ゼロの使い魔--ハンテプティ・ダンプティ-- 作:どっとはるか
「くっ……。」
ルイズは爪を壁に突き刺したままに、フーケを睨み続けていた。
なんとか命は助かったものの、このままでは意味がない。次の一手を早く考えなければ、もう一度あの巨大なゴーレムの拳に潰されるだけだ。
塔と拳の板挟みにされれば、壁に赤い花をひとつ咲かせるという、地面に叩きつけられる時より自分が悲惨な光景になるのは間違いない。
「どうしよう……どうしよう。」
慌てて思考が纏まりきらないルイズは気づかなかったが、本来ならばもうとっくに追撃が来ている。相手側はなにも考える必要はなく、ただ取り逃した獲物である彼女へ、もう一度土の塊を叩きつければ良いだけなのだから。
そうならなかったのは、相手側にも何らかの問題が起きているということに他ならない。
事実、フーケは困惑していた。今目の前で起きている光景が異様なのだ。山崩れから起きる土石流の威力とまではいかないが、これだけ大きなゴーレムの質量による一撃は相当なものだ。城攻めにつかう大型の破城鎚に大きさ辺りの硬度と重さで劣る土の塊とはいえ、一辺5メイルは越える拳ならば似た威力、もしくは越える威力も出ているだろう。
「あれはいったい、どういう事だい?」
そんな拳でも傷ひとつ付けられず、耐え続けていた塔へと爪を突き立てる人間のような者が、今目の前にひとり。
どうやった? 何が起きている? 思わずフーケが分析に走ってしまうのは、固定化の魔法と関わりの深い土系統のメイジだからだろうか。だが、そのおかげでまだルイズは殴られずに済んでいた。
「っと……そんなこと、気にしてる場合じゃないね。」
しかし、それも長くは続かない。どうしてそうなったかよりも、今はこの状態を利用するべきだとフーケは頭を切り替えた。ルイズの使い魔といわれている左腕の爪が食い込んだ箇所の固定化は、もはや完全に掻き消されている。その位置こそ自分が狙う宝物庫のすぐ近くだ。
ならば何も迷うことはない。当初の予定通りに穴を明けてから、その奥にある宝を頂くまでだ。
「そんな所にへばり付いてなければ、感謝のひとつでもくれてやりたいとこだけど……。悪いね、生憎今くれてやれそうなのは拳しかないよ!」
ゴーレムが殴打の姿勢をとると、ルイズに再び死の予感がにじり寄る。だが、その感覚が先程の光景と共に自分がどうしたのかを思い出させた。
「そ、そうよ……こうすればいいじゃない!」
ルイズは爪を壁から離して宙へと跳んだ。
「なんでこうわたしって、こう直ぐに気づけないのかしら。」
何も恐れることなど無かった。自分は先程、空を舞う経験をしたばかりではないか。
「行きなさい、
自由になった
二度目の地面が足もとにない世界は、最初よりも怖くなかった。頼もしい自身の使い魔への信頼感が、より恐怖を忘れさせてくれる。伸びて! だの、縮んで! だの言うのはなんだか格好がつかなくて、咄嗟に別の言葉にしようなどと考える余裕があったほどだ。
「いくらトライアングルクラスに精神力のあるメイジでも、これだけ大きなゴーレムを出していたら、他に大したことは早々出来ないはずよ!」
土のトライアングルならば、ルイズの身近な存在にも使い手がいる。流石にこんな大きなゴーレムを出した所を見たことはないが、出来ることの限度はおおよそだが検討がつく。
「待っていなさいよ、取っ捕まえてやるんだから!」
ワイヤーアクション、もしくは救助隊が壁を蹴りながら地面や現場へと降りる姿の逆再生のように、ルイズが腕に引かれながらゴーレムという壁を蹴って登っていく。
「ふぇ?」
すると突然に、彼女の左腕の周りにあったはずの土の感触が消えた。
強く食い込ませ過ぎたその爪は、思い切り握り混むように食い込ませている土の一部と、爪の周りにある魔法で固めて作ったゴーレム本体、それらを繋ぐ結びつきを脆くしてしていた。
結果、緩くなった部分からどんどんルイズの爪と引力に魔法の結合は引きちぎられ、限界を迎えたことでルイズの腕は一握りの土だけを持ちながら、スポンと抜けてしまったのである。
「え、何!? どうして!?」
この爪の力が何であるかをわかっていても、それをどう使えば、どのくらいの力加減なら千切れなかったかなど、ルイズにわかるわけもない。
「きゃ、きゃあああぁっ!!」
パニックになったルイズが、夜空に二度目の悲鳴をあげる。
だがルイズの耳に、助けとなった使い魔と思われる声がもう一度届くことはなかった。
「ったく、何やってんのよゼロのルイズ。」
風竜にまたがった憎いお隣さんの女であるキュルケと、名前をよく知らない青色の髪をした少女のふたりが、ルイズを
「……こっち。」
メガネをかけた青髪の少女の持つ杖はキュルケの物とは違い、大きく節くれ立っている。彼女の放つ
ふよふよと浮かされながら、杖を掲げる青髪の少女のもとへと引き寄せられると、ルイズも二人の乗る風流の後ろへと下ろされた。
「あんた、バカじゃないの。あんなのに立ち向かうなんて。」
「う、うるさいわね! 大きなお世話よツェルプーストー!」
「あら? 助けてあげたのに、トリステインの貴族はお礼のひとつも言えないのかしら?」
「ぐっ……。」
確かにキュルケがルイズは嫌いだ。彼女一人が自分を助けていたならば、余計なことをと言うことも出来ただろう。しかし、その感情に任せてもう一人の恩人までも無碍にするような無礼は、彼女には出来ない。
「悪かったわね。た、助けてくれて、あ、ああありがとう……ツェルプストーと、ええと……。」
礼を言い慣れていないせいか、ルイズはしどろもどろに言葉を紡ぎつつもう一人の名前を思い出そうとしていた。
だが風竜を喚んだという印象の部分が強すぎて、ろくに話をしたことのない自分より小さい少女の名前が、ルイズはどうしても出てこない。
「タバサ。」
「ありがとう、ミス・タバサ。」
「タバサでいい。」
気にしなくていいと、ふるふると首を軽くタバサが振ると、思わずルイズは短いながらも月光で可憐に輝くその青髪に見惚れる。
タバサなどという、人形に付けるはずの名前を持つような人間には思えないその髪質に、何か思い当たるような引っ掛かりを覚えたルイズだったが、その思考は轟音と共に掻き消された。
「何なの!?」
塔より上空を旋回する風竜からルイズが見下ろしてみれば、遂にフーケのゴーレムは中央塔の壁を砕いていた。
「宝物庫が!」
「あーあ、ルイズのせいでやられたゃった。」
慌ててもう一度、フーケのゴーレム目掛けて左腕を使い飛び込もうとしたルイズの体が、ぴきりと固まった。
「……え?」
同級生の土メイジが得意気に操る、青銅のゴーレムがひしゃげた時のような軋んだ動きで、ルイズがキュルケたちの方を見る。
「その爪。」
「気づいていないの? あんたが塔の固定化にトドメを刺したのよ。」
はっとしたルイズは思わず左腕に目をやれば、脳裏にはカンニングペーパー。
この爪は同族の再生を無効化し、てれぽーとという、空間に干渉するらしい力を打ち消し、精神シールドなる、恐らくは精神力から来るであろう物を切り裂くことができる。
ん、精神力からなるものを切り裂く……?
「え、ああああぁっ!?」
フーケ、タバサ、キュルケ、そしてルイズ。今この中で、生死の狭間にいたせいで余裕の無かった彼女だけが、自分のやらかしたことに気付いていなかった。
一度ヒビが入ったものは、前と比べて恐ろしく脆い。それは固定も変わらない。勇み足で駆けつけてたというのに賊に翻弄され、何とか生きのびるために壁へ突き立てた自分の爪が、 もしも楔のように固定化を割り裂いたとしたのなら。一番責を負うのはいったい誰になるのかなど、考えるまでもないことだ。自分の過失にルイズは膝から崩れ落ち、未来の光景を浮かべた瞬間に意識を手放した。
「ひぅ……。」
「ちょ、ルイズ! 助けたばかりなのにまた落ちないでよ!!」
ルイズが崩れ落ちて風竜から転がる寸前に、キュルケがその手を引き寄せる。
「はあ……全く何してんのかしら、この子。」
キュルケは、ルイズのゴーレムに殴られて出来たであろう傷を見ながら頭を撫でると、ルイズの怪我がずいぶんと軽傷なことに気づく。
「すり傷しかないのは、運が良かったのかしら。」
「不思議。」
今更な話になるが、この二人はフーケ襲撃の際、ルイズ同様にまだ眠りについておらず、何事かと窓を見た。あまりの大きいゴーレムを目にした二人のうち、片方は野次馬根性で、片方は自分達の住む寮塔も危険ではないかという危機意識から、外へ出たのだ。
「これはちょっと無理ね。」
「狙いは宝物庫……。」
「それなら、まあこっちには来ないかしら。」
玄関近くで偶然に合流したものの、ふたりはゴーレムを相手にするのは面倒とそれぞれの理由で判断。夜の闇の木々に紛れてその行く末を見守っていた。
そんな時、ひとりのメイジが遅れて寮塔から飛び出すと、使い魔と共にゴーレムへと向かっていったのだ。
それがルイズであり、彼女を見たキュルケは慌てて闇から飛び出した。
「あのバカ……何考えてんの!? あんたじゃ無理よ!!」
最初は、あまりに無謀な戦いをするものだとキュルケは思っていた。
しかし、ルイズの使い魔が放つ音と震動による攻撃は、キュルケの予想以上にゴーレム相手に奮戦し、食らいついていた。
「すごいじゃない、ルイズ……これならもしかしていけるかも。」
「難しい。」
キュルケが興奮してルイズを応援し始めた頃、同じように闇から出てきたタバサがその大きな杖で示し、キュルケの視界を夜空にあるゴーレムの上半身へ向けた瞬間、ルイズは振り子のような起動の拳に殴り飛ばされていた。
「ルイッ……!」
ゴーレムに近接戦を挑むという、はらはらするルイズの戦いばかりに注目していたせいで、彼女同様にキュルケも気づかなかったが、敵は木偶の坊ではない。この後に起こるであろう惨劇に、キュルケの喉が痙攣して声がかすれた。
ところが、 またもやルイズはキュルケを良い意味で裏切り、生き延びることに成功する。
何故か強い固定化のかかっているはずの中央塔へ、ルイズが使い魔の爪を立てて張り付いていた。その健在な彼女の姿を見て、キュルケは思わず胸を撫で下ろした。だがこれ以上はもう無理だと考えると、タバサの方を向いて叫ぶ。
「タバサお願い、あのままじゃルイズがやっぱり死んじゃうわ!」
「……。」
助けてとキュルケがいう必要もなく、親友である彼女の意思を汲み取ったタバサは、自身の使い魔である風竜のシルフィードを呼び寄せると、その背に乗って大空へと飛び立とうとする。
「待って、アタシも行くわ。」
「わかった。」
二人が竜と共に空を駆けてルイズを助けるまでのこと、いつもはキュルケに話しかけられるまでは殆ど喋らない、それほどに無口なタバサが自ら口を開いた。
「どうして?」
「何がよ?」
「ヴァリエール家は、あなたの家にとって宿敵のはず。」
キュルケにはどうしてか、敵を助ける理由をタバサが欲しているように見えた。
「我が家にとっては、ね。」
「我が家?」
「家同士はそれこそ殺しあいもあるけれど、だからってルイズが目の前で死んでも、別にアタシは嬉しくないもの。」
それはルイズが魔法もろくに使えず、色恋沙汰でも歯牙にもかけない、そんな敵に値しない存在だからなのかは、キュルケにも解らない。ただ、人が死ぬのを目の前で呆然と見ていても、いい気分に自分はなれないというのは間違いなかった。
「……そう。」
キュルケの答えは、タバサにとって満足のいくものかは解らなかった。しかしそれ以上彼女は何かいうこともなく、二人でルイズを助けて今に至っている。
「まあ折角助けてあげたのに、このせいで退学とかされても困るし、内緒にしてあげましょうか。」
「……。」
コクリとうなずくタバサと共に、二人で学院を見下ろすと、既に宝物庫から脱出したフーケは逃亡を始めていた。上空の有利をとったとはいえ、ルイズを落とさずに抱えたまま二人で戦い、逃亡を阻止するほどの猛攻を加えるのは厳しい。フーケのゴーレムが学院から離れていくのを見ていることしか出来ない二人だったが、もともと彼女たちはトリステイン国の人間ではない為か、然程気にすることも悔しさもないようだ。
「あーあ、逃げられちゃったか。」
「仕方ない。」
「そうね、問題はフーケよりもこっちだわ。」
抱えるのに疲れたのか、そう言いながら自分の膝の上にルイズの頭をのせて、キュルケはため息をひとつ吐いた。
「後は、この子が余計なことを言わなきゃ良いんだけれど。」
いくらふたりが内緒にしてあげたとしても、である。バカをつけたくなるほどに正直で真面目なルイズは、自分から宝物庫の罪を告白しそうだ。キュルケとしてはフーケに盗まれたものなどよりも、こっちの方が余程問題に思えた。
杖がなくてもルイズのせい。
ジャバ男さんは反物質だ何だよりも爪が何でも引き裂けることのがチートだと思う。