真・恋姫†一刀無双 ~初出会は少女仙人-混沌の外史~   作:カメル~ン

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第○➆話

 

 

 

 一刀は薄っすらと気が付いた。

 まだ目を瞑っていたが、雨の音が聞こえる。そして、段々と覚醒する。どうやら、外の雨音で目を覚ましたようだ。ゆっくりと目を開く。

 雲華の家は外壁が隙間なくしっかりと作られているので、板の間から光が入ってくるようなことはない。これは夜の間、外から室内の光が横と下から漏れて見つかることが少ないようにそう作ってあるそうだ。

 なので窓が閉まった状態だと、日が昇っていてもかなり暗いのだ。しかし、真っ暗というわけではない。きちんと家の外壁に設置された、僅かだが光取りがある。

 それを頼りにしようと思うのだが、日が昇っていないのか、それとも雨雲が厚いのか、いつも以上に暗かった。一刀は手で探る感じで窓辺までいき、庇式の窓を押し開ける。部屋が少し明るくなった。

 同時に隔てる物が無くなり、雨音が大きく聞こえてくる。窓のつっかえ棒をし、少し窓から首を出して周りを見ると結構な大雨だった。そして、外もかなり暗い。雲が厚いのか、時間が早いのか……雲華が起きていないところを見ると、まだ時間は早いのだろう。

 まあ、早く目が覚めて当然だろう。窓辺でゆっくりこうして時間を遡って思い出すと、昨日、温泉で『細く短く黒いモノ』をじっと見ながら、ひとセリフ呟いてから、今のこの時まで時間が飛んでいるのだ。

 前日の夕方前から寝ていれば早く起きても不思議ではない……いやいや状況からして、永眠しなかっただけで……ましてや、それ以前の『貴重な記憶』は克明に残っているし!

 一刀は、損失がただ半日ならほぼ丸儲けのような気がしてきた。

 とりあえず、気を取り直して寝床を片付け、食卓を元に戻す。

 そんなプラス思考をし始めた一刀だが、なにげにお腹が、ぐ~と鳴ってきた。

 現実は厳しい……しかし!もっと大事な事があったのではないだろうか!?

 そう、あの『スゴく貴重だったかもしれない細く短く黒いモノ』は、どこに行ってしまったんだろう!と、クダラナイことを考えて頭を抱えたり両手を天に伸ばしたりし、ワタワタしていた一刀へ思わず声が掛る。

 

「お、おはよう、北郷」

 

 ビクりと……一刀は動きを止めてゆっくり振り返ると、雲華がすでに梯子から降りて来ていて床に立っていた。少し顔を赤くしているように見え、その目線が一刀からチラチラと外し気味である。一瞬、『考えていたモノ』がシンクロしていたのではという感じがしたが、一刀も遅れ気味に少し照れながら雲華の顔を伺うように返事を返す。

 

「……おはよう、雲華」

 

 そこで改めて気付いたのだが、いつもは後頭部の旋毛のところで玉状に纏めてある雲華の髪が、今日はすべて下ろされたままであった。前髪も真ん中で軽く分けられ横に流している。長さは腰ぐらいまであり、見事なつやのある黒髪である。

 一刀は、髪を下してもまたいつもと違う美しさのある、綺麗な雲華の姿をしばらく見入っていた。

 そして、自然とその事について聞いてみる。

 

「今日は、髪を下ろしてるなんて……どうしたの?」

 

 雲華は、この髪の姿を一刀にじっと見られていたのが恥ずかしいのか、まだ赤いような少し複雑な感じの表情だったが、最終的にはムッとした顔をして答える。

 

「北郷……昨日の罰よ。私の髪を……この櫛で梳くのよ」

 

 そういうと雲華は、半透明のような綺麗な細工のある櫛を一刀に渡す。これが鼈甲細工の櫛というものだろうか。そして、雲華は長椅子を少し食卓から離すと、椅子の端に横側を向く形で座る。そして自分の後ろ側の長椅子の空いた部分を、ポンポンと叩き催促する。

 

「さっさとここに来て。ゆっくり丁寧に梳くのよ」

 

 『悪魔』さまの指示である。一刀はやるだけであった。

 一刀は長椅子に片膝をついて、少し腰を高い位置にする形で雲華の後ろについた。すると雲華がさらに指示をする。

 

「髪の裏側に手を差し込んで、少し手前に浮かせてゆっくりと梳きなさい」

 

 雲華は横に流していた前髪を手で取って、こんな感じでと一刀に手本を見せてくれる。そして梳く順番も、分かりやすく髪に手を当てながら指示する。

 

「まずは真ん中の頭の上の方から毛先まで何度も丁寧にゆっくりとしてみなさい。それが終わったら少しずつ外側に……そうね、右側から端の方に進めていってみて」

 

 一刀は、手本に倣ってゆっくりと雲華の髪を梳いてゆく。

 頭の中央の上からゆっくりと何度もサラリと通るようになるまで。中央部分が終わると少しずつ外側へまず右側から、何度も丁寧にゆっくりと梳いてゆく。そして次は左側へと。すると、雲華が褒めてくれる。

 

「……なかなか、うまいわね」

 

 雲華の髪を梳くたびに……いや、雲華の傍にいるとイイ臭いがする~~。

 一刀は思った。こんな『罰』なら、いつでもどこでも喜んで!と。

 とりあえず、一刀は聞いてみた。

 

「雲華はいつも、これ自分でやってるんだよね?」

「そうよ」

「やっぱり、めんどう?」

「まあ、巻いてしまうから、今日みたいにしっかり丁寧に梳くことは少ないけどね」

「ふぅん。大変そうだな。なんなら俺が、毎日してあげようか?」

 

 すると、雲華はピクっと背筋を伸ばして、そしてゆっくりと上目使いに振り返る。

 顔がまた少し赤い。そして、ちょっと遠慮気味に聞いてくる。

 

「ほんとに? ……嫌じゃない?」

「全然」

「じゃ、じゃあ、お願いしようか……な。また……呼ぶから、してよね」

「わかったよ」

 

 その返事を聞いて、雲華は嬉しそうに微笑んでいた。

 

 罰と称しての一刀に取ってはある意味、『堪能の時間』と化した髪梳きの時間はほどなく終わり、雲華もご機嫌気味に「朝食にしましょうね♪」と笑顔で告げて調理室へ向かう。

 一刀は髪梳きで移動していた長椅子を元の位置に戻し、のんびり雨音を聞いていた。

 まもなく朝食になり、食事をしながら一刀は雨が降ってるし今日の予定はどう?と雲華に聞く。

 前の雨の時は勉強と、その後は雲華に受けた体の部位の絶を回復するというのを、散々やらされたのだった。共に室内で可能だったからだが。一刀は、まあ今日もそんな感じだろうとは考えた。

 すると、雲華の口から少し予想外の話が出てきた。

 

「少しだけ、君の知ってるこの時代の事を聞いてもいいかな?」

 

 一刀は予想外だったが、二階の彼女の部屋の様子から勉強熱心でもあるのは知ってるので、一瞬、間が空いたが「いいよ」と返事をした。

 朝食が終わってその片付けが済むと、雲華は食卓へ戻って来て長椅子に座る。

 そして、雲華からの質問に一刀が答える形で、この時代の知っている事を一刀なりの浅い知識だが話した。一刀から聞くことはしなかったが、雲華はこの時代より先の事について質問してくることはなかった。

 質問してきたのは、この時代の服の事、時間や重さや距離等の単位の事、お金の事、書物の事、有名な武将の事。武将の話では、特に知勇兼備な武将ではだれが有名だったかというので趙雲や周瑜らの事について知っている事を話した。

 そのなかで一番長かったのはやはり服の事だった。仕事に関係あるからか興味深々だったが、残念なことに一刀自身はせいぜいゲームの三国時代の武将のコスチュームぐらいのイメージしかない。大きめの木簡にイメージを少し書いてみたりとか。しかし、それでも雲華にはある意味『新鮮』だったようだ。

 それが半時(一時間)ほど続き「わかったわ、ありがとう」と雲華は言ってくれた。

 そして、じゃあ読み書きの勉強を始めましょうと、二人で筆記用具を用意し、竹簡の冊等を広げて勉強をはじめた。最近は少し難しめの文章についても読める物が増えてきた。相変わらず、個々の漢字についての知識習得に多く時間が割かれている。中国の漢字の数は日本よりも結構多いのだ。おまけに形がいろいろ違うのは困った。

 一時(二時間)弱過ぎた辺りで、休憩を挟む。

 その時に雲華の入れてくれたお茶をのほほんと飲みながら、さっきまで見ていた竹簡の冊を復習がてら読んでいると、服に関する記述があった。

 一刀はそこで、ふと閃いたことがあった。そう……『メイド服』である!

 雲華は服が作れるのだ。もちろん、雲華にそれを着てもらいたいと思っている。そして、その恰好で横へ立ってお茶を入れてもらいたいのだ。

 目の前で、一刀の表情の様子が変わったのに気が付いた雲華は聞いてみる。

 

「どうしたの? ……なんかイケナイことを思いついたような顔をして」

 

 なにげにスルドイなと、一刀は感心しながら雲華に話す。

 

「実は雲華の裁縫の腕を見込んで、ぜひ作ってみてもらいたい装飾の服があるんだけど」

 一刀から出てきた答えを聞くところ、ヨコシマなモノではなさそうなので、少し期待外れ的な「ん?」という表情をした雲華だったが、服という得意分野のこともあるので、あっさりと話の先を促すように聞き返す。

 

「どんな服なの?」

「『メイド服』って言うんだけど……」

 

 すると、雲華は少し、怪訝そうな顔をして聞いてくる。

 

「え? めいどって……あの世で着るような、冥土の服?」

 

 思わず、目の前にいる雲華が白い着物に△頭巾を付け、手の甲を胸の目でダラりと下げた姿を想像して、一刀は飲みかけたお茶を吹き出してしまう。「汚いわね……」とお叱りを受けるが構わず笑う一刀。

 

「うははっ、違うよ! んー、そうだな。『メイド』ってのは意味合いで言うとお手伝いさん…使用人のことなんだけど。俺のいた時代では、飲食店の女性の給仕さんが可愛く着飾るのに着ているんだ。俺的には大好きな服なんだよ」

「ふぅーん」

 

 雲華は一刀から目線を外して、右手を顎の所に当てると、小声でなにか言ったような気がした。

 

「……(ふぅん、めいど服か……一刀が好きな服なのね。……作ってあげようかな)」

「え? 雲華、何か言った?」

 

 雲華は、少し慌てたように「ううん」と首を小刻みに横に振った。そして「とりあえずだけど」と付け加えて、一刀にその服はどんな装飾がされているのかを尋ねた。

 一刀は口頭ではなく、大きめの木簡を何枚も継ぎ足して使って、その服のデザインを具体的に筆を使って描いて見せる。それを見た雲華は……一度、目を静かに閉じるとパッと見開らき、思い付いた事を正直に明確に一刀へ疑問とともに伝えた。

 

 

 

「これを……この裾が『極端に短い』この服を……誰に着せて……君は一体何をしたいのかな?」

 

 

 

 一刀の描いたイメージ図は、ほぼ全身像で可愛いミニスカのフリフリだった。

 雲華の右手の人差し指が、その絵のスカート部分を、足がムチムチの……ふとももがむき出しのところを指し示していた。

 どうやら一刀は『悪魔』さまに対してやってしまったらしい。ふと一刀が気が付くと、雲華の両目の瞳が、蒼い光を放っていた……。

 

「ギャァぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!」

 

 休憩のはずだったが、いつの間にか雲華から一刀へ、痛覚に対しての連打の特訓になっていたことは言うまでもない。痛覚を早めに自力で絶の状態にしないと耐えられないほどなのだ! その時の一刀の絶叫は、外の雨音に打ち勝って森の遠くからも聞こえたという……。

 そして、一刀の本能の赴くまま描いたイメージ図は、全身が痛みで痺れる中、手直しさせられていた。

 でも、雲華はやはりやさしい。結局作ってくれるらしい。……そして――

 

 

 

(きっと着てくれるよね?) ……だれが? ……もちろん雲華が、だ!

 

 

 

 そう思わずにはいられない。そうでなければ、厳しい修行に耐えて生きる楽しみが、ケズり、エグられる思いの一刀は、目を閉じ拳を握り震わせるのだった。

 雲華は、そんな一刀を少し生暖かい目で見守っていた。

 

 気が付くと、時間はもうお昼前だったので「昼食にしましょう」と雲華の一声で昼食となる。

 雲華は食堂の隣の調理室へ入ってゆく。そこはそんなに広くない。畳の広さだと二畳と少しぐらいか。二口の竈と食糧棚、水瓶、排水溝がある流し台ぐらいで横長の窓が一つある。

 山菜と言っても種類が豊富だと、捏ねたり蒸したり焼いたり煮たりすれば料理の種類も驚くほど増えるものなのだ。

 雲華は料理も手慣れているようで、味がうまくて作るのも速い。調理室から聞こえてくる包丁で食材を刻む音が半端ない。トントンという音ではない……カカッという高速で短い斬撃の音が何度か聞こえてくるのだ。そのあとでジャッと油で炒めている音が聞こえてくる。

 きっと、すべて映像を早回しで見ているような、そして手元は見えないんだろうなぁと一刀は考えていると、早くも出来た料理が運ばれてきた。極端に言うと「昼食にしましょう」と調理室に入って、間もなくすでに出来上がったお皿を持って出てくる感じである。

 冷凍食品でもこんなに早くは出てこないぞと思う一刀であった。魔法のような手際だった。神気瞬導恐るべし。

 昼食を終える。雲華は皿類を持って片付けに向かう。その間、一刀は食卓を拭いたり、食堂の床の掃除をしていた。

 外の雨はまだ降っていた。

 一刀はとりあえず、この後は先ほど中断した読み書きの勉強の続きかなと考える。

 そして、雲華が戻って来た。すると「修行をしましょうか」と、のたまうのだった。「なにするの?」と一刀は素直に聞いてみる。すると雲華は説明を始めた。

 

「これまで一刀は、私から……外から気を絶たれる事に対してや、自分で気を通すのを止めて絶にして、それを元に戻すことを繰り返し身に付ける事をしていたのよ。それは、神気瞬導の防御の基本技術なの。そして、私が見る限り一刀は、その基本が漸く出来るようになってきた。それでこれからは、少しずつ神気瞬導の攻撃の技術にも入って行くことにするから」

「おおっ?……というか、第一条だから基本かなとは思ってたけど、あれは防御だったのか」

 

 雲華は、一刀の基本が即防御?という考えに、少し呆れた顔をして嗜める。

 

「違う。防御の元になるものでもあるし、攻撃の元にもなるものを一刀は習得しかけているのよ。まず、自分の体の気の流れを自在に制することよ。神気瞬導の基本と真髄もそこにあるの」

 

 一刀へ分かりやすく説明すると、雲華はまだ未熟な彼へ大切なことを教えてゆく。

 

「武術だけじゃない。物事は何事もすべて基本が大事よ。それだけは覚えておきなさい。逆に基本が出来ないと、技など小手先だけ身に付けても『それだけ』で終わってしまう。基本があってこそ、防御や攻撃の技をより他の技とも結びつけ発展させて行く事ができるのよ。そうすることで技の幅も視野も広くなる。これから学ぶことが基本とどう結びついているのかよく考えて習得しなさい。真に強くなるには、それが出来ないとだめよ」

「……わかったよ」

 

 一刀は雲華の言葉に素直に頷く。彼女は厳しいが、やさしい。きちんと教えてくれるのだ。

 一方、雲華も一刀の道理に対する素直さも気に入っている。その態度に彼女は自然と微笑んでしまう。雲華は穏やかに話を進める。

 

「神気瞬導はまず、自分の体の事を良く知り、肉体のすべての器官を自在に使いこなす知識が必要なの。君はもう、体中の各器官への気の流れを把握してる。把握していれば部分的に動かす事や止めること、そしてこれから身に付けるであろう強化なんかも可能になる。それを知っていないと、まず重要な防御も取れない。さっき、私は君に痛覚の無差別攻撃をやったけど、基本が出来ずに痛覚をいち早く切れなかったら、君はすぐに気絶してたはずよ」

 

 一刀は話の内容を理解して、雲華の顔を、その目を見ながら小さく頷いた。一刀の理解に満足し、雲華は一刀を少し褒めてくれる。

 

「私は痛覚を切れとは指示していないのに、君は不慣れなりに無意識に神気瞬導の第一条を使って凌いでみせたのよ。よく出来たわ」

 

 一刀は改まって褒められてちょっと照れ臭かったが、雲華に喜んでいる顔をさせる事が出来たことの方が嬉しかった。もっと頑張らないとと思う一刀だった。

 雲華は、さて漸く本題に戻るわよと言うと、午後からの修行について話を始める。

 

「北郷。君は今まで自分の体の事ばかりだったけど、今度は外に対して気の認識を広げていくのよ」

 

 すると、雲華は食卓の上に出していた両手の内、右手だけをテーブルの下に隠した。そして、ニッコリしながら一刀に質問する。

 

「さて、私の右手の指は、今何本立てているでしょう?」

 

 一刀は、右手がある位置を机越しに見る……しかし、当然見えているのは食卓上の木目のみである。一刀は、自分以外の、他人の気を見る方法が分からなかった。目を凝らしたり、力を入れて見たりするが見える物は木目なのは変わらなかった。

 

 雲華は、その様子を伺っている。

 少しすると、なるほどと雲華は一刀から目線を外すと、何かに気が付いたようだった。彼女は右手を再び食卓に上げると一刀へ先ほどとは別の質問をする。

 

「君は今、自分の手の気の流れをどうやって見てるのかな? 今、見てみてよ」

「え? 自分の気の流れ?」

 

 そうそうと、雲華は一刀に促す。

 すると、一刀は目を瞑り何かを感じているようだった。その時に雲華は一刀に声を掛ける。

 

「今、私の右手の指は、今何本立てているかな?」

 

 一刀は目を瞑ったまま雲華の方向を見る。すると、前方に、雲華の座っている辺りに薄く流れが見えた。その中で右手なのか、はっきりと気の流れが見える部分があった。おそらく雲華がよく見えるように気を高めてくれているようだ。よく見ると二本真っ直ぐなのが見え、三本が曲がっている。一刀は見たままを答えた。

 

「二本?」

「正解よ。なるほど……目を瞑って認識しているのかぁ。それは矯正しないといけないわね。これからは目を開いた状態でも自分の気の流れが見えるようにしなさい。その方が有利に戦えるから。大丈夫、慣れれば見えるようになるわ」

 

「分かった。これからはそうしてみるよ」

「そうだ! ちょっと手助けしてあげる」

 

 そういうと、雲華は席を離れて窓際に移動し窓を閉め始めた。雨が降っているので曇天のため薄暗い部屋は、二つ目の窓を完全に閉じると一気に暗くなった。明暗差に慣れるまでは、一刀の視覚は一気に真っ暗近くに落ちる。しかし雲華は、暗い中でも気で周りのものが認識できるため、普通に移動して先の位置に座る。

 

「さあ、これで目を開けていても瞑っているのと同じような感じになったでしょ? これで、自分の体の気の流れを見てみて。大丈夫、目を瞑っている感覚で気を感じればいいんだから」

 

 雲華はそうやさしく一刀を促す。一刀もその期待に応えようと、暗闇の中で目を開けたまま集中する。

 まず、目を開けた状態で瞑っていた時の感覚を思い出す。すると、暗闇に僅かに見えている手の輪郭の中にぼんやりと気の流れが重なって見えてきた。一刀は思わず声を出す。

「すげぇ、見えてる! ぼんやりとだけど、手に重なって中に流れてるのが見えてるよ!」

 

 一刀は気の流れが動いている手の指を握ったり、開いたりして確認していた。

 

「そう。ハッキリと見えるように普段から意識するようにね。そうね、初めの内は夜とかでもいいけど、昼間に日向でもハッキリ感じ取れるようにならないとね」

 

 そう話す雲華の方を見る一刀。一刀にはすでに雲華の全身の体の気が、おぼろげながら見えていた。それに喜び掛けた一刀は気が付いた……そう、重大な事に気が付いてしまったのだ。

 体の気の流れは、そのまま、体の形になっているという事に。そして、気の流れを繊細に捉えればば捉えるほど、ハッキリとその輪郭を捉える事が出来るのだった……。

 もはや、一刀は自分の体の気を見ることなど、完全に記憶の彼方へ追放されていた。

 もう、おわかりいただけますよね?

 

 

 

 彼は集中しまくって見ていた……雲華の胸の、腰の――ぁあl、sだlskdぁs。

 

 

 

 もはや、一刀の頭の中は本当に文字化けていた。

 しかし、気が逸っても、まだ未熟な彼に少し早かったみたいだった。決定的な解像度は得られなかったのだ。一刀は気落ちしかけたが、栄光ある目標が増えたのだと考え直す事にしたのだった。

 

 一方で雲華は、一刀がどうせそんな事を考えているのだろうという事は気付いていた。しかし、それよりも雲華も見入っていたのだった。そう、気を捉える一刀の両目の、仙人の放つ蒼い光ではなく、あの空から降りてくる時に彼から放たれていた白に近き光と同様の輝きを放っている二つの瞳に……。その圧倒的な美しさの光の力に。

 どれぐらい経ったか、雲華は一刀に声を掛けられる。

 

「休憩にしない?」

 

 急に声を掛けられる形になり、一刀に気付かれたのかとビクッとなりかけたが、雲華は平静を装って「そうね」と答える。そして席を立ち一つ窓を開けると、お茶を入れてくるからと一刀にもう一方の窓を開けるように言って調理室へ入っていった。

 一刀は、雲華に言われた通り、閉まっている窓辺に向かって行き窓を開けると、外の雨の様子を眺めていた。少し雨足は弱くなってきていた。

 

 休憩が終わると、午前中の続きの読み書きの勉強となった。ひたすら、見たことのない漢字や形が今と違う漢字について、一刀は教えてもらった。そのあとに竹簡の冊にある文章を読んだり解説してもらったりした。

 今日の内容に項羽や劉邦の話が出てきていたが、この二人も女性だったようだ。そのあと雲華にじゃあと聞いてみたが、過去の有名人の多くも大体女性だった。太公望……呂尚(りょしょう)、紀元前十一世紀に活躍した周の軍師だがそれは男だったとか。

 そのあと再度休憩を挟み、夕方まで読み書きの勉強となった。百個近くは漢字を覚えさせられたのではないだろうか。

 夕食の準備に入った雲華が居なくなった食卓で、一刀は一人で木簡に漢字の練習をする。この木簡も、雲華が薪を切る要領で大量に作ってくれている。そして両面に書いたあとは、もちろん調理室に運ばれ薪変わりに使われる。

 一刀渾身の力作であるメイド服イメージ図はまだ取ってあるようだったが。

 

 ほどなく、夕食となる。時刻は酉時正刻(午後六時)より少し前で、日はもう完全に落ちているため、先ほどの勉強の途中から窓も閉められており、ろうそく等に火が灯されている。

 食事をしながら、一刀は雲華に聞いてみた。

 

「前は聞かなかったけど雲華は、雨の日って普段は何をして過ごしているの?」

 

 雲華は、ん?というような表情をすると、箸を休めて一刀の質問に答える。

 

「そうね……やはり、服飾の仕事をしてることが多いかしら」

「そういえば、裁縫の道具を見ないけど?」

 

 一刀は、雲華に倣って、箸を休めると食堂の中を見渡しながら答えた。そして、指を天井に向けて、話を続ける。

 

「上の階にもなかった気がするけど」

 

 この時代、ミシンなどはないと思うし、上の雲華の部屋には壁にもそれらしいものはなかったはず。すると、雲華はニッコリしながら言う。

 

「その上よ。仕事場は屋根裏にあるのよ。そこに生地の在庫や裁縫の道具類や機材があるわ」

「そうか、そういえば、街へ行く日の朝にそこから荷物を梯子越しに渡してもらったっけ」

 

 ふと、一刀は申し訳ない顔をして雲華に謝った。

 

「ごめん、そんな大事な時間も俺の修行に付き合わせちゃってるんだよね……」

 

 すると、雲華は目を瞑りながら首をゆっくり横に振る。

 

「元々、短い時間しか仕事には当ててないから大丈夫よ。ここ最近も毎日少しはやってるんだから。これでも、今も予定より進んでるくらいだから」

「えぇっ、そうなの?」

 

 雲華は、笑いながら首をうんうんと縦に動かして頷いていた。

 一刀もよく考えると、雲華が調理時の包丁から出す、カカッという斬撃音を聞いているところから想像するに、雲華は服飾工場の生地の裁断機よりも早く正確にシャシャッと型出しし、縫う作業でも工業用ミシンよりも高速で綺麗にダダッと仕上げてそうだった。

 神気瞬導、便利すぎる。やはり、基本が大事ということか……? 少し違うか。いや……応用幅が広い技なのだろう。よく考えれば、早いんだから何でもアリじゃないか!

 『身に付けて損ナシ』というニンマリした一刀の表情の変化から、考えている事が透けて見えているが、自分に気を使う申し訳ない心のから離れてくれて良かったと思う雲華だった。

 

 「……(助かってるのは……君だけじゃないのよ)……」

 

 雲華は人知れず、声を出さずに呟いていた。

 

 食事を終わり、雲華が後片付けをしている間に天気が気になった一刀は、窓辺に移動し少し窓を押し開けて外を伺うと、雨はどうやら止んだようであった。隙間から見える空には星が見えていなかったことからまだ曇ってはいるようだが。明日は天気だといいなと思っていると、雲華が食卓へ戻ってきた。手には洗ったぶどうをお皿に乗せて来ていた。

 

「痛まないうちに食べましょう」

「そんなのも取ってたんだ。いつの間に?」

 

 雲華曰く、前回の山菜採りで食材の生えていた傍に、ぶどうの木があったらしい。粒はこの時代には品種改良なんてないから、小さめである。一刀は早速、食卓の上のぶどうの実を一つつまんでみると、それなりに甘くおいしい。さらにパクついていく。そこで一刀は早速提案する。

 

「よし、ぶどう狩りだ!」

「木は一本しかなかったわよ? これらが一番状態がよかったから取ってきたのよ」

 

 しゅーん。悲しい事実を即答され、一刀は落ち込んで下を向いてしまった。すると雲華が閃いたとばかりにニタリとして一刀に声を掛ける。

 

「わかったわ。じゃあ、明日、天気ならブドウ狩りをしましょう!」

 

 その内容に「えっ本当?!」と嬉しそうに雲華の顔を見た一刀だったが……直後に後悔していた。

 

 

 

 その雲華のニンマリした顔が『悪魔』さまの顔だったからである。

 

 

 

 そう、どうやら……ブドウの字が違うらしい。(いつの間にかカタカナになっている!)

 そして『狩られる』のは俺なんだろうなぁと確信する一刀だった。

 沈黙する一刀に、さて読み書きの勉強をしましょうか?と追い打ちを掛ける雲華だった。勉強は一時(二時間)程続けられた。

 そのあと、ずっと気落ちしている一刀に気を見る修行をしましょうかと、三本灯していたろうそくの本数を一本にする。それも遠い位置に置き直すことで一刀の手元がより暗くなるようにして行われた。

 雲華の『胸』が!『腰』が!で、ここは俄然やる気が復活する一刀だった。

 しかし、自分の腕を見ているフリをしながら横目で雲華をチラチラ見るのだが、捉えられる気の量はまだまだ薄く少なく、満足できる解像度に届くことはなかった……。

 それは半時(一時間)ほど続けられると、今日はそろそろ寝ましょうということで就寝となった。

 

 いつもの『長椅子ダブル寝床』に入ると、再び頭へよぎる『悪魔さまのブドウ狩り祭り』の恐怖に、先程外を見ながら「明日は天気だといいな」と一瞬でも思った自分を呪い、改めて「ずっと雨でありますように!」と強く願うと、明日への希望を失いつつ眠りについた一刀だった。

 

 

 

 

 

 十四日目の朝、なにか当然のように晴れていた。快晴である。「ヒャッホ~イ」の『悪魔さまのブドウ狩り祭り』当日を迎える。

 雲華が梯子を伝って食堂へ降りてくると……すでに二つの窓は開かれ、快晴の空に上ったばかりの朝日の光が部屋へ射し込む。食卓はきちんと真ん中へ、長椅子も定位置に置かれて掃除もされ整然としていた。そして、食卓の上を見ると一枚の木簡が置かれていた。

 雲華は、それに目を通し読み上げる。

 みなさん、内容はもうおわかりいただけていると思いますが――

 

 “おはよう、雲華。晴れたので今日は探さないでください。 北郷一刀”

 

「ふふふ、朝早くから動く気配はあったけど……逃げたな」

 

 家の出口へと振り向いた雲華の……『悪魔』さまの双眼はすでに蒼い光を放っていた。朝の狩りの始まりである。

 

 一刀が起きたのは日が昇る結構前であった。起きるとまだ部屋が暗いが、もう割と慣れてきていたので寝床からそろりと窓際まで行き、ゆっくりと窓を押し開ける。地平線が僅かに白み始めたところであった。まだ暗い。しかし、この時代は月の明かりが結構助けになる。空を見上げると、星が澄んだ夜空に全力で瞬(またた)いていた。本日は残念ながらどう見ても快晴の為、満月を少し過ぎた西の空の月は明かりの代わりになった。

 窓のつっかえ棒をして、もう一方の窓も静かに開ける。そして、寝床を片付けて食卓を元に戻し、床を軽く掃除する。もはや、一刀はここが自分の家と感じているので、最近は雲華に言いつけられなくても豆に掃除をしている。

 そして一刀は、寝る前に考えた今日が快晴だった時の計画を実行した。一刀には作戦があった。そう、『気の絶状態』だ。さすがに雲華でも、気が無いものはそうそう探せないはずなのだ。

 だが、一刀も気を付けなければならない。完全に気の絶にすると死んでしまうのだ。そうこれは、命がけの『かくれんぼう』である。

 一刀は、山菜採りで慣れた道を二十分ほど来た地点で草陰に潜み、先ほどから全身に対して体内活動の限界まで気の流れを落としてじっとしていた。

 そして、枝葉の間から周りの様子を慎重に伺っていた。

 すると、トントンと非常に軽く右の肩を叩かれた気がした。一刀は、小枝が当たったのかと思って無視していると、風もないのに、体を微動だにしていないのに、『トントン』と再度叩かれている……確実に叩かれている……それも指で叩かれている?!

 一刀は、そーっと、ゆっくりと右の肩の後ろを振り返った。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!」

 

 一刀が見たものは木人の顔のアップだった。直径二センチほどのピノキオ風な鼻先が目前にあったのだ。隠れていた草陰から飛び出し、距離を取って振り返った。

 そこには、木人を小脇に抱えた雲華が立っていたのだ。そして雲華が呆れたように声を掛けてくる。

 

「北郷、残念でしたぁ。やるのなら、家から出る前に気を抑えるべきだったわね。ちなみにそれは暗行疎影(あんこうそえい)って言う、気を落として存在を希薄にする技よ。初心者にしては技は上出来だけど。どうやら苦行の成果が出ているわね」

「うっ、くそ……初めから丸わかりだったのかよ……」

「だって君、もう家を離れていく向きがいきなり食糧集めの獣道への方角だったし。私はそれを追いながら気を探ってここへ来ただけよ?」

 

 そう言いながら、雲華は脇に抱えた木人を下ろして立たせる。木人は、ご丁寧に片手に一本ずつ計二本棒を持っていた。木人は一刀に木刀風の棒を渡そうと柄の部分を向けてくる。

 

「くっ、結局ブドウ狩りかよ!」

 

 一刀は、吐き捨てるように声を出しながら、ヤケ気味に木人から棒を引っ手繰るように受け取り、三歩下がって間合いを取ると腹を括ったのかそこで構える。ここは獣道から少し外れたところで、草木が乱立しており、棒をまともに振れそうにない場所である。

 それでも、一刀は自分から切り込んで行った。すると木人が一刀の棒を受けたかと思うと華麗に流して一刀の頭に一撃を入れてきた。

 なに?!木人の動きが前と違う?!と一刀は気が付いたが、前のめりに打ち込んだ棒が、上手く流されて体のバランスが前に出過ぎて崩れてしまい、なんとか体を捻って頭ではなく左肩で受ける一刀だった。しかし、木人の一撃は一刀の予想以上で受け止めきれずに体を飛ばされてしまう。左肩に激痛を感じるが、飛んだ勢いに合わせて地面を転がる。同時に周りに気を配りながら体制を起こし整える。そして、雲華に大声で確認する。

 

「雲華! また、木人の強さを上げたのかよ?」

 

 すると雲華は、これも街に行った時の罰よ、と涼しそうに言う。どう見ても『ブドウ狩り』を理由にしたとしか思えないんだけどぉ? しかし、すでに『悪魔』さまが上げたものが下がるわけがない。

 

「木人くんは百人隊長ぐらいの実力よ」

 

 一刀は、先日街で戦ったその乱暴な男を思い出していた。

 

(マズイ……あのレベルだど普通に戦ってたら勝ち目がない。おまけにさっきのダメージで、左肩はもう思い切り振れない……)

 

 ふと、考え事から意識を戻した一刀が気付くと、木人が迫って来ていた。木々が乱立しているが、百人隊長クラスになると、その辺をかなり上手くかわして寄せてくるのだ。

 一刀は「どうすればいい……」と自問自答するが、先ほどの当たりや今見ている動きで、膂力、技、速度で勝るところがない。己の力の無さが歯がゆいがこれが、凡庸な高校生の実力である。

 

(無様に打たれるしかないのかいのかよ……くそぉーーーーせめてスピードやパワーがあれば……ってあれ? 目の前まで来た木人の動きが急にノロい?)

 

 一刀は迷わない。チャンスだ!と思った瞬間に力いっぱい踏み込んで木人に打ち込んでいく。

 

「ハァーーー!」

 

 掛け声と共に一刀は、左肩に激痛を感じながらも渾身の一撃を木人の頭部へ叩き込んだ。すると、棒がへし折れると同時に、百人隊長クラスの木人は打ち込んだ側へ吹っ飛んでいた。

 

「…んぁ……?!」

 

 一刀は、何が起こったのか分からずその場で茫然としている。右横に僅かに風を感じると、雲華がいつの間にか一刀の横に来ていた。一刀は茫然と口まで少し開いた表情のまま、ゆっくりと雲華の方を向く。

 雲華は一刀にいつもと変わらない落ち着いた口調で教える。

 

「今のが、神気瞬導の『速気』と『剛気』の合わさった一撃よ。まあ、手助けはしたんだけど、はじめて打ったわね。どう? 感想は」

 

 吹き飛んでいた木人がヨロヨロと起き上がると、足取りをゆっくりと整えて一刀らの傍までやってくる。木人に棒がへし折れるほど打ち込んだであろう頭の箇所が、少し欠けていた。一刀は凄いと思うと同時に、この威力で、もし人の頭を打っていたらどうなったんだ……と恐ろしくなった。

 雲華も一刀のその表情の変化から、喜びよりも恐怖に動いている事を察して一刀に静かに言葉を掛ける。

 

「加減や使い方、使いどころをしっかり身に付けるのよ。そうすれば大丈夫だから」

「……そうだね。力を得るってそういうことが、きちんと出来ないといけないね」

 

 雲華は一刀に家に戻るわよと、少し精神的ショックを受けた一刀の、転げた時に汚れたであろう顔の汚れを、さり気なく手ぬぐいで優しく気遣う様に拭いながら告げる。一刀もうんと頷いて、二人はゆっくりと歩いて巨木の家に戻っていった。

 

 木人は、寄り添うような二人に気を使ってるのか、少し離れながら後から静かに付いて来ていた。

 

 

 

 一刀と雲華は巨木の家に戻ってきた。日は少し上っている。しかし、『ブドウ狩り』は以外な速さで終わってしまったので、時刻的にはまだ、辰時正刻(午前八時)ごろだった。

 朝食を用意すると言い、倉庫の横の水瓶から柄杓で汲んだ水で手を洗った雲華は、梯子を上がって家に入って行った。一刀も手を洗おうとすると、木人が倉庫の横にきちんと持って帰ってきた折れていない棒を置くと、扉を開けて入って行こうとしていたので、一刀は思わず呼び止める。

 

「ごめんな、さっき思いっきり殴っちゃって」

 

 すると、木人は立ち止まり、首を横にゆっくり振ると右手を軽く上げて倉庫の中へ入っていった。一刀は確信する。

 

(……木人くん、絶対言葉が通じてるだろ? おまけになんてイケメンな対応……)

 

 一刀が手を洗っていると、雲華が梯子から降りてきて、「汚れたでしょ? 手ぬぐいで拭きなさい。はい、着替えも」と着替えの服を渡してくれた。そして再び梯子を上って中へ戻ってゆく。

 一刀はこれまでも、記憶がない日は目が覚めると服が変わっていたりして、着替えてはいたのだが……よく考えるとその時、下着はどうやって?……イヤ深く考えたら危険な事が起きそうだと思考を瞬間に消し去った。

 こうやって、手渡しされて着替えるのは久しぶりかも。

 一刀は体を拭いて着替えると、汚れ物は後で洗うことにして、傍に置いてあった洗濯用の桶に入れて置きその場を後にした。

 

 梯子を上がって食堂に入ると、早くも朝食の準備が出来ていた。雲華はすでに奥の長椅子に座って待ち、こっちを見ていた。一刀はここで違和感を感じた。雲華の髪にカラフルな色の付いた紐が見える。雲華も一刀の目線に気付いたのか、首ごと窓側を向いて側頭部を一刀に見せる。そう、後ろ髪が先ほどまでのいつもの玉状が解かれ、ポニーテール状に色の付いた紐で縛られているのだ。

 艶やかな髪が揺れ、これはこれですごく可愛い。

 すると、雲華が一刀に言う。

 

「あとで……食事の後で髪を梳いてもらうから。本当は、起きてすぐに梳いて貰いたかったんだから。いいわね?」

「いいよ。約束だし、梳いてあげる。雲華、その髪型も似合ってるね」

「ありがとう。ふふ、じゃあ、食べましょうか♪」

 

 雲華は、ご機嫌で食事を始めた。一刀も、雲華の嬉しそうな表情を見ながら手前の長椅子の席に座ると食事を取った。

 髪を結んでいる紐の話等を交えながら、ほどなく食事は終わり、雲華は皿を持って片付けに向かう。一刀も、洗濯物をしてくると告げて、下へ降りて先ほど脱いだものを洗って干していた。

 

 すると、干し終わる辺りで雲華が長椅子を片手に下に降りて来た。どうやら雲華は、天気が良くて風が通り、木漏れ日がやさしいここで髪を梳いて欲しいようだ。

 巨木の木陰と日向との境界辺りに長椅子を置いた雲華はその端に座る。

 雲華は髪を束ねていた色の付いた紐をほどくと、袖の中から出した櫛を自分の後ろへ近づいてきた一刀へ、少し体を左に捻って手渡し再び前を向いた。

 一刀は櫛を受け取ると「はじめるよ」と声を掛けてから、丁寧に雲華の髪を梳いてゆく。

 小鳥が美しい声で合間に囀る、平和な二人の時間はあっという間に過ぎてゆく。

 ほどなく髪梳きの時間は終了し、雲華は気持ちよさそうに満足げに梳かれた髪を玉状にして、後頭部の旋毛辺りへ結いとめる。

 雲華は、後ろを向いて、ありがとうと一刀に笑顔で微笑んでくる。

 一刀は髪を梳いている間に、その滑らかな艶のある髪の肌触りと、雲華から風に乗ってくる香りを堪能し、雲華の満面の微笑みも見る事が出来て顔にも締まりがなくデレデレと……油断していた。

 雲華はゆっくり立ち上がると、長椅子を梯子の横に置いて、再び緩んだ……緩みきった表情の一刀の所まで戻って来る。そして、思い出したような事を言う。

 

「そうそう、一刀には髪梳きのお礼をしなくっちゃね」

 

 そう言った雲華の表情は、すでに『悪魔』さまの表情になっていて、ニタリと目が笑っていない不気味な微笑みが浮かんでいた。

 一刀は『何をやらかしてしまったのか』イロイロあり過ぎて分からず困惑し、夏でもないのに汗が染みだしてきた表情と、加えて先ほどまでの天使の笑みがいつの間にか恐怖の『悪魔』さまの表情に変わり、その落差に考えが混乱の極みに達した思考のまま、体も固まっていた。

 さらに……雲華は、一刀にはここで予想していなかったことを告げてきたのだった。

 

「私と手合せしてみましょうか」

 

 と。正に直々のお礼参りの模様だ。

 どうやら、「ヒャッホ~イ」の『悪魔さまのブドウ狩り祭り』は、まだまだ絶賛開催中だったようである……。

 

 

 

つづく

 




2014年04月14日 投稿
2014年04月24日 文章加筆修正
2014年05月15日 文章修正
2015年03月07日 文章修正(時間表現含む)
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