吸血鬼Vtuberになる直前に自分のアバターに襲われて本物の吸血鬼になった   作:稲光結音

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反省会? してジュース作って一つになった

 コンビニに行く準備をしているとスマホにも入っているデス子アプリから連絡が入った。ミス・パンプキンからで、用件としては五期生で反省会しない? みんな集まってるよとの事だった。

 家から出ながらスマホで歩きながら通話を開始すると、入ってきた第一声はサイバの泣き言だった。

 

「いやほんときついっす。俺はただゲーム配信がしたいだけなのに、なんであんな……」

「おー、メアリー入ってきたの。お疲れ様なのー」

「おっすメアリーちゃん。お疲れー。びっくりするような演出仕込んでたねえ。トリに相応しかったよ」

 

 あたしなんかネタキャラだからねえとパンプキンは笑う。トーク力あるとはいえカボチャ頭に黒のラバースーツの変態だからな……

 

「メアリーさんお疲れっす。初配信上手くいっててよかったっすね。羨ましい限りですよ。俺なんて視聴者の悪意に晒されてたっていうか」

「ずっとこの調子なの。この愚痴聞きながら二人の配信見てたフネを褒めてほしいの」

「声荒げたりはしないんだけどね。とにかくずっと暗い。メアリーちゃんも付き合っておくれよ」

 

 これ私たちの、じゃなくてサイバの反省会じゃないか。コンビニ着くまでは付き合ってやろう。

 

「コンビニ入って飲み物買う段階になったら切るからな。それまでの短い付き合いだ」

「ん? ああ、血液の代用品探しってやつか。あれは考えたね。しかし吸血鬼開始初日とは思い切った設定だ。しかし本当にやるとは律儀なことだよ」

「メアリーの初期設定とは若干齟齬がでてるけど構いやしねーの。フネ達Vtuberは面白い事が正義なの」

「そういう意味では俺は悪っすね、ははは……」

 

 本当に陰の者だなこいつ。

 

「サイバよ。殴られ屋を知ってるか」

「え? 突然なんですか。そんな物騒な仕事知りませんよ」

「金貰って一定時間殴られる……と言っても実際は避けて良いんだ。いちいち直撃してたら身体が持たない。殴られますという体で全部避ける。それで金だけ貰ってハッピー、挑戦する側もフルスイングしてストレス発散してハッピーってわけだ」

「はぁ……」

 

 突然なんだって感じだな。まあいいか説明してやろう。

 

「お前は女所帯に入ってきたタンクみたいなものだ。だからといっていちいち殴りかかってきた視聴者からの攻撃に直撃してどうする。身体が持たないぞ。何のためにアバターモエクスに入りたかったか覚えてるか?」

「それは、一期生のアズキさんが飄々とした態度でゲームをこなしていくのが格好良くて」

「なら、憧れの人と同じく飄々として見せるんだな。視聴者とのプロレスだってエンタメの内だぞ」

 

 説教臭くなった。くだらないな。

 

「コンビニ着いた。切るぞ」

「メアリーさん」

「なんだ?」

 

 落ち込んだ様子のままのサイバが声をかけてくる。

 

「配信が上手くいった人には俺の気持ちなんて分からないですよ」

 

 本当にくだらないな。これでも心配していたんだが、通じないか。それはそれでいい。それがサイバの選んだ道だ。私は通話を切ってコンビニに入って入ろう……として足が止まった。自動ドアだけが目の前で開いていく。

 

「いらっしゃいませー」

 

 そんな店員の一言になぜか身体が反応し、足が進んで店内に入ることが出来た。

 わけわからんが構わない。酒も買えるだろう。なんとなくで霧化した時とは違う。私は本能で魅了の魔眼の使い方が分かる。なぜそうなったのか私には分からないが、便利なので助かる。いやそんなわけあるか。不気味だわ。

 牛乳、ワイン、紙パックの甘酒、適当なエナドリ、ブドウジュース、トマトジュース、ユカリスエットを購入してレジへ。

 

「ねえ君、まだお酒は駄目だよ」

「いやいや、私は大人だよ。よーく見てくれ」

 

 視線を交わすと、店員は黙ってバーコードを読み込み始めた。

 『20歳以上ですか?』と表示されたレジ前の機械の承認ボタンを押し、金を払って荷物を持って店から出る。

 今は二十三時二十分。まだまだ人が歩いている。帰りは霧化で楽しようと思ったのだが……霧化で楽? あの状態のまま移動できるなんて、しかも荷物を持てるなんて私は知らないはずだ。だが分かる。

 なんだか吸血鬼化してからこんな事ばっかり起こる。

 自分の事についてきちんと色々調べなければならない。今日は長い夜になりそうだ。

 

 

 

 さて帰宅。しかし靴もこの姿に変化した時に履いててよかった。これからは部屋では履かないで玄関に置いておこう。

 身体が飢えを訴えている。仮吸血タイムといこうじゃないか。まず一番効果に期待してない甘酒から。台所からコップを持ってきて入れてみる。白濁とした液体が注がれていく。飲む。

 口に合わないな。吸血鬼としての本能が満たされた感じもしない。外れだ。

 流石に効果無いだろうけどコメントにあったエナジードリンク。緑と黒の缶のやつを買ってみた。炭酸がキツくて幼女の身には合わん。効果も微妙な感じだ。無いことも無い。これが好きな吸血鬼Vtuberいたからほんのちょっとだけ期待してたが、そう上手くはいかないか。

 続いてトマトジュース。真っ赤な液体は血液を連想させ、目の前に置かれると意外と空腹感を煽る。飲んでみるとこれはなかなか。ただ、なんとなく物足りない感じがある。とはいえ、空腹の腹に確かに染みた。

 更に牛乳。成分的にはほとんど血液らしいから期待していたが、なぜか違う。プリンと茶碗蒸しくらい違う。没だな。

 今度はブドウジュース。衣装が黒マントを身に着けた貴族然としているため、ブドウジュースとかワインは大きなワイングラスに入れて飲んでたら似合うだろうな。鏡見なくても分かる。これは……いかにも飲み物って感じだ。人間だった頃に、喉が渇いて麦茶を飲んだのと変わらない感覚。命の水とでも言うべきか。いつの間にか芽生えた吸血鬼のプライドが無ければ、ぷはぁーとか言ってるところだ。というかその、心が吸血鬼化してるのが怖いんだよ。

 で、ユカリスエット。これが意外と大当たり感とそうじゃないんだよなあ感の入り混じった感覚だ。今までにない充足感と何かが不足している感覚。焼肉のタレで焼いた肉をおかずにご飯食べてるのに肉に味が無くてちょっとの肉汁とタレとご飯で食べてる感じ。肉が味の抜けたガムみたいになってるんじゃないかと疑う。そんな雰囲気だ。栄養は確かにある。

 ワインはブドウジュースと変わらん。成分的にもアルコール入ってるか入ってないかくらいだもんな。これいちいち魅了して買う価値は無いわ。酔わないし。嗜好品にもなりゃしねえ。普通の美味しい水。

 ここまでやって正解が導き出せた。混ぜりゃいいんだわ。トマトジュースとブドウジュース、ユカリスエットを組み合わせて、ミックスジュースの完成だ。この飲み物の名前は次の配信で視聴者に決めてもらおう。

 

「空腹は凌げてる感じあるし、これでいこう。ただ、どうしようもなく我慢できなくなったら吸血することも考えないといけないな……」

 

 夜中に一人でいるような人を狙って吸血して、魅了で記憶操作して。うーん、思考が本当に吸血鬼。吸血鬼ハンターとかいるのかね。そういうのから正体を隠すためにもそういうせせこましい事やってるんだろうけど。

 実際どうなんだ。人襲って暴れまくるパターンだと。警察が来て、睨み合いに……なるのか? 普通に全員蹴散らせるぞ? そこまでするべきじゃないと私の理性が言っている。

 そう、理性といえば。ところどころ吸血鬼化してる私の頭が問題だ。いや、身体もだけど。

 とりあえずササヤキで呟いておくか。速報、魅了成功っと。

 

『魅了したのか……俺以外の男を……』

『もしかして人間襲った?』

『↑いや、ワイン買う為だろ』

『↑本当に未成年な訳ないだろ。ネタだよネタ』

『↑巻き込みリプライやめてください』

 

 なんとも楽し気なフォロワー達のやりとりを見ていると混乱していた頭がいい感じに現実逃避してくれる。

 吸血鬼になったとして、何か問題があるのだろうか。この優れた能力で配信者として人々を楽しませられるなら、それでいいのではないか。

 例え、吸血鬼化が進んで、理性が完全に吸血鬼のものとなっても……そうなったら、私は本当に私と言えるのだろうか。今の私は……誰だ?

 人間の頃の私とはもう言えない、かと言って完全にブラッディ・メアリーというわけでもない。半端な存在。それが私だった。

 

「戻る手段は検討もしていない……ただ初回配信の事だけを考えていた。そして、これからの配信の事もこの姿でやる事を考えていた。私は……もう吸血鬼になりたいんだ」

 

 パソコンに接続したままのスマホに表示されたブラッディ・メアリーの立ち絵に触れた。

 

「私は貴方になりたい。こんな半端な状態は嫌。元の身体を対価にこれだけ吸血鬼にしてくれたというのなら、私は……他の人間だっていくらでも貴方に捧げてみせる。だからお願い。私を完全な吸血鬼にして」

 

 そう呟いてみるが、何の効果も無かった。ただ無為な時間が流れるだけ。

 念じるのを諦めスマホから手を離した瞬間だった。

 一つの能力の使い方が頭に入り込んでくる。電子機器の中に入る方法。

 アンデッド故に動いていない心臓が脈打っているような気さえした。それほどまでにドキドキしている。パソコンの中に入るなんて、吸血鬼とは何の関係も無い能力だ。

 つまりそれは。

 

「ブラッディ・メアリーの能力……メアリーがアバターであるが故の、スマホやパソコンの中に存在する手段」

 

 私の願いは叶うのだ。私はメアリーになれる。吸血鬼の少女、メアリーに。

 パソコンに手を当て、自身を電脳存在に変換し、中に入っていく。

 そこは私が描いたイラストの屋敷の中だった。

 そして、そこでは私じゃないもう一人のメアリーが大きなソファに座っていた。

 

「あ……」

 

 彼女は立ち上がると私の元へと歩いてきて、無理矢理手を握ってきた。

 そうして彼女は、徐々に私の中に入ってくる。

 データを上書きして貼り付けされた。

 彼女のすべてが私に入ってきて、そしてコピー元の彼女は一言も喋ることなく消えていったのだ。

 よく考えたらそれもそうだ、ただの立ち絵にすぎないメアリーに言葉を発する手段なんて、無い。

 あるのは設定だけ。しかし、その設定を現実に変える力を持っている。

 その全てを私は引き継いだ。そして今や私がただ一人のブラッディ・メアリーになった。

 人間だった私は指先を噛まれて半端者の吸血鬼となり、そして今、本物の吸血鬼として誕生したのだ。

 今なら分かる。私は侵略されそうだったのだ。私を媒体にして外に出るという目的のための。狭い箱の中は嫌だというのが立ち絵にすぎなかった彼女の願い。

 只者でありたくないという現実の私と、本物の夜に生きたいという電脳世界の彼女。一つになった事でそれぞれの夢が叶った。

 

 パソコンの外に出て、時刻は三時、そろそろ寝なければならない。しかし、それよりも先に眷属を作っておくべきだ。太陽の出ている間、トラブルを解決してくれる頼もしき従者を得なければならない。

 当然のようにそんな事が出来てしまうわけだ。私は電脳世界を生きてきた吸血鬼、ブラッディ・メアリーなのだから。

 そして私は一人だけ血液を吸ったことがあるらしく、血を吸った者を眷属にできるため、一人だけ作れるという事になる。

 そんなわけで私は代理血液のミックスジュースをガブ飲みし、吸血鬼パワーを補充した。どうにもその眷属候補はもう身体が存在しないため、本来はやらなくていい、身体をほぼ一から作るという工程が必要なようだ。

 

「生まれいでよ我が眷属……!」

 

 闇が集まり、一つの人間の形を取っていく。その姿は見たことのあるものだった。

 

「人間の頃の私じゃないか。これは」

 

 そういや血吸われてたものね。納得。


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