https://twitter.com/VJ16B44OUNjzRRn/status/1324692700025647104
鶏さんさんの書いてくださったリル君。執事服に目をつけるとは……できるな。
https://twitter.com/Alan58896969/status/1325238153196654593
Alanさんの書いてくださったリル君。なんやこのクオリティ!?難しいハーフアップを完全再現とは……天才じゃったか……!
目が覚めたら美少女が起こしに来てくれる主人公は勝ち組だと、聞いたことがある。幼なじみでツンケンしていようが、朝起こしに来てくれる異性がいる時点で勝ち組だろうと、面倒臭そうに対応する主人公に対してよくボヤいたものだ。
そして。イン、異世界。
「…………これは………どっちだ!?」
自分の手を握ったまま、ベッドに倒れ込んでグースカと眠りこける美少女、擬き。白金の髪が朝日に煌めくその姿は、ぶっちゃけ誰が見ても美しいことだけは間違えようがなかった。男だけど。
一晩中着替えていなかったのか、あるいは着替えて二度寝をしたのか。服は例の如く改造メイド服。ギャルゲーなら幼馴染の設定に何かしらの注釈が入っているところだ。
「…………これは七割勝ち、ということでいいんじゃなかろうか!!」
数分の迷いの末、そう結論づける。一割は別に起こして貰っていないこと、もう一割は幼馴染ではないこと、あと一割は性別だ。
「………無事、四周目で二日目の朝、か」
スバルが丸一日寝こけていたという線がないのなら、恐らくそうなる。周囲にラムやレムがいないことから、死に戻った可能性もない。
………となるとますます、三周目の死因がわからなくなってきた。
ただ。こうやってスバルが眠れたのも、安心して朝目覚めることができたのも。リルのおかげであることは間違いない。その手から伝わってくる温もりが、眠っている間もスバルの心を解してくれたのだ。
「…………にしても。よくもまぁ気持ちよさそうに寝こけやがって……」
スバルの足元あたりで手を握りながら眠るリルは、本当に気持ちよさそうに眠っている。口端から涎か鼻提灯のエフェクトが似合いそうな爆睡っぷりだ。実際は目元が隠れていようとそんなものとは程遠い神秘性すら感じさせる寝顔だが、本人の性格を知っていると残念さを足したくなる。
そのプニプニとしていそうなほっぺたを突きながら、スバルはメイドを起こしにかかる。
「おーい、リルさーん。朝だぞ〜勤務時間だぞ〜」
「うっ………朝通勤………体を溶かす日光……昨日残した負債……無茶振りをする上司……」
勤務時間の一言を出しただけで、ものの見事にメイドの表情が寝苦しくなったかのような、魘される類のものに変わる。口端から出る単語は、異世界でも変わらない社会人の闇を感じさせ……
「リルは……持病の心臓麻痺で休みます……」
「ダウトぉぉ!!下手か!?嘘が下手か!?そこは高熱くらいにしとけよ!!そして起きてるよなお前!?」
「スバル、しーっ。まだ朝早いんだから。早寝遅寝の上姉様が起きちゃうでしょ」
「誰のせいだと思ってんの!?そして安定の上姉様は一日中寝てるよなそれ!怠惰っぷりとお前らの甘やかし加減が伝わってくるよおはよう!」
「はいおはよう。朝から元気だね」
言いたいこととツッコミを片端から言い切って、目覚まし代わりのやりとりが終了。恒例のラジオ体操の何倍ものカロリーを消費し、荒くなった息を繰り返しの深呼吸で元に戻す。
なんで朝からこんなことをしているのか。と嘆息。ついでに男との朝の挨拶に少しだけ嬉しくなってしまった自分への自己嫌悪の溜息でもある。
「よく寝れた?まるで魔女の祠を浄化するためにボルカニカが吐いたブレスを浴びた魔獣の背中に寄生する花の一輪に止まった虫みたいな寝息だったけど」
「素直に虫の息って言えよ……って、それ悪口だし俺死にかけてない?いつの間にか呪われてた?なぁ、なぁってば」
最重要事項を尋ねるスバルを無視して、大きく一つ欠伸をしたリル。その姿からは気品のかけらも感じられない。黙っていれば見た目ただの美少女なのに。黙っていれば。
「──とりあえず、スバル。朝起きたんだし、付き合ってよ」
「付き合うって、どこに?」
「ロズワール邸のお庭。いくらスバルを守る契約とはいえ、庭の手入れはリルか下姉様しかできないから。一緒に行けば万事解決、というわけだよ」
ピン、と人差し指を立てられる。特に断る理由もないので、寝巻きからジャージに着替えて外へと向かった。
春の陽気なのか秋の兆しなのか、少しだけ暖かい外は、暑いのが嫌いで寒いのが苦手なスバルにとってはちょうどいい気温だ。体に朝日を浴びて、改めて一日を生き残ったのだという実感が湧いてくる。
「にしても、わざわざ外に連れ出さなくてもいいと思うんだけど。こんなことしなくても俺、室内で待ってるよ?」
と、言っても。残念ながら庭にはあまりいい思い出がないスバル。光景に今更のデジャヴとほんの少しだけ恐怖を覚えながら、メイドへの不満を漏らした。
「あ、エミリア様」
「ありがとうございますリル様っ!!」
庭に備え付けられた休憩所らしき場所に座る銀髪美少女の姿を捉えて前言撤回。回転する手首。全力で頭を下げて、ほんの少し期待の目線を向けて。メイドが肩を竦めたのを合図に、そのままエミリアへと駆けていく。
「お、お、おはよう、エミリアたん!」
「あ。おはよう、スバル。リルも一緒なんだ。昨日はよく眠れた?」
絵になるエミリアの微笑。昨日の夜の話もあってかスバルの胸に熱いものが飛来し、ほんの少しだけ言葉が詰まった。
「おう、ばっちし快眠だよ!なんか寝てる時虫の息だったらしいけど今日も今日とて君のために起きて来たのさ!」
「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない」
困った風にエミリアが苦笑い。そのやりとりも、たった二日前にしたはずなのにどこか懐かしい。昨日という一日がスバルの中で濃密なものだったのだと再確認させられるようだ。
「リルもおはよう。スバルのこと、今日もお願いね」
「承知いたしました、エミリア様」
スバルへの対応とは打って変わって、丁寧にお辞儀をする紫のメイド。明らかな待遇の違いと、ついでにスバルの扱いに不満を持たざるを得ない。
「あれか?俺はエミリアたんの中で手間のかかる弟扱いなの?」
「うーん。私、こんな弟はいらないかな」
「リルも要りません」
「おいこらそこ!そう答えるのがわかってたから訊かなかったんだよ!ダブルカウンターで俺のガラスの心はボロボロだぜ……」
「ガラス?砂の間違いじゃなく?」
「まさかの粉末タイプ!?」
原料に戻って耐水性すら無くなってしまったスバルの心。せめて砂岩であって欲しかったと嘆く。
そんなスバルとリルのやりとりを見たエミリアは、どこか眩しそうに目を細める。
「……スバル、ほんとにリルと仲が良いのね。昨日の義手のこともそうだし」
「エミリア様、不躾ながらエミリア様の勘違いかと」
「速攻否定とか容赦なしかお前。まぁ、かなり仲良くはやってるよ……ラムとレムにゃ、負担かけちまって申し訳なく思ってるけど……」
「ううん。レムはわからないけど、ラムは良い兆候だって言ってたもの。リル、こう見えてお友達がいないから、屋敷以外の人と接するのはいいことだって」
「ふぐっ!」
恐らく何の悪気もなく繰り出された言葉。だがしかし、それは無慈悲にも傍に立つメイドの心を大きく抉ったらしく、大変表現し難いくらい苦い表情をなさっていた。相手が相手なだけに、反論したくとも反論できないもどかしさと共に口をパクパクさせている。
なんというか、意外な弱点だ。リルがエミリアに弱いとは。
「──エミリア様だって一緒の癖に」
「本音が漏れたぞ本音が」
「え?今何か……」
近くにいるスバルにしか聞こえない音量で放たれたド直球の暴言。いつものような悪意のある表現ではなく、単純で純粋な純度100%の暴言だ。
もしかしてキレていらっしゃるのか。
「いえ、なんでも。では、リルは庭のお手入れをしてきますので」
先程の優雅な礼とは違い、会釈程度で済ませて庭仕事に移るリル。声もいつもの三割増しで冷たい。態度の違いが分かり易すぎる。
1.5倍速くらいの速度で庭へと早歩きするリルに、エミリアは困惑顔。なるほど、天然が天敵かと勝手に納得する。
「よし、じゃあ取り残された俺らはちょっくらトークと洒落込もうぜ!」
「いいけど。私、微精霊達との日課があるからそんなに構ってあげられないわよ?」
「いいのいいの。俺はその間、エミリアたんの綺麗な横顔を堪能することにするよ!」
「はいはい、ほんとに、ちょっとしか構えないんだからね?」
スバルなりの全力口説き文句もすげなく躱され、しかしエミリアはそうでなければという気もして。満足気にするスバルを、不思議そうに見るエミリア。
綺麗な庭で、隣には大切に想う女の子が座っている。視界の端では頼りになるメイドが無心で庭仕事に徹してくれている。
舞い込んできたこれ以上ないシチュエーションに、スバルは久しぶりにリラックスしながら、短い朝の逢瀬を楽しむのだった。
そこからの二日は、まさにあっという間という言葉が似合う毎日だった。朝はリルと庭に赴き、日課をこなすエミリアとリルと行動を共に。
日中はここぞとばかりに怠けるリルを側に文字を勉強し、たまに差し入れを持ってくる上姉メイドと息抜き。三食規則正しい食事をして、夜には欠片も慣れない風呂にリルと二人で入り、そして寝るのサイクルが、この二日で定着した。
あまりにもぐうたら過ぎる無気力生活で情けなくなる限りだが、そのおかげというべきか。屋敷に来てからの三日間。スバルの身に危険らしい危険は襲ったことがなかった。
五日目。四日目の夜。スバルが願ったのは、その夜を超えること。そのために、スバルは今までの全てを生贄にして。それでなお、生きたいと願った。
そしてその願いは、もしかすれば叶うのではないかという希望がスバルの中で芽生え始めていた。
根拠は、残念ながらない。ただ、ずっと側にいて、懸命に自分を守ろうとしてくれているリルがいるのなら。或いは、と。
それは、儚い理想なのかもしれない。全くの見当違いの予感なのかもしれない。
それでも。スバルはリルを信じることに決めた。ここに至るまで、きっともっと良い方法はあるだろう。もっと効率の良い手段も、あるかもしれない。
だが、そうだとしても──
「スバル、行くよ?」
「…………はい?」
突然。机に向かってセンチメンタルな気持ちに浸っていたスバルは、出かける気満々と言った風貌のリルに声をかけられた。
思わずオウム返しをすると、何故か億劫そうに溜息をつかれる。
「だから。下姉様が忙しくて手が空いてるのがリルだけで。村に買い出しに行かなくちゃならないから、ついてきてって」
「初耳だよ!?」
驚嘆するスバルを他所に、リルは目線に早く準備して的な意図を含ませてこちらを見てくる。拒否権はない、というような傲慢さは、どこか彼の上の姉を思わせる。
「………どうしても、行かなきゃダメか?明日とかでも……」
「どうしても、今日中に。スバルを置いていくわけには行かないから、ついてきて」
強い口調で窘められ、リルの甘さに少しだけ期待していたスバルの抵抗は否定される。
二周で、四日目の昼にロズワール邸から最も近いアーラム村に買い出しで赴かねばならないことは、スバルとてわかっていた。だが、今回はレムかラムが行ってくれるものと思い込んでいたから、予想は裏切られる形になった。
どうして、今日なのか。明日であるならば、明日行けるのならば。スバルはきっと、楽しむことすら出来ただろうに。今日までに限っては襲撃者に襲われるリスクを増やすイベントでしかない。
やはり、上手く言って断ろう。
そう思った矢先。
「スバル。リルのこと、信じられない?」
上目遣いに。目の前にいたリルに両手を握られて、そんな言葉を言われてしまう。
なんと、卑怯なのか。その言葉をスバルが裏切れるはずがないと。リルは、わかってやっている。
「───だぁぁぁ!!わかった!わかったよ!行きゃあいいんだろ!行きゃあ!」
投げやりに、降参の意味を込めて立ち上がる。生憎と、スバルはもうリルを信じると決めてしまっているのだ。一蓮托生。ここでリルと別れることこそ、スバルの生存率を下げることに他ならない。
「よし!じゃあ早速出発!荷物はリルが持ったげるから、付き添いってことで!」
付き添いなんて、それこそスバルが行く意味が全くと言っていいほど感じられないが。
どうして、わかってくれないのか。
この四日では感じることのなかった、ある種の孤独感がスバルの中で再燃する。信じられるこの少年もまた。スバルのことを完全に理解してくれているのではないのだと。そう思い込んで、少しだけ苛立ちを覚えて。
エミリア達に送り出されたスバルは、リルに先導されながらアーラム村へと向かった。
──スバルにとって、その村を訪れるのは三回目のことだった。
辺境伯の立場にあるロズワールの領地である村落。規模は小さめで、人口はおよそ二百といったところだ。ぐるりと一周するのにもさほど時間がかからないであろう規模の村に、ロズワール邸のメイドは定期的に買い出しに来る。
一、二周目と共に生意気な子供達に絡まれまくったスバル。今回も恐らくそうなり、リルの買い物を待つのだろうと。そんな諦めに似た悟りを抱いていた。
が。どうやら今回は、そういうわけにもいかないらしい。
「はい、これ」
スバルはリルから一枚の紙を手渡され、恐らく八百屋にあたるであろう店の前に立たされていた。店先にはいくつかの野菜や果物がごろごろと並べられている。王都での一日目を思わせる光景だ。
「………ナニコレ?」
「お使い!はい、行ってきて!」
満面の笑みで返され、スバルとしては引きつった顔をせざるを得ない。渡した本人はそのままニコニコと笑い、有無を言わせぬ雰囲気でとっとと行け的なオーラを発している。
確かに紙には綺麗な文字で様々な果物や野菜などの名前が書かれていて、単なるお使いのメモらしいことがわかる。
「すばるー?」「おつかいー?」
「ぱしりだー」「こき使われてるー」
「うるっせぇなジャリンコ共!これはあくまで厚意でやってんだぞ!パシリじゃねぇよ!」
首を巡らせて、スバルは背後……自分の背中やら頭やらにしがみつく、複数の小さな影に軽く怒鳴る。村に着くや否や、スバルに絡んできた七人の子供たちだ。背中だけでなく、腰やら足やらにもまとわりついてきて、鬱陶しいことこの上ない。
どうしてか、どれだけ行動を変えたとしても子供に絡まれることだけは変わらないらしい。何度も絡まれたせいか、もうそれぞれの名前も覚えてしまった。
重い体をなんとか動かして店主への一歩を踏み出す。乗っかっているスバルが動くたびキャーキャーと楽しそうに喚く子供達を無視し、スバルは笑いを堪えきれていない店主に向き合う。
「えっと。ぴーまん……じゃなく、ピーマル八つ。れもん……レモム二つと、これは……普通に芋か。それを六つ下さい」
「おう、毎度!悪いね、兄ちゃん。そいつらまだ遊び盛りでよ!客人が珍しいんだ!」
「いやいや。まぁ、こんなんチョロいもんっすよ。なんなら、人気でちょっと嬉しいくらいのもんで」
「何言ってんだー?」「かんしゃしろー」
「嬉しいならお礼を言え〜」
「お前らどこでそんなボキャ増やしてくんの!?恩着せがましすぎるだろ!?」
ガハハ、と豪胆に笑う店主。だが、そこはプロというべきか。手早くスバルが持っていた籠に野菜と果物を詰めていき、スバルに手渡す。
「んじゃ、ピーマルが四つで銅貨二枚。レモムが銅貨三枚。芋は一個で銅貨二枚だ!さて、合計はいくらだ?」
「銅貨二十二枚だ。流石にそんくらいはわかるよ、おっちゃん。……って、これって銀貨二枚と銅貨二枚でよかったりする?」
「残念だが、今の比率じゃ銀貨一枚は銅貨八枚分だな」
「つまり銀貨二枚と銅貨六枚か。ほい、これで大丈夫?」
「おう、やるな兄ちゃん!毎度!」
リルから渡された財布がわりの巾着から銀と銅の硬貨をそれぞれ取り出して手渡す。どうやら計算は間違っていなかったようで、店主は愛想のいい挨拶と共に籠と交換してくれた。
世間知らずな子供。そんな扱いを受けた気がして、少しばかりプライドが傷つきながらも事実なので口に出さず籠を受け取る。そのまま子供たちを引きずってリルのところへ戻った。
「うぉぉ……これで、いいか!?」
「うん。大丈夫。じゃあ次。あの香辛料屋さんでこれらを買ってきて」
「ネクストミッション!?」
籠と引き換えに更なるメモを渡され、なんのつもりかとリルを見る。だが、再びいいからいいからと言わんばかりの笑みを浮かべられ、子供たちと共に店を訪ねる。
「すいません。ぺっぱ……二袋と、ソルテ、シュガー…砂糖だけそのままなのか。を、それぞれ一袋ずつ。あと……」
メモに書かれた最後の一つの文字が読めずに、こんな文字があったかと思考をめぐらせる。だが、答えは思わぬところから得られた。
「なんだこれ」「なにこれー」
「ビネなんとか!」「ビネギー!」
「ビネギー!酢か!それの小瓶も一つ!」
子供たちの助言で解明した調味料を頼むと、店主らしい老年の女性は微笑ましいものを見るように笑ってそれぞれを用意し、また同じように合計の金額を尋ねてくる。
それに正解してリルの元へ戻ると、更なる紙を渡され。それを終えると、さらにもう一度紙を渡されて、別の店へと向かわさせられる。そしてその度に同じようなやりとりを繰り返して、お使いをクリアしていった。
「これで……どうじゃぁぁぁ!!」
「うん。これで全部だよ。お見事!」
「お疲れー」「できて当然だー」
「俺らのおかげー」「おめでとー」
最後に訪れた肉屋の肉をリルに納品して、ようやく合格を表す拍手が送られた。それに伴って子供たちもそれぞれヤジを飛ばし、なんだかんだとスバルを称賛してくれる。
「おう、あんがとよテメェら!特にペトラ。助かったわ」
途中、わからない文字を何個か教えてくれたリボンの少女の頭を撫でる。少女は少し照れながらも、笑って身を任せてくれた。
「んで?弟さんよ。結局これ、なんだったわけ?たまにイ文字じゃなくロ文字の混ざった引っかけ問題があったのはどゆこと?」
「あ、バレた?」
「流石にな。見覚えがなさすぎるの何個かあったから」
買い物の途中で悩んで考えてはみたものの、結局結論は出なかった。こんなことをさせて、リルは一体、スバルに何をさせたかったというのか。
「スバル。ちゃんとお使いできたでしょ?なんていうんだろう。成果、みたいなの。それを実感して欲しくて」
「成果って。別に俺、特に何かした覚えないんだけど───」
「そのお使いの紙。ほとんどイ文字で書かれてたのに?」
そう言われて、初めて気がついた。
イ文字が、読めるようになっている。少なくとも、お使いのメモが読める程度には。
『バルスの読み書きができなければ買い物を任せることもできないし、用件の書き置きもできないもの』
イ文字を学んで、買い物をする。それは、スバルにこの世界の文字を教えたラムが最初に設定した目標の一つだった。
四周目の初日。スバルがリルに頼ることを決めて。諦めて、投げ捨てたはずの。屋敷での日々の思い出の。その一幕。
捨てたはずだったのに。逃げ出したはずだったのに。無意識に続けていた、約束。
「スバル。スバルは、止まってなんかないよ」
「……………止まって……ない…?」
「スバルは一度は逃げたかもしれない。捨てたのかもしれない。でも今は、こうして立ってる。こうやって前を向いて走ってる。新しく、得たものがある」
何を、言っているのか。
そんなはずはない。そんなことはあってはならない。
だって。スバルは、諦めた。あの穏やかな日々を取り戻すことを諦めて。
自分の死にたくないという願いを叶えるがために。それらの日々を犠牲にして。その上で、リルという存在を。自らの生存を。掴み取ったはずで。
でも。この世界でお使いをするだなんてことは、一周目と二周目のスバルには、絶対にできないことだ。新しく。この周になってできるようになったこと。
「逃げ出せたと思った?放り投げたと思った?それでも、スバルは前に進んでるんだ。怠惰に過ごしてなんてない。ゆっくりでも、ちゃんと成長してるってわかったでしょ?」
「───あぁぁ……!!お前、お前はっ!ほんとに、お前っ!!」
悪戯っぽく舌を出すリルに、スバルは自分が今まで何をさせられていたかを悟る。
スバルは、最初の日に投げ捨ててしまったものを、ずっと回収させられていたのだ。
『……逃げたい……もう、辛い思いなんてしたくない……失いたくなんてない……!失うくらいなら、何も得たくない……!………死にたく、ない!』
あの願いを口にして、溢して、落としてしまったもの。屋敷での日々を。得られなかったものたちを。
あの日スバルが恐怖に怯え、捨ててしまった全てを、リルはスバル自身に拾い集めさせて。たった今、その事実をスバルに知らしめたのだ。
屋敷での日常を、過ごさせることで。屋敷での成長を、勉強という形で促すことで。屋敷での思い出を、スバルと一緒に作ることで。
全くの予想で。絶対に知ることの出来ないはずの事実を。完璧な推測で、完全な予想で、その記憶の穴を、補って。
スバルが失ったものを、自然に取り戻させた。
泣きそうになりながら声を出して、リルの肩を掴む。そうしないと、今にも泣き出してしまいそうだった。
目の前のメイドの心遣いが。気配りが。そして、無くしてしまったはずの物が無くなっていなかったことが。こんなにも、嬉しくて。
「たとえ遅くても、わからなくてもいい。一歩ずつ、他人の力を借りてもいいから。自分の歩調で、前に進んで、歩んで行こう?」
「───ぁ………」
いつかのように。頭を抱かれて、優しい口調で、そんなことを言われてしまったから。
スバルの目の奥から込み上げる熱い液体が、ついに隠しきれずに目から涙となってこぼれ出す。
「スバル、泣いてる」「スバル、悲しい?」
「スバル、情けねー!」
「スバル、弱虫〜!」
「だって。弱虫泣き虫スバル君?」
「ばっ、違ぇ……これは、その……あれだ!目にその……ゴミつっうか……塩が入って……汁が……」
誤魔化そうにも、その液体は次から次へとこみ上げて、スバルの頬と地面を濡らしていく。何度拭こうとしても、鼻水が出てくるくらいに涙がこみ上げて。
子供たちに見られたまま。恥ずかしいやら何やらで。スバルはたっぷり五分ほど、大粒の涙をこぼし続けたのだった。
それから、村で子供たちと適当に話して別れて。
夜。
ついに迎えた、四日目の夜を。スバルは、一周目に勝るとも劣らないほどリラックスした状態で迎えていた。
「くそっ。もう、お前に泣かされまくって涙なんて出ねぇよ。どんだけ人泣かせるつもりだよ、お前」
「ふふん。相手の要求に応えるのがメイドの心得だけどね。相手の本当の欲求を察して動いてこその、一流なんだよ」
「………なんでお前、女じゃねぇの?女だったら惚れてたよ、畜生」
「いい男だし、今でも惚れてるでしょ?」
「俺はエミリアたん一筋なんだけど、馬鹿にできねぇな。ホント。男としちゃ惚れ惚れしてるよ」
リルに手を握られながら、暗闇の中で軽口を叩く。本当の意味で信頼した相手に手を握られることの、なんと心強いことか。
これでスバルが死ぬのだとしたら、もうそれはどうにもならないことのような。そんな予感さえ湧いてくる。
「───なぁ、リル。俺明日、ロズワールに頼んでみるよ。ここで、使用人として俺を雇ってくれって」
「………そう。ならリルの部下だね。しっかりこき使ってあげるから、覚悟しなよ?」
「あぁ。こんな弱虫野郎でいいなら、存分にこき使ってくれ。……だから。今夜を頼むぜ、相棒」
「───任せて」
再び握り直されたその手に、深い愛情と信頼の繋がりを感じる。
眠ってはいけないはずなのに。安堵が襲ってきて、泣いたことの疲れが、スバルを眠りへと誘う。
「ぁぁ……くそ……結局、頼りきりかよ……」
「いいよ。契約だもの。スバルのことは、リルが守ってあげる」
意識が、どんどん暗転していく。焦点が定まらなくなり、視界がぼやけて、暗闇に飲み込まれていく。
「おやすみ、スバル」
「………悪ぃ、頼む……」
ぐるぐると、まるで回るような視界の中。手に握った温かさだけが、スバルを現実へと最後まで繋ぎ止めて。
「──リルの命に代えても、守ってみせるよ」
そんな決意の言葉を耳に届けて。
スバルの意識は、まるで蕩けるように落ちていった。
朝起きるのは、水の底から水面に浮き出るのと似ている。
そう表現するのは、これで三回目だ。
「あ────」
思わず。目が覚めた瞬間、スバルの口から間抜けな声が出た。
瞼を焼く眩い光。照る朝日のもたらす温度が、余りにも驚きを誘うものであったから。
周囲を見渡す。双子のメイドは………いない。いるのは、片手をスバルの手と合わせて、ベッドに顔を突っ伏している紫髪のメイドだけ。
確かめるように。スバルの体は、自然と外へと向く。当然のように、そこには青空と、光る曙が映し出されていた。
「───越え………た!?」
信じられない。その結果が、あまりにも呆気なさすぎて。スバルは、茫然とベッドの上でへたり込んだ。
諦め切って。絶望し切ったはずの五日目の朝を。心のどこかで諦めていて、存在すら疑っていた五日目を。
スバルは、迎えることができたのだ。
「───は、はは……はははは……なんだ、なんだよ、これ、おい」
今の気持ちを、まともに表現する方法が思いつかなかった。ただ、ベッドに蹲って。歓喜か、あるいは別の感情がもたらす笑いを、空虚なまま浮かべていた。
今すぐ。今すぐに。この喜びのような何かを、誰かと分かち合いたい。自分の顔を鏡か何かで見て。もしかして、別の何かなのではないかと確認したい。そう思って、手を握っているメイドのことが真っ先に思いついた。
「───おい、起きろ、リル」
手を引く。一日中握っていたからか、冷たくなっている手を軽く何度か引く。だが、反応はない。いつものことだ。
「おい、おい。リル。リル」
今度は、体を揺する。いつもならこれで起きるメイドは、今日に限って寝相が悪いのか、これでも起きようとしなかった。
いや、どころか。身動ぎ一つすらせずに。
「おい、リル。起きろ、起きろって。はは、徹夜してくれてたのか?ありがてぇけど、寝坊助にも程があるだろ」
なんども、なんども。揺する。揺する。突く、引く、叩いて。
起こして。起こして、起こして、起こして、起こして。
起こして、起こして、起こして、起こして、起こして、興して、興して、お越して、お越して、お越して、お越して、お越して、お越しておこしておこしておこして。
「───なぁ……………リル………?」
眠るメイドは、もう何も言わない。
ただの、冷たい肉の塊と化していた。
このナリの癖に姉二人の過保護のせいで、ガーフィール以外の同性の友人がいないほぼボッチのリル君。ボッチネタは地雷です。
まぁ、何したかっていうと。もう諦めたはずの屋敷での思い出を色んなイベント発生させて多少なり取り戻させて、怠惰な日常に文字を学ばせることでさも意味があるように錯覚させた感じです。それでも停滞を望んだスバル君には致命傷。
下姉様イライラカウンター
───────── ??????