ゼロの使い魔--ハンテプティ・ダンプティ-- 作:どっとはるか
おかしい、もうフーケ編は終わってるはずなのにまだバトルが始まってすらいない……
ロングビルが御者をこなして、ルイズたち三人を乗せた馬車を走らせる。
その馬車は襲撃に備えて箱馬車ではなく、荷車に近いリヤカーのような形をしていた。
本来貴族が襲撃に備えるのであれば箱馬車の方が良いのだが、相手は高位の土メイジである。箱馬車を油や粘土に変えるような錬金を使うだけでなく、中身を箱ごと叩き潰せる巨大なゴーレムの使い手だ。そのため今回は敢えて安っぽい馬車に乗り込み、この先に在ると言われたフーケの隠れ家を目指し、一同は踏み鳴らされた林道を進んでいた。
「ねえ何それ。アナタ、何で腕そんなのにしてんの?」
「……こうでもしないと痛かったのよ。」
道中最初こそ気にしていなかったのだが、だんだんと訝しげな顔になっていったキュルケは我慢が出来なくなり、とうとうルイズに尋ねた。
ルイズは座ったままに抱えるデルフリンガーと、左腕を
「はぁ、やっと治ったみたいね。」
そう言ってルイズ自身も忘れていた左腕を見ると、もう爪はしっかりと生え揃っていた。咄嗟に戦闘が始まるかもしれない以上はこのままでも問題ないのだが、いざ意識し出すと、使い魔に刻まれたルーンの光が彼女の目にちらつく。鬱陶しさに耐えかねたルイズは左腕を人の形に戻した。
「直ったって、何が?」
「爪よ、爪。」
そう言ってルイズは鞄から、欠けてしまった
「え、何したらこうなるのよこれ? だって……あれでしょ?」
ロングビルが一緒のためにキュルケは言葉にこそ出さなかったが、この爪は固定化を重ねた硬質な宝物庫の壁だろうと刺さる。そんなものが欠ける、もしくはもげる対象がキュルケには思い浮かばなかった。長々と何かに爪をはしらせるにしたって、先にルイズの指の方が折れそうなものだと彼女は考えてしまう。
「このボロ剣よ、ちょっとわけあってコイツを引っ掻いたら……折れたの。」
「どうしたらそんなの引っ掻くのよ……猫の爪とぎじゃあるまいし。」
改めて説明されてもキュルケには理解できなかった。今度は動機が謎になったのだ。
「っさい。何だって良いでしょ。」
「ミス・ヴァリエール、よろしければその爪をわたくしにも見せて頂けませんか?」
そんな二人の会話に、ロングビルが割って入る。その声はどこか貴重な虫を見つけた子供のように生き生きとしている。
「へ? 構いませんがどうして……?」
「フーケほどではありませんが、わたくしも土のラインメイジですもの。その鉄のような使い魔には前から少し興味がありましたの。」
彼女は馬の手綱を片手にまとめると、ひょいとルイズの持ってた爪を取り上げてしまった。いささか無礼に取れる態度だが、馬がまともに操作されていない驚きと恐怖の方がよほど大きく、責め立てることも忘れてルイズは叫んだ。
「ちょっ……ちょっとミス・ロングビル! 前、前を見て御者してください!!」
「大丈夫です。もうこの先はまっすぐな一本道しかありません。」
馬も無理して林の木々にはつっこみませんよと言いながら、物珍しいものを見たロングビルはその爪に軽く杖を振り、まじまじと見つめ続けている。ルイズは実家で過ごしていた頃に余所見運転する御者など見たことがなく、心臓に悪いのでやめてほしかった。多分、トリスタニアでも早々見ない。
「あの、あのあの! おひとつでしたら差し上げますから……後で、後で研究なり何なりしてください!! お願いします、前見てぇ!」
思わずルイズは馬車から御者台へ身を乗り出した。小さい体でそんな姿勢をしたせいか、制服のミニスカートが大変なアングルになっていたが、馬車にいるのは残りのどちらも女性であるために彼女の秘強を覗き見たりする者も別に居ない。
「アンタ、これからアタシたちはフーケと一戦やりあうかもしれないのに、そんなのでどうするの?」
「うるさいツェルプストー! フーケと戦う前にはらはらしてたら疲れちゃうでしょ!!」
「別に馬車がぐらぐらゆれたわけでもないのに、ちょっと神経質すぎよ。」
あわてふためくルイズに反してキュルケはマイペースだと言うべきか、それとも一歩間違えれば大事故に繋がる状況だというのに気楽すぎると言うべきなのか。だらけた姿勢で座りながらルイズを嗜めるものの、それでもルイズは意見を変えようとしない。
そんな二人のやりとりを見たロングビルはくすりと笑うと、御者に専念するようなフリをしつつも馬のいる前を見ずに、
「……変わらない。」
そのままルイズはキュルケと口喧嘩を始めてしまい、隠れ家と言われる場所近くに着くまでロングビルが前を見ていないことに気づかなかった。多少揺れが強くなっても二人は馬車のことなど気にすることもなく、最初のルイズの慌てぶりはいったい何だったのかとタバサは思った。そんな彼女も馬車の中だというのに酔わずに本を読みふけっており、戦に臨む貴族の淑女たる姿勢の者は、誰一人としていなかった。
「わたくしの仕入れた情報によると、フーケはあそこの建物にいるようです。」
「何アレ・ただの廃屋じゃない……いえ、だからこそのカモフラージュかしら?」
ルイズたちはある程度近くに馬車を止めて先へ向かうと、その先に在ったのはただの廃屋にしか見えない小さな掘っ立て小屋だった。古びた木材にこびりつく苔、カビの度合いから見れば固定化が使われていないのは一目瞭然であり、とても土のメイジが拠点とする建物には見えないだろう。
「そこまで考えてやっているのならすごいけれど……。」
「罠かもしれないということですか。それならば、わたしは辺りを見回ってきます。」
「そんな、相手は土のトライアングルですよ!? ミス・ロングビルはラインなのに!」
「大丈夫です。むしろ同じ系統だからこそ多少の時間稼ぎもできます、お任せを。」
悲鳴が聞こえた時はよろしくお願いしますねと言うと、ロングビルは林の中へと消えて行ってしまった。
「あ……。」
「大丈夫よ、オールド・オスマンの秘書だもの。彼女を信じましょう。」
ロングビルを追いかけようとするルイズの肩を、キュルケが掴み向きと頭を切り替えさせると、続けてタバサがルイズへと釘を刺すかのように告げる。
「彼女はもともと、オールド・オスマンに私たちの護衛と案内を任されている。危険を引き受けるべきだとしたら、それは彼女。」
「それは……そうだけど。」
「それに大切なのは杖の奪還。彼女を思うのならば、フーケよりも杖を取り戻すことを先に考えるべき。」
任務をはき違えてはいけない。そう言われたルイズはいまだロングビルが消えた林に後ろ髪をひかれたものの、激しく首を振ると掘っ立て小屋をにらみつけた。
「わかったわよ。じゃあ早くしましよう。」
「アンタのせいで遅くなったのに仕切るな、ゼロのルイズ。」
「……一度あんたとは決着をつけなきゃならないみたいね。」
またひと悶着ありそうな予感がしたタバサが、二人が何かを言い始める前に杖でその頭をたたく。
「痛ったぁーい、何すんのよタバサ!」
「まじめに。」
冷気までもが漂ってきそうなトライアングルメイジの真剣な顔に、ルイズとキュルケのふたりは仕方なく押し黙った。
「で、どうするのよ?」
「罠があるのかを確認したい。」
あの建物自体が人を欺くために作った隠れ家ならば、室内も素直にはいかず何か罠があるかもしれない。まずはその警戒と解除からするべきだというのがタバサの案だ。
「と言ったって、罠だなんて……。」
邪魔になる罠をどうすればいいかルイズは考えるてみたが、こんな潜入や奇襲じみたことをするのも初めてであり、どうすれば良いかなど解らない。いっそ、ゴーレムが出てきてくれた方が何も気にせずに飛びかかれる分、まだ気楽に思えた。
「ん? ゴーレム……あ、そうだ。」
「アンタの腕、なんかいろいろ変わるのね。ちょっとぐにぐに動いて変わるの見てると気持ち悪いわ。」
「いちいち何か私にケチつけないと話せないのかしらこの阿婆擦れは。ねえタバサ、あなたは破壊の杖を見たことがあるかしら?」
キュルケを無視してタバサに問いかけるものの、それがつまらないのかキュルケが代わりにルイズの問いに答える。
「アタシもタバサもアナタと一緒に、入学した頃の校内見学で見てるわよ。綺麗な箱に入ってたから中身までは解んないけど、オールド・オスマンがすごく大切そうに語ってたのは覚えてるわ。」
キュルケの話にタバサもうなずく。どうやら二人も自分と同じく箱に入っていたことや、無駄に感情がこもった声で語るオールド・オスマンの話までは覚えているらしい。ルイズはよしと頷く。
「その箱って、固定化はかかってると思う?」
「箱自体はわからない。でも国から預かったものを納めておく宝物庫に、本人も大切そうにしていたものをただ何もせず入れておくのは……ありえない。」
「そうよね。ふふ、ふっふっふ……。」
そう返すタバサにルイズは満足げな笑みを浮かべると、その笑みはだんだんと獣のように険しいものへと変わっていった。
「ちょっと、ルイズ。アンタ何をする気なの?」
「二人とも下がってなさい、ようは罠があるかどうかじゃなくって――」
ルイズは
「面倒な罠が無くなっちゃえばいいのよ!」
アンダースローとサイドスローの中間のようなフォームでルイズがそれを放つと、弾は甲高い音と共に土煙をあげて地を走り、掘っ立て小屋の壁へとぶつかった。弾けることなく破壊力を保ち続けるソレに壁はやがて軋み始め、ついにはバラバラに崩れるとそこを起点に家全体が崩れて屋根が落ちた。
「この程度なら少なくとも破壊の杖は無事のはずだし、罠があったとしても、もう何も残っていないはずよ。」
「ルイズ、アナタ……。」
「ついでにフーケも潰れてくれてたらいいけれど……って、どうしたのよキュルケ。」
そうやって自身の成果に胸を張るルイズに対し、キュルケはどこか唖然としていた。ルイズの使い魔が放ったその威力に驚いたのもあるようだが、どちらかと言えば彼女は自身に対して驚いているようにルイズは見えた。
「昨日も思ったんだけど……なんだかどんどんその腕みたいに――そうね、獣って言えばいいのかしら? 野蛮になってない?」
「ぐふぅ!?」
ぐさりとルイズの胸に一本の矢が刺さる。
彼女が魔法から離れて一週間以上の時が経っている。この間ルイズは日々失敗を繰り返していた魔法の訓練の代わりに、使い魔をしっかりと従えるために様々な思考錯誤をしていた。それは他の生徒から馬鹿にされるのを避ける為であり、杖がないのを良いことに苛められないための防衛策だった。
その訓練の最中、ナイフや剣を持った近接線のような軌道しか出来ない
「し、仕方ないじゃない! 今の私はこうしないと戦えないんだから!!」
だが、それは今のルイズに取れる最適解でもある。そう弁護する彼女に向ってキュルケは続けざまに二の矢を放った。
「でも、だからって普通壊す? 少なくともアタシは火をつけちゃえなんて、あの小屋を見ても思えなかったけど。」
「ぐはっ!?」
確かに、面倒だし壊しちゃえばいいじゃない……という発想が出てくるのは貴族の淑女らしくないだろう。ルイズはいくら魔法で失敗してばかりいたとはいえ、その爆発で物に八つ当たりしたことなど無かったことを思い出す。最近は周りで散々に物が壊れたりしていたせいで、きっと価値観が麻痺していたのだと心に言い聞かせつつ、そんな自分をルイズは恥じた。
「うう……確かにそうかも。やだ、気を付けないと。」
そうやって恥ずかしさから紅く染まった頬を両手で抑える姿は、間違いなくかわいい貴族の淑女だった……
「でも、大活躍。」
ルイズをフォローするかのように、タバサは素早く動くと次は自分の番だと杖を振るった。彼女に唱えられたやや強めの風の呪文が、細かく砕けた木材の壁や瓦礫と化した屋根を払いのける。美しい姿勢ですらっと立ちながら魔法を放つその姿は、戦いの最中にどこか礼儀が織り交ぜられているようにルイズには見える。
「わぁ……すごい。」
「アナタも貴族だなんだというのなら、見習わなきゃねえ。」
「あんたは何もしてないじゃない。」
二人の漫才がタバサの背後でまた繰り返されはじめると、やがてひとつの美しい箱が出てきた。その周りには剥き出しの土しかもう残っておらず、罠が残っているようには思えない。
「……あった。」
タバサはその見覚えのにある箱自体に罠がないか確認つつ、それを慎重に開く。中には破壊の杖と思われる物が入っているのを確認すると、閉じた箱を抱えてルイズたちのもとへと向かう。
「……。」
「きゃああああああっ!」
「!!」
キュルケは本当に何もしていないことに少しだけ不満を覚え、確認と回収くらいはしてもらえば良かったかと思いながら彼女が戻るその途中、林の方から突然に悲鳴があがった。
その聞き覚えのある声の悲鳴に振り返ると、林の木々をなぎ倒しながら今再び、三人の前にゴーレムが立ち塞がる。
「お出ましね、覚悟しなさい……今度こそあんたなんかわたしの爪で引き裂いてあげるんだから。」
おい、淑女はどこへ行った? そうキュルケとタバサが言いたくなる思考にルイズが染まると、左腕を
「え……っ!?」
ゴーレムの手が当たりにくい足元まで潜り込んだ彼女は、どこか昨日と異なるゴーレムに違和感を抱き、それが何かを理解して戦慄する。
「なんで……?」
それは、昨日の闇夜の戦いでは暗さから見落としていたとか、決してそんなものでは無い。
「どうしてこんなものを、こいつは履いてんのよ!」
ゴーレムは体の一部、足の付け根辺りから胴にかけてや、拳といった部位が鉄へと変化していた。知っている人が見ればボクサーかと言いたくなるふざけた格好だが、ルイズにとっては冗談では済まない。
「これじゃあ……
例え鉄であろうと引き裂くことはできるだろう。だが、勢いに任せて周りの土こと抉り、千切り飛ばすような戦い方を鉄にはできない。
ルイズに悩む暇すら与えずに、かがむような姿勢をとったゴーレムが、槌のようにその手を真下へ振り下ろした。
パンツ、もしくはブルマを履いたゴーレムが現れた!
爪 -1
ジャバウォック本人がいるわけではないので、意思のないこれはそんなに長もちしなさそう