ゼロの使い魔--ハンテプティ・ダンプティ-- 作:どっとはるか
「決闘よ!」
昼過ぎの、外で行われるティータイムの最中、ルイズが叫び声をあげていた。
時は少し遡る。授業をさぼった彼女が昼食後のお茶を、隅の方にあるテーブルでとっていた時の事だ。みんなの輪に入りにくかった為のその位置取りだが、遠くから全体を見れるその位置にいたせいで、地面から放たれる光が目についたのだ。
地にある光という存在に、召喚した玉との出会いを思い出したのか。何が落ちているのか気になったルイズは、その光のもとへと歩いていく。
そこにあるのは、ガラスの小瓶だった。
「香水?」
ガラス瓶からは、微かに男性用の香水の匂いがする。瓶の形は女物なのを見ると、つまりは誰かのプレゼントということか。
丁寧に掘られた薔薇の装飾を見れば、この瓶を送った子の思いが、どれだけ強いものであるかはルイズにも良くわかった。どうせなら、その二人の関係が円満であり続けるように、持ち主のもとへ返してあげたいものだ。
ふと回りを見回せば、すぐ近くの椅子には薔薇を咥えた同級生のキザ男、ギーシュの姿。
……このバカが落としたのね。
はっきりとわかるくらい強く香水の匂いをさせている男なぞ、早々いない。瓶から漂うそれと同じ匂いを纏うこの男こそ、誰がどう見ても持ち主なのは明らかだった。
とすれば、送ったのは恋人のモンモランシーね。落としたなんてあの子が知ったら、物凄く怒るわよ。
ルイズはギーシュの恋人が、モンモランシーという同級生なことを知っている。彼女はキュルケほどではないが、魔法の使えないルイズをバカにしてくる一人のせいで、それほど仲は良くないし、ルイズとしてはむしろ嫌いなほうかもしれない。
しかし、いじめっこの持ち物とはいえど、この瓶を捨てていい気味だと笑うような卑怯な性格も、ルイズはしていない。貴族に二言はない。最初に思った気持ちのままに、ルイズはギーシュの居るテーブルへ向かい、その香水の瓶を優しく置いてあげた。
「ギーシュ、これあんたのでしょ。失くしたなんて言ったら、せっかく作ってくれた、彼女のモンモランシーが悲しむわよ、しっかりしなさい。」
「ん、何を言ってるんだいルイズ。これは僕のなんかじゃあないよ。」
だが、帰ってきたのはありがとうではなかった。礼を求めるつもりはなかったが、流石にこの返しは予想だにしていない。
「は? あんたこそ何を言ってるのよ。香水と同じ匂いをまとってるクセして、どうしてそんなこと言うのか、意味がわからないわ。」
香水を良く知らない、お洒落より食い気な男子達なら、まだ騙せたかもしれない。しかし、ルイズは不精者ではない。少なくとも、服がよれて髪が乱れれば、もう一度直して外に出るくらいはおしゃれにも気を使うし。爪だって薄くきれいに伸ばしている。ギーシュのように無駄にラグジュアリーさを出す香水の使い方は、正しいおしゃれと思っていないけれど、香水だってきつくない程度には使うし、嗜みもある。彼女をそんな芝居で欺けるはずが無かった。
「なんだよギーシュ、お前やっぱりモンモランシーと――」
「ギーシュ様、やはりモンモランシー様とお付き合いをしていましたのね……!」
しかし、それが時に悲しみを呼ぶこともある。ギーシュと同席していた男たちが二人の仲を煽る言葉に、重ねてひとつだけ……男性には似つかわしくない声が混じっていた。
「ケ、ケティ。」
ギーシュのすぐ近くの席から立ち上がった少女は、涙を流しながら彼を見ている。
ルイズの知らない幼めの顔だ。恐らくは一年生だろう。その少女がギーシュに向かって泣いていて、結果彼がたじろいでいる。
ああ、つまりこれは二股か……いくら恋愛に興味の無いルイズでも、察すること出来た。
あれ……二年生への進級試験昨日よね? 新入生の入学式だってついこの間よね?
同時に、いくらなんでも手が早すぎやしないかと、ギーシュにあきれた。こんな"ドット"なキザ男のどこがいいのかルイズにはわからないが、涙を流すほどにケティとかいう少女は、ギーシュに惚れてしまっていたらしい。どうやったのか、口説きの手法がちょっとだけ気になった。
「いや、誤解だケティ! 僕の心にいるのは……。」
「君だけさ、とでも言うつもりかしら? ねえ、ギーシュ。」
昼ドラめいた展開を、ギーシュとケティがしているとまたひとつ、ギーシュの背中から男性とは違う声が。
先程から名前だけは出ている、ロングの金髪縦ロールをした少女という鬼、モンモランシーがそこに笑顔で立っていた。
「モ、モンモ……。」
「さあ、続きを話してごらんなさいな。」
「うっ……。」
言葉につまるギーシュ。ここではっきり誰かと言わなかったことは、致命的だった。ケティは悲しみにくれたままに、ギーシュの頬をはたくとそのまま走り去っていっていく。
「やっぱり、私との時間は貴方にとってはお遊びでしかなかったのですね!」
一人だけを愛した少女が、去りぎわに放った言葉の悲痛さが、場をなんとも言えない重たい空気へ変える。だが、この静けさは騒ぎを終わりとするものではない。
「ルイズ、その小瓶はギーシュのじゃなくて私のなのよ、返してくれないかしら。」
「え、この距離なら自分で取りに来れば――」
「ね、ルイズ。こっちに持ってきて?」
気の強いルイズがたじろぐほどの、不思議な圧のある笑顔で、モンモランシーが凄む。
「わ、わかったわよ。」
「ま、待つんだルイズ!」
仕方なくルイズはテーブルに置いた瓶を、ギーシュが止めるよりも早く再度手に取ると、ほんの数歩先にいるモンモランシーへと手渡した。
既にギーシュから同じ匂いがするのだから、あげる前のはずがない。どうしてモンモランシーがあんなことを言い、ルイズに持ってこさせたのか理解できなかったが、その真意は直ぐに解ることとなる。
「あら? ダメじゃないルイズ……瓶は私のと言ったけれど、中の液体はギーシュのなのよ?」
「ん?」
ルイズが頭に疑問符を浮かべている一瞬のうちに、モンモランシーは瓶のふたを開けると、その中身をギーシュめがけてぶちまけた。
「うわぁっ!」
大量の香水からくるきつい匂いが辺りに広がる。もはや匂いではなく臭い。香りの暴力だ。
ルイズがギーシュの近くに居たままなら、はねた香水の巻き添えを食らっていただろう。まともに浴びなくても、マントに付こうものなら数日は臭いが落ちそうにない。
「ふん、何よあんたなんか! 誰が一番よ、誰が心のなかにいるのよ、この嘘つき!!」
きっと以前、ケティに先程言おうとした口説き文句を、モンモランシーは言われたことがあったのだろう。その言葉を信じていたからこそ、許せなかった彼女もまた、吐き捨てるように別れの言葉を告げると走り去っていった。
残されたのは、報いを受けたギーシュと、モンモランシーに怯えて少し離れていた男子生徒たちに、ルイズのみ。
舞台に居たはずが、いつの間にか観客となっていたルイズもまた、もうここにいる意味はないと、昼ドラと化した現場を離れようとした所で、後ろからギーシュが声をかけてきた。
「全く、何てことをしてくれたんだルイズ。キミのせいで、二人の名誉か傷ついたじゃないか?」
ルイズには彼が何をいっているのか、全く理解できなかった。「は?」だとか「え?」等という言葉すら出てこない。時が止まるとはこのことかと思うほどに、ルイズが停止する。
「良いかい、僕は知らないと言ったじゃないか。あの時キミがそこから余計なことを言わないで、気を利かせてただ持ち去ってくれていれば、こんなことにはならなかったんだよ。全く、どうしてくれるんだ。」
無茶苦茶だ、もしくは八つ当たりか。
「何がわたしのせいよ。元々はギーシュ、あんたが女の子に誠実に生きていれば、何も問題なんて起きなかったことじゃない。」
当たり前な、ごく普通の意見を返すルイズに、周りにいた男子生徒たちが同調する。いつもは魔法の才能がにない事を、ゼロのルイズだとバカにしている人たちですらも、そうだそうだと擁護にまわり始めた。彼らの反応の通り、客観的に見たってどちらが間違っているかなど考えるまでもない。しかし、それでもギーシュは演技じみた態度で、ルイズを非難するのをやめない。
「ゼロのキミならドットの僕に気を利かせてくれてもいいだろう?」
そんな格式や何かを理由にするのなら、ギーシュこそ公爵家の中でも最上位のルイズへそんな態度をとるのは、不味いのではないかという話になってしまうのだが……おそらく彼は今、今朝のルイズと同じなのだ。問題は、そんな醜態を人前で晒していることか。
「ちょっとギーシュ、あんたいい加減にしなさいよね。」
「いい加減? ああ、確かに。今のキミをメイジとして見ることは、間違いだものね。」
勢いのままに、彼の口から出た言葉がルイズに突き刺さる。
「もともとゼロの君だけど、今は杖もないし、使い魔も無いんだろう? 平民と変わらないじゃないか。」
その言葉は禁句で
「平民に貴族らしい気遣いなど、出来るわけもない。ボクが悪かったよルイズ、もういいから行きたまえ。」
決して触れてはいけないものだった
言うだけ言って、少しは溜飲か下がったのか。冷静さを取り戻したギーシュがルイズを見ると、彼女の肩がわなわなと震えている。
「平民……?」
二股だろうと、普段から女性に悲しい思いをさせないことがポリシーな、もとの彼へと戻るにつれて、ギーシュは今やらかしてしまったことの深刻さを悟った。いくら好きではない相手でも、女性相手にこれはない。まして、自分が一番言われたくないことに、のしをつけて追い討ちをするなんて……。
すまない、言い過ぎた。そうギーシュが謝罪を述べる前に、ルイズが叫んでいた。
「決闘よ!! あんたの……今の言葉、絶対許さないんだから!」
今度はギーシュの目が点になった。たった今平民と変わらないと言われ、打ちのめされていた少女が決闘? メイジのランクとしては一番下の、ドットとはいえ杖を持っている自分と?
無茶苦茶だ。
「お、落ちつきたまえルイズ。」
「うるさい、うるさいうるさい! 黙ってヴェストリの広場に来なさい。わたしを平民扱いしたこと、取り消させてやるんだから!!」
正直それで済むのならば、今この場で謝って取り消したいのだが。ああ、先程の自分は本当にないなと……より強い怒りを持ったルイズを見る事で今さらだが、ギーシュは自分を恥じた。
「それともあんた、不戦敗するつもりなの!? メイジさまが、杖の無い平民から逃げるつもりかしら!」
そんな彼の変化と反省に気づかないままに、ルイズは自分で自分の首を絞めていく。こう言われてしまえば、もうギーシュは断れない。負けることができなくなった以上、自ら非を認めて謝ることも難しくなってしまった。
どうしたら落とし所になるのかと苦悩しながら、彼はヴェストリの広場へと辿り着く。着いてしまう。
「いくわよ!」
決闘の合図に杖すら持てない少女の戦いが始まった。
お前が言うんかい!
自分で書いといてなんですが、こんな冷静なギーシュあんまりいませんね……。