ゼロの使い魔--ハンテプティ・ダンプティ-- 作:どっとはるか
まぞくはいません
「ミス・ヴァリエール、もう起きていらしたのですか?」
「ええ、ちょっと早く目が覚めただけだから、別に気にしないで。」
本来、主人が起きるよりも早くに起きて部屋へ向かい、朝の支度を整えるのが専属メイドの仕事だ。しかし、ルイズはそれを咎めることなく、シエスタに目もくれず机に座って何かを考えていた。
虚無の曜日……今日はルイズがシエスタと、トリステインの首都であるトリスタニアへ買い出しへ向かう。そんな日にいったい、ルイズが何をしてたのか。彼女は別に、遠足を楽しみにしている子供のように、早寝早起きをしたわけではない。
彼女のしていたことは、金勘定。本来は貴族の、しかも公爵家の令嬢であるルイズは、そんなことをする必要などない。少なくとも魔法学院の生徒としての買い物であれば、欲しいものを欲しいだけ、いくら買ったところで彼女の財布は空にならない……今月を除いては。
「はぁ……。」
いざ従者を連れて買い物をして、途中でお金がなくなり、すごすごと帰る羽目になりました……などという醜態をさらせばみんなの笑い者である。今日が待ち望んだ週に一度の休日である以上、街へと出かけた学生は多い。すぐそこで見られていました、なんてこともある。恥を避けたいだけの早起きだったが、その見栄というものが貴族には大切なのだ。
平民扱いされたりする今のルイズに、これ以上の弱味は要らない。せっかく前向きに授業に出るようになり、使い魔を使いこなす為に最近は色々と頑張っているのに、またバカにされるのは嫌だった。
そして、何を買うか予定を考えておくのも悩みの種だ。欲しいものを片っ端から、欲しい分だけという手段を、今日はとれないのだから。
しかし困ったことにルイズは、小物の値段をあまり覚えていない。屋敷だ芸術品だの価格は解るが、街路で売っているようなものを買うときは、先月までは言われた分をそのまま払っていただけで、厳密な数値を覚えていない。実家にいた頃も使用人が買ってきていた為に、目安もわからない。
どうしたものかと悩んでいたが、目の前でてきぱきと用意をしてくれるシエスタを見て、ふと思い付いた。
「ねえ、そろそろ雇って一週間だし、シエスタに任せてもいいかしら?」
「へ?」
突然のことにきょとんとした顔で振り替えるシエスタに、ルイズは今日使える分だけ入った財布、貨幣袋を手渡す。
「部屋に足りないものをそれで買ってちょうだい。」
「良いんですか?」
「ええ、授業で使うので足りない物は無いし、生活用品ならあなたの方が、わたしより良い判断してくれそうだもの。」
そう言われたシエスタは、困りながらもどこか嬉しそうな顔をして、部屋を少し見た後にお金を数え始めた。どうやらやる気は出してくれたらしいが、数えていた金貨の数が増えるにつれ、彼女の手が震え、その震えがどんどん強くなっていく。
「足りるかしら?」
「じゅ、十分すぎます。多すぎるくらいです! はわわ、こんな大金持ったの初めて……。」
「無くさずにちゃんと持ちなさいよ。街の中でスリにあっても、いまのわたしは捕まえられないんだから。」
そう言ってルイズは左手をひらひらと振る。
既に殆どの学生達が、ルイズの左腕は使い魔だということを、ギーシュとの決闘の結末を聞いたお陰で知っている。見てくれはともかく、その戦い方も剣の魔法を用いた近接戦や、使い魔を主軸とした戦い方と変わらない……そんな風にみんなも思うようになった為、もう彼女がその腕を使い、放課後に何かをしていても、とやかく言われることは無くなっていた。
だが、街の人間はルイズの事情を何も知らない。そんな人だらけの中で
なので、金銭管理は自分でするか、シエスタに任せるしかないのだが、シエスタという使用人を従えて行くにも関わらず、主のルイズが財布を手放さないのは、彼女を信用していないようで体裁が悪い。そんなわけで腕の問題以前に、お金はシエスタに預けるしかないのだが、そのメイドは大金を持つプレッシャーで、すっかり固まってしまった。
「が、がが頑張ります!」
そう言うシエスタはその大金をどこにしまおうかと、体のポケットを選び直す度に詰めた財布を取り出しては落としかけている。
この状態では不安だとルイズは思い、何か良い案はないかと考えたところで、ふと左腕に目が行く。
「そうだわ! トリスタニアへ着いたらまず武器屋に行くわよ。」
「はえ?」
「武器を持った人間相手なら、取ろうとするのを少しためらうでしょ。」
「私、武器なんて扱ったことありませんよ!?」
「見れば解るわよ。でも包丁くらいの短刀なら、流石にあんたも振り回すくらい出来るでしょ。」
「そらくらいなら……なんとか。」
ちょっと腰の目立つところに鞘をつけ、脅し用に提げていれば十分だろう。それで少なくとも、没落したメイジのスリ以外は簡単に手を出せないはず……とルイズは考えていた。
「さて、じゃあ出かけるわよ。」
ルイズが立ち上がると、シエスタは洗面器を用意し顔を洗う補佐をする。優しくタオルでルイズの顔を拭き終えれば、次は着替えの用意だ。彼女はいつものように素早く、ルイズの身支度を整えていく。
いつもながら悪くない仕事っぷりよね……忠誠には報いるべきかしら? それとも、流石にまだそこまでしてあげるのは、日にちが浅いかしら? でも、お金が多めに余ったら、食べ物くらいは買ってあげても良いかも。
……来月の杖に響かない範囲で。
準備を終え、外でシエスタが操る馬車に乗りこむ。その中で、ルイズはじっと左腕を見ていた。
ここ数日の間に解ったこと。それはこの左腕が"あーむず"という武器であること。また、刃の腕に変形させていると、その使い方と仕組が、カンニングペーパーのように頭で思い浮かぶことだった。
自分は"ちょうおんぱ"だとか"ちょうしんどう"等という言葉は聞いたことがないし、どんな原理かも知らなかった。なのに、この腕を変形させている間は、それがどういうものか解るのだ。
何で震えながら斬ると、普通よりよく切れるのかしら? 意味わかんないわ。
もっとも、それがもたらす効果の科学的仕組までは、やはり解らないのだが……。あくまで起こしうる効果や有用性、危険性などが解るだけ。原子や分子や音の波がどうのこうのと言われても、ルイズには解らない。いくら頭を捻っても、その説明が書かれたカンニングペーパーも出てこなかった。
使い魔について解らないことはまだある。それは、左腕の名前が
竜種のサラマンダーの炎の舞や、竜種の風竜のウィンドブレスのようなものではないかとルイズは考えているが、困ったことに使い魔は喋らない。力が欲しいかと、初めて
自分の腕に話しかけるなんて、バカみたいじゃないと思いつつ、恥ずかしがりながらルイズが話してみたのだが、何も反応は帰って来なかった。
「他にも、何かあるのかしら……。」
「えっ、何か言いましたかミス・ヴァリエール?」
「何でもないわ。ちゃんと前見て運転しなさい。」
開けたままにしていた、馬車の正面の小窓越しに、シエスタが一人言に反応する。そんな彼女を見て、ふとルイズは疑問に思った。
「ねえ……そういえばあんたは、こんな腕のわたしが怖くないの?」
受け入れられたとはいえ、貴族でさえ見た目が怖いという者はたくさんいる。先住魔法の腕ではないかというだけで怯えた子もいた。認可されるだけと、好まれるには決定的な違いがある。
「……直接刃を向けられれば怖いかもしれません。」
貴族の武器である以上、平民がそれを恐れるのは当然だが、彼女はそれ以上のことを言わなかった。
「どちらかというとむしろ、憧れます。」
「憧れ?」
「ええ、貴族様には失礼なお話かもしれませんが、平民と同じような戦い方で、貴族の戦い方をする人を倒してしまったのですもの。厨房でも実は結構人気なんですよ、ミス・ヴァリエールって。」
「そ、そうなの……知らなかったわ。」
思わずルイズは息を呑んだ。平民から人気があることに、ではない。実は、誰にも言っていない事があり、その核心にふれるようなことを、何気なくシエスタが言ったからだ。
腕の変形や、使い魔自体は解らないが、
しかし、平民と侮辱される騒動があったばかりの時に、この真実は言えることではなかった。知られれば、また何か言われるのは目に見えている。
気づかれた訳じゃないし、セーフよセーフ。
そうルイズが思っている内に、トリスタニアが見えてきた。
「ミス・ヴァリエール、もうすぐトリスタニアですよ!」
久しぶりの首都を馬車の窓から見たルイズは、思わず心が踊る。先程の不安などはすっかり忘れて、買い出し後の財布でする事になるものの、好きに使える範囲での買い物に、思いを巡らせていたた。
「ええ。たしか、ビエモンの秘薬屋の近くだから……シエスタ、西門に止めてちょうだい。」
「はぁい。」
シエスタも女の子だからだろう。様々な商店や商品の並ぶトリスタニアへ近づいたせいか、その声色は明るい。
ルイズもそんなはやる気持ちが沸いてくると、街へと馬車より降り立った。
街角の、しかも裏路地。少し嫌な臭いのするそこを通り抜けていくと、平民用の武器屋が潰れることなく存在している。
「邪魔するわよ」
「おやおや、貴族様が何のご用で? うちは全うな商売をしてまさぁ。」
「客よ、その態度はないんじゃない?」
「なんと、そいつは失礼しやした。しかし、貴族様が何をお求めで?」
「わたしじゃなくて、このメイドにね。護身用の短剣で良いから、見繕ってちょうだい。」
思わず店主は顔をかしげた。そこの貴族に付き従う、もじもじとした黒髪のメイドはどう見たところで、戦闘が出来る体つきをしていない。持たせるだけ無駄のような気もするが……商売の機会を逃すバカはすまいと、黙っていることにした。
「ふぅん? まあ確かに、最近は土くれの話も多く聞きやすし、使用人全員に武器を持たせたくなるのも、わかりやす。」
「土くれ?」
「おや、ご存じではありませんでしたか。ここ最近、貴族の館に盗みに入っては消える、大盗賊ですよ。何でもすごい錬金の魔法と、30メイル近くのゴーレムを操って、もう何件もの館がその土くれに穴を開けられたり、叩き潰されたって話でさあ。」
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「あ、あのあの、ミス・ヴァリエール……。」
「あんたにそんなのと戦えとか言わないわよ。メイジを倒すのはメイジの仕事なんだから。あんたはそのお財布だけ守れれば、それで良いの。」
ほっとシエスタが胸を撫で下ろしてる内に、店主が何本かの短剣を持ってきた。どれも高級な装飾品が鞘や柄についている。見てくれだけなら一級品だ。
「いかがでしょうか?」
「うーん……悪くはないんだけど。」
メイジの、しかも貴族で戦闘から無縁そうな華奢な少女に何がわかるんだと、唸るルイズへ侮った視線を向けていた店主の判断は、すぐに改められる事になる。
「せめてもう少し、地味でも良いから切れ味が良くて、頑丈なのにしてちょうだい。これじゃ鶏肉も切れるか怪しいじゃない。」
店主が驚きのあまり、鼻をすする。そこにある品々は、どれも工芸品にちかいもので、切れ味は二の次どころかなまくらに近いものだった。こんな平民しか来ない武器屋では買い手などおらず、粗悪品にちかい。
ルイズも不思議だった。武器を手に取った途端に、なぜか
ただ、これらの武器をルイズは下賜する記念品、もしくは貴族の周りに居るに相応しい従者へと着飾るものだと捉え、粗悪品と思わなかったことは店主にとって幸いだった。
「はっはっは! 貴族のおこちゃまだと舐めてかかるからだぜ親父。強突張りなら強突張りなりにちゃんと、相手は見る目を持ちやがれってんだ。」
そんなルイズ達の背後から届く、不思議な声。それは古びた樽の中から聞こえてきた。
「何かしら?」
「これでしょうか?」
思わずシエスタが一本の古びた剣を手に取る。するとと、その鍔本の金具がカチカチと、まるで口のように動いて声を発するのだ。
「おうおう、気安く触るんじゃねぇよ。」
「これ、インテリジェンスソード? 喋る意思を持った剣だわ。」
「おうおう。やっぱそっちの嬢ちゃんは、武器の事を良く解ってるみてぇだな。なりはちびっこなのによ。」
「な、何ですって……。」
ルイズをけなす古剣の言葉に店主が慌てた。このままでは、せっかくの客が腹をたてて逃げかねない。
「黙ってろデル公! 喧しいと今度こそ溶かしちまうぞ!」
「その犬みたいな渾名をやめやがれ、俺はデルフリンガーだ! けっ、やれるもんならやってみやがれってんだ。それに最近は、俺よりもうるせぇ新入りが来たじゃねぇか。」
この剣より喧しい剣などあるのか、ルイズは呆れた。
「インテリジェンスソードって、全部口うるさいのかしら。」
「いやいや、貴族様。それはインテリジェンスソードなんかじゃないんですよ。握るとただキンキン喧しいだけで、おまけに見かけ倒しなんでさぁ。」
「見かけ倒し?」
興味を持ったルイズの注意を、デルフリンガーという古剣からそらすため。店主が棚奥からその喧しい短剣を持ってきて、包まれていた布剥がして彼女に見せた。一見するとよく磨かれた、良く切れそうな黒光りの美しいナイフだ。
「握ってみてくだせぇ」
ルイズがその剣を手に取ると、まるで生きているかのように刃の部分から音がし始めた。確かにこれはうるさい。デルフリンガーを喧しい声とするなら、これはさながら金切り声だろうか。
だが、いつものカンニングペーパーによって、ルイズはそのナイフが煩いだけでは無いことも理解していた。
これは"ちょうしんどう"の短剣だ。
「おまけになまくらと来たもんだ。」
「は?」
店主の言葉を聞いて現実に戻され、ルイズが素っ頓狂な声を漏らした。これがなまくらなら、平民はもっとメイジに歯向かえているはずだ。ギーシュくらいの貴族がこの前ルイズへしたように、平民だからと威張り散らせば、翌日にはばらばらの斬殺死体がひとつ並ぶだろう。
「いや、あまりにうるさい上にムカついてたんで、試し切りにそこのデル公へ切りつけたんでさぁ。なのに、あいつの錆びひとつ落とせねぇ。」
ルイズには信じられなかった。デルフリンガーは見た目はただの、それこそ全身錆びっ錆びのぼろ剣なのに、この斬撃を耐えたらしい。少なくとも固定化のかかった調理台よりも、間違いなく固い。
固定化の魔法、こんなぼろ剣に? 錆びる前にするし、錆びたらしないわよね?
「怪しいわ。」
シエスタが持つぼろ剣をルイズがひょいと取り上げる。しかし、流れてきたカンニングペーパーには、ただの剣としか書かれていない。
「何なのこれ?」
「お前さんこそ何だい? その左腕……ほんとに人間か――あでっ!? 何しやがる!」
びくりとルイズが柄から手を離す。地に放り投げられたデルフリンガーが何か叫んでいるが、そんなことは気にしていられなかった。
変形前の自分の左腕を、この剣は見抜いたのだ。もはや、絶体にただのボロ剣ではない。
「あんた、この手が何か知ってるの?」
「へへ、さてね。俺っちを買ってくれたら、何か思い出すかもねぇ……"使い手"さんよ。」
なんとも商売上手の剣だとルイズは感心したが、もとよりあの短剣も、このぼろ剣も、このままにしておくには勿体なく買うつもりだった。短剣はどうせ自分が持つものではないし、黒いメイド服をよく着ているシエスタならば、目立たず持てるだろう。ぼろ剣は論外。いくら固かろうと武器として使うことは考えていないし、シエスタに持てるとも思えないが、自分の左腕を知るその情報は欲しいのだ。
「……良いわよ、短剣もあんたも買ってあげる。」
即答するルイズに、シエスタも店主も驚いた。
「ええっ、私が持つんですか、この黒いの!?」
「本気ですかい!?」
利便性と、金目当てで理由は異なっているものの、下手になまくらならば、さっきの短剣のがましなのではと二人は思っていた。
「あのふたつ、いくらかしら。」
だが、そんな二人の意見は聞かない。貴族であるルイズがそうと決めたのだ。もはや二人にその意見を翻すことは不可能だった。
「デル公なら200エキューで結構ですぜ。短剣はおまけしときやす。」
「良いの?」
本命はどちらかと言えば短剣なだけに、ルイズは首をかしげる。
「いつもいつも客をけなすボロ剣の厄介払いに、貴族様がお力添えしてくれるんでさぁ。これ以上受け取ったら、バチが当たるってもんです。」
「そう。じゃあシエスタ、支払いよろしく。」
500エキューはまだあったはずだ、気にすることはないとルイズが支払いを促した。
「ええと、本当に良いんですか、ミス・ヴァリエール。」
「良いのよ、さっさとしなさい。」
「うう、解りました」
この煩い黒い短剣が私のかぁ……そう少しがっかりしながらシエスタが支払いを済ませると、二人は店を後にした。
「……革鞘でいいからつけてちょうだい。ぶら下げてないと、音が煩くって大通りを歩けないわ。」
すぐに踵を返して店で追加注文した時に、店主は今度はタダにしなかった。
エグリゴリの超振動ブレード的な何か。
もたらされる槍はまぁ向こうのということで、フレーバー止まりかもしれませんがつけてみました。
という建前をつけつつ、汚いデルフをルイズ自身が持つための理由とか、そういうのの為に。
あくまでハンプティ・ダンプティがガンダールヴのため、武器の情報はルイズにくれますが、ハンプティ・ダンプティ自体の力がルイズにはわかりません。
必要が迫れば解放されていきます。案外しょうもない理由とかで。