目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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もはや遅刻がお家芸。

今回はベアトリス回です。


約束も叶う願いも遠く

 

 

 

 どうも。僕です。

 

 体が動かないから、鳥の視点で屋敷から脱走したスバル君と師匠を観察してます。

 

 僕だ。

 

 観察といっても、姉様の『千里眼』とは違い、事前に仕込んだ何匹かの視界しか共有できないから、ぶっちゃけ見づらいことこの上ないし、追いつけてない。何匹か木に止まってたりするしね。サボるな。

 

 師匠は重力魔法を使ってかなり強引に突っ走っているようで、どんどん屋敷から離れていく。俵みたいに抱えられてるスバル君めっちゃグロッキーじゃないっすか。

 

 かく言う僕も、鳥の視点はぶっちゃけ酔うのであんまり使いたいものでもない。上姉様の視点に切り替えると、漸く煙が晴れたのか。煙で真っ黒だった視界が色を取り戻し、師匠とスバル君がいないことが露見する。

 

「──絶対に、殺してやるっ!!」

 

 上姉様の絶叫。こら、女の子がそんなこと言っちゃダメでしょ!……しかし、残念なことにその大きな声は今なお逃げるスバル君に届いたらしく、スバル君は抱えられたまま耳を塞いで蹲ってしまう。

 

 そのままスバル君を追跡するべく、全速力で森へと入る上姉様。『千里眼』があるから、きっと追いつくのはすぐだろう。

 

 いや、ほんと便利の域超えてるんだよね。姉様の『千里眼』。僕が『虚飾』の権能で四苦八苦した理由も、実はここにある。

 

 最初は僕も『リルが死んでいると見間違え』させようとしたんだよ?その上でスバル君を観察すればまぁ解決だったし。

 

 だがしかし。上姉様の『千里眼』。これは自分に波長の合う他生物の視界を盗み見ると言うものなんだけど、あくまでこれ、他生物の見たままなんだよ。

 

 だから、今のところ『虚飾』の権能の全容を把握できていない僕を万が一千里眼で見られた場合、普通にそのままが映る可能性があるんだよね。だからこそ、婉曲な手段を使って死んだフリ(物理)をするハメになった。

 

 多分先代(あいつ)ならもっと上手くやるんだろうけど、残念ながら僕にはそこまでの腕がないので、妥協させてもらおう。いつか、『虚飾』の権能の本格的な研究もしなくちゃだ。

 

 

「──リル。……リル、リル……リル。りるりるりるりるりるりるりる……」

 

 

 そうして聞こえてきたのは、怨嗟と勘違いしてしまいそうな下姉様のうわ言。聴覚はどうあがいても飛ばせないから、屋敷の声は絶対拾っちゃうんよね。

 

 視覚と著しいズレがあるので、3D映像を見ていて外から声をかけられたような。そんな違和感がある。やったことないから知らないけど。

 

「リル……リル………ちゃんと。ちゃんと、お姉ちゃんは、やりますから」

 

 はいはーい。聞こえてますよ下姉様。何をやるんです?

 

「ちゃんと。リルの仇を。あの男をぐちゃぐちゃに潰して、殺して、引き裂いて、殺して、打ち据えて、殺しますから……終わったら、レムを褒めてください……」

 

 今さらっと三回死んだなスバル君。殺意高っ。怖い怖い怖い。顔見れないけど、見たら確実にチビるわ。

 

 これ、確実に精神イッちゃってるよなぁ……どうしよっか、これ。

 

 うーん。オボレルルート行ったりしたらかなり大変だけど……まぁ、今回は絶対そんなところまで行けないだろうし、大丈夫か。師匠が唯一行動の読めない不安分子なんだけど。そのあたりはスバル君に期待するしかないな。

 

「お願い、レム!スバルを、信じてあげて……」

 

「おぉっと、エミリア様。私との邂逅中に目を逸らすなど。自殺行為としか思えませんが?」

 

「思い上がったガキ一人くらい、ボクだけで十分だよ。さぁ、久しぶりに本気を出してみようか───!」

 

 なんか世紀末みたいな会話ととんでもねぇ爆発音が聞こえるけど、無視無視。どうやら下姉様も本気を出してモーニングスターを持ち出し、窓から飛び降りたらしい。身体能力ェ……それを追いかけて、エミリア様と屋敷を出る、と。

 

 残ったのは仲間割れ二人組か。

 

 ──僕の死体、破片が残ったら良いなぁ。

 

 ま、その辺りはロズワールがなんとかしてくれるでしょ。

 

 さてさて、スバル君の方はといえば。

 

 なんか、本来の四周目の崖のところで師匠と話してるな。雰囲気から見て、関係良好というわけでもなさそうだ。

 

 聴覚がないのが残念で仕方ないが、とりあえず様子を見よ………

 

 え?あの、ちょっと!鳥さーん!?旋回やめてもろて!!え?無視!?あの!?ちょっ、良いところなのに見えないんすけど!?

 

 う、上姉様っ!!早く!!早く追いついて!!

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「───ここまでくれば。暫くは安全なのよ」

 

「がっ!?……ごほっ…!うぇっ……お、うぇっほ……」

 

 抱えられた状態から地面に無造作に放り投げられ、スバルは痛みを感じると共に、胸の内から湧き上がる吐き気を隠すことなく何度も咳き込んだ。

 

 雑な運び方による酔い。それも確かにあった。だが一番大きかったのは、胸を締め付けるどころか内側から圧迫する、あまりにも大きすぎる感情達だった。

 

「──なんの、つもりだ!ベアトリスっ!」

 

 その叫びは。

 

 突如としてスバルを屋敷から連れ去った、フリルのつくドレスを身に纏う、金髪の少女に向けられたものだった。

 

「……ベティーにも事情というものがあるのよ。あそこで、お前を死なせるわけにはいかなかったかしら」

 

「事情……?なんだよ、それ……」

 

「──どうして、お前如きにそれを教えなくちゃならないのよ。ニンゲン」

 

 その幼い美貌は、射す日差しによって影になって見えない。どんな表情を浮かべているのか。スバルには、計り知ることはできない。

 

 少女はその顔を一切歪めることなく、ゆっくりと屋敷の方を見た。……その顔には一切の表情が浮かんでいないのに。どこか呆れと、哀愁のようなものが漂っていた。

 

「『無名宗教(ネームレス・カルト)』。まさに、名前通りの終わりだったのよ。後ろ盾も力もない信仰は、ひっそりと崩れ去っていく」

 

「ネーム、レス……?……何の、話だよ」

 

 聞き覚えのある響き。……直訳すると、名前のない宗教。まごうことなき英語。

 

「もう、お前には関係のない話かしら。それを知ったところで。その力を知ったところで。お前はまた、あれに守られていたことを知るだけなのよ」

 

 だが、それについて問い詰めても、ベアトリスはまたも応えない。はぐらかすようではなく、突き放すように。スバルの意思は、否定されていく。

 

 ふと、尻餅をつくスバルに向かって、手が差し伸べられる。

 

「とっとと行くのよ。これで屋敷にはいられないし、ロズワールもきっとお前を許さない。あの双子は弟を支えに生きていたし、今後もそうだった。今は恨みで動いているかもしれないけれど、どうせ長くは持たないかしら」

 

「………なんだよ。……なんだよ、それ。……お前は、一体……何を……?」

 

「適当な場所に逃してやると、そう言っているのよ。あの場じゃ連れ去ることが精一杯だったかしら。全く、手間のかかる女々しい男なのよ」

 

 やれやれ、というように頭に手をやるベアトリス。………その姿に、スバルにはある種の苛立ちのようなものを覚えてしまう。

 

 どうして、そんな平気そうな顔をしているのか。自分の弟子が死んで、そんなに冷酷なのか。

 

 そして。なんで、そんなことをしようというのか。

 

 そんなことを、スバルは望んでいない。スバルの望みは今、たった一つなのだ。

 

 

「…………そんなことは、いい。殺してくれ」

 

「…………さっきから。何の、冗談なのよ」

 

「冗談でも何でもねぇよ……殺して、くれ」

 

 覚悟を決めて、その言葉を繰り返す。或いはそれは覚悟ではなく。ある種の逃げだったのかもしれない。その正体は、スバルにもわからなかった。

 

 でも。もういい。もう辛い。もう疲れた。

 

 こんな世界は、もう嫌だ。死んでしまった方が、ずっといいだろう。

 

 頑張る必要が、これ以上どこにある。

 

 その頑張る理由も、もうこの世界では失ってしまったのだ。

 

 例え、それでスバルに本当に死が訪れようとも。このまま生きるよりも、それは何倍もマシなことのように思えた。

 

 だからといって、ここで舌を噛んで自殺をする勇気はスバルにはない。自分のヘタレさ加減に嫌気がさすが、スバルは願いを実行してもらうべく、二の句を継いだ。

 

 

「確か、リルよりすげぇ魔法使いなんだろ………リルが死んでも冷静でいられるお前なら、俺を殺すくらい───」

 

 

 続きは、どうしても言うことができなかった。

 

 パン、という。

 

 乾いた炸裂音が、開けた森の中で小さく響いたから。

 

 目の前の少女が。今にも泣きそうな顔で。

 

 泣いてしまって、涙を流しながら。

 

 あまりにもスバルを憎々しげに睨んで。

 

 スバルに、思い切り平手打ちをくらわせたからだった。

 

 

「ベティーが……」

 

 

 必死に感情を(こら)えるような。抑えられていた負の感情と、怒りの混じり合った声音が、爆発するように響く。

 

ベティーが!あの弟の死に本当に何も思ってないとでも思っているのかしら!?

 

 悲痛な表情で。全てを引き裂く、可憐で幼い慟哭が、引き絞られた口元から、堰を切ったように浴びせかけられる。

 

「あれでもベティーの弟子だったかしら!才能もなくて偏屈で!それでも、ベティーのたった一人の弟子だった!」

 

 主張。手を自らの胸に当てて、ドレスが引きちぎれそうなほどに握りしめられる。いつもの姿からは想像もつかないほど取り乱した少女は、大粒の涙を溢しながらスバルを罵倒よりもなお切れ味を持った言葉で貫く。

 

「見ず知らずのお前の!お前の為に死んだことに!!本当に何も思わないとでも!?これが戯言の類じゃないなら、一体なんだと言うのかしら!?冗談にも限度というものがあるのよ!」

 

 息を荒らげ、その小さな下半身を震わせ、なおも絶叫するベアトリス。その優雅さは失われ、噛み締められた奥歯が怒りを表すように音を鳴らす。

 

 激昂。果たして、そんな言葉が目の前の光景を表現するに足りるのだろうか。……否。きっとどれほどの言葉を尽くしても、この憤怒を言い表すことなどできない。

 

 そして、彼女が怒っている理由こそは。スバルが、スバルの命を。決して、スバルだけでは存在を保てないこの命を。あまりにも乱雑に扱っているからで。

 

「………お、れは……」

 

 何を、見ていたのか。

 

 何を、言っていたのか。

 

 スバルは。

 

 スバルは。

 

「そのお前が………あの弟が命をかけて守ったお前が、殺してくれ……?ベティーに、そんな残酷なことをしろというの!?愚鈍もここまでくると腹立たしくて腸が煮えくりかえりそうかしら!」

 

 これほど。あれほど、愛された少年を対価に助けられたこの命を。

 

 無為に、投げ捨てるところだったのか。

 

 震える声で。こちらが泣きたくなるような声音で、ベアトリスは続ける。

 

「………普段なら、あんな呪いでも死にはしなかった……」

 

「────は?」

 

「効果は出たかもしれない。……でも、あの弟には本来効かないはずかしら。異常に飛び起きて角からマナを大気から徴収すれば、術士を特定して殺すまでの遅延くらいは出来たはずなのよ……」

 

 息を切らしながら、荒く呼吸を繰り返すベアトリス。その声からは、とてもその言葉が嘘のようには感じられない。

 

 ………なんだ、それは。

 

 つまり。リルにはあの呪いを、回避する手段があったとでも?

 

 ならば。なぜ。その手段を使わなかったのか。

 

 その答えは、きっと明白で。

 

眠る暇すら惜しんで気を張り巡らせて、心身が疲れ切っていなかったら!

 

「………ぁ………あ、ぁぁ……」

 

 絶望の吐息が、口から漏れた。

 

 この悲劇も。この惨状も。この顛末も。

 

 全て、全て全て全て全て全て全て全て。

 

『………リル…………守って………守って、くれ!……俺が、死なないように……もう、怖くないように………側にいてくれ…!それだけで、いいから………!』

 

 あの、身勝手で、情けない。

 

 醜い男が吐いた、年甲斐もない下らない駄々が。

 

 あの願いがあったから。リルをスバルの守護に傾倒させて、心身を削らせたことが招いたものだったとしたなら。

 

 スバルにとって、その真実はあまりにも重すぎる。

 

 まただ。

 

 ………何度同じ過ちを犯したら、気が済むと言うのだろう。

 

「また……俺は、リルに庇われて……」

 

 リルはまた、スバルを庇って。

 

 そうして、命を落とした。

 

「……また、俺は───リルを、殺したってのか……?」

 

 また、ナツキ・スバルは。

 

 幼い子供を犠牲にして、生き延びて。

 

 そうして、無意味にこうして立っていると言うのか。

 

「………ようやく、自分の置かれている立場というものが、わかったのかしら」

 

 冷たく吐き捨て、スバルを見つめるベアトリス。

 

 何故。何故、何故何故何故何故。

 

 スバルは今、こうして生きているのだろう。

 

 こんなことなら、死んだ方がマシだった。こんな絶望を味わうくらいなら。

 

 いっそ愚鈍なまま、何も知らずにあの四日間を繰り返していた方が。

 

 ………それでも。

 

「………あぁ……死ぬ、わけには………死ぬわけには、いかねぇんだ……」

 

 スバルは、死んではならない。

 

『たとえ遅くても、わからなくてもいい。一歩ずつ、他人の力を借りてもいいから。自分の歩調で、前に進んで、歩んで行こう?』

 

 だってそれは。失ってしまった日々の中の。あの陽光のような笑顔すらをも。スバルが抱いた希望をさえも。否定してしまうことになるのだから。

 

 今スバルを生かしているのは、死んだリルに申し訳が立たないという。ただそれだけの、漫然とした義務感だった。

 

「ベティーにも矜持というものがあるのよ。あんな弟子でも、命に代えて守ったのがお前と言うなら、一時の師匠として逃がすくらいはしてやるかしら」

 

「………お前は、俺を疑わないのか?」

 

「心配せずとも疑っているのよ。その上で、お前はあの弟を殺さないと、殺せないと確信している……アレはそもそも、そういうものかしら」

 

 まるで、リルの全てを知った風な口調で話すベアトリス。それを問い詰めたいところだったが。

 

 生憎とそんな元気も、時間も。スバルには存在していなかった。

 

「…………やっと、見つけた……!今度こそ、逃がさない!」

 

「………無駄話が過ぎたのよ」

 

 それは、まるで嵐のような烈風を纏う桃色の髪を持つ少女だった。その顔には、色濃く憎悪が残っていて。感じ取ったスバルの胸に痛ましさと申し訳なさが重来する。

 

「──行くといいのよ、ナツキ・スバル」

 

 ベアトリスは、そのラムとスバルの間に割って入るように立った。ただ立っているだけなのに、まるで周囲が歪曲するような圧倒的な重力が、少女の周囲には渦巻いている。

 

「行って、生きて。自らの愚かさを知って。十字架を背負ったまま。せめて、馬鹿なあの弟子の願った通りに。生きるといいかしら」

 

「………………」

 

 何も言わずに、スバルはベアトリスへと背を向けて。森を抜けるために、全力で駆け出した。当然。ラムが見逃すはずもなく刃を放つが、それはスバルに届くことなく金髪の精霊少女によって防がれる。

 

「ベアトリス様!邪魔を……!」

 

「ベティーの弟子の忘れ形見なのよ。生かして、生かして。絶対に忘れないように、あの馬鹿弟子の存在を心に刻みつけさせてやるかしら」

 

 

 ──そして。己の罪に向き合う余裕ができたら。その時に、贖罪として小さな墓でも立ててやると良いのよ。

 

 

 その言葉が、走るスバルに追いついて。逃げるスバルにまとわりついて。

 

 忘れられることなく、延々と響き続けた。

 

 ずっと、ずっと。ずっと。

 

 

 

 ずっと。

 

 

 




 実際にリル君はオドが多かったりするので、魔獣一匹程度の呪いなら擬似レジストができます。今回は意図的にやらなかったけどね。 

下姉様イライラカウンターはカンストして姉様の精神が完全におかしくなったので故障中です。


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