変です! 華雄が―――」
曹操は一瞬、その後ろからの伝令の声に振り向き、そして再び前の―――賈駆の顔を見る。
陣内に残る篝火に浮かび上がる賈駆の、口許は笑っていた。
「なるほど……私が現れてすぐに長安からの援軍へ伝令を出して騎馬隊だけ寄越させたのね」
「そうよ。打てる手は全て打つわよ。董卓軍が勝つためにね」
曹操の細作の言っていた優に一時(二時間)以上と言うのは歩兵を合わせた軍全体の速度とその軍の構成内容も当然確認しており、その場で騎馬隊を再編成して移動するにしても時間が掛かると思われていたが……どうやら随分前から長安で再編成の訓練もしていたのだろう。騎馬隊がもし来る場合とした予想よりさらに二刻(三十分弱)は接近が早かったのだ。
曹操は脇に控えた伝令から華雄率いるのは八千もの騎馬兵と聞かされる。
董卓の周辺にはまだ多くの後軍の兵が残っており、すでに董卓周辺に集まってきて兵で壁を作り始めていた。目的を優先し馬を下りずに先に突撃していれば董卓らにもう手が届いていたかもしれないが、怒りが大きかった分尊大に振る舞ってしまい貴重な時間と機会を無駄にしてしまった感があった。
今からでも刺し違える気なら討てなくはないが、それは覇王を目指す者が今取るべき行動ではない。許緒と合流する時間を考えれば機を逃したと言える。その後の曹操の行動は速かった。
彼女は目を細め、怒りを隠せない表情を董卓へ向けて低い声で告げる。
「董卓、ここでの命は預けておくわ。その顔を見るのは今度にしてあげる」
「曹操、貴方は……逃られませんよ」
曹操はその言葉をこれ以上は時間の無駄と、無視するように踵を返し馬に乗る。
「さぁみんな、季衣の所まで何としても突破するのよ!」
華雄の援軍の報に董卓隊の勢いが盛り返し始める前にと、本陣周辺の曹操とその隊はこの狭い場所で進行を開始しつつ鋒矢の陣を徐々に取ると、後ろを見ることなく許緒と合流すべく、彼女が引き付けてくれている南方面の董卓軍先方の陣に向けて転進(撤退)の進撃を始める。
賈駆は本陣の兵には追撃指令を出さなかった。
曹軍は予想以上の強さで、半端な兵力では討てないと理解したからだ。それよりもまずガタガタになった本陣の立て直しを優先する。
その後間もなく、華雄が騎馬兵の精鋭を数十率いて本陣まで現れ馬を下りてきた。
「皆、無事なのか!」
さすがに数日の行軍と長駆により、多少疲れた感があるが息は上がっていない。
本来なら、少なくとも本陣手前で降りて歩いて来るべきところだが、まさに今まで曹軍が居た生々しい状況に、突撃しそれらを粉砕する勢いで飛び込んで来たのだ。
「大丈夫よ、危なかったけど。助かったわ」
「ありがとう華雄」
董卓も重厚な面を僅かに外して、安心した可愛らしい笑顔を華雄へ送る。
「はっ。それで曹操は?」
「悪いけど、すぐに陣を南に抜けて曹操を追って頂戴。まとまった強力な戦力でないとあの曹操は倒せないことが良く分かったわ。敵は精鋭だけど大分叩いて疲弊させてるから。西外郭側の門は抑えてるし、今なら南外郭外の東への広い一本道な街道で後ろから討てるはず」
「分かった、この華雄が曹操を討つ」
董卓らへ軽く一礼し本陣外で馬に乗ると、華雄は本陣を迂回する形で八千もの騎馬兵団を率いると南へ追撃を開始した。
そのころ曹操は董卓本陣を抜け、南の董卓軍先方を南北から挟み撃ちにする形で許緒と合流を果たしていた。そしてそのまま、もはや長居は無用と陣外南方面へ全力で抜け出していた。曹操のその険しい表情から董卓を討てていないことに許緒は気が付いた。
「華琳さま……」
「ごめんなさい、季衣がこんなに頑張っていてくれたのに……」
曹操は将の大切さを改めて痛感していた。許緒が心配していたことを踏まえていればと、済んだことだが頭に過る。
そして許緒は一応無事ではあったが、何ヶ所か槍が僅かに掠ったのか直線的に血が滲んでいるところがいくつかあった。また多くの兵が傷付いていた。それは曹操の隊も強硬策の連続で、精鋭とは言えかなり疲弊し許緒隊と同様だった。満足に動けるものは二隊合わせてもすでに二千程であった。
そして、付いてこれないものは――周辺に死兵として残っていった。
曹操は出陣の時に宣言していた。この官軍としての戦いは、例え戦死しようと家族へは恩給を出すと。
「とにかく今は東へ向かい、皆と合流する事が最優先事項よ」
「はい!」
許緒は知能派では全くないが周りの空気には敏感であった。その感性が全力で曹操の意見を指示していた。
董卓の陣を抜けた曹軍は一路南側へ―――向かわなかった。
ここでも『王佐の才』は健在であった。曹操は思い出していた。
『帰途東へ向く際は南を通らず、西外郭の一番南の門を目指してくださいますように』と言われていたことを。
その門の前に来る。暗闇の門上の楼閣では争う剣撃の音がまだ僅かに聞こえていたが……門は開いていた。
荀彧は霊帝の保護に三百、そして退路を確保するために二百をこっそりここへ向かわせたのだ。
董卓軍がいかに大軍であろうと洛陽の大通り程度の幅(四十七メートル程)では一気に包囲するのは難しく、街内の裏道では尚更である。局地的には武力のある曹操と許緒は、まずそう簡単には討ち取れないのだ。董卓側の思惑を逆手に取った、洛陽の広大な迷路のような街自体を緩衝帯に使う良策であった。
ただ曹操らはその門を通過すると、裏道ではなくなるべく大きな通りを突っ切っていく。曹操は進行速度で道を選んでいた。
これに対して華雄は陣周辺に董卓軍が放っていた斥候から、曹軍が別働隊により外郭内から門の一つを破って街の中へと通過したことを聞く。曹操を追ってその門の前に来たが、門はすでに閉められていた。
この状況に華雄の騎馬隊ではどうしようもなかった。
「おのれぇ、曹操めぇ!」
怒りの言葉を吐く華雄だったが止む無く、洛陽の街の南外郭外側にある大路を通って一路東側を目指し始める。この経路は巨大な洛陽の都の外を回るため、騎馬隊でもかなり時間が掛かる距離であった。戻って西門から大通りを通った方が早い気もするが、華雄としてはすごすごと主君の居る陣の傍を通るという、少々屈辱に感じる事はしたくなかったのである。
東へ向かいつつもしばらく徐々に北寄りへの道を移動し、間もなく五里(二キロ)程北上していた曹操は洛陽の東西を通す大通りに出ると、東へ向かって一気に突っ切る様に進んでいったが、前方に僅かな鬨の声と剣撃音を聞く。
そこはこの巨大な洛陽の都の最外郭西門から真東へ十二里半(五・二キロ)ほど来た、東西のほぼ中間点になる洛陽城南正門である平城門の周辺だった。広大な兵の待機広場も存在する場所でもある。その方面へは夏候惇しか差し向けていない。
敵軍が居るなら突っ切るしかなかった。
だが少々変わっていた、薄らと闇の中の広い南正門前の広場に浮かぶ兵達は余り動かず、ある場所を松明を持ち囲うように取り巻いていたのだ。
それは一騎打ちのようであった。最後までさせてやるべきところだが、今は軍として戦術的に急いでいる。
曹操は覇王らしく名乗りを上げ割って入る。
「我が名は曹孟徳! そこに居るのは何れの将か? 答えなさい!」
「華琳さま!?」
「曹操やて?!」
兵達が取り巻く中で鳴っていた激しい雷のような剣撃音と、互いに得物から身を躱した時の恐るべき威力を物語る空撃音が止まる。
そう、夏候惇と張遼がすでに七十合を超えるいつ終わるか分からない一騎打ちに及んでいたのであった。
だが些か強度が弱かったのか、張遼の飛龍偃月刀には刃こぼれが目立ってきていた。一方夏候惇の使う七星餓狼は怪力剛剣の夏候惇がこれまでに幾たび激しい戦場を共にしようとほとんど傷つかない名剣だった。この一騎打ちでも依然その輝きに曇りは感じない。
張遼としては愛用の武器の状態から、曹操の声掛けは良い合間となっていた。
声を掛けて来た者の方向へ薄暗い中、この場の皆の体と視線が向いて行く。
「春蘭です、華琳さま」
「ウチは張遼や。あんたが惇ちゃんの大将か?」
「張遼! 孟徳様の前で、変な名で呼ぶな!」
「張遼。本来なら、味方側に合流して一緒にあなたを討つところだけど、一騎打ちではそうもいかないわ」
「そらどうも。でも惇ちゃんの大将(曹操)が手ぶらでここにおるって事は……ウチの大将の勝ちみたいやなぁ」
張遼はすでに冷静だ。勝って引き上げるなら、大将首を上げているはずである。曹操に勝ち目があるとすれば、長安からの援軍が来るまでしか機会がないはずだ。時間的にもう援軍が到着する時刻であった。この状況ですでに勝敗は明白のようだ。
「くっ。はっきりと言う子のようね。嫌いではないけど気をつけなさい」
覇王に『あんたの負け』と言うのである。曹操は張遼を睨み付けていた。だが本気の夏候惇と互角にも戦える張遼なのだ。涼しい風と笑顔で受け流していた。
「で、どないするん?」
今度は張遼が曹操へ鋭い視線を向ける。許緒は曹操にずっと静かに寄り添って守っていた。だが、張遼からの圧力がまさにあの夏候惇に匹敵するものがあると感じ、驚くと同時に危険を感じでいた。この将を相手に命がけでも曹操を守り切れるのかと。
「季衣、安心しろ。私がここに居る」
許緒の少し危惧する雰囲気を見た夏候惇が優しい顔で安心させる。許緒も笑顔を取り戻す。
「はい、惇将軍」
「それに、もう数合あれば奴の偃月刀、我が七星餓狼でへし折れる」
「ちぇ、バレとるんかいな。惇ちゃんには適わんなぁ」
張遼は耳横の辺りを掻きながらバツが悪そうであった。
「では張遼、ここは黙って通してもらうわよ」
「うーん、しゃあないなぁ」
曹操の声に苦笑する。張遼としてもこのままでは、夏候惇に数合で飛龍偃月刀を折られた上で切られてしまいかねない。部下の下手な武器に持ち替えても、あの七星餓狼に武器ごと両断されそうである。張遼は命が惜しいわけではない。ヤルのなら万全でこの好敵手らと戦いたいのだ。
「次、会った時の楽しみにさせてもらうわ。行ってええで」
「張遼」
ここで夏候惇は城壁に向かって七星餓狼を翳す。そこにはまだ頑強に夏候の旗を掲げ抵抗を続ける夏候惇隊の一部が居た。
「あのなぁ……惇ちゃん(助けるのは無理やで)」
「違う。あの者たちはすでに貴殿らを留め置く死兵だ、せめて地に埋めてやってくれ」
「……分かった」
夏候惇は城壁に向かって叫ぶ。
「曹軍夏候元譲の勇猛なる兵達よ! 最後まで曹軍の意地をみせよ! 後の事は心配無用だ。そして必ず敵は私が取る!」
それに答えるように、城壁の夏候惇隊から鬨の声が上がる。曹操らが兵を纏め東へ去った後も彼らの士気が落ちることは―――最後の一兵までなかった。
城壁の夏候惇隊に対していた陳宮は、張遼が曹軍を見送る状況に後でちんきゅーきっくを見舞うほど憤慨していたが、結局張遼は門の前で守る様に隊列を組んだまま動かなかった。
戦いが終わった後に張遼は、仲間の兵達の亡骸の傍に夏候惇隊の兵らの亡骸も埋めてやったという。
霊帝の乗る馬車の御者台には馬の扱いに慣れている曹軍の兵が乗り、趙忠も後ろの馬車内の座席へと下がって霊帝を守る様に寄り添っていた。
さすがに霊帝と馬車内で同席するには荀彧や副将ぐらいの地位が無ければ相応しくなく、そのため今は馬車の周りを精鋭の騎馬兵が固め、馬車を中心に円陣を組む形で急ぎ東門を目指していた。
荀彧は先頭近くを馬に乗って移動し薄暗い街内も的確に進路の指示を出しつつ考えていた。
(先に出した霊帝発見の早馬を受けて、流琉辺りが来てくれるはず。東門までもう少し、それまで凌げば―――)
だが、その思いは打ち砕かれる。
荀彧の右側傍を並走していた馬上の兵が―――急にどこかへ居なくなった。
(ドクン)
荀彧の右へ振り向いた視界には落馬していく矢を受けた事を悲鳴のように告げるの兵士らと、右横からの道に並ぶ敵兵影とさらに飛来する矢の影が見え、そしてそれらが到達する。
風防の猫耳付近や服を掠ったのか引き裂き破り、そして騎乗していた馬へ数本矢を受け、荀彧は倒れる馬から暗闇の地面へ投げ出される。
「止まれーー!」
百人長の声で、楕円な円陣を組んでいた進行が止まる。横道から矢を射た弓兵らは少数だったのか道の奥へと素早く引いて行った。足止めの伏兵だろう。
(ここは私に構わず進むべきところなのに)
今の曹操に最優先は霊帝の身である。
そう思ったが曹軍の鉄の規律を思い出すと、ハッと向いた前方はすでに一瞬の間に何本かの松明を灯した一隊の影で塞がれていた。
そして、前方に立ち塞がっていたのは暗闇の中、濃い黒紅に見える旗を掲げる兵達と僅かな松明の灯りに浮かび上がった―――呂布だった。
(くっ、ここでりょ……呂布なんて)
呂布は気まぐれな所為もあり、宮城等で会う事も無く此処でが初顔合わせになるが、情報的には良く知っている。
荀彧も黄巾党の乱の討伐資料に目を通していたが、飛将軍のその戦果は信じられないものであった。曹軍にも猪武者の怪物な夏候惇がいる為、もしかしたらと思うが、雑兵らとは言えそれでも万に近い百倍程の兵数に力押しですべて勝ってしまっているこの武将は異常だった。荀彧としても兵が一万いても全く安心できない――そういう将なのだ。
そのため寡兵の今回は初めから郭内において正面からの対決は夏候惇以外は想定せず、なんとか出し抜く作戦を選んでいたのだ。
強敵の出現に荀彧は、東門まであと一里半ちょっとという距離を異様に遠く感じていた。
騎馬に乗った呂布が闇の通りを静かに一騎で遠く進み出て来た。そして霊帝を守る曹軍の傍まで来ると、相手が霊帝を含む隊なのもあり礼儀として先に名乗る。
「呂布だ。皇帝をこちらへ。断れば全員倒す」
呂布は『霊帝を倒す方が先』と言われている為、今はそれにしか興味が無かった。相手が曹軍でもである。だがそれ故、断られたら全員倒すつもりでいる。
荀彧は痛む体を起こして――話を伸ばすことで少しでもと時間を稼ぐ。
「私は曹操軍筆頭軍師の荀彧です。呂布将軍、霊帝さまをそちらへとのことですが、どうなさるおつもりか? 我々は皇帝陛下の臣下の身、無礼があってはなりません。先にお聞かせください」
すでに皇帝の列に矢を射かけて来る相手である。聞くまでもなく全て分かりきっている事だった。
正直、いきなり切られる事も想定内の策である。
いずれにしてもこの後、真っ先に切られるのは自分だと荀彧は考えている。
それでも時間を稼がなければならない。曹軍の将達らは一騎当千なのだ。荀彧は自分が去っても今までのように何とかしてくれるはずであると信じている。
だが周りの兵らはすでに、呂布の大きな威圧に硬直し掛けていた。
そんな中、呂布は呟いた。
「…………お前が荀彧か」
「は? ……はい」
その返事に呂布は珍しく迷い、考えるように目線を荀彧から左へ僅かに外した。
陳宮から、先ほど指示を受けた仲間の荀攸の叔母だと聞いていたのだ。
『家族は大事』―――呂布のもっとうである。
「荀攸から……知らせは?」
すでに先ほどから死を覚悟していた荀彧は正直に答える。
「………逃げろとだけ……手紙が来ました」
「……」
呂布は『無かった』と言う事なら即刻切るつもりだったのだが、『逃げろ』という事は助けたいということである……切れなくなってしまった。
とりあえず方天画戟の柄で当身を食らわせて転がし、後で連れて帰ろうかと考えた時だった。
呂布の率いた隊の後方から鬨の声が上がる。そして左の脇道からも――。
「呂布ーー! この夏侯淵の矢を受けてみよ!」
襲おうとする荀彧から注意を引きつつ夏侯淵は名乗る。
「秋蘭?!」
予想外の人選の援軍に荀彧は声を上げた。
同時に呂布へ向かって鋭く早い剛の矢が連続で数本迫って行った。
「んっ」
呂布は馬を荀彧の傍から大きく下げつつ、方天画戟でそれらを素早く弾き飛ばす。
その隙に、荀彧との間に曹軍と夏侯淵が割って入った。夏侯淵は前を警戒しつつ背中越しに尋ねる。
「大丈夫か、桂花」
「貴方が来たの?」
「流琉はもう一人前の仕事をする、心配ない。桂花、お前たちはこちらの道から陛下らと回って先に行け! この怪物は私が相手をする。近接なら厳しいが中、遠距離ならなんとか時間内は抑えてみせよう」
そう言いつつ、夏侯淵は呂布に愛用の剛弓『餓狼爪(がろうそう)』から鋭く威力のある矢を連続で浴びせていた。
「わ、分かったわ」
ここは迷う所ではない。
確かに、流琉でも呂布相手はかなり厳しいかもしれない。だが、歴戦も含め幅広い戦術の取れる夏侯淵なら戦いようが十分あるはずだ。
「弓隊、構え……撃てぇ!」
夏侯淵の号令で、道幅一杯に先頭は上中下三段でさらに奥へ十名ずつ横に並ぶ夏侯淵隊の美しい隊列から正確で大量の矢が呂布一人へ浴びせられる。さすがの呂布も馬をも射倒され、今は方天画戟で矢を撃ち落としつつ下がるしかない。
ここが一番難しい局面と夏侯淵は読んだからここへ来てくれたのだろう。
さすがと言うべき読みだと荀彧は改めて心強く思うのだった。
荀彧は兵の一人から馬を譲り受けると、霊帝の乗った馬車と七十名ほどの兵を率いてその場を後にしようとする。
だが呂布はそれを―――只では許さない。
呂布の倒れた馬には、弓が積まれていた。それは―――大型で凄まじく重厚な鋼鉄の剛弓だった。呂布は方天画戟を脇へ置く。そして倒れて事切れている馬を片手で起こすと体に密着させて矢を撃つ間の盾にする。太く長い鋼鉄の矢が番(つが)えられると引き絞りに入るのだが、その鋼鉄の弦を引く音が……金属の軋む音が少し離れつつある荀彧のところまで聞こえそうな異様な音を立てるのだった。おそらく、剛の力自慢が数名でなければ引ききれないものだろうと想像できたが、呂布はそれを一瞬で引き切り撃ち放つ。
それは余りの威力に―――神速だった。
この時、弦音の響きにこれは危険と察知した夏侯淵も、呂布の狙う軌道軸だけを一瞬で見切り、合わせて二本の剛の矢を放っていた。
目の良い夏侯淵ですら僅かな残像しか見えなかった。だが、二本の固い威力のある矢に『当てさせる』事は出来た。僅かだが軌道が逸れたはずである。どこへ放たれたのか? 呂布の狙いは?
荀彧らと霊帝の乗った馬車は走り去る。
よく見ると、馬車の側面の板には二寸(五センチ弱)ほどの穴が開いていた。それは反対側の側面の板をもまさに紙のように貫通していた。
呂布は暗い中、去り際に馬車側面の窓から霊帝が僅かにこちらを見ていたのを逃さなかった。
そして―――もう、霊帝は窓からこちらを見ていなかった。
反対側の板の穴には夜の闇でよく判別できなかったが、血がベッタリと付いていた。
「お前、やるな」
呂布は素直である。夏侯淵が自分の神速の矢を当てさせるように予測して矢を放った事を褒めた。偶然ではない事は、弓の名手ならすぐに分かることだ。
「貴方ほどではない。さあ始めようか、撃てぇーー!」
一方夏侯淵も呂布の剛弓の速さと威力に一瞬魅せられそうになった。だが、倒れた馬を盾にしているとはいえ方天画戟を手離している無防備な状況に、彼女は夏侯淵隊へ命じ追い打ちの矢の雨を指示する。そして自分も呂布へ速射の鋭く早い剛の矢を放っていった。
呂布は鋼鉄の剛弓自体で迫る矢の雨を落ち着いて正確に撃ち落とす。そして迫る矢の合間を見つけて再び方天画戟を握る。
また、呂布の率いていた隊は後方からの夏侯淵隊に対応するためと、呂布自体が前にいるため弓等で援護出来ないでいたが、一部の数十人が隊列を組んで前へ近寄り呂布と合流する。
しかし、夏侯淵隊の弓隊の一斉射撃は終わらず正確で強烈だった。呂布は雨を払う程度に猛烈な矢の来襲を払い避けていたが、普通の兵はそうは行かなかった。
夏侯淵隊が数回連射するうちに、呂布以外は皆四、五本受け射殺されていた。
だが、夏侯淵としてはこれ以上どうしようもなかった。
呂布は単身――矢の雨の中を完封しつつ一歩、また一歩と前に夏侯淵隊へと進んできていたのである。
(これが、飛将軍呂布……実力は姉者以上か……)
夏侯淵は静かに恐怖を覚えていった。
篝火の多く焚かれた東門の前では、皇甫嵩の兵五百と典韋率いる千五百が静かな戦闘に入っていた。
典韋はまず薄闇の中、敵の旗に『皇甫』と読み取ったときは董卓軍じゃないの?と一瞬思ってしまったが、その動きは当初から敵対行動を取ってきた。そのため典韋は門周辺をガッチリと固めて動かないでいる。
皇甫嵩隊がここに来る前に荀彧から早馬の援軍要請が届くと、夏侯淵が事前に待機していた五百を率いて出ると聞いたときに典韋は驚いた。思わず「誰がここを守るんです?」と聞いてしまったほどだ。
だが夏侯淵は静かに微笑むと「流琉がここに残っているから安心して行って来れる」と言ってくれた。
夏侯淵にこの曹操軍の生命線と言える大役を託されたのだ。その可愛らしい姿と瞳には普段以上の気合が入っていた。
いつもは先頭に立って巨大ヨーヨーである『伝磁葉々(でんじようよう)』を振るっている彼女だが、今は一歩下がった位置から戦況を俯瞰する形で戦いを進めていた。
(典韋という子は、黄巾党の乱でいつも前線に立つ将だと聞いていたのに……)
皇甫嵩は寡兵という事もあり、隙が無いか敵の反応と友軍を待つ形で矢からも距離を測りつつ寄せては返す牽制に徹していた。ただ、将である典韋を引きずり出せば勝機はあると思っていた。当初、ここは夏侯淵辺りだろうと思って苦戦を予想して遠巻きにしていたが、陣や門上等の篝火の灯りの中に浮かぶ旗に『夏侯』の旗が無く『典』であったため寄せて来たのだ。だが、中々手堅い反応ぶりに膠着した動きになっていた。
((味方のだれか早く来ないかなぁ……))
二人ともそう考えていた。
そんな、皇甫嵩に西方面の斥候から知らせが届く。『曹』と『夏侯』の旗を掲げた軍勢が徐々に大通りをこちらへ迫って来ているという事だった。兵数はおよそ三千五百という。おそらく曹操に夏候惇とあと許緒まで居そうである。ここにいる典韋も含め皆武力が高い将達であった。
皇甫嵩としては敵の兵数といい敵将の数と質といい、この隊単独でこれ以上の対応は難しいと判断し、大通り北側の街内へ入り味方との合流を第一に一度下がるしかなった。
(……あれ?)
典韋は異変に気が付いた。皇甫嵩が大きく距離を取り、大通りの北側へ向かって離れようとしていたのだ。黙って見送るべきかと一瞬考える。しかし、彼女はいつもの通りではいけない気がした。
(こんなとき、秋蘭さまならどうしてたかしら……)
そう考えてみると、総兵力で勝る反逆軍側が『今なぜ』皇甫嵩が北へ離れようとするのかという事に気が付くのだった。それはここにいると『不味い』ことになる……挟み撃ちになるという事だろう。
つい先程、東門の後方となる外の東方面と南北方面からは敵影無しと報告が来ている。
典韋は、千人隊長を呼んだ。
皇甫嵩は東門の曹軍の隊列から一軍が出て来た事に気が付いた。陣の篝火の傍を通過した折、先頭には僅かに『典』の旗が読み取れた。
(ええっ?! この状況を待っていたの?!)
皇甫嵩は少し驚いた。そして余り上手くない形と思えた。典韋が率いているのは影の大きさから五百程のようだ。これでは隙をついても、兵が千人程も残る東門は取れそうになかった。
この状況で、何か良いことはないか……皇甫嵩はそう考えていた。
すると東門の陣から出て来た曹軍の隊の間から一人の将が声を掛けて来た。
「私は典韋と言います。皇甫嵩将軍、お相手を」
かつての官軍の名将である。若輩の典韋は自ら先に名乗を上げた。
「……分かりました。典韋さん、この皇甫嵩がお相手しましょう」
皇甫嵩は武闘派ではないが、弱い訳では無い。歴戦の将軍に相応しい名剣を抜き放つと典韋からの申し出を快諾し改めて相対していた。今は門を取れないが、力を見る上で典韋へ一当てしておくのは悪くないと思う事にした彼女だった。
典韋側は無難に密集隊形で攻守に優れた魚鱗の陣の陣形を東門の前で敷いていた。
皇甫嵩は典韋の布陣を見て取ると大通りの西側を改めて背にする形で――縦に長く長蛇の陣の形を取った。
そして彼女は先頭に立って隊を率いている。全面が薄く突撃力は将に大きく委ねられる。つまり典韋を圧倒するぞと挑発している陣形でもあった。
両軍はゆっくりと動き出した。そして先頭がぶつかり合う。
皇甫嵩は掴む為の栄光の双丘を始め豊満な体の持ち主で、普段は眼鏡を掛けた知的な優しい表情の女性である。だが、生死のやり取りをする時は、その眼鏡の奥の瞳は深緑の闇となるのだった。
典韋が先頭にいない典韋隊の前面は、皇甫嵩によって切り裂かれていた。
曹操軍を相手にかなり一方的に感じる勢いだ。伊達に漢帝国の将軍は名乗っていない。
「これはいけない」と、それを見た典韋が、愛用の巨大ヨーヨーを持って前に出る。
部下を切り倒そうと振り下ろされた皇甫嵩の剣を、典韋が間に入って巨大ヨーヨーで受け止める。典韋が力で押される事はないが……それでも受ければ只では済まない剣の威力なのはヨーヨー越しにも認識できた。
典韋は力で皇甫嵩の一撃を払い退けると、距離を取ってヨーヨーを……と思ったが距離を取らせてもらえなかった。
皇甫嵩は智将でもないが、要領は良かった。豊富な経験から相手の投げつける感のある武器の特性をすでに見切っていた。
そのため典韋は常に皇甫嵩より接近戦を挑まれる形となった。こうなると、ヨーヨーを盾に凌ぐしかない。力押しだけでは、皇甫嵩は上手く躱し、いなされてしまっていた。また、皇甫嵩へは長蛇の陣により縦に後ろから大きな人の力の圧力が掛かるのだ。それを利用しつつ典韋の個人の剛力を多人数の圧力で押し返していく。
「では、典韋さん。そろそろ退場を願おうかなぁ」
先頭に出て来ていた典韋は、気が付くと魚鱗の陣の先頭部の三角の先から北側の辺沿いに力で押し流されて来ていた。
さらに皇甫嵩隊の陣形は長蛇の陣からいつしか、蛇の頭の部分が大きくなって典韋周辺を半包囲しつつあった。
そして、皇甫嵩が一瞬下がったかと思うと、典韋へ向かって端に錘の付いた網や鍵縄が周囲の兵ごと掛けられる。
(!!……不味いわ)
典韋は慌てたが、一気に周囲の敵味方の兵らごと網に引っ掛り囚われ引きずられる形になった。その奇襲に将を捕獲された典韋隊にも動揺が広がる。
典韋の隊の兵らが網を部分的にいくつか切っているが、皇甫嵩隊は一気に速度を上げ、典韋らを引きずりながら離れようとして行った。
典韋は皇甫嵩の狙いに漸く気が付いて悔やんだ。対峙した初めから自分だけが目的だったのだと。
皇甫嵩は周りや状況を要領よく利用し、無理はしないが好機も逃さない。そういったところではやはり優れた将であった。ただ本人は……男運だけはないなぁと嘆いているのだが。
しかしここで事態は急変する。
皇甫嵩隊は急に後方からの猛烈な突撃を受けたのだ。その兵力は僅かに二十騎ほどであったが――先頭には夏候惇と許緒がいたのだ。
東門が近くなり、二人は曹操の命で援軍として騎馬隊で早めにここまで帰って来てみると……陣には夏侯淵ではなく典韋の旗しかなく、おまけに敵軍が居て苦戦しているではないか。
それを見た後は嵐のようであった。二人は七星餓狼と岩打武反魔を振りかざしつつ敵陣の最後方へと飛び込んでいき縦横無尽に吹き荒らしていった。同時にまさに血の雨が降っていく。
「流琉ーーーーーー!」
「踏ん張れ、流琉よーーー! 曹軍の将の意地を見せよ!」
皇甫嵩の長蛇の陣は隊列自体が薄いのもあるが、二人の猛攻と後方からと言うのもあり、あっという間に数十人の塊が粉砕されていった。その偶に人が高々と舞う光景に気が付いた皇甫嵩も驚きを隠せない。
「な、なに? 呂布さんでも裏切ったの?!」
そしてそれが、じわじわと後ろから迫って来る状況に焦るのだった。
「撤退! 皆さん、撤退します!」
皇甫嵩の決断は早い。無理はしないのである。
その状況と夏候惇、許緒の言葉に、典韋も意地を見せる。網の間から踵を渾身の力で地面に打ち込むようにすると持ち味の怪力で踏ん張るのだった。
網を持っていた兵らの多くは突然の急激な静動を受け、握った手から縄が離れていった。
夏候惇と許緒の猛勇を見ると、引き返して再び典韋を連れて来る時間などなかった。
さらに……。
「逃がすがぁ゛ぁぁーーー!」
夏候惇の悪鬼のような台詞も聞こえて来るのだ。もはや皇甫嵩は迅速な撤退しか思いつかなかった。
許緒と典韋の兵らが網の掛けられた典韋らの周辺を包囲。敵の兵らは武装解除し、典韋と兵らを救出する一方、夏候惇は言葉通り追撃しようとしていた。
皇甫嵩らの隊が大通りから脇道へ流れ込んでいるとき、さらに東門寄りの道から―――荀彧の率いる馬車を伴った一隊が現れる。
猪の如く一騎で駆ける夏候惇の姿と、それを追う数騎の持つ『夏候』の旗を薄闇に見た荀彧は叫ぶ。
「春蘭! 秋蘭を助けに行って! 呂布が来たのよ!」
「なにぃぃ?!」
その荀彧の言葉の瞬間に、夏候惇は皇甫嵩を後回しにせざるを得なかった。
それを聞いた許緒と典韋も荀彧の所へ集まってくる。
「あの、霊帝さまは?!」
少し冷静な典韋は夏侯淵が直々に向かった曹軍の最重要案件を確認する。
荀彧の顔はさらに曇る。
「ここまではお連れしたんだけど、それが……」
荀彧は静かに馬車の方を向く。
霊帝は―――重症だった。
夏侯淵の剛の矢二本で軌道がズレたが、呂布の鋼鉄の剛弓は霊帝の右胸下へ風穴を開けて一瞬で貫通していったのだ。加えてその受けた衝撃で、霊帝は馬車内の反対の側面壁まで飛ばされ叩きつけられていた……。
おそらく呂布は左胸の心臓付近を狙っていたのだろう。
本来なら、その場で傷口を縫い合わせて塞ぎ、安静にして自然に出血が止まるのを祈るしかないのだが、移動する必要があり揺れる馬車の中、趙忠が傷を抑えてじっとさせている他なく、病状はすでに意識不明の状況であった。
そして、そんな状態でもこの後も急ぎ東へ移動させなくてはならないのだ。
だが今は。
そう考え、荀彧が再び指示をする。
「ううん、大丈夫。陛下は、こちらでなんとか東へ移動させるから。今は、春蘭たち三人で私の連れて来た兵達を先導させて、呂布と戦っている秋蘭の所へ早く加勢しに行って!そして出来るだけ早く戻って来なさい。董卓軍の大軍に捕まる前に東へ移動しないといけないのを忘れないで!」
「分かった! 行くぞ、季衣、流琉!」
典韋の隊五百を連れて、夏候惇らは大通りの北側へ、荀彧の通って来た道を逆流する形で急ぎ呂布との対戦場所へと向かって行った。
夏侯淵隊にもう弓矢は残っていなかった。呂布は耐え切った―――いや、余り効かなかったと言うべきか。
だが、あの呂布の足止めには成功した。
それは一刻(十五分)程の半分もないという時間だがこれだけの時間、飛将軍呂布に何もさせなかったのは夏侯淵隊だけであろう。
「なかなかだった。でももう終わり」
呂布は静かに方天画戟を構える。
その時、夏侯淵の弓隊の整列する後方から敵の隊が現れた。荀彧の足止めさせていた隊を蹴散らし、荀攸の隊が迫って来たのであった。
同時に、呂布の隊も夏侯淵隊の矢が切れた事に気付き一部が呂布の方へ寄せて来始める。
(まずいな。時間はもう十分稼いだはず。なんとか引き上げたいところだが……)
夏侯淵がそう考えていると、弓隊の百人隊長の一人が彼女に荀彧らが去った道へ目線を向けながら小声を掛けてきた。
「妙才様、我らがその道へ入ったところで壁を作り、時間を稼ぎますゆえ東門までお引きください」
彼らは撃ち尽くした愛用の弓を担ぎ、すでに腰の剣を抜き放っていた。
当初の五百から三百を呂布隊の後ろから攻めさせ、二百でここへ来ている。
相手は呂布なのだ。部下からの有り難い申し出だが、残念ながら二百では呂布だけでもそう時間は稼げないだろう。加えて敵の援軍も間近へ迫って来ているのだ。
曹操より勝手に死ぬことは許されていない夏侯淵だが、ここで部下を盾にし三百の残りと合流しても追いつかれて結局呂布と戦う事になるだろう。ならば信頼のおけるこの部下とも共に戦いたい。
(それにまだ……)
夏侯淵は静かに微笑む。
「まあ、そう言うな。そこの道で皆と共にこの呂布を倒そうではないか」
夏侯淵も弓を担ぐと、一応と腰に差していた両刃の剣『十字餓狼(じゅうじがろう)』を抜いていく。
弓は得意であるが、剣が苦手と言った覚えはない。
百人隊長を始め兵らも、この怪物すぎる呂布相手に自分達だけではそう持ちこたえられないことは分かっている。だが、これまで付き従い戦ってきて名将と確信する夏侯淵に、少しでも生きていてもらいたいのだ。そうすることで自分たちの住む家も家族らも守られると信じていた。
だが、共に戦えることも嬉しいのである。
「はっ、ではやりましょうか」
夏侯淵の言葉で、兵らにそれほど死への恐怖は無くなった。
逆に、残ってくれる将軍と共にやってやろうじゃないかと士気が上がる。
夏侯淵らは素早く射撃用の隊列を解くと、背後からの荀攸の隊に挟み撃ちにされないように、荀彧らが去った通りへ呂布を夏侯淵が対峙し牽制しつつ下がると素早く兵らは隊列を組む。
呂布は夏侯淵らが引いて隊列を組んでいる道へ、静かに堂々と歩を進めると呟く。
「恋はいつでもいい。早く来い」
彼女は夏侯淵らのやり取りと動きを伺っていた。
呂布としては先程までの猛烈な攻撃に敬意を表して、『逃げると言うなら叩き切る。向かって来ても叩き切る』である。
普段は逃げる相手には興味が無くなるところなのだが……。
向かってくるというのだ。彼女は受けて待っていた。
夏侯淵もダラダラする気は毛頭ない。そして―――負けるつもりもない。
彼女は呂布へと一気に切り込む。それに合わせて隊の兵らも手練れを中心に五人一組で数組続いた。多対一、これも勝つ為の兵法と言える。
夏侯淵は姉の夏候惇に対し膂力に劣るが、素早さと正確さ、見極めは負けていないと思っている。呂布に対しては最初からその持てる力の全力攻撃有るのみだ。
方天画戟を右手に握り自然体に立つ呂布に対し、左下方からの最速の十字餓狼での鋭い突きを見舞う。
戟を扱う呂布の間合いは長いが、常に三百六十度を防御できる訳では無い。一か所を防御、対処すれば、その両真横や真上からの攻撃への対応には時間が掛かるはずである。
そういった方向から配下の兵達らが剣を振りかざし同時に襲い掛かった。
だが、呂布は異常と言えた。その動き、攻撃は明らかに早く、力強く、正確であった。
夏侯淵の突きは速度といい左下方から方向と厳しいものがあったが、まずそれを方天画戟により最速で捌く。
夏侯淵は見ていた。左手で放った渾身の自分の剣の一撃を、それ以上の下からの一撃で上へ弾き飛ばすように退けた後の呂布の動きを。夏侯淵の左手は伝わる強大な衝撃で痺れていく。
そして退けた上で同時にそのまま夏侯淵へ下方からの高速の戟を放って来たのだ。剣は弾かれている、引き戻しは間に合いそうにない。咄嗟に右手で餓狼爪を戟と体の間に引き込んだ。餓狼爪と、方天画戟がぶつかり合い火花が散る。餓狼爪が鋼鉄製でなければ切られていたところだった。そのまま夏侯淵は戟の威力で後ろに飛ばされる。
呂布の動きはそれでは止まらず、腰を僅かに回し位置を調整しつつそのまま切り上げる軌道で、真上から来る兵を左斜め下から体を両断していた。その兵は仲間らの体を台に走り上がって呂布に切り込んで行った者であった。後ろからも三方同時に襲っていたが、方天画戟の刃の反対側の柄も使われ、前後同時に倒され弾き飛ばされていった。
刃が無い柄でも高速で強大な膂力で叩かれれば人は死ぬのだ。
呂布はまさに後ろにも目があるような戦いぶりに見えた。
彼女の一瞬での一連の動作が終わると餓狼爪を盾に弾かれた夏侯淵以外、兵らは皆躯になっていた。
呂布は容赦なく呟く。
「次は?」
夏侯淵は無言で再び剣を構えると殺気を漲らせ呂布へ挑んで行った。その雄姿に彼女の隊の兵らも続く。
今回夏侯淵は単撃ではなく連撃を浴びせ続けた。突く、切る、払う。基本技を最速で連発していく。
だが呂布は躱すことなくそれを『すべて』受けていた。また飛将軍の膂力は強すぎ、払って間を作ることは難しかった。
呂布は夏侯淵に対しながら、後方及び側面の夏侯淵隊の兵らの同時攻撃も受けて、そして倒していった。
その時、荀攸の隊がこの通りへ一部入って来ると同時に、呂布隊の一部も合流する。これにより呂布の後方からの攻撃は無理になってしまった。一騎打ちでない状況から呂布隊と荀攸隊は呂布の上方から夏侯淵隊へ矢を射かけて来たり、両端から呂布の前へ回り込んで来る者が出て来始めた。
夏侯淵と隊の兵らは呂布の前面のみからの攻撃を続けていた。
だがこの状況の変化に、飽きやすい呂布は無感情に呟く。
「そろそろ本気で行く」
『もう早く終わらせたい』そんな感じの意味もある言葉に夏侯淵の表情は険しくなった。
(馬鹿な……今まで本気じゃなかったと言うのか―――)
途端、夏侯淵は閃光が見えた気がした。思わず咄嗟に攻撃ではなく、剣を防御に構えると同時に弾き飛ばされた。
その一瞬の攻撃で、仲間の兵らが十人程倒されていた。いや、それはたった一撃であったのかもしれない。
呂布が倒れている夏侯淵に一気に迫る。片手を付いて、反動で飛び起きギリギリで地面に打ち下ろされる戟の一撃を躱したかと思ったが、続けて背中に衝撃が来た。同時に少し熱い。
「ぐっ」
どうやら 返す戟で右の背中を切られたらしい。着地と同時に片膝と、手を付いた。
さらに方天画戟を振り上げ夏侯淵へ近付こうとする飛将軍。
「妙才様ーーー!」
夏侯淵隊のすべての兵らが一歩でもその進撃を阻止するため呂布へと突撃して行った。
だが――呂布へ接近するものは全て首の動脈辺りを切られて卒倒していった。
その数は二十や三十ではなかった……。その上邪魔者のように躯は脇へ払い飛ばされていく。
同時に、呂布の周りを固め出した董卓側の兵らによっても、徐々に夏侯淵隊の兵達は討ち取られていった。
その光景に――夏侯淵は痛みを忘れて剣を支えに立ち上がっていた。
「おのれぇ、呂布に董卓軍め!」
夏侯淵の周りにはもう、一人も兵が残っていなかった。
そして、董卓軍の兵らが一人二人と夏侯淵に迫る。
だが、曹軍の誇る夏侯淵が一般の兵に倒せる訳がなかった。呂布同様に十字餓狼の一撃のみで二人を切って捨てていた。猫では、虎は倒せないのだ。
そう、虎を倒せるのは虎だけである。
夏侯淵は呂布に挑む。
「呂布よ、勝負だ!」
「分かった」
一騎打ちの状態に持っていく。こうなると、周りの兵は手を出せない。
辺りは静まり返っていく。
先ほどから荀攸も後方より戦いを静かに見ていたが、降伏勧告はしなかった。曹軍は討ち果たすと考えていたからだ。
将二人は静かに構えを取った。
(一撃で呂布を倒す!)
人の体とは不思議なところがある。極限に達すると痛みは感じないし、体は動くのである。物理的に壊れていない限り。
勝負は一瞬だった。
仕掛けたのは、もちろん夏侯淵だ。
十字餓狼へ全力と全体重を掛けて、呂布と刺し違える気で放った―――喉への一閃の突きであった。
だが、届かなかった。
夏侯淵は自分の挙動の瞬間、それよりも一段早い呂布からの一閃を本能で感じたのだ。それは自らの首へ迫る下からの戟の軌道で迫ってきた。余りの速さに完全に躱しきれずに右顔面部に衝撃と斬撃を感じ……体ごと後ろへ大きく飛ばされ、地に倒れた。
「秋蘭ーーーーーーーーーーーー!!」
「「秋蘭さまーーーーーーーーー!!」」
この時、角を曲がって来た夏候惇らが見たのは、血飛沫が上がり飛ばされ倒れていく夏侯淵の姿であったのだ。
無心だった。夏候惇は馬から飛び降り、道を駆け抜け夏侯淵の元へ駆けつけ優しく抱き起す。
道に横たわっていた夏侯淵の右の背中と、前髪に隠れた右顔のあたりに大きな斬撃痕が入っているように見えた。
「おおぉ……秋蘭、秋蘭!」
「……ぁ、姉者……これ……は夢か………………すまない……」
夏侯淵は……力なく静かに目を閉じた。
許緒と典韋と兵五百らも傍へ駆け付け周囲に円陣を展開する。
要の東門の守りを託し、自分の代わりにここへ赴いてくれた夏侯淵の姿に典韋は衝撃を受け力が抜けて膝を付いてしまう。
「し、秋蘭さまぁ……」
「流琉……秋蘭を頼む」
そんな典韋に夏候惇は静かにそう呟き、夏侯淵の身を託した。
夏候惇は静かに立ち上がる。
その眼光、その体からはこれまでに見たことのない気迫が漂っていた。
「春蘭……さま」
そして、許緒自身も、また周囲の曹軍兵らも凄まじい気迫を漂わせていた。
だがこれは、状況から一騎打ちの結果であろう。ならば借りは、一騎打ちでしか返せない。
「季衣、私一人でやる。皆で秋蘭の事を頼む。それと帰りの準備をしておけ」
「はい……」
夏候惇は七星餓狼を抜き放つと、威風堂々と呂布の前に立つ。
呂布は夏候惇らの状況をじっと見ていた。
周りの董卓軍兵達は……夏候惇らの余りの気迫に押されていた。それ程の静かながら大量の怒気が辺りに伝わって感じ取れた。
周辺は両軍の兵らが千人以上いる状況だが、静まり返っている。
「我が名は夏侯惇。一騎打ちを所望する」
「呂布だ。恋は構わない」
「では、参る」
夏候惇は爆発した。
それは七星餓狼が折れんばかりの正眼からの一撃であった。
呂布は右手の方天画戟で防御するも―――二丈(四・六メートル)ほども体ごと後ろへ飛ばされていた。呂布自身、後ろへ飛ばされたのは初めてのことだ。
その光景に周囲はどよめく。飛将軍がいかなる状況でも力負けした話は、只の一度も出たことが無かったからだ。
さらに呂布の右手は痺れていた。素直に一言褒める。
「お前、少し強いな」
「当たり前だ、あの夏侯淵の姉だからな」
「……なるほど」
すでに倒した相手だが、夏侯淵はこれまで相手をした中で三本の指にも入るほどに思える。自分の神速の矢に当てさせ軌道を変えた事といい、特に最後に感じた喉への一撃の気配は鋭いものがあったことは認めていたのだ。
だが、呂布も言う。
「では本気でやる」
「ああ、掛かってこい」
夏候惇も右手を自分へ招くようにして呂布を挑発した。
瞬間に両雄が激突する。
今度は呂布が先に仕掛ける。渾身の方天画戟の一撃を、相手の脳天から打ち下ろしていく。だが夏候惇はそれを、靴の裏が地面に少し沈むほどの衝撃を受けるも、両手を使い柄と剣先裏に手を添え七星餓狼で支えるように受け止めた後、持ち上げはじき返す。
そのまま七星餓狼で、呂布の胴を薙ぎにいった。
それを方天画戟の柄の鋼鉄の厚い部分で受ける。今度は飛ばされずに堪え、横へ一尺ほどズレて止めた呂布だが、そうしないと柄が切り込まれると思わせる一撃であった。
普段の夏候惇なら厳しい相手なのだが、今は完全に箍が外れていた。五割増しぐらいの力が出ていたのだろう、この呂布に引けを取っていなかった。
その後も、互いに譲らない得物同士がぶつかる衝撃波、空を切った時の凄まじい風圧に、周囲の兵達は硬直したように動けない様子でいた。
それは普通の兵達だけではなかった。
気合の入っていた許緒ではあったが、呂布の実力を見て衝撃を受けていた。彼女自身剛力に加え、かなり目が良く反応もいい方だと自負するが、二人の猛撃を追っていると反応しきれないほどの斬撃がいくつも見て取れた。
自分が出て行っていたら十合持たなかったと確信出来るほど呂布は怪物と言えた。
それ故に、その呂布に食らいついている夏候惇の切れっぷりが心強いのであった。
(やはり惇将軍がいれば曹軍は負けない。今でも僕が入ればきっと――あの呂布を倒せるよ)
でもこれは一騎打ちである。夏候惇を信じるのみだった。
呂布の方天画戟が夏候惇の右胴へ打ち込まれる。それを七星餓狼と右肘も使って受け止める。呂布の膂力も強烈であった。キッチリ受けるも夏候惇は二丈以上横へ飛ばされる。体勢を少し崩したとみると、呂布はそこへ追い打ちをかけるように速い連撃の突きを放っていく。
夏候惇は良く食らいついているが、それでも――呂布の方が自力で勝っていた。特に連撃の速さは凄まじく、すべては受け切れず辛うじて首を振って避けて凌ぐ。夏候惇のその長い黒髪に掠り、何本かハラハラと散っていく。
だが押されようと、これだけでも他に出来る者はそう居ないと思わせる動きだった。
体勢を整えを再び夏候惇は連撃の突きの呂布へ強引に切り込んで行った。
夏候惇の肩に僅かに掠っていたが、逆に呂布が腕を引き込む前に七星餓狼が呂布に届いていた。
呂布も首を振って攻撃をかわす。その時に僅かに赤毛の切れた髪が宙に舞い、黒い右腕の服に切れ目が入っていた。
「……初めて、髪と服を切られた」
「ふん、次はその肌に傷を刻んでみせよう」
夏候惇も首寄りの左肩の服と肌に軽く掠り傷を受けていた。彼女はもはや肉を切らせて骨を断つ、そんな覚悟に突入していた。
二人は少し距離を取りつつ、静かに先の先の先の見えない駆け引きと気合いを練り込み対峙する。
周辺両軍の多くの目が集まり、二人の次の一合への緊張に皆固唾を飲んでいた正にその時だった。
『ぐぅぅぅぅーーーーーーーー』
強烈に……何かが鳴った。
その瞬間、対峙していた二人のうち、最強の将の殺気の籠った気迫が……やる気が静かに下がって行った――。
「……お腹が空いた」
「はぁ?」
「恋はもう満足。お前、なかなか強い」
「……ふざけるな、呂布!」
呂布は気分屋な上――燃費が悪かった。
眠い夜間の行動に加え、城内からの行動と、夏侯淵隊、夏侯淵、夏候惇と強敵の連続で、エネルギーと共にやる気が切れてしまったのだ。
呂布としてもすでに、今までの怪物能力が一気に八割程度まで落ちてしまっていた。
それでも十分怪物ではあったが。
「……呂布殿……」
ここに陳宮か董卓辺りが居れば、宥めすかしで最後まで呂布を働らかせられたかも知れないが、残念ながら荀攸にはこの現象と対処の方法が良く分からなかった。
だがここで、声が響く。
「姉者! 今が引き時だ……我らの目的は呂布との一騎打ちではない」
「――秋蘭!? おおぉっ………生きてる……」
典韋に支えられつつ、夏侯淵は立ち上がっていた。先ほどは呂布の閃光の一撃で頭部を一瞬で揺すられ、脳震盪を起こしていたのだ。
「今大事なのは、華琳さまの元へ早く合流することだ。そうだろう、姉者?」
「……くっ」
曹操の為に働いている自分達である。今の呂布への感情はあくまでも個人的なものと言える。それも一騎打ちでの結果に対してだ。そして夏侯淵はまだ生きていた。その夏侯淵の言葉である。
「……東門へ引き上げる。呂布、我が名は夏候惇! 忘れるな。機会があれば次こそは決着を付ける」
「夏候惇……分かった」
呂布は動かず――董卓側の兵が五百未満な上に、相手には万全な呂布と互角に近く戦う将がいて、他にも二人健在な許緒と典韋と五百を超える兵がいるのだ。そうなると、荀攸も今は手の打ちようがなくここは静かに見送るしかなかった。
夏候惇らが素早く撤収しここを去った後、荀攸は呂布から霊帝についての話を聞く。霊帝へ向けて放った剛弓に手ごたえ有りという話は聞けた。だが、ここでは逃してしまったのも事実であった。
霊帝を生かしたまま逃がしてしまうという最悪の事態を考慮し、董卓らと早期に再度会談する必要を強く感じていた。
間もなくここへ……間が悪くというべきか、少し遅く皇甫嵩の隊が現れ合流した。
夏候惇らは急ぎ一路、東門を目指す。呂布隊の後方を攻めていた夏侯淵隊も生き残りは同時に撤退させてきた。
また、典韋らが従軍にあった荷馬車の荷を下ろし、そこへ夏侯淵は乗せられ夏候惇が付き添う形で移動していた。
「秋蘭、無理はするな」
横たわる夏侯淵の背中右側と顔の右側には、出血を抑えるように布と包帯が巻かれていた。その右顔の傷は深く、特に右眼は水晶体を含む眼球の四分の一以上を切り裂かれていた。
もうその右眼で物をはっきりと見ることは出来ないだろう。
「……姉者、すまない。この顔ではもはや共に閨で華琳さまの寵愛を受けることは出来ないだろう。だがこれからも華琳さまの一兵として力を尽くす気持ちに変わりはない。華琳さまのお傍は……姉者、頼んだぞ」
夏侯淵は少し寂しそうに姉へ微笑んでいた。
「秋蘭……」
直に東門が見えて来た。
今の時刻はすでに寅時正刻(午前四時)を過ぎていた。
陣内はおそらく荀彧が指示しているのだろう、すでに撤収の準備が順調に進んでいる状況だった。そんな中、夏候惇らの隊の帰還をずっと気にして待っていたのだろう、彼女らの隊列が現れると同時に、その慌ただしい陣の中からすぐに荀彧と――曹操が飛び出してくる。
「秋蘭が、呂布との戦闘になったですって?! って……秋蘭!?」
「申し訳ありません、華琳さま。多くの配下を失い、お見苦しい姿をお見せしてしまって……」
夏侯淵は右の顔を曹操から手と腕で隠すように詫びた。
荷台に横たえられたその夏侯淵の痛々しい姿に、曹操の表情が一瞬強張っていた。
だが、その口からは気迫が籠った堂々とした君主の言葉が送られる。
「秋蘭、厳しい戦いの中、本当に良く『生きて』戻ったわ。桂花から聞いているわよ。呂布を引き付けて陛下を逃がす時間を作ってくれた事を。さすがは我が曹軍の誇る両将の一人よ。秋蘭が謝る必要は何もないわ。胸を張りなさい」
実際、呂布に生死を掛けた真剣勝負の一騎打ちを挑んで、これまでに生き残ったのは夏候姉妹だけであった。
そして、曹操は優しい笑顔になり、荷台の夏侯淵へ近付くとその顔を隠す腕の手を取ると穏やかに声を掛けた。
「その傷も一緒に愛してあげる。私の秋蘭は何も変わっていないわ。早く元気に御成りなさい」
そう言いながら、傷に触らないように、夏侯淵の頬を優しく撫でていた。
「華琳さま……」
曹操は、綺麗な顔に傷が入り愛着のある部下らも死なせ気落ちしている夏侯淵を、そのまま同情で慰めるのは余計に惨めにさせると気が付き、臣下としての立派な働きを恥じることは何も無いとまず褒めたのだ。そして人として愛情を示してくれたのだ。
夏侯淵は曹操の気使いに笑顔の涙が溢れた。
「華琳ざま゛ぁ……」
そして……その曹操と夏侯淵の嬉しそうな安堵の表情に、夏候惇の方が泣いていた……。
荀彧や、許緒と典韋や周辺の兵達も思わず貰い泣きしていた。
だが、そうしている時間は短かった。
曹操達に時間は――無いのだ。
「ところで陛下達のお姿が見えませんが?」
典韋は目じりの涙を拭きつつ、曹軍の最優先事項に気が付き尋ねていた。
「激しい移動を少しでも避けるために、先発隊として先に少しゆっくり目に陳留まで送らせているわ」
典韋の質問に横にいた荀彧が答えた。
時間が無い中、多重ハンモックのように直接振動が伝わりにくい様に縄と竹を組み合わせて吊った状態の寝台を応急で馬車へ設置し、騎馬兵百と送り出していた。
またその際、応急だが酒で傷口を拭い止血と裂傷治癒に効果のある薬を塗り縫い合わせる処置もされた。以前意識不明な状態だが、ここへ留め置くことは董卓側による確実な死を意味していた事から、移動はそうするより他に無い措置であった。
「さぁ、我々もそろそろ出るわよ。皆、陳留からはもう援軍が出ているはず、踏ん張りましょう!」
曹操が号令を掛ける。夏候惇らが返って来るまでが待機最終期限であったのだ。
追撃を受ける厳しい行軍が予想される中、士気を上げる内容も忘れない。
この時、霊帝の傷を縫合した曹軍の軍医で一番の腕利きが夏侯淵の傷の縫合を開始していた。出来るだけ早い状態で対応しておきたかったからだ。酒で傷を洗い薬を塗り、出来るだけ丁寧に縫合する。
夏候惇は夏侯淵に寄り添うということで典韋が先方として全軍の先頭で出た。次は曹操と許緒と荀彧が中軍で出る。最後に後軍として縫合を完了した夏侯淵と夏候惇が出発した。夏候淵はまだしばらく安静ということで、馬車に引かれ荷台で綿のとても分厚い布団へ横になっての移動であった。総勢は三千程減り、五千ほどになっていた。
後軍は董卓軍の追手に対して殿となる。そのため、騎馬兵や歩兵らでもまだ傷の少ない者らから三千が集められていた。
まず追手として来るのは華雄率いる騎馬兵団八千となろう。
曹軍、そして董卓軍でも誰もがそう思っていた――――だが現実には違う事になる。
遅れて合流した皇甫嵩は、荀攸から霊帝を曹操に連れていかれてしまったことを聞かされた。呂布はすでに静かになり……うとうとしていた。
「すみません、椿花(チュンファ)さん。先に東門の方に行っていたものですから」
「……こうなっては仕方ありませんね。今頃、華雄将軍が騎馬隊を率いて動いているはずです。それから今日中に洛陽の予備役も集めれば、すぐに五万程は編成できるでしょう。とりあえず、我々ももう曹操らが去ったと思われる東門へ移動しましょう」
「んー、何か忘れていませんか?」
皇甫嵩は、荀攸へ今回の計画の全兵団配置を確認した。
皇甫嵩将軍……彼女が持っているのは将軍の地位だけではない。
長安と洛陽の間にある郡、弘農(こうのう)の太守、それが皇甫嵩であった。彼女も歴とした諸侯の一人である。
そして当然彼女も私兵を持っているのだ。
だが曹軍の目があり、これ以上の兵力を洛陽内へは配置出来なかった為、今回の計画に置いて『彼女のいつもの考え』の特徴が非常に出ている配置になっていた。
そう――『無理はしない』という配置となったのだ。
荀攸が一応確認の為、頭にあるその規模と条件を話し出す。
「もちろん覚えています。しかし、曹操軍の残兵数は五千はいるはずです。……千以上では待機のままでは? 確か、洛陽から六十里(二十五キロ)付近に二千を伏せているという話でしたよね?」
「ええ、ですが殿を厚くし、少数で曹操らと霊帝が逃げて来れば……不意を突けて面白いことになるかもですよ?」
皇甫嵩はニッコリと自然に微笑んだ。影がない笑顔もそれはそれで怖いのである。
そして彼女は一度に移動させることなく、バラバラに少しずつ弘農から私兵の一部を移動させていた。少々経費が掛かる為、資金力がある太守級でなければ出来ない配置であった。
兵数千以上では待機……つまり兵千以下では攻撃開始である。
さて……。
最良と思ってしたことが最悪の裏目に出る事もあり得えます。
逆に、何を馬鹿なことをやっているんだという事でも、最高の一手に繋がることも有ったりします。
何が正解かは分からない……多くの人が居るからこそ起こる、それが世の中です。
地平線近くの東の空が、少し闇から紺色に僅かに明るくなり始めたころのこと。
皇甫嵩将軍配下の二千が昨日の昼過ぎから、この街道脇の森周辺へ慎重に徐々に集結して来ていた。
日付を超えた辺りで点呼を取り、欠員無く全員が当初からの予定配置位置である街道脇の少し離れた二ヵ所へ潜んでいた。
「田(でん)隊長、洛陽方面からの街道を、馬車を警護するように騎馬隊百名程の一隊がこちらへあと四里(一・六キロ)程に迫って来ており、間もなくここを通ると思われます」
全力で馬を駆り戻って来たのであろう、斥候は肩で息をさせながらも力強く報告した。
「ご苦労、分かった」
それらを率いるのが田と呼ばれる女性の千人隊長であった。
田は、傍にいた同じく女性の千人隊長である郭(かく)に声を掛ける
「郭隊長、準備はよろしいか?」
「いつでもよろしくてよ」
「では、始めようか。曹軍の本隊も直に来るだろう。短時間の勝負だ。我が隊が目標の前面を封鎖したら、同時に後方からの封鎖を」
「了解ですわ」
だがここでもう一人、陳留方向の東方面へ出していた斥候の一人が慌ててやって来た。
「田隊長、申し上げます」
「どうした?」
「東方面から数台の荷馬車と思われる荷駄隊がやって来ます。距離はおよそ三里(一・二キロ)。数名の護衛も付いているようです」
「……まだ暗いこんな時間にか?」
ここで、郭が背中越しに意見する。
「それも曹操のものかも」
「……んー、確かに有り得るな、報告ご苦労」
「はっ」
田は、郭へと向き直ると、作戦に臨機応変な変更を加えた。
「騎馬隊の通過後、先に後方を封鎖してくれ。荷駄隊が通過したのちに前面を封鎖する」
「ですわね。了解しましたわ」
「その後は前後で挟み撃ちだ」
郭は傍に止めていた愛馬へまたがると二里ほど離れた自陣へと途中から街道を下りて脇の草原を抜けて全力で帰って来た。
間もなく曹操軍の旗を翻らせて馬車を囲うような騎馬兵の一隊が、郭隊長率いる千の兵を伏せている地点を気付かずに通過していった。
郭は静かに十ほど数えると叫ぶ。
「皆、行くわよ!」
郭の隊は鬨の声を上げずに静かに街道の道へ一気に湧き出し封鎖すると、田隊長の率いる隊が潜む位置へと進撃を開始した。
郭が愛馬でここを去ったあと、田の隊は荷駄隊の通過を静かに待った。台数は三台だが、護衛も含めやけに急いでいるように見えた。そして何も知らずにこちらも通過後、静かに十を数えると行動を開始する。
「始めるぞ!」
街道上にあっという間に隊列を作ると西へ、郭の隊側へと進軍していった。それに連動するように街道の両脇からも鶴翼の隊列で移動していく。
(誰も……逃がさない!)
田の考えは明瞭だった。
騎馬兵百に守られて趙忠と霊帝の乗る馬車は曹操の本拠地である陳留を速度を抑え気味に目指している。
趙忠は揺れる馬車の中、蝋燭の灯りを頼りに時々立ち上がると、竹と縄で衝撃吸収を施され吊るされた寝台に横たわる霊帝の苦しそうな表情を悲しそうに確認する。
意識は依然戻らない。
「空丹さま……」
もう何度目だろうか、再び様子を見ようと立ち上がろうとした時だった。
「敵襲だーーーー!」
(そっ、そんなぁ……)
一番聞きたくないその内容で聞こえて来る叫び声に、ほのかな蝋燭の灯りの薄暗い馬車の中、趙忠は凍り付いた。
その荷駄隊は急いでいた。短い休憩を挟み、危険だが夜通し街道を洛陽へと駆けて来ていた。それは命が掛かっていたからだ。
桓(かん)という商人……と言うか運び屋であった。
途中、黄巾党の残党に襲われるなど、問題もあったが運よく切り抜けられるも、納期がギリギリになってきていたのだ。この時代、時間には大らかなはずなのだが、それは相手に因った。
その納品相手は――洛陽に居る十常侍の一人であった。
十常侍のような高級官位の者の機嫌を損ねると、あっという間にあの世行きの時代であったのだ。
なにやら高級茶や食材の乾物を山のように急に頼まれていたのである。
そう、霊帝がどういう目的で使うのか不明だが、大量に頼んだ新しい料理の高級な材料群であった。
そのために必死だったのだが……桓は何か周囲がおかしいことに気が付く。
そして、何気に後方を振り返るとそれが何か分かった。
いつの間にか千人近い兵に追われる形になっていたのだ。
「うわぁぁぁーーーー! なっ、これはなにアル?!」
「なんか一杯兵に囲まれているのだ」
「桓さん、これはどういう事?!」
馬車を操る桓の傍へ、護衛の馬に乗る二人が寄って来た。
それは小柄ながら凄い蛇矛を持つ赤毛の女の子と、桃色な女の子であった。
「私は何も知らないアルゥゥゥーーーーー!」
世の中は色々と起こるのである。
つづく
2014年11月11日 投稿
2014年11月21日 文章修正
2015年03月17日 文章修正(時間表現含む)
解説)黄金の寝台。
一立方メートルの金塊で20トン弱あります。
27トンにもなると、現在1g=4650円程なので……材料費のみで1256億円ほどに(汗
解説)馬の睡眠
馬の睡眠時間は人に比べてかなり短く平均3時間程とか。
そして人のようにサイクルがあり、それは30分ほどで5~7回ほどあるようです。
という事で夜中も大半は起きてるのよね。
解説)皇甫嵩
史実では黄巾党の乱のあとに其の数々の功で冀州州牧になったのは袁紹ではなくこの人。
左車騎将軍に任命され、槐里侯に封じられる。また、八千戸の食邑を与えられ、州牧になった。
解説)夏侯淵隊が呂布の足止めに四半刻半(十五分)の半分もないという時間
荀彧らは、東門まで残り一里半(六百メートル)程しかなかったが、馬車内の異変を錯乱気味な趙忠から聞き、途中でいったん馬車を止めざるを得なかった。霊帝の余りの状況の確認と対処考慮に結構時間を食っていた。
注)第15話から洛陽城の南門を宣陽門と書いていましたがそれは魏晋代の名称で後漢時は平城門と言っていたようですので26話等を修正しました。
大差はないのですが、やはり雰囲気は大事かなと。
あと中国では後漢時代の洛陽城について正式には『東漢雒陽城』となっているようです。長安に対して東にあるので、後漢については『東漢』と呼ぶのが一般的です。洛陽も『雒陽』と違うんですよね。面白いです。