ゼロの使い魔--ハンテプティ・ダンプティ-- 作:どっとはるか
デルフ……どこ?
「ルイズ、危ない!」
キュルケの声にはっとしたルイズは、咄嗟に後ろに下がることでどうにかその鉄拳をかわす。
「……! な、なによこのぉ!」
地面から伝わる振り下ろされた拳の衝撃に、ルイズは足が震えたものの、そんなものに負けるかと彼女は爪を鉄の拳に向かって振るった。
「くっ……。」
「ちょっと、何よこれ! 昨日はこんなんじゃなかったじゃない!!」
「縮んでる、でも前より手強い。」
駆けつけたキュルケとタバサも昨晩とは違うゴーレムに驚いていた。
タバサの言う通り、よく見るとゴーレムは昨日より小さかった。その大きさは、15から20
だがそもそも対人、しかも少人数相手ならばこれでも大きいくらいだ。小さなテナントビルが外付けの非常階段を腕にして、人間に襲いかかってくるようなものである。過剰戦力とも言えるその威圧感は凄まじく、決して気の抜ける相手ではなかった。
「どうするのよ!?」
「杖は回収した。撤退。」
二人のやり取りに、ルイズが思わず叫ぶ。
「敵に後ろを見せる気なの!?」
「杖の回収が一番。」
「でも……敵に背中を見せるなんて。」
自分の命よりも、誇りの方が大切ではないかとルイズは考えている。賊に後ろを見せることなど、あってはならないのではないかと。
「ここで全員が死ねば、貴女の家族にまで問題が飛んてしまう。」
「な……っ!? どういう意味よ!」
「きっと、学院の教師たちは責任をとらない。」
戦いの最中、なんとかゴーレムをかわしながらタバサの話を理解しようと、ルイズは思索する。頭に思い浮かべたのは、自分達が帰らぬ人となった時の学院の対応だった。
結局彼らは文句は言うくせに、オスマンがならばお前も行くかと尋ねても、最後まで誰もついてくると言わなかった。
そんな人間達は恐らく、女子供だけを行かせたと言う情けない事実にすら言い訳を並べ、保身に走るだろう。
「オスマン学院長はともかく、臆病なあの人たちはアタシらが勝手に勇み出た……とでも言うかもしれないワケね。」
「そして発端はあなたになる。」
火炎の魔法を放ちながら、先に理解したことを言葉にしたキュルケにうなずきつつ、魔法でゴーレムへタバサも反撃を試みる。だが、同じトライアングルでも力の差があるのか、それとも純粋に質量が大きすぎる為に、風と火では効果が薄いのか、ゴーレムはびくともしない。
二人にゴーレムの攻撃が向かっている間に、ルイズは更に考える。
ルイズの魔法がどうなるかを知っている教師たちからの印象は、オスマンがルイズを評しようとして言い淀んだように、決して良いものではない。
我々が止めたのに、録に魔法も使えない彼女が無茶なことをしたからだ……と口を揃えて湾曲した真実を唱えればあら不思議。その責は、二人を連れて向かったヴァリエール家の三女の我が儘へと早変わり。もしくは、三人とも勝手なことをしたとするかもしれない。
少なくとも、勇敢に彼女たちは戦った! などとは言わない……いや、言えないだろう。ならばトライアングルやスクウェアという、魔法のクラスの最上位にいながら、大人のお前たちは何をしていたのかと問われてしまう。
「……くっ!」
自分の死が、自分のせいだけではすまされない。
「わかったわ……戻りましょう。」
ルイズが悔しそうな顔で頷くと、タバサは自身の使い魔である風竜のシルフィードを呼んだ。
「うまく丸め込んだわね。」
なんとかゴーレムの隙を見出だし、降りてきたシルフィードへと走る最中、キュルケがタバサにささやく。
別に、タバサもそこまで学院の教師たちが非道な人間はだとは、流石に思っていなかった。
ルイズを良く思わない教師の視線や印象と、先程の情けなさからくるルイズの教師たちへの印象を利用して、少し思考を悪い方へ刺激してやっただけである。
「もともと彼女が死ねば、それで教師たちはおしまい。」
公爵家のヴァリエールの我が儘としても、そのような無茶を知っていたのにさせればそれ自体を罪だと言われるだろう。目先にある恐怖と責任から逃げようとしたせいで気づかなかったが、身分が低い上に大人な彼らは既に問題ある行動を起こしている。極端な話、王子が前に出ようとして、それについて行くどころか止められなかった、もしくは止めようともしなかったようなものだ。
だからと言って、タバサは教師たちを助けたわけではない。
「昨日も言ったけど、アタシもルイズに死なれたら嫌だから……助かったわ。」
「いい。無闇に人が死ぬのは、私も好まない。」
タバサは、ただ自分の言った"心配"という気持ちに従って親友と、その彼女が嫌みを言いながらも気にかけている少女が死んでしまうのを、嫌っていただけだ。
「そうね……ほらルイズ! 早く乗りなさい!!」
「あんたの竜じゃないのに、あんたが仕切るな!」
なお、あえて程々に嫌われるようなことをすることで、ルイズの意識を別の方へと向けさせているキュルケを参考にしたのは、タバサだけの秘密である。
三人が無事に乗りこみ、タバサのシルフィードが飛んだ。
「やった……!」
ゴーレムの手が届かない高さまで上がったことに、安堵の息が三人から漏れる。がむしゃらに腕を振り回すゴーレムだが、その重さからジャンプすらできない体では、空の相手へ攻撃は届かない。
「アハハ! 見て見て。ここまで来ればいくらアイツでも、何もできないみたい!」
キュルケが笑う。
竜自身もそのことにほっとしたのか、その場で羽ばたいたまま動かずに、魔法学院へと方角をゆっくり変えていた。
それは、大きな過ちだった。
「フフフ、甘いねぇ……温室育ちのお嬢ちゃんたちは。」
林からゴーレムを操っていた黒フード、フーケが杖を振る。
「このフーケ様が、いつまでも地団駄を踏んだままだと思うのかい!」
次の瞬間、振り回していたゴーレムの拳の先端が外れ、鎖の尾を引きながら弧を描きシルフィードへと迫る。
「なっ!?」
「きゅいい!」
3メイルはある鉄球が、シルフィードと三人にぶつかる。咄嗟に風の魔法で盾をタバサが全力で作らなければ、全員がその衝撃だけで死んでいたかもしれない。
それでも、とてつもない質量の一撃に変わりはない。飛んでいたシルフィードには耐えきれずにはね飛ばされ、そのせいで三人は空中へと弾かれ、散り散りに地上へと落とされた。
「
「
「……っ! れ、
三度めな宙ぶらりんな世界に慣れたルイズは、木に左腕を伸ばして掴まると、枝を何本も折りながら地面に不時着する。続いて場数を踏んでいるタバサが
「ぐは……っ!」
「キュルケ!?」
地面に直撃こそしなかったものの、風の魔法を得意とするタバサとは違い、火を得意とするキュルケは自身を完全に浮かしきる前に、地面にその背を打つ。家自体は軍人の家系でも、彼女自身がそうではないために戦闘経験がほぼ無く、判断が間に合わなかった。
即死こそしていないが、そのダメージと、生まれて初めて体験したであろう息もできなくなる苦痛に、キュルケは動くことが出来ない。
不幸なことに、彼女はゴーレムから一番近い位置へと落ちていた。キュルケに狙いを定めたゴーレムは、もう片方のもとのままな腕を振り下ろさんとゆっくりと彼女に向かって歩き始めた。
「キュルケ!」
着地するまではかなりの高さがまだあるにも関わらず、
「エア・ストーム!」
着地と同時に風の魔法を唱え、必死にゴーレムを押し退けようとするタバサだが、やはりそういった力比べではゴーレムには勝てない。
タバサの魔法をまるでそよ風のようにしか感じていないのか、ゴーレムは止まらずキュルケに迫る。
「このままじゃ、キュルケが死んじゃうっ!」
ルイズもまた、そんな仲間の窮地に焦っていた。
ギーシュとの決闘で大怪我をした彼女は、血が滲む枝による多少の傷程度にはもう狼狽えないものの、キュルケを救う手段がない。
「どうしたら……どうしたら良いの?」
キュルケは嫌なやつよ、嫌いよと普段から口にするルイズだって、キュルケがルイズを思うように、本気で死んで欲しいとは思っていない。
それに、昨日は二人に命を助けてもらった。
「あ……。」
そんなルイズの視界に、ひとつの美しい箱が見えた。
「破壊の、杖……。」
確か、入学した頃に宝物庫で語るオスマンは、あれはマジックアイテムだと言っていなかっただろうか。ならば杖という名を冠しているものの、あれもまた、自分達が日用品などに用いている数々の魔法のアイテムのように使えるはず。
「これしか、無い!」
ルイズは左腕を伸ばして破壊の杖をつかむと、自身のもとへ引き寄せて大慌てでその箱を開けた。
「……え?」
小さな乙女が右手だけで持つには太すぎる破壊の杖を、
「これ……杖じゃ無い。」
脳裏に浮かぶのは、いつものカンニングペーパー。両手で振るように持っていたルイズは慌ててその持ち方を変え、"安全ピン"とやらを引き抜いて、"リアカバー"なるものを引き出す。それがどうする為のものなのかは解らずとも、破壊の杖を使用可能にするために"インナーチューブ"をスライドさせ、"照尺"を立てた。
「ここを覗いて、狙うのね……。」
肩に担いで覗きこむ"フロントサイト"の先に、ゴーレムの背中が見える。見える、というよりはその枠内だけなら土の塊しかない。
失敗は絶対に許されない。カンニングペーパーを読んだ時はそう気構えたルイズだが、そのフロントサイトの光景にため息が漏れた。
「いくらわたしが初めての下手っぴでも、こんなの外すわけ無いじゃない。」
"安全装置"を解いて、最後に"トリガー"に手をかける。
「それにしても、何て面倒なのかしら。まるで……スクウェアスペルでも唱えてるみたいよ。」
破壊の杖を使えるようになるまでの行程の多さに、ルイズは文句を良いながらトリガーを押した。
しゅぽんと、とても頼もしい武器とは思えないかわいさがある音を聞きながら、放たれたヘンテコなそれをルイズは見つめていると、ゴーレムへとめり込んだ直後に爆音が起きた。
「きゃあぁっ!?」
自分が普段起こす、魔法の失敗による爆発すら凌駕するその音と吹き荒れる煙に、咄嗟に身を屈めてルイズは目をつむる。
「……やったの?」
しばらくして静寂を取り戻した世界に、恐る恐るルイズは目を開けたものの、辺りはまだ煙で見えない。
「あ、あ……!」
ようやく視界が晴れて見えてきたその光景に、ルイズは歓喜の声をあげようとする。だがその喉は震え、うまく声をあげることはできなかった。
目の前には、上半身を破壊の杖で吹き飛ばされたゴーレムの姿がある。それからしばらくしてピキリと音をたてると、その下半身もバラバラに崩れ、ただの土の塊と砕けた鉄に成り果てた。
「やったあ~っ!」
思わず、その場でルイズが跳ねた。トライアングルの二人の仲間でも歯が立たない、そんな相手を打破するという偉業を成し遂げたという事が、彼女にはたまらなく嬉しかった。
「……そうだわ、キュルケは!?」
喜んだのもつかの間、キュルケを思い出したルイズは破壊の杖を放り出し、ゴーレムだったものへと走り出す。彼女のもとには既にタバサが着いており、その体を寝かせたまま
「命に別状はない。」
「そう、良かったわ。」
ほっとしたルイズに、まだ苦しそうな顔をしながらもキュルケが笑う。
「アタシが死なないで言うことは、良かった……なのね、ルイズ?」
かすれた声でもなおからかうキュルケに指摘されて、ルイズは顔を赤くするとそっぽを向いた。
「ふ、ふん!! 昨日命を助けてもらった相手に、借りを作ったまま死なれるわけにはいかなかっただけよ!」
そうやって、自分が走ってきた方へ視線を向けると、ルイズの放っておいた破壊の杖を持って、彼女たちの前に歩いてくる女がひとり。
「ミス・ロングビル! 生きていらしたのですか!?」
「ええ、それはもう……。」
「……ミス・ロングビル?」
生存を喜ぶルイズに対し、どこか冷ややかな声を向けたロングビルは、ルイズたちの少し手前でその歩みを止めた。
「破壊の杖……言うだけのことはあるわね。わたしの自慢のゴーレムが粉々じゃない。」
「なっ!?」
「ご苦労様。」
破壊の杖を構えながらロングビルがメガネを外すと、冷ややかながらもまだ穏やかさを残していた目つきから一変。彼女の目が獰猛な猛禽類のような、恐ろしいものへと変わった。
「あなたが……フーケだったの!?」
「その通り。盗んだは良いけれど、この杖……魔法をかけても何をしても、うんともすんとも言わなくてね。使い方がわからなかったのよ。」
その話を聞くや否や、距離を詰めようとしたタバサにフーケは更に一歩下がる。
「おっと、動くんじゃないよ! 破壊の杖はあんたたちに狙いを定めてんだ。死にたくなければ杖をこっちに投げな。」
仕方なくタバサは自身の杖を投げる。キュルケは落ちたときに杖は放り出してしまっているし、ルイズに至ってはもとより杖がない。
「……使い方?」
「そうさ、だから魔法学院の人間にまずは使わせてみることにしたのさ。まさか教師どもが全員とんだ腰抜けなのは予想外だったけれど、まあヴァリエールの嬢ちゃんなら多分解ると思ってたし、責任を感じて必ず来ると思ってたよ……。あんたのその左腕、武器のついたそれを見たおかげでこういうゴーレムも思い浮かんだし、宝物庫の壁にヒビを入れてくれたりと、公爵家の令嬢さまさまだよねぇ、全くさぁ!」
「あんた……このぉっ!」
ゴーレムの腕が鎖鉄球になる発想も、破壊の杖の使い方も、やはり盗めるきっかけも、どうやらルイズのお陰らしい。そのひとつひとつに、ルイズは怒りが沸き上がった。
「おやおや、怒ったのかい? でも、もうあんたに用はないんだ……だから――」
フーケは迎撃にと破壊の杖を構え直してルイズへ向ける。
「さよなら、ぶっ飛んじまいな。」
躊躇わずにトリガーが押された。これから起きるであろう死に、タバサとキュルケが目をつむった。ルイズは止まらなかった。
次の瞬間、ルイズもろとも三人は破壊の杖で爆発四散……などということにはならなかった。
先程の爆発を起こす玉のようなものは放たれず、使い方が解らないと言っていた前の時同様に、破壊の杖はうんともすんとも言わない。
「ど、どういうことだい!?」
「さあ? どういうことかしらね!」
ルイズはもう、破壊の杖を持ったまま立ちつくしていたフーケの目の前まで迫っていた。
「しまっ……錬金!」
慌てて杖を抜いたフーケが鉄の盾、もとい板に近いものを自分の前に錬金する。
「縛り首になるまでの間、牢屋で考えてなさい!」
だが、そんなものにもはや意味はないと言わんばかりに、ルイズは
「やああぁっ!!」
鉄板をへし曲げながら、フーケごとまとめてルイズは拳を振り抜き、殴り飛ばした。
「ぐはあっ!?」
キュルケの落下など比ではない衝撃に、白目を剥いたままフーケが林へと飛んでいく。
ボキバキと枝を折る音をたてて地面に落ちた彼女に、もはや意識はなく戦う力は残っていなかった。生きていたのが不思議なくらいである。
「ふんっ! このわたしを利用なんかするからよ!!」
破壊の杖を左腕で拾い上げて、ルイズが勝ち誇る。
「……野蛮。」
「というか、もうオーガか何かね。」
そんなルイズの背中に、二人の乙女は称賛ではなく、破壊の杖のような威力のある言葉を投げつけた。
「はうっ! ……あ、あんたたちねぇ、たまには誉めてくれたって良いんじゃないの!?」
ぎゃいぎゃいと、ルイズの叫びがこだまする。
何にせよ……彼女たちはフーケを捕まえ、破壊の杖は取り戻されたのだった。
ゴーレムハンマー!
発想のきっかけはルイズのARMSという"武器へと変わる"左腕。あからさまにしていては警戒されるので、変な格好と共に仕込みにしたのは盗賊ゆえ。
次はようやく原作一巻までのストーリーが終わりそうです。
好き放題が加速しそう……!