目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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泣いて泣き喚いて泣き止んだとしても

 

 

 そこからの時間は、スバルにとってまさに拷問に等しかった。或いは、絞首台に立つ寸前の死刑囚の心境と言ってもよかっただろう。

 

 一秒一秒が。泣き叫ぶ姉の放つ、一言一言が。重く、重く。スバルの心を、まるで深海に沈めていくかのように押し潰していく。

 

 音を立てて変形していく自分の心。罪悪感という圧力に耐えかねて、エミリアに事情を尋ねられようと。スバルは、一言たりとも言葉を発することはできなかった。

 

「───ぇむ」

 

 不意に。部屋へと走ってきたのだろう。普段の几帳面さからは考えられないほど髪を乱して、青髪のメイドが姿を現した。少女の様相を見て、少しだけ、声が漏れた。

 

「リル………が…………なん、で………うそ、うそ!嘘……ですよね。嘘。嘘、嘘。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘……」

 

 ラムと同じようにスバルに目もくれないレムは、泣き叫ぶ姉の前に横たわる、永遠に目を開かない弟の手を取った。

 

 そして、その手に温かさの破片すら残っていないことを感じ取ったのか。力の抜けた膝を折って、その場にへたり込んだ。

 

「そんなはずが……そんなはずがありません……!違う、違います!こんなの、違う……!これは、夢で。そう、違って……リルが、リルが、こんな……」

 

 現実から逃れるように。見たくない世界から目を逸らすようにうわごとを漏らす姿は、懸命に弟へ呼びかける姉の何倍も痛ましい。目の焦点は合っておらず、力の抜けた弟の手を朦朧と握って、無意識のうちに取りこぼして。それを、慌てるように握ってを繰り返していた。

 

 泣くことすら許されず、目の前の光景。己の愚かさの代償をまざまざと見せつけられる。

 

 愚かさと現実に酔うスバルに。エミリア以外から、初めて声をかかる。

 

「───お客人。すまないが、立ってくれたまえ。そうでなくとも、言葉を交わすくらいはしてくれ」

 

 スバルははじめ、その声が誰のものなのかわからなかった。屋敷への侵入者。部外者の乱入。その事象を一瞬でも信じるほどの声音。

 

 ──その主は、顔に明確な怒気を浮かべてスバルを見下す、屋敷の主人だった。

 

 言葉の節々からはいつものふざけた調子など欠片も感じることはできず、その化粧は道化のようだというのに、全身から放つ気迫がその異常性をますます強調させ、その存在感を示しているかのようだった。

 

 怒っている。今の今までそんなそぶりすら見せなかったロズワールが。ポーカーフェイスでその目の奥の真意すら隠し通していた魔人が。スバルですら理解できるほど感情を露見させ、冷たくスバルを睨んでいた。

 

「さもなくば……冷静さを欠いている今の私は、君に何をするかわからない」

 

「ちょっと、ロズワール!?」

 

「エミリア様。少々お黙り下さい。これは私の屋敷で発生した、私の可愛い従者の殺害。許されざる禁忌の行いだ。あなたに口を挟む権利はない」

 

 スバルを庇うエミリアを、普段からは考えられない冷たい口調であしらうロズワール。その手には実力行使も問わないという意志の顕れか。膨大な力を蓄えていると思われる、六色の球が浮かべられていた。

 

「お客人。リルはうちの秘蔵っ子でね。君に王都で出会い、大層懐いてこの五日間行動していたと。そう記憶しているんだが。……今一度問おう」

 

 あくまで会話、というスタンスを保ちながら。しかし有無を言わせぬ圧力を見せながら。ロズワールは、スバルに更なる現実を突きつける言葉を放つ。

 

 

 

君が、リルを殺したのかい?

 

 

「─────?」

 

 思い描いていた物と、あまりにもかけ離れた残酷な真実。乾いた声が、喉の奥から発された。

 

 周囲を見渡せば。いつの間にか来ていたベアトリスも。パックも。ロズワールも、ラムも、レムも。エミリアでさえも。全員が、スバルの方を向いていた。

 

 特に。ラムとレムは、ロズワールがスバルを追い詰めていなければ、そのまま飛びかかってくるのではないかというほど獰猛な視線を向けてきて。

 

 屋敷の中で、最も疑われているのが自分であると。

 

 大切な人の死に浸っていたスバルは、そんな至極真っ当な結論と。大層筋の通った現実に。

 

 今更になって、気がついたのだった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 やっほー、どうもどうも。僕です。

 

 え?僕じゃわからないって?

 

 じゃあ問題。僕は誰でしょう?

 

 正解は。

 

 

 ───僕だ。

 

 

 くたばったと思った?死んだと思った?馬鹿め。愉悦部は不滅なんだよ。聖書にもそう書いてある。(捏造)

 

 んで、どうして僕が生きてるかって言うと。まぁ肉体的には死んでるんだよね、実際。

 

 最初はこのまま死んでやってもいいかと思ったんだけど、それじゃスバル君の罪悪感顔拝めないし、死に戻りの記憶も引き継がれないから流石に容認しかねた。てか、僕が死んだら魔女因子がスバル君の中に入ってスバル君が『虚飾』使いかねないんだよね。まぁその展開も見てみたくはあるけど。

 

 というわけで、僕の考えついた作戦はこちら!『ヒント12作戦』!

 

 名前の由来は某猫少女と萌え袖実質幼女との例のやりとり。曰く。『食べなくて、聞いてなくて、喋らなくて、動かない。これって、生きていると思う?』

 

 本来はこれ、全く違う意味を持った言葉なんだけど。婉曲解析と自己解釈は僕の得意分野だ。

 

 てなわけで!ここから曲解して得られる教訓はこちら!『実際には死んでいなくても生きているための機能が無くなっているのなら、周囲からは死んだと判断される』ってことっすね。

 

 

 ということで、手始めに呪いの影響で死にかけて、聴覚とゲート以外の肉体の機能全カットしてみた。

 

 

 寒いし目は見えないし体感がないから感覚は最悪だったけど『虚飾』を使えば生き残れる。現実改変能力って便利〜。『死んだら精神が消えるなんて何かの間違い』にしたらガチで行けるんだもんね。半端ねぇわ。

 

 そっから聴覚とゲートの機能だけ復活させたら、心は生きてるけどその他の機能が完全停止しているお人形リル君の完成である。

 

 愉悦もついにここまで来たか。人間やめてんなぁ。あ、元から人外だったわ。

 

 そして視覚は、姉様の『千里眼』擬きで対応。いわゆる『ネクト』の下位互換擬きが、波長が合う上姉様の視界を一方的にジャックしている。乗っ取ったわけではないので、観戦と言った方がいいのだろうか。スバル君が脱走した時用に、庭仕事に紛れてこの辺りで飼い慣らしている鳥数匹とも視界を共有済みだ。

 

 マナを使ったら流石にバレるからオドを消費するけど、元通りになるから実質チャラよチャラ。最初は何か違和感を覚えていた姉様だったが、僕の死のショックでそんなことは気にならないだろう。

 

 そんなこんなで解説終了。完全愉悦観戦タイムの始まりだ。ヒャッハー!ポップコーンとワインの用意はできてるかぁ!?

 

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。上姉様の視界だから、上姉様自身の顔が見えないのが本当に残念で仕方ないけど、声だけで白米三杯はいけますねグビグビグビグビグビグビ。鳥さんが窓から覗き込んでくれたらいいんだけどなぁ。

 

 あぁっ!!スバル君も顔が超絶曇ってる!!しかも上姉様が泣いてる状況じゃ、泣くことすら許されないから感情の吐き出し口がなくなって、どうすればいいかわからないって表情が最高にそそる!!うん!百点満点あげちゃう!!主演男優賞間違いなし!!

 

 んへへへ………やっぱり、スバル君の表情がベストショットだなぁ……一番僕と親しくしてて、最期の言葉もあったからか罪悪感マシマシで……趣味に合ってると言うか、何と言うか。ご馳走様ですっ!!

 

「お願いだから………お願いだから、目を開けなさい!リル!!あなたがいなくなったら、ラムは……何のために……!」

 

 何度も呼び掛けられるが、残念ながら応えることはできない。だって…………下姉様の号泣顔を脳内スクショ撮るのに忙しいからっ!!

 

 んにゃゃぁぁっ!!流石!!流石すぎます下姉様っ!!痛ましすぎるぞその仕草っ!!手が握り返されないから、何回も左手を落として、握ろうとして、落として。

 

 うん好き!死んでも愛してる!死んでないけど!蘇れそうなほど漲ってくる!!素敵!!素敵だよ下姉様!!輝いてるぅぅぅぅっ!!

 

 何だこの天国空間。ここが噂のヴァルハラですか。あるいは禁忌庭園?どっちでもいいみんな大好き愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる!!

 

 姉様視点だと師匠の顔が拝めないのが残念なところだ。かなり親交もあったけど、師匠は僕が死んでどう思ってくれてるんだろうな。

 

 あ、ロズワールキレてら。へぇ、まぁ僕に愛着あるし計画に一番使いやすかっただろうから、そこそこダメージがあるんだろ。汚れ仕事も結構やったしね。興味なし。

 

 そしてスバルを庇うエミリア様は悲しみより驚きの方が大きいようで、そこまで表情の変化がない。半年くらいの付き合いだし、姉様たちとの兼ね合いもあって関わりが薄いから当然っちゃ当然かな。

 

 で。まぁ当然、僕を殺した犯人として屋敷で信頼を勝ち取っていないスバル君が疑われる。一番長くいた分、呪いの条件である接触も達成は容易だろう。

 

「魔法より、呪術寄りの手法。眠るように、ゆぅーっくりと、マナを奪われて、命の灯火がかき消されている。さて。これが君の仕業なのかな。ナツキ・スバル君」

 

「─────んな、わけが……」

 

 否定するスバル君だが、どう考えてもこの状況ではスバル君が一番怪しい。本来の四周目とは違って、ガンガン僕と触れ合っていたから当然っちゃ当然よ。

 

「──我ながら、数日前の自分を呪い殺したい気分だ。あんな臆病な瞳をしていた少年に従者を預けることが、こんな結果を引き起こす愚行だったとはね」

 

「俺……が………!どうして、俺がっ!!リルを殺さねぇと………」

 

 と、怒り任せに続く言葉は。エミリア様との間を縫うようにして放たれた頬を薄く切り裂いた刃と、その背後を音を立てて凍らせた氷の礫によって遮られた。

 

 この状況でロズワールに怒り任せに迫るのは、まぁ選択肢としては悪くないんだけどね。そもそもバッドエンド直行ルートに入ってるから、どの選択肢も招く結果は最悪だ。

 

「理由なんてどうでもいい!どうでもいいのよ!吐きなさい!お前が、リルを殺したんでしょう!?」

 

「───死んで、死んで、死んで、死んでください。死んでください。死んでください。死んでくださいよっ!!」

 

 両姉様がそれぞれの言葉で、スバル君の心を追い詰めていく。よしいいぞ!もっとやれ!フラッシュバックした今までの思い出との差異でスバル君の顔がもうぐっちゃぐちゃだ!!トドメをさせ!!

 

「ロズワール!ラム、レム!スバルはそんなことはしないわ!今からでも、スバルの話をちゃんと……」

 

「───殺してくれ」

 

 ………お?

 

「───もう、いい。もういいんだ、エミリア………殺して。殺して、くれ」

 

「……スバル?いきなり何を言い出すの!?そんなこと、できるわけ……」

 

 あちゃあ。心折れちったか。死に戻りにかけようとしてるのか。或いはこの状況をもう見たくなくなったのか。床に蹲って、そんなことを言い出すスバル君。

 

 おい、そんなことしたら顔が見えないだろ!!隠すな!!

 

「──お望み通り、何度だろうと死ぬほどの目に遭わせてあげよう。あぁただし!生かさず殺さずの拷問だがね。君にはまだ、訊かなくちゃあならないことがたくさんある」

 

「ロズワール!スバルはっ……!」

 

「そこまでだよ、ロズワール。リアに手を出そうってんなら、ボクも黙っていない」

 

 割り込んだのは、無能保護者エミリア依存のパック先生だ。その力だけは本物で、その覇気を発すると共に周囲の大気がパキパキと音を立てて凍りついていく。

 

「左様で。でしたらそこをお退きになられては?私はエミリア様を傷つけるつもりは毛頭ないもので」

 

「リアの意志は何よりも優先するから、それも却下かなぁ。大人しく引き下がれよ、若僧

 

「そんなこと、どうだっていい!リルについて知っていることを、とっとと全て吐き出しなさい!」

 

「死んで、死んで死んで死んで死んで死んで死んで!!死になさいっ!死んでよっ!!魔女教徒ぉぉ!!」

 

 ロズワールと両姉様。エミリア様とパックが睨み合う。一触即発。まさにそんな空気で、なおも動かず震えるスバル君。

 

 あちゃあ、こりゃあ勝負あったかなぁ。

 

 

 そして、破壊の権化とも呼べる無色のマナ。風の刃と、氷の槍。大精霊が作り出した大量の氷がぶつかり合い。それらが巨大な爆発を起こし……

 

 

 ──おや、意外。

 

 

 白く染まるその視界の中。

 

 クリーム色の髪を持つ小さな少女が、スバル君を守護し、連れ去ったのを視界に捉えた。

 

 




 参考までに、昨夜のリル君の行動をご覧いただこう!

 1.スバルが完全に寝る寸前に、フラグでしかない匂わせ発言。

 2.いつ呪いがきても大丈夫なようにとあるものを握りつつ、翌日の魔法の仕込みを行う。

 3.呪いが来た瞬間『パンドラの厄災』で『死んだら魂がなくなるだなんて何かの間違い』にする。その後、呪いに任せて死亡。

 あとは朝まで待つだけ!生きてるし声も聞こえてるけど、神経やらは無事に死んでいるので心臓やらも一切動かず呼吸もしない。側から見ると死んでるようにしか思えない。これぞ匠の技。

 ちなみに、このまま何もしないと白骨化して骨の一欠片すら残らなくなるまで自分の体に魂が縛り付けられるかなり激ヤバな行為だったりします。

下姉様イライラカウンター

リルが死ぬ  1無量大数
   精神に致命的な損害。

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