目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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めちゃくちゃ遅れたぁぁぁ!!遅刻ぅぅぅ!!

リゼロ原作更新おめでとう。ユリウス輝いとる……好き……


きのこが好きたけのこが好き。それだけのことでなぜ争わねばならないのか。結局一番はたけのこだけども。

 

 

 食事が終わり、それぞれが解散となった中。ラム達使用人に連れられ、スバルは使用人控え室らしきところまで案内された。

 

「改めまして、当家の使用人頭を務めさせていただいております、レムです」

「改めて、ロズワール様のお屋敷で平の使用人をしているわ、ラムよ」

「改めると、このお屋敷の庭仕事担当の従者やってる、リルだよ」

 

「おう、それぞれのモチベーションがわかる挨拶をありがとう。そして姉様とリルは急にフランクになってんな」

 

 腕を組んだスバルに対し、三人はそれぞれ手を取り合って仲の良さをアピールしつつスバルを見た。

 

「だってお客様……改め、スバルくんは同僚になるのでしょう?」

「だってお客様……改め、バルスって立場同じの下働きでしょ?」

「だってお客様……改め、スバルはリルの部下で奴隷になるんでしょ?」

 

「奴隷契約結んだ覚えはねぇし姉様に至っては呼び方が目潰しの呪文になってるぞ」

 

 一度は弄られる呼び方に慣れたツッコミは全スルーで、三人は淡々とスバルへと質問を行ってくる。

 

「それで。スバルは、仕事する上で何か不都合とか不満なことは?」

 

「残念ながら……働いたことなんて、一回もないので家事もどうすればいいかわからん!」

 

 就労経験ゼロなら、就労経験しようと決意したことすらゼロ。穀潰しオブ穀潰しであった自分の目覚ましい進歩がいっそ誇らしい。

 が、周囲はそんな晴れやかなスバルの気持ちを酌んではくれないようで。

 

「姉様、姉様、仕事がほんの少しでもはかどると思ったレムが馬鹿でした」

「レム、レム。少しでも手抜きができるって期待したラムが馬鹿だったわ」

「やーい能無し〜」

 

「弟は立場が変わったからって突然容赦ねぇな!?名前呼ばれなかったからって拗ねんなよ!」

 

 最後に的確というかグサッと来るような茶々を入れてくるリルが恨めしい。しかもそれがいちいち的を射ていて心に刺さるから余計に。

 

「で、だ。そんな俺にどんな仕事を任せるのか。先輩である姉様方と弟の意見に従わせてもらうよ!できないながらも苦心……ナントカしてな」

 

「「「惨憺(さんたん)」」」

 

「そうそれ」

 

 一瞬出てこなかった単語を指差し確認。そして再び「イェーイ」とハイタッチ。ノリがいい。既になかなか連携が取れてる……気がする。

 

「そんじゃ、今日から下男として頑張らせていただきますよ!よろしゃーす!」

 

「まずはその礼儀作法から叩き直してあげたいところだけど。とりあえずは制服に着替えてから屋敷全体の案内ね。服はちょうど……そう。半年前に辞めたフレデリカの服が合うわ」

 

「フレデリカ……女じゃね?俺、メイド服じゃなく上品でフォーマルな感じの奴を求めてるんだけど」

 

「フレデリカ先輩は優雅で上品でフォーマルだから、スバルの要求に合ってると思うけど」

 

「逆に言えばそこにしかフィットしてないよね?性別という前提がそも不満なんだけど」

 

 そう口に出して、目の前の存在が例外の具現化であることを思い出す。

 

「…………もしかしてこの屋敷、ホントに執事服とかない感じ?」

 

「実は一着だけしかないんだよね。その一着はリル専用のやつだから、スバルの分はございません」

 

「リル、バルスのメイド服姿はどうせ見るに堪えないだろうから意地悪はやめてあげなさい。目が爆散して身を滅ぼすわ」

 

「そこまで言うことある!?」

 

 チッ、と割と本気の苛立ちが篭ったような舌打ちをかまして、リルはクローゼットの奥底からちょうどスバルの丈に合った執事服を取り出す。

 

「なんだ、あるじゃねぇか執事服」

 

「リルですらこれを着られないのに………やっぱり全部切り刻んでやろうかな。スバルの身長ごと」

 

「物理的に身長削ろうとするのやめてもらっていい?……ってか、リルのその格好はやっぱ背丈的な問題か」

 

「そうだよ。特注の一着しか身に合わないから、それの洗濯と休ませ中はメイド服」

 

「いいえ、ロズワール様とラム達の趣味よ」

 

「上姉様!?」

 

 今明かされる衝撃の真実──ついでに本気で驚いた声。まさかこの末メイド、ずっとそんなわかりやすい嘘を信じ続けていたのか。

 

「まぁ、裾上げとかで丈合わせりゃ大体のもんは身に合うもんな」

 

「そんな……!じゃあ、今までのリルの恥じらいは一体何の……」

 

「スバルくんが来てしまったせいで、嘘がバレてしまいました。まぁ、姿鏡で自分にメイド服を合わせながら満更でもない顔をするリルはもう十分堪能しましたからいいですけど」

 

「少女趣味に慣れが………てか、今からでも着替えればいいんじゃねぇの?」

 

「………もうメイド服が身に馴染み始めてるから脱ごうにも脱げない……むしろ最近は執事服のが落ち着かない……この服、機能性だけはやたらいいから……」

 

 シクシク、と地面に膝をついて泣き真似をするリル。ふざけた雰囲気ではあるが、その顔にはかなり真剣な悲壮さが宿っている。あれは実際ショックを受けている顔だ。

 

 そして両姉が「泣かせたー悪いんだー」的な目でスバルを見てくる。生憎と小学生の頃にその手の話題は慣れているのでスルー。

 

「寧ろ、この為に今日これまでの生活を費やしてきたまであるわね」

 

「可哀想だなぁ、お前も」

 

「姉様、スバルの教育係リルでもいい?とりあえず裏の森で三日間自給自足生活から始めよっか」

 

「すいませんしたぁ!!」

 

 あっさり土下座をして許しを乞う。流石にチートもなしに異世界サバイバル生活は勘弁だ。

 

 えいえい、とメイド服姿でスバルの頭を踏むリル。靴を脱いでくれているのはせめてもの温情と見るべきか。

 

 というか頭にある足のゴツさが男のソレではない。細いし柔っこい。本当に男なのか。

 

「見ましたか姉様。スバル君が情欲にまみれた表情をしています」

「ええ、見たわよレム。リルが毒牙にかかるのも時間の問題ということかしらね」

「キモっ………キモっ」

 

「口悪っ!そしてなんで二回言った!」

 

 三人から蔑みの目で見下されるスバル。美少女三人からそういう目で見られるのは一部の界隈の人が喜びそうではあるが、スバルはその口ではない。しかも一人は年下で男だ。

 

「……とりあえず、軽口はこのくらいにして屋敷の案内を始めましょう。リル。屋敷の案内はラムがするから、終わり次第庭の案内をお願い」

 

「わかった。それじゃスバル。頑張っ………身の丈に合った活躍を期待してるね」

 

「何をっ!?見てろよ見てろよ!今に俺の秘められた家事スキルが開花して、あっと驚かさせられ──」

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 と、話していたのがつい二時間前の話である。

 

「ぁだ───っ!!」

 

 新しい傷口から血を迸らせ、半泣きで悲鳴を上げるスバル君。手に持った包丁こそが、その皮膚をざっくりと持っていった凶器だ。

 

 というわけで、先程執事服云々が言い訳でしかないと知った僕です。薄々感じ取ってはいたけど、真実を突きつけられると辛いものがある。

 

 僕だ。

 

 さて、この二時間………と言っても、実質的に仕事をしていたのは一時間ほどだが………スバル君を見ていた結論。

 

 ダメダメ。

 

 いやね。僕、もともと家事は昔からそこそこ出来たんですよ。子供の頃からやってたし。

 

 それに対して、スバル君。掃除、洗濯。とりあえずこの二つは向いてない。料理は今やってるが。

 

 包丁で指を切るとかベターな失敗、まさか家庭科をまともにやってたら誰もやらかさないと思ってたんだけどな……いや、前々から知ってたけども。

 

「はい、スバル。包帯」

 

「悪りぃ……」

 

「銀貨二枚ね」

 

「まさかの治療費請求!?……にしても、くっそ!どうしてこうもうまくいかねぇかな!」

 

「力任せだからなのとナイフの使い方が雑なのと目つきが悪いからかな」

 

「最後のやつどうしようもなくない!?」

 

「ふっ、無様なことねバルス。上達という言葉を知らないのかしら」

 

 そういう上姉様は、ほぼ完璧に皮剥きをなしている。難しいジャガイモの皮剥きをあそこまで綺麗にこなすのは流石の一言に尽きる。

 

 僕?相変わらず刃物を握らせてくれないから見学。味見担当だからね。

 

「くそぅ!……ってか、リルは料理参加しねぇのかよ!?いろいろコメントくれるならちょっち実力見せて欲しいなぁなんて!」

 

 あ、言ったそばからそれ地雷………

 

 

 

「──スバルくん」

 

 

 

 一瞬、騒がしかった厨房から音が消えた。

 

 ドン、という音が響く。苛立ちを抑えきれなかった下姉様が調理器具を机に置いた音だ。上姉様も、手を止めてスバルをジッと睨んでいる。

 

 その声色にはおよそ感情というものが宿っておらず、スバルを見る目には怒りと軽蔑を混ぜ込んだような負のオーラが詰め込まれている。

 

 自分に向けられる悪感情に気がついたのか、スバル君も身を固くする。

 

「リルにあまり無茶を言わないでください。料理はレムが得意なんです。リルにはリルの仕事があります。だから、リルがやる必要なんてないんです」

 

「む、無茶ってほどじゃ……」

 

「余計なお世話だと言っているんです。リルに料理ができなくて、何か悪いんですか」

 

 あーもう。なんでそこで反論しちゃうかなぁ。素直に謝っておけばそれで済んだのに。まぁ、スバル君らしいといえばらしいんだけど。

 

 しょうがない。ここで死なれたら凄く困るし空気を変えよう。

 

「スバル。上姉様は得意料理が蒸かし芋なんだけどさ。リルの得意な料理は、なんだと思う?」

 

「………な、なんでしょう?」

 

 肩に手を置き、笑顔で凄んでやる。勿論、実際は全然怒ってない。本当に、スバル君のためだけの怒った演技だ。

 

「………サイコロステーキ、なんだよ。なんなら───今日の昼食も、そうしてみる?」

 

 こういう時、やんわり拒絶されるよりも責められた方が楽になることが多い。

 

 罪悪感を煽るやり方を知ってるから、まぁ。抱かせないやり方も当然知ってるわけだ。

 

「…………ご遠慮願うっす」

 

「はい。サイコロステーキになりたくないスバル君。リルに何か言うことは?」

 

「すいやせんっしたー!!」

 

 盛大に僕に対して頭を下げるスバル君。姉様方に視線を向けると、とりあえずは溜飲を下げてくれたようでそれぞれの作業に戻っている。

 

 初日でこれか。うーん、先が思いやられる。

 

「バルス、ナイフの扱いが雑。ナイフの方じゃなく、野菜の方を回すのよ」

 

「あと、指の置き方だね。親指を誘導させるように置いておくと回すのが楽になるよ」

 

「お、おう。あんがと」

 

 いきなり普通の態度に戻った僕と上姉様に困惑しながらも、なんとか平常に野菜を剥こうとするスバル君。

 

 当然、そんな動揺だらけの状態で上手く切れるはずもなく………

 

「ざっくり持ってかれた───!!」

 

「本当に学習という言葉を知らないようね。何度も同じことを言わせないで頂戴」

 

「くっそ!見てろよ見てろよ!俺のこの愛刀『流れ星』が寸分違わず皮を削ぐところを………をぉぉん!またやられてしまったぁぁ!!」

 

 一気に二箇所も傷を作っていくスバル君。正直血のついた状態で食材を持つのはよろしいことじゃないから、早く治さないと面倒になる。

 

 てか、『流れ星』で思い出したけど、『極滅刀』ってどこ行ったんだろ。もしかしてロズワールがどっかに置きっぱだったりするのかな。

 

 もしくは姉様が持ってたりして。それか師匠?魔女教徒の血がついたナイフとか陰魔法ならぬ黒魔術に最適そうだし。訊いてみようか。

 

「上姉様、あの……」

 

「どうしたの?」

 

「……ううん、やっぱりなんでもない」

 

「そう。ならバルスを早いところ治療してあげて。患部を切り落としてもいいわよ」

 

「うん!傷口を焼いてあげるね!」

 

「危険すぎる民間療法ズやめてください!」

 

 まぁ、十年近く前のものだ。もう存在すら残ってないかもしれないし。訊いてもしょうがないよね。今はもう武器に困ってるわけじゃないし。

 

 そんなこんなで、ダメダメスバル君を見続けるリルなのであった、まる

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「ぐへぁ………疲れた………」

 

 ロズワール邸の一日が終わり、ベッドに倒れ込んで全力で脱力するスバル。

 

 場所は使用人として与えられた一室で、看病されていた客間に比べるといくらか品格は見劣りする。

 

「あ〜……こき使われたわ……特に午後……両姉様からのシゴきがエグかった……」

 

 一日の仕事内容を見て、正直な感想を漏らす。あれらをたった三人でこなしていたというのだから、さすがに驚きだ。

 

 まぁ、午後からのは姉様方からのスパルタもあったわけだが。それもあってか、弟だけはやたらとスバルに優しく接してくれていた。

 

 原因はわかり切ったこと。昼食の仕込み中のアレだ。

 

「ぐむむ……ブラコン拗らせすぎだろ、姉様方」

 

 リルの料理について言及してから、二人の目が厳しい。あの場はリルが茶化してくれたから丸く収まったものの、その胸の内に秘めたる業火たるや。午後からの仕事は休憩なしの難易度4倍増しだった。

 

「まぁ、リルもリルでシスコン拗らせてるらしいし……ラムとレムの愚痴を吐きかけて焦った……」

 

 最初は笑顔で聞いていたリルだが、その内容がスバルの容認を求める声ではなく、ラムかレムの嫌なところでもあげようものなら速攻拳が飛んできたのだ。寸止めでなければ二周目エルザの心臓と同じ末路を辿るところだった。

 

「………まぁ、それだけ想い合ってるってことなのかね。仲睦まじきは良きことかな。……行き過ぎだとは思うけどさ」

 

 ベッドに顔を埋めて独り言を口にしていると、不意にノックの音が聞こえて顔を上げる。

 

「はいはーい、どちら様?変なこととかしてないから。入っていいぜ」

 

 と、許可の声を出すと。

 

「よし、じゃあ遠慮なく」

 

「え?」

 

 予期できたメイド服を纏った人物が、フワリとスバルの部屋に入り込んできた。

 

 ……予期せぬ場所から。

 

 放たれたガラス戸から舞い込む風。つまり、窓から入ってきたのだ。夜の空をバックに、フワリとメイド服のスカートが浮き、紫と白金の髪をなびかせて綺麗に着地する。

 

 だが。思い出して欲しい。ここは一階ではない。

 

「どんな運動神経だよ!?」

 

「スバルの部屋はリルの斜め下だからね。入るのも簡単だよ」

 

「理由になってないけど!?え、てか、今のノックは……そもそも俺鍵かけてたんだけど?」

 

「昼間に鍵に糸仕込んでいつでも開けられるようにしといたの。大成功」

 

「ノックはレムです。リルがどうしてもスバルくんを驚かせたいというので、仕方なく」

 

「悪戯に余念がねぇな……」

 

 ひょこり、と扉から顔を出した青髪のメイドに納得と疲労の吐息。まさか窓から侵入してくるメイドがいようとは。まぁ、イタズラ好きなのは見た目相応で大変いいことであるとは思うが。

 

「それで?俺に何か用事?」

 

「あ、それは下姉様の方。リルはついでね」

 

「ついででめちゃくちゃ驚かさせられたんだけど!?」

 

 まさかの事態に驚愕。どうやらこちらのメイドは、本当にドッキリをするためだけにきたらしい。レムの方の用事は、彼女が黒い上着を抱いているのを見て訪問の理由を察する。

 

「うわ、もうサイズ合わせ出来たのか。早ぇな」

 

「これだけの早さでできるならリルもお願いすれば良かったなぁって」

 

「いえ、リルかロズワール様の衣装でしたら丁寧さ優先ですので、もう少し時間が……」

 

 サラッと言外に手抜き宣言する下姉。スバルが試してぶかぶかで着れなかった服を、この短時間で直したらしい。少し確認のために服の上から羽織ってみるが、完璧な出来栄えだった。

 

「凄く似合ってるね」

 

「おっ、そう見えるか?やっぱフォーマルな格好の方が俺には合ってるんだよ」

 

「うん。まるでロズワール様みたいで」

 

「遠回しにピエロみたいに珍奇な格好って言いたいのかお前!?」

 

 主人を使った遠回しな暴言。このメイド、忠誠心も足りないしそもそも性別すら違うなんて本格的にメイド失格ではないだろうか。

 

「裾の方はどうしますか、スバルくん」

 

「あぁ、ズボンの方か。針と糸ってあったりする?自分でできるぜ」

 

「ありますが……まさか、本当に出来るんですか?」

 

「くくく、今日の評価を裁縫で塗り替えてやるぜ」

 

 自信満々なスバルに諦めたような顔を見せるレム。だが、裁縫はスバルにとって得意中の得意。裾上げくらいなら鼻歌混じりにできるというものだ。

 

「ふんふんふふーん」

 

「わぁ、変な鼻歌」

 

「普通そっちに注目する!?」

 

「……ですが、本当に裁縫に関しては満点ですね。驚きました」

 

 レムが感嘆のため息を溢す。鮮やかな手つきで針が往復し、若干恥ずかしくなった鼻歌を再開しようとした頃には片方の縫いが終了していた。

 

「ほら、ちゃんと縫えてるだろ?」

 

「はい。スバルくんと同じで使い道が限られてきますけど」

 

「あれ!?なんでか貶されてる!?」

 

 言いつつ、もう片方の裾にも手を出す。遠回しな毒に若干傷つきつつも、手は淀まずしっかりと縫い目を作っていく。

 

 スバルにとっては簡単な作業中、紫髪のメイドが唐突に口を開いた。

 

「あのさ、今日の昼のこと。ごめんね。空気悪くしちゃって。リルがあそこにいなきゃ良かったんだけど」

 

「あぁ、料理の時のことか。いや、いいんだよ。あれは俺が悪かった。大丈夫。リルが料理をコンプレックスにしてるってのはよくわかったから」

 

「いや、料理は多分サイコロステーキじゃなくても人並みにできるし気にしてもなんでもないんだけど」

 

「あれぇ!?」

 

 真顔でぶんぶんと手を振られて予想が大きく裏切られ、素っ頓狂な顔をしてしまう。てっきり、昔リルが料理で嫌な思いでもしたのだと思ったのだが。

 

「下姉様も、本当はそれを謝りに来たんでしょ?」

 

「………はい。本来、立場が違うスバルくんにあんな態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。スバルくんは、エミリア様の恩人なのに」

 

「……そっか。正直、扱いづらい立場な自覚が足りてなかったな。気を遣わせて悪かった」

 

「いえ、仕方のないことを言いました」

 

「リルはそうは思わないけどね」

 

「お前はもうちょっと俺に気遣いしてくれてもいいんだよ?」

 

 うりうり、と肘でリルの腹を突く。それだけで大袈裟にわひゃー、と楽しそうにするリルは、見ているだけで微笑ましい。

 

 そんなことをしている間に、もう片方の裾も縫い終わり、成果となったズボンを掲げる。

 

「よっしゃ完成!ドヤ!俺の本気に打ち震えよ!」

 

「……はい。本当に裁縫には言うことなしです。少しだけ見直しました」

 

 コクリ、と頷き。レムはほんの少しだけ顔を綻ばせ、スバルを見た。

 

「それでは、これで用事は終わりましたので。今日の埋め合わせは、また後日。リル、行きましょう」

 

「はーい。それじゃスバル。リルは下姉様とお風呂に入ってくるから。また明日ね」

 

「おう、明日な」

 

 手を振ってくるリルに軽く手を挙げて返すと、弟メイドは満足げにして出て行ったレムの後を追って今度こそ扉から部屋を出て行く。

 

 傲岸不遜なラム。慇懃無礼なレム。そして天衣無縫なリル。見た目もそうだが、確実に血の繋がりを感じる姉弟に、少しだけ温かさを覚えながら、スバルはベッドに倒れ込んだ。

 

「────ん?今、下姉様『と』っつった?」

 

 そのあまりの仲の良さに気がついたのは、彼らが部屋を出て行ってすぐのことだった。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「ふふ。スバルの顔、傑作だったね」

 

 言いながら、ふぅと左手にできた泡をシャボンにして吹く。あんなやりとりが、実はずっと楽しいのが現状だ。ツッコミ役が一人いるだけで違うね。

 

「………楽しそうですね、リル」

 

「そうかな。そうかも。スバルみたいな人、久しぶりに見たから」

 

 わしゃわしゃ、と髪を少し強く掻かれる。お?嫉妬か?愛いやつめ愛いやつめ。実際、最推しと会話できるだけで限界近いものはあるけど。

 

「………そう、ですね。確かに、スバルくんのような人は珍しいです」

 

 鏡に映った下姉様が、戸惑うような表情を浮かべている。まだ迷っているのだろう。彼がこの屋敷にとって……というか、僕にとって、害か益か。

 

 ………うん。釘を刺しておこうか。

 

「下姉様。スバルは、多分いいやつだよ」

 

 まだ、スバル君は知らない。このロズワール邸でもつれにもつれた、様々な事情を。

 

 だから、せめて。楽しく、楽しく。

 

 表面上のロズワール邸を、偽りを本当と認識したまま、幸せな記憶として残してもらおう。思い出の中で、理想として。何も知らない無知なナツキ・スバルを、せめてこの四日間だけは、幸せに。

 

「……そうですね。流しますよ」

 

 返答は軽く。合図と共に、桶から返されたお湯が髪についた泡を流して行く。

 

 ()()の泡が排水へと流れていき、そのまま消えて。

 

 髪を洗い終わった目の前の鏡に写ったのは、染料を落として輝く白金の髪を持つ、絶世の美女のような姿の自分だった。

 

 




 下姉様イライラカウンター 14
 リルとハイタッチ 1
 リルの料理について言及する 7
 単純にスバルが家事下手 1
 リルと楽しそうに会話している 5

 下姉様イライラカウンターについて多くの意見をいただきましたが、あくまでカウンターは『それぞれの話ごとのカウント』です。
 累計にしたら
 ・リルの魔女の臭いが濃くなっている 2京
 になってきて桁が変わります。

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