ゼロの使い魔--ハンテプティ・ダンプティ-- 作:どっとはるか
「ひぎいいぃっ!?」
目を覚ましたら。また勝手にベッドへ運ばれていた。
ただし、今度は痛みと同衾していたらしい。ルイズは思わず転げまわったが、そのせいで痛みは加速した。より激しくもんどりを打ち、更なる激痛が繰り返し襲い続ける。
「ひぐ……っ、ひぐっ……!」
悲鳴を上げる自身の体とのコミュニケーションを散々堪能したルイズは、せっかく目を覚ましたというのに、指一つ動かせなくなっていた。元気に動かせるはずの左手でさえ、痛くてまともに命令を出せそうになかった。
「……へ? あれ、ウソ! いやっ!!」
そんなルイズに新たなる敵が迫りつつあった。襲い掛かる新たなる敵の名、それは尿意である。むしろ、今までどうやって、昼食後に飲んだお茶を体内に留めていたのだろうか? 謎であるが今の彼女はそれどころではない。女性にとっては限界を超えているソレを抑え続けていた堤防は、もう決壊寸前だ。このまま粗相をしては、平民どころか躾のなっていな犬以下にまで自身の品位を落としかねない。
「どうしたら……どうしたら!」
視線をめまぐるしく動かし、大慌てでルイズは自分の部屋を見回した。これだけ大きなベッドのシーツとなれば、所有する人間の対象は絞られて間違いなく噂が生まれる。そもそも、洗濯は自分で出来ないうえ、、魔法の使えないルイズは自身で汚れを取り除くことが出来ない。今日の洗濯当番がおしゃべりな子だった時点で、詰みな上、おまけにここのメイドたちは噂話が大好きだ。
平民扱いされるという危険から一難去ってまた一難、どうしてこんな目にと絶望した彼女の目に一筋の光明が。
そこにあるのは箱。最近買った新しいお気に入りであり、中に入れる物を迷っていたせいで何も入っていない。金属製のそれなら染みたり漏れることもない。背を腹に変えられないルイズは、どうにか動かせる左手でそれをとろうとするが届きそうになかった。
「くっ……この、
刃なら届く、買ったばかりの品を突き刺すのは心苦しいものがあったが、もう本当に彼女は限界寸前なのだ。しかし、必死故にそれを彼女は忘れた。加減すら忘れて全力で刃を振るったということは、当然その刃が超振動を放っている。そうでなくとも恐ろしい輝きがその鋭さを表している
「あっ。」
おまけに、手でとるように上下へ動かしたものだから……刺さるどころか机の一部ごと真っ二つにしてしまう。蓋を無視してぱかりと左右へ開かれた箱は、もはや桶としての役目を果たすことはできない。
「そんな待って……。やだ、ダメよ……、まだダメだったら!」
タイムリミット。ルイズの奮闘むなしく彼女は、新たな世界の地図をその白き大地へ召喚することになった。
「ぐす…ウソ、こんなのウソよ。どうしてせっかく、決闘で勝ったのに……こんな思いを。」
白い大陸の一部を、黄色い大地へと開墾してからしばらくの後に、悔恨に濡れたルイズは痛みを忘れて立ち上がった。怒りで
叩きこまれた地図と、ベッドの一部が砂へと消え、いくつかの支柱が砕けて崩れ、証拠は全て消え去った。またもや大きな代償とともに。降ってきたベッドの天幕に体を包まれながら彼女は思った。最近何かを失うことが多い……左腕、杖、箱、尊厳、シーツとベッド。
「もう……やだ。」
しょんぼりいじけたルイズが
後から彼女は知ったことだが、実はルイズが目を覚ますまでにもう三日経っている。本来なら生きていられるかも怪しい怪我から、たった三日でここまで回復したこと自体おかしいことに、彼女は気づいていない。既に左腕以外も彼女の体は、何か超常的なものへと変化しつつあった。
さらにそれから数日、ルイズはほとんど自由に動けるまでに回復していた。流石に放置していたら体も腕のように体も完治した……というわけではなく、意識があるうちに水の秘薬を手配したのだ。それは生命力を回復させ、体に活力を漲らせて、傷を癒してくれる魔法の薬だ。ベッドが壊れた突然の事故も処理して新しくベッドを新調した。
その代償は、機会。水の飛躍は杖ほどではないにせよ高価な品だ。ルイズに合うベッドも決して安くない。そのせいで彼女は、来月の内に杖を買うお金と機会がなくなってしまい、すっかり不貞腐れていた。
「元気出してください、ミス・ヴァリエール。ほら、今日のデザートはクックベリーパイですよ!」
そこで、うさ晴らしにというわけでは決してないが、ルイズは療養中の世話をするメイドをひとり雇うことにした。今更出費がさらに増えたところで、もう杖を買い直すタイミングは変わらない。ならば楽をすべきだという理由から……というよりはこれ以上自分で何かを壊したり、散々な結果にならない為に、治療を終えた今も身の回りの世話を彼女にさせていた。
だが、何かと壊しまくりな最近の日々の不幸と、更にやらかすのではないかという不安からくる命令は、決して楽な範囲のものではなく、面倒で些細なことも彼女にやらせていた。
だというのに、どうにもこのメイドはえらく甲斐甲斐しかった。食事の時間がくれば教えてもいないルイズの好物を多く持ってくるし、小さな命令も嫌な顔を一つせずにこなすその忠誠心は、素晴らしいのだが……理由がわからなかった。
黄色みのある肌と、黒い髪をもつ物珍しい彼女に満面の笑顔で世話をされるのは、決して気分が悪いものではないのだが、どうしてここまでしてくれるのか気にならないと言えば、嘘になる。
「ねえ、あんたってどうしてここまでしてくれるの? わたし、そこまでたくさんのお給料をあげたつもりはないわよ。」
まさか給料の少ない駄メイドというわけでもないだろう。その特徴的な髪の色のせいで、たまに食堂でドジを踏んでいる姿は覚えていたものの、自分が雇ってからの失敗はない。部屋の掃除は毎日しっかりと行き届いているし、洗濯物を駄目にしたことも無く、むしろ今までの当番制のメイドより丁寧に洗われている。技量から受けられる給金を考えれば、お金が理由では無いはずだが、かえってそれがルイズを混乱させてしまう。今の彼女は杖がない為に貴族の威厳は何も無く、実技の授業にも出ていなければ、完治に至らない為に座学にも出ておらず、怠惰な毎日を過ごしている。平民から慕われる姿勢や、精神的な理由を持ち得ていないのだ。
「ミス・ヴァリエールが、私のことを救ってれたからです。」
「全く身に覚えがないんだけれど……。」
「ふふっ、無理もありません。だって――」
そこから語られるメイドの身に起きた話は、偶然の産物だった。彼女はもう少しのところで、色欲にまみれた貴族へ買われる寸前だったらしい。ところが、そのメイドはルイズの意識がある日に部屋の洗濯ものを回収したせいで、偶然にも彼女の専属として雇われてしまった。
この時のルイズはこれ以上粗相をしない為の焦りと、助けとなる手足を探すのに必死であり、メイドへの依頼の仕方はかなりの横暴ぶりだった。
「あんた、明日から専属になって、毎日わたしの世話をすること……良いわね!」
半ば凄まれて頼まれたことを報告された方々と、ルイズの目の前にいる発育の良いメイドを欲していたエロ貴族は、ヴァリエール家の怒りを買う事を恐れて売買の契約を手放したことにより、彼女の貞操は守られたのだ。
「どんな理由であろうと、ミス・ヴァリエールのおかげで私はまた……ここでみんなと一緒に働けるんです。平民の命や体なんて、貴族さまからは大した物ではないのかもしれませんけれど、私にはかけがえのない大切なものですから。せめて、雇って頂ける間は恩返しをさせてください。」
平民の気持ちはわからない。でも、ルイズも一人の乙女としてならば、好きでも無い相手に抱かれなくて済んだということから来る、安堵の気持ちを理解することはできた。
「あんた、名前は?」
「私は、シエスタと申します。」
平民に慕われること自体は、嫌なものではない。でも、彼女を思ってしたことではないのに感謝されるのは、何かが違うと思えるし、どうにもむず痒くて仕方ない。
「ねえシエスタ、次の虚無の曜日に買いものを手伝いなさい。色々とほしいものがあるのよ。」
それでも初めて貴族としての自分を慕ってくれる子が出来た。その事が嬉しかったルイズは彼女の名を覚えておきたくて、シエスタという名前を呼びながら命令をしたのだった。同時に、彼女からの尊敬を失くしてしまう貴族にはなりたくないと思い、最近の不幸続きだった自分を呪うのも、不貞腐れるのも終わりにして、彼女は明日からまた魔法の練習と学問へ励むことに決めた。
「はい、かしこまりました。馬の手配をしておきますね。」
今日食べた好物のクックベリーパイの味は、どこかいつもよりおいしくて笑顔になる。くよくよした気持ちを捨てて、前を向いて歩ける味だった。
鉱物のクックベリーパイ×
好物のクックベリーパイ〇
メイドのシエスタさんがPTに加わりました。
ルイズの握った玉
アニメ版ARMS PROJECTARMSでグリフォンが戦闘中に放った技。おそらく超音波や超振動が圧縮された何かで、放つと地面をえぐりながら飛んでいく。
原作では似たシーンはあれど、この技の描写はない。
アニメ版では救いがあった幼女を助けるため、主人公の仲間に防がれた。