欲してしまった。
欲を持ってしまった。
あの笑顔が、眩しかったから。
久しぶりに見た、楽しそうな顔だったから。
また、納得させようとした。
納得して、手を伸ばすことを怠った。
知っていたはずだ。知っていたはずなのに。
あまりにも、その輝きが眩しくて。
願っていたものが。願っていたものを。
ただそれだけを望む謙虚さを。
無欲さを。
変化を。
望んで、しまった。
どうしても許せなかったのです。
弟の手を取るあの男が。
あの日取れなかった弟の手を、さも容易く握るあの男が。
弟の手を、なんでもないように引くあの男が。
弟の手に引かれる、あの男が。
どうしても、許せなかったのです。
それが、弟自身の意思だったとしても。
その軽薄な顔が。軽薄な声が。
何よりも。許すことが、できなかったのです。
一体、何が起こっているというのか。スバルには、全く以てわからなかった。
「………んでだよ……」
全てが丸く収まると思っていた。四日目の夜さえ越えれば、何もかもが上手くいくのだと。そう思い込んでいた。
自分の手を握って。そのまま動かない少年。私服すら見たことのないその姿は、いつもの改造メイド服姿のそのまま。そしてそれが、彼の最期の姿でもあって。
その手からは。伝わってきたあの温もりが、跡形もなく消え去ってしまっていた。
「………なんで………リルが……」
続く言葉が、出てこない。それを口にしてしまえば、その事実が真実になってしまうような気がして。
何故、何故。
どうして、こんなことになったのだろう。
考えなければ、考えなければならない。
だが。想像を遥かに超える状況に愕然という表現ですら足りない衝撃を受けたスバルの心は、真っ白になって動かなかった。
「───スバル?」
不意に。鈴の音のような声を聞いた。
それが、既に息を引き取ったはずのメイドが発した声だったのなら、どれほど良かったのだろうか。
「…………エミ、リア……」
その声の発信源は、部屋の入り口で不思議そうにスバルの顔を見る、銀髪のハーフエルフの少女だった。
「スバル、どうしたの?すごーく、悲しそうな表情してるけど……」
エミリアの視点からは、リルは視界に入っていないのだろう。これといった深刻さもなしに、少女は未だ日常の1ページをめくっている。
スバルは、二の句を継ぐことができなかった。何を言えばいいのか、さっぱりわからなかった。………ただ喘ぐように、漏れたのは状況を伝える単語だけだった。
「……リル………リルが………起きたら、リルが……」
「リル?リルが、どうかしたの?」
一言、二言。その日常の音色が、一体スバルにとってどれだけ遠いものだったのか。求めていたもの。本当に欲しかったもの。ようやくわかって、違う。この少年が、教えてくれて。スバルが、本当に得たかったもので。今日、この日に。
涙を流す。それが、どれだけ願っても届かない未来への渇望だったのか。願い続けた末に得た、得ただけの空虚な朝への恨みから来るものだったのか。
わからないまま、スバルはエミリアに懇願する。情けなくも。枯れたはずの涙で、乾燥し切った喉で声を出す。
「リルが…………!……エミリア、エミリア!助けてくれ!リルが……息、してねぇんだ……!頼む……!」
「えっ……!?ぱ、パック!」
「呼ばれて飛び出た!……ふーむ。ダメだね。もう冷たくなってる」
呼び出された猫の形をとった精霊は、ふわりと飛んでメイドに触れると、残忍としか形容できない言葉を一切躊躇することなく告げた。
そんなことは。そんなことは、もう分かっている。何度も、何度も。スバルは、無謀にもリルを起こそうとして確認したのだ。
「何か………なにか、無いのかよ!?世界樹の葉でも!不死鳥の羽でも!ドラゴンの心臓でも!異世界ファンタジーなんだろ!?リルを、リルを生き返らせることだって!!」
スバルを何度も苦しめた、異世界の文化。何度もの死。そんな世界なら、死んだ人間を生き返らせるマジックアイテムの類が。スバルの知らないそんなものが、あるのではないか。
その一縷の希望を託して、スバルは惨めに泣き叫んだ。
何のための異世界だ。何のためのファンタジーなんだ。ここで、こんなところで。こんな子供の命一つすら救えないなら。
この世界に、価値など………
「………スバル」
「あのさぁ」
沈痛な表情を浮かべるエミリアが言葉を紡ぐよりも早く。灰色の猫は呑気に。気楽に。あまりにも当然の事実を確認するように。
「ボクにはスバルが一体全体、何を言ってるのかわかんないんだけど」
宙をゆらゆらと彷徨い、とぼけ顔で自らの頭をペチンと叩いてから。
「死んだら死ぬって、そんなのどこに行っても当たり前のことじゃない?」
あまりにも残酷な真実を。あまりにも冷たすぎる現実を。スバルに、たった二行足らずで突きつけた。
「────ぅ、ぁぁぁ………!」
怒り。
けれど。それ以上に湧き上がってくる実感。
死んだ。
死んだ。
リルが、死んでしまった。
あの少年が。スバルをずっと、ずっと。守ろうとしてくれた、あの少年が。
スバルを慰め、スバルを腐らせ。スバルを立ち直らせてくれた、あのメイドが。
死んで。死んで。潰えて。終わって。
紫の少年の笑顔を。温かさを。スバルはもう、二度と。
「パック!そんな言い方はないでしょう!?」
「だって、事実を事実と認められないならこうするしか無いじゃん。死んだ者はもう二度と戻らない。リアは甘すぎるよ」
エミリアとパックが話していたが、その内容も頭に入ってこない。スバルはただ、握った手から伝わってこない彼の温度に嘆き、あまりにも安らかな顔で眠るメイドに縋るので精一杯だった。
「…………………リル?」
ただ。
そんな混乱の中。その声だけは、明確な音を持ってスバルの心を貫いた。
桃髪のメイドが、開いたままのドアを前にして立ち尽くしていた。
彼と同じ服で。彼と似た背丈で。彼を思わせる容姿で。
その顔を、驚愕の一色だけに染めて立っていた。
ほんの一瞬の間を置いて。ラムは、恐る恐るといった様子でこちらへの一歩を踏み出した。
「ラ、ム………俺、は………」
言葉を必死に作ろうとするスバルを。
「どきなさい」
ラムは、腕のたった一振りで跳ね除けた。
体が部屋の壁へと吹き飛ばされ、握っていた腕が離れる。背中に伝わる衝撃が、スバルの肺から空気を奪った。酸素を求める体が、自然と呼吸を荒くする。
その行動を咎める者は。スバルを含めてこの場に誰もいない。いたとしても、ラムのその痛ましすぎる表情を見れば口を噤むだろう。
「……起きて。起きなさい、リル。起きなさい」
先ほどまでスバルの掴んでいた左手を握って。三つの内の一つは、必死に呼びかける。その懸命な言葉の一つ一つは、あのぶっきらぼうだった姿からは想像することもできないほど、人間味に溢れたもので。
「嘘、嘘。嘘よ、嘘よね。嘘だと、嘘だと言いなさい。ラムを、レムを。リル。置いて、逝かないで………リル。リル、リル、リル、リル!!」
それでも。
愛していたはずの姉からの呼びかけに。弟は応えることをしなかった。
一拍の間。
「………ぁ……」
そして。
「あああああああぁぁぁ───ッ!!!」
喉を引き裂かんばかりに。
深い、深い、深い、深い悲しみに。
スバルの何億倍もの大きさの声で。
スバルの何京倍もの哀しみを込めて。
絶叫、した。
その声が忘れられない。
悲しみを嘆く声。現実を疑う呼びかけ。
スバルに悲しむ権利すら無いと思わせるほどの絶叫。
それと。
『──リルの命に代えても、守ってみせるよ』
眠る寸前。どうしてそれを否定しなかったのかとスバルを後悔の海へと沈める、彼の最期の言葉だった。
とりあえず、前菜。
リゼロ世界のネコ科ってほんとロクなのいないな。
下姉様イライラカウンターはお休みです。
支援絵いっぱいもらってしまいました。作者は幸せです。
雪知さんが書いてくださったリル君。
悪そう。悪そう
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こちらは妄想絵だそうな。リル君が撫でられて照れるのは解釈一致。ありがとうございます!
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100虎 byakkoさんが書いてくださったリル君。
二枚目さえなけりゃなぁ……みんな無理に愉悦顔投下しようとしなくていいんだよ?でも好き。ありがとうございます!
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阿形さんが書いてくださったリル君。憤怒っぽくて作者は好きです。ラスボス感がこう………ね!!好きだよ。ありがとうございます!
https://twitter.com/f8qdsc4VUf6xZJU/status/1325819387849318405
日々泰樹さんの書いてくださった1話と2話リル君。こちらはそれぞれの話の方でも載せさせていただいています。
おや……記憶改竄が………と思ったが、気のせいだったようだ。ここまで子供なのもなかなか悪くない………ありがとうございます!二枚目ツボ。
https://twitter.com/HibiYasuki/status/1325374412858613760
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つばきさんの書いてくださったリル君。可愛いなぁ!?執事服リル君もやっぱりよき。ありがとうございます!
https://twitter.com/mannzyuugesya/status/1325655529780178945