目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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 ギャグ作品だと思った?
 かかったな馬鹿め!ドシリアスだよ!!

 愉悦作品だとは言ったが、戦闘シーンがないだなんて一言も言ってない。


幻想(ファンタジー)

 …………思えば。一度、夕飯が蒸かし芋だけの時があった。

 

 ……………思えば。レムは自身の無力を自覚しているかのように、魔法の鍛錬に積極的ではなかった。

 

 ………………思えば。思えば。思えば。

 

 

 心当たりなど山ほどあった。ただ、それが村の襲撃と結びつかなかっただけで。結び付けようと、しなかっただけで。

 

「下姉様っ!!」

 

「……ぇ……リル?」

 

「村が襲われてる!!逃げないとっ!!」

 

 燃える家に戻って、未だ眠っている()()を起こす。……ラムはいない。戦っているのだろう。

 

 寝ぼけまなこの手を引っ張り、現状を認識させるために外へと連れ出す。

 

 ──(あなど)っていた。

 

 侮っていた油断していた見くびっていた舐め切っていた疎んじていた軽んじていた蔑んでいた過小評価していた!!

 

 今までのぬるま湯に、僕は浸かりすぎていた。この世界の現実というモノを何一つ理解せず、ただのゲームの中に入り込んでいたかのような気分で楽しんでいた。

 

 けれど。

 

 いざ目の前にして、ハッキリとわかった。

 

 これは()()だ。紛れもなく、いま僕の目の前で起こっていることは現実なのだ。

 

『Re:ゼロから始める異世界生活』?馬鹿げている。そんなものは幻想(ファンタジー)だ。いま目の前で起こっていることはそんな一行で表せるタイトルではない。生きていて、熱くて、痛くて、死んだらそこで終わってしまう人生。

 

 走りながら後悔する。焼ける扉に汗をかき、息を切らせ、肺が燻されるのを肌に感じながら。何とか扉を押し倒す。

 

「はっ……はぁっ……!」

 

 だって、そうでなくては。

 

「………うそ………いや、嫌ぁぁぁっ!」

 

 目の前の光景がこんなに悲しいわけがない。この地獄が、辛いわけがない。

 

 物が焦げていく音。人が焼ける匂い。燃えていく家、森、人。

 

 たった二行で表せるこの光景を見て、涙が浮かんでくるはずがない。

 

 今まで僕に冷たくしてきた人達。両親。そんな全く関わりのない(キャラクター)の死体を見て、目からこんなに涙が溢れるはずが、ないのだから。

 

「……あ、く…………ぇぁ…」

 

 声にならない嗚咽が喉から漏れる。

 

 平和な世界でのうのうと生きてきた自分の犯した罪が、『怠惰』が、まさに今この瞬間だ。

 

 何が無関係だ。何が原作通りだ。

 

 そんな曖昧なもので僕は、この人たちを殺したっていうのか──?

 

「………ぐ、あああ!!」

 

 渦巻く感情のあまり、額から三本の角が出る。……自らの慢心の原因。愚行の象徴が頭から顔を出し、さも当然のように周囲のマナを貪っていく。熱い。熱い。身も心も、焦げるようになって、闘争心が燃え上がって、殺して、殺して、殺したくなって。

 

 

 

 それが、果たして無意味ではなかったのが救いだった。

 

「エルゴーア!!」

 

 覚えたての言葉を、掌を向けて吐き出すように口にする。

 

 体の力が持っていかれる感覚。すぐに補充こそされていくが、不快感を(あらわ)にせざるを得ない。

 

 だが、その代償を支払った報酬は大きかった。自らの身の丈ほど。見積もって半径1mほどの火柱が、目の前から迫ってきていた者………魔女教徒三人を、容赦なく黒こげにする。

 

「ゴーア!!」

 

 初めて人を殺した実感は、闘争心にかき消されていく。そも、そんな間も無く次の敵が背後から迫っていた。

 

 正確な火球でそれを焼き、焼死体の山の土を一つ盛り立てる。

 

 ………初めて、人を殺した。

 

 そのことを後悔する時間すら与えられず、魔女教徒は遠方からうじゃうじゃと沸き始める。黒い影が無限のように迫ってくるのは、いっそ生理的嫌悪感を煽るあの虫を思い出させる。

 

「下姉様!ここじゃ長く持たない!どこか、隠れる場所を探さないと………!」

 

 

 時間だ。今、僕たちに必要なものは時間である。時間さえ経てば、ロズワールがこの村を助けてくれる。そうすれば少なくとも、目の前の少女の命だけは助けられるのだ。

 

 見誤ったことで、既にたくさんの人を殺した。ならばせめて、目の前の少女ぐらいは守ってやる。それが未来を知っていた者としての意地だ。

 

 故に選択は、逃げること。自らの知る限りの知識を総動員して、土地勘のない魔女教徒を撒きまくることだった。三年間ここで過ごしてきたのだ。()()と魔法を使いながらなら、きっと逃げきれるはずだ。

 

 だが。

 

「………お姉ちゃんに、教えてもらわないと…」

 

「………は……?」

 

 レムは。青の少女は、その場にへたり込んで、動かなかった。話すら聞いていないようで、此処にはいない姉の存在を口にし続けている。

 

()()!そんなこと言ってる場合じゃ…」

 

 言いかけて、思い出す。

 

 今のレムは、ちょうど自尊心、向上心というモノをポッキリ折られて、姉に依存している状態だ。何をしても姉に勝てない自分に嫌気がさして、全てを姉に任せて放棄してしまっている。

 

 ───姉様(ラム)がいないと、レムは動くことすらできない。

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃんっ!助けて、お姉ちゃんっ!!」

 

「ば……!」

 

 そして。

 

 止める間も無く、レムは最悪とも思える行為に走った。大声で泣き喚き、姉の存在を叫んだのだ。

 

 あまりにも幼く、年相応の行為だったといえよう。助けを求めるのも、自らの無力を鑑みれば当然の行動であった。

 

 その泣き声は、敵にも味方にも、自らの位置を知らせることに目を瞑れば。

 

「……くそっ!!ゴーア!!ドーナ!!」

 

 周囲にいた魔女教徒が、レムの泣き声を聞きつけて集まってくる。それは未来のいつしかの大兎を思わせる、地獄に顕現する悪夢そのものであった。

 

 火球で、最も至近距離にいた魔女教徒を潰す。次に土壁を作って、レムの声がこれ以上聞こえないように即席のドームを作った。

 

 それも、後の祭り。周囲から迫ってくる魔女教徒は、軽く30人を超えている。しかもそれらは、純粋に迫って接近戦をしてくるような戦士たちではなかった。

 

 そして相手も、ただ無抵抗な的ではない。

 

「──ラ」

 

「………あ、ぁぁぁぁっ!」

 

 聞こえてきた詠唱と共に放たれたのは、風の刃。幸運にも当たりどころは良く、軽く脚を掠める程度。

 

 それは、僕という幼い子供を止めるのに十分すぎる一撃だった。

 

 ───痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!

 

 脳内がその一色に染まり、鬼の角も引っ込む。闘争心を超える、恐怖と痛み。

 

 前世で一度、ナイフで指を切ったのを思い出す。指から血が出て、肉の中身が見えた。その時ですら泣き喚き、しばらくグズっていたのだ。

 

 平和という薬は、時に痛みという毒を激化させる。

 

「いたい……いたい……ごー……ぃ……!!」

 

 満足に呪文を唱えることすらできず、その場にのたうつ。傷口自体は鬼族の特性か塞がりかけているが、それでも生傷をつけられたという事実は、呼吸を乱し、考えるという行為を忘れさせる。

 

 転がる子犬など、いい的にすらならなかった。

 

「………おぶっ………」

 

 ドプッと、嫌な感触が腕にあった。

 

 先のものを、平然と超えるほどの痛み。

 

 ゆっくりと、おそるおそる、目を逸らすようにそれを見る。

 

 それは───

 

「ぎ、ゃぁぁぁぁっ!!!」

 

 腕に深々と突き刺さった、十字を象った投げナイフだった。

 

 燃える。腕から先の感覚が遠のいて、その程度の傷で死んでしまうよう。

 

 

 暴れることで再び鬼化を果たし、湧き上がる闘争心が痛みを無理やり塗りつぶしたのが、不幸中の幸いと言えた。

 

「ぐ、ぉぁぁぁぁっ!!!」

 

 子供と侮り、むざむざと近づいてきた魔女教徒の首を腕の一振りで落とす。本来なら痒いほどの一撃。その行為の主が、三本もの角を持ったマナの炉心でなければ。

 

 べチャリ、と血糊がつく感触。それにすら構わず、燃える闘争心のまま、今度は胸に隠された暗器へと手をかけた。

 

 極滅刀。そう名付けられた(にび)色は、持ち主の期待を乗せて余りある切れ味で、残り二人の魔女教徒を呆気なく切り裂く。今度は一瞬遅れて、噴水のように二人分の血がぶちまけられる。

 

 それが、迂闊にも鬼へと近づいた愚か者たちの最後だった。

 

「…………ふーっ!ふーっ!!」

 

 合計八人。故郷の人々に聞かせれば顔も真っ青になる大量殺人だ。

 

 ………そんなことだけでは、こんな危機の一時凌ぎにすらならなかった。迫りくる相手の、一割を削った程度でこの体たらく。

 

「助けて……!」

 

 口から漏れたのは、先ほどのレムと大差のない懇願だった。ダメだ。これでは、レムを閉じ込めた意味すらなくなってしまう。

 

「誰か、助けてっ!!」

 

 心から叫びながらも、そのことに期待はできない。

 

 涙で潤んだ瞳で敵を迎え撃たんとした、その時。

 

「アルフーラ!!」

 

「………ぇ……?」

 

 極大とすら呼べる刃の台風が、迫りくる敵全員を薙ぎ払った。

 

 下手人の桃色の髪が揺れ、体から一切の力が抜ける。

 

「大丈夫!?レム、リル!!」

 

「……上、ねぇ様……」

 

「リル!レムは!?」

 

「その、土の壁の中」

 

 聞くや否や、恐るべき力で決して薄くない土壁を崩すと、中にいる少女を見て安堵の表情を浮かべる。

 

「レム……!よかった……!」

 

「お姉ちゃん……!お姉ちゃぁぁん!!」

 

 下姉様が涙で顔を汚しながら、ラムへと飛びつく。恐怖に震える青い少女は、村一番の実力者に力いっぱい抱きしめられ、嗚咽をこぼす。

 

「よかった……!本当に……!……リル、あなたが守ってくれたのね……偉いわ」

 

「ぼ…リル、は……」

 

 堪えていた涙を安堵でボロボロと落としながら、僕は言葉を紡げずにいた。

 

 違う。この惨状は、きっと防げた。そもそも、僕がいなくても、二人は助かったのだ。

 

 少しだけ冷静になって、その思考がでてくる。そもそも、この現状を引き起こしたのは、自分だと言っても過言ではない。こんな風に、感謝を言われる筋合いなどありはしない。

 

「リルは……」

 

「いいわ。二人が無事でいてくれたなら、お姉ちゃんはとっても嬉しいの。あとのことは、全部任せて」

 

 抱擁されて、言葉が消える。本来なら年下のはずの少女に慰められ、安心感すら覚えてしまった。

 

 ───でも、大丈夫。上姉様がいるなら、少なくとも時間稼ぎには十分間に合うんだから。

 

 傷はもう塞がっていた。痛みはまだあるが、それも直に引くだろう。

 

 助かった。たった数分の交戦だったが、体感では三年間に匹敵するほどだった。それだけの戦いを生き抜いて、僕ら三人はこうして、生き残ったのだ。

 

 そう確信を持って。

 

 

 

「─────ッ!!!」

 

 遠目に映った人影に、底冷えするほどの恐怖を覚えた。

 

「リル?」

 

 冷や汗が、背中から夥しいほどに出るのを感じていた。驚愕に、震えて歯がカチカチと音を出す。

 

 ダメだ。

 

 ()()を放置して、生きることなどできない。

 

 遠目からでは、普通はわからないだろう。ただ、それでも。アレだけには、絶対に勝つことができない。例え、ロズワール・L・メイザースだろうとも。

 

 ────僕を、除けば。

 

「上姉様………下姉様を、守ってね」

 

「リル?さっきからあなた、一体何を……」

 

 本能が、警鐘を鳴らす。それをするなと。脳が知っていた。それは、恐怖でしかなく、脅威でしかなく、絶対に立ち向かってはならない禁忌だと。

 

 だが、立たなくてはならない。ここで立たなくては、全てが台無しになる。………台無しになれば、この世界で僕に最早生きる目的はなくなる。どころか、この先生きていられるかもわからない。……その可能性は限りなく低くなってしまうだろう。

 

 そして知っている。アレは、全てを台無しにする()だと。

 

 それに………二人が死ぬのに比べれば、自分の命くらい軽い。僕はこの二人が好きだ。『Re:ゼロから始める異世界生活』の二人ではない。三年間を共に過ごして、笑顔で僕の誕生日を祝ってくれた、双子の姉二人が、僕は大好きになってしまったのだ。

 

 ───もし仮に生き残ったら、さんざ二人で愉悦してやる。

 

「下姉様と、隠れててっ!!」

 

「リル!?」

 

 戻りかけていた鬼化を行うことで三本の角から力を吸い上げ、全力で燃える村を駆け抜ける。

 

 不意打ちは無意味。むしろ状況を悪化させる。ならば、見間違いの可能性に賭ける。一人は見間違えようはなかったが、もう一つは違う。そちらさえいなければ、まだ御の字だ。

 

 もしくは、正面突破で油断を誘うしか方法はない。どちらにせよ、突っ込んで確認するしか道はなさそうだ。

 

 あと、二軒。燃える家を松明がわりにして、目標の場所へと突き進む。

 

 得物は隠せ。バレた瞬間、勝率は下がる。不意打ち。矛盾するようだが、正面突破からの不意打ちにしか、きっと勝機はない。

 

 あと、一軒。

 

 そこを左に曲がれば、目標はすぐ向こうに──

 

「………なんと、『怠惰』なことでしょう……」

 

 それは、痩せぎすの不気味な男だった。修道服のようなものを着た、狂人でしかなかった。

 

「ワタシが!殺して、殺して!!全て殺したと思い込んだばかりにぃぃぃっ!!このような、生き残りを許してしまう!!許し!!報いなかった!!愛に!!」

 

 男は僕に気がつくと、途端に頭を掻き毟りながら体を後ろへ丸めて、自らの指を咥え。なんの躊躇いもなく噛み砕いた。硬いものが砕ける音と、狂人の叫びが燃える村に(こだま)する。

 

「福音に報いねば!あぁ、ワタシは、なんと怠惰な!怠惰!怠惰怠惰怠惰怠惰っ!報いなければ、応えなければぁ!!愛に、畏愛(いあい)に、遺愛(いあい)に、慈愛(じあい)に、恩愛(おんあい)に、渇愛(かつあい)に、恵愛(けいあい)に、敬愛(けいあい)に、眷愛(けんあい)に、至愛(しあい)に、私愛(しあい)に、純愛(じゅんあい)に、鍾愛(しょうあい)に、情愛(じょうあい)に、親愛(しんあい)に、信愛(しんあい)に、深愛(しんあい)に、仁愛(じんあい)に、性愛(せいあい)に、惜愛(せきあい)に、切愛(せつあい)に、専愛(せんあい)に、愛、あいあいあいあいあいあいあいいいいいぃぃぃぃっ!!」

 

 男はひとしきり、一方通行な愛の羅列を愛しそうに抱きしめて。狂ったように、狂って、声を荒らげて。髪を掻きむしり、自らの血で頭を撫でつけ、髪艶を光らせて。

 

()()()()()

 

 全く意味をなさない言葉を口にする。

 

 しかしそれは、狂人の一人に過ぎなかった。一体その男だけなら、どれほど良かったことだろうか。

 

「司教。あまり御身を痛めぬよう。その体は寵愛による信徒たる肉体。それが傷つかれることは、きっと我々の崇拝する魔女も哀しみましょう。人間という存在は、生きているだけで尊いのですから」

 

 輝くような白金の髪を持つ女は、まるで全てに愛されているかのようだった。その微笑みだけで世界の全ては彼女に服従し、国を傾けてですら手に入れようとするであろうことは間違いなかった。服装は貧相に見えるが、飾り気のないその服が逆に彼女の可憐さを際立たせる。

 

 微笑みに確たる慈愛を孕ませ、全くの邪気のない瞳で狂人を見据えるその様子が、いっそなによりも狂気的。………その全てが薄っぺらい戯言にしか聞こえないのは、きっと彼女を知っていた自分だけだろう。

 

「………くそっ!見間違えじゃなかった……!」

 

 知っている。僕は、この二人を知っている。あまりにも有名。あまりにも高名。前者の銘を知らぬものはこの世界にはほとんどおらず、後者の名を知るものはこの世界にはほとんどいないだろう。

 

 ……そもそも、納得がいかなかった。鬼族の中でも平均の半分ほどの実力のレムがあれほど魔女教徒相手に善戦できるのに、村を焼いた程度で、レムの倍近い戦闘力を持つ鬼族の集まる村を崩壊させられるはずがない。

 

 一般の教徒であれば返り討ちに遭うのが関の山。事実、鬼族はそうやって生き残ってきた。

 

 で、あるならば。答えは一つ。

 

 ()()()()。鬼族全員の抹殺。それを為せるほどの存在が。戦闘力を持った者が。ならばなによりも勤勉であろうとする彼がいることは、かえって納得がいった。

 

「あら。なるほど。鬼の生き残りが。これは仕方がありません。あなたの勤勉が足りなかったのではなく、彼がより幸運であったのです。怠惰さとは無縁のその献身、私はとても素晴らしく思いますよ」

 

「大変……勿体なきお言葉にございます………デスが!!ワタシはワタシの怠惰を許すことができないっ!!この怠惰を!この不勤勉さを!呪うしかできないのデス!!あぁ!!実に実に実に実にぃ!!脳が!脳が震えるぅぅぅっ!!」

 

 会話として成り立っていない、狂人同士の反吐が出そうな掛け合い。それでも、目の前の二人は恐るべきという言葉で片付けるには恐ろしすぎる存在だ。一切の油断なく、挙動の全てに神経を傾倒させる。

 

「………おんやぁ?……アナタ……何やら妙ぅなものを持っていますねぇ?しかし。しかししかししかしぃ。一体何が……嗚呼(ああ)、その答えに至らぬワタシの怠惰!怠惰を!寵愛に背いた怠惰を!お許しくださいぃぃ!!」

 

「……なるほど。……答えは見えましたよ。彼、今までの鬼より一本角が多いのです。……それも、中央のあの角。なにか私たちに近いものを感じます」

 

 ───角から、魔女の気配?

 

 思わず、額の三本目に触れる。迫害の原因。今の力の源。この狂人達を前に、今なお正気のようなものを保っていられる所以を。

 

「おお!おお!真にございます!!その角!何故か額の一つのみが!濃密な寵愛を放っている!!愛に愛され、愛に生き!愛に溺れる信徒の証っ!!これこそ我が勤勉の対価!!なんと幸運なことでしょう!なんという吉日でしょう!!このような場でまさか同胞に出逢えるとは!!………あなた───まさか『傲慢』ではありませんか?」

 

「…………」

 

「あ・あ・あ・あぁ!!無視とは!!無視とは寂しいデス!!こんなにも!こんなにもワタシはアナタに好意的に!合理的に接しているというのに!」

 

 何がおかしいのか、ケタケタと笑みをこぼしながら、尋ねるように跪く。こちらを煽るような常軌を逸した行動は、胸に渦巻く憤怒の感情を口から吐き出させるのには充分だった。

 

「……前が………」

 

「ん?おやおや?なんデスか?なんなんなんなんなんなんなんデス?ええ、ええ、言ってみると良いのデス!怠惰に口を噤み、怠惰に思考を忘れ、怠惰に過ごすことなど到底許されはしない!!」

 

「………なんで、お前がいるんだ……」

 

 理不尽を呪う。そのために言葉を吐く。

 

 目の前の狂人がいることは、まだ想定の範疇だった。予想外ではあったが、想定外というほどではない。

 

「……それは……もしや、私に言っているのですか?」

 

 だが、目の前の女は。そちらだけは。絶対にいてはいけない存在だ。いるはずのない、絶対的なイレギュラー。その存在だけは。絶対に。絶対に。許してはいけない。

 

 だって、本来彼女は、こんなところにいるはずがないのだから。こんな()()()()()()にいていい人間ではない。

 

「おや。私としたことがまだ名乗っていませんでしたね。これはお恥ずかしい」

 

「ああ!ワタシも思わず忘れてしまっていたのデス!!魔女よ!この怠惰をお許しください!!寵愛に捧げし我が想いを、是非、是非是非是非ぃ!!心にお止めください。寵愛の使徒よ!!」

 

 

 

ワタシは魔女教、大罪司教──

 

 緑の髪をした狂人は、俯いた姿勢のまま器用に首をもたげて真っ直ぐ僕を見つめて、名乗る。あまりにも聞き飽きた、その『怠惰』を。

 

『怠惰』担当、ペテルギウス・ロマネコンティ……デス!

 

 対して銀髪の少女は、感情らしきものを見せて、うっすらと微笑んでみせた。

 

 世界に祝福される、それ以上の幸福感をもたらす少女の微笑。真っ向からの憎悪に対し、全てを許す包容力で応じる。

 

 両手を広げて、小さな腕で何もかもを抱くように、一言。

 

しがない魔女教教徒が一人。()()()()と申します

 

「どうしてお前がいるんだよ!『(きょ)(しょく)』の魔女、パンドラぁっ!」

 

 

 自称する言葉のあまりの淡白さに、僕は声を荒らげずにはいられなかった。

 

 




災厄その1
中ボスとラスボス(と思われる)がチュートリアルからフルスロットルでやってくる。

ちなみにパンドラ?誰?という方は、『めっちゃ美人でチートなラスボス候補』と思っておけば問題ないです。権能等については次話で触れます。


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