目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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遅刻しました。
そんな前書き。


その突き当たりを直進してください

 

 

 

 スバルの目覚めは、異世界に来てからいいものであるとはお世辞にも言えない。王都では目覚めたと言った方がいいのかすらわからないし。屋敷で心から安心して眠れたのは、きっと一周目と四周目だけだった。

 

 視界が開けてすぐ、周囲を見渡す。そこには誰もおらず、スバルが無事二日目に突入したことを教えてくれる。

 

『スバルの、バカぁぁぁっ!!』

 

「…………いっそ、戻っててくれたら」

 

 どれほど良かっただろうか、と。昨日のことを思い出して漏れかけた一言を、なんとか途中で留めた。

 

 それを口にすることは、何より今までのスバルを否定するのに等しい。死は、恐れられなくてはならない。決して、受け入れていいものではない。あんな思いを、もう。二度としたくはない。

 

 それは、四周目での彼との誓いでもあった。それすらも破るのならば、スバルはもう、ナツキ・スバルですらない。

 

「一歩一歩、自分のペースで、進む……」

 

 自分で噛み締めた言葉が。

 

「進まなくちゃ、ならねぇんだ……」

 

 どうにも、砕けないくらいには重く感じた。

 

 

 

「………ふん」

 

 朝に会ったリルは、スバルと目を合わせることすらせず、ずっと黙ってそっぽを向いたままだった。

 

 こうやって誰かと喧嘩らしく喧嘩したのは、一体いつぶりだろうか。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「バルス。昨日、リルと何かあったでしょう」

 

 ──そう話しかけられたのは、ちょうどラムと二人で空き部屋の掃除をしている時だった。

 

 どきり、と胸が跳ねて。

 

 ほんの数秒強張った形相が見られていないか、内心で焦りを感じながら無理やり笑顔を作る。

 

 笑え。ナツキ・スバル。道化となって、不自然なく振る舞え。そうしなくては。この屋敷で、またスバルは命を落とす。

 

「え?いやいや、ラムちー!確かにリルたそは一夜の過ち犯しちゃいそうなくらい可愛いけども男じゃん?確かに俺の好感度はエミリアたんに次いでずば抜けて高いんだけど、流石に手を出すってのはないない!」

 

「リルが可愛らしいのはラムの弟だから当然だわ。当たり前のことを言わないで。……いえ、そんなことを言ってるんじゃないの。やっぱり、何かあったのね。吐きなさい」

 

 確信めいた表情で問い詰めてくるラム。姉の勘なのか、何かしらの根拠があるのか。

 

 正直に答えるべきなのだろうか。だが、弟思いのラムがスバルを攻撃しにかからないとも限らない。四周目の記憶が、鮮明な恐怖となってスバルの胸に蘇る。

 

 ………でも。嘘をつくのは、昨日のことで。もう、懲りていて。

 

「あぁ!ええっと、昨日の夜、ちょぉっと男同士の話し合いってか、いや、俺が全面的に悪いんだけど喧嘩的な?ハッスルしちまって!屋敷の空気を乱しちまったのを気にしてるなら謝るから……」

 

「判決は死刑ね、死になさい」

 

「………ッ!」

 

 予想できた言葉に、思わず顔を上げて体が半歩後ろに下がる。………だが、ラムから攻撃される素振りは一切なかった。

 

「…………そんな思い詰めた顔をしなくても、ラムなりの冗談なのだけど」

 

「…………い、いや。わかってたけどね!ラムちーはなんだかんだ優しい先輩だから、そんなことしないって!」

 

「バルスが死んでリルが悲しまないなら、今すぐにその首を断っているわ」

 

「いや、怖い怖い!」

 

 それが冗談にならないことは、実体験が済んでいる。内心の焦りを誤魔化すように、大袈裟に怖がって自分を鼓舞した。

 

「とはいえ、嘘をつかなかったのは誉めてあげる。昨日の夜、リルに泣き腫らした痕があったの。寝る時もレムに気を配る余裕もないみたいだったし……………やっぱり、ここでバルスを消しておくべきかしら」

 

「勘弁!勘弁!そっか!やっぱ悪いことしちまったなぁ!後でちゃんと謝っとかねぇと!」

 

「本当に。リルを泣かせるなんて、万死……いえ、兆死に値するわ。相手が相手なら、一片の肉たりとも残さず消しとばすところよ」

 

 さっきから冗談のつもりなのだろうが、それらが全て軽口の体を保っていない。実際、レムに告げ口をしたらスバルがその言葉通りスクラップになることは目に見えている。

 

 そうなっていないのは、恐らく。あれほど彼を怒らせたスバルが未だ、あの小さなメイドに庇われているからだろう。

 

「感謝すべき相手は分かっているようね。なら、愚かなバルスにもう一つ教えておいてあげる。……昨日、ロズワール様との会話を盗み聞きしていたわね。あれは、あの場にいる全員が気がついていたわ」

 

「………え?」

 

 それは、スバルから道化の演技をひっぺがすのに十分すぎる衝撃を持っていた。

 

 あの夜の会話を。三人は、スバルに聞かれていることを承知の上で行っていたというのか。

 

「ロズワール様は言わずもがな。ラムは風の動きで。リルは気配と熱でわかるもの。あまり魔法使いを舐めないことね。………リルが陰魔法を使ってバルスの気配を隠して言外にその存在を認めなかったら。その胴と頭、繋がっていないと思いなさい」

 

 軽く言ってのけ、かといってスバルを害することもなく、飄々としているラム。

 

 貴族の密談。しかも、自分自身に関すること。それを盗聴することの危険性は、ファンタジーに明るいスバルはよく分かっていた。バレればただで済むなど毛頭思ってもいない。レムでなくとも、その場で殺されてもおかしくないはずの行為だったはずだ。

 

 それなのに。スバルは。あの時のリルの気持ちにも、配慮にも気がつかず。上辺だけのやりとりに気を取られ、それが全てだと思い込んで。

 

 ふと、自分の目からボロボロと落ちてくるものがあった。昨日のものとは全く違う。自らの無能さ加減に呆れて、

 

「………俺、なっさけねぇ……」

 

「いつものことね」

 

 スバルの様子を見て満足したのか、少し嘆息したラムは、手に持つモップで容赦なくスバルが流した涙を汚れとして拭き取っていく。ムードや情緒の欠片もない。……まさに、彼女らしい。

 

「ラムは行くわ。その廃水を流し終わり次第ついてきなさい」

 

「…………俺は、どうすりゃいいんだろうな」

 

「あら、躾がなってないのね。今バルスがすべきことはたったひとつだけでしょう。その足りない頭で考えてみたらどうなの」

 

 恐らく、それは彼女なりの支援か、励ましか何かだったのだと思う。

 

 ただ。今のスバルにとって。それは、ただ自らにない答えを探し続ける、無限の迷路への入り口にしかならなかった。

 

 ………ナツキ・スバルは。

 

 あんな子供に守られ続け、無様を晒し続けるナツキ・スバルは。

 

 一体、何をすべきなのだろう。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 気持ち悪っ………

 

 あっ、どうも。僕です。

 

 なんかスバル君、思った以上に気持ち悪いな……

 

 僕だ。

 

 うん、その……ね?本心は、本心はわかってるんだよ?僕らに認められたいってのもあるだろうし、昨日のことを誤魔化したいってのも有るんだと思う。

 

 たださぁ………

 

「おいおい、どうしたよ、リルたそ。いい加減、返事してくれって!」

 

 くぉれはないんじゃないかなぁ………

 

 えっ、これ。ツッコミがわりに殺した方がいいやつ?死んで悔い改めて、した方がいいやつなのか?多分顔面に全力一発ぶち込んだらスバル君くらいなら首飛ばせるよ?今なら遠慮なくやるよ?

 

 割と僕、自分の名前に愛着あるんだけどさ。『リルたそ』は流石にウザすぎる。えっ、なにこれ。スバル君にこんな感情抱くの初めてなんだけど。死ぬほど複雑。

 

 多分、下姉様よりスバル君の呼び方に嫌悪感感じてると思う。よくこれで下姉様スバル君殺さないな。僕なら殺してる。

 

 まぁ、下姉様は今のスバル君に昔の自分を重ねてるってのがあるんだろうけど。

 

 その呼び方は絶許なんだが??

 

「なぁ、リルたそ!何を手伝えばいいかくらい、教えてくれってば!」

 

 ピキィッ……

 

「………燃やして花の肥料にしてやろうか」

 

「怖い怖い!俺不燃性!やめてくれよ!俺を養分にして育った花とかどんなひん曲がった茎するかわかったもんじゃねぇぜ?」

 

 それ以上はやめておけ。……誰でもいい気分なんだ。ほんとに。スバル君でも。

 

 なんというか、僕自身、ここまで自分がイラついていることに驚いている。なんでこんなに怒りが沸々と湧いてくるのだろうか。

 

 

「大丈夫ですか、リル。やっぱり、あの男を殺した方が……」

 

「………ううん、大丈夫。……大丈夫、だから」

 

 

 挙げ句の果てにはあの下姉様から心配の言葉をいただく始末だ。それに返すのもしどろもどろ。下姉様に食事を取らせてもらいながら、その行為の情けなさに、あまりにも遅い辛さと怒りが湧いてくる。

 

 どうして。

 

 どうして。

 

 僕はここまで、苛立っているのか。

 

 喧嘩をしたことは、初めての経験だったと思う。前世を通して、僕はそんなものを体験したことはなかったからだ。

 

 じゃあ、それが原因なのかと言われれば。それも違う。

 

 今僕は、純粋にスバル君の在り方が。

 

 ナツキ・スバルが、許せないと思ってしまっているのだ。

 

 それこそ。少しでも油断すれば、彼のことを殺してしまうんじゃないかと。そう思えるほど。無意識に、殺してしまいそうで。手の中に握っている蝶を、潰さないように慎重に扱っているかのようだった。

 

「珍しいわね、リル。そんなに怒るだなんて、そこまでバルスが気に入らないのかしら。それとも、喧嘩したことを根に持ってる?」

 

「………そんな、ことは…」

 

「それならそれでいいのよ。喧嘩した相手に怒るのは普通。年相応で、お姉ちゃんはその成長が嬉しいわ」

 

 慈愛を含んだ上姉様の言葉が、チクリと胸を苛んだ。

 

 そうなのか?

 

 僕はスバル君に対して、怒っているのだろうか。

 

 昨日の出来事が許せなくて。そのことを、根に持っているだけなのだろうか。

 

 自分で自分がわからない。こんなの、初めてだ。スバル君のことを、僕以外のことを、考えられない。

 

 もっとこうすれば、スバル君の罪の意識を煽れる。そう思うのに、その考えを実行することもなく、反射的にスバル君を避けてしまっている。

 

 もう、二日目だ。スバル君に苛立ちを感じ続けて、一日を終えようとしている。

 

 こんなことが、あっていいのだろうか。

 

 リルという存在にとって。■■という存在にとって。

 

 怒りを覚えて、自分の行動がコントロールできないなんてことが、あっていいはずがない。

 

 明らかな情緒不安定。明確なエラー。でも、原因がわからない。

 

 そもそも。僕はスバル君に、怒りを覚えて。

 

 その果てに一体、何を求めているのだろう───

 

「はい?」

 

 そんな僕らしくもないシリアスな思考は。

 

 スバルを膝枕するのではなく、その程よい胸に迎え入れるエミリア様の姿を見て。跡形もなく吹き飛んだ。

 

 

 ──お客様困ります。当店ではそのようなサービスは……

 




後書き。

おやすみ。

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