いいね?
感想、高評価等大変ありがとうございます。
その上で、最低限のラインとしてお願いさせていただきたいことがあるのですが。
作者の作品を待つために全裸待機をするのはやめてください。ただでさえ当作の温度差が酷いのに風邪ひいても知りませんよ。
「リルに気軽に触れないでください。親しいわけでもないのに急に手を握って。あなた、なんなんですか」
「お、れは………」
なんだ。何が、起こっている。
今、ナツキ・スバルの目の前にいるのは、誰だ。スバルをからかって、スバルと笑って……スバルを庇って。お人好しで言動が悪いメイドの、リルではないのか。
いや。そんなはずはない。声も、見た目も、格好も。間違えようがないほど記憶に合致する。ただ、それら全てからスバルへの親しみが消えているだけで。
痛い。叩かれた手ではなく、心が。知っているはずなのに。お互いの名前くらいしか知らなかったけど、こんなことを言われるほど仲が悪かったわけはない。
どうして。こんなことに。
スバルが彼女を死なせて、挙句の果てに約束を破ったから──?
この冷たい対応は、その罰だとでも言うのか?スバルが彼女をむざむざ殺させ、挙げ句の果てに犬死にしたことへの、罰?
暫くこちらを見て返答を待っていた少女は、呆れ果てたようにため息を吐き、スバルから視線を外した。
「………もういいです。おじさん、リンガとレモム、ください」
「お、おぅ……そりゃいいけどよ……
「
果物屋の店主に指差して何かを言おうとしたメイドは、やっぱり何でもないですと言い捨て、露天の前を去ろうとする。
レモン汁をスバルにかけるわけでもなく。ただ淡々と、店の前を去っていく。
その離れる腕を、スバルは強引に掴んだ。
「待ってくれ、リル! 話を……」
その直後。スバルの視界が、急激に変化した。ぐるん、と回る感覚。そして、下半身に鈍い痛み。
腕を掴んだ勢いのまま、投げられたのだ。
ある一派の武道の極み。ずっと心強かったその一端が、今はスバルに向けて振るわれている。
「が……ぐ……」
「いい加減にしてくださいよ。またリルに触れるだなんて、一体何を聞いていたんですか? リルの話を、これっぽっちも理解していなかったんですか?」
「それ……は……」
恐らく先の話について触れたのであろうそれは、誤魔化され始めていたスバルの傷口を大きく抉った。
自分の愚鈍さが嫌になる。リルの忠告。その重要性を軽視したから、どうなった?その言葉の意味を汲もうとしなかったから、どうなった?
焼きついた光景。脳裏から離れない、あの無力感と流れていく命の温度。それらを思い出し、目端に涙さえも出てきてしまう。
メイドが意図した方向とは全く別の場所に言葉が深く突き刺さって、言葉を紡げず喘ぐように空気を飲む。
「……何を泣いているのですか。そんなことをされても、リルはあなたを知りませんし、覚えてもいないんです。意味がわかりません。さようなら」
本当に、わからない。そんな表情を浮かべたまま、メイドは名前すら名乗ることなく去っていく。酷々と、惨めにも地面で泣くスバルを、冷たい表情で見下したまま。
「…………なんだよ。なんなんだよ。これ」
悪い夢なら、早く覚めてほしい。
そう思いながらも、現実は冷たく、スバルにこの世界が夢でもなんでもないことを情報量という暴力で伝えてくる。
いつまで、呆然と立ち尽くしていたのか。果物屋の店主に叩かれて歩き出しても、意識はぼんやりとしたままはっきりとしなかった。
──そんなスバルが、視界の端に白いローブを羽織った銀髪を揺らす少女を見つけたのは、果たして運命の悪戯だったのか。
体が震える。悲しさで凍りついた体と心が、拠り所を見つけて融解する。
アメジストの意思の強そうな瞳。その凛とした佇まいに変わりなく、その震えるような美貌に陰りなく。
求め続けた彼女の存在が、スバルの目の前を通り過ぎ、リルと同じ方へと行ってしまいそうになる。
「待って……」
だからこそ。呼び止めたのは必然だった。
すいすいと、人波を縫うように歩き抜ける少女。逃げる銀髪を戸惑いと困惑、混乱の意識の中で追いかけながら、スバルは泣きそうな声で呼びかける。
「待って、待ってくれ! サテラ──!!」
少女が、驚きの表情でこちらを見て停止した。自らの忠告を守らず、ましてや相手を守るなどと豪語しておいて何もできなかった、リルと同じく相手からすれば憎むべき相手だったのかもしれない。
その名を呼んだ途端に、ぴたり、と足を止める銀髪の少女。その立ち止まった彼女の細い肩に手を触れる。
「無視、しないでくれ。いなくなったのは本当に俺が悪かった。でも、俺もわけがわからなかったんだ。あの後も盗品蔵まで探しにいったし、それでも会えなくて……」
縋るように。また泣きそうになりながら、しどろもどろでスバルは事情を説明する。それが言い訳になっていると気がついたのは、息継ぎを置いたあとだった。
「ごめん。リルのことといい、自分のことばっかだ…………でも、無事で……」
ほんとうに、良かったと。
心から、彼女の無事を喜ぼうとしたその時。
「あなた──どういうつもり?」
想像の埒外から聞こえてきた、声。冷たいどころか、熱い。予測どころか妄想すらしたことがなかった、怒りの感情。
安堵したスバルに彼女が見せたのは、眉をつり上げた怒りの表情。
「誰だか知らないけど、人を『嫉妬の魔女』の名前で呼んで、どういうつもりなの!?」
熱が篭ったような罵声に、敵意が乗せられてスバルを襲う。
───理想と真実の壁によって現実に阻まれ、破片一つ残らず砕け散ったはずの幻想。
それは遂に、塵の一つすら残さず消失した。
うへへへへへ…………
どうも。もう辛抱たまらん。僕です。
スバル君が見せた表情……無理。推しが解釈一致すぎて死にそう。
僕だ。
そう、あれだよ、あれ。自分を庇って死んだ相手に申し訳なさそうにしつつ、それでも無事がわかった時の安堵が絶望と困惑に変わる、あれ。
ぐへへへへ………えっへっへっへ……
あっヤベェ。他人に見せられない顔になってるわこれ、表情筋。表情筋が!上擦ったままかっちこちに……!戻らん戻らん……ふへへ……
愉悦っ!!!悦っ!!!やっぱりスバル君好き!大好きっ!!愛してるね!!スバル君はそうじゃないと!!
頭を撫でても平気なぐらい親しかった相手との好感度がマイナスになるのってどんな気分?ねぇ、どんな気分???
初対面ムーブも完璧だったし、ふへへ…………頑張った甲斐があるってものだ。
いわば自分を庇って死んだ三章レムが二章状態に戻ったみたいなもんだからね。そりゃあショックでしょ。
腸狩りなエルザ様の後押しもあって、最後のセリフがかなり心に響いたらしい。別にそこまで深く考えて発した言葉じゃなかったんだけど、結果オーライ。
スバル君最高にスバル君だわ!
………さて。現状、スバル君めちゃくちゃショック受けて呆然としてるけど。流石にそのままでいられると困るな。
お、エミリア様がこっちに向かってくる。ヨシ!!
おら食らえや陰魔法。師匠の手ほどきを受けて適性スバル君以下でかなりうまく制御できるようになったんやで。
上姉様、やっぱり教え方死ぬほど雑やったんやなって………細かい調整とか欠片も教えてくれなかった姉様と違って、師匠はかなり細かく教えてくれた。
なんなら、火属性魔法より陰魔法のほうが調節利くし。教えてもらう度にぐちぐち罵られたけど。
てなわけで。陰魔法でスバル君のエミリア様以外への視界をかなり遮ってやる。こうすれば、結果的に視界にエミリア様がめちゃくちゃ目立って見える。スイカに塩をかけて甘さを際立たせる理論。
うん、当然縋りに行きますよね。超仲の良かった子供から拒絶されて傷ついているところに、自分が好きな女の子がいて。
ん、なんか今オボレル√フラグ立ったような……気のせいだよね!
はい、そしてスバルをまだ知らないエミリアの肩を掴んで………
「待ってくれ!サテラ──!!」
地雷を踏んだぁぁぁっ!!!元はといえばエミリア様が悪いんだけど、この世界では特に関係もなくっ!!好きな子に対してスカートをめくる嫌がらせをするレベルの愚行!
スバル君は何も悪くないけど!!悪くないけども!!
いや、悪いな。うん。リルちゃんと忠告したもん。サテラどうせ偽名ぞ、って。
はい、当然エミリア様からすれば初対面で、風評被害を生みまくってくれた相手の名前を呼んでくる変質者ということでキッパリ拒絶。
へへええぇぇぇっ!!愉悦ぅぅぅ!!エルザにやられた時ほどじゃないけどやっぱりその顔ですよ!!困惑と悲しみと絶望の混じった顔!!好き好き好き!!
立て続けの仕打ちに涙目になりながら、エミリア様に初対面扱いされてメンタルフルボッコにされていくスバル君。よーしよしよしよし。もっとやれ!!
あ………スバル君、エミリア様がサテラが嫉妬の魔女って知って、僕の話を思い出して……
………そうだよね。また、僕の忠告を無視して話したせいで、最悪の事態になっちゃってるもんね。
これだけ忠告を破っておいて合わせる顔がない、みたいな愕然としたのと僕を殺した自己嫌悪が混じった顔……すぅぅぅぅぅぅ……はぁぁぉ………(愉悦キメ)
マジでケータイが欲しくなってくるなぁ……『死に戻り対応』の写真撮れるミーティアないかな。
そして最後には話してる最中にフェルトがエミリア様の徽章を盗んで、フェルトに協力したグル扱いされて終了、と。
………文章に表すと散々だなスバル君。人生前途多難だ。まぁ、だいたい僕のせいだったりするんだけど。
さぁて、恍惚とするのはここまでにして、とりあえず、追いかけますかね……
徽章を盗み、走り出したフェルトを追いかけるサテラを、さらに後ろから追いかける。引きこもりのスバルにとっては、とんでもないほどの運動量。それらを上回って、二人はどんどん遠ざかって見えなくなってしまう。
走りながら、目頭が熱くなった。どうして。どうして。訳がわからない。疑問と不満だけが頭を回って、悲しみが涙となって走るスバルの後を引く。
「なんだよ!なんなんだよ!何のための異世界召喚だよ!誰かもっと……俺に優しくしろよ!!」
理不尽に対して漏れ出た本音は、誰にも届かない。持久力のないスバルは、短距離ですら負けている二人から、どんどん引き離されていった。
すぐにでも追いついてやる。そう息巻いて、角を曲がった先に。
「かべ……っ!かよ!?」
吐き捨てるスバルの眼前、待ち構えるのは行き止まりの袋小路だ。スバルが追った二人の姿はない。フェルトの身軽さは壁を楽々とよじ登れるだろうし、サテラも魔法を使えば壁を登るくらいは容易いはずだ。
どうしてこうもうまくいかないのか。まるでこの壁が、スバルに立ちはだかる運命の壁のようだった。
歯噛みし、せめてフェルトより先回りしようと盗品蔵のことを考える。この状況が何にせよ、生きているかもしれないロム爺と合流することが優先だ。
そうしてスバルが、路地の反対を向いて貧民街への道を駆けようとした。
しかし、その行動は目の前に立ちはだかる大、中、小と並んだ三人組によって阻まれる。
「いい加減にしろよ!性懲りがなさすぎるだろ、テメェら!!」
「あん?何言ってんだこいつ?」
「状況が分かってねぇんじゃねぇの?教えてやりゃあいいのに」
それは、つい先ほどリルに伸されたはずのトンチンカンの三人組だ。全治一週間と聞いていたのに、やはりあの優しいメイドは手加減をしたのだろうか。
だが、もうこの三人に構っている暇はスバルにはないのだ。
「わかった、要求は聞いてやる!だからとっととそこを通してくれ!」
「んだよ、最初っからビビってんならそーしろってんだよ、アホ」
「クソが。意味わかんねーこと言ってんじゃねぇよ」
「いいじゃねーの。なーんにもしないし、いうこと聞くんだろ?腰抜け」
三人三様。スバルを馬鹿にする言葉を吐きながら、カチンとくるワードをいくつか口にする。スバルはそれを、なんとか「ははは」と愛想笑いで返す。
「とりあえず身ぐるみ全部置いてけよ!その珍しい着物と履物も全部だ。パンツだけは履いたままでいーぜ?俺らも悪魔じゃねえからな!」
「お前ら……俺の知らないところで頭でも打ったんじゃねぇだろうな?」
それは、最初にこの三人組と出会った時と全く変わらない要求だった。リルにやられた復讐目的でないなら、もう頭を強く打って記憶喪失になったとしか考えられない。
とりあえず、身ぐるみとなれば服を脱ぐことになる。そうすれば、リルの預けてくれた聖金貨だらけの袋も露出する。いや、むしろここは聖金貨一枚を囮に逃げるべきか……と、考えて。
「あれ───?」
ポケットに入れていたはずの袋が、見当たらないことに気がつく。そうして違和感に気がついてしまえば、もうあとはすぐ。
「なん、で……」
呻くように呟き、スバルは白いビニール袋の中をゆっくりと確認する。
とんこつ醤油味のカップラーメン、ズボンに入れておくのがわずらわしかった携帯。そして、個人的な嗜好にもっとも合致する金色のお菓子。そう、金色のお菓子───コーンポタージュ味のスナック菓子。
ロム爺に酒の肴として食い荒らされたはずの菓子が、何故か封すら切られていないまま、コンビニ袋の中に入っているのだ。
恐ろしい速度で、スバルの中で仮説が組みたっていく。魔法?馬鹿な。こんなピンポイントに発生する魔法などあってたまるか。魔法というのはそう。もっと広大に、盛大な効果を発揮するものなのだ。
じゃあ、まさか。まさか。
リルのあの反応も、サテラの視線も。そう考えれば、全てに納得がいく。
「──そこをどけ、お前ら。確かめなくちゃならねぇことができた」
「あん?何言ったんだこいつ?」
「お前らに構ってる暇なんてのがねぇってことだよ!いいからとっとと退け!じゃねぇと……」
ズカズカと三人衆の中央へ、踏み出す。今すぐ脳内のこの仮説の成否を確かめなければ、気が狂ってしまいそうで……
「…………は?」
スバルは、自分が前方へと転んでいることに気がつく。こんなタイミングで転ぶなんて、なんと不注意な……
「あれ、おかしいな……」
立ち上がるために力を込めようとして、地に立てた腕がガクガクと震える。とてもではないが体を持ち上げられない。それ以前に、手に持っていたものも落としている始末だ。
そう。背後。違和感がある。熱がある。何かが溢れる感じ。そして。
隠しきれない、痛み。
───倒れるスバルの背中、腰あたりにナイフが突き刺さっているのだ。
意識した瞬間、堪え難い激痛が走ってスバルの呼吸を封じた。純粋で原始的な鋭い痛みが、のた打ち回る自由すら奪っていく。
「お、おい、刺しちまったのか!?」
「仕方ねえだろ!表に逃げられてみろ。面倒どころの話じゃねえ!」
「やめろ馬鹿。あー、こりゃダメだ。腹の中身が傷付いてっから死ぬぞ、オイ」
「ったく、面倒なことになっちまった」
三人が走り去っていく音が聞こえる。
死ぬ。死ぬのか。今回は、こんなところで。
今回?笑わせる。なんだ、今回って。
馬鹿馬鹿しいその仮説に、縋っている自分が哀れで仕方がなかった。
口は死んでいる。手足も終わっている。もう、視界と聴覚しか確保できない世界。
死の感覚。二度味わったその足音が、どんどんと明確になっていき──
「───様、こちら─……!」
「えっ………人………ダメ、私の治……魔法……、もう……」
「そんな……内臓…………が……酷い……」
その世界で。好きな女の子と、自分を庇った少女の声を聞いた。死に際にその二人が現れたのは、それこそ運命の悪戯だっただろう。
二人とも、今回は自分のせいで嫌な思いをたくさんしてくれただろうに。伝わってくる青色の波動と、せめてもと握ってくれている手の温度が、どこまでも優しくて。
──なんだ。なんだかんだ言って、心配して見に来てくれたんじゃねぇか。
この、お人好し共め。
恨み節とは裏腹に、変わらぬ二人に安堵を覚えたまま。
ナツキ・スバルは、三度目の命を落とした。
運命の悪戯=大体リルの誘導