真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~   作:カメル~ン

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第○➃話

 

 

 

 次の日の朝、一刀は目を覚ました。

 覚めた瞬間に不思議と一気に眠気は飛んで、辺りをきょろきょろと確認する。

 うん、いきなり夜でもないし、視覚もちゃんとしてると確かめ安心する。

 ここ二日、目が覚めるとトンデモないことになっていたので、少しトラウマになりかけていたのだ。

 もぞもぞと、一刀は長椅子二脚を横に並べて作っている寝床から起き上がる。

 修行のせいか、ヘトヘトだったのでよく寝れたが、やはり木の板の上なので起きたあとは少し体が痛い。しかし、居候の身で三食寝床付なので十分満足しないと。

 一刀は、さっきまで寝ていた場所の対面の位置にある窓が、すでに開けられているのに気付く。どうやら雲華は、もう起きているようだ。

 今日も、外は晴れている模様。オレンジの陽射しが景色から感じられる。まだ、日の出後間もないみたいだ。

 自分の使った毛布を畳むと壁の棚へ片付け、避けてあった机を食堂の真ん中へ移動し長椅子を並べ直す。

 これは一刀が、昨晩の修行の最中に「起きたらまず、寝床を片付けて元の状態に戻しておいて」と、雲華から言われていた事だったからだ。

 先日までは、自分の部屋のベッドなんて起きたらそのままだったから、慣れない事なのだが……『鬼』には従うしかないのだ。本能が体を動かしていた。

 一刀はついでと、雲華が一刀を起こさないようにとしてくれたのであろう、まだ閉まっていた自分の寝ていた側にある窓も開ける。まだ少し赤い色の陽射しが入ってくる。窓は下部を押して開く庇型だ。ガラス戸なんてこの時代にはほとんどない。そして窓の内側の両端に付いてるつっかえ棒で止める。

 

「おはよう、北郷! 調子はいいかな?」

 

 窓の下から、元気な雲華の声が聞こえた。

 一刀は、下を見下ろしてみる。雲華は、薪を作っていたようだが、よく見ると手には剣が握られている。一刀は、挨拶と共に不自然な点を一応確認する。

 

「おはよう、雲華。調子はまあまあだよ。ところで……薪を剣で切ってたの?」

「そうよ。ちょっと鍛練も兼ねてね」

(鍛練?)

 

 一刀は、首を傾けて「どんな?」と体で意思表示をする。それを見た雲華は、声を掛けてきた。

 

「ちょっと見てみる? 顔を洗って降りてくれば?」

「わかった」

 

 窓の横に桶と水差しが乗っている洗面台があり、水差しから桶に水を張って顔を洗う。台の横に掛けてある手ぬぐいで顔を拭くと、桶の水は台の横の排水溝に流す。排水溝は木で出来ていて、小屋の外へ出され巨木を伝って地面に向けてさらに木管が通してあり、その先の地面には底の抜けた軽石の詰まった大亀が地面に深く埋められていて、簡易の下水浄化装置になってる。厠以外の排水はそこに集められていた。壁には小さな鏡もあり、手櫛で髪を軽く整える。

 そして、一刀は、急いで下へ梯子を伝って降りていった。

 下へ降りた時、広場には雲華が切ったであろう薪が辺りに散乱していた。今、気が付いたのだが、それは倉庫に乾燥させて置いてあったのか倉庫の扉は開きっぱなしで、直径一メートル、厚さ三十センチほどの輪切りの大きな木材がまだいくつか雲華の横に積んであった。彼女はそれを一つ掴み、ほいっと空中に放ると手に持った剣で、ササッと目に映らない剣速で豆腐のように一瞬で綺麗に切り裂いていた。落ちてきたものは、薪にちょうどよい大きさになっている。

 

「ふむ。腕は鈍っていないようね」

 

 見えない速度も凄いんだが、どんな切れ味だよ、その剣……いや技なのか? 剣道を嗜んでいた一刀は、でたらめな剣術にもほどがあるだろうと、まずその剣が気になった。

 

「雲華、ちょっとその剣、見せてもらっていい?」

「ん? いいわよ、どうぞ」

 

 一刀は、雲華から剣の刃を下にして柄から受け取るように渡してもらうと……重い、異常に重い。片手では持つのが無理な重さだった。

 刃も厚く、柄も入れると一メートル少しあるが比重が重すぎる。両手で必死に胸元へ引き寄せて、やっと持てるぐらい……三十キロほどの重さがある。それともこの時代はこんなのを振り回して戦っているんだろうか。刃の部分はキラキラしてよく磨かれているかのような輝きがあった。日本刀にはない美しさがある。

 

「その剣、彗光(すいこう)の剣というのよ。なんでも昔々、偉い仙人の爺さんが作ったとか。切れ味もいいんだけど、今まで刃こぼれはほとんどしないし、しても勝手に直るから便利で使ってるわ。あまり刃には触れない方がいいわよ。この専用の鞘でないと切れ味が良すぎて鞘ごと切れちゃうから。鞘には刃の切れ味を並みの剣にする効果が付加されてるとか聞いたけど」

 

 そういうと雲華は、足元に転がる立派な幅の広い帯状の肩紐が付いた鞘を、コンコンとつま先で蹴った。

 一刀は、両手で柄の部分を持ってるのだが、余りに重いので地面に剣を突き立てる形で置いてみる……と、自重で……じゃなくじわじわ勝手に潜っていくんだけど、この剣……。仙術で刀身を高周波サーベル化してるんじゃないのか?!

 雲華は、一刀の前の地面に刺さったその剣の柄を掴むと、右手でヒュッと持ち上げ、先ほどの薪を切る作業をサササっと三回繰り返した。そのあと、刃を空へ向ける形で手首を反して刃の部分を確認すると、足元の鞘を取り、剣を納めてそれを肩に担ぎながら一刀に用を言いつける。

 

「私は上で朝食の用意をしてるから、君は辺りに散らばった薪を二十本ずつ、小屋の中にある縄で縛って中に積んどいてね」

「わかったよ」

「お願いね」

 

 そう言って、雲華は近くの薪を四、五本拾うと、軽快に梯子を上って家の中へ入って行った。一刀は、なるべく急いで薪を縛る作業を片付けると、倉庫小屋横の庇のある場所に行き、そこへ置かれた水瓶から柄杓で水を汲み手を洗うと、水瓶の蓋を閉めて梯子を上って雲華の家へ戻った。

 

 

 

「ねぇ、雲華はどうやって生計を立ててるの?」

 

 一刀は、食堂の長椅子に座りながら、朝食の乗った皿を、隣の調理室から食堂へ運んで机の上に手際よく並べてくれている雲華に尋ねた。

 皿を並べ終え、雲華も一刀の向かいの席に座りながら、「ん、どうしたの?」と逆に一刀へ聞いてきた。

 まあ、普通なら聞かないほうがいいと思うことだが、そういかない事情も一刀にはあった。

 

「えっと、食べ物や木材は森でも手に入ると思う。でも、雲華の小屋には、お皿やお鍋や、高そうな服とかあるだろ? そういうのは、買わないといけないんだよね? こうやって俺がいるとお金が掛るし、悪いなと思って。なんか俺で手伝えることがあれば、手伝いたいなぁと」

「ふむ。そうね……じゃあ、今日も修行が上手く進んだら教えてあげる。さあ、北郷、ご飯を食べたら今日も、みっちり修行するわよ!」

「ひぃぃーーーーーーーーーーーーー」

 

 そのあと、一刀は、うまかったはずの朝食に何を食べたのか思い出せないほど修行をやらされたのだった。それは、昨日まで進めた、肺、右腕、左腕の気の絶から回復する復習と、今日は新たに両足と胴体の筋肉系について、絶から回復する修行が行われた。出来るまで、慣れるまで何度も何度でも行われた。過酷過ぎるそれらの修行により、一刀は、朝だけでなく、昼食の内容まで、思い出すことは出来なくなっていた……。

 夕食の段階で今日のノルマを達成し、食卓の長椅子にヘタって座っている一刀へ、雲華は約束通りに生計をどうやって立てているか説明してくれた。

 

「難しいことではないわ。私があげた、君が今着ている服や、私が着ているこの服は自分で裁縫したものなの。私は、良い生地で高値の付く服を作って、それを街の贔屓のお店に売っている。それが収入のあるお仕事よ。もともと、私はそんなにお金がいるわけじゃないから、たまに……ね。そうねぇ、近いうちに一度、この森を出て街へ行ってみる?」

「ぜひ。雲華、それで……俺が、なにか手伝えることはあるかな?」

「んー。今の所、ないわね。売り物だから裁縫には職人の腕がいるわけだし、せいぜい運んでもらうというぐらいだけど、数も量もまとめても、水瓶ほどの大きさも重さもないのよ」

「……それでも、荷物を背負わせてもらえないかな?」

「ふふっ、分かったわ。では、ありがたく」

 

 雲華は、一刀の世話になってる借りを、なんとか返そうという気持ちがうれしかったようで、食卓に両肘をついて頭を乗せてこちらを見ながらニッコリと微笑んでいる。一刀はいつ借りを返せそうか、気になったので雲華に予定を伺う。

 

「いつ街にいくの?」

「……そうね。とりあえず、今の修行が全身で出来るようになったらにしましょうか」

「はい……頑張ります」

 

 雲華の答えは、奮起させる意味も込めているのだろうが、一刀には鬼の修行と恩返しの板挟みで、精神的になかなか『キツイご予定』となった。

 夕食が終わると、今日はもう修行はしないという。その代り、少し読み書きの勉強をしましょうということになった。

 そして雲華は、漢字の羅列で埋まった竹簡の冊を持ってきた。

 うーん、全く読めないんだが……。一刀は雲華にその旨を伝える。

 すると雲華は、一刀に文字個別の意味を聞いてきた。現代の日本と少ししか違わないものや、全く違うものがあり、まずそれを覚えることになった。

 一時(二時間)ほど勉強をして、今日は寝ましょうということになった。

 時間的にはまだ、亥時(午後九時)辺りなんだが。雲華は、明日の予定をなぜかニッコリと嬉しそうに言ってきた。

 

「明日は、内臓系の修行に移るわよ」

「ちょっと想像がつかないなぁ、どうなるんだろ。今までは手足といった、感覚・筋力系だったから分かりやすかったけど」

「そうね。新しいナニかが見えるかもね♪」

 

 それは……三途の川か、天国というのでは?とは言わない……いや、言えない一刀だった。そうなりそうな予感がしすぎるし!と。

 『鬼』の修行とはそういうものだ、間違いない。そう、ビビりまくる一刀だった。

 そして、雲華はさらに気になることを告げる。

 

「明日は、それに加えて、もうちょっと面白いことに挑戦してもらおうかしら」

「……面白いこと?」

「そうよ。じゃあ、おやすみ、北郷。良い夢を」

 

 そう言って、雲華は上への梯子を上っていった。

 

「良い夢を……どころか、間違いなく悪夢を見そうだよ……」

 

 疲れていたが、なかなか明日の地獄が気になって、眠れない一刀だった。

 

 

 

 

 そして、日は上った。ここへ来て四日目である。雲華(ユンファ)が、食堂の向こう側の窓を開けようとするところで一刀は目を覚ました。もぞもぞと『長椅子ダブル寝床』から起き上がる。

 

「あ、北郷。起こしちゃった? おはよう」

「おはよう、雲華。いや、時間的に結構早く寝たから、十分寝れたと思うよ」

 

 寝つきは悪かったが、幸い悪夢は見なかったので、今の時間までぐっすり寝れたのは本当だ。一刀も寝床を片付け、傍の窓を開ける。まだ早朝の朝焼けの状態だ。今日も晴れのようである。雲華は窓の横で顔を洗い終わると、一刀へいきなり『鬼』にふさわしい言葉を述べる。

 

「今日は、朝食抜きで修行に入るわよ」

 

 雲華にはもちろん、「なんで?」と聞いたが、彼女は「当然でしょ?『内臓』の絶をするのに食べ物を内臓に入れててどうするのよ?」と。

 なるほど……と雲華の言葉に納得する一刀だった。そして、部屋が汚れるかもしれないので、外で修行をすることになった。

 長椅子を一脚、下におろして、そこに一刀は寝転ぶ。

 相変わらず雲華により、絶によって全身の自由は効かない状況で修行は行われている。

 今の段階で一刀自身でも、全身の筋肉・感覚系に対しての絶状態は回復できるが、確かに変に暴れるとかえって危険であるので雲華に従う。

 口にはしないが、なにげに雲華も一刀の朝食抜きに付き合ってくれていた。こういうところは、やさしさを感じるので一刀も彼女を憎めない。

 

 さて、空腹を我慢して、まずお腹から……ということで雲華によって、胃袋の気の通りが絶にされた模様。一刀は空腹の皮肉も込めて言葉が出た。

 

「う~ん、お腹が空かなくていいかもね」

 

 すると、雲華は呆れてはいるが……目が笑っていない様子で一刀へ真剣に答える。

 

「北郷……。なに、呑気なことを言ってるの? 確かにそうかもしれないけど、現実はお腹の臓物が、中にぶら下がったままの肉の物体に成り下がってるのよ。早く気を通して元に戻さないと死ぬわよ。手や足は無くても生きていけるけど、臓物は違うのよ。心臓や肺以外でも三つ以上の臓物が同時に数時間止まったら命はないんだからね。」

「ひぃぃぃ、ゴメン。ちゃんとやるから見捨てないでくれ!」

 

 一刀は本気で命の危険を感じるのだった。必死で、お腹の部分の気が途絶して異質な雰囲気の部分を感じ取る。そして、気よ繋がれ、繋がれ~と意志を強くする。すると……気が途絶することによって異質な雰囲気になっていた部分がスっと無くなった。それを、雲華は、一刀の体の気の流れを見ていたことで、瞬時に確認する。

 

「ふふっ、ちゃんと出来るじゃない。追いつめると、進化するようね♪ 一刀の特徴としていいことを教わったわ」

 

 この瞬間、一刀にとって雲華は「鬼」を超えて進化し、『悪魔』にランクアップした!

 

「あひゃぁぁぁ、いややぁぁぁぁぁーーーーーーーーー」

 

 雲華により、一刀は一気に臓物五つの気を絶にされた………………彼は必死で……絶から回復させていた……。

 その後も修行地獄を見続ける一刀だった。おかげで順調に?心臓以外の『内臓の気の絶からの回復』の修行を終えて、二人は食堂で少し早めの昼食を取る。

 

「さて……昼食の後はお楽しみの新企画よ」

「……俺は、多分お楽しみじゃないけどな……」

 

 一刀は午前中の地獄もあり、この目の前の『悪魔』の企画に対しての、不安でいっぱいの正直な気持ちを返す。

 そして食事が終わり片付けも済んだ後、二人が梯子で下の広場へ着くと、雲華はちょっと待っててと、倉庫となっている小屋へ入っていった。何かを探してるのだろうか?

 薪を避けているのか、小屋の扉の中からガタゴトと音がしている。

 一刀は小屋へ近づき、気軽な感じで手伝おうか?と声を掛けて中を覗いたところ……薄暗い中を、一刀のいる入口に向かって、暗い大きめの見たことのない人影が近づいてきたのだ!

 驚いた一刀は小屋の扉付近から急いで離れた。

 出てきたのは、一刀の背丈ぐらいで人型をした木の人形だった。ただ、操り紐もないのに普通に一人でに歩いてるんですけど……。

 その木の人形には人間と同じように、腕や足等に関節があった。そして、ピノキオのような直径二センチ、長さ三センチ程の枝鼻がある以外は、顔はのっぺらぼうだった。まあ、リアルな顔があったら逆に怖いものがあるけど。

 その人形は、小屋の入口を出て少し離れたところで立ち止まり、一刀の方向を向いた。そこで、雲華が小屋から出てきた。扉を閉めると一刀に自慢する。

 

「どう? 木人よ。ちゃんと動いてるでしょ」

「動いてるでしょ……ってこれも仙術?」

「そうよ。ある程度の自我を持っていて独自の判断で行動するわ。命令には忠実よ」

「……すげー……って、これ何に使うつもり……ですか……雲華さん?」

 

 練習相手が必要でしょ?と雲華は言いたそうな、ニンマリした顔をしている。その一刀の悪い予感は冴えていた。

 すでに、雲華は、小屋の脇に倒したあった木刀チックな棒を木人に手渡している。木人の手の指はきちんと関節まであってしっかりとその棒を握っているようだった。

 雲華は、今度は一刀に棒を手渡しに近寄ってきた。そして棒を手渡しながら、話をする。

 

「君は、最初の晩に話を聞いたときに、剣術を少しやってるって言ってたから、今、見せてもらおうかな」

「……わかったよ」

 

 断る理由がなかった。この時代では、自分の身を守るために、最低限の武力は必要なことなのだ。一刀自身も、まず、自分の今の状態を確かめたかった。

 

「木人くん、はじめて」

 

 すぐに雲華の声が掛り試合開始。すると、するするっと木人は、一刀に近づいて、鋭い剣を打ち込んできた。

 

「ぐっ」

 

 重い一撃だ。思わず、一刀の口から声が漏れる。しかし、一刀はそれを一度受けるが、力を逸らしながら流すと逆に木人に打ち込んだ。だが、一刀の一撃は易々と木人に受けられる。すぐに一刀はすり足で距離を取る。ここで一刀は、目線は木人に向けたまま、気になったことを雲華に大声で確認する。

 

「雲華! 今の、この木人の強さってどれぐらいなんだ?」

 

 木人は、再び迫ってきて打ち込んでくる。木人のくせに力は相当あるようだ。まともに受けるのはうまくない。どう、いなすか考えてると、雲華の答えが聞こえてきた。

 

「たわいない雑兵ぐらいかな……ちょっと背は高くて膂力はある方だと思うけど」

 

 一刀は木人の剣を受けずにかわしながら、「そうか」と呟いていた。手ごわいと思っていたが、これで雑兵ぐらいなんだ……。確かに太刀筋は適当な感じだな、と一刀は思ったが、雑兵でも毎日殺し合いを仕事にしてれば、普通の現代人よりも相当腕は立つはず……。そういえば、侍は人を切るごとに強くなるようなことを、本で読んだ気がする。こんなのがこの時代の戦場には何十万といるのだ……。

 

「くそーーー!」

 

 一刀は叫びながら木人に正面から打ち込むと、向こうの反撃をひらりとかわし、胴へ鋭く打ち込んだ。これはまともに当たった。「お!」と雲華の声が離れた所から聞こえた。だが、木人は止まらない。すぐに反撃に出てくる、いい打ち込みが出来たと少し緩んでいた一刀は、強烈な数撃を何とか凌いで、再び間合いを取った。すると、一刀は後ろからぽかりと頭を雲華に棒でたたかれる。

 

「はい、北郷は死んじゃった。終了~」

「ええっ?」

 

 木人は、一刀への打ち込みをやめた。

 つい先ほど、雲華の声が聞こえた時には、向こうの梯子の傍にいたはず……。いつの間に真後ろまで来たのか……そして、一刀は雲華の言葉の意味がすぐに読めなかった。すると、雲華は一刀に大事な事を教えるように説明を始める。

 

「戦場において、敵は一人じゃないのよ。君はもっと周りに気を配らないと、すぐにあの世行きよ。……まあ、今だと君は雑兵ぐらいの強さね。うーん、この時代でもちゃんと鍛えれば……そうね、正規軍の百人隊長ぐらいにはなれるかもね。まあ、百人隊長ぐらいだと使い捨てな感じでどんどん死んじゃうけどね。

 でも北郷、安心して。神気瞬導の第二条を身に付ければ、元が凡人でも仙術の『速気』が出来るようになる。それで人と比べれば一気に達人の域になれるから」

「そっき?」

「そう。早く動こうとする気が、気の通り道に走ると速気になる。それが、体を一瞬で動かすのよ。と、同時に相手は非常にノロく見える。時間がゆっくり流れると言えばいいのかな。なので切り放題、刺し放題になるから」

 

 最後の言葉の部分を聞いて、一刀は思った……そうなった時、俺は相手を切ってしまうのだろうか、刺せるのだろうかと。表情からそれに気付いたのか、雲華はまあ、それぐらい余裕が出来る術なのよ、と言い換えてくれた。

 

 それから、またしばらく木人との打ち込みあいである。二刻(三十分)ほどすると、一刀はグッタリしてきた。慣れない本気の打ち合いで、ペース配分が出来なかったのだ。それを見ていた雲華は、「次は体力の配分を考えなさい」と言いながら木人を止める。一刀もペース配分もそうだが、もっと基礎体力をつけないといけないなと感じた。

 

 休憩ということで、二人は食堂へ戻るために梯子を上っていく。すると木人は、一刀の使っていた棒と自分の棒も持って倉庫に自分から入って扉を閉めていた。

 それをふと目に留めた一刀は、後片付けが不要な道具とそれが出来てしまう仙術って便利かも……と改めて思うのだった。

 食堂に入ると、雲華が隣の調理室でお茶の準備をしてくれていた。一刀の汗をかいていたのに気が付いたのか、雲華は「顔とか絞った手ぬぐいで軽くふいて、それに着替えなさい」とデザインが今の服に近い、空色の新しい服を出してくれた。一刀は、食堂の隅で体を拭いたあと、その服に着替える。あとでこの紺色の服を洗っておかないとな……と思いつつ着替え終わると、長椅子に座って待っていた。すると、雲華から声が聞こえてきた。

 

「休憩のあと、読み書きの練習をするから、棚から竹簡や木簡、筆記用具を用意してて」

「わかった」

 

 二人はお茶を飲み終わると、読み書きについて先日の続きをする。

 漢字の個別の意味の復習と、新しい漢字の確認をする。それが一区切りつくと、次はやさしい文章から読み方を教わる。そんな勉強を一時(二時間)ほど続けると、雲華はとりあえず今回はここまでと告げる。

 一刀は、雲華へ紺色の服を下で洗ってくると伝えると、じゃあ、そのあとに水汲みと食糧探しに行くからと聞かされた。

 

 一刀が洗濯ものを干し終えると、二人は準備を整えて水汲みと食糧探しへと、また森の獣道を進む。雲華は、また大きな水瓶を背負っている。

 彼女の肩には、袋も掛けているのが見えた。一刀も、大きな籠を背負っていた。すでに三十分ほど歩いて食材を探して一刀の籠には結構な量の山菜が入っていた。

 加えて途中で雲華が、鉄の芯が入った竹串で野ウサギを射止めており、血抜きを終えて籠にぶら下げられていることもあり、前回より結構重くなっていた。

 他の生き物の命を貰って人間は生かされているんだな……と考え深げに、一刀は雲華に続いて歩いていた。

 

 ここで、道の先の木々の間からバチャバチャと水の音が聞こえてきた。

 そう……再び温泉である。

 

 雲華は慣れた歩調で奥の岩場の湯溜まりへ進み、相変わらずてきぱきと、水瓶にお湯を豪快な方法で確保していた。

 

 一方……ここへ来て四日目……一刀の若きリビドーは自然と溜まるものである。いろいろ妄想しちゃうものなのだ。そして温泉である。脱いじゃったりもするのだ。見た目は少女仙人なのだ。いつもチャイナドレスから良いスタイルが見て取れるのであった。良い香りも溢れているのである。

 

 「じゃあ、また、せっかくだから、温泉に入る?」

 「……うん」

 

 一刀は一瞬、間があくがそう答えた。雲華は「ん?」となったがそこは流す。そして、一刀は端に行って服を脱ぐ。彼が下着姿になったところで、雲華は、脱ぐ前に先に手ぬぐいを渡しに近づいてきたが……。

 一刀は、彼女の目線が自分の下半身を見ているところで止まっていることに気が付いた。そう、一刀のアソコが……モッコリ状態であったのだ。

 雲華の顔は少し赤くなってるが、下を向いていた目線がゆっくりと一刀の顔に向く。

 怒られる……一刀は怯んだが、意外なことに雲華の顔はニッコリと微笑んでいた………ただし、『悪魔』の微笑みというヤツだったが……。

 そして、彼女の両手が上下に広がりそれぞれの指先が、一刀の額の間と下腹部に素早く触れた。

 みなさん………もう、おわかりいただけただろうか?

 

 

 

 

 視覚と共に――――――――アソコが絶……!!!!!

 

 

 

 

 途絶で壮絶である!! そういえば、あの局所は絶の修行していない!

 パタりと下に垂れてクッタリしてしまった……。

 ああ、俺の存在価値がーーーーーーーーーーーー!!!

 

 ぽ~~~ん。

 宦官とはこういう心境なんだろうな~と、天竺へ向かう坊さんみたいな悟りを開きながら、すでに来た道をひたひたと戻る帰り道である。アソコの絶状態がまだ続いていた一刀だった……。

 

 でも、雲華はやさしい。なんとまた視覚が絶な一刀の手を引いて一緒に湯船へ入ってくれた……その上に、今回は背中までも洗ってくれたのだ!

 そして、ちょびっと……、む、胸が当たった――かすったのだ! 一刀は、ただただ泣いた。

(胸のどこが背中に当たったかは――みんなで考えて欲しい)

 おおっ? ヨコシマな考えの所為か……アソコの絶が自力で解けた!!

 

 ………

 

 あ、雲華が――『悪魔』の気配が近づいて来た……。

 

 ……それからどうしても、背中を洗ってもらった時の記憶が思い出せない……そして、さっきまで、夕方の食堂の長椅子に座って、夕食を待つ間で妄想に耽っていたと思ったんだが……。

 一刀が再び気付いたときは、もう次の日の朝だった。

 ……なにげに晩飯も抜きですか……?

 

 

 

 

 さて五日目。本日の地獄の修行は『心臓の気の絶』なのだ……。心臓が鼓動を停止するのである。心停止である。一刀は素直な気持ちで、雲華へ事実を確認する。

 

「雲華……それって『死んでる』よね?」

「ん? 大丈夫よ。絶になった瞬間はまだ意識があるわよ、たぶん。死ぬ気で頑張れば三十秒から一分ぐらいは、意識の中の気は持つんじゃないかな?」

 

 たぶん……って。『悪魔』の軽いノリの返事に、溜息しか出ない一刀だった。医学的に『死んでる』状態で『死ぬ気』っていうのも説得力がないしなぁと。それに増しても、猶予はよく頑張って、たった一分ですか……。今日は完全に死刑執行に近すぎた。だが、一刀はもはや地獄行きを覚悟するしかなかった。

 

 そう、やるしかないのだ。……この『悪魔』の前では!

 

「じゃあ北郷、いくわよ?」

 

 食堂で、長椅子に寝転ぶ一刀に雲華は、いい天気ね?という感じで、絶開始を軽く告げる。心の準備も何もない……即実行であった。

 もはや、『やってやる!!』 一刀は覚悟を決める。その瞬間だった。ここ数日、筋力の絶を散々行っていたことで、今、自分の心臓が止まったのがわかった……。目を開けていたが視覚が十秒ほどで、スーっと周りから中心に向かって狭まり闇へ落ちた。全身の血の流れが止まったからだろう。なんとも言えない気分だった。心停止である。享年十●才である。

 

 

 

 ……死んで……死んでたまるかーーーーーーーーー!

 

 

 

 まさに必死だった。胸にぽっかりと穴が開いている感覚なので、心臓の絶の雰囲気はすぐに捉えられた。死ねない!こんなところでは死ねない!!

 

 その時、一刀の様子を静かに見守っていた雲華は、驚愕の表情をする。そして言葉が漏れていた。

 

「一刀の体が……あの出会ったときの強大な光を放っている!?」

 

 そう、窓から入る朝の光の中でも、一刀から放たれる光は見えるほどであった。「やはり……」と目を細めた雲華は、一刀についてなにかに気が付いたようだった。まもなく、一刀から声が掛る。

 

「で、できたよ!」

 

 一刀の体調が戻るのに反比例するかのように、あの光はゆっくりと消えていく。その光に、一刀は気付いていないようだった。その光が消えるのを見届けると雲華は、自然な態度で一刀に答える。

 

「どう? やれば出来るもんでしょ?」

「いや……それは、なんか違うような気がする答えじゃない?」

「ふふふ、まあいいじゃない。……さて、あと何回かやるわよ?」

「ひぇぇぇぇーーーー」

 

 そのあと、軽く二十回ほど絶で心停止した一刀だった……。

 

 

 

 なんかもう、ある悟りに到達し、怖いものは無くなった気がする一刀だった。死に寄り添う少年?みたいな趣だ。かなり調子に乗っている感じがしている。昼食をとりながら雲華は黙ってそんな一刀の様子をうかがっていた。

 昼食後は読み書きの時間となった。読み書きの時間は一度休憩を挟んで一時半(三時間)ほど行った。そのあと外に降りて、木人修行である。

 しかし、今、どういうわけか木人は雲華と対峙していた。それも二人とも例の木刀のような棒を持って……。一刀はその疑問を雲華に聞く。

 

「あの、雲華。俺の稽古の時間じゃないの?」

「ん? まあ、ちょっとその前に見てもらおうかなってね」

「それに……雲華は素手じゃないんだ?」

「そうか。北郷、言っとくけど、私が得意なのは実は剣と槍なのよ。自慢じゃないけどちょっとしたものよ?」

「えっ?」

「神気瞬導で強化しまくった膂力・速力に加えて、気力技を剣や槍ごと相手に叩きこむ。それが私の武技の完成形よ」

「………」

 

 一刀は小口を開けて絶句していた。

 武器を持っている有段者は無手よりも三倍強いといわれていたはず。彼女は、素手の状態ですでに桁違いの実力があるだろう。

 

(雲華……君はどんだけ強いんだよ?)

 

 一刀は、はっと先ほどまで、悟りを開いたごとく思い上がっていた事に気付く。そして、認識を新たにする。この時代……いや、いつでも、どこにでも、上には上がいるという事を。

 雲華は木人を相手に稽古を始める。寸止めをしているようで打撃音は聞こえない。ただ彼女の瞬速の棒から出る風切音のみが、絶え間なく聞こえてくるだけである。僅かに彼女の残像が木人の周りに見えるぐらいだ。そして、周辺の地面に砂煙がタタタッといたるところから上がる。木人もかなりスピードを上げて対抗しようとしているようだが、雲華の前では、もはやただオタオタしているようにしか見えない。

 一刀の感覚で十五分ぐらいそれは続いて……終わった。木人も動きを止める。雲華はこちらにゆっくりと歩いてきた。驚いたことに呼吸は全く乱れていない。

 

「はい、次は北郷の番よ」

「……おう」

 

 雲華から棒を受け取る。構えて棒を早めに振ってみるが、雲華の出すような鋭い風切り音など出るはずもない。

 

「………」

「北郷。今は、戦いの雰囲気を掴むことよ。形に惑わされないでね」

「そうだな……。わかったよ。今日は十本ぐらいとるぞー!」

「そうそう! 頑張って」

 

 雲華からの応援を受け、気持ちを仕切り直し、一刀は木人に勢いよく向かって行った。

 しかし……一刀は返り討ちにあっていた。そう、雲華との対戦でスピードが上げられていたからだ。すでに、二、三度、肩や肘近くをキツめに叩かれた。ほぼ防戦一方であった。木人の踏込が早い。先ほどオタオタ状態だったのは雲華が相手だったからで、一刀には強敵になった。ただ、一刀は泣き言は言わない。まず、状況を確認する。

 

「雲華、今日のこいつは、どれぐらいの強さ?」

「正規兵の十人隊長ぐらいかな」

「ちょ……一気に上げ過ぎじゃない?」

「そうかな、将軍ぐらいまで上げてみる?」

「―――これでいいよ!」

 

 強さを下げる気など全くないみたいだ……さすが『悪魔』さま。

 仕方ないと、一刀はここで今まで見せなかった早い突き技を見せる。

 一瞬、木人が防御に徹しようと引いて出来た隙を狙って頭に一撃を入れる。そして、油断せず周りを見て後方に距離をとる。

 

「おー、今回は出来てるね」

 

 予想通り、隙があったらぽこりと一刀の頭を後ろから叩くつもりだったようだ……。油断大敵である。そのあとも、何度か奇策を駆使して木人から二本取ったが、こちらも四回ほど肩等を打たれた。頭は避けたが結構なダメージであった。

 今回、相手がかなり強くなったが、間合いをなるべく取り、相手の剣もなるべくまともに受けないように努めて、二刻(三十分)ほど続けて終わった。終わったあとも、昨日よりはまだ動けた。少しペース配分出来たのかな。雲華もそのことを評価してくれる。

 

「まあ、昨日よりは考えて戦えたみたいね。しかし、本当の戦場には昼も夜もないから、一日ぐらいぶっ通しで戦うことも珍しくないのよ。体力にはいつも余裕を持たせるようにね」

「一日……!?」

「最悪だと一週間とか。それもほぼ寝ずにね」

「……地獄だな」

「敗残の兵はそんな感じよ。命のやり取りをしてる戦争だからね」

 

 本当の戦場は、一刀の考えからはまだ遥か遠いようだった……。雲華は近づいてきて、俺が打たれて痛めているところに手を軽く翳してまわる。

 

「あれ……? 痛みが……」

「どう? もう直ったでしょ?」

 

 雲華はニッコリと微笑んで、傷があったと思われる場所をポンポンと軽く叩いた。一刀は、体を捻ったり触れたりしてみるが、先ほどまで数か所、打たれて大きく鈍い痛みがあったところに、全く痛みがなくなっていたのだった。それに体も軽い。疲れも、ぐっと取れていることに気付く。

 

「それが神気瞬導の第三条よ。気を巡らせて活性的に使えば傷や病、疲れなどでも、早く劇的に回復できるわ。それが例え、本来、人にとっては致命傷であってもね。そこまで身につけれれば、この時代でも生きていけるはずよ」

「………」

「さて、夕飯の用意を始めましょうか。部屋へ入る前に、絞った手ぬぐいで体でも拭いてきなさい」

 

 そういって、雲華は手ぬぐいを一刀に渡してくれた。そして、梯子を上って家の中に入っていった。ふと、気が付いて辺りを見回すと、もう夕暮れが迫っていた。木人はちゃんと棒を二本拾って倉庫に入っていくところだった。一刀は倉庫脇に行って、服を脱いで横の梁に掛け、そこにある水瓶から柄杓で水を汲み、手ぬぐいを濡らして絞り体を拭く。そして再び服を着ると、一刀も梯子を上って木の上の家へ入っていった。

 

 夕食のあとは、読み書きの勉強であった。これまでの復習と、この時代では現代と違う意味の漢字に付いてさらにいろいろ教えてもらう。もともと頭が普通の人の一刀はそれほどメキメキとは勉学が進むわけではない。しかし、雲華は違った。竹簡の冊を何冊分も使うのだが、内容をすべて暗記しているようだった。漢字に付いても一つ一つの意味を細かく説明してくれる。例文なども豊富だ。

 

「雲華は、竹簡の冊をどれも覚えてるようだけど。どれぐらいの数を覚えてるの?」

「さて……一度、目を通したものは覚えているから。んー、五千は超えてるんじゃないかしら?」

 雲華は、そう言って、顔を少し上向きで目線を上げ、右人差し指を顎のところにちょんと当てながら考えるそぶりを見せる。

 

「……そうですか。雲華は、武もすごいけど、半端ない知識量に判断も早くて的確だし軍師にも向いているかもね」

「ん、なに? ……北郷は、私とこの時代でどこかの諸侯に仕えたいの?」

「ははっ、まさか。雲華はともかく、今の俺じゃ取り柄がないよね。一つの戦いに生き残るのもどうかというところだし……」

「ふーん。まあ、そうね。さて、勉強を続けましょうか」

 

 ここはね――と、読み書きの勉強を一時(二時間)ほど行った。そのあと、雲華から明日の修行の内容について少し話があった。

 

「明日は、頭部にある各部位の絶からの回復を修行するわ。ただし、脳ともう一か所は除外するけどね」

「……もう一か所?」

 

 余計に気になるが、現状では分からない。まあ、明日になればわかることだった。雲華も軽く言葉を流してくる。

 

「まあ、気にしないでね。それでは今日は休みましょう。北郷、おやすみ」

「おやすみ、雲華」

 

 

 

 

 日はまた昇る。しかし、今日は曇っていた。庇型の窓は晴れの日はちょうどいいが、曇りだと室内は少し暗い感じの部屋になる。なので、一刀は食卓の机は少し窓寄りに設置した。

 二人は朝食を終え、今日は読み書きの勉強からスタートする。

 雲華が、また懇切丁寧に教えてくれる。とりあえず勉学にしても、少しずつ前に進むしかない。天才たちとは違うのだ……一刀はそう考え、一生懸命覚えるのだった。

 一時半(三時間)ののち、一刀は下の広場に出て、木人と実戦剣術修行を行う。

 木人の強さは昨日と同じだった。まあ、剣術も一日で上達するほど甘くはない。一刀は何本か取るが、こちらも木人に結構ボコボコにされる時があった……頭に軽く掠っても結構痛い。それは半時(一時間)ほど続けられた。終わった後に雲華が、気で怪我や疲労を回復してくれた。そこで昼食となる。

 その席で、雲華が昼から予告通りに頭部の修行をやるわよと言ってきた。昨日から心臓、頭部と急所が続き、緊張気味の一刀である。美味しいはずの昼食の味も薄く感じるのだった……。

 昼食の片づけをし、食堂の机を横に避けあと、一刀は長椅子に寝転ぶ。

 いよいよ頭部の修行に入る。

 まずは顔の筋肉系からの気の絶が順次始まる。いつも通り、各部分ごとに進めていく。顔の筋肉系がうまく絶から回復すると、顎の気の絶へ続く。顎は脱力するとカクンと開きっぱなしになってしまう。そして、よだれが止まらない……。早めに気の通りを回復する。ここまでを何回か繰り返し修行したが、結構間抜けな顔になるので、雲華の前もあり、恥ずかしいものがあった。

 そして次は歯と同時に、舌と味覚も一気に気が絶たれる。一刀はこの間、まともにしゃべれないのが結構不安だった。意思表示は重要なのである。それが上手くいくと、次は嗅覚。その次は聴覚と順調に進む。そして最後は……視覚……だったはずが、そこで終わった。

 雲華はわざとだろう……「終わったわよ?」と何食わぬ顔をしている。

 

 そう、視覚だけは絶からの回復修行が行われなかったのだ。……なぜだ?

 ん?そういえば今日は温泉の日ではないだろうか。ここのところ一日おきに食糧採集がてらで入りに行っている。

 そして……予想通り、このあと水汲みと食糧探しに行くと雲華は言ってきた。

 

(ふふふっ、そういうことですか、『悪魔』さん……いえ、雲華さん。甘い! 舐めてもらっては困る)

 

 そう、一刀は諦めていなかった。密かに視覚を自力で絶にし、その絶を解くことに成功していたのだ! 一刀の心は叫んでいた。

 

 

 

 ああ、温泉タイム、プリーズ!!

 

 

 

 雲華の、いつもの『肩に袋と水瓶背負いスタイル』の後ろに続き、一刀は意気揚々と足取りも軽やかに、獣道を行く。

 下郎ども、見せてやろう、『俺様の真の力を!』という王者の風格すら……まあ漂ってませんけどね……胸を張って彼は、我が道を突き進んで行きます。

 

 そして、夢見た桃源郷からの音が……そう、道の先の木々の間からバチャバチャと水の音が聞こえてくる。

 

(待望の温泉ゾーン、入浴タイムです! プリーズです!)

 

 一刀の思考には、希望が高まり過ぎていたのか、すでに良く分からないものが混ざって来ていた。

 

 雲華は例のごとく、水瓶を豪快にお湯で満たし蓋をする。そして、一応なのか一刀に確認してくる。

 

 「それじゃ、せっかくだし温泉に……」

 「入るよ!」

 

 もちろん!と、前掛りに即答する一刀である。

 雲華は、肩に下げた袋から手ぬぐいを出して、一刀へ手渡すために近づいてきた。

 すでに一刀は万全を整えている。「絶でもなんでもするがよいわ!備えあれば憂いなし!」と。

 一刀は、雲華から手ぬぐいを受け取る。すると、雲華の手が、指が、一刀の眉間に触れる……とたん、視覚が一瞬落ちる……が、瞬間回復する。早い!圧倒的に早い。すでにそれは一刀によって極められていた!

 

 一刀は何も見えてない、変わってないよ……という振りで、モタつくように服を脱ぎ、下着も脱ぎ、前を手ぬぐいで隠す。えーっと、雲華は……と、一刀はゆっくりと周囲を確認する。しかし、雲華の姿が確認できない。

 

(あれ?)

 

 岩の陰で脱いでいるようだ。

 

(……まあ、待とうではないか!)

 

 しばらくすると、雲華が岩陰から出て……きた!

 そして、雲華は一刀の所へ岩場を歩き、ゆっくりとやってくる。また手を引いて一緒に入ってくれるのだろうか。

 でも、正面から来ると見えちゃうよ……と思っていたのだが。

 しかし、一刀は目を疑った。目がおかしくなってるのだろうか? 彼女の肌が、美しい白めの肌色ではない部分があるのだ! それも胴体部分全部だ……と?

 

 ……もうおわかりですよね?

 彼女は、紺色の麻の『湯あみ着』ってものを着ておりました。

 

(……へん! 邪道じゃねえかぁ! うぇ~ん。ちくしょーーーーーーーーーー!)

 

「北郷。目は見えてるんでしょ? さっさと入ったら?」

 

 すでに、雲華にはモロにバレていた……。

 そう、雲華はどうやら一刀が、視覚の絶からの回復について、自力で体得することを予見していたのだ。彼女としては、追いつめられると一刀には能力が開花するとの考えがあり、彼のヨコシマな願望を利用して能力をまんまと促進させていたのだ。

 もちろん、先ほども気の流れで、一刀の視覚が瞬間回復しているのにも気付いていた。

 

 まあ、しかし、紺色の麻の湯あみ着でも……雲華は可愛かったからまあいいかと、一刀は納得する。

 それに……神は見捨てなかった! 湯船の中で不満げに聞く。

 

「……この前も湯あみ着を着ていたの?」

「いいえ、着てないわよ」

 

 おおぅ。神様ありがとう! 一刀は神様に感謝した。

 

 さらに!

 湯溜まりから、彼女がふいに立ち上がろうとした時……お湯を滴らせながら、彼女の湯あみ着が体に張り付き……そ、そのボディラインが!全貌が!

 雲華は、ハッと顔を急に真っ赤にして、事態に気付いたのだが……すでに手遅れだ。

 そして、腰の……そして、胸のラインが……胸のラインの中にさらに! さらに………………。

 

 ん?……気が付くとなんと翌朝だった……。

 なぜか、普通に長椅子ダブル寝床に寝ている……んだが。

 あれ?どうやら、温泉からの半日ほど記憶のない一刀だった。どうやって帰ってきたんだろう……雲華が連れて帰って来てくれたのだろうか? そして……また、晩飯抜きですか……?

 

 

 

 一刀が寝床を片付け窓を開けていると、下の倉庫にでも行っていたのだろうか、ちょうど外の入口から雲華が入ってきた、彼女に鉢合わせた一刀は「おはよう」と挨拶をする。

 彼女は、ちょっと気恥ずかしそうに目線を一瞬外すが、一拍置いて「おはよう」となんとか返してくれた。

 一刀としてもよかった。もう一日、記憶が飛ぶとかは勘弁してほしいところである。

 あのとき、どうやって自分を気絶させたのだろう……仙術なんだろうか。

 一刀は聞けなかったが、そこもちょっと気になるところではあった。

 朝食後は、昨日と同じ読み書きの勉強を行なった。一刀は、簡単な文章が少し理解できるようになったが、雲華曰く、もっと多くの漢字個々の意味を覚えていかないと、読める文章が増えないわよと言われた。とりあえず、読める漢字の数を増やすようにしないと思う一刀だった。木簡に筆で練習を続けていた。

 休憩を二度はさみ、昼食前まで読み書きは続いた。

 そのあと、二人は昼食を取った。そして……。

 

 さて、本日昼からの地獄の修行は『脳の一部の気の絶』になる。脳が一部とはいえ、思考を、機能を停止するのであった。もはや部分脳死状態である。一刀は聞かざるを得ない気持ちで、雲華へ事実を確認する。

 

「雲華……それって、もしかして、記憶が呼び出せなかったり、意識が飛び掛けてるよね? 間違いなく『脳死一歩手前状態』だよね?」

「脳死? なにそれは?」

「心臓は動いてるけど、脳が反応しなくなってる状態だよ」

「ああ、まあそうね。……きっと大丈夫よ。気迫でなんとかなるから」

 

 どうやら『悪魔』さまにおいては、根性論で脳死がどうにかなるとお考えめされているご様子だ。

 また、昨日のこともあり、彼女の容赦は全く期待できないそうにない。

 それでも、一刀には昨日の温泉での衝撃的な光景がよみがえる……我が人生に悔いなし。

 ……いや、もうちょっと欲しかったなぁと、長椅子へ横になった状態で考えていたが、ふと上を見ると、雲華の双眼が蒼く光ってる状態で、上から無表情な顔で覗き込まれているのに気が付いた。

 美しいけど……恐ろしい!

 一刀の表情からヨコシマな考えが漏れているらしかった。

 

「北郷……覚悟はいいわね? 随分と……余裕があるようだし?」

「ひ……」

 

 一刀は、雲華により、一気に脳の部分絶状態に放り込まれた。

 これはヤバイ!

 視覚も、聴覚も一気に持って行かれた。暗闇のなか、意識がグニャグニャになっていく……。

 うぅ……これは……本当に……危険な状態だ。えっと、気が通っていない雰囲気の部分を感じないと。まずい……脳の気の通りの感覚がよく分からない……この状況……何秒持つんだろ?

 一刀は、結構な混乱状態になっていった。細かいところが分からない。そこで、もう思い切って考え方を変えることにする。とりあえず、一度頭部全部に気を通す事を考えよう。頭部中の気の通りそうな雰囲気のところに片っ端から通れ、通れ~~!と必死に気を通すように考えるのだった。その考えがよかったのか、加速度的に気の通りは回復し、意識が完全回復する。一刀は、必死の回復成功の第一声を上げる。

 

「うわー、危なかった!」

「まあ、悪くない判断だったわ。でも、今日の修行は脳の気の絶な部分を捉える事も重要なことなのよ。出来るまで何回でもやるからね」

「……よく考えると、情報を引き出して比較して、思考する部分が絶になっているのに、細かく考えられないんじゃないのかな?」

「……やるのよ!」

 

 一刀は、この『悪魔』に逆らえる気がしなかった……。もはや限られた部分脳で、なんとかするしかなかった……結局、二十回ほど繰り返して、漸く、脳内の気の流れが止まった雰囲気の部分を捉えることが出来るようになった。さらに二十回ほどその修行は続いた。最後はかなり短時間で、場所を捉え、回復できるようになっていた。

 

 これでやっと、ほぼ全身の各部について、絶からの復帰に成功した一刀だった。長かったような短かったような……。でもこれだけは言えた――死ぬほど辛かったと!(ちょっとだけ、イイ目にもあったけど……)一刀は少し涙ぐんでしまった。

 その様子を見ていた雲華は、そんな一刀に優しく告げる。

「北郷、おつかれさま。そうね……街へは四日後に行くことにしましょうか」

「おおっ! 結構すぐなんだ」

 

 一刀は、一瞬湿っぽくなったが、気を取り直す。やっと雲華に少し恩返しができるのだ。

 一刀が初めてこの時代の街へ行く日程も、ようやく決まった。仙人の住む山の森の外は、人が住むこの時代には、一体どんな世界が広がっているのか……怖い部分もあるが、少しワクワクしている一刀であった。

 

 

 

つづく

 




2014年03月31日 投稿
2014年04月08日 見直しと加筆修正
2014年04月20日 見直しと文章修正
2014年04月28日 見直しと文章修正
2014年05月11日 見直しと文章修正
2015年03月03日 文章修正(時間表現含む)
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