目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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はっ、いけない。ロットなるものを乱してはいけないんでした。

筆が乗らないので、文字数若干少なめです。まぁ、特大愉悦だから許して。


カオカタツラメカンジョウダブルユエツザイアクカンマシマシ

 

 

「お客様、お加減の悪い様子ですが、大丈夫ですか?」

「お客様、お腹痛そうだけど、まさか漏らしちゃった?」

「お客様、顔、かなり変になってるけど元々?」

 

 俯くスバルに、かけられる声。煩わしくて。安心して、信頼を寄せた声。短くとも、聴き慣れていた声が。

 

 全く別の響きで以て、スバルの鼓膜を残酷に焼く。

 

 どうして。どうして、こんなことになったのだ。

 

 死ぬ要素なんてなかった。なかった、はずなのに。

 

 不意に。

 

「───え?」

 

「……お前は、何か」

 

 呼吸が整わず、冷静な思考を欠いたせいだ。

 

 体が、突発的に動いた。

 

「何か、覚えてないのか、リル……?」

 

 希望を、見出そうとしてしまった。

 

 伸ばされていたメイドの。一番親しい紫髪のメイドの両手(・・)を。包み込むように、スバル自身の意思もほとんどなしに、掴んだ。

 

 ────しまった。

 

 自分の行動を認識した途端、はっきりとそう思った。

 

 これでは、王都での三周目の焼き増しだ。少年は、初対面の相手からの接触を極度に嫌がる。振り払われないうちに、離さなければ。また、あの冷たい目で見下ろされてしまう。

 

 そう思っているのに。

 

「……なぁ、リル……ほんとに、何も覚えてねぇのか?」

 

 手は、より一層強く少年の手を握り、口は相手にとって意味不明な戯言を吐き出す。

 

 縋るように。僅かな願いをかけて、問いかける。

 

 ………失ったロズワール邸での四日間の記憶は、スバルにとってはあまりにも大きすぎた。

 

 異世界に召喚され、右も左も分からないスバルを受け入れてくれた、温かな家。優しい使用人達。その記憶が鮮烈すぎて。

 

 あまりにも鮮やかに、記憶に残ったものだから。……それをどうしても、忘れられなくて。スバルの独りよがりな思い出になるだなんてことを、どうしても。認められなかった。

 

 ………だが。

 

 それでもこの手は、きっと拒絶される。いつかのように、冷たくあしらわれて。暴力を振るわれて。そうしてスバルは、現実を知るのだ。

 

 あの思い出が、二度と蘇らないという現実を───

 

何言ってるの(・・・・・・)、スバル。ちゃんと覚えてるよ(・・・・・)

 

「………ぇ?」

 

 その声は、まるで天使が齎した福音のようだった。

 

 スバルが求めていた言葉。スバルが心の奥底で願っていた、都合の良い理想。

 

 スバルという、その馴染みのある呼び方。

 

 まさか。まさか。

 

 そんなことが。そんな都合の良いことが、あるのか。

 

 だが。それを体現するような言葉に。呼び方に。いつまで経っても振り払われる気配のない、その掌に。

 

 スバルは。

 

 

「まさか、リル。お前──」

 

 

ギザ十とレモム汁を交換しあった仲だもんね?

 

 

 そんな幻想が、起こり得ないことを知った。

 

 希望は打ち砕かれ、絶望が思考を染め上げる。

 

 なんの屈託もなく、ただ事実を思い出すような口ぶりが。毒舌でも冗談でもなんでもなく。恐慌するスバルを安心させようと、微笑むその笑みが。

 

 スバルを、どうしようもない絶望へと追いやっていく。

 

 一度見せられた希望が、ハリボテだったかのように、あるいは蜃気楼のように消えて無くなって。

 

 痛みによって現実を見ることも許されず。スバルの精神は、優しさという毒に犯されていく。

 

 胸の内が抉られていくような喪失感。鼻の奥に込み上げる、視界を歪めるその熱いものを。ついに、スバルは抑えきれなくなった。

 

「───っ!!」

 

「す、スバル!?」

 

 投げるようにして自分から掴んだ手を無理やり振り払ったスバルは、ドアノブに手をかけて外へ飛び出した。

 

 双子のメイドの制止は、スバルが戸を開けるよりも少しだけ遅かった。

 

 それでいい。こんな、情けない涙を。痛すぎて、燻り続ける熱い感情の塊を。見られてしまうくらいなら。

 

 走って、走って。長い廊下。冷たい裸足の感覚。それらを猛然と駆け抜ける。目的も定まらず、ただ逃げるように走って。

 

 ようやく覚え始めていたロズワール邸の、目に止まった扉に手をかける。

 

 ──広がる、大量の書架が並ぶ禁書庫。その入り口で、扉を閉めたスバルは、完全に座り込んだ。

 

───そりゃあ、ねぇよ……

 

 静謐な室内と乾いた紙の匂いが、浅い呼吸を繰り返しながら泣くスバルにとっての、数少ない救いだった。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 うぇっひぇっひぇ………あばびゃはぁ………

 

 んふふふふふふふ。

 

 ……………ふひぇっ。

 

 だ、駄目だ………まだ笑うな……こらえるんだ……

 

 し……しかし………

 

 んふっ。

 

 ふふふへへへ……

 

 あぁぁぁ!!!スバル君!!愛してる!!!やっぱり期待に応えてくれるスバル君!!大好き!!!好き!!!!!!!!!

 

 いやぁ、いろいろ積み重ねてきた甲斐がありましたね。

 

 どうも。努力は成功への近道だと改めて再確認、僕です!!

 

 スバル君を散々幸せな目に遭わせ、下積みを重ね、綿密に準備した計画。大成功!!

 

 僕だ!!

 

 基本中の基本、上げて落とすを思いつきで実践してみたけど、破壊力が半端じゃない。脳髄が焼き切れるほど興奮した。

 

 いっそ怖いくらいの多幸感。脳から快楽物質がドバドバ出て、脳内が熱で溶けてしまいそうだ。

 

 愉悦ッッッッ!!

 

 んへへ。でもまぁ、メインディッシュはまだまだ先だからね……まさかオードブルでここまでお腹を膨らまさせられるとは思わなかった。………恐るべしスバル君。

 

 ───ちょっと深呼吸。息切れしそう。

 

 

 深呼吸。深呼吸。…………ふぅ。

 

 

 …………さぁて。

 

 

「………あの男。殺しますね」

 

「………レム、まだ、まだ堪えなさい。やるならお客人としての待遇が終わって、他人の目がないところで、よ」

 

 これ、どうしようかな。

 

 

 姉様方ガチ切れしてらっしゃる……しかもキレやすい下姉様だけじゃなく、上姉様ももれなく殺意マシマシだ。

 

 ……この部屋だけ気圧違くね?

 

 それぞれの得物を取り出し、ワナワナと震える両姉様。まるで飢えた肉食獣の檻だ。この中に草食獣(スバル)を持ち込んだら、確実に肉片ひとつ残らないだろう。

 

 てか、そもそもスバル君が僕の右手を触ったから悪いんだよね。

 

 多分感情の方が大きすぎて気付いてないとは思うんだけど、僕の右手は木製の義手だ。今は陰魔法でそれっぽく誤魔化しているが、触れれば感触で一発バレするだろう。

 

 ついでに、姉様の数多い逆鱗でもあります。なんでひとつじゃないんですかねぇ……

 

「姉様!す、スバルも混乱してただけで……リルは気にしてないから。抑えて、抑えて」

 

 今殺されると大変マズイ事態になるので、姉様の腕を掴んで止めようと………

 

「リル。今回はいくらなんでも聞けません。………あの人が起きた瞬間、リルの魔女の臭いが強くなったんです。魔女教の関係者と見て、まず間違いないでしょう。今すぐ殺すべきです」

 

「……ラムもそう思うわ。魔女教関係者じゃなくとも殺すべきよ。今すぐとは言わないわ。隙をついて、数秒でカタをつけて処分すれば良い」

 

 ひええ!!!いつものが通じねぇ!!こら!杖とモーニングスターを出すんじゃない!ポイしなさい!ポイ!

 

 くそっ!使いたくなかったけど盾二つ目!ヘイ!都合がいい時のロズワール!

 

「上姉様!下姉様!スバルはあれでもエミリア様……つまりロズワール様の恩人です!それに手を出すのは、ロズワール様の顔に泥を塗るのと同じでしょう!?」

 

「………そうね。確かに、そうだわ。不本意極まりないけど。ロズワール様からは歓待しろと言われているものね」

 

 なんとか落ち着く上姉様。だが、その言葉の節々からは怒りと殺意が湧き出ている。スバル君がちょっとでも余計なことをしたら数秒で首が飛ぶだろう。

 

 だが、下姉様はその理屈では納得しない。そもそも下姉様は、上姉様ほどロズワールに対する忠誠が篤いとはいえない。なんとか自分を納得させようとしているようだが、それでも抑えきれていない感じだ。

 

 ふええ、怖いよう。

 

「下姉様。エミリア様の時にリルは言ったはずです!魔女の臭いが理由でスバルを殺すなら、リルを先に殺してください!」

 

「そういう問題じゃありません!エミリア様は、まだよかった!でも!あの男がリルの近くにいるだけで、レムは、気がどうにかなってしまいそうで……!あんな気安く、リルの手に……!」

 

 うぐっ。まぁ、スバル君の対応が悪いのは確かだったけども。

 

 …………最後の切り札、切るかぁ。

 

 えい、くらえ。抱きつき攻撃。

 

「──リル?」

 

「………下姉様。お願いですから、いつもの姉様に戻ってください。……リルは、下姉様が本当にスバルを殺したいなら、それでもいいと思います。リルの一番は、ずっと上姉様と下姉様です」

 

 ぎゅっと。義手の方はあまり強くせず、左手で細い下姉様の体を抱く。いつもあやすような優しさではなく、強く意思を持った抱擁だ。

 

「でも。今の下姉様は、冷静じゃありません。リルは、そんな下姉様が好きじゃないです。そんな状態の姉様に、スバルを殺すと言われても……リルが大好きな下姉様じゃないなら、リルは困ってしまいます……」

 

 ぐっ。身長届かん。若干背伸びしないと胸で窒息する。体勢キッツ。

 

「お願い……姉様………いつもの姉様に、戻って……」

 

「………リル」

 

 今度は、少しだけ柔らかくなった声を出す下姉様。油断はしない。おらっ!大人しく抱きつかれろ!!なんか抱き上げられてるみたいな構図になってるのは気にしたら殺すぞ!!

 

「………リル。落ち着きました。……離してください」

 

「………落ち着いた?本当に?」

 

「はい。……すみません。またリルに、迷惑をかけてしまいました」

 

 ホントに落ち着いたな?本当の本当だな?今度こそ本当の本当だな?手を離した瞬間スバル君に駆け出してくとかないよな?

 

 体勢がキツかったものあり、拘束を軽く解く。

 

 ふぅ。疲れた。

 

「姉様に尽くすのを、リルは迷惑だなんて一度も思ったことないよ。むしろ、リルは姉様方に甘えすぎじゃないかって、心配になるくらいで」

 

「そんなことはないです!」

 

「えぇ、そんなことはないわ」

 

 ダブルカウンター。愛されてるなぁ、僕。

 

「………それで。スバルのことは、どうですか?」

 

「……………お客様として扱います。少なくとも、話はそこからです」

 

「そうね。リルの腕に触れたことは度し難いけど、仕方ないわ」

 

 嘆息する姉様方。

 

 丸く収まった……だろうか。

 

「───ぐっ……」

 

 いや、そんなことねぇわ。下姉様、めっちゃ下唇噛みしめてる。

 

 拳もとんでもない強さで握りしめられていて、物が握られていたならなんだろうとポッキリ折れるか砕けるかしていただろう。スバル君に制裁できなくてものすごく悔しそう。

 

 ……まぁ、これで突発的にスバル君を殺すことはない……………かな?ないよね?

 

 なんとかなった気がする。

 

 うん、そんな気がするので。

 

「じゃあ、リルはスバルを探してくるね。……臭いの件については、また後でお話ししよう?」

 

 逃げるようにして部屋を出る。

 

 ………とりあえず、次はあのスバルを癒せる存在が必要だ。

 

 エミリア様を呼んでこよう。師匠にある程度慰められるだろうし、そこで持ち直すだろう。

 

 さて。二回目の一日目、始めますかね。

 

 

 




 下姉様イライラカウンター 一垓

・リルの右手に触れる。そしてあろうことかそれを振り払う。

 限界突破。リルが止めてなきゃ殺してる。

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