目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

55 / 99
なんて綺麗な森なんだ。ここを切り拓いてゴルフ場を作ろう。

 

 

 

 

 

 

 レムにはわからない。

 

 目の前を必死に走るこの男が。

 

 弟から離れると、ほんの少しだけ嫌な香りを発するこの男が。

 

 ほとんど見ず知らずの子供のために必死になれるこの男が。レムには、わからない。

 

 ずっと殺せばいいと思っていた。帰ってきたリルの臭いが強くなっていて。そして、この男が起きた瞬間、その残り香は最早隠し通せないほど強くなっていた。

 

 ………そのくせ、起きたと思ったら一切の害意なく抱擁してくるのだからよくわからなくて。

 

 殺すつもりだった。

 

 弟の目を見たら殺そうと思った。弟の角に触れたら殺そうと思った。弟の髪について訊いてきたら殺そうと思った、弟の素顔を見たら。魔女に呪われた、レムの罪の象徴を見たら。弟の、弟の、弟の、弟の、弟の。

 

 それらのうちどれか一つでも犯せば、殺そうと思った。

 

 その全てを、掻い潜るように避けられた。滑り込むようにして避けられてしまったと。そう思ったら何故かひとりでに蹲って、おかしな行動を取り始めて。

 

 弟が泣いていたのに気がついたのは、夜の寝台でのことだった。いつもはこちらに何かしら声をかけてくれるリルが、その日に限っては何も言わずに寝て。寝顔をよくよく見ると、泣き腫らした痕を見つけた。

 

 殺そう。隙を見て、あの不埒な男を処分する。

 

 その決意も。どこか既視感を感じる、あの笑みに霧散させられた。

 

 作り笑いはよく目についた。……弟が、よくレムを安心させるためにやるからだ。あの男からは、それと全く同種の。他人のことを思って無理をしそうな、そんな笑いを見つけて。

 

 

 それをどこか。古い昔に見たような気がした。

 

 

 そうして。あの膝枕を見て。庭先で弟に慰められながら、情けなく泣いたあの姿を。

 

 レムは。

 

「いた!子供達だ!」

 

「………衰弱が酷いです。水属性の治癒魔法を気休めでかけますが、長くは持ちません。急いで戻りましょう」

 

 ここで子供達を死なせるわけにはいかない。必死に自分のできる限りの治癒魔法を子供にかける。効果は薄いが、屋敷まではきっと持つ。弟ならば、上手くやってくれるはずだと思って。

 

 けれど、子供達から何かを聞いた男は焦りながら周囲を見渡してある事実に気がつく。

 

「…………あぁ!くそ!ほんとだ!お下げの子が見当たらない!」

 

 周囲を見渡すと、六人の子供たち。確か、今日の夕方ごろに見たのは七人。確かに、一人足りない。

 

 しかし、魔獣に連れ去られて七人中六人が助かったならそれは奇跡と言って差し支えない。一人は見捨てることになるが、六人の命には代えられないだろう。

 

 だが。黒髪の男は、何の躊躇もなく森の奥へと足を進めた。

 

 止めた。何度も、何度も止めた。それでも、男はレムに子供達を預けて、力も何も持たない身で森の奥へと消えていった。

 

 ………チクリ、と。また胸が痛んだ。

 

 その痛みの原因が何かは、レムにはわからなかった。ただ、あの少年について行かなくてはならないというある種の強迫観念が付き纏っていた。

 

 子供たち六人を抱えて一気に山を降りる。レム自身の種族のこともあり、森での動きは慣れたものだ。暫くすれば森の結界と、その前でレムを待つ弟の姿が目に入る。

 

「リル!」

 

「わかってる!その六人で全員!?」

 

「いいえ、あともう1人!スバル君が今探していて、レムもすぐ戻らなくちゃ……」

 

「気をつけて!二分で戻ってくる!」

 

 打てば響くような返答。長年でお互いのことを理解している自分たちは、阿吽の呼吸で情報を交換。リルはレムの抱えていた子供達を屋敷に運んで、レムは森へと再び戻る。

 

 やはり弟はすごい。レムが全速力を出してもここから屋敷までは三分はかかる。それを子供達を抱えてでも為すというのだ。

 

 ………格の違い。生まれながらにしての、絶対的な差。

 

 その言葉が浮かんで、そんな思考をした自らを何よりも恥じる。

 

 ──そんなことを考えていたから、リルは。

 

 だが、自己嫌悪に浸っている暇はない。急いであの少年の元に戻らなくてはならない。

 

 暗闇で方角もわからないが、レムには鼻がある。臭い。忌々しい残り香は、件の少年の場所をおおよそでも教えてくれる。

 

 森を抜けて、走って、走って。目的地まであと一歩というところで。

 

 次に飛び込んできた光景に、思わずレムは鬼化するところだった。

 

 四つん這いになった犬型の魔獣に押し倒され、今にも牙を突き立てられそうな少年の姿。

 

 ぴり、というチリつきと共に、脳裏を白黒の何かが通り過ぎる。その正体こそわからなかったが、レムは無意識のうちに、手の鉄球でがむしゃらに犬の魔獣の顔面を吹き飛ばしていた。

 

「………っぶねぇぇ!!ありがとうレム!助かった!」

 

「……いえ。それよりも、早く戻りましょう。多勢に無勢です。数で押されれば、勝てる気はしませんから」

 

 目的の子供は、少年のすぐ近くにいることがわかった。彼女を抱き抱え、急ぎ足で山の出口へと向かう。

 

 だが。目的地を目前にして、気が緩んでいたこともあったのだろう。愚鈍にも、レムは自分が狙われていることに気が付かずに。

 

 

「が、あぁぁぁっ!!」

 

「───スバルくんっ!!」

 

 …………自分を突き飛ばして、全身を魔獣に牙を突き立てられる少年を目に焼き付けて、絶叫した。

 

 どうして、あんなに胸がざわついたのか。

 

 それは、今のスバルの姿があの頃のレムのようで。子供達を助けて、見ず知らずの他人を庇う。状況は同じなのに。とる行動の全てが、レムのものとは全く違っていたからで。

 

 そして。

 

 獣たちに群がられて、横たわるその姿は。

 

 十年前に。泣き叫んで、弟に庇われ、姉に助けられた末のレムが見たものだった。

 

 弱い、弱い自分を見せつけられたかのような。脳を揺さぶる衝撃が、未だレムの頭を冷静さとは程遠い激情へと誘っていた。

 

 ただ全力を込めて鎖を振るい、鉄球で魔獣を殺し尽くさなくてはならない。そうは思うのに、ハンマーで殴られたかのような強い衝撃が、レムの行動にほんの僅かなタイムラグを発生させる。

 

 ──その一瞬が、最も割り込ませてはならない者を。ならなかった相手に。介入させる時間を作ってしまった。

 

 一瞬、紫と輝く白金が、世界に一本の線を引くのを幻視した。

 

「…………リル……」

 

 あまりにも呆気なく、対峙していた魔物の顔面がひしゃげて潰れる。少年にまとわりついていた魔獣達も何匹かが潰れて、標的を黒髪の少年から忌々しい香りを漂わせる乱入者へと変えた。

 

 そう。

 

 自分への向けられていた牙を叩きのめして、潰したのは。

 

 白金と紫を漂わせる、いてはならないはずのその影。

 

「下姉様!スバルを連れて逃げてっ!!」

 

「………えっ、あっ……」

 

 迫真の声音に思わず生返事を返してから、その意図を愚鈍なレムはようやく察する。

 

 いくら結界の近くとはいえ、濃密な瘴気を放つリルが森に入ってきてしまったのだ。次に発生する現象は、目に見えていて。 

 

 始まりは、興奮しきった魔獣の遠吠え。夥しい量の気配と息遣いに、憎悪とすら呼べるほどの敵意。森中の魔獣が、リルを目指して迫ってくる。

 

「……行かなきゃ………」

 

「下姉様、お願い!早くっ!」

 

 意識もないボロボロの彼を手渡されて。やるべきことはわかっているのに、レムは未だその場を動けなかった。

 

 雪崩のように迫ってくる魔獣達を殲滅するリルに、レムたちを庇いながら撤退する余裕はない。

 

 一刻も早くスバルを抱えて、この場から立ち去らなくてはならないのに。

 

「どうして……」

 

 どうして。震える自分の足は、こんなにも。

 

 思い通りに、動いてくれないのか。

 

 これでは、まるで。十年前の、あの時と。

 

 全く、同じで………

 

「──姉様っ!!」

 

「……………ぁ……」

 

 スローモーションになる世界。

 

 自分が突き飛ばされたということを、勝手に回転する視界で、徐に理解した。このまま転がれば、レムは安全な結界内に転がりこむことができるだろうことも。

 

 ただ、その自分を突き飛ばした存在が。

 

 ずっと昔に守ると誓ったはずの弟であったことが。

 

 何よりも、許せなくて。

 

「あ、ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 自分のせいで、魔獣に身体中を喰まれる弟の姿を見て。

 

 あまりにも短い間隔で。あまりにも愚かな理由で。

 

 同じ過ちを繰り返したことに。

 

 レムは。

 

 

 レムは。

 

 

 自分があの日から何一つとして成長していなかったことを、心の底から実感させられることになった。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 というわけで、日が明けて。

 

 僕です。

 

 目的もなく外をぶらついてる。

 

 虚無ってると言ってもいい。

 

 僕だ。

 

 …………録画、失敗。

 

 ───ぬぉぉぉぉん!!もうやだぁぁぁ!!

 

 スバル君の勇姿が途中から見れなかった。具体的にはスバル君がメィリィを助けに行ったあたりから僕が乱入するまで。やってらんねぇな!魔獣に集られて死を覚悟するスバル君の顔見たかったのに!

 

 割と急いだよ!?子供達屋敷まで運んで、姉様に呪いについて説明して、速攻で森に戻って!わざと下姉様庇って!!

 

 まぁ、下姉様がすっごく濃い愉悦提供してくれたからプラマイゼロって感じかな。うへへ………うぇっへ……

 

 まぁ、下姉様があそこで動けなくなった理由の半分くらいは僕なんだが。陰魔法で心をちょちょいっと。効果は暗示程度のものだから、最終的に動かなかったのは姉様の心の問題だけどね。結果魔獣に噛まれたけど、時間さえ止められなきゃ痛みなんて陰魔法でどうとでもなるし、怪我自体は浅い。上姉様に散々心配されて師匠によって完治させられた。

 

 まぁ、スバル君と一緒で呪いは体内に残っちゃったから今日中に死ぬけど。愉悦に比べたらお釣りがくる。

 

 今はとりあえず、スバル君が起きるまで待ちぼうけタイムだ。

 

 ぐぬぬ………にしてもこれはリセ案件……リセしないけど。今後白鯨とかと会うことも考えると、本気で色々考えとかないとだ。

 

 魔女教のミーティア強奪して改造するとか、微精霊と契約するとか、そんなのでもいいかもしれない。精霊使いの適性あるかはわからんけど。

 

 ループに巻き込まれてしまっている以上、今からどうこうやっても時間が足りないし不確定要素が多い。いっそ、『虚飾』を上手いこと使ってどうにかできないものか。

 

 ………最近になって、僕の権能の制御の雑さが目に余るようになってきた。使ったら下姉様に不審がられるから、単純に使える機会が少なかったというのもあるが。

 

 僕の『虚飾』は、ぶっちゃけ万全とは程遠い。

 

 パンドラがやっていたことの真似事ばかりで、僕自身が権能について思考停止状態に陥ってしまっているからだ。

 

 魔女因子は、持ち主によってその姿を変える。それは、僕とて例外ではない。ただ認めたくないことに。僕が、アイツの残滓に縋ってしまっているから。ズルズルと、アレを模したただそれっぽいだけの権能を使い続けている。

 

 だが、そもそも持ち主である僕自身が権能の全容を把握できないなんてことはあってはならない。それはきっと、今後重要な時に大きな失敗となって僕を襲うだろう。嫉妬の魔女の心臓握りを避けられなかったのがその証拠だ。『愛し人(パンドラ)(厄災)』を。『虚飾』の権能についてもっと深く理解していれば、少なくともあんなことにはならなかったはずだ。

 

 冗談でも何でもなく、『虚飾』に向き合うことは早急に取り組むべき案件だ。………最悪の場合、権能に「呑まれる」可能性だってある。そうなった時のことは、考えたくもないけど。

 

「考えごと?」

 

 ふと、歩き回っていたところで上姉様に声をかけられる。その手には、僕の大好物である、大量の蒸かし芋が入ったザルが握られていた。

 

「ちょうど今考えごとを考えないようにしてたとこ」

 

「そう。蒸かし芋が蒸したてよ。お食べなさい。愛情は……はい。今込めたわ」

 

 軽く握った熱々の蒸かし芋をこちらに投げてくる上姉様。大概上姉様も雑だな。そういうところも好きだけど。……もしかして遺伝したか?

 

 もらったホクホクの蒸かし芋を一口齧ると、ただの芋とは思えないほどの絶妙な旨味が広がる。うむ、これぞ上姉様の蒸かし芋。王都でなら確実にお金が取れるであろう出来が売りだ。最初こそ「たかが蒸かし芋」と侮っていたが、初めて食べた時の感動でそんなものは吹き飛んだ。

 

 特別に、ともう一つ貰って子供のようにはしゃぐ。胃袋を掴まれてるのは下姉様にだけど、やっぱり上姉様の蒸かし芋もなくっちゃね。

 

「………バルスには感謝しなくてはならないわね。大抵の事情ならともかく、魔獣騒ぎに関してはリルはどうしても干渉できないもの」

 

「そうだね。我ながら不甲斐ない……目的はロズワール様の領主としての立場を追わせての王選の妨害、なのかな。ロズワール様の不在を狙うってことは、ウチの相性の関係はある程度把握されてると思ってもいいのかも」

 

「……リルは十分頑張ったでしょう。今は体をゆっくり休めなさい。どちらにせよ、魔獣の掃討は急務になるようだし」

 

 魔獣の掃討、といっても、魔獣とて相手は選ぶ。力を持った変態ピエロを相手になんて、そうそう森を出てくるはずもなく。

 

 だが。絶滅させる手段自体はひどく簡単で。

 

「リルが囮になれば……」

 

「ずっと言っているでしょう。それはラムが許さない。万が一の可能性があるんだから。リルはもう、危険なことはしなくていいの」

 

 ぽん、と軽く頭を撫でて、聞き分けのない子供と接するように寂しそうな目で見つめてくる上姉様。そんなに弱いつもりもないけど、やっぱり過保護。

 

 にしても。やっぱり使い古したとはいえこの手はよく効く……おっと涎が。

 

「傷はもう平気?」

 

「大丈夫。……リルは、スバルの様子を見てくるよ」

 

「────待ちなさい」

 

 ん?何か用事が………

 

 うわ。なんか上姉様がはちゃめちゃに深刻そうなというか、苦虫を一億匹噛み潰したような表情で固まってる。珍しくめっちゃ嫌そうな顔してんな。いや、スバル君がきてからは珍しくもないか。

 

 そのまま数十秒ほど固まった上姉様は、覚悟を決めたと言わんばかりに胸元から一枚の手紙らしきものを取り出した。まな板に……収納機能……だと……!?

 

「………子供の、一人から。………リルに渡してほしいそうよ」

 

 あーね。道理で。

 

 そりゃ上姉様的には複雑な心境だよなぁ……破り捨てなかっただけマシか。

 

 まぁ、僕も下姉様か上姉様宛に子供からラブレターを預かったらおんなじ顔をすると思う。渡したくないよね。経験自体は何回かあるからわかるよ。この村の若者にもね、うん。何人かいたからね。下姉様にラブレター渡そうとする不埒者。

 

 手紙?僕を介さないと告白もできない根性無しに姉様を渡せるわけないだろ。目の前で破り捨てたわ。そして僕の顔面をチラ見させて気持ちが揺らいだのを指摘し、玉砕させるまでがワンセット。

 

 それにしても、王都のことといい、やっぱりモテるな、僕ってば。まさか子供まで魅了しちゃうとは。ん?この場合男の子が渡してきたのか?女の子が渡してきたのか?

 

 おっ、裏に名前が書いてある。綺麗なイ文字だ。もしかしてペトラちゃんかメイーナちゃんかな。確か他の子はダインかカイン、リュカかミルドだったはず。女の子であってほしいというのは単純な願望。

 

 ま、誰にせよ断るけど、字がスバル君より綺麗だ。こりゃあ、僕と一緒で将来モテるに違いな…………

 

 

 違………

 

 

 

『メィリィ・ポートルートより。愛を込めて』

 

 

 

 スンッ…………

 

 

 

 ……………

 

 

 

 ……………

 

 

 

 や、破り捨ててぇ……………

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。