ゼロの使い魔--ハンテプティ・ダンプティ--   作:どっとはるか

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アニメの展開も一部入れる予定


左腕

「……?」

 

自室で目が覚めて、つい顔をこすると、なくしたはずの左腕があった。それがルイズの現実。

 

「ウソ……まさか、夢だったの!?」

 

きれいさっぱり痛みも何も残っていないことを自覚して、ルイズが大慌てで体を起こす。必死に目を動かして視界に移るものを探していると、袖を失くして真っ赤に染まる、着たままのシャツが目についた。やはりそこから失ったはずの左腕が伸びてはいるものの、染み付いた凄惨な模様が、彼女の身に何が起きたのかを裏付けている。

 

「何なのよ……もう。」

 

思わず元に戻った手をぐしぐしと握り、ぐるぐる肩を回し、くるくると手のひらを返してみると、見慣れないものがそこにあった。本来メイジについているはずのないものだ。

 

「は? なによ、これ。まさか……これって使い魔のルーン!?」

 

そう、本来メイジ"が"つけるものであるルーンが、己自身の左手の甲に刻まれている。貴族の自分が使い魔になったという、不名誉と嫌悪感から右手でそれをつまみ、ひっかいてみるルイズだが、当然そんなことをしても使い魔のルーンは外れない。これは使い魔が生きている間は一生刻まれ続けているものであり、消すには死ぬしかない。そんな事は、たとえ魔法がろくに使えない彼女ですら知っていたことだが、パニックに陥っている人間は常識すら忘れてしまうものである。

 

自分の、貴族の、公爵家の、乙女の玉肌に! 使い魔のルーンなんて! それだけが今ルイズの頭にある全てである。

 

「むうう……っ! このっ、このぉ……痛っ!?」

 

右指の、常日頃手入れをしている"せいで"鋭くきれいな爪をがむしゃらに動かした為に、ルイズは手の甲を薄く切ってしまった。思いがけない、小さくも鋭い痛みに冷静さを取り戻した彼女は次の瞬間、切り傷を見て息をのんだ。

 

「え……えっ?」

 

傷は幅1センチにも満たない微かなものだが、その傷口からは血が止まり、あっという間に傷が消えていくのだ。まるで治癒の魔法を受けた状態か、時間が逆行しているかのように動く自分の肌を見つめていると、痕一つ残さずに左腕は、ルーンをつけたまま元通りとなってしまった。

 

「なんなの……これ。」

 

おぞましい。一見何ともない自分の左腕にルイズは恐怖を抱いた。今の現象から、己の左腕がどうしてまた今、ここに在るのかを理解したからだ。小さな傷と同じように、自分の腕が戻ったというのならば……いったい自分の体はどうなってしまったというのか。

 

無意識に右手で左腕を強く握る。どれだけ強く握りしめても、そこにある右手の感触は自分の左腕であり、右手の指の力を感じて左腕から届く痛みも、いつも通りだった。

 

この時、左腕が勝手に変身して大暴れでもすれば、まだ良かったのかもしれない。それはそれで恐ろしい光景だが、ルイズではない何かが左手に化けているのだと、まだ理解しうるものだっただろう。自分の左腕のはずなのに、自分の知る左腕ではない今よりもずっと、ルイズの心から滲むように出てくる不安は少なかったはずだ。

 

ただそこに在り続けるだけだからこそ、怖い。

 

不安がどこまでも溢れてくる。

 

「だ、だれかぁ……っ!」

 

再び心の平静を失ったルイズは、部屋を蹴破るように飛び出すの、あてもなく走り出した。何処へ逃げたところで、不安の原因であるモノは己の左腕だ。逃げることはできないが、一人で居続けることも、もう彼女には出来なかった。自分の体を自分で信じられない今のルイズには、誰かが、誰でもいいから傍に居て、自分をルイズだと認めてくれる存在が必要だった。

 

「あれは……ルイズじゃないか。こんな時間にどうしたんだい?」

 

「ちょっ、いったい何処に行くのよ。ゼロのルイズ!」

 

血まみれのシャツを着て目を見開いたままに、大粒の涙を流してかけていく彼女は、多くの人の目入り、その異常さに気づいた彼らにルイズが止められるのは、そう時間のかかることでは無かった。

 

浮遊の魔法、レビテーションで彼女は地面から少しだけ浮かされ空中に固定されると、覗き込まれた顔をみて叫ぶ。

 

「つ、ツェルプストー!! わたし、わたしはルイズよね? ねえ!」

 

「は? 何ワケわかんないこと言ってんのよアンタ。ねえちょっと、誰かコルベール先生呼んできなさい。この子……あんな事故があったせいで、何だかちょっと変になってるみたい。」

 

その中にはルイズと犬猿の仲であるはずの女性、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーも居たのだが、そんな彼女相手にさえ、涙目でルイズは理解しがたいことを叫んでおり、普段とは全く違うその姿は生徒たちの手に余った。

 

しばらくして、呼ばれたコルベールがルイズのもとに現れると、彼は浮遊の魔法を解くように生徒へ指示を出し、夜遅くであるということと、人目もあるという理由で解散させた。最初はキュルケが、ルイズに浮遊の魔法をかけていた水色の髪の少女を捕まえたまま、興味本位で残ろうとしていたのだが、あまりのルイズの錯乱具合から面倒くささを感じると、彼女もまた去っていった。残されたのはルイズとコルベールのみとなると、場所もそのままに、順序もなく支離滅裂にルイズが話しだす。そのまままくしたて、彼女が息も途切れ途切れになってから、やっとコルベールは口を開いた。

 

「落ち着きなさい、ミス・ヴァリエール。何やら君はその左腕を恐れているということはわかったが、まず私の話を聞き給え。」

 

そういってルイズの目を見ながら、コルベールはルイズがコントラクト・サーヴァントにより、使い魔の契約を終えた後に何があったのかを語り始め、最後に彼はルイズの話した内容と合わせた推測と結論をのべた。

 

「おそらく、その左腕は召喚した君の使い魔だろう。ディテクトマジックに反応しなかったのを考えると、先住魔法を用いた体を治すマジックアイテムか……はたまた、使い魔となるべき存在なのだから、インテリジェンスアイテムのように生きている何かなのかもしれない。」

 

「先住……魔法。」

 

先住魔法。それはこの世界の人と似て異なる種族である、エルフが主に得意として使う魔法だ。人の扱うものである系統魔法とは原理が異なっており、人間には扱うことができない上により強力だ。だがその力はエルフという種族自体、この世界の人から忌み嫌われている為に禁忌とされており、研究はあまり進んでいない。言ってしまえば未知の危険な魔法である。

 

しかし、そんな不穏で得体のしれないイメージは、逆にルイズの心を落ち着かせていた。不気味な左腕が、何者であるかを定義づけるには丁度良く、彼女を納得させられる内容となったからだ。

 

接合ならまだしも、手が生えるなどという回復魔法は系統魔法では最高クラスのメイジだろうと、存在した試しが無い。

 

「そうだ。確かに腕をいきなり失くしたというのに、目覚めればまたそこにあったのだ。君は驚いたかもしれない。でもねミス・ヴァリエール、その左腕は紛れもなく君の使い魔が、主人のためにしてくれた事の結果だ。感謝こそすれど、怖がるものではないよ。」

 

コルベールの言葉がよりルイズを安心させていく。今さっきまで不気味だった左腕が、必死に主に尽くしてるように思えてきたほどだ。

 

安心と同時に、どうしてそんなことを考えられなかったのかと、手に入れた回答によって心が凪いできたことを実感してくると、今度は顔から火が出てきた。

 

今晩、自分がやらかしてしまった失態を思い出して、ルイズは頭を抱えた。涙と不安で真っ青だった顔が、今度は羞恥と後悔で耳まで赤くなっていく。

 

「あわわわ、わた、わたわたわたし……なんということを。」

 

うずくまって赤面する少女の前に、目線を合わせてかがむ中年男性が真夜中にふたりっきり。これは体裁が悪いと気が付いたコルベールは、足早に立ち去ろうとする。彼にその気はないが、生徒が変な噂をたてられるのは避けたいのだ。ちなみに、こんな時でもルイズの手の甲に刻まれたルーンの珍妙さに気づき、頭に刻み込んでいく位に彼は女性に対し何も思うことがない。

 

「ど、どうやらもう大丈夫のようだね。さあ、もう夜も遅い。君も部屋に戻り給え。」

 

「ううううう、そんな、明日からどんな顔してツェルプストーに会えばいいのよ。」

 

先ほどまで熱心に聞いていたコルベールの言葉など、ルイズの耳にはもう半分しか届いていなかったが、彼の最後の言葉が、ふらふらとした足取りで部屋に戻るルイズにはっきりと響く。

 

「おっといけない、忘れるところだった。明日に言おうとしていたのだがちょうどいい。ミス・ヴァリエール、君は杖を新調したまえ。」

 

「は……? 杖ですか?」

 

そういえば、一度も目を覚ましてから自分の杖を見ていない。気を失って運ばれてきてからは慌てていたので、てっきり部屋のどこかにあると思っていたルイズだが、新調しろとはどういうことか。振り返りながら彼女は首を傾げる。

 

「うむ、コントラクト・サーヴァントの後に限界を迎えたのか……その前のサモン・サーヴァントの爆発のせいかはわからんのだが、とにかく君の杖は倒れた時、もう右手にはわずかな欠片しか残っていなかったのだ。外だったからね、どうも砕け散ってから、風に流されたのではないかな。」

 

「へ……ええっ!?」

 

杖がない、それは貴族にとって魔法が使えない、ただの平民になるのと同義である。杖という媒体がなければメイジである貴族とて、魔法は使えないのだ。

 

いやそんなことよりも、だ。長年使い続けていた杖を突然失ったショックのほうが、今のルイズには大きかった。

 

「新しい杖の契約には時間もかかるだろう。あんな目に遭いながらも、なんとかコントラクト・サーヴァントを成功させた君に免じて、しばらく授業の実技は大目見るようわたしが話をつけておくが、なるだけ早く済ませたまえよ。」

 

そういいながら去っていくコルベールを見ながら固まっていたルイズは、日が差し込み辺りが明るくなり始めるまで動けないままだった。

 

「そんな……。」

 

一度も魔法が成功しなかった少女の、使い魔を得た代償の規模は小さくなれど、その被害が大きいことに変わりは無かった。

 

「そんなぁ!」




杖がない!

ルイズは魔法がしばらく使えなくなった!!
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