そのお願いをしたのは、三日目のちょうど午前中のことだった。
ついさっきまで話をしていたエミリアやパックが呆然とする中。スバルはただ一人、穏やかな表情で庭園の整理をしていたリルに土下座をかました。
「頼むリル!俺に魔法を教えてくれ!」
「こらこら、スバル。………教えてください、だろ?」
「教えてくださいっ!神様仏様リル様エミリアたん!」
「どうしてそこで私の名前が出てくるのか、すごーく疑問なんだけど……」
エミリアたちがかなり微妙な顔をするも、無事リル本人からの承諾を得られたのでスバルは満足。今まで果たされなかった約束が、ついに果たされる時──!
「というか。脈絡がなさ過ぎてつい承諾しちゃったけど、何で急に?火属性魔法ならリルじゃなく、大精霊様を頼った方がいいと思うけど」
「たった今その大精霊様からセカンドオピニオンで『陰』以外の才能なしって肉球の太鼓判押されたとこなんだ。俺の人生の初魔法!お前に捧げるから!教えてクレメンス!」
「なんか猛烈についさっき頷いたことを撤回したくなってきた」
詳しく状況を説明すると。
庭で休憩を入れていたスバルが、エミリアとパック一人一匹を相手に魔法講義に花を咲かせていた。
当然、ファンタジー要素に食いついたスバル。
初魔法を使いたい一心でスバルが弟子入門希望を出したところ、『陰』系統魔法ならリルの方が適任、と勧められて、その直後にちょうど視界にリルが入ってきたところだ。
そして、スバルは躊躇なく土下座を敢行した。
年下相手に土下座など、と思うが、生憎と相手が相手だ。泣き喚きまくって風呂に入って喧嘩もして仲直りもしたメイドを相手に恥じ入る心など、既にスバルは持ち合わせていない。
「陰魔法ならパックより上ってマジ?」
「マジ。あくまで調節の話だけど。リルには才能なかった分努力したから、小回りが利くよ。一番適性があるのはエミリア様と同じ火属性だけど、そっちより陰魔法の方が得意かな」
少し得意げに鼻を鳴らすリル。言われてみれば、何度か日常的に使っているのを見たことがある。ついにファンタジー要素の本番、と言った感じだ。
これは期待しても良いのではないか、と。夢の魔法ライフに胸を躍らせるスバル。リルも多少なり乗り気のようで、何を教えてあげようかな、と思案顔だ。
「うーん。日常で使えたら便利な魔法と、戦闘で役に立つ魔法。どっちがいい?」
「迷うが後者だな!具体的にはさっきパックさんに撃たれた『シャマク』あたりを!」
『シャマク』は、対象の視界を暗闇にして意識を閉じ込める魔法だ。ついさっき体験としてパックから食らったが、なかなかに強力な効果と見た。具体的には、一発食らっただけでスバルが戦闘不能になるくらい。
逆に言えば、それらが容易に使えるリルやパックを相手に、スバルは歯すら立たないと言うことなのだが……
「『ミーニャ』や『ヴィータ』は調整が難しいだろうからね。教えてもらうならシャマクがオススメだよ」
「なんか新しいワード出まくって俺ワクワクすんよ!リルさんリルさん、早速!」
「はいはい。大精霊様、補助をお願いします」
「了解、任されたよ」
ちょこん、と自分の頭の上に灰色の猫さんが乗ったのを確認。
「それじゃ。まずは全身のマナの循環を感じてみようか。深呼吸してみて」
「おお、それっぽい。ひっ、ひっ、ふー」
「お終いにする?」
「エミリアたん直伝の深呼吸法なんだけど……」
躊躇なく終了を提案してくるメイドに冷や汗をかきつつ、今度こそスバルは深呼吸。心を落ち着かせ、酸素を取り込んで二酸化炭素をゆっくり放出する。
「すぅ………はぁ……」
「そうしたら、体の中にあったかいものがあるのを感じて。ゆっくり、ゆっくり。循環してるそれを、集めていく」
リルの声に合わせて、パックがスバルの頭をぽてぽてと触る。
ふいに全身が熱くなるような感覚をスバルは得た。体の中を巡る、血とは違う感覚。体内を荒れ狂う、形の見えない奔流こそがマナなのだろう。
「全部は無理だから、ちょっとだけ取る感じ。それを、丸く、丸く固めて」
言われた通りに、その流れを意図的に操作して、熱の塊をゆっくりと作り出す。思った通りには全然進まないが、いくつかの流れは円となって循環し、スバルの中に滞留していく。
「よし今!それを外に出すのを想像して!黒いモヤが体から出る!出る!」
ゲートと呼ばれるものを体の中心にイメージ。マナは内側から外へとエネルギーを溢れさせる。そのエネルギーは外へ出て、スバルの意思に従って現象へと昇華して。
「───シャマク!!」
スバルが、そう叫ぶ。
すると、ほんの少しの怠さを伴って、あたり一面に黒の煙が蔓延する。現実ではあり得ない現象。まさに、魔法。
「おお!………おぉ?」
と言っても、出る量は少しのボヤくらいのもので、本当に目眩しくらいの能力しかなさそうな煙だ。思い描いていた『ぼくのかんがえたさいきょうのまほう』とは、どうにも程遠い。
「………成功しちゃった」
「おいリルこらお前!しちゃったってなんだしちゃったって!」
「うん、最初でこれならまぁいいんじゃにゃい?ぼちぼちだと思うよ」
ですよねパック大先生!やっぱり俺、パック先生に入門します!と軽口を叩きつつも、『約束通り魔法を教えてもらえた』ことと『魔法を使えた』二つのことに感動するスバル。
リルは何やら軽くショックを受けているようだが、想定よりスバルの才能があったと言うことにしておこう。
そうして、マナを使ったことによるものか。少しの怠さを覚えていると、スバルに近寄ってくる影があった。煙で少し見えづらいが、近くに来ればそれが誰だかは明白で。
「スバル、その……」
「エミリアたん!どう?どうだった!俺の初魔法!ちゃんとエミリアたんの視界に残る偉業だったか!?」
「うーんと、魔法自体は多分普通だったんだけど」
あー、うー、と。何やら歯切れが悪そうに言葉を濁すエミリア。何か言いたそうだが、確証がない、と言った感じだ。
「ん?どったの?もしかして、そんなに酷かった?いやまぁ、効果らしい効果はねぇけど」
「そうじゃないんだけど……その……」
軽く頬をかいたエミリアは、物凄く嫌な予感を察知したかのように、冷や汗を垂らしながら、核心に迫る一言を口にした。
「………この煙、出続けてるけど一体いつ止まるの?」
それぞれでそれぞれの考え事をしていた、一同全員が固まった。
確かに、未だ黒煙はスバルの下から溢れ出ている。これが白いならばドライアイスを纏うスーパースター気分が味わえるのだろうが、黒い煙となれば何やら不穏なものを感ぜざるを得ず。そしてスバルの怠さは、失せるどころか増す一方。
というか、時間が経って散るどころか周囲に立ち込め始めた黒い霧は、明らかにヤバイ匂いをぷんぷん漂わせていて。
「スバル!ゲートを閉──」
リルとパックが、ほとんど同時にその言葉を発し、恐らくそれに対応した行動をしようとするが。
それらがスバルにたどり着く前に。
「ぼっちゃられぼん!!」
ボムン、と。
お手本のような爆発音を立てて、スバルは爆発した。正確には、全身の孔という孔から黒い煙をモクモクと放出し、自爆。
先程の何倍も濃い黒は、あっという間に周囲へと広がり。数秒後にロズワール邸の庭園の一角を、爆発的に噴出した黒い靄が覆い尽くしていた。『お仕置きだべ〜』という言葉が似合いそうなほど、綺麗な爆発雲を浮かべて。
───どうやらスバルは、時限爆弾か何かだったらしい。
爆発オチなんてサイテー!と。そう叫びたかったが、その思考に黒い幕が落ちてきて、叫ぶことすらできずに、消えた。
はいはい、僕だよ。
安定のスバル君の自爆魔法に巻き込まれてちょっと安心した後。現在進行形で下姉様と一緒に村に来てるよ。
そして子供たちに絡まれてるよ。
僕だ。
「なんでリルが絡まれるの?」
「ははは!無様よなリルぅぅっ!!同年代というのに今までそいつらに絡まれない方が不思議だったんだ!さぁ!今まで見捨てられた俺の気持ちを存分に……いてぇいてぇ!引っ張んな!」
「スバル偉そう」「スバルかっこつけ」
「スバルこわーい」「リル可哀想〜」
「てめっ!リルにだけ同情してんじゃねぇ!惚れたかもしれんが、残念ながらこいつはおと……」
「個人情報死守老若男女平等チョップ!」
「あひん!」
デリカシーがないです。やめろや。こんな村の中心で『男なのになんでメイド服着てるの?変態なの?』的な視線を浴びるのは正当な理由があったとしても流石に辛いぞ。
「さっきリルに散々借りを作っておきながらよくもまぁ」
「何言ってんだ。お前への借りなんか数えても数えきれねぇに決まってんだろ。ちゃんと覚えて、俺の胸の中にしまってあるよ」
「せめて返してくれない?」
くっそ。こいつめ。てか、いつの間にかボケとツッコミ逆転してませんか。
さっきの借りというのは、スバル君の暴発の件だ。あの後流石に放置したら下姉様が飛んできそうだったので、いつかの師匠みたく『ウルシャマク』を使って、スバル君の暴発シャマクを圧縮してポイした。
そして口からレインボーを出した。仕方ないね。『エルシャマク』で限界のところを無理くり使ったから、代償に思っ切り吐いた。それはもう心配されるくらい吐いた。
めちゃくちゃ気持ち悪かった。久しぶりに吐いたよ、ちくしょう。嘔吐系キャラの印象がついたらどうしてくれるんだ。まぁ、ボッコの実を食べて復活したスバル君とどっこいどっこいだとは思うけどさ。
その後、スバル君の提案で村に行くことになった僕ら。大方、師匠から呪いの発動条件『対象者に術者が触れること』を聞いて、村に何かあると思い至ったのだろう。
四人共に行く理由はないので、上姉様はお留守番。僕と下姉様とスバルの三人で出かけることになった。
ラジオ体操も済み、ちゃんと村はずれの犬もどきに噛まれたことも確認済み。用事はそれで済んだので、子供達を振り切って帰宅することになった。
………ちなみに、その魔獣からは死ぬほど吠えられました。噛まれこそしなかったけど、飛びかかって噛みにきそうな勢いではあった。やっぱり臭いめっちゃするんやなって。
が、道中。一番重い荷物をスバル君に持たせているので、トロイ。木馬かな?
「重い………重いぜ、くそぅ……」
「だって。どうする?下姉様」
「口だけなスバル君は置いていきましょう」
うーん、塩対応。それもそれで面白いけどね。スバル君の荷物を軽くしてあげよう。
……と、魔法を使うために当然の如く繋いでる左手を解くと、下姉様がすごく恨めしそうな顔をする。こらこら、嫉妬しないの。
「しょうがないから重力軽減の魔法かけたげる。……ヴィー」
「それ物重くする方じゃなかったっけ!?」
「チッ、知ってたか」
気づかなかったら五倍にしてやったのに。バレてからやっても冷めるので、ちゃんと『ムラク』の方を使ってあげる。
「うぉぉぉ!?マジか!超軽ぃ!ヤベェ!見直したぜ陰魔法!超便利じゃねぇか!」
「あんまりはしゃがないの。また今度教えてあげるから。ほら、早く帰るよ」
うん。実際便利だもんね、陰魔法。隠蔽隠密重力操作が思いのままって相当よ。僕にとっては生活必需品まである。
再び下姉様と手を繋ぎ直し、ちょうど屋敷の門が見えてきたところで、ロズワールと上姉様の姿が遠目に見えた。そういえば、今回は出かけるんだったな。見た感じはまるで幼妻と変態貴族。姉様はお前にやらんぞ!!いや、今は礼装着てるからメイクだけで見た目だけはちゃんと主従なんだけど。
スバルの足を軽く叩き、姉様と共に急ぎ足で玄関まで向かう。しょうがないから送り出してやろうじゃないか。あ、二度と帰ってこなくていいよ。スバル君もなんとなく事情を理解したらしく、同じく玄関まで駆け足で移動。
「あはぁ、二人とも一緒だったんだね。手間が省けて助かるよぉ」
「来客ですか?」
「酔狂ですか?」
「外出と見た」
「おぉ〜慧眼。スゥーバル君が正解。リルは深読みしすぎかなーぁ。少しばぁかり、厄介な連絡が入った。確かめにガーフィールのところへ行ってくる。遅くはならない気だけどねーぇ」
そういえば、ここで名前出てるんだったねガーフ。最初聞いた時は髭もじゃのドワーフみたいなおじいちゃん想像してたのが印象に残ってるわ。
「そぉんなわけで、しばし屋敷を離れる。どちらにせよ、今夜は戻れないと思うから。ラム、レム、リル。任せたよぉ」
「はい、ロズワール様の随意に」
「はい、ご命令とありましたら」
「はい、この命に換えましても」
僕らの返答に満足したのか、スバル君に軽く念押しをして、ロズワールは空を飛んでどこかへと去っていく。どうかそのまま星になれ。
空を飛ぶって変態の所業ってのは師匠の意見だけど、確か火と風と土ができたら行けるんだっけ。僕と上姉様でできたりしないか。『ムラク』で似たようなことはできるけど、あれあくまで浮いてるだけだしなぁ。
「それはそうと。さっきラムの立ち位置を取ったわね。死ぬといいわ」
「あっ、バレた?」
「バレた?じゃなく。死になさいと言っているの」
「あっこれ結構キレてるやつだ!」
そりゃね。
それで、数分後。
「──ラム、レム、リル!話がある!」
こうなる。
さてさて。いい加減、お手並み拝見といきましょうか。
リル「そういえば、原作じゃ無理に使おうとして失敗してたけど、まともなアドバイスしたらどうなるんだろ……試してみるか」
スバル「よっしゃ成功!」
リル「!?」
スバル「やっぱ暴発」
リル「ホッ(この後ゲロる)」
タイマーストップ。ジャスト四分で読み切ったと見た!
RTAばりの速度で駆け抜けました。
次次回くらいから山場ですかねぇ。