ゼロの使い魔--ハンテプティ・ダンプティ-- 作:どっとはるか
最悪だ。
取り乱した晩の翌朝、寝不足のルイズは半値半起きのままに身支度を整えていると、ふつふつと低血圧から来る不機嫌さに耐えきれなくなった。我慢の限界へと達した彼女は、真っ先に目についた枕を何度も叩いている。
お金がない。いや、まだあるのだがこれから消える。砕け散ったらしい杖代のせいで。
メイジの命とも言える杖……しかも、自分の家名に負けない出来映えの杖の再発注ともなれば、しばらく貧乏生活路線は避けられない。
既に今月は方針を決め、この学院に支払いを済ませているからともかくとしてである。このまま杖を再発注すれば、来月小遣いに割けるお金は、ほぼ無と化すだろう。
一人の非住み込み形式の平民を雇うのも躊躇うくらいになると言えば、どれだけ貴族の懐事情として情けないか、伝わるだろうか。
元を辿れば、ルイズ自身の魔法が起こした結末なのだが、杖にかけられていた老朽化や破損を防ぐ、固定化の魔法がもっと頑丈ならば……とか、爆発なんかせずとっとと使い魔が、失敗していた最初の頃に来ていれば、こんな負債を抱えなかったのに……と思わずにはいられないのだ。
「くう……っ、このこのこのっ!」
仰向けに寝そべって、上へ放り投げた枕にルイズが空中コンボを叩き込むと、ぼふぼふと、高級品の羽毛だからこそ聞こえてくる音が響く。しかし、いくら叩いたところでそれが金貨袋になることはない。ひとしきり彼女が荒れ終わると、拳を叩き込んでいた左手、使い魔のルーンをルイズは恨めしげに見つめていた。
どう尽くしてくれた所で、今はただの左腕。ちょっと傷を直す力がすごいのかもしれないが、かといってそれを活かす時などあってほしくない。もう千切れるのは御免である。次も生えてくるとは限らないし。
いっそ腕がないままに、別の使い魔を喚び直せなかったものかと今では思うが、片腕がもげた状態でやり直し続けるなどなど出来るわけが無かった。そんなことをすれば、自分が先に天に召喚されてしまう。
「不思議な珍しい玉だったくせに、何で手になっちゃったのよ……あのままの方が、もしかしたら……。」
ままならない現実に、そうやって何度も彼女はむしゃくしゃしていた。この歳で、プライベートルームですら清楚ではいられないのだ。なによこれくらい、と外でいくら笑い飛ばせても、一人の時は出てしまう顔というものがある。今彼女は半ば自覚しながらに荒れていた。
「仕方なかったのよ、必要経費よ……そう、進級。進級と魔法の成功のためなのよルイズ。待って、それならお祝いがあるべきじゃないかしら。」
ベッドのうえでごろごろと枕を今度は強く抱き締めながら、謎の言い訳を呟き続けるルイズ。
ちょっぴり矛盾を含む、様々な理屈を自分で並べに並べることで慰め、漸く落ち着く頃には、せっかく着替えた彼女の制服がよれていた。
「あーもう! もう、もうもうっ!!」
仕方なくもう一着の新しいシャツをクローゼットから取りだして着替え直す。使い魔にやらせようと、利き手ではない左手を目一杯使って、余計に疲れた。それから机にある大きな鏡の前に座って、髪も再度ブラシをかけて整えてから、ルイズは漸く部屋を出る。考えるだけ毒だというのが、今の彼女の結論だった。
洗濯かごを取りにくる今日の当番メイドは、すわ何ごとかと部屋の荒れ様に思うだろうが、そんなことは貴族であるルイズが知ることではない。
「あら、ゼロのルイズじゃない。」
この声を聞いて、なんか世界はわたしに冷たくないかしら? とルイズは思う。やっと心を落ち着かせたのに、漣を立てる存在が部屋から出た途端、また現れるのだから。いったい安息の地はどこにあるのか。
昨日散々に無様な姿を見せてしまった、怨敵とも言える相手。キュルケが見計らったようなタイミングで、ほぼ同時に部屋から出てきたのだ。
「朝からなによ、ツェルプストー。」
「あら、今日は昨晩みたいにアタシに『わたし、ちゃんとゼロよね、ゼロのルイズよね!?』って聞いてくれないの?」
「そんなことは聞いてないわよ!? わたしはゼロじゃない!」
「あら、何をアタシに聞いたかは覚えてるのね。じゃあどんな顔をしてたかも、覚えているかしら? とっても貴重な顔だったから、絵に残したかったくらいなんだけど。」
「このっ……!」
いつもこうなのだ。ルイズにとってキュルケという存在は、自分を玩具のようにからかってくる、いけ好かない相手だった。その恵まれた容姿、尻軽とも言える程の移り気な性格、魔法の才能、家同士の対立と、ルイズにとっては全てが気に入らない。
おまけに昨日弱味を握られたと来ている。このままキュルケに付き合っていては、更なる被害にあうのは間違いない。だが、ルイズが彼女を無視して外に出ようにも、女子学生寮のこの廊下はひとつしかなく細い。二、三人通れるくらいの間はあるのだが、今はキュルケが邪魔だ。無理矢理とおろうとしたところで、きっと体格のいい彼女は自分を止めるだろう。
なんで下に降りる階段へ向かう廊下すら、彼女の部屋を通りすぎなければならないのか。それすら今のルイズは気にくわなかった。
「どいてよ、邪魔。」
「あら。話の途中にどこへ行くつもりなの?」
案の定、声のトーンを落としてきつい言葉をかけたところで、彼女が動くことはなかった。押し退けてしまおうか。そうルイズが彼女に向かって歩きはじめても、キュルケはルイズを見つめたまま動かない。
「朝食に決まってるでしょ。あいにく、こっちは朝早くにツェルプストーと話すことなんて、何もないのよ。」
「へえ。それじゃあ夜になればまた、ああやって可愛くお話をしてくれるのかしら?」
「夜でもしないわよ! ど・い・て!」
「何よ、ちょっとアナタの使い魔のことを聞きたかっただけなのに。召喚は成功してたみたいじゃないの、見せてよ、あなたの使い魔。」
本気でいってるのか、嫌がらせか。判断のつかない声色で、キュルケが挑発的に尋ねる。のせられやすいルイズは、その声に足を止めてしまうと彼女を睨んだ。
「あんた喧嘩売ってるの? そこまで見てたのなら、あの時わたしがどうなってたかも当然見てたクセに。本当に嫌な性格ね。」
「あ、じゃあやっぱりその左腕は、あなたの使い魔なの? 随分変な使い魔を召喚したのねえ、ふふっ。流石ゼロのルイズ……。」
ルーンのついた左手に刺さる視線から、守るようにルイズは咄嗟に、右手で左手の甲を隠した。
とことん人の神経を逆撫でするやつだ。そうルイズが反論の視線をキュルケへぶつけるも、彼女はどこ吹く風。まだまだお喋りをやめようとはしなかった。
「そうだ、せっかくだからアタシの使い魔も見せてあげる。ほらっ! おいでなさいフレイム~。」
そうやって、彼女の部屋から現れた使い魔を見ると、ルイズはキュルケの狙いを悟った。
ようはこちらの使い魔なんて、どうでも良かったのだ。彼女はただそれをルイズに見せびらかしたかっただけである。
雄々しく、力強い四本の足で立つ、巨大な火の蜥蜴。彼女の使い魔であるサラマンダーという、彼女の使い魔が何であるかを。
「ほら、見てみなさいルイズ。この尻尾の透き通るような美しさの炎。きっと火龍山脈の奥深くに居た子よ? 好事家に見せたって、値段をつけられないんじゃないかしら!」
きゃあきゃあと興奮気味のキュルケが、ルイズの前で自身の使い魔を誉めちぎる。確かにその姿は、大抵の使い魔がかすんで見えることだろう。ルイズもそのことに対し、羨ましいと思うところがないと言えば、嘘になる。
だからといってその事を顔に出したり、自慢話に付き合ってやる義理はない。
「ねえ、ちょっと聞いてるのルイズ。」
「っさい。自慢話がそんなにしたいのなら、あんたの取り巻きのボーイフレンドたちにでもしてなさい。」
「あら、てっきり悔しがると思ったのに、羨ましくないの?」
「誰がよ。わたしはそんなこと気にしないわ。」
もはや、本音を隠す気もないキュルケに遠慮はいらない。多少強引にでもキュルケを押し退けて、ルイズは廊下の先の階段を降りていく。
……悔しくないわけがなかった。
多少歳が違うとはいえ、ライバルの家の同級生の使い魔が上質なサラマンダー。だというのに、自分はただの人の左腕。階段を降りている途中で、思わずルイズはその左拳を石壁に打ち付けた。
この左手に、せめて力があれば。
「……くっ。」
力のある使い魔だったのなら、こんな惨めな思いをしていないのに。
涙の浮かぶ目をぬぐうと、ルイズは食堂へと歩き出した。
このとき、ルイズは気づいていなかった。その打ち付けた壁の表面が、うっすらだが砂のように崩れていたことに。
この日、座学は優等生であるルイズは、学院に来てからはじめて授業を休んだ。
杖もない、使い魔もない、たった今打ちのめされて惨めな気持ちがいっぱい。そんな精神状態で皆と同じ時間を過ごすことは、いくら気が強い彼女でも辛すぎた。
ぎすぎすなやりとりとか書くの辛いっす(´・ω・`)
でも省きすぎるわけには……。