神獄塔メアリスケルターAnotherFinale 獄中血刑前夜譚 作:謎のコーラX
「……スパイ、ですか」
二人だけの客間で、ソファーに両者机を挟んで座り、少女はその人に笑顔を向ける、しかしどこか空虚な笑顔、ただ顔だけその形にしてるのだと、その人は感じる。
「はい、ある場所にジェノサイド・ピンクを、それも処刑台の近くで生まれた娘を使って何か起こそうとしているようでして、人のことを理解、いや、慈しむ貴方が適任だと思い、黎明から参りました」
「なるほど、受けましょう」
「そうですね、まずは報酬に―――え?」
流石の少女もここまで早く了承を得れるとは思っていなかったのか、笑顔を崩し、困惑の表情を浮かべる。
「あの、良いんですか?、ワタシまだ名前も言ってませんし、何ならこの孤児院の処遇の話もしてませんけど?」
「はい、ですが急を要するのでしょう?、
少女、フユは名前を口には出してない、自らの存在は隠匿していたし、表情も警戒されぬように笑顔を作ってきた、この孤児院にいる者は老若男女に愛されているが、一部の者からは不気味だと聞いていた、その理由をフユはわかったかもしれない。
「……何故、ワタシの名前をご存知に」
「――そう、ですね、玄関で近くまで来たあたりで胸ポケットに入れていた名刺?名札?からですかね、少し覗いて文字が少しだけ見えたので、推測から……間違ってましたかね?」
なるほどと納得しかけたが、玄関でのそんな挨拶程度の一瞬で、ポケットの隙間から見えるちょっと文字でそこまでわかるものだろうか、フユ自身、自分では無理だと結論づける。
「なるほど、これは適任かもしれないね」
「どうやら合格でよろしいんでしょうか、それで何時まで?」
「……そうですね、その首謀者の死、あるいはジェノサイド・ピンクの暗殺まで、ですかね」
「なるほど、では当分の間は帰っては来れないかもですね」
その人は、俯き、目を閉じて、大きく目を開いた後、頬を両手で叩いて、拳を固める。
「私、やります!」
「……一応言っておきますが、死ぬ可能性が一番高いです」
「無論それ込みで、やろうと思ったんです」
「……慈悲だけ、偽善者かと思ってきてみれば、まさかの強さでびっくりですよ、そもそも、ワタシの話が嘘だとは思わないですか、子供ですよ?、この孤児院にいる子と変わらない」
「子供だからって信用してはいけないと誰が決めました?、私は信じたいと思っていますよ、フユさん」
……どこか、危ういような、その危うさすら乗り越えていきそうな、そんな人だなと、フユは思う、これならもしかしたら……いや、この人以外あり得ないと、確信した。
「良いでしょう、この孤児院のことはワタシの権限で存続させます、なんの心残りもなくとは言いませんが、後悔はなく、スパイをやってください」
「はい……さて、アンナ、気づいていますので入ってきて良いですよ」
その人がそう言うと、ドアが開き、6歳ほどの少女が顔を出す、その顔からは大粒の涙が流れていた。
「せんせい、いっちゃうの?、わたし、わたしも!」
その人は立ち上がり、アンナを抱きしめる。
「アンナ、あなたはこの孤児院で一番年長さんよ、あなたまでいなくなったら、年下の子供達は泣いてしまうわ」
「でも……でもぉ!」
「大丈夫、私は帰ってきます、その時はいろいろとお話しましょ?」
「うぅ、うぇ……わかった、わたしがんばる!」
「良い子だ、アンナ、頼んだよ」
○
アンナは泣き疲れたのか、ソファーで寝息をたてている、その人は客間のタンスから服を取り出した、その服は茶色く変色していたり、ところどころ破れていたり、縒れていたりと、一言で言うなら汚い、だが洗濯はされているのか、異臭などはしない。
「それは?」
「はい、昔着ていた服です、いろいろと想いがあるので捨てられずにこうやって残していたんです、そのスパイ、これを着て行こうかなと思います」
「ふむ?、それはまた、まさか浮浪者としていくつもりで?」
「はい、そのほうが相手も、受け入れやすいかもと、身なりの良い人だと他の人達同様に殺されそうですし」
「まぁかもですね」
○
3日ほど経ち、その人は髪も身体も汚して、浮浪者の姿おなっていた、最低限の前に使っていた道具を袋に詰め、アンナとフユが見送りに来ていた。
「せんせい!、まってますからわたし!」
アンナは元気な声でその人に言う、その人は笑みを浮かべて、アンナの頭を優しく撫でる。
「はい、ちゃんと帰ってきます」
その人は、アンナとフユに背を向けて、目的の場所に向かおうと歩を進める。
「……先生」
「なんです、フユさん、少しこそばゆいですが」
「……どうかお元気で」
「はい、元気にしてます」
それだけフユは言うと、黙り、その人が見えなくなるまで見守った。
その後、アンナはその人と会うことなかった。