目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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 今回は主人公の愉悦描写を薄くしてみました。


騙されたと思ってSNSでこの小説を拡散してください。特に何も起こりません。

 愉悦部の朝は早い。そりゃあまぁ早い。具体的に言えば朝の四時ごろに起きる。この世界には時計がないため大体どのくらいかはわからないが、ちょっと暑くなってきた時期の太陽が上がる時間だから、四時か五時くらいだろう。この世界では青日というのだったか。

 

 なんでそんなに早いか?決まっている。愉悦のためだ。特に僕は、朝の目覚まし愉悦を堪能しなければその日一日を損した気分になるのだ。

 

「……起きた」

 

 当然、目覚まし時計などない。ただ体感で時間を把握するしての起床。咄嗟に自分の左隣を確認して、まだその少女が眠っていることを確かめる。

 

 青髪の少女は、目元に泣き腫らした跡を見せながらも安心したように眠っている。……どうやら、今日は成功したらしい。

 

 義手でない左手の方で、ゆっくりと下姉様の頭を撫でる。眠っている彼女をあやすように、優しく。とてもサラサラなので、やっていて飽きないのがいいところだろうか。

 

 そうして十数分ほどすると、少し窶れた目が開かれ、下姉様がぼんやりと意識を覚醒させる。

 

「下姉様、朝ですよ」

 

「リル………レムは……また、迷惑を……」

 

 下姉様は僕が姉様より早く起きると、決まってバツの悪そうな顔を作る。無理を言って一緒に寝てもらっているのに、自分が遅く起きるというのをわざわざ気にしているのだ。

 

「迷惑なんて……考えたことないよ。家族なんだから。おはよう、下姉様」

 

「…………おはようございます。リル」

 

 その目が辿るのは、自分の頭に当てられている腕と。そして、義手がついていない右肩。あるべき右腕がなくなった、彼女自身の罪の象徴。

 

 僕がベッドに座るとちょうどそれがよく見えるようで、下姉様の目が重く伏せられる。

 

「ご飯、仕込みしなくちゃ。上姉様はまだまだ起きないから、張り切って」

 

「そう……ですね。フレデリカも、そろそろ起きている頃でしょうし」

 

 自分の左側に眠る桃髪の姉をチラリとだけ見て、下姉様は立ち上がった。

 

 ロズワール邸の一日は、こうして最年少のメイド二人が起きてから始まる。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 ザッ、という鋭い音が、静かな朝に響いた。音の主は僕で、ついでに背後ではジャラジャラという鎖の音が鳴っている。

 

「はぁい、意識が乱れたねーぇ」

 

「う……わっ!」

 

 背後の音に気を配った瞬間、体が一切の負荷なしに空高くに舞う。ヒュッ、という浮くような不快な感覚。地面から綺麗に着地できたのは、投げた人物のささやかな温情だ。

 

「リル、足捌きにはつーねに気を配ることだぁと、何度も言っているだろう?武術の基本だからぁーね」

 

「……はい、ロズワール様」

 

 言いつつ、懐に踏み込んで拳を振るう。あっさりいなされて、今度は逆に拳を腹に見舞われた。威力はあまりないが、ロズワールが本来の実力を発揮すればそのまま貫かれていただろう。

 

「今度は胴の守りが粗い。全体に気をつかえるようにならなくちゃダメだぁよ」

 

「………もう一度、お願いします」

 

「いいとーも。まだまだ、朝餉には早いからねーぇ」

 

 踏み込んで、技を振るって。なんでもないようにいなされる。自分の至らなさはわかっているつもりだが、やはりこうも簡単にあしらわれると心にクるものがある。

 

 だが諦めない。僕は絶対に、マジカルな八極拳を習得してみせるのだ。

 

「やはり、君には型を教えるより実践の方が合っている。完全実践型だが、その我流拳法も悪くはないしーぃ?」

 

「………そんなに余裕綽綽だと、傷つくなぁ!」

 

 腰溜めから放った全力の突きは、正面からロズワールに受け止められる。どこからそんな力が出ているのか、力ずくで腕ごともっていかれ、そのまま組み伏せられた。

 

「うん、今日はこれまで。基本的な動きはできているが、歳もあってまだまだ未熟だ。十年もあれば、一流と言っても過言じゃないくらいにはなりそうなものだけどねーぇ」

 

 眼前でイケボを放たれる。くっそ、やっぱり化粧ありでも顔がいいわ。汗一つかいてないし、やはり相手にすらなっていないのだろう。

 

 ため息をついて左手と義手を上げ、降参のポーズ。ところが、それが犬か何かに見えたのか、ロズワールは面白がるように僕の体をめちゃくちゃに撫でた。

 

「うひゃ!くすぐっ…たいっ!………お遊びが過ぎる!!」

 

 堪らず拳を繰り出すが、ひらりとかわされてしまう。

 

「いやぁ、なんか。普段メイドをやってる子の私服姿を組み伏せているとこう、腕がね」

 

 ワキワキと動かされた腕にゾワゾワっと嫌な感じが走り、尻餅をついたまま後ろへと下がる。ヒェッ。

 

「ロズワール様、お戯れが酷いかと」

 

 そんな僕を助けてくれたのは、メイド服を着てしっかりと身なりを整えた上姉様だった。その手にはタオルが四枚抱えられており、一枚を僕の上にかけ、もう一枚をロズワールに渡した。

 

「あぁーラム。今日は早いんだぁーね。おはよう」

 

「訓練の音が聞こえてきましたから。今日はレムが一段と暴れているようですし」

 

 言われて後ろを振り向くと……なんとまぁ、体の一部を獣化させて顔を凶悪に歪めるパイセンと、鬼化して笑いながらモーニングスターを振り回す下姉様の姿が。

 

 あそこだけ世界観違くね。わあ、平気で二連バク転してるわ。先輩は先輩で鉄球と打ち合ってるし。格ゲーかな?

 

「うぅーん。興が乗ってるところ悪いんだぁーけど。そろそろ止めよっか」

 

 一瞬でロズワールの姿がかき消え、そのまま下姉様と先輩を物理的に押さえて止める。バトル漫画でよく見る構図だ。これで本業魔法使いとか言うんだから、やってられんよね。

 

「さぁ、全員揃ったことだぁーし。朝食にしようじゃあーないか」

 

 家主の一言に、それぞれがそれぞれらしい返答をして屋敷へと戻る。朝の訓練は、こうして姉様が起き次第、幕を下ろすのだった。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 朝食は恙無く終わる。ロズワールが先に食べ、僕ら使用人は使用人部屋で食べる。最初はちょっと違和感こそあったが、実際の主従としては妥当だろう。

 

「うぅーん。レム、また腕を上げたかなーぁ?」

 

「恐縮です、ロズワール様」

 

 粛々と下姉様が礼をする。最初はぎこちなかった敬語も、最近はなかなか様になってきた。

 

 料理に関しては、基本的に下姉様とパイセンの領分だ。上姉様は皮剥き担当。僕は残念ながらやることがないので味見程度だ。両腕があればある程度はできただろうが、一度慣れない左手でやって怪我をしてからは包丁すら触らせてもらえない。

 

「レムの上達ぶりには目を見張るものがあります。彼女は努力型の秀才ですわね。些か努力しすぎな気もしますが」というのは、家事完璧なフレデリカ先輩からの太鼓判である。

 

 そうしてロズワールが食事を終え、続いてその片付けを終えた僕らが食事を摂る。うん。少し冷めてしまっているが、かなりの美味しさだ。

 

「美味しいよ、下姉様」

 

「いえ。姉様ならもっと美味しくできるはずですから」

 

「レム、称賛は素直に受け取っておきなさい。ラムもここまで美味しくはできないわ」

 

「……はい、姉様」

 

 そう言いながら、僕は上姉様に食べさせてもらっているのだが。

 

 利き腕だった右手を失くしてようやく左手にも慣れてはきているが、やはり食事にはてこずってしまう。

 

 幸い、この屋敷に来たての頃のように二人から左右で食べさせられるというわけではなく、どちらかが交互に世話を焼いてくれる形だ。恥じらい?とうの昔に消えたわ。

 

「はい、リル」

 

 差し出されたスプーンを無我でパクつく。気分は親鳥に餌をもらう雛鳥である。やっぱりちょっと恥ずかしいです。

 

「それにしても。良かったですわね、リル。ようやく執事服が着られて」

 

 そう。執事服。執事服である。僕が今着ているのは、あのフリルのついた露出度の高いメイド服ではない。将来を見越してちょっと大きめに作った、しっかりとした執事服なのだ。

 

 というか、どうにも僕がメイド服を着せられていた理由は、僕のサイズの執事服がなかったかららしい。流石に年齢一桁から働く男子はいなかったそうな。

 

 だが、諸手を挙げて万歳をするにはまだ足りない。

 

「一着しかないのは問題だと思います」

 

「仕方がないでしょう。二着あったらリルのメイド姿が見られないじゃない」

 

「とんでもない理由でリルの尊厳を辱めないでください」

 

「何を言っているんですか。レムと姉様にとっては死活問題です」

 

 そう。この執事服、実は一着しか用意がされていないのだ。流石に毎日洗うわけでもないが、予備がないので定期的にメイド化するハメになっている。汚したりしたら暫くはメイドのままだ。らんまになった覚えはない。

 

 ただ、鏡を見たら男装した子供に見えたことは確かだ。メイド服姿もそんなに嫌というわけではない。普通に見た目は良いし。ただ慣れるのが怖いだけで。

 

「ふふ、これが届いたときの二人の顔。傑作でしたものね」

 

「燃やされそうになったときは洒落になっていませんでしたが」

 

「執事姿のリルが悪くはなかったから。そうでなかったら今頃その服は塵芥よ」

 

 ツッコミ不在の恐怖。エミリア様!スバル君!!早くっ!!

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 食事が終わると、ロズワールは辺境伯の執務に。使用人たちはそれぞれの仕事にかかり切りになる。ロズワール邸広すぎる。四人がかりで仕事がおわらねぇ。

 

「リル、糸の扱いには慣れましたか?」

 

 手に持ったワイヤーを馴染ませるように手で弄んでいると、下姉様が声をかけてくる。

 

「ちょっとだけ。武器として扱うにはまだまだかな」

 

 このワイヤー……もとい糸は、とある昆虫型魔獣の糸でできているらしく、恐ろしく伸縮が効き、マナを通すとめちゃくちゃ硬くなる。耐久性も異常の一言なので、流石この世界と言わざるを得ない。

 

 尤も、武器として使うには扱いがあまりにも難しく、この糸自体もカララギのごく少数の部族にしか伝わっていない希少なものなのだそうだ。比喩抜きで岩を割ったときはかなりアホっぽい表情を浮かべることになった。

 

「今のリルには、ちょっと細かい調整が厳しいから……もっと訓練しないと」

 

 右手の義手を動かして、なんとか曲げようと努力する。……多少は動いたが、やはり動作には難があった。ワイヤーを使えるようになるのは、もっと後になりそうだ。

 

 家事全般は、今のところの僕は苦手だ。利き腕だった右腕を失ったことで、今までの動作はやはり難しい。任せられるのは大雑把でも大丈夫な庭仕事がメインになってきていた。

 

「………ごめんなさい。リルの腕が……角があれば、もっと……」

 

「下姉様、言わないで。大丈夫!リルがもっと頑張るだけで解決することだから!」

 

 なるべく自然でなく、元気いっぱいに笑うのをイメージして笑顔を作る。……作り笑顔に、下姉様は敏感だ。

 

「…………ごめんなさい。無理を、させてしまいます」

 

「いいの。ほら、下姉様。ちゃんとお仕事しよう?」

 

 微笑み、庭の手入れに精を出す。……ワイヤーを鞭のようにやると、雑草がたくさん刈れるので便利です。

 

「あ、姉様。花が咲いてるよ。ちっちゃいけど、綺麗だね」

 

「本当、ですね。ええ。……とっても、綺麗です」

 

 花を見て無邪気に笑う。本当に見たいものは、花なのか。

 

 或いは。

 

 それを眩しそうに見る、姉の顔だったのか。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 夕飯の用意までの仕事を終えると、今度はお風呂が待っている。義手を取り外すので、必然的に姉様達と一緒に入ることになる。

 

「やっぱり、いつ見ても大きい……」

 

「見ていて迫力に圧倒されるわよね」

 

 もろちん、大浴場のことです。

 

 魔石文化が発展しているルグニカでは、上流階級の家ではきちんと上下水道が通っている。必然、シャワー等も使えるわけだ。

 

 髪を下姉様に洗ってもらい、流石に体をお願いするのは申し訳がなさすぎるので自分で洗う。三人ともタオルなんてものはつけていないが………うん。まぁ。特に何もないよ。

 

 腕を洗うときに、少し嫌な感じに顔を顰める。……やはり、あるべきものがないというのはいつまで経っても落ち着かないものだ。それで体が揺れると、決まって姉様も体を震わせる。怒りか、悲しみか。後悔か。どれにしても、堪能する以外に他はない。

 

 というか、ここまで反応が無いと今世の自分は本当に大丈夫なのか心配になってくるが、不服なことにアイツのことを思い浮かべたら若干興奮しました。畜生。

 

 風呂に浸かり、その水面に映った自分を見る。……やっぱり、そっくりの見た目だ。ちょっとイラっとするのと共に、好感が湧くのが腹立たしい。

 

 結局自分の姿が一番好きって。ナルシストじゃないんだからさぁ。

 

「リル、ニヤけてる」

 

「………お風呂が、気持ちいいから」

 

「そう」

 

 誤魔化せました。一体いつになったら、お風呂は別になるんだろうな。

 

「リルはもう上がるね。姉様たちは?」

 

「レムももう上がります」

 

「ラムも上がるわ。でも、今日はまだロズワール様が湯浴みをなさっていないから、一緒には寝れないかも」

 

 ………ロズワールへの扱いが若干上がっているのは、契約の末の本心なのだろうか。まだ本当ではない、虚飾なのか。どちらなのだろうと思いながら。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 夜。先輩と夜の挨拶を交わし、それぞれが眠りにつく。そういえば今日は2代目師匠に会わなかったなぁ、と思いながら。ノルマクリア(土下座)失敗してしまった。

 

「本当にいいの?下姉様」

 

「はい。今日こそ、レムは一人で寝てみせます。いつまでも、リルに頼ってばかりではいられませんから」

 

 三連続した部屋の前に着くと、下姉様がそう意気込んで自分の部屋へと入っていった。今度こそは、一人で寝てみせる、と。………実に、三桁を超えた回数のやりとりである。

 

 とりあえず僕も、自室で枕を持って待機する。それが無駄なことだと、わかっていながら。

 

 そうして、十分が過ぎた頃。

 

「……す…………ちゃん!…ルっ……!」

 

 知ってた。

 

 壁越しに下姉様の泣き声が聞こえて、自分の部屋を出る。ノックもせずにまっ暗な下姉様の部屋に入ると、ベッドの上で泣きじゃくっている下姉様がいた。

 

「リル………!リルっ……!」

 

 下姉様はこちらに気がつくと、深い自責の感情を浮かべながらも、僕へと飛びついて、縋り付く。魘されたように、わんわんと泣きながら。

 

「大丈夫、下姉様。ここにいるよ。リルは、ちゃんとここにいます」

 

 それを片手で抱きしめて、落ち着くまでずっと背中をさする。僕よりも幾らか背丈の高い彼女は今、僕よりよっぽど小さくなって、怯えるように震えていた。

 

「ごめんなさい………ごめんなさい……レムが……レムが……」

 

「下姉様。大丈夫。大丈夫だよ。今日も、一緒に寝よう。起きるまで、ずっと側にいてあげるから」

 

 小さくなっている姉様をベッドに誘導して、幼子のようにあやす。横になっても暫く震えて泣いていた彼女は、だんだんと落ち着いて、泣き疲れて瞼が落ちてくる。

 

「ごめんなさい……また、リルに……迷惑を……ごめんなさい……レムが、弱くて……弱いレムで、お姉ちゃんで……」

 

「おやすみなさい、姉様。安心して、いい夢を」

 

 そうして何度か頭を撫でると、今度こそ姉様は、小さな嗚咽を洩らして静かになった。

 

 ………部屋に、静寂が満ちると。ふと、意識してしまう。

 

 ドクドクとうるさく脈打つ心臓。その存在感が一層増して、顔がだらしなく緩んで、赤くなるのを自覚した。

 

 口元が歪んでいくのが、自分でもわかる。

 

 

 

 ───この顔は、見せられないなぁ。

 

 

 

「ずっと」

 

 

 

「ずぅっと。ずぅっと、大好きだからね。下姉様(レムお姉ちゃん)

 

 深い欲望の中で、一人の女が崩れ落ちていくのを、ただじっと眺めていた。

 

 

 これが、ロズワール邸で一年間(・・・)を過ごした、僕たちの日常だった。




次回、聖域編。

原作開始まであと3、4話予定です。ぶっとばしていくぜい。

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