世界の中心で愛を叫んだ獣   作:ミツバチ

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序章 男の戰い

「―――リトルボォォォイ!

 ツァァァアアリ・ボンバァァァアアアアアアアアッ!」

 

 叫んだのは甘粕正彦。

 

 裂帛の気合一声と同時、頭上に二つの鉄塊が創形される。

 

 一方は言わずと知れた、広島を地獄に変えた破滅の具現。

 もう一方は――試験運用段階の実験において、爆破時に生じた衝撃波が地球を三周もしたという破壊神の矛。双方共に水素爆弾としてはこれ以上ないほどの知名度と威力を有する、人類が誇る大量破壊兵器である。

 

 ―――させるものか。

 

 当然、そんなものが爆ぜるのをただ座して待つつもりなど毛頭ない。

 

 印を結び、顕象させるは敵手と同じ五法が一つ――創法。

 しかし系統は形ではなく界。

 天を覆う黒雲より落ちる、二条の稲妻。それは俺の狙い通り正確に、二つの鉄塊を貫き粉砕する。

 

 広島原爆に爆弾皇帝。

 

 どちらも同じ爆弾だが、中に入っているのは火薬やニトログリセリンの類ではなく、極小の核融合反応炉である。故に臨界に至る前に破壊すれば、その真価を発揮することはない。

 必然として、二つの爆弾は役割を果たすことなく海の藻屑と消える。

 

 次はこちらの番だ。

 

 展開した創界をそのまま使用。印を結び剣指を振り下ろすと同時に、神の鉄槌めいて青白い閃光が落ちる。それから一拍遅れる形で霹靂(へきれき)が轟いた。

 

 落ちたのは(いかずち)

 

 天候や環境を操作する界の創法。その能力に特化した俺だからこその(わざ)だった。

 手応えはあった。だが同時に悟る。()()()()

 

 夢を振り絞って練り上げた渾身の大雷霆は――やはり、実に呆気なく防がれていた。

 

 戦艦伊吹の甲板に屹立する鉄塔――即ち、避雷針。

 

 雷は直撃した。ただ、その目標を大きく間違えたというだけのこと。

 

 ……どうやらあちらは、披露された手品(ユメ)の種を早々に見切ったようだ。俺は努めて無表情を維持したまま、しかし内心で舌を巻く。分かってはいたことだが、やはり一筋縄ではいかないようだ。

 

 敵手は甘粕正彦。

 俺と同じく創法に長け、そして咒法においては天と地ほどに隔絶した技量を持つ巧者。曰く、最初にして最強の盧生である。ならば遠距離戦を臨むのは愚の骨頂だと弁えるしかない。

 

 即座に思考と戦略を切り替える。

 

 甲板を蹴り、敵に肉薄する。それと同時に創形を開始――完了。

 

 掌中に顕れたのは着剣した三八式騎銃。現実で愛用していた銃器そのものの感触を握り、目標に銃口を向けて引鉄を引く。

 

 火薬の破裂音はない。

 

 何故ならこれは電磁加速砲(レールガン)。爆ぜた炸薬によって鉛弾を撃ち出す銃砲火器ではなく、電磁誘導によって生じた磁気の反発作用によって金属塊を射出する遠い未来の兵器である。

 

 俺の夢を構成するのは理論と理屈。

 夢のない夢こそが俺の夢。それこそが■■■■の人生であり、存在そのものの象徴なのだ。

 

 放たれた弾丸の速度は優に音速を超える。如何にここが邯鄲であり、相手が魔人であるとはいえ、直撃すればただでは済まないだろう。更にこの弾丸には透の解法を相乗させてある。弾道上にあるもの――その一切の強度を無視してすり抜け、破壊するのだ。被弾すれば致命である。

 

 それに対して。

 

「良いぞ、素晴らしい気概だ。鬼気迫る。やはり日本男児たるもの、そうでなくてはなァッ!」

 

 腰に佩いた軍刀を抜き、甘粕は超高速の弾丸を苦もなく斬り払った。

 振るわれた刃金には、透の解法を無効化する崩の解法が乗せられているのが一目で分かった。

 

 想定の範囲内である。

 

 元よりこれは牽制。

 本命を当てるための布石なのだから、この程度で倒せるとは端から思っていない。

 

 足を止めることなく突撃、突撃、突撃。立て続けに引鉄を引き弾幕を張りながら、戟法の迅にて電光石火の突撃を仕掛ける。

 

 突く、斬る、薙ぐ、打つ、撃つ。

 

 目まぐるしく立ち位置を変え、絶えず相手の死角――背面側へ回りながら縦横無尽に動き回り攻め続ける。

 

 その最中に――俺は、文字通りに卑劣極まりない一撃を落とした。

 

「―――なるほど。雷の次は雹か。まるで天象を司る神のようだ。惚れ惚れするよ、中尉」

 

 しかし、それも斬り払われる。

 

 一瞬前、甘粕の頭頂を砕かんと飛来したのは人の半身ほどの大きさがある氷の礫。次々と迫り来るそれを、躱し、斬断する甘粕。透の解法で存在を隠しているのに気付くとは、目敏いにも程がある。流石は最初に邯鄲を踏破した強者だと讃えるしかない……と、言いたいところではあるが。

 

 まだ、俺の策は有効であると判断する。

 

 雷の次は雹――敵はそう言った。

 その認識こそが誤りなのだと、その身に直接教えてやる。前提として――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 刹那、稲妻が俺達二人を飲み込んだ。

 

「ガ―――――」

 

 空間そのものを塗り潰す電子の奔流。その直撃を受けて、甘粕は硬直する。

 

 これは詠段。創法と解法の同時発現。

 仕組みそのものは実に簡単なものだ。何せ、登山ではこの手の()()が憑き物なのだから。

 

 自身の周囲に展開した磁界によって俺は直撃を免れたが、そうでなければ即死していただろう。神経系は残らず炸裂して心臓は止まっているだろうし、そうでなくとも脳を含めた全身の骨肉が炭化していることは間違いない。

 それほどの電流、電圧。

 よって生じた電気抵抗の熱量は地獄の炎をも遥かに上回る。

 

 邯鄲における勝利の鉄則。

 それは結局のところ、敵の死角を突くという一点に集約される。

 

 視野の死角。意識の死角。機能の死角。

 即ち見えない角度から、思いもよらぬタイミングで、構造上躱せない体勢の敵を狙い撃つ。俺はそれを実行した。敵が今この俺達を取り巻く二重の創界(わな)に目を向けぬよう、白兵戦に意識を集中させた上で――結果として、確かに型に嵌めたのだ。

 

 けれど―――

 

 倒れず、強く甲板の鉄を踏みしめて。甘粕正彦は心の底から呵々(カカ)と称賛する。

 

「は、はははははははは! 流石は雷帝(らいてい)! これがお前か。魔王(おれ)に弓引く皇帝(おまえ)(あい)か! 感服した! 全く、尊敬するよ。告白すれば、以前からずっと思っていたことなのだが。俺は、おまえという漢が愛おしくて堪らない―――ッ!」

 

 故に、神の杖をくれてやると。

 致死の傷から意志力のみで蘇生した甘粕正彦が、遠い未来の夢を紡ぎ上げる。

 

「読まれていようが関係ない、見えない一撃を叩きこむ。それはまさしく正解だ。天象を支配する皇帝の夢は、なるほど、絶対のものだろう。そこに異論はない。だが――だからこそ、俺は先達の盧生としておまえに一手教授したいと思う」

 

 だから死んでくれるなよ、と。

 ぎらぎらと双眸を輝かせて甘粕は剣指を握る。

 

 ―――瞬間。今から俺は死ぬのだと直感した。

 

 とんでもなく強力な咒法によって、何かが空に撃ち上げられた。成層圏を越えて衛星軌道上へ。その正体を透の解法で看破し、俺は絶句する。

 

 しかしそれでも体は動いた。

 

 (コイル)を回す。

 

 解法では対処不能。()()()()()()()()()()()()()

 咄嗟にそう判断した俺は、連続で結印し、偽りなく生涯最大規模の創界を形成する。

 

「―――――ロッズ・フロォム・ゴォォォォォオオオオオオオオオッド!!」

 

 遂に、神の裁きが下された。

 

 落とされた鉄槌は金属棒。

 全長六・一メートル、直径三十センチ、重量百キログラム。タングステン、チタン、ウランなどの重金属から成る合金である。小型の推進装置を備えたソレは、高度千キロメートルの低軌道上から音速を越えて飛来する。その速度は実にマッハ九・五。至極単純な運動エネルギーがもたらす結果は、問答無用の死だった。

 つまり、それは。

 天を支配した気になっている不遜な皇帝に対する仕置きとしては、些か以上に行き過ぎた蛮行であった。

 

 不可視の盾が、神の裁きを受け止める。

 

 その瞬間、俺の中で立て続けに何かが弾けた。盾を維持し造り直す度、創法の夢の負荷は血管を破り、筋繊維を断ち、骨を折り砕く。視界が赤く沸騰した。脳がぐつぐつと煮えている。心肺は当の昔に破裂していたものだから、息をすることすらとっくに忘れていた。

 酷く腹が痛む。

 十時に裂けた傷から内臓がまろび出そうだ。

 風前の灯火の如く今にも消えてしまいそうな意識をどうにか保ち、術式の維持に努める。

 

 不可視の盾の正体。それは、磁気の反発だ。

 

 たとえ神の杖であろうと、弾が物体である以上、磁力の影響は必ず受ける。それが金属ならば尚更だ。しかし断熱圧縮によって高温になっているために、磁界を維持するのが困難だった。高温に晒された磁石は磁性を失う。それと同じ理屈である。

 

 一秒を切り刻んだ果ての刹那――その瞬間毎に、創界の邯鄲を随時展開する。

 

 それが出来なければ死ぬしかない。そんなことも出来ないのなら死ねと、魔王が言っている。

 

 ……この、死ぬかどうかという瀬戸際において。

 俺が想うのは、とある少女のことだった。

 

 雪の妖精のような、可憐で美しい少女を想う。

 

 太く節くれ立った俺の指が、白金の艶を宿した銀色の髪を梳く。大きな瞳が俺を見上げた。双眸の色素は薄く、見る角度によっては黄金に輝いて見える。嬉しそうに目を細めて、彼女は俺の無骨な愛撫を受け入れていた。それが好きなのだと、華のような笑みを浮かべて。

 俺の膝に座った彼女は喜んで笑っていて、傍にいた妹達は「つぎは私の番」だとさえずった。微笑ましいその情景。遠い異国で過ごした記憶。絶体絶命の修羅場で、それが蘇る。

 

 愛おしい。

 愛している。

 

 だから―――

 

 破段・顕象――

 

 刹那、塗り潰される世界法則。理論と理屈を何よりも重んじる俺が、それらをかなぐり捨てて、俺だけの法を紡ぎ上げる。今この時――森羅万象の如くは、我が掌中に在る。

 

 ―――速く。何より速く。

 この世の総てが遅くなる。()()()()()()()()()()

 

 よって、邯鄲の理は一気にこちらに味方する。下された神の鉄槌は――時を逆巻いたように上空へと跳ね上がり、大気圏を越えて逆しまに射手を撃ち抜いた。

 

 甘粕が創形した軍事衛星が爆散する。

 

「―――美事だ」

 

 言葉通りの意味に。感嘆して、甘粕は言う。

 

「美事だ。実に美事だよ、■■中尉。第二の盧生をうっかり殺してしまったばかりなのでな、これは使うまいと予め決めて事に挑んでいたのだが……にも関わらず俺にこの技を使わせ、それを受け止め、あまつさえ撃ち返すとは。素晴らしいな、雷帝! グルジエフも良い遺産を残してくれたものだ。俺は感動している!」

 

 抱擁を求めるように諸手を広げて、甘粕は高らかに叫んだ。

 

「さあ――次は俺に何を見せてくれるんだ、■■中尉。これで終わりではないのだろう? お前が持つ夢の輝きを、愛を、勇気を、もっと俺に見せてくれ!」

 

 魔王のように傲岸に、熱を孕んだ声で滔々と訴える。

 

 甘粕正彦。

 

 第一盧生(ザ・ファースト)。最初にして最強の盧生。単独にて邯鄲を制覇した無敵の魔人である。

 俺も超人だの鉄人だの銀灰(ぎんかい)の獣だの、天象を統べる雷帝だのと称されたことはあるが、この男の前ではそんな称号に何の意味もないのだと痛烈に自覚した。端的に言って――甘粕正彦と■■■■とでは、才能の桁が一つ違う。

 

 実際、先の攻防。俺は五常楽の三段目・破段を使わざるをえなかったのに対して、相手はあくまでも二つ目の詠段しか使用していない。一段であろうと差は歴然。そしてこちらは既に満身創痍。傍目には結果が見えていることだろう。

 

 だが、戦う。

 

 何故なら、愛しているから。

 

 俺はキーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワを愛している。

 故に俺は――()()()()()()()()()()()()()()()()。その想いに嘘はない。それこそが俺が奉じる戦の真。我も人、彼も人。たとえそれが獣であろうと、故に対等なのだと信じている。

 

 獣も人も――全てを(あい)()皇帝(ツァーリ)で在りたい。それが俺の夢。

 

 だから、だから、だからこそ――たとえ、君がどんなに変わり果てていたとしても。かつてとは違う姿でも。俺のことが分からなくなっていても。それでも俺は君を見付けた。だからまだ、間に合うのだ、と……―――

 

 消えていく。消えていく。

 

 少しずつ、少しずつ。全てが胡乱に濁って喪われていく。故に今、ここに在るのはただの機械だ。だからこそ同じ音を吐き続ける。本当に何もかもがなくなってしまう――その瞬間まで。

 

 愛している。

 愛している。

 愛している。

 

 必死に繋ぎ止める。それだけは、最後まで失ってなるものかと。

 同じ言葉を繰り返す。飾り方なんて分からない、知らないのだ。

 

 愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 

 だからどうか、()()()()()()()()()()()。君が幸福に生きられることを願っている。キーラ、キーラ、キー■、キ■■、■■■、■■■、■■■―――――ッ!

 

 人間賛歌を謡う。喉が枯れ果てるほどに。

 

 今までの戦いはただの小手調べ。盧生としての真価が問われるのは、ここからだ。

 

 愛を叫び、咆哮して。

 印を結び邯鄲を紡ぐ。■■■■(オレ)と甘粕正彦は、同時に己の夢を顕現させた。

 

「「急段・顕象――!」」

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