「押し問答してる時間も惜しいから、単刀直入に言うぜ。あの村に悪い魔法使いがいる。そいつの正体がわかったから、今から村に行かなきゃならねぇ」
そこでスバル君から話された事情は、たったそれだけのことだった。
うーん。子供か!
「姉様、姉様。スバルくんてばずいぶんとつまらない冗談を言いますわ」
「レム、レム。バルスったらピエロとしての才能は一流なことを言うわ」
「スバル、信じられない」
「なっ……いや。ふざけた言い分だってのはわかってる!でも事実だ!止めても行くぜ!」
僕にまで否定されたことを少しだけ気にした風なスバル君は、しかし折れることなく食い下がる。
チラリと両姉様の方を見ると、下姉様は疑うような目でスバル君を見ているし、上姉様もスバル君の様子を見て判断を決めかねているようだ。……恐らく、スバル君と一緒に村に行ってないから、まだ警戒が少し強いのだろう。
「俺はこれから村に行く。怪しむってんならついてきて構わねぇ、見極めてくれ。ただ、エミリアたんをひとり残しては行けねぇ。ついてくんなら最大でも二人だ」
「勝手に仕切らないでちょうだい。ロズワール様のご命令を守るなら、ラム達がバルスに付き合う理由なんてないでしょう」
「ああ、ねぇよ。夕方のロズワールの命令を守るってだけならな。けど、ロズっちから出てる俺への命令は本当にそれだけか?」
「───」
痛いところを突かれ、黙る上姉様。だが、感情的な面でまだスバル君に信頼を置いていない以上、判断には時間がかかるだろう。そして、上姉様の許可がなければ、下姉様も当然動かない、か。
………しょうがない。元はと言えば僕が摘んでしまった可能性だ。ここで失敗されても、またもう一周を繰り返すのは億劫だし。
「スバル。リルは、スバルのことを信じられない。その言い方じゃ、きっと誰も騙せない」
「騙してなんかねぇ!俺は、お前にだけは嘘をつかないって決めてんだ!頼む、信じてくれ!」
………う。カッコいいこと言ってくれるじゃんかよ。いや、そんくらいでデレませんけど!もともと手を貸すつもりだから、こんなこと言うんだぞ。
「スバル。スバルが嘘をついてようがいまいが、リル達には関係ない。そもそも、今のリルたちにはそんなことを判断できる材料がない」
「──じゃあ、どうしたら!」
「だから。騙せばいいんだって」
よし!リル君のスーパーこみゅにけーしょん教室!始まるよっ!!
「いい?目的を達成して協力を得たいなら、相手を騙さなきゃいけない。もちろん、全部でまかせはダメ。でも今のスバルの言葉じゃ誰も動かせない。たとえありのままの真実でも、それが真実なのかがリルたちにはわからないから。……だから、騙していい。本当の根拠を混ぜて、所々を嘘で補強して。リルたちが動きやすいような嘘の流れを騙らなきゃ。そうじゃないと、相手は動かせない」
「……………要するに」
「一部でいいから、根拠や証拠を出して。全部じゃないなら嘘でもいいから。大筋が合ってるなら、それで人は動かせる」
三章で役立つスーパーアドバイスだ。嘘は真実と混ぜることで、本当の真価を発揮する。参考にしてくれていいよ。
そしてついでに、これはスバル君が本当に間者だった場合の牽制も兼ねてたりするんだよね。ここまで言われて、さぁ語れ!と言われても嘘をつくやる気が出る奴なんてそうそういない。
下姉様はわからないだろうが、上姉様もその意図にはきっと気がついている。だからこそ、ここでスバル君が上手く物事を語れれば、信頼も同時に勝ち取れる。
まぁ、ヘマしたらカバーしきれないから諦めてください。
でも、期待してるからね。スバル君はこういう土壇場では、最良とは言わずとも、優くらいは選択できる男だ。
「………俺が村で犬に噛まれたこの左手の傷。ここに呪いがかけられたのがベアトリスのおかげで分かった。呪術は発動するのに接触する必要がある。だからその犬が呪術師だ。昔、似たようなやつで知り合いが死んだことがある。マナ吸い取られてから命が消えちまうらしい。それとおんなじやつって話だ!このままじゃ犬を連れてたガキンチョどもが危ねぇ!だから、俺を村に行かせてくれ!」
ふむ。僕やスバル君が死んだストーリーを自分の体験にして危機感を持たせようとしたのか。
……なんでそんなに呪術に詳しいのかとか、ならどうして犬に気づかなかったのかとか、色々ツッコミどころは多そうだな。これはクルシュさんやら場数踏んでる人達相手には逆効果になるかもしれない。
でも、焦ってる分自然と迫真の演技になって説得力は増してる。初めてにしては及第点だ。
「かなり端折ったね。でも、信憑性は増した。上姉様、下姉様、どう思う?」
「いいわ。ラムはバルスの単独行動を認める」
「………レムも、賛成というほどではないですが。頭ごなしに否定はできないと思います」
「そう。リルもスバルの言ってることは本当だと思う。決まりだね」
「おいこら!一番疑ってただろお前っ!!」
はぁ〜!?おいこら!せっかくアドバイスあげたのになんですかその態度ぉ!ちょっとイラッときちゃうんすけど!
と、少し緩んだ空気になったところで、上姉様は油断なく「ただし」と言葉を続ける。
「バルスもわかっている通り、ひとりで行かせるわけにはいかない。ここでバルスの単独行動を許すと、ロズワール様の命令に背くことになるから」
「そうだな。んで、妥協点は?」
「癪だけど、さっきのバルスの申し出に乗るしかない。レムとリルを連れて行きなさい」
「願ったり叶ったりだ」
僕もか。うーん。まぁ、その場で説明すればいいか。ここではむしろ、同行しない方が面倒ごとになりそうだし。
「レム、リル。そういうわけだからお願い。ベアトリス様への確認とエミリア様への説明はラムがやっておくわ。こっちも、ちゃんと『視』てるから」
「姉様、あまりその目は──」
「必要なら使う。レムもリルもそうして。……万一はないと思うけど、気をつけていってらっしゃい」
上姉様に二人して抱きしめられ、言葉を封じられる。あったかくてとても堅いです。
話に入ってこれないスバルを他所に、数秒の団欒を過ごした僕らは、スイッチを切り替えてスバル君と村へ向かおうとする。
「──スバル、どこかに行くの?」
と、エミリア様が話に入ってくる。スバル君の大声を聞いたのだろう。……まぁ、止めても無駄なのはエミリア様も察していたようで、スバル君はエミリア様に心配をかけないように、のらりくらりと質問を誤魔化した。
「いや、何かあるかも、なだけだから!心配しないで………いや、ちょっと心配してくれると嬉しいかも……」
「わかった。無茶しないでね。リルとレムも、スバルのことをよろしく」
「はい。承りました、エミリア様」
「はい。仰せのままに、エミリア様」
「──あなたたちに、精霊の祝福がありますように」
エミリア様の見送りの言葉を受けて、僕らは屋敷を出る。
道中、走るスバル君から呪術師によって村が壊滅する可能性をより詳しく説明されながら、同じく疾走。
が。
「…………だぁ!遅い、スバル!ついでに体力なし!」
「ぜぇ……はぁ………む、無茶言うな!こ、これでも腹割かれて四日目なんだぞ……」
スバル君、トロい。鬼族の僕らに追いつけないのはしょうがないが、今は一刻を争う事態だ。僕のせいで時間が遅くなって間に合いませんでした〜で、他の子供はともかく、ペトラちゃんに死なれるのはちょっと困る。
「わかった。下姉様、全力でどれくらい出せる?」
「さっきの倍程度なら」
「うっ、そだろ……マジで……?」
「スバル、一旦止まって」
そもそも種族が違うからフィジカルも違う。比較しても詮の無いことだ。スバルくんに付き合ってたら日が暮れる。特別サービスしてあげちゃおう。この後、カッコいいところたくさん見せて欲しいからね。
スバル君を一時停止させて、手をその肩と膝あたりに回して一気に持ち上げる。……ちょっと重いけど、これくらいなら陰魔法無しでもいけるな。
はい。お姫様抱っこです。
「………え?立場、逆じゃね?」
「黙ってて。舌噛むよ?」
「やだイケメン……」
「御託はいいので急ぎましょう」
「そうだね。スバル、飛ばすよ!」
少し姿勢を低くして全力ダッシュする体勢に移り、地を蹴る。……うん。これなら三分足らずで村に着くだろう。スバル君を背負った状態だけど、なんとか下姉様にもついていけてる。
「うぉぉぉ!!速い速い速い!?」
ん。なんか、スバル君の声が耳元で聞こえてくすぐったいな。ってか。あれ?待ってこれ。
…………無心の全力ダッシュ!
「──ぁぁぁああああああ!!」
恐らく並の自家用車は超えるだろう速度で駆ける。靡くスバル君の悲鳴は無視。てか、そんな大声出してたら本当に舌噛むよ?
下姉様を追い越して本気で走る。村の入り口でタイマーストップ。記録はなんと驚きの二分半。わぉ、速い。
「スバル、着いた」
「着いた、じゃねぇよ!無茶苦茶じゃねぇか!?安全運転心がけて欲しかったっす!!」
「スバルがトロトロしてるのがいけないんじゃない。ねぇ?」
「全くです。リルにお姫様抱っこなんてレムが許しません。今度はレムがリルをお姫様抱っこします」
「無敵の味方に頼られたと思ったらなんか三すくみなんだけど!?」
唐突な裏切りやめてもろて。
だが、この時間になっても松明を持って村を歩き回っている青年団に聞き込みをしてみると、やっぱり子供たちが行方不明になっているらしい。今ちょうど日が落ちたくらいだからギリギリセーフかな。
「子どもたちがいるのは森だ。村の中を探し回っても出てこねぇ。俺は先に森に入る。みんなに伝えてくれ。子どもたちは森だ!」
「森にしても、範囲が広すぎます。何か心当たりは……」
「ガキ共の言葉が確かなら、こっちの方に……」
何かを探るように、村を覆う森林を端から辿っていくスバル君。その中に、一つ。規則性のあるそれぞれとは違うものがあった。
「──結界が、切れてる」
光を失った結晶。大樹に埋め込まれたそれが、他の物たちとは異なり、輝きを失っていた。
「結界が切れてると、どうなる?」
「『魔獣』が境界線を踏み越えてきてしまいます。だからこそ、結界の維持の確認は村人の義務なのに……!」
やったのは子供たちだろうけどね。それかメィリィか。どっちにしても、これは村人達の失敗だ。いくら森を危険と教えようが、その理由がわからなければ実感のない子供は予想外の行動を取る。いくら年若いとはいえ、物語や言い伝えか何かで伝えていくべきだったね。
「ちなみに、魔獣っていうのは?」
「単純にいえば『魔女』が作った動物っぽい化け物。魔法を使ってくるやつを見たことあるから、呪いを使ってくるやつもいておかしくないと思う」
「──なら、決まりだ。結界を超えて、ガキどもを助けに行く」
おお、威勢いいね。啖呵を切るのもスバル君らしくて悪くない。
「時間をかければかけるほどヤバい。ガキ共が呪われてるかどうかはわからねぇが、とにかく全員連れて屋敷で解呪させないと」
「待ってください。そんな判断を勝手に……そもそも、状況が怪しすぎます。これが陽動でないと、断言できますか?」
「じゃあどうする。現在進行形でピンチなガキどもを見捨てて、屋敷に立て篭もるか?村人全員死んでてもいいならそれも手だろうよ」
切り口キッツ。キレッキレだな。下姉様も、反論できないとばかりに下唇を噛む。姉様が悪くないとスバル君もわかっているだろうが、これはなかなか。
「スバル。ひとつ言っておくけど。もし森に入るつもりなら、リルは力を貸せない。貸せても、多分すごく小さい」
「はぁ?今更出し惜しみとかそんな……」
「そうじゃない。リルは、体質的に魔獣に狙われやすいんだ。森に入ったら、却ってスバル達を危険な目に遭わせる。リル一人ならそれでもいいけど、スバルを庇える自信はないし、子供達を助けるつもりならそうも行かない。……それでも、入る?」
実際、スバル君の臭いを吸収しまくってる今の状態だと、森中の魔獣が押し寄せてくると思う。それはそれで陽動に使えそうでもあるが、メィリィがいる以上そのサポートも無駄だろう。
さて、ここまで脅してまだ行こうとするかな、スバル君。
「入るよ。そう言う事情ならしょうがない。リルはここで待っててくれ。レム、行こう。俺たちで、どうにかやるしかねぇ」
──即答とは。これはまた。見せつけてくれるね。
スバル君は、子供達の明日やりたいことを知っている。将来の夢も知っている。そして、約束もしている。だからこそ。
「俺は、あいつらの顔も名前も、明日やりたいことも知ってる。……その俺が、あいつらの明日を守ってやらなくてどうするんだ」
来るべき未来のために。誰かのために。スバル君は足掻くのだ。
「ラジオ体操をする約束もした。俺は約束を守るし、守らせる
そう。それでこそ。僕の憧れるスバル君だ。
下姉様が、そんなスバル君の言葉を聞いて、初めて頬を綻ばせる。
「仕方ない、ですね。レムの命じられた仕事は、スバル君の監視、ですから。スバル君を一人で行かせるわけにはいきません」
「……あぁ、そうだな。俺が怪しい真似しないか、キッチリ見張っててくれ」
………下姉様のデレ期が。チッ。
おいこら、二人だけの空間作ってんじゃねーですよ。
「こほん。リルも、出来る限りのことはしてみる。子供達を回収できたら、師匠のところまで全速力で運ぶよ」
「わかった。んじゃ、行ってく──あの。レムさん、それって」
下姉様の手には、いつの間にやら軽やかな金属音を立てる鉄球が。トラウマもいいところであろうそれに、スバル君が身震いする。
「護身用です」
「いや、でも」
「護身用です」
「あの、その。リルさん?」
「護身用だよ」
そんなわけないけど、合ってるんだよなぁ……
そうして二人が森に消えていくのを見送り、陰魔法で視線を切り替える。………鳥さんネットワーク。今回は梟やらを中心に広げたので夜目は利く。だがあくまで気まぐれなので。ちゃんと重要なところは写してくださると助かる。そもそも鳥達も、ものによっちゃ目が悪いからあんまり画質良くないんだよなぁ……
何にせよ、頼んだぞ!