真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~   作:カメル~ン

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第○➄話 一刀街へ

 

 

 

「―――……………」

 

 一刀は今、焼け落ちた街並みの跡を見渡し、茫然としていた。視界に動く人影は見えない。風もなく音もない。

 

 

 

 目を落とすと、通りであったであろう足元には、すでに多くの者に踏みつけられた幾多の足跡の残る黒い灰や黒い欠片が散乱する。そして目線を上げると、中央の通りを隠すように、黒い灰等の元となった炭化した家々の柱や廃材が、延々と転がる破滅的な光景が広がっている。しかし、それだけではない。何か嫌なものが焼けた臭いなども辺りには漂っていた。

 

 一刀は、ようやく見ることが出来たこの時代の外の光景が、こんな悲惨なものとは考えておらず、衝撃を受けて固まっていた。

 

「これが、この時代の普通なのよ。ここは、割といい街だったんだけどね」

 

 後ろから雲華に声を掛けられ、我に返った一刀はゆっくりと振り向いた。

 

 ここは泰山郡博(はく)県の舎亭(役所)のある街であった。周囲は高い壁で囲まれた城郭の中なのだが、つい先日、黄巾党の残党の襲撃を受け、焼き討ちにされた様子に見える。

 泰山郡は黄巾党の勢い盛んな青州と隣接する地でもあり、今なお黄巾党の被害をまともに受け続けている地域なのだ。

 

 

 

 

 

 この日の朝、一刀はいつもより早く目が覚めた。昨日までの三日間がまた、『悪魔』さまによる輪を掛けた厳しい修行の連続でヘトヘトだったのだが、やはりこの時代の外の様子には興味があり、興奮気味であったためだろう。しかし一刀は、その三日の地獄修行のおかげで、全身のほぼどの部位に気の絶を受けても、瞬間に気を通して絶を回復できるようになっていた。当然平行して、木人実戦剣術修行と、読み書きの勉学も成果はともかく続けられている。

 一刀は近くの窓を開ける。東の蒼暗い空が明るくなりかけていた。雲は少ないので良い天気になりそうだ。あと十五分程度で日は上りそうである。寝床を片付けて窓の横で顔を洗う。そうしていると、上から梯子を伝って雲華が食堂へ降りて来た。

 

「おはよう、北郷。今日は早いのね」

「おはよう。なんか、目が覚めちゃって」

「ふうん。じゃあ、折角だし、早めに準備して行きましょうか」

 

 食堂の反対側の窓を開けながら、雲華は一刀の逸る気持ちに合わせてくれる。

 二人は朝食を手早く終えると、外の街へ出る準備を始める。ここで一刀は十一日目にして、初めて食堂の上の階の中の様子を、見ることが出来た。

 雲華は、準備の為か梯子で上の階に上がっていった。少しすると、「ちょっと来て」と一刀に声が掛った。一刀は思わず「上がっていいの?」と聞いてみたが、「いいわよ」と声がしたのでそろそろと梯子を上がってみる。

 そこは、やはり雲華の部屋のようで、小さめな机と椅子と、窓際に木枠の組まれた女性らしい赤の布で装飾された、古風な中華様式ベッドのような寝所があった。しかし意外だったのが、窓以外の壁面がすべて棚になっていて、そのほとんどに竹簡や木簡が積まれて埋め尽くされていたことだ。さすが勉強家なんだなぁと雲華に納得する。そして、部屋にはもう一つ、上への梯子が掛っていた。

 その梯子の掛った上の部屋から雲華は顔を見せ、大きな包みを差し出そうとしていた。この家は少なくとも三層建てみたいだ。外から見ると、地上から六メートルほどの高さの巨木の枝の間に建てられた、二階建てのような屋根付きの建物なのだが、どうやら広めの屋根裏があるみたいだ。

 一刀はとりあえず、さらに上の梯子に足と手を掛けて、雲華から差し出された大きな包みを受け取る。包みは梯子を通してある木枠の穴ギリギリぐらいの大きさだ。ゆっくりそれを持って、雲華の部屋の机の上に仮置きしようとする。すると、雲華が注意するように言った。

 

「それが、今日の荷物よ。家の外まで運んでおいてくれる?」

「了解」

 

 一刀は、売り物が入っている大事な包みを擦らないようにと気を付けながら、さらに食堂への梯子を伝って、食堂から外へ出て広場への梯子を下りた。

 それに少し遅れて、雲華が一刀に続くように広場への梯子を下りて来た。雲華は、あの最初に出会った時のように、マントのような紺色の厚めの大布と纏う。それには風防もついているのか、今は頭を覆い髪も隠している。おまけに鼻の上からも口当てのような布で隠していた。そして背中にはあの「彗光の剣」を背負っている。さらに、手にも一振りの剣を持っていた。一刀は、雲華の物々しい姿を見て、改めて大変な時代なんだな……と思った。そしてどうやらこれが、雲華の完全武装スタイルらしい。

 

「北郷、忘れ物はないわね?」

 

 一刀は雲華から渡された大きな包みを背負っている。世話になってる恩返しもあり、今日の自分の仕事だと張り切っていた。

 

「ああ、俺はいいよ。戸締りは大丈夫?」

「まあ、大丈夫でしょう。日のあるうちに帰ってくるつもりだし。木人くんもいるから」

 気が付くと木人が倉庫小屋から、そっと外を伺っていた……怖いよ。

 

「そうそう、北郷にはこれを。一応渡しておくわ」

 

 そういうと雲華は、一刀の顔を目をしっかりと見つめながら、手に持っていた一振りの剣を一刀に差し出した。

 

「……これを?」

「そうよ。外では自分の身は自分で守らないと生きていけないわよ」

「……わかったよ」

 

 雲華の有無を言わさない感じに、一刀はその剣を受け取った。四尺弱(九十センチほど)の剣だった。外形は装飾については派手さはないが、鞘に収まった状態でも優美な美しさがあった。特にいいのが、この剣は「彗光の剣」よりも全然軽かった。鞘に入った状態でも振れそうに思える。とりあえず、鞘の鎖を腰の紐に通し、剣を腰に差す。

 

「じゃあ、出発するわよ」

「うん、行こうかぁ」

 

 そう言うと二人は森の中へ雲華を先頭に進んでいった。近いので歩いていくのだろうか。一刀は道が分からないので、雲華に取りあえず付いていくしかない。幸い、あの後も二回温泉に行ったので、大きな荷物を背負いながら森の中を歩くのは大分慣れて来ていた。足元と荷物に引っ掛からないように、上からの枝等を注意しながら歩く。

 朝早めから行動したおかげで、一時(二時間)ほど歩いてもまだ、辰時の終わり(午前九時前)頃だ。そこで少し森の開けたところに出る。

 雲華は、その開けた場所の真ん中に埋まっている、踏み石のような岩の前まで来ると、素早く術語のような文句を二言三言発した。そして、一刀にその岩を踏んで通るように言う。一刀はそれに従い、踏み通る。雲華もそれに続く。

 

「無事に結界を通過したわ」

「そういうのが、やっぱりあるんだな」

「排他的な仕掛けが無いと、人が入って来ちゃうからね。……さてと、それじゃあ、いくわよ!」

 

 雲華は、以前部屋で見せてくれた飛翔術の『双方の肩の横で手のひらを上に向け、術語を発し、手を胸の前で合わせる』手順を行うを、一刀のお尻を下から右手で抱えるように軽々と荷物ごと持ち上げると、空に向かって駆け出していった。二人の体は青空へ一気に駆け上って、雲をも突き抜けてゆく!

 雲華は、俊足を飛ばす。かなりの高度とスピードが出ている。加速後はしばらく駆けていなくても慣性で前へ滑るように、飛んでいるように進む。一刀は、動転して思わず大声で叫んでいた。

 

「うわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「北郷、叫ばないでよ! つい先日、この術は見たでしょ?」

「違ーーーう! この状況だよーーー! これーーー落ちたら死ぬでしょーーーーー!」

「それはー、まあ人ならこの高さから落ちれば確実に死ぬでしょうね! 上空へ三里(千二百メートル強)は上がってると思うし!」

 

 雲華は、一刀の絶叫状態とは対の状態で、もちろん落ち着いている。ただ、風圧等で声が伝わりにくいので大声を出しているが。

 

「大丈夫よ、私がいるんだから! 落ちてもちゃんと拾ってあげるから!」

 

 雲華の説得に、やっと少し動揺が収まってきた一刀は、今度は上空からの圧倒的に広大なこの世界の広がりに気付き、感動の声を上げる。

 

「おおおおおーーーーーーすげーーーーーーーーーー広ーーーーーーーい!」

「すごいでしょーーーーー! 北郷はーーー結局、叫ぶのねーーーーー!」

 

 雲華もいつの間にか一緒に叫んでした。

 

 少しずつ落ち着きながら一刀は、しばらく空の移動を楽しみ、眼下に広がる圧倒的な風景を眺めていた。雲華も一緒に同じ方向を見ている。すると、一刀は少し申し訳なさそうな顔を雲華に向ける。「ん?どうしたの」という雲華に一刀は答える。

 

「結局、雲華に運んでもらっちゃってるな……俺。運ぶのに付いてきたつもりだったけど」

「まあ、地上にいる間は、君に運んでもらうから。それで十分よ」

 

 そういって、一刀に向かって笑いかけていた雲華だったが、急に驚いたような顔になり目的地の方を睨む。そして、こう呟いていた……。

 

 

 

「街に大勢いるはずの、人の気の塊を感じない」と。

 

 

 

 雲華は、目的の街から一山手前の山中に降りる。雲華曰く、空を飛んでる間は幻術で大鷲のような鳥に見えるようにしているそうだ。しかし、降りて術を解けば人に見えてしまうという。まあ、追加で幻術を使えばごまかせるだろうが、今は一刀もいる。二人は、少し歩いて街に向かう。

 山を回り込むように谷を進み、街道へ出て、その一本道を街の城壁門の所まで半時(一時間)強ほど掛けて急ぎ気味で歩いて来たが、誰ひとりとしてすれ違うことはなかった……。

 そして、今、博(はく)の街の正面門の前にいるが、すでに門は完全に破壊されて存在していなかった。門の空間から無残な中の様子が垣間見える。

 一刀は茫然とした表情で門をゆっくりとくぐって行き、しばらく進むがその中に広がっている惨状への驚きに固まって歩みを止めると、少しの間見入っていた。

 そして、その後ろから「これがこの時代の普通よ」という声に、一刀はゆっくりと声の主である雲華へ振り返った。

 

「さあて、どうしましょうか? ご飯でも食べる?」

 

 雲華は、はや見慣れたものを見てしまったなという感じの口調であった。マント状の大布の間から、肩に掛けていた袋を一刀に向けて、上に差し上げて見せる。

 

 一刀は己を取り戻したのか、雲華の所までゆっくり戻ってくる。そして、少し呆れたように口を開く。

 

「なんで昼食を持ってきてるんだよ……。街で食べるんじゃなかったの?」

「そんなお金はないわよ。お金は大切に使わないと。食べ物は森にいっぱいあるんだから」

「そうか……。悪い、俺は言える立場にないな。この惨状にかなり混乱しているみたいで。今日はちょっと、色々といろんな事がいろんな意味で落差ありすぎかな……。生きていけるのかな、こんな時代で」

 

 雲華は、頭を項垂れて顔を伏せている一刀の目前まで進むと、トンと彼の肩を軽く叩く。一刀はゆっくりと顔をあげ、「なに?」と雲華の顔を見る。すると雲華は、ゆっくりとにこやかに自信を持って言葉を紡ぐ。

 

「そのために君は、仙術を身に付けているんでしょ? 大丈夫よ。さて、とりあえず、これを食べましょう」

「ああ、でも……門の外で食おうか」

 

 一刀も、頼りにしている雲華の言葉に気をとり直す。一方、さすがに雲華も一刀の意見に賛成する。こんな酷い光景を見ながらというのはあんまりだろう。二人は門の外まで歩いて行くと、日陰を探して荷を下ろし、やれやれ何でこうなった?……と昼食を取った。一刀は一つの街がこんなにあっさりと壊滅しているこの状態の異常さに恐怖していた。

 

「官軍って、まだ動いていないのか?」

「有力な諸侯も動いているみたいで局所的には黄巾党に勝ってるみたいだけど、ここと隣接する青州には百万からの黄巾党がいるらしいわよ。さすがにこの辺りにも近寄りたくないと思うけど?」

「百万……」

「まあそれも、もとの多くは農民だしね。徹底的に討ち果たせばいいってものでもないでしょうし。どのみち相当力がある軍団で攻め込まないと、今は勝負にならないでしょう?」

「んーそうだな」

 

 二人は食事を終わると、雲華は「どうする?」と聞いてきた。一刀としては、せっかく外のこの時代を見に来たのに、戦のあとの廃墟を見ただけとかは避けたいものがあった。そこで思い切って雲華に提案する。

 

「他に無事そうな街って近くにないのかな? ……雲華が裁縫した服の取引をしてくれるお店はこの街だけなの? 他にあればそこへ行けないかな?」

「んー、そうね。あるにはあるわ……少し足を延ばさないといけないけど。じゃあ思い切って、泰山を挟んで青州と逆方向だけど行ってみましょうか」

「うん」

 

 それじゃあ、準備をしていきましょうということになり、一刀は無駄になりそうであった荷物を再び背負う。そして、歩いて少し山道に入った人目の付きにくい場所までくると、雲華は「じゃあ、また空を行くわよ。距離が少しあるから結構速度を上げるからね」と言って、一刀を再び抱えると空へと駆け上がった。

 即、「え?」という返事をした一刀の言葉が出にくくなるほどの加速状態に入る。

 雲華がわざわざ速度を上げると知らせてくれたのは、息が思うようにできないほどスピードが出るためであった。後ろを向いていないと呼吸が本当に苦しい……いや出来ない。これは……時速にすると二百キロ……それ以上出てるんじゃないだろうか。荷を背負っているので背中は幾分マシだが、極度の風圧で急速に体が冷える感じがした。だがそれを、雲華がさらに一刀へ気功によっての体細胞微振動による体熱維持を掛けてくれているみたいで、この程度は十分我慢できた。それは『悪魔』さまのこれまでの修行に比べれば大したことではなかったりした。ある意味、苦行の修行が無駄ではなかったのだ。

 一時(二時間)は過ぎていない辺りで、雲華が駆けるのをやめる。段々と緩やかに減速してゆく。

 

「もうすぐ目的地に着くわよ」

 

 ようやくか……一刀は飛行に入ってからずっとその間、後方へ遠くゆっくりと流れてゆく雄大な風景を見ていた。最初の飛行よりもさらに高い……雲華曰く、上空四里(千七百メートル弱)をほぼ移動してきた。本当にここは……この大陸は広い。水墨画の世界のような幻想的な大河と山々。そして、この高度でも見渡す限りの広大な平原や、そこに点在する街、城郭。当然、近代的なコンクリートの高層ビルなんてどこにもなかった。自然の中に点在して人が生きて住んでいた時代であった。

 

 雲華と一刀は、今度は街に近い場所の小さな森にひらりと降り立った。一刀は、そこで雲華へ真っ先に知りたいことを質問する。

 

「雲華、ここはどの辺りなの? 泰山からは大分離れた内陸だよね?」

「ここは、予州潁川(エイセン)郡の長社(チョウシャ)県の街よ」

 

 一刀は、予州……と聞いて少し考える。最近は、雲華から各州についても少し教えてもらっているが、思い出すのは泰山郡のある兗州の南隣の州というぐらいである。他には特に思い出すことはなかった。まあ、今回は雲華の服を扱ってくれている店がここにあるというだけだろう。

 二人は二刻程(三十分)も歩かずに門のところまで来た。ここも高い塀に囲まれた城郭の街のようだ。門も大きい。そこには数名の腰に剣を差したり、槍も持って睨みを利かしている守備兵がいた。そして、街に入っていく者、出ていくものを列に並ばせて検査している。左側通行のようだ。

 

 その列に一刀も近づこうとする。すると、後ろから雲華が悠然と一刀の右腕に左腕を絡めて来る。一刀は慌てて雲華の方を向くと、いつの間にか風防と口当ては外していて、顔を見せている。そして、一刀の耳元に口を寄せて小声で話す。

 

「警戒が厳しいわ……ここは、若夫婦ということでいくわよ」

「ええっ?」

「兗州から来た、服飾の商人夫婦ということで通りなさい。はい、これ通行証よ」

 

 そういって雲華は、一刀へ一本の竹簡と、変わった形の金属片をいくつか渡す。竹簡には、何やら走り書きに印が押してある。金属片はお金で通行の賄賂だという。一刀は一瞬悩む。いきなり演技を……それも、若夫婦という事でしなければならないが、ここは腹を括るしかない。

 

「わかったよ。やってみる」

 

 そして、順調に検査の列は進み、守備兵の前に一刀と雲華が並ぶ。守備兵らは、みな一刀より低い背丈だった。腰には当然実剣が下げられている。一刀へは少し見上げるように身なりを確認してくる。

 一刀は、前に並んですでに中へ通過していった人達の真似をし、胸の前で袖に手を隠す形で合わせ僅かに進み出る。雲華もそれに続く。周辺の兵士からは、雲華の可愛さ美しさにひゅーと口笛めいた音やざわめきが聞こえる。守備兵の長らしき人物が一刀に問いかける。

 

「ここへは何しに来たんだ?」

 

 両手を僅かに持ち上げながら頭を少し下げ、礼をする形で一刀は答える。

 

「兗州から来た服飾の商人夫婦でございます。品物を届けに参りました」

 

 そういって、竹簡と金属片を兵長らしき人物に握らせる。ドキドキものである。

 後ろにいた守備兵が「この包が荷だな?」と軽く包を持ち上げながらその重さと柔らかさを確かめるように軽く全体を揉む。そして、後ろからも二人の姿を見回しながら、「大丈夫そうですな」と前にいる兵に言うのが聞こえた。前に立つ質問してきた兵長らしき人物も竹簡を一刀に戻しながら、その後ろの兵に頷き声を上げる。

 

「よし、行っていいぞ」

「ありがとうございます」

 

 そういって、一刀は門の中へと進む。雲華も終始無言で横に並ぶように付いていく。そしてようやく、二人は門の中の街の正面通りまで進んできた。一刀はここで小声で雲華に気になったことを呟いた。

 

「雲華の持っていたその剣……大丈夫だったね」

「まあ、列に並ぶ前あたりから幻術で見えないようにしていたからね。さすがに見えてたら不自然でしょう? 商人で門を通るのに、いかにも使い手!のような剣を背中に差していたら」

「え、そうなの? 全然気づかなかった……」

 

 そう言いながら、さっき預かった竹簡を雲華に返す。それを受け取りながら雲華は一刀を褒めてくれた。

 

「うまいじゃない。全く外からは自然に見えて緊張状態には気が付かないぐらいだったわよ。君は本番に強いのかしらね」

「結構必死でやったけどね。上手く出来てよかったよ」

 

 一刀は、それはそうとと言う感じで「よくそんなの持っているね?」と竹簡の通行証の事を聞くと、雲華は「他にもいくつか持ってるわよ。黄巾党に殺されたであろう商人たちが落としていったものをね」と答えた。それを聞いて一刀の気持ちは、生きるためにはそういう事もやはり必要なんだろうかと複雑であった……。

 

 さて今の時間は、未時正刻から二刻程過ぎた(午後二時半)ぐらいだ。帰りの時間を考えると長居は出来ない。今度は雲華が前に出る形で、街の通りを進む。一刀はようやくこの時代の街並みを見ることができた。この街は少し大きめの街らしい。建物はいかにも中華風で、朱の色が多く使われている感じだ。五層程度の塔もいくつか見える。まだ、日も高く、人の流れも多かった。

 しかし、一刀はいくつか気になる点があった。それはまず、人々の衣装だ。確かに中華風なのだが……ちょっと「おかしい」。基本は中華なんだけど、妙な感じにいろんな国の民族衣装が混ざっていて近代に近いデザインが入っている気がするのだ。ほかにも店頭に並んでいる本や、小物、道具などにも中華だけではない雰囲気を感じていた。

 そして、大きな違和感の一つに、武人ぽい人に女性の比率が多いことだ。鎧を着ている守備兵にも女性がちらほら見かけられる。現代の中国にある兵馬俑などを見るとそんなことは絶対に無いはずだ……。曹操や孫策、孫権は女性だという話を雲華から聞いたことを思い出した一刀は、そもそも雲華が強すぎるし、まさかここはそういう女性が強くても当然な世界なのかと考え始めていた。

 やがて、一件の店の前で雲華は止まると、「ここが私と取引しているお店の一つよ」と一刀に説明する。店の前には可愛らしい女性用の服が並び、どうやら女性服の専門のお店のようだ。一刀は「ここかぁ。ようやく着いたね」と背負っていた荷物を背中から下ろして両手に抱える。雲華はその様子を見終わると、早速中に入っていくので、一刀も中へ付いて行く……が、入ってすぐのところから、一刀の目が点になった。

 『ワァ~~オ!』と、どこからか女性の裏返った声の効果音が聞こえてきそうな、可愛らしい女性用下着が見やすく整然と大量にハンガーチックなものに、吊られたり掛けられたりして並んでいたのだ。

 男性にしてみれば壮観である。しかし、マジマジの見るのはさすがに不味い。一刀は耐え切れずに雲華へ小さめに声を掛けた。

 

「雲華、俺……荷物を渡したら外で待ってるから」

 

 雲華も一刀の居心地の悪さに気付いたのか、しょうがないわねと了解するように答える。

 

「分かったわ。一着、一着を査定をしてもらうことになるから、二刻少し(三十分)ほど掛ると思うけど、このお店から余り離れないでね」

 

 すると、店の奥から一刀達の声を聞きつけたのか、二人の女性が現れた。一人は若く、もう一人は店主なのだろうか、相応の年の女性だった。年上の女性がすぐに話し出す。

 

「あら雲華殿、久しぶりですね。今日は?」

「どうも。新しい服を作りましたのでこちらで売って頂けないかと」

「あらあら、良かったわ。雲華殿の服はとても人気があるから、次はいつ入るのかと、多くの方から聞かれてましたから。特に……とある立派なお客さまから、事あるごとに良く聞かれましたので困っていたところなのです。ぜひお持ちの新作をお見せいただきたいですわ」

 

 雲華はその話を聞いて「わかりました」と頷くと、後ろにいる一刀から大きな包みを受け取り、店にある大きめの机の上に置くと包を開き始めた。若いお店の女性もそれを手伝う。色々な可愛らしい服に交じって、落ち着いた良いデザインの女性用下着も幾種類も出てきた。それを見て一刀は、赤くなりながら慌てて体の向きを変えると雲華に声を掛ける。

 

「じゃあ、雲華。俺は外に出ているから」

 

 雲華は、振り向いて頷くと、また商品の方を向いて仕事に戻った。

 一刀は静かに、しかし急ぎ気味に店内から店の外へ向かう。

 

 年上の女性が「あの方は、よろしいので? 中で休まれては」と言うが「お気になさらずに」と雲華は返していた。今回は、このお店がお客なのだ。雲華は一刀を一人に……と多少気になるが、世話になるのはあまりよろしくないと考えた。気は追っているので、一刀に何かあればすぐに対応は出来るしと。

 

 少し慌て気味に、一刀は外へ出た。ふう、と一息落ち着いて前を見ると……店の前で小さな女の子が泣いていた。

 

 

 

 

 

 この店の前の通りは、この街では広めの幅があった。八メートルぐらいはあるだろうか。東西に延びるこの道のどうやら西の方から来たのか、一人の幼い女の子が目元を両手で押さえながら「ううぅううぅ」と呻くように鳴き声を出しながら、フラフラと人ごみの中を進んで来た。身長は百十センチも無いだろう。髪は黒に近いグレー系で、前髪は左目の上辺りで左右別けされ、耳前はふわふわくるくるで長めであった。後ろは長めのツインテール。結び目部分は髪でお団子にされ、結びに赤のリボンを巻かれている。服は胸に細めの白いリボンの付いた、褪せた緑系のスカートの服を着ていた。靴も茶色系のしっかりした布で作られたものを履いていた。服に繕いやほつれなどは確認できないし、靴も痛みは酷くないところから家は普通よりも裕福な部類に入るのではないかと予想できた。

 そんな子が、泣きながらずっと歩いて来たのだろうか? しかし、周りの人は一瞬目線を向けるがほぼ無関心のようだ。戦乱気味の時代とはいえ、困った子供の事などに手を差し伸べる余裕などないというのだろうか……?

 だが、一刀はその女の子に声を掛けずにはいられなかった。

 

「どうしたの?」

 

 不意に少し離れた横から声を掛けられた小さな女の子は、一瞬ビクリと驚いた顔で、両手を胸まで下げて、声を掛けられた見知らぬ少年の方に顔を向ける。目尻が少し下がり気味だが、目のぱっちりとした綺麗な顔の子だった。しかし、すぐに「ううううぅ」と顔を崩して泣き出してしまった。一刀はそんな少女の傍へ行って、膝を落として目線を合わせて再度やさしく声を掛けた。

 

「僕は北郷っていうんだ、どうして泣いているの?」

 

 すると一刀の様子に少し安心したのか、小さな女の子は、たどたどしく理由を話し出す。

 

「ううぅ……はぐれちゃったの……みんないなくなっちゃったの……ううぅ……」

 

 小さな女の子は、絞り出すように一刀へ泣いている理由を口にした。どうやら、家族と逸れてしまったらしい。西から来たよな……と考えて、小さな女の子に一刀は西を指差しながら優しく質問する。

 

「ねぇ君は、こっちから来たよね? ずっと向こうから来たの?」

「……うん、そう」

「そうかぁ」

 

 どうやら予想通り、この通りを西から来たことは間違いないみたいだ。この子の足でずっとと言ってもそれほど遠くないだろう。この街の一辺はそれほど長くないはず。そう考えて一刀は小さな女の子に提案する。

 

「よし、じゃあ僕が一緒に探してあげよう。さっき言ったけど僕は北郷って言うんだ。君の名前を聞いていいかな?」

「ほんごう……お兄ちゃんが……いっしょに?」

「そうだよ。それで君の名前を教えてくれないかな?」

 

 すると、小さな女の子は泣き止むと、ぱぁぁと綺麗な可愛い笑顔を一刀に向けると、自分の名前を教えてくれた。

 

「私は、白(ぱい)というの。ほんごうお兄ちゃん」

「そうか、白ちゃんか。じゃあ、一緒に探しに行こうか?」

 

 一刀は、膝を落とした体制で、白ちゃんに手を差し伸べる。白ちゃんはその手を大事そうにぎゅっと左手で掴むのだった。一刀は、白ちゃんを見ながらゆっくりを立ち上がる。白ちゃんは笑顔で、そんな一刀を見上げていた。一刀は、ゆっくりと歩き出す。白ちゃんも歩き出す。ペースは白ちゃんに合わせてゆっくりである。ここで一刀は、白ちゃんに大切な事を聞く。

 

「白ちゃんは誰とはぐれたの?」

「お兄ちゃん……」

「そうか……お兄ちゃんだけ?」

「んー他にもいっしょにいたけど……」

 

 他にもいたけど、よく知らない人達なんだろうか? とりあえず、兄さんがいるようだ。

 一刀は道を歩きながら、この子に気付いてくる人がいればいいけど……と考えながら前方から向かってくる人達を確認しながら歩いていた。そして、数分ほど歩いただろうか。

 すると、後ろから男と思われる大きめの声を掛けられる。

 

「おい、お前!」

 

 一刀は唸るようなその低い声に、思わず振り返って、そして少しギョっとする。一緒に振り返った白ちゃんは、口元に空いていた方の右手を当てて震えて固まっていた……。

 その男の顔には大きめの刀傷があった。そして、その男は一刀より頭半分ほど大きな巨漢の男である。そして縦もあるが横もあった。この時代では希少な体躯の持ち主なはずだ。

 服装は乱暴な着こなしで、間違っても品がよい身なりではなかった。髪も長いぼさぼさの髪を後ろでに縛っている。そして、腰には当然のように実剣を下げていた。

 

「そいつは、俺の妹だ! 早くよこせよ」

 

 その男は、事情を近くで聴いていて知っているのか、乱暴に白ちゃんを自分の妹だと言ってきた。獣のような鋭い目で、一刀と白ちゃんを交互に見ている。特に白ちゃんへの目付きが獲物を狙うかのような目つきに変わったのが気になった。この時代に来る前の一刀だったら、こんな大柄のチンピラに凄まれたら完全にビビっていたと思うが、すでに『悪魔』さまを知っている今の一刀だと、「自分よりは結構強いかな?」ぐらいの感情しか湧いてこない。かなり冷静に様子を見る事が出来た。

 

「おい、早く渡せよ」

 

 その男は、強引に白ちゃんの手を取ろうと前に出ようとした。そこで一刀は、どう見ても白ちゃんの兄には見えないその男を手で遮り声を掛けた。

 

「ちょっと、あんた、待ってくれ」

 

 その乱暴な男は一刀の声で動きを止めるが、邪魔をされたことに苛立った顔付きで一刀を睨むと、今度は口元をニヤけさせてこう告げた。

 

「おいおい、命のあるうちにその妹を俺に渡しとけや、兄ちゃん。ぶっ殺すぜ。……そこの妹! 来ないなら、お前もぶっ殺すぞ!」

 

 そういうとその乱暴な男は、腰の刀に手を掛ける。この男の所作を少し追って見た物腰から結構剣を使うことが予想できた。

 剣の腕に人間性は関係ない。強い奴は強いのだ。

 一刀の横にいる白ちゃんは、完全に震え上がって口がカチカチと音を立てていた。だがここで、このままだと二人とも切られると思ったのか、白ちゃんは一刀の手を放そうとしたのだ。自分を犠牲にすればと……。

 一刀も一瞬考えた。おそらくこの乱暴な男の方が強い。この子を渡さなければ切られるだろう。白ちゃんの顔を見る。彼女の顔は恐怖に歪んでいた……でも、彼女はみんなが生きる選択をしようと考えたのだ。

 一刀は思った『俺はこれでいいのか? 本当にこんな世界でいいのか?』……と。

 そして一刀の口から次の言葉が自然と出てきた。

 

「やれるもんならやってみろよ……。この子はあんたには渡さない」

 

 その乱暴な男は、意表を突かれたのか一瞬、「ん?」という顔をしたが直ぐに笑い出す。そして自信満々に自分の武力をひけらかすように言い放った。

 

「はははは、兄ちゃん……俺の剣の腕を知らないんだろう? 俺は百人隊長もやったことがある男なんだぜ? 悪いことは言わねえ。さっさとそのガキを渡せ!」

 

 もう次に一刀から「わかりました」と聞くだけだと思ったのか、その乱暴な男は胸元で腕を組んで仁王立ちし一刀の言葉を待っていた。しかし……一刀の言葉はこうである。

 

「そんなのは関係ない。百人隊長の腕も関係ない。子供が怯える……こんな世界は絶対間違っているんだ!」

 

 一刀の言葉に、ガキが綺麗ごとを並べてんじゃねえよ!とその乱暴な男は切れるように言葉を吐く。

 

「……てめえ、何言ってんだ? 弱い者は死んでゆく。ただそれだけ――なんだよ!」

 

 そして、そう言い終わる前にその乱暴な男は、抜刀し一刀に切り込んで来ていた。一刀もほぼ同時に白ちゃんの手を離し剣を抜いて前に出る! そうしないと……白ちゃんも危ない。

 木人よりも一回り強い相手。おまけに初めての実剣。しかし、体はいつも通りに動いていた。いや、いつも以上か。絶対に負けられないという気が全身に満ちている。相手よりも、早く強く打ち込むことを心掛ける。例え現実としては届かなくても……。

 数度打ち合うと、一刀はその乱暴な男に吹っ飛ばされていた。やはり強い。百人隊長は伊達じゃなかった……。

 幸い、一刀は、刀傷は受けていなかった。しかし、戦い慣れしたその乱暴な男は荒っぽい戦場のケンカ剣術だった。互いに打ち合う剣撃のなか、強烈な前蹴りを一刀は腹へ受けてしまった。

 なんとか腹筋で受けたが、うずくまって立ち上がれない。その一刀へその乱暴な男はゆっくりと迫る。

 先ほどから、道の往来で始まった切り合いに遠目の人の輪が出来ていた。しかし、まだ警備兵が来るには時間が掛りそうに思えた。剣を握った男は、もう一刀の前まで来ているのだ。一刀の命は風前の灯であった。白ちゃんはさっきの手を離した場所から震えながら見ているだけだ。それを横目で見たその乱暴な男は一刀に向かって話す。

 

「バカなガキだ。早めにあの娘を渡せば死なずに済んだのによ。……じゃあな♪」

 

 何とか体を起こしていた一刀の頭上に、すさまじい威力と速度でその乱暴な男が振り下ろした剣刃が迫った。これは死んだな……と一刀は思った。しかし次の瞬間……一刀にはそれがなぜかゆっくりと見えていた。ゆっくりなのでちょっと、体を動かしてそろそろと歩いて別の場所に移動した。

 一刀が座っていた位置を、今は誰も居らず、何もない場所を、その乱暴な男の剣が通過する。ブンという風切り音だけが辺りに響いたあとに、周りから驚きの声があがる。そして、二つの大声がはっきりと周りに聞こえた。

 

「……なにぃ!?」

「ちょわわ。動き早! なかなかやるねぇ!」

 

 一つはその乱暴な男の、一刀を仕留めそこなった事とそこに誰もいない事、そして……自分の右腕に七寸(十六センチ)ほどの小刀が刺さっていた事への驚愕の声。

 そしてもう一つは……いつの間にか一刀の近くまで来て、立って見ている女の子の感嘆の声だった。

 一刀は、先ほど座り込んでいた所から、数歩移動した所で剣を持って立っていた。しかし、ダメージは残っている。その一刀も、痛みをしばし忘れ驚いていた……傍にいるこの子はだれ?と。

 その女の子はとにかく帽子が目を引いた。オレンジのカンカン帽の右横部分一帯にどういう原理なのか可愛いお花が咲き乱れている奇特な物であったのだ。髪は見える範囲だとミドルのボブ風、前髪は目元まで伸ばして軽く先がカールしている感じ。目は目尻の位置は普通だが、黒目の部分がやや大きく見える。少し猫っぽい愛嬌のある目をしている。

 服装もなかなか派手なものを着ていた。上は白に近い水色で洋服に近い感じの紐ではなくボタンのように思えるデザインと襟もとがおしゃれなリボンとアクセサリー類が付いていた。上着は袖が長く口も広くオレンジ系の中華風のものだった。

 下は動きやすい七部丈のズボン風な黒地の中華服である。刺繍が華やかな花の模様だ。靴は平底で踵も低い動きやすいものを履いている。

 そして、両手には三尺(六十二センチ)程度の短めの剣を持っていた。

 一刀はその女の子に話掛ける。

 

「えっと……あの……あなたは?」

「あなたの考えは悪くないなってね。助太刀に来てあげたよ」

「そ、それはありがたいんだけど……」

 

 そこで「くそ!」とその乱暴な男は腕に刺さった小刀を抜いて投げ捨てる。そして、小刀を投げてきたであろう、乱入してきたこの女の子に怒り心頭な声で怒鳴りつけた。

 

「このクソ女が! よくもやってくれたな。お前もぶっ殺してやる」

 

 すると、彼女は「やれるもんならやってみれば?」と、先ほどの一刀と同じセリフを怒気を乗せて発した。もはや、怒りの限界を超えて、その乱暴な男は問答無用で、この女の子に切りかかっていく! 一刀も割って入ろうかと動こうとしたが……彼女の動きが尋常ではなかった。

 その乱暴な男の剣を片手であっさり軽く弾くと、両手に握った剣を高速で数撃、男に浴びせると、背を向けて静かに白ちゃんのところまで歩いて行く。

 

 その乱暴な男は、膝を付いてしゃがみ込んだ。と同時に髪の毛が左半分バッサリと落ち、上半身の鎧と着いた服がドサリと何分割かで地面に落ちて、上半身の裸を晒していた。

 白ちゃんのところまでいった彼女はゆっくりと振り向いて目を細めると、その乱暴な男へ送る言葉の最後には殺気を込めて言い放つ。

 

「この辺りのお店で、『女の子の服』でも買って着るなりして……もう、帰ったほうがいいと思うが?」

 

 圧倒的な、武技の差を思い知らされたその乱暴な男はどうしようもないことを悟ったように「く、くそ!」という、まともに言い返せない悔しさ全開の言葉をもらして遁走していった。周りを囲むように弧を描いていた人垣も争いの終息により散ってゆく。

 

 白ちゃんは、もう震えてはいなかった。この傍にいる女の子にぎゅっと掴まると、白ちゃんから一刀が予期していなかった言葉が出てきた。

 

「遅いよ、単福お姉ちゃん。このお兄ちゃんが……一緒に居てくれて……助けてくれたの。やさしいの」

「うん、わかってるよ。白ちゃん」

 

 『単福お姉ちゃん』と呼ばれたその少女は、そう言って優しく白ちゃんの頭を撫でる。その親しい様子を見て、一刀は一応確認する。

 

「あれ? 君は、この子のお姉さんなのか?」

「改めまして、私は単福といいます。ああ、この子は親友の妹なんだよね。引っ越すことになったんだが、この辺りは人が多くて逸れてしまって……さっきから、知り合いと手分けして探していたんだ。本当にありがとう」

 

「たんぷくさんですか。俺は北郷といいます。いや、こっちも助かったよ。君が来てくれなければ危ないところだった」

「単福と呼び捨ててくれていいから。親友の妹を助けてくれた恩人さんだからね。危なかったか……まあ、そういうことにしておいたほうがいいのかね?」

 

 一刀は単福という少女の目線が、なぜか一刀の後方を見ていたので、その先を追ってゆっくりと振り返って見ると……少し離れた道の脇に仁王立ちする『悪魔』さまと目が合ってしまった……。

 

 単福は、白ちゃんの手を引くと、一刀に向かい別れの言葉を伝える。

 

「名残惜しいんだけど、先を急ぐのでこの辺りで失礼させてもらうよ。本当にありがとう!」

「いいや、こっちも助かったし、困ったときはお互い様だよ」

「ほんごうお兄ちゃん、ありがとう」

 

 白ちゃんの笑顔で、すべてが幸せに済んで良かったと思う一刀だった。

 

「そうだな俺も行かないと。じゃあ単福も白ちゃんも、引っ越しの道中気をつけて、元気で!」

 

 人で込み合う通りの中、単福に手を引かれる形で白ちゃん達は歩き出す。三人はお互いに笑顔で手を振りながら、短い出会いを惜しみつつ別れた。間もなく、単福と白ちゃんは人ごみに掻き消えて見えなくなる。

 ふと気が付くと、一刀の横には雲華が立っていて、不満一杯の口をへの字に曲げた顔で一刀を横目で睨むように見つめていた。

 

「や、やあ、雲華。……ごめんなさい」

「……全く、君は……いきなり、問題に自分から飛びこんで行くとは……。どうやら私の修行が全然足らないみたいね。明日からも、どんどん行くからそのつもりでいてよね」

 

 どうやら、雲華はイライラしているみたいだ。何かに火をつけてしまったようである。

 

 雲華の服の方は、結構な金額で引き取ってもらえたらしい。とりあえず、当面資金には困らないそうで良かった、良かった。

 しかし……一刀は帰りの飛翔術で死にかけた……これは良くなかった……。

 時間が遅くなったという理由から、雲華は行きよりもさらに加速し、より高高度で帰ったのだ。わずか半時(一時間)で、泰山まで戻っていた。一刀は軽い全身凍傷と酸欠状態であった。まあ、雲華の気功で即復活させられたが。簡単には『悪魔』さまは死なせてはくれないのである。

 

 再び結界内に入るとき、一刀は疑問に思っていたことを雲華に聞いた。

 

「家から、いきなり飛翔術で飛んだ方が早くないの?」

 

 すると、雲華はきちんと答えてくれた。

 

「結界内は鳥以外の不法飛行侵入者には罠が発動するから、私でもいつもここまでは歩いてるわよ。そうね……君だけ、家まで飛ばしてあげようかしら? きっと楽しいわよ」

 

 冗談じゃない。どうも、雲華はまだイライラしているように見えた。

 結界の入口を通って歩いて雲華家に付いたのは日が間もなく沈むころであった。

 

 

 

 

 

 

 そして……ここにも、夕暮れが迫る中の街道を進む一行があった。

 単福はすでに親友と合流し、引っ越しの旅の途上にあった。単福とその親友はそれぞれ馬に乗り、彼ら各々の使用人たちがその後ろに数台の馬車で荷物を引いて続いている。

 

「世の中には、なかなか面白い漢がいるね。世の中まだ捨てたもんじゃないよ」

 

 単福に並ぶ馬上にて、白ちゃんを手の間に乗せたまだ若い青年は、幼馴染の単福の話を聞いて話半分の返事をする。

 

「ふうん……そうなのか?」

 

 それへ反発するように、上を向いて兄に訴える白ちゃんの声が聞こえた。

 

「ほんごうお兄ちゃん、弱虫じゃないよ!」

 

 彼らの旅は続く、一刀の修行もまだ続く。

 

 

 

つづく

 




2014年04月04日 投稿
2014年04月08日 見直し文章修正
2014年04月24日 見直し文章修正
2015年03月05日 文章修正(時間表現含む)
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