真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~ 作:カメル~ン
木々の間から洛陽の街も望める南側傾斜地の森。
一刀は、草木の茂みの中へ打ち捨てられたようにあった、人が入る程の大きな朱い木箱を見つけ、それへと近付いて行く。
彼は献帝派らの軍事動向を知る目的で『洛陽探索』のため騎馬を駆り、洛陽の北側に東西へ連なる草木に覆われた低めの山々の中、獣道を通って洛陽の西部へ回り込もうとしていた。そして西側外郭にある門より長安方面から来た者らを装い潜入するため、隠密に移動している最中であった。
この任務の同行者は、司馬家八令嬢末妹で剣の腕の立つ司馬敏と、強引に合流してきた司隷河内郡太守朱儁将軍の次女で気功拳使いな朱皓の二人。
司馬敏は、司馬一族特有の薄緑色な肩ほどまでのイチョウの葉のような扇状の髪を元気に揺らす。普段、装飾はあるが動き易い白地に黄と赤い肩袖の服装と両腕に手甲を付け剣を腰に帯びている。だが今日は潜入の為に、少し使い古された街女な衣装に県令より支給の剣を背中側の帯へ差していた。
一方朱皓は、肩よりか少し長めのふんわりとした薄桃色の髪に、動き易そうな山吹色に黒の部分染めの入った拳法使いらしい胴着の雰囲気もある品の良い服装をしていた。
今は弱い日差しの有る天気の中、昼食休憩で女性陣二人は沢で体を綺麗に(一刀は気付いていないが夜に備えて……)と拭いている最中。
この間に一刀は、朱皓の馬へも馬具の『鐙(あぶみ)』を付けてやろうと強度のある草木の蔓(つる)を探して周辺を見て回っていた。
そんな時、彼は『棺桶にも見える』変なモノを見かけたというわけだ。
一応、目的の蔓の方も二メートル以上を確保し、箱へ近付きつつ軽く巻いて手元で縛っておく。
また、朱い箱へ近寄る彼は、すでにその中に入っている物が何か分かっていた。
それが―――服を着せられた等身大の人形だと。
彼は気に因って、周囲の情景が詳細に視える。それは近距離ならば内部もある程度見通せるのだ。
それにしてもソレは、細密精巧ぶりが感じられるモノであった。
驚くべきはその内部に完全な人の骨格を持っている事だ。目にもガラスのような球体が入り頭蓋骨から歯までも成形されている。そして筋肉部分や外皮、舌までもなにがしかの素材で稼働するよう作られているように見えた。
一刀には知る由もないが、夏候惇はまさに閨で曹操の体を撫でて触れて感じた骨格、筋肉の形状すらも全て完全再現していた。
そしてまたその材木の名はカリンという。中国家具に使用されている木材、紅木の一種だ。タイ、ビルマにも分布する木で、灰白色で光沢があり強勒で硬いものである。
一刀は箱の近くまで来る。
蓋は、箱ごと放られた衝撃のためか斜めにズレていた。隙間からは桃と朱色基調(あの紺と紫の色違い版)な服が垣間見えている。まあ、夏候惇らによる曹操が普段着ない色調の服を着せて楽しんでいた跡なのだが……。
一刀は箱の縦側から覗き込んだ。そこは頭の有る側になる。
気による視覚では、透過して重なった感じに見えて不気味な上、色までは分からない。
なのでこうやって、改めて普通に見ると―――
美しく黄色いクルクルツインテールの髪にドク特な髪止めをした、とても綺麗な少女の人形であった。
口と瞼が薄らと開いている。人形ながら幻想的で凄い美人だ。
それから人形であるのにも関わらず、『何か』……『念』というか『希望』というか……尋常では無い『気迫ある』モノを感じた。
(……すごいな……これ、本当に人形なのか?)
内部構造を視た一刀ですら、改めて良く見ても外観は『人』にしか見えなかったのだ。
(なんでこんなところに、こんなものが……一体誰が)
周辺の麓側を気で視通すと半里(二百メートル)程南に道が通っているようだ。朱い箱の南側に四人程で運んで来たような枯葉の乱れた跡も残っている。それらはまだ新しいように見える。コレはつい最近に『捨てられた』のだろう。
道からこれだけ遠く離れたこんな山奥まで運ぶ面倒さや、無造作に放置な扱いから持ち主がすでに不在な事を物語っていた。
一刀は、考える。
(もったいないなぁ、これほどの出来栄え。二つと無い気がする)
だが、担いで持っていく訳にもいかない。これから洛陽へ潜入するわけである。こんなに大きな朱い箱は目立ってしょうがないのだ。
もちろん人形剥き出しは論外だろう。担いでる最中、振動で口と目が開き白目全開だと、どう見ても死体にしか見えない。
(ふむ…………一度、アレを試してみるか)
『試す』とは、もちろん仙術の『木人起動の儀式』である。木人くんを見ていると非常に面白そうだったので、雲華から旅立つ前の最後のところで一応はと教えてもらっていたのだ。今回は、核が無い真っ新(まっさら)な場合となる。
(えっと、まず確か抜いた自分の髪の毛先一寸程に気を通して強化……それを木人の頭頂と心臓の位置に完全に打ち込む、と。――イテっ)
一刀は二本髪の毛を抜き、剣の刃で二センチちょっとに切り揃えて気を通し強化すると、人形を少し起こし、まず頭頂へ一本。そして再び寝かせ、胸元が開いている服だったので容易に心臓付近の位置へ残り一本を完全に打ち込む。
(次に、自分の気を分けてやる……ええっと、これはそんなに多くなくていいと。後でも分けれるって言ってたし)
とりあえず、食事を取った直後でもあり、普通にエロスがなくても気は満ちていた。なのでそれを分けてやる。先ほど打ち込んだ一刀の髪の二か所からだ。其々へ手を翳し、気を送り込めばよい。早速実行する。
一刀は人形の頭の右側の位置から、箱へ少し覆い被さる様に膝立ちの形でいる。
ふと、彼の目が右へ泳ぐ。
人形が履いているのは、プリーツにフリル風の少し短めなスカートであった。そこから僅かに太もも部分の肌が覗き白い足袋が靴の方へと延びている。
彼は―――動いた。よせばいいのに。
いや、これが結果的には『最良の行動?』になったのだが……。
彼は儀式の最中にも関わらず、気になってしまったのだ。そう、スカートの中が。
そこは女の子にとっての『絶対(防衛)領域』。
しかし同時にそこは、『漢の(侵攻すべき)ロマン』でもある。無抵抗な人形を下から覗き込みたい、下着はどんなのかな♪ スカートの中をじっくりと見てみたい……それは自然な成り行きではないだろうか? 誰が彼の行為を責められよう。コノ衝動は『漢として生まれた』本能と言っていい。
第一理屈などない。彼にはコレも『正義』ナノダカラ。
……並ベル理由ハ、モウコノ辺デイイダロウカ。
ツマリ―――捲リタイNODA。
ぺろん♪
彼は迷わない。現代社会で人に対して行なえば『強制●褻罪』に成りかねない行為でも。
次の瞬間にはスカートを捲っていた。しかし、彼は目を疑った。そう、先ほど視た時は人形の精巧さに驚いて確認が疎かになっていたのだ。
ハラリと捲れがるスカート。だがその下に期待する下着は―――無かった。
(――――――――fじゃcんscんjksjfかjf――?!)
久しぶりに一刀の思考が文字化ける。
ケが見えた。黄色いケ、ケケッ、ケケケケヶヶ――――。
これは嬉しいと言う狂った表現と言おうか。決してケが『一杯ある』わけではない。ささやかであり可憐。純粋無垢な永遠の『絶対領域』なのだ。
パ●パンではなく、あるべきモノがそこにある。雲華の入浴時を強烈に思い出す。
その思い出の熱い妄想ビジョンも加わったのか、一刀の興奮度はこの期に及んで――――MADMAXであった。
その所為で一刀の鼻から、ポタリ、ポタポタ。
―――数滴の鼻血だった。
だがそれは直ぐに止まっていた。すでに洛陽の半場まで覆いかねない規模で溢れ出ていた『無限の気力』で自動的に瞬間回復したのだ。
一方、内側まで朱い箱の中へ『血のシズク』は落ちていったが、目線は下半身側に向きっ放しで体が凝固しており、一刀はその事に気が付かなかった。
そして、意外に直ぐ正気に戻った彼による気の注入は『適当』に終わる。
(いかんいかん! 人形に興奮してしまった。次は……木人への制約付けと言うべき六箇条だっけ……)
「えっと……、
一つ、主に忠実であるべし。
一つ、主を守るべし。
一つ、それらを踏まえて自ら思考すべし。
一つ、前述の内容を改ざんしてはならない。
一つ、前述の範囲で自分を守るべし。
一つ、前述に大きく反する場合は―――朽ちるべし」
これらを其々言の葉ごとに思いの『気』を込めて人形へと封入してゆく。
(そして後は、主として『起こす』だけ)
「―――さぁ起きよ、我が忠実な僕よ!(请那么起来,我忠实的佣人!)」
(フヒヒ、カッコよく決まったぜ! 俺の美人な少女木人ちゃん♪ …………ってあれ?)
彼は、両掌を上へ向け手を斜めへ開いて上げる形のそれらしい華麗なポーズを決めていた。
しかし、草木の茂る周囲の静寂さの中、風と落ち葉が僅かに舞うのみ……。
無情にも、箱の中の人形に―――変化は無かった。
一刀は頭を抱える。
(オーマイゴッド! ……ハッ、もしかして『人形』はムリで、『木人』でないといけなかったのか。そんなぁ……失敗かよ。くそぉ、こんなことなら『人形』への仙術も聞いておけばよかったなぁ、まあもう無理かぁ……)
聞ける相手もおらず動かない以上、もはや一刀にはどうしようもなかった。彼にはこれからすべき大事があるのだ。惜しい人形だが、今は温県の街に残っている司馬家や街の安全には変えようもない。
一刀は朱い箱の傍から静かに去っていく。一度だけ振り返るが、その後はもう前を向いて歩き獣道へと戻っていった。
確かに一刀は大事な手順を一つ飛ばしてしまっていたのだ。しかし、概ねクリアはしていた……偶然に。
とは言え、少し時間差が出来てしまったようである。
一刀が馬を繋いでいた場所まで戻り、馬達へも餌を与えつつ蔓を使って朱皓の馬へも馬具の『鐙』を付ける。馬具には長さを調整する為に複数の通し穴が用意されており、余った所に蔓を通して結びそれほど苦労することなく『鐙』を追加装備出来た。
それが終った頃、司馬敏と朱皓が食事の荷物も持って戻って来た。
「もう、いいの?」
「はい、兄上様! お待たせしました!」
「あれ~? それは?」
朱皓が、一刀の付けた彼女の馬の『鐙』に気が付いた。
「ここに足を乗せるんだ。格段に乗り易いよ。急拵えだからちょっと見栄えは悪いけど」
「おお~、始めて見ますが確かに乗り易そう。ありがとう、北郷殿~」
朱皓は『鐙』を利用して馬に跨る。そして足裏も置けることに喜んでいた。
「じゃあ、そろそろ先を急ごう」
一刀ら三名は、再び獣道を馬に跨り進み始める。獣道とは言え、基本的に周囲は草木が鬱蒼と生い茂り道も悪い為、進行は慎重であった。順番は一刀が先頭、朱皓、殿に司馬敏で細い道を進んていた。
そして、一時(二時間)弱進んだ頃のこと。距離的には沢の辺りから二キロ弱西へ進んだだろうか。
一刀は進む先に―――気を捉えた。
振り向くと、声を落として後ろの二人へ告げる。
「止まって。前方に人が居る」
「「え!?」」
直ぐに「どれぐらい先~?」と尋ねる朱皓へ一刀は答える。
「一里(四百メートル)ほど先だ。三人いるな、それなりの使い手だ」
「おおっ、さすがは兄上様!」
「……す、すごいね~、私には全然分かんない距離だわ~」
木々や雑草の葉等が遮り少し先についても、視覚では容易には見通せない状況なのだ。
また、それなりに感や気で、人の気配を捉えられる司馬敏と朱皓だが、その圧倒的な距離に一刀を褒める。
現代の戦場でも隠密行動を取る為の最高の装備の一つと言える、強力な対人レーダーを有しているに等しい感じである。
だが、一刀は苦笑いを返すだけだった。
(雲華なら、その気でなくてすらこの十倍の距離でも余裕で正確に掴めるだろう。俺なんかまだまだだ)
これでもここ数日、早朝の布団の中で司馬家内の人の気の動きを正確に捉える練習をしてきた僅かな成果であった。雲華や死龍ほど全開時の気が大きければ距離があっても細部までハッキリ視え感じ取れるが、普通の人らに関してそうはいかない。慣れが必要であったのだ。
さて、見つけたのはいいがどうするかである。
「使い手ってどれぐらい~?」
「十人隊長ではまず収まらないと思う。其々が離れた位置で三人しかいないし、かなりの精鋭だと思う」
「ふうん、じゃあそれ多分、周辺を警戒している斥候の中でも、じっと潜んで状況通報だけする上位者ね~」
「ですね! なので見つかると人相等が報告され、後に門の前で応援の部隊らに囲まれるかもです!」
一刀は、話の間も気を探っているが、その気を捉えた三人はやはり動こうとはしていなかった。
「……完全にこの先の場所について定位置で見張っているな。連中はまったく動かない」
「じゃあ~、速攻で倒しちゃう~? 私がちょちょいっと行ってくるけど?」
「わ、私も!」
朱皓と司馬敏は『殺る気』満々である。
朱皓は、最初に県令の宴会で会ったときは猫を被っていて、話し方も仕草もぽふりと手を合わせるなど上品な感じだった様に思うのだが、もはやその時の面影は全くない。
今も、指をポキポキしながら目をギラギラさせてイキイキとしている。
まあ彼女は大丈夫だが、司馬敏はまだまだ実戦経験も浅いところではある。
とは言え、確かに二人の武力なら無難に一対一へ持ち込んだ上で圧勝しそうだ。
しかし、一刀の結論は―――
「前の三人を……迂回しよう」
「……分かったわ~」
「はい、兄上様!」
二人は一刀の判断に従う。確かに倒すと彼らの定時連絡は途切れ、潜入時に際して警戒されてしまう恐れが増える。ちなみに、一刀の部下の二十人らは遠回りした上で東門と南門からの潜入となっている。このルートを通るのは一刀らだけであった。
さて、前方の三人の配置はこの山中でも比較的通り易いところを選んで、百歩(百三十八メートル)間隔ぐらいで横に幅広く五百メートル程をカバーしていた。主に緩やかな傾斜の南側に網を張っている様に思える。
なので、一刀らは北側斜面の崖もある少しキツめの所を通ることにする。
さらに先ほどから雲が空を覆い始めていたが、天の采配か―――雨がパラパラと落ちて来る。
風が少し前から無いため、枯葉を踏む音が目立っていたが、これで音による察知は難しいはずである。
また、この雨が、『奇跡』へのトリガーともなった。
打ち捨てられた朱い箱へ、眠るように横たわる人形の少し開いた口元に……その『歯』には、先ほど一刀の落とした『鼻血』が当たっていたのだ。僅かでも喉に落ちていれば一刀の声により即『起動』していたモノである。
だが、すでに二時間程が経ち、それは……乾いていた。
しかし、降り始めた天上からの恵みの雨が、そのうちの一際大きめな雨粒が口へ……歯へと降って来た。そしてそれは歯先へ直撃する。
その衝撃に因って歯から喉へ垂れかけて乾いていた血痕が―――折れた。
それはそのまま水滴の一部と共に喉の奥へと吸い込まれるように落下して行った。
次の瞬間―――
地響きが起こり、周辺の空気が共鳴し震える。
それは、凝縮されたものから全解放され湧き上がる圧倒的なパワー。
そして朱いあの箱からは、超新星爆発が起こったかのような白い至高の光が天に向かって一瞬だが一閃の柱となって伸びていった。遠くからは曇天の中、竜神や雷のようにも見えたかもしれない。
細密精巧で無双な『人形』の体が―――興奮度MADMAXな主から捧げられた『鼻血』と、それに込められた究極の『気』も合わさって高速に且つ高度に変換されていく……新しい『命』の塊の誕生であった。
それは『人形』や『木人』ではなく、それを超えるモノ……なんと、ほぼ『人』に昇華されていた。
一刀の授けていた圧倒的な量と至高の気(些かイカガワシイ)がこの『華●様人形』の形と体に込められていたアノ人物に関する作成者の『想いの念』と『希望』を取り込んで、肉体の全てを彼の『瞬間回復』の能力に近い現象で完全に再現生成するに至ったのだ。
それらは人形だった『彼女』の中に、三国志の三大英傑筆頭ともいうべき人物の全ての『才能』と多くの『知識』までもが含まれることを意味している。『彼女』は自分の名と真名をもほぼ引き継いでいた……。さらに、主の持っている『神気瞬導』の力までも。
朱い箱の周辺には、箱から噴き出した白い至高の光の残滓がキラキラと降り注いでいる。
その箱の口端を、中から出て来た綺麗な『人の手』が掴む。『彼女』はもう一方の手で蓋をずらしつつ起き上がって来た。それから箱の中でゆっくり立ち上がると自分の服を見下ろす。
そして第一声―――。
「何、この服の色は?」
良く響きそうな凛とした声。
だが内容は、自分の服のピンクと朱の色合いが、少し可愛らしいことに何かしら違和感があったようだ。
だがそれよりも……。
彼女はスカートの中が少し『涼しい』事に気が付いた。慌てて手を横から突っ込んで確かめる。
少女の可愛い顔は、真っ赤に染まっていく。
「なっ、なんで履いてないのよ!?」
慌てて箱の中を見回す。すると……数枚のブラウス風な服の下に何枚か下着を見つける。すぐに一枚を掴み、足を通すと急いで履いた。
漸く一息つくように呟く。
「私の主(あるじ)様は、一体私に何をしてくれてるのかしら?」
少女は、腰に手を当てて不機嫌な顔で周囲を見回す。
『主』と呼ぶ者へ、媚びる雰囲気は『全く』感じられない。
本当は夏侯淵と夏候惇が着せ替えの途中であっただけで、一刀がした訳ではないのだが、絶賛憤慨気味である。
「あらっ? そう言えばその主様はどこかしら」
下着を履く時、気により周辺から誰にも見られていない事を確認していたが、改めて思い付いていた。
目覚めた『究極の木人』は、いきなりその主(あるじ)をロストしていた。
だが次の瞬間に、その位置を『感じる』。彼女に刷り込みは必要なかった。
西方五里(二キロ)程の先にその人物を捉える。それは男の子。
自らの体に流れる気の源である。感じ取れない訳が無かった。
だが、そのすぐ横には二人の『女』がいた……。
そんな主様もこちらに気が付いて驚いたのか、振り向いたところで固まっている様子が見て取れる。
(……下着を脱がした状態の私をこんな場所に放置したまま、どういうつもりなのかしら、私の主様は?)
興奮した妄想ビジョンから、一部『魔王』さま要素までもが入ってしまっていたのだろうか。
そんな『驚くかわいい』主の姿に、『究極の能臣』でもある彼女の表情は少し意地悪く―――
『ニッコリ』としていた……。
一刀らは、山中に潜む敵と思われる監視者三人をやり過ごす為、弱い雨が降り始める中を、山の北側斜面寄りの崖もある道の悪い所を進む。
それは進み始めて少し経った頃、百歩強(百五十メートル)ほど進んだ辺りであろうか。
地響きが伝わってきた。
同時に一刀は馬上で、東の方角の近い位置に強大な気の高まりを感じて思わず振り返る。
「! ……兄上様?」
「なに~どうしたの、地震? ん?……遠くに何か大きな気を感じるわね」
後ろに続く二人も一刀の見ている方向を向く。朱皓も気が付いたようだ。
ちょうど崖下に近い位置を通っていたため、雷のような白い至高な光の柱を見ることは出来なかった。だがその強大な気は……一刀自身に近い感覚の『気』であった。彼はすぐにそれが何か理解出来た。
あの『人形』であろう。しかし―――。
(一体、な、なんだ……この『気』の大きさは。こんなに注入した覚えが無いんだけど)
彼は、自分が無意識に『無限の気力』の至高域まで駆け上がっていたことに、気が付いていなかったのだ。
(大事の前の……超大事?!)
自分で仕出かしたことに狼狽えていた。
そのため今、先程気楽に仙術を使ってしまった事への後悔に、背中を冷たい汗が流れていく。
(ま、まさか失敗してて―――何か魔人でも生み出しちまったのか?!)
それは、強(あなが)ち間違っていないかもしれない……。(二人目?)
仙術とは彼にとって『良く分からないモノ』なのだ。何が起こっても不思議ではない。
一刀は、改めて自らの行為がトンデモナイ事象を起こしてしまったのではと恐怖を覚えていた。
(それとも、強力な暗殺仙人からの刺客人形として、動き出したとかないよな。冗談じゃねぇ)
――強大な死龍の姿と共に悪夢が脳裏を過る。
だが、強大な気は間もなく感じられなくなった。それは『彼女』が気を低く抑えたからであったが。
一刀はすでに周辺への『気の探査』を最強に強めている……今の所、未確認なものが近寄って来る感覚はいない。
距離が二キロもあるため、一刀では低く小さくなった気をまだ捉えきることは出来なかった。だが、先ほど捉えた強大な気の姿は、『人の女の子』であった。
それもクルクルツインテールの。シルエットは、どう見てもあの人形しか思いつかないが。
(くそ、人にも見えたが。失敗した人形が動き出したのか? それとも再び眠りに付いたのか……)
謎は深まるが、ここで戻る訳にもいかない。潜む監視者へ近付いている途中でもあり、道も狭く先導して先頭を歩くのが一刀であったためだ。
結局彼は、周辺への気の探査を最強に強めた状態で前へ進むことにした。
主へ色々思惑のある中、『究極の木人』な彼女も移動を開始する。
しかし彼女は―――自分の身長よりも一回り大きなあの朱い箱を大事に背負っていた。
初め彼女は、身ひとつで移動しようとする。だが、置き去りになる箱を振り返った。
この箱は彼女自身が作られた際、共に大事な収納用として親ともいうべき夏候姉妹によって作られていた物だった。箱とは言えそれは同じ木製の、『姉妹』とも言えるべき存在。
(貴方だけ、置いては行けないわね)
箱の中に長めの紐を二本見つけ、一本で箱を十字に縛り、もう一本を背負い紐にすると彼女は箱を縦に背負い歩き始めた。その姿は図柄としてはシュールな状態であるが。
さて、そんな彼女は主から距離を置いてついてゆく。
(下着の件といい、そんな状態の私を置いて行った事といい、一方で女を二人も連れてるところといい……この人物は本当に主に相応しいの?)
忠実な『木人』には、あるまじき発想である。だが、納得しかねる状況もあり、アノ英傑の思考が易々と誰かに従う事を許さなかった。
とは言え、本人も少年の事をすでに『主様』と言っていることに違和感は感じていない。
そのまましばらく、先を進む当の主の様子を窺っていると、その先に潜むような三人の動かない人物らを避けるように北側の急斜面側を通り始めていた。
(……これは隠密で監視者を躱そうという事? すると、私を箱ごと持っていくには邪魔だったということかしら。……それに私は親お二人の着せ替え人形であったし……下着についてはその時に? もしかして私の起動が遅れて、主様は諦めて置いていかれたのが真実? これだけの量の気を私へ込められたのだもの、苦渋の決断だったのかも。実は―――とても立派な方?)
確かに彼にとって苦渋だったことは事実である。可愛い美人の少女人形が『僕(しもべ)』に♪……そんな『漢の夢』を捨てて行かざるを得なかったのだから。
そして、彼女は先ほどの儀式での彼のハレンチな『ぺろん♪』についての記憶は無く―――真実や彼をまだ良く知らない……。
主様に対して少し前向きな考えに成りながらも、彼女はまだ彼の観察を続けていた。
一刀は先ほどの『人形』の異変により、後方側も含めて『気の探査』を最も強めた全周警戒での移動を強いられる。
三人は慎重に移動を続け、進むに険しい北側の斜面側ではあったが無難にその場を通り、一時(二時間)程で潜む監視者の警戒域を抜ける。弱い雨もその頃には止んでいた。
警戒する『気』の連続使用を強いられる状況ではあるが、一刀に疲れや気の衰えは見えない。朝は精神的にヘロヘロであったはずなのだが。
彼の強靭で――『乙女の髪や頬を雨の雫が静かに滴る』、『僅かに服が、雨に濡れ肌へ吸い付く』――高度な感性によって周囲にご褒美が溢れていた。匂いなど無くとも変態紳士に死角は皆無である。そして同時に『無限の気力』も彼を無敵へと至らせる。
彼らは、道を再び南側の獣道へと移して西を目指した。
だが日が沈む前頃に西側から六里(二・四キロ)付近でもう一組の潜む監視者三人を見つける。今日はここまでと思われ、その先へは進まず、北側の急斜面側の少し洞窟のように彫り込まれた場所へ塒(ねぐら)を求めた。
依然、後方へや全周警戒を続けているが、一里(四百メートル)以内に近付く不審なものは感じられない。ただ、監視者三人が先ほど西から来た三人と交代していった。どうやら異常が無ければ半日程度ごとでのローテーションのようだ。おそらく三チーム制か。東側の組もそちら側から交代要員が来て入れ替わるのだろう。
それを感じつつ一刀は、他の二人と周辺で枯れ木や四角いブロック型に近い石を集め、出口側に少し暖炉の様に壁を作る形で火を起こしていた。周辺は少し前に日が沈み暗くなっている。
「うーん、結構時間が掛かってしまったなぁ」
「まあまあ~、明日には洛陽にも入れるでしょ~」
「そうです。急いては事を仕損じます!」
朱皓と司馬敏は一刀へ気遣ってくれる。
自分は兎も角、他の二人は真っ暗な状態で、北側斜面の足場の悪い険しい道を進むのは無理だと判断した。
幸い、日持ちする食べ物はまだ残っているし、歩いて来る途中でもこの状況を見越して食べれそうな実やキノコ、草等を集めていた。
それらを剣で刻み、手持ちの鍋へ塩を少し振って軽く煮て汁物にする。
戦時下なのもあるが、名家で美食家であろう朱皓ら二人は特に文句を言わない。
手短に夕食を終えると途中の沢で足した水の入った竹製の水筒でそれぞれ喉を潤す。一刀用には大きめの水筒二本が馬へぶら下げられている。
馬達へも少しの牧草に穀類のエンバクと人参数本に、大きめの竹を割っての器に水筒から水を移しそれを口元まで持ち上げて飲ませてやる。馬は胃袋が小さいのでこまめに食事を与えていた。
朱皓は終始落ち着いている。今ものんびりと一刀が剛力で適度な大きさに引き裂いた薪を焚火へとくべる。彼女は、一刀よりも実際の戦場を多く知る人間と言える。
加わり方は強引であったが、一行の中にそういう実戦経験者がいるといないでは精神面での部分の差は大きかった。
そんな気持ちからか、一刀が朱皓へ少し微笑んでみせる。
「ん? なにかな~」
「いや……明日の門の通過時の事をね」
「兄上様? 商人風に入るのですよね?」
一行は売りに来たのではなく、手持ちが無いので『なるべく安い良質のお茶の葉を探して』買いに来た風を装う手筈である。
「まあね。でも、文明殿は今、結構身形がいいだろ?」
そう、一刀らは少し使い古された服を着ているが、朱皓は綺麗な結構良い生地の山吹色に黒の部分染めの入った胴着の雰囲気もある品の良い服装をしている。
「なので、文明殿が商隊の隊長役かなと」
「なるほど~。ではまあ引き受けましょう」
身形の良い者の方が部下というのは不自然さがある。この一行には強引に加わったのだ、これぐらいはやらなくてはならない。太守の所へは数多の商人がやってくるのだ。それに『猫をかぶる』など彼女には造作もないことであった。
時刻は、戌時を二刻強ほど過ぎた(午後七時半)辺りか。
「一応、長安の東や南陽北部辺りで商いをする商人を装う形でいこうと思う。俺はその辺りの知識がないんだけど大丈夫かな?」
「じゃあ、その辺りの地域の事のすり合わせをしとく~?」
「そうですね! 私も姉らから聞いたり知ってることを是非!」
それから、三人で焚火を囲み一時(二時間)程洛陽、長安、南陽辺りの話をあれこれとしていた。
それが終わると就寝になった。
朱皓が加わり二人きりの旅とはいかず、露骨な司馬敏との『夜のお楽しみ』はお預けな感じになったのが……。
「兄上様! 傍で休んでもいいですか?」
そんな元気なおねだりで、筵を敷いた一刀の横へ……と言うかおなかに抱き付かれるように、そして子リスの様にスリスリしてくる。
彼女の豊満な胸もスリスリと当たってる。そして、いい匂いも……。
それを見ていた朱皓までもが「くっついた方が温かいよね~」と背中側に寄り添って来ていた。背中からも一刀はスリスリされていた。
敵中での野宿という緊迫した状況のはずが、それなりの安らかな眠りの夜になっていく。
一方、『究極の木人』であるはずの彼女は、二里(八百メートル)程離れた場所の大きな枝葉の傘がある木の根元に濡れていない草の葉を敷いて朱い箱を置くと、紐を解きその中で横向きになり、腕をクロスするように両肘を抱え膝を曲げる形で、気を探ってじっと主の様子を窺っていた。
「ちょっとなんなの、あの女二人は!? 私の主様に近すぎでしょう。全く馴れ馴れしいわね! 主様も引き剥がしなさいよぉ……少し寂しい。……それに……お腹が空いたわね……」
僕(しもべ)設定が効いているのか、アノ英傑様の性格にしては『とてもマイルドで控えめ』な彼女であった。
一刀らの「洛陽探索」一日目が終わる。
だが――残念ながら、洛陽ではすでに兵団の動きが始まっていた……それも最悪と言えるほどの。
一刀は少し潜入が遅れたことを危惧していたが、それが現実のものになろうとは誰も思っていなかった。
何故ならそもそも董卓軍と曹操軍は、昨日早朝に一応一つの大きな決着を迎えている。そのためさらに数万単位での大軍を動かす為に、作戦と準備には今日明日では済まない時間が必要であったはずなのだ。
董卓側は一応の勝利とは言え、霊帝を生死不明ながら取り逃がし、西側本陣はガタガタにされ、華雄の騎馬隊も許緒にかなりの負傷を追わせるも、三千もの騎馬兵を失った。
それに、陣営内の軍師賈駆らの考えを上回る、曹操自身を初めとする曹操軍の予想以上の土壇場での戦闘力である。出鱈目で圧倒的な強さを誇る飛将軍との真剣勝負にも、生き残った将がいるという衝撃の事実……。
また曹操の本拠地である陳留周辺には、数万の曹軍精鋭兵がいるはずで、洛陽での戦いに比べてその兵数は十倍近くになるだろう。こちらも昨日から各地へ予備役の招集を掛け、洛陽の駐屯兵をこの地周辺だけで十三万、皇甫嵩の領地である弘農や董卓本拠地の長安、その他周辺からも十万を動員する予定。それでも長安には五万を配置予定であり、まだ予備兵力には余力を残してはいる。膨大な費用も掛かり、足しにするため早期に抑えた何進や十常侍らの財貨も全て投入予定である。
そういう状況に安易な作戦や計画は、とても立てられない事は当然と思われていた。
曹操側も、昨日になるが劉備と皇帝ら一行が昼を大きく過ぎた頃に、曹操軍の援軍である曹純率いる二千の虎豹騎隊と遭遇。皇帝を守っていた百人隊長の向(しょう)より事情を聴いた曹純は、向の部隊と劉備、皇帝らへ虎豹騎三百騎を付け守らせると陳留へ向かわせる。霊帝だが、日頃から趙忠により密かに好配分のされた栄養素を採る食事(お菓子も手作り)のおかげか、未だ持ちこたえていた。また、護衛が虎豹騎三百騎ではあるが、通常装備の兵程度なら三、四千が相手でも十分蹴散らせ突破出来る程の猛者達揃いである。
曹純は残りの虎豹騎を率いてさらに主君の元へと西へ前進する。途中すでに汜水関は、霊帝を擁する曹操側へ協力的で、ほぼ素通りな形に先を急ぐ事が出来た。
そして昨日夕方頃、虎牢関にて曹操本隊に合流する。虎牢関も曹操側へ門戸を開いており、巨大な関の内部や門を通り抜けた東側に陣を敷いて、食事や負傷兵らの休憩と再度の手当てが行われていた。
そして今日の日没過ぎ、李典と楽進率いる一万余が虎牢関へ到着していた。二千程は途中から遅れていた。それに千人隊長を充てそれらも遅れて到着する。
だが、それ以降の援軍については于禁に陳留から一万を率いらせ汜水関防衛へ向かわせるに留めている。来た援軍らも駆けに駆けて来ており精鋭ながらも疲労が目立っていた。
加えて曹操軍は、中軸の将である夏侯淵と許緒が負傷し、一旦体制を整え直す必要があり、数日で洛陽へ再度決戦に向かうと言う状況ではなくなっていたのだ。
虎牢関には李典と楽進ら一万四千を残し、曹操と洛陽組の将らに負傷兵二千余は、曹純と虎豹騎千七百に守られつつ、明日昼過ぎより陳留へ帰還することになっている。
そんなどちらの陣営も大きく動く状況ではないはずが、ほぼ準備のいらない一人の将が動いたのだ―――
そう、それは呂布。
事の発端は、彼女の家族である犬の『菓菓(カカ)』の嘆願である。
その菓菓には毎日仲良くしている人がいた。その人はここ一年ほど欠かさず朝に屋敷の前を通り、菓菓に挨拶とその背中をかいてくれたり、頭を優しくナデナデしてくれる。その人からは『菓菓は可愛いなぁ』という気持ちが伝わって来ていた。菓菓もその人が気に入っていた。稀に呂布もその人物を見かけている。偶に呂布が声を掛けると、飛将軍からの言葉にその人物は緊張しながら礼を取っていた。真面目で優しい女の子であった。
ところが昨朝、その人は来なかった。
菓菓は街周辺の殺伐とした気配が気になって探しに行く。その人の通る道と仕事の場所は知っていたから。何度か迎えに行った事もあった。すると、その人は数人の人達と共に倒れていた。周囲には血が撒かれたようになっている惨状が広がる。
菓菓は、恐る恐る傍に寄る。その人は……大量の血を流してすでに冷たくなっていた。菓菓は、冷たいその人の顔を温める様に、いつまでも舐めて別れを惜しんでいた―――。
(……友人のカタキを取って欲しい)
呂布は、家族である菓菓の言葉を受けて動き出した。完全な私情であれば機を見る所であるが、状況から恐らく霊帝派の残党であろう。遅かれ早かれ討つべき相手なのだ。
まずその子が倒れていた周辺で、戦闘をしたヤツは誰なのかを陳宮に調べてもらう。これはまだ今日の昼過ぎの話だ。
すると―――頼まれた彼女は手際よく調べ、二刻(三十分)程後に呂布の所へ知らせに来てくれる。
「恋殿、分かりましたぞ。その場所は、何進大将軍配下の王匡を逃がそうとし、その手引きをしたそ奴の部下らが斬ったようなのです。その者らは王匡に付いて行き洛陽北の河内郡温県の方面に向かったとか……しかし恋殿、何故そのような事を?」
「ねね、わかった。……知りたかっただけ、ありがとう」
「なに、礼には及びませぬ」
恋殿の返事に、陳宮はニッコリと嬉しそうな笑顔を返したが、それが呂布の発言に一瞬で凍る。
「これから、そこに行って、ソイツらを斬ってくる」
「え、えぇーーっ? 恋殿、お待ちくだされ。その場所は霊帝派である朱儁将軍の治める地域ですぞ!」
「じゃあ……いつでにソイツも倒してくる」
呂布は事も無げにそう言うと、家族である犬達の居る屋敷を後にする。屋敷の使用人らへ数日の犬の世話と百人隊長宛てに指示と伝令を出して。
呂布の言う尋常では無いその内容と起こそうとする状況に、陳宮は移動する呂布へ縋る様に「朱儁将軍の兵は、五万程もいるはずですぞ~! 恋殿、恋殿~」と止めようと務める。だが呂布は「陳宮、月や詠に伝えておいて」と伝言するだけだ。
ここは、主君の董卓や筆頭軍師の賈駆に止めて貰った方がいいと判断した陳宮は「分かりましたぞ」と言って一旦、急ぎその場を離れる。
だが、それは一刀らに取って、さらに悪い方へと連鎖してゆく。
東外郭内の門に近い兵待機用の広場で、呂布や旗下の百人隊長と集結する騎馬兵らが手短に出陣の準備をしているところへ、外から東門を通り二千程の騎馬隊を率いて陣形練習を城外で行なっていた一人の将が戻って来る。
「あれ? 呂布っち、何準備してるんや?」
張遼であった。彼女の問い掛けに呂布は無表情な顔を向ける。
「これからちょっと、温県まで行ってくる」
「……なにやら、散歩っちゅう訳でもなさそうやけど?」
アノ飛将軍の率いる命知らずで悪鬼のような百騎突撃隊の物々しい陣容がそこにはあった。昨日の早朝時は基本的に城内戦ということで、その後の陳留方面への曹操軍追撃があるかもしれないと待機状態であったが呂布がスヤスヤとお休みになってしまったので表立った活躍はなかった。これが華雄の軍に加わっていたら展開は別物になっていただろう。
張遼の騎馬隊も精鋭揃いではあるが、正直、飛将軍の騎馬隊への突撃は生涯勘弁願いたいという顔ぶれだ。
だが味方であれば、軍神が傍に居るようなものである。並みの兵が相手なら数万いようと負ける気はしない。
「ふうん……曹軍と事を構えるのは先になりそうやし、少し退屈し掛けたところやわ。ウチも『ちょっと』一緒に行こか~♪」
「……そう?」
もはや、黄巾党の乱鎮圧で官軍の一軍を率い武功を上げた、朱儁将軍と旗下五万の兵を舐めているとしか思えない発言だが、冷静に考えるとこの強襲は時期的に悪くない。
恐らくこの洛陽での事変は伝わっているだろうが、急に不意打ちな数万単位の動員には間違いなく数日は掛かるのだ。今日や明日の対応で呂布の恐るべき並みの城門すら打ち砕く突撃進攻を止める準備ができるとは思えなかった。
『普段、本気を出させるのに大変な呂布が、ヤル気満々と言うこの状況。『時』も得ている。この流れに乗るべきだろう』と。
張遼も乗り気になってしまった……。
そして―――
洛陽城内宮城の一室で、今日は新行政関連の書類に埋もれ政務資料の整理をしていた董卓軍筆頭軍師の賈駆のところへ慌てて飛び込んで来た陳宮は、呂布が河内郡へ出陣しようとしている事を伝える。そして『すぐ止める様に』と訴えていた、だが。
「そうね……悪くないわね」
急(せ)く陳宮の呂布出陣行動の報に対して、少し考えた賈駆までがそう呟いていた。
「なにを、言っているのです、詠殿!」
「まあ、お茶でも飲んで落ち着きなさいよ、音々」
「しかし、独断行動では―――?」
確かにそうなのだが、まず呂布はあれでいて中々機を見るに敏である。
下手はまず打たない。これまでも見たことが無い。
昨日の夏候惇との対戦も荀攸に聞いた話では、力の落ちた呂布に対して曹軍には夏候惇、許緒、典韋と健在の将らがいた。呂布はあの場を意表をついて対峙し、上手く引いたと言える。ヘタを打てば呂布自身と荀攸まで切られる展開も有り得たのだ。
それは、董卓軍における最高の力となる戦力を失い、宮中の献帝派も纏め直さねばならないという不味すぎる取り返しの利かない展開であろう。
それに比べれば、今はまだ霊帝と曹操を逃したが、息を付ける余力すらある状態と言える。
また、呂布という本来味方に付けるのが難しい気性の人物は、『配下』という扱いや位置では無く、手を貸してくれている協力者だと賈駆や董卓は考えている。これまでも『お願い』していた。彼女の圧倒的な力を考えれば『誰も縛ることなど出来ない』のだ。
だが、そんな取り計らいに感じればこそ、呂布も董卓を『主』と言い、『配下』と言われようと黙って近くにいてくれているのだ。おそらく、今後も彼女を真に従属させる者など現れないだろう。
今回も、曹軍に仕掛けるのではなく、虚を付いた霊帝派の朱儁将軍の庭を脅かそうというのだ。街の一つ二つを圧倒的な武力を見せつけて落としておくのも牽制としては悪くないと感じていた。
皇甫嵩と盧植の両将軍らからも朱儁将軍は「きっと近々参戦してくるでしょう」と聞いている。後手に回るよりも先手必勝とここは行きたい。
今なら曹操軍もすぐには援軍等に動けないはずだ。
「恋は今どこなの?」
賈駆は、執務の机の座席からゆっくりと立ち上がる。
陳宮と賈駆が外へ向かうため宮城の廊下を歩いていると、一人の文官が木簡を携えてやって来た。
「文和(賈駆)様、張将軍より報告がこれに」
賈駆はその木簡を陳宮と見る。そには『今、この都は暇そうやから、私もちょっと恋と行ってくるわ~』と書かれていた。陳宮はその内容に呆れ、賈駆は―――噴き出していた。
「ぷっ、あはは。さすが、霞」
「笑い事ではありませんぞーー!」
張遼の動きも受け、二人は先に董卓の所へと向かう。
宮城内に用意された広々とした部屋から、窓扉の全開されたテラス風な場所のある席へ出てお茶を飲んでいた董卓は、二人からの話を聞くと静かな口調で答える。
「……そう、恋ちゃんが……分かりました」
董卓も腹を括っている。霊帝に生死不明ながら脱出され曹操も撃ち漏らしている以上、霊帝派側との戦いは近いうちに始まるだろうと。これは自分の責任でもあるのだと。
(せめて―――早く戦いを終わらさなくては。そして人々の戦乱の苦痛に倍する平和で穏やかな時代を……)
彼女の思いは、すでにそこへと集約していた。
「恋ちゃんによろしく」と董卓からの伝言を受け取り、賈駆と陳宮は呂布が準備をしている場所へと急いだ。張遼も加わったことからも、もちろん呂布らがどこで準備しているかぐらいは二人とも分かっている。
洛陽の東外郭内の門に近い兵待機用の広場へ二人の軍師がやってくる、すると。
「おっ、来た、来た~。その表情やと予想通り行ってええみたいやなぁ~」
「まあね、後詰めに盧植将軍に五千の兵を率いて出てもらうけど、とりあえず二週間分程の食料は直に用意出来るから。音々、中軍二千を頼むわよ」
「……分かりましたです。恋殿が行くなら当然音々も」
結局、先方として、呂布が百、張遼が二千、中軍を陳宮二千、後軍に盧植五千。
「総大将は―――呂布将軍、恋、貴方よ。月がよろしくと言っていたから、頼むわよ」
「分かった、すぐに帰って来る」
「そうお願いするわ。他にも色々やることはあるんだから。音々、細かいところはよろしくね」
賈駆がニヤリとしている。賈駆の言葉に呂布と陳宮は頷く。陳宮は衛兵を捕まえ、輜重の隊長や弓と歩兵の隊長らを呼びに行かせる。さらに盧植将軍へも、賈駆のしたためた印の入る木簡を持つ使者が立てられていた。盧植は昨日より、洛陽のある河南尹の太守代行を任されている。
そんな中、準備がついに整った呂布隊と張遼隊が早々に出陣を始めた。鍛え抜かれた精鋭の騎馬部隊が勇壮に東門を飛び出してゆく。
先方の騎馬二千百の馬脚により上がる土煙が収まると、隊列はもはやはるか先へとすでに進んでいた。
次は陳宮率いる輜重と弓、歩兵中心の兵二千の部隊が準備をし始める。即応部隊を充てる為、半時(一時間)掛からずに出れる予定だ。
今の時間は申時(午後五時)少し前の辺りである。
今日中に黄河の南側まで一気に、先方と中軍までの軍勢を寄せて置く流れで作戦は急展開に進んでいた―――。
『究極の木人』は、この一連の大きな動きをすべて気で掴んでいたが、主の目的を知らずにいたため、ただ傍観していた。
しかし、温県から派遣されて来ていた一刀配下の数名がこの動きを掴んだ。
一刀と事前の打ち合わせの際に、こういう万が一の場合についても指示があった。
その指示に従い、今日中に一名が夜陰に紛れて準備をしていた船頭を叩き起こすと船で黄河を渡り、温県の街へと知らせが向かう。
その非常事態の知らせは、夜中に温県県令へと届けられたのである。
大陸中央に広がる広大なる地域、荊州。
袁術と孫堅の勢力地、南陽郡の南に、襄陽郡、江夏郡、長沙郡の豊かな三つの郡が存在する。この三郡を合わせれば、大陸最大の人口を誇る南陽郡に匹敵する規模があった。
三郡が有する兵力は、四万の水軍を合わせ十八万にも及ぶ。
この豊かな地を治める諸侯が劉表である。
本拠地は、襄陽郡にある優雅な造形の水の都たる襄陽城だ。
ここは、大陸二大河川の一つ長江の最大の支流である漢江に囲まれる、内陸河川港のある大きな自然要害な城塞都市である。城内は六里(二・四キロ)四方以上もあり、その外側にも網の目の様に水路入り組む壮大な街並みが広がっていた。荊州だけでなく、大陸内でも有数の大きさと人口を誇っている。
豊かな都市を証明するように、中心となる朱塗りの宮城は金銀の金具が要所に用いられており非常に豪奢であった。
ここ謁見の間も三階層を拭き抜けにする、樹齢が二千年を優に超えるであろう太い巨大な柱が並び、意匠の凝った美しい赤い絨毯が主の席の前まで続いている。
「景升(けいしょう:劉表)様、ご機嫌麗しゅう」
今は無き姉が主君に嫁ぎ、軍関連を統括する劉表の義理の妹である蔡瑁徳珪(とくけい)が入口の扉より進み来て手前にて礼を取り声を掛けた。
それに対して―――野太い声が返って来る。
「ふっ、其方は元気そうだな? 真梅(ジェンメイ:蔡瑁)よ」
そう、裕福なここ襄陽周辺の地を治める君主である劉表は―――男性であった。
彼の年齢はすでに初老を迎えていた。彼も前漢の景帝の第四子、魯恭王劉余の子孫であり皇帝の血を引く劉家の一人だ。そんな彼だが、すでに体が丈夫な人物では無かった。
「『其方は』とは……またそのような事を」
「……それより、真梅。例の件はどうなっている。時間は多くないぞぉ?」
「はぁ……なかなか難しゅうございます」
そこへ、劉表の座る豪華な彫刻の入った三段の太守席の傍に控える、白髪交じりの女性文官の一人蒯越が相槌のように述べる。
「我が君は、難しい要求をされておりますので。姫様で宜しいではありませんか?」
「……何を言う。ワシは男なのだ、当然の思いだと思うが?」
劉表は、そう静かに傍にいる配下へ告げていた。
彼には一つの長い間の願いがあった。
後継者は―――『男』に継がせたい。可能なら武勇優れし者に、と。
彼には娘が二人いる。
劉琦と劉琮だ。
若き頃より多くの妻たちと夜も頑張って来たつもりだったが……授かったのは女の子が二人だけであった。
(せめて平凡でも息子が欲しかった……なれば、『婿』には天下へ名の響く『漢』を――!)
だが、彼の望みは中々難題と言える。
ここ十数年、男性では領内で千人隊長は多く出る程度いるのだが、それなりに若い副将級の五千人隊長に耐えうるものすら登場していないのだ。
最近一人、五十一歳で副将になった『男』がいたが、十●歳の愛娘達には無理があった……。
蔡瑁は実に必死で『腕の立つ若い男』を探している。そんな漢を見つけ出し養子にして、姪の劉琮の婿にすればこの三郡は、自分の思うがままになるのだから。
元々、劉表がこの地へ勢力を伸ばそうとしていたころ、まだ少女であった頃から武が立ち、指揮官としての才もあった彼女が蔡家を率いて彼に合力したのだ。
彼女自身も、それほど好きでもなく妻でもないが、密かに『男児を』と主君と十の夜を越えて共に朝を迎えている身でもある。そのためにこの地への思い入れが強かった。
(なんとしても我が一族で探し出さねば……)
そこへ一人の文官が現れ、脇を通り蒯越のところへ報告する。
報告を受けた内容を、彼女は劉表へと伝えた。
「我が君……残念なお知らせが。城へ仕官の出仕を願った馬良殿、お越しにならないと……」
「そうか……才能だけでなく、顔も美しいという白眉の娘は来ぬか……」
劉表は残念な顔をする。彼はすでに子種が尽きており、『女』ではなく、最近はこの地の発展のためにと人材を集めようとしていた。
先日は諸葛亮、鳳統らにも断られている。
どうも周辺地域へ、若いころから毎晩手広く子作りに励み過ぎた事が災いして、好色な主君という風潮や噂が出来てしまっていたのだが……本人は知る由もない。
劉表は静かに呟く。
「……どこかに、いないものか。賢者をも引き付ける大きな力と器をもつ漢が―――」
襄陽城内の庭園で、二人の姫が召使いの船頭の操る池の船に乗る。城内へも漢江の豊かな水が地下を通して巧妙に引き込まれており、池でありながら網の施された流入口と流出口があり、僅かに緩やかな流れを作り出している。
「水音(スイネ:劉琦)お姉さま、ほら綺麗な模様の鯉が」
鯉とは本来、池にだけ居るものでは無く、『鯉の滝登り』に有る様に、激しい自然の中で生きている魚でもある。ちなみに『鯉の滝登り』は立身出世することに良く例えられる。黄河の上流にある滝、竜門を登る事を成した鯉は竜へと姿を変えるという『後漢書』党錮伝の故事から来ている。
「……ほんと綺麗ね雫音(ナーネ:劉琮)。その鯉もいいけど……でも、……素敵な殿方と『恋』がしてみたいわ」
「そうですね、お姉さま。二人とも可愛がっていただければ♪」
劉琦と劉琮。淡い紫の長い髪も美しい二人の姉妹の姫は仲が良かった。二人ともすでに母を亡くしており、最近はいつもいっしょであった。
劉琮へは、まだ若い叔母の蔡瑁が『とても良く』してくれていたが、大事な姉の劉琦の事を良く言わない事がとても気になっていた。
劉琮もその理由は分かっている。これでも、諸侯の娘の一人なのだ。
姉の劉琦に変わって、この豊かな襄陽周辺を自分に継がせて、後見人にでもなり権勢を揮(ふる)いたいのだろう。
だが、劉琮にはそんな気は全く無かった。姉の劉琦の下で力になれればそれで十分だと。
(私が叔母様を説得しなければ……)
姉の劉琦へ優しく微笑みながら劉琮はそう思っていた。
一方姉の劉琦は、おっとりとした性格であった。
何事にも動じない感じである。
ただ、すでに体の悪い父の強い思いは感じていた。『男に継がせたい』という思いである。そのために『見つかれば』、自分は殆ど面識のない殿方へと急ぎ結ばれることになるだろう。
本当は、女の子として運命的な出会いや、緩やかで温かい信頼関係をハグ(育)くんでから結ばれたいと考えていたが。
それだけが心残りである。しかし、ここまで何不自由なく育てて頂いた父へ『その願い』に応えてあげるのが、最大の親孝行だとすでに気持ちを固めていた。
せめて誠実な方であればと望むのみであった――――。
◇ ◇ ◇
―――『究極の木人』が大陸に誕生した時の事。
揚州予章郡廬陵(ろりょう)県にある南岳衡山に居を構えている、雲華の師で天仙でもある真征(しんせい)はこの日、『三度目』の驚きの呟きをしていた。
彼女は今、崖の側面から大きくせり出すように作られている、雄大な朱塗りの大展望部屋の窓際にある席から洛陽方面を望んでいる。
「何か下界が騒がしいようね」
「はっ、一体何が起こっているのか……」
傍に控えていた老仙虎の黄光(おうこう)も相槌の言葉を漏らす。
二度は洛陽方向から、天仙が全開で発する程の巨大で至高な『気』の高まりを感じたのだ。一つは些か『イカガワシイ』感じのする気ではあったが……。
だが、それに先んじる一度目は西方の遥か遠方より感じられていた。
真征は今一度、西方方向へ顔を向けると目を細める。
それも―――少し小さな、たった一つの存在から発せられていたが、洛陽方向に感じたものよりも、『より大きなモノ』であったのだ。
さらに……驚くことにそれは、『仙人の気』とは少し異なっていたのである……。
――『猛毒』がついに本格的に活動をし始めたのだった。
つづく
司馬八令嬢小話(環華編)『眼鏡のツンデレアマノジャク』
司馬家の八人姉妹の五女は、名を
太腿程まで伸びる見事なストレートの長い薄緑な髪は艶も輝き美しい、そして。
眼鏡っ子、世に憚る―――いや違うか。
ぐるぐるの目も拡大して見えている。
眼鏡……この時代でも連想されるものは
ふざけんなぁーーーである!
環華は、母譲りの元気溌剌、朝も飛び起き、運動神経も良い方で、その気になれば剣も拳も十人隊長程度には負けない。
ただ、姉妹の中で少し目が悪い。でもそれは、乱視ではなく、少し遠くは全体が僅かにボヤけて見える程度で、眼鏡が無くても通常生活に困ることはない。
(私もすでにお年頃……そろそろ縁談も♪)
そんな、気持ちになり始めた頃の事。
確かに縁談が舞い込むようになったのだが、やって来るのは歳も優に一回り程上で『堅物な』人物のものばかりであった。
(あれれ……なんかコレジャナイ感じが)
まあ、
彼女は、少しツンとトンがった見た目とは違い、天邪鬼なところがある。
彼女の希望の伴侶、それは……少し『おバカ』である。
マヌケとは違う意味だ。環華は面白く楽しい人物が好きなのだ。
夫婦とは一緒にずっといることになる。『堅い』『暗い』……耐えられるわけがない。
その様な人物は最初からゴメン被るところだ。
彼女も初めは素直な態度で見合いにも臨んでいたが、防衛本能が働いたのか徐々に辛辣な表向きな表情を見せるようになっていく。
ついには。
「どうしても私をと言われるのなら、貴方が『虎』を倒す所を私に見せてください♪」
しつこく求婚を迫って来る者へは、この決まり文句である。
彼女は本当に『虎』を倒せと望んでいるわけではなかった。
『虎』に見立てた張りボテと面白い芝居でも見せてくれたり、彼自身が虎の着ぐるみでも着て虎同士の戦いでも楽しく演劇風に笑わせてくれればそれでよかったのだ。
だが『堅く』『暗い』やつらは皆、『真に受けた』のだ。
無理だと大声でわめくもの。妻にと言う環華へ『真顔』でお前が虎をつれて来いと凄む者。などなど。
彼女としては皆、機転の無い『マヌケ』な男達であった。
そんなある日、都から帰って来られた母上様が、共に連れて来た男をいきなり『この屋敷』に住まわせると言う。
冗談ではない。それもナント道で拾ったと言うではないか。猫ではないのだ。しっかりされ厳しい母上様にしては、軽率ではないかと。
(さっさと出て行ってもらうに限るわ)
環華はそればかり考えていた。
そして夜を迎えると、その男を『歓迎する』という宴が開かれた。
彼女はムスッとしたキツ目で少し不機嫌な、また『マヌケ』が来たのかという表情でその宴へと臨む。眼鏡姿に食いつかれても困る(『堅い』『暗い』奴が良く釣れるので)と思い、他の姉妹に合わせ目立たないように眼鏡を外していく。
(まあ、おそらくいつものような『普通の男』でしょうけど)
だが、初っ端の姉、
明華はこれまでにも、賄賂を求め下卑た中央の文官らが来た時、別館で行なわれた宴で、実剣演舞を舞い『わざと』手を滑らせ、回転しながら高く弧を描き彼らの席の目先の机に剣を突き立たせると言う事を『数回』やっている。
環華はその時、凄く楽しい。毎回それを見るために出席していると言っていい。
こぞって下卑た丸腰でもある文官らは腰を抜かし、席からも転げ落ちトンだソソウで漏らしていたからだ。
それに対して、お客人なこの男の落ち着き振りである。彼も丸腰なのにだ。
(……何、この人は。これまで会ったり見て来た男達とは……違う?)
彼への自己紹介でも、環華はそれを探ろうと客人へ向ける目をキツく凝らしていた。
間もなく一芸大会が始まる。事前に長姉の
母上様や姉上様達が……何か歓待の度合いがいつもと違いおかしいと思われた。
彼女らの彼への眼差しが熱い。
だが、環華には理解出来ない。
普通と少し違う人物なのは、確かかもしれないが。
そうして、彼女の順番になる。彼女にとっては普通の客人だ。
こうしてタダのお客人へ酒を注ぐとき、少し睨み付ける様に注いでいる。
環華は、その時の相手の対応を楽しんでいたのだ。
彼も、それには少し苦笑いのようであった。
だが他の中央からの男達からのような、イヤな感じはしなかった。彼らからは常に人を見下すような雰囲気を感じるのだ。だから彼女はそういう者達には『そのよう』に対応している。
だが、この客人からは終始感じることはなかった。
彼女はここで反省した。
彼は、最近隙の無い母上様が認め、わざわざお連れした真のお客人であった事に気付く。
(……ここまで、失礼なことをしてしまったわ……せめて演奏は全力で)
彼女は、
彼からは笑顔と拍手と「良かったよ、ありがとう」との言葉を貰う。
環華は、自分がしていた事が少し恥ずかしく「どうも」と返すのが精いっぱいであった。
(彼は……何か違う)
彼女はそう思った。
そんな自分の演奏の終わったあと、母上様からお客人へ声が掛けられた。
「北郷殿は、何か見せてもらえませんか?」と。
それに対して「え゛……?」という彼の声。
環華は注目した。彼の応対に。断る者も結構多い。だが武が立つという話を聞いてはいる。なら、剣舞でも見せてくれるのかと思われた。
彼の一瞬困ったような表情は、一瞬で―――ニッコリとなる。
彼のその悪戯を思いついたような楽しそうな『ニッコリ』に、環華は内心『ドッキリ』してしまっていた。
そして、彼が見せてくれたのは、演舞でも、剣舞でも、拳舞でもなく、―――『遊戯』であった。
それも楽しい『遊戯』。
彼は私達みんなに挑戦してきたのだ。五つの腕のどこに球が隠れているのかを『当ててごらん』と。
内容は力技で確かに武に通じているが、それがとても楽しいものに。
家族皆が夢中になっていた。もちろん私も――――――。
彼は面白い、楽しい人だ。
次の日も朝から、彼の客間へと姉妹らに紛れて向かう。
その時に眼鏡姿も「可愛い感じに似合ってるね」と言って貰えたし、障害はすでに何もない。
今日から、いや、あの『ドッキリ』した瞬間から、私は彼に夢中なのだ――――素直じゃないけれど。
だって、私は(ツンデレ)アマノジャクですもの♪
P.S.
先日の夕食後『寛ぎの広間』に皆のいる所で、彼に『虎』を倒す所を私へ見せてと言った。
私の『虎の件』は、彼以外の家族皆が知っている。
すると、彼は少し考えると庭へ消え……庭に居た背にシマのある猫をつれてくると―――白い布へ『虎』と筆で書いたものを首に巻かせ、その格好の猫をコトリと寝かす様に倒していた……。猫は迷惑そうに「にゃあ」と鳴く。
『おバカだ……』
当然、皆―――「虎が猫に~」と呟いて、爆笑していた。
あはははっ。これで、いいのにね。
もちろん、その背にシマのある猫はその後『虎』という名前になっている。
小話(環華編)END
2015年04月07日 投稿
2015年04月22日 文章修正
解説)雫音(ナーネ:劉琮)
スミマセン、中国読みと音読みを合体してます。
ナーインより、ナーネの方が可愛いかなと。