踏み込みは一瞬。裂帛はなく、残るのは音すらをも置き去りにした歩法から繰り出される震脚。
そこから繰り出されるのは、標的を粉砕せんと放たれる拳。一閃。当たれば骨すら砕く一撃は、回避以外の選択肢を許さない。
「ふむ」
「
軽く跳躍し回避した男に、続けて回し蹴りを見舞う。早さは一流。遠心力を加えた蹴りは、男の脚を目掛けて吸い込まれていく。
が、男は空中で後ろに回転することでそれを躱し、あろうことかさらにもう一回転を加えて間合いの外に着地する。
それを逃すほどの素人ではない。めり込むほどの力で地面を蹴り、肉体を一切ブレさせることなく追撃。八極拳の秘門『活歩』の歩法を独自にアレンジした移動方法。鬼族のブーストも含めた短距離飛行と呼んでいい一歩は、とんでもない速度で標的との間を詰めた。
が、どれだけ速かろうと、一拍の猶予を与えてしまったことは事実。反撃の態勢は辛うじて整えられ、そこへ飛び込んでいく形になる。
繰り出されるのは寸頸。義手と共に繰り出される延髄への容赦のない打ち込みが、しかし完璧に抑えこまれて失敗に終わる。
続く烈脚は屈むことで回避され、逆に這うように姿勢が低くなった道化はそのまま拳を打ち込もうと……
「ほう」
したところで。それが、入念に仕組まれた罠だったことに気がつく。それは蹴りではなく、それに見せかけた回転だ。かかる時間は圧倒的にそれより短く、時間の目論見が外れる。代わりに繰り出されるのは──
「らっ!!」
低頭の姿勢を保つ魔導士を仕留めるための、正確無比な踵落とし。
頭蓋すらもを粉砕し、肉を圧壊する一撃。回避はもはや不可能。それに対して、道化は………
「アルドーナ」
「ふみっ!?」
最大級の反則技を使い、僕を空の彼方へと吹き飛ばしましたとさ。
「いぃやぁ。成長とは早いものだ。私ももう、魔法抜きじゃ敵わないかぁーな。……我が従者の成長に……感動してしまうよ……!」
「……魔法ありなら余裕じゃないですか……」
シクシク、と余裕な顔で泣き真似をしながら涙を擦るロズワールと、まさかの目下からの濁流に巻き込まれ、泥だらけの執事服から泥水を芝に落とす僕。
念願のロズワールへの初勝利だというのに……この結果では素直に喜べない。
「ルール違反だから、勝利は勝利なのに…」
「いやぁ、だってリルのそれ、普通に当たったぁーら死んじゃうしぃ」
「そのための技なんですから、当然です」
とりあえず『マジカル☆八極拳』は、ほぼ習得と言って間違い無いだろう。拳に捻りを加えたり、蹴りに全身の体重をかけたりと通常の武道とはかけ離れている殺傷目的の技の数々は、副部長に勝るとも劣らない……はずだ。
拳で木が折れるってホントだったんですね。知りませんでした。知らなくてよかった。
「やめて欲しいならやめてと素直に言っていただければ寸止めしましたけど」
「止めてもそのまま蹴り殺されそうな気配が」
「…………気のせいです」
全治二ヶ月までならやる気でしたけど。師匠に土下座して治してもらうところを見たかったのに。
「なんにせよ、謙遜する必要はなぁーいよ。私に魔法を使わせるとは大したものだ。これでぇも、体術に関してはそこそこな自信はあったつもりなんだぁけどね」
「魔法に対しての自信は?」
「超絶あるよん」
これだから天才は。もう魔法騎士とかやってろやアンタ。欠点:性格でもバランスが取れてないよ。ゲームバランス崩壊キャラだよ。ラインハルトほどじゃないけども。
「にぃしても、大したものだ。まさかあの小さかった子供が、私に一分野とは言え戦闘で勝つことになるだなんてねーぇ」
「……恐縮です、ロズワール様」
「これに身長が伴えばよかったんだぁけどね」
「喧嘩か?」
禁句だ!禁句言いやがったこいつ!!喧嘩なら買うぞ!
そうだよ!一時期身長がグングン伸びて「これでガーフィールみたいに身長と年齢詐欺ができる」とか思ってた頃が僕にもありましたけども!!
ある一定のラインで!!まさか完全に停止するまでは!!姉様方の154cmに現在敗北中!!
「年齢にすれば妥当だと思うけどねーぇ」
にしてももうちょっとくれよ。普通にちまっ、てSEが流れそうな見た目なんだよ。姉様方から見下ろされる気分はなかなか悪いぞ。
まさか師匠と姉様方の身長を足して割ったとか雑な身長差じゃないだろうな。
まぁ、これはこれでスバル君の子供判定に入りそうなので、悪いかと言われればそうでもない。
でも、最低限アイツの身長は超えたかった欲が……
「………どうやら、あっちも終わりかけのようだぁね」
「………ですね」
ため息と共に、少しばかり目を逸らしたかった現実に目を向ける。
そこには、格ゲーの世界を超越して特撮の世界へ脚を踏み入れた新ステージが待ち構えていた。
獰猛に笑う虎。勇猛果敢に攻める鬼。……興が乗った先輩と、鬼化して正気を失った下姉様である。
以前二人の対戦を格ゲーと称したが、お互いに成長して今やゴジラ対バトラと言った様相だ。どっちがどっちか?言わねぇよ。
「とりあえず止めよっか」
「リルは手伝わないので頑張ってください」
満面の笑みで若干冷や汗をかく道化に敬礼しつつ、僕は初勝利を噛み締められずにいるのだった。
ロズワール邸に来てから、もう何年が経っただろうか。いい加減数えるのを止めたが、恐らく七から九年くらいだったと思う。つまり大体十年だ。
いい加減慣れというものは来るもので、僕はロズワール邸を、まるで我が家と思うようになっていた。先輩も姉様方も、ちゃんと家族だと思っている。ロズワール?ハッ。
だが、日常が壊される刻限というものはいつか来る。物事に永遠など存在しない。僕はそのことを、誰よりも知っている。
「考えごと?」
「………そういうわけじゃないよ」
言いながら、ワイヤーを使って庭園の低木を剪定する。余分な枝を切り落とし、低木は見事な丸を描く。
「便利ね。扱いも相当上手くなったのかしら」
「だいぶ慣れてきたよ。武器として使うにはもう一声足りないけど」
今や便利な家事道具として使われているワイヤー。最初の頃は武器にすることすら危うかったのが、今ではある程度は操れるようになってきている。ロズワール相手に使おうとしても楽々回避されるが、なかなか上手くはなってきていると思う。
このナリで戦っているときは割と爽快だったりする。だって当たりさえすれば敵がバッサバッサと切れるんだもん。気分は初期の
「だけど、実戦で使えなきゃなんの意味もない、か」
「あら、高枝バサミも芝刈りも要らない便利なものなのに、酷い言いようね」
「庭仕事の道具としては満点なんだけどね。こっちも、いい加減馴染んできたし」
第一関節も動く義手。陰魔法の応用で本物の腕っぽく見せることもできるようで、客人やらが来た時はそうするようにしている。尤も、最後に客が来たのは一体いつのことだったか思い出せないけど。
上姉様は少しだけ体を硬直させ、しかしなんでもないように続ける。いい加減、そちらにも慣れがいくのだろう。
慣れられるのは、ちょっと困る。
「………格闘の方はロズワール様から認めていただけたんでしょう?なら、もうこれ以上頑張る必要は………」
「上姉様」
うん。ストップ。
やっぱり上姉様は『強欲』だ。
下姉様と違って、この状況に満足しようとしてしまっている。全てを一度とりこぼしたから。全てを一度失ったから。だから、今度こそは何も失わないようにと。
故に、行動しないことを理想としてしまっている。
───そのあたりの古傷が、痛みそうだ。
「その考えだったから、村で……鬼族の隠れ里で、リルは何もできなかったんだよ」
「…………ッ……!」
「リルはもう何も失いたくない。この日常を守りたいよ。だから、今も頑張ってるんだ。姉様は違うの?リルは、このロズワール邸が大好き。上姉様も、下姉様も、先輩もいるこのロズワール邸が好きじゃない?」
「それは……」
………笑って、誤魔化してあげよう。その罪の意識を、罪の傷痕を。ずっと遺すために。
「………ごめんなさい。ずるい質問でした」
あぁ、うん。やっぱり。どれだけ慣れても、どれだけ人並みの幸せに浸っても。
慣れて、価値が分からなくなって。価値を見出せなくなって、日常という無価値に薄れたとしても。
「大丈夫だよ、上姉様。もう、上姉様は頑張らなくていい。その分、リルが頑張ります。たくさん、たくさん。リルが頑張れば、全部うまくいきますから」
───その表情の見せてくれる悦楽だけは、ずっと変わらないなぁ。
「上姉様。上姉様が、どれだけ辛くても。どれだけ弱くなっても。上姉様のことは、リルが一生守ってあげますからね」
ロズワールが、一日家を空けた。
ロズワール邸ではさほど珍しくもない光景だ。なにせ、ここが本邸じゃないわけだし。特別ここに滞在する時間が多いというだけで、ロズワールは結構この家を留守にする。
ただ、今回だけ。今回だけ、違ったことは──
「ラム、レム、リル。今日から、ここでこの方のお世話をお願いするよーぉ」
その傍らに、銀髪のハーフエルフが連れられていたことで。
「こ、こんにちは!お控えなすって!本日はお日柄も大変麗しゅう!!私、ここでお世話になるエミリアと申しますもので!」
「リア、天気の話から入るのは失策だって大森林で学んだはずだよね?」
「パックは黙ってて!」
………………そう。つまり。