目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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 タイトルで察しろ。
 



『教会』の一幕が開演する。それはただ、あなたの弱さが故に。

 おかしなことになったものだ。と、ラムは自らの状況を俯瞰する。

 

 つい数日前に入ってきた、胡散臭い男。弟が気に入ってなければ。主人たるロズワールが命じていなければ。即刻首を断ってもおかしくない無礼な執事と。今こうして、森を必死になって駆けている。

 

「バルス、遅い。早くレムを見つけなきゃいけないのにその情けのなさは何?置いていくわよ」

 

「病み上がりほんの数時間を走らせるとか血も涙もねぇな!?」

 

「馬鹿を言わないで。ラムにもちゃんと血は通っているわよ」

 

「涙は!?」

 

「そんなもの、リルの容姿が変えられたときに枯れ果てたわ」

 

「想像の遥か上からとんでもなく重い話が!?」

 

 そう。弟。

 

 弟だ。ラムにとっては世界で同率一番で大切な、弟。『怠惰』の大罪司教とやらに腕と角を奪われ、魔女に見染められてその容姿を変えられた。誰よりも他人のことを思って、自分を顧みない。可愛い弟。

 

 昨日の夜だってそうだ。魔獣からレムを庇い、意識を失ったこの男と、血みどろになった弟。レムが二人を担ぎ込んだ時、ラムは二人のどちらの安否を確認するべきか揺れ、真っ先にリルに向かった。

 

 鬼族の弟が、この程度の手傷で死ぬはずがない。それがわかっていても、血みどろになって帰ってきた弟を心配するなという方が無茶な話だ。

 

 あのリルが傷つけられ、そうして、死ぬ。あまりにも現実離れしたその想像が、ラムの頭を白く染めた。

 

『リル!返事をしなさい!気を強く持って!今ベアトリス様のところに運ぶから!』

 

『……上…姉様!……スバルと、下姉様が……』

 

『大丈夫。二人とも無事よ。だから……』

 

『早く………スバルと、姉様を……リルのことは、後にして……』

 

 自分のことに全く頓着せず、他人のことばかり口にするリル。本人の気質。長年付き合ってきたからこそわかるその本心が、ラムにとっては忌まわしかった。

 

 もっと、自分のことを気にかけて欲しい。

 

 ずっとそうだった。何においても、リルは自分とレムのことばかりを優先する。レムの次には他人を。その次には他人を。弟の優先順位の中で、自分自身はきっと一番下なのだ。

 

 その思考はまず間違いなく。鬼の里での一年間がリルに植え付けたもの。傷だって、鬼化すればレムのように簡単に治る。それをしない理由もまた、ラムが作ったものだ。

 

 ラム自身の、罪の象徴。

 

 歯噛みをすることしかできない。口を挟もうにも、原因はそもそも自分だ。今更どんな顔をして、それを指摘すればいいだろう。

 

 右腕も、角も、容姿も、思考も。

 

 全て、全て。ラムのせいで、歪めてしまったというのに。

 

 その後、弟の傷は癒やされた。意識を取り戻した弟は、当然のようにレムと男のことを口にした。

 

 どうすればいいのだろう、と。袋小路に陥った思考で考える。

 

 解決策だなんて、見つけようとするだけで烏滸がましい。それでも、どうにかしようと考える思考はやめられず、このままではいけないという考えも捨てられない。

 

 だから。そのやり取りを聞いたのは。魔獣騒ぎで義務を怠った村人を叱責して、レムを探していた最中の。単なる偶然だった。

 

『スバルを逃す時、リルも噛まれちゃったってだけ。それも、師匠が解除できないくらい複雑になった呪いのおまけ付き』

 

『大丈夫。リルが全部なんとかして見せるから。スバルは、姉様方とここで………』

 

 聞いていられなかった。

 

 あまりにも自分を軽視する弟の言葉を。死が迫る己の体ですら犠牲にしようとする弟を。これ以上。

 

 弟は、愛しい。

 

 愛しいと思うからこそ、弟は穢れていく。

 

 ラムが、弟を穢してしまったから。未だラムが、弟から離れることができないから。

 

 ラムの行う全てが。ラムの弱さの全てが。

 

 弟を、今なお縛り付け、侵食していく。

 

 ただでさえ縛られている弟を、もっと。

 

「おい、姉様。ぼーっとしてどうした?」

 

「………バルス。二度とその呼び方をしないで。今度やったら首を切るわよ」

 

「今の今までスルーされてきたのに!?」

 

 つい。思考を逆撫でする言葉を言われたから、殺気で答えてしまった。

 

 ………不思議な男だ。

 

 ラム達にひょうきんに振る舞う様子を見せながらも、その行動の節々はどこか脆い。今更間者がどうだなどと疑う必要もないが、どうにも調子を狂わされる。

 

 ──リルが気にいるのも、わかる気がしなくもないけど。

 

 つい先日、弟とした喧嘩。レムは怒りを覚えていただろうが、ラムはむしろ正反対。安堵したのだ。弟に、喧嘩をするほどの頑固さが残っていたのだと。それほどの感情を抱けるのだと。我が子の成長を喜ぶように。少しだけ嬉しかった。

 

 いや。そもそも、リルのことだって。実は、ラムの思い込みが強いのかもしれない。

 

 昔からラムは、何一つとして変わっていないのだ。弟にばかり変化を強いて、自分はこれっぽっちも進んでいない。

 

 だからこそ。この男という新しい変化を、リルは受け入れたかったのかもしれない。と。

 

 そう考えて、横の目つきの悪い顔をチラリと見やる。……今度は考えすぎかと嘆息。

 

「……バルス。リルは、リルに危険を強いてまでレムを助けようとする、強欲なラムのことを責めると思う?」

 

「はぁ!?何で今……!?ないだろ!その選択で、ってか。リルがラムのこと非難するとか想像もできねぇよ!あるとしたらんなもんこの世の終わりだ!」

 

 断言とは。また随分と。この男は、弟に信頼を寄せているものだ。

 

「リルのことを知った風に言わないで、殺すわよ」

 

「お前が話振ったんだよね!?」

 

 ラムの弟だから、当然だけど。

 

「……レムがいたわ。バルス、正念場よ」

 

 合図を上げた。弟を囮にする、ラムにとって最悪の作戦が始まる。

 

 ──あなたに苦難を強いる悪いお姉ちゃんを、どうか許して頂戴。リル。

 

 このいざこざが終わったら。しっかりと謝って、このことも、そして今までのことも。弟に本心を伝えて改めて詫びよう。

 

 きっとリルは嫌がるだろうけど。気にしてもいないと思うけど。

 

 今度こそ、前に進むために。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ………正直、舐めていたと思う。

 

 たかだか魔獣。意思のない獣を相手にするなら負けはないだろうと。

 

 いつかのように、侮っていた。

 

「ゴーアっ!!」

 

 手から発生した炎の弾が、魔獣の何匹かに命中してその体を炭へと変える。こんがり魔獣焼きの完成だ。

 

 上手に焼けました、なんて言ってる暇もなく。後続の魔獣達は仲間の哀れな末路をみても怯まずこちらに向かってくる。

 

「づぁぁ!!減らない!全く以って減らない!」

 

 戦闘開始から五分。僕は完全なジリ貧状態に陥っていた。

 

 最初こそ、武器や権能を封じられていようと魔獣相手なら楽勝だと思っていた部分はあった。

 

 いやまぁ、無理っす。数は力ってはっきりわかんだね。圧倒的に手数が足りない。

 

 まず、マジカル☆八極拳。対人では初見殺しもいいところな殺人格闘技。これが魔獣相手だとまぁ使いづらい。特に小型。ウルガルムなんかは当たりやすい分マシな方で、尻尾の代わりにもう一つの頭が生えている蛇、双頭蛇(アボンスコンダ)。ネズミのように小さく、怒らせると質量を肥大させるという質量保存の法則泣かせの袋鼠(バーナッシ)。ついでにコウモリっぽい黒翼鼠。

 

 こいつらがすばしっこい上に数が多く、中々に困らさせられる。魔法も意識して当てようとしないと、スケールが小さすぎて抜けてきてしまうのだ。蛇に至っては毒持ちの可能性もあるので、懐に入れたら即敗北と思っていい。

 

 足払いの要領で低めの蹴りを決めてうち何体かを弾き飛ばすが、それでも数自体は減らない。マジカル☆八極拳では威力こそ高くとも、有効範囲が狭すぎて逆に押し切られる。

 

 では、魔法はと言うと。

 

「エルミーニャ!」

 

 生み出された紫紺の杭が、群がる魔獣の一角に突き刺さり、破裂。少なくとも拳を振るうよりは何倍もマシな被害を与えるが……

 

「うぇっ……気持ち悪い……」

 

 陰魔法に関して、僕の適性の無さは師匠から太鼓判を押されるレベルだ。その分微調整は上手いが、上限レベルの魔法を連発すれば耐えきれないほどの吐き気を伴う。

 

 吐き気くらいなら『虚飾』で消せるだろうが、臭いを濃くして敵に仲間を増やすようなものなのでこれもダメ。

 

 そもそも、アンコントローラブルな『虚飾』はなるだけ自分に対して使いたくない。一度『吐き気』を『見間違え』にしたとして、その『吐き気』が『今現在覚えている吐き気』なのか、『吐き気という存在』なのか。そこがわからない以上、使うのはナンセンス。今後何の前触れもなく急に吐くとか嫌だぞ。

 

『死に戻り』を前提とした使用なら無茶はいくらでもするし出来るが、今スバル君に死なれて一日目に戻られるのは根本的な解決にならない。

 

 大っぴらにも細々とでも、『虚飾』はあくまで最終手段だ。デメリットもリスクも大きすぎる。使う機会は少なければ少ないほどいい。

 

 かといって、火系統魔法は論外。ゴーア、エルゴーアの二種以外に関して、僕は調整をうまく利かせられない。ただでさえ照準が合わないのに、それが炎と来た。こんな場所で野焼きをしたら、それこそえらい被害が発生する。最上位のアルゴーアなんて放った日には森が全焼するだろう。環境に即して範囲を殲滅したいなら、それこそ上姉様の風魔法の独壇場だ。

 

 では、唯一コントロールできるその二種はといえば。

 

「エルゴーア!」

 

 放った火柱は、確かに小型を十数匹ほど焼き殺せはする。ただ、一歩火加減を間違えれば山火事に発展する以上、コントロールに時間と集中力を裂かざるをえない。

 

 そんな隙を与えたら、どうなるか。

 

「………っぶな!」

 

 腹スレスレを、突風のように襲いかかってきた魔獣の爪が通り過ぎる。僕でも目で追うのがやっとの速さを誇るのは、例の如くギルティラウさんだ。

 

 性格と扱いがあまりにも残念なことで知られるギルティラウだが、その実、戦闘能力に関しては『漆黒の森の王』という名に恥じない程度には強い。一切音もなく動き、暗殺者のように素速く隙をついてくるその有り様は、正直厄介という言葉で片付けるには重すぎる。

 

 ───まぁ、それぞれは鉄砲玉だから殺せるけど。

 

 バックステップを踏みながら、軽く手の糸を手繰る。瞬間、地面に設置された簡易のワイヤートラップが起動し、ギルティラウさんの体が真っ二つに切断された。図体がでかい分、仕留めやすいのはいいことだ。

 

 だが、こうやってちまちま削ったところで替えのギルティラウはあと18体ほど残っている。狙撃兵の残弾が残り18と言い換えてもいい。私が死んでも代わりはいるものってか。面倒極まりねぇよ。

 

 そして、ギルティラウを殺したからといって小型魔獣が止まるべくもない。そちらへの気配りを忘れて停止しようものなら、蟻に集られるように殺される。大兎エンドは勘弁。

 

 というか、ギルティラウさんは本来、こんな狡猾な手口を使ってこない。暗殺に徹すれば魔獣の中でも厄介極まりない癖して、プライドが高すぎてキレやすいから真っ直ぐに突っ込んできて簡単に殺されるというのが大体のセオリーなのだ。

 

 それを可能にしているのは、恐らく……

 

「はいはい、ギルティラウちゃんたちはまだまだ待っててちょうだあい。ゆっくり、ゆっくり隙を狙えばいいわあ」

 

「お前だよな!!知ってたぁ!!」

 

 調教の匠、メィリィ氏の技が光る!ギルティラウさんたちはその手腕にメロメロだ!

 

 恐らく、加護の効果をギルティラウ達に集中させ、プライドの高いあいつらに言うことを聞かせているのだろう。一度指示を与えるだけなら独断専行で間抜けな罠にハマって勝手に死ぬギルティラウさんだが、ああして継続的に指示を与えていれば話は別だ。

 

「もう。そんなに熱烈な声を浴びせられたら困っちゃうわあ」

 

 黙ってろメスガキ。

 

「エルゴーア!」

 

 火力面で一切の加減なく、コントロールに意識を集中させてメィリィのいるその一団へ向けて火柱を放つ。ギルティラウに火の耐性がないことは未来のスバル君達が証明済みだ。そのうち何匹かが丸焦げになることを願うが。

 

「────マ」

 

「チッ!対策済みってわけ!?」

 

 火柱が直撃する寸前。地面から氷の膜が迫り出し、炎の一撃を完全に防いだ。大量の蒸気こそ蔓延したが、メィリィ達は完全に無傷だ。

 

 その背後にいる、これも十数匹に渡る小さな魔獣達の仕業だろうことは、放たれる青っぽいオーラを見れば一目瞭然。魔法を使う魔獣。そういえばそんなのもいた。

 

「エルミーニャ!」

 

 付近に寄ってきた小物の波が止む一瞬の間を逃さず、放たれた紫の杭が今度こそメィリィ達を殺さんと迫る。が、今度は地面から土の壁がせりあがり、その威力を相殺した。

 

 火魔法には氷で。陰魔法には物理で止められる。

 

「まるで将棋だな、ってなんだこのクソゲー!歩兵のバランス考えろ!!」

 

 二歩どころじゃないぞ。五十歩百歩が将棋で実現できそうだ。

 

 メィリィ達に接近しようにも、小型や中型が邪魔でまともに動けない。まるで要塞だ。しかもこれだけ経って、魔獣達の勢いはまだ収まるところを知らない。

 

 ──これ、下姉様が狩る分の魔獣残ってる?

 

 思わずそう考えてしまうほどの数の多さに頰がひくつく。負ける要素は、今のところ感じない。だが、こちらも決定打に欠けるのは事実。せめて罠を仕掛け放題の森に入ることができれば話は別だろうが、今なお楽しそうにこちらを観察するメィリィを退屈させることは、スバル君の死による詰みの可能性が出てきてしまう。

 

「女の子の笑顔が絶えたら死ぬ職場ってそれなんてブラック」

 

「お兄さん、精々頑張ってえ。ほらほらあ。私みたいな子供の掌の上で踊ってるって恥ずかしくないのお?」

 

「ちょっと黙ってろ!殺すぞメスガキ!」

 

「あは……やっぱり、そっちが本性?綺麗なお顔で口が悪いだなんて酷い子だわあ。捕まえたらちゃぁんと躾けてあげなくちゃ」

 

 ぷちぷちぷちーん!

 

 僕は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のメスガキを除かなければならぬと決意した。

 

 政治とか関係なく殺さなくちゃならない。お前はこの世界に存在してはいけない生き物だ。

 

「それじゃあ、ギルティラウちゃん。死にかけになってもいいから捕まえてきちゃってえ」

 

 え?けしかけてくるのか。

 

 ギルティラウのうち八体程度が、待ってましたと言わんばかりに腰を上げる。残機の大体半分くらいだろうか。

 

 これはチャンスだ。先のことから学習されてヒットアンドアウェイされ続ければかなり苦しいものがあったが、平地での肉弾戦なら余裕で勝てる。ギルティラウの巨体で小型が潰れるのも美味しい。

 

 そりゃ悪手だろ、蟻んコ。

 

 迫り来る八体のギルティラウ。それらが連携を取れるならともかく、天下のギルティラウさんにそんな知能はない。畢竟(ひっきょう)、一体一体がタイムラグをつけて襲って来るしかない。

 

 だが、正面から迫ってくるだけの獣風情なら僕の敵じゃない。踏み込み、拳を一撃入れて内臓を粉砕すれば、殺せはせずとも再起不能程度にはできる。

 

 迫り来る一体をまずは躱し、寸頸を喰らわせるべく拳を振おうと。

 

「……ッ!『ムラク』っ!!」

 

 して。足元の違和感に気づき、即座に重力を軽減する『ムラク』で飛び跳ねた。木の葉のように軽くなった体に、二体目と三体目のギルティラウの爪が掠る。

 

 そのまま空中へと跳躍し、風まかせに浮かび上がる。慣性のまま、人間としてはありえない緩やかさで空へ身を投げ出した。人間じゃないけど。

 

 そうして、丘がまるまる一望できるくらいで推進力が限界を迎え、遅すぎる落下が始まった。

 

 ……一番取りたくない緊急回避手段を取らされてしまった。着地狩りの可能性もあるが、何よりこの状態で魔法の狙撃をされると抵抗手段がほとんどない。この状態では踏み込むことも難しいため、八極拳も使えない。

 

 そう。ついさっきも、その踏み込みができなかった。

 

「お兄さん、勘が良すぎるわぁ。もうちょっとで腕を落とせたのにぃ」

 

「ははは。田おこしに便利そうな魔法ですね」

 

 恐らく件の魔獣の土魔法によるものだろう。

 

 

 ──地面が、とびきりのぬかるみになっていた。

 

 

 あのまま技を繰り出そうとしたら、威力不足な上にバランスを崩して転倒する羽目になっていた可能性が高い。

 

 武術における足捌きは、そのまま技のキレに直結する。踏み込みが甘ければ速度は遅くなるし、威力は下がる。体格の小さい僕であるなら余計にだ。

 

 このメスガキ、ちゃんと観察してやがる。

 

「だからぁ。そうやって宙に浮かんだら、何が悪いかもわかるわよねぇ?」

 

「博識で困るな。ママに吹き込まれたわけ?」

 

「お節介な姉からの受け売りよぉ。魔獣ちゃん、やっちゃってぇ!」

 

 間髪を容れずに、下から炎や氷や風やらの魔法が一斉に襲ってくる。ご丁寧に属性が分かれているため、魔法だけで対処するのは困難だ。一度かけてしまった『ムラク』のせいで落下自体も遅く、回避もままならない。

 

 でも、そういう一斉攻撃ってだいたい失敗フラグなの知ってる?

 

「エルヴィータ!」

 

『ムラク』とは正反対の陰魔法。重さを増す『ヴィータ』系の魔法。生み出された光の輪を通った瞬間、肉体にかかる負荷が倍増し、一気に地上へ落下する。

 

 いくら重さが変わっているとはいえ落下の衝撃自体は変わらないがために、このままでは転落死は避けられないだろうが。…緊急時だ。こんな小技程度は上姉様に見られても問題ないし、特に不自然でもないはず。

 

『落下の衝撃なんてものが発生するはずがない。僕は無傷で地面に着地している』

 

 とんでもない勢いで地面に突っ込んだはずの体が、衝撃を完全に殺して着地する。咄嗟の『虚飾』の権能が、現実を塗り替えて発生したはずの衝撃を逃した。

 

 効率化されていく思考。戦闘のために無駄が削がれ、いかにして戦うかという戦闘本能が、どんどんと研ぎ澄まされていく。

 

 爽快感を覚える。これほど頭を回転させて戦うことなど、一体いつぶりだろう。いくつもの思考を並行させて行い、より的確に戦況が良くなる選択肢を選び、すぐさま行動に移す。

 

 模擬戦ではない。純粋な、命を賭けた戦い。それがまさか、こんなに愉しいことだなんて思わなかった。

 

 上空で爆音。共に、ギルティラウの二体の総攻撃が迫る。

 

 息つく暇も無い攻防にため息をつくことすら許されず、しつこい二体の迎撃。この距離ならば射程圏内。『ムラク』を使い、ギルティラウの体を宙に浮かせてやろうと画策した。

 

 

 ───は?

 

 

 瞬間。

 

 

 世界は、色と時間というものを、完全に失った。

 

 

 暫くの時間が経って。黒い影の手が、視界に現れる。

 

 

 ──あ、これ。やっべ……

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

『僕です』

 

 それが始まりだった。

 

『僕は理解しようとした』

 

『誰も、僕を理解できなかった』

 

『生き方は、歪だったと思う』

 

『きっと息は、していなかった』

 

 

 

「──僕だ」

 

 自分を見下ろして、ふとそう呟いた。その体が、『■■』のものだったのか。『リル』のものだったのか。それだけはわからない。

 

 それでも、白金の髪をしていないのは間違いなかった。まごうことなき、僕の体だった。

 

 状況が理解できずに、周囲を見渡す。安っぽい長机と、変につけられたカーテン。厳かさなどカケラも感じない謎の銅像に、やたらとキラキラとした装飾がなされている。

 

 その背後につけられたステンドグラスだけは、そこそこいいものであると判別がつく。

 

 見覚えがある光景。子供の作った秘密基地のような、面白おかしいゴテゴテした気持ち悪い空間。この場所自体が、トリックアートでもあるような錯覚を覚える。まるで好き勝手に片付けられた子供の玩具箱だ。

 

「『来たるべき方』はあなたなのですか。それとも、私は他に誰かを待つべきなのですか。私にまだ、待てというのですか」

 

 ふと、背後から声がかかった。

 

 年季の入ったガラスが鳴らす音のように甘美な。泡が弾けるように不快な。慈愛のこもった無機質な音が、自然と僕を振り向かせた。

 

「趣味が悪いよ」

 

 そこには、自分そっくりな。

 

 自分が、似せられていた。

 

 

 

──あなたに言われたくはありませんよ

 

 

 

 愛おしい、白金の髪を持つ女が。

 

 机に腰掛けて、おかしそうに笑っていた。

 

 





支援絵の方を活動報告のほうで纏めさせていただきました。漏れ等ありましたら早く教えてください。ほんとに。ほんとに。気が気じゃない。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=251213&uid=222408

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