目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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『教会』はあなたのために開かれる。それはただ、あなたの強さを信じるために。

『鬼だ』と。

 

「あは、あははは!!」

 

 ナツキ・スバルは、様々な想いを込めてそう思った。

 

 一つは、笑いこける童女のような声。

 

 それは他ならぬ、ついさっき見つけた青いメイドの少女に向けて。

 

その頭から生えている角と、魔獣を駆逐し続ける明らかに正気が失われた目を見れば、『会って話せばわかってくれる』という希望がいかに楽観的なものだったのかは理解できた。

 

「あの〜ラムさん?もしかしてだけど、今までの話で出てきたレムさんが鬼って、比喩的な話じゃなくて……」

 

「ラムの話を疑っていたの?レムもラムもリルも、純血の鬼族よ。本当にどうしようもないバルスね、バルス」

 

「俺の名前を悪口に使うなよ!?」

 

 叫んでから、この静かな森で大声を出してしまったことの迂闊さを悟る。魔獣達を仕留めていた青い鬼がギョロリとこちらを睥睨し、人を殺せそうな眼力でこちらを睨む。

 

「ねえ、様……?」

 

「………ら、ラムさんラムさん?これってもしかして、非っっ常にマズい事態なんじゃ……」

 

「ラムは今動けないわ。というわけでバルス。全力で逃げなさい。──揺らしたら殺すわ」

 

「鬼だぁぁぁっ!!」

 

 もう一つの意味を込めた至極真っ当な罵倒と共に、スバルは先ほどから担いでいる桃色のメイドを抱え直し、必死にレムから逃げ出すのだった。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 こんなフォーメーションで移動し続けていることには、いくつか理由がある。

 

 まずは純粋にラムのガス欠。ここまでに出会った魔獣との戦い、及びレムを見つけるための千里眼によって、ラムはかなりのマナを消費したらしい。それも、動くのが怠くなるくらい。実際にシャマクでそれを体験しているスバルとしては他人事ではないので、それは納得できた。

 

 ただ、それだけならまだラムは自力で歩けた。魔獣との接触回数が少なかったことが功を奏して、なんとか歩くくらいは出来ていたらしい。そこは囮になってくれたリルに感謝するしかないが………

 

「ね、姉様!状、況の方はっ……どうよ!?」

 

「一流の画家を呼んでリルの勇姿を描かせるべきだと思うわ。これほどの光景を描けるだなんて、きっと芸術家冥利に尽きて咽び泣くわね」

 

「何の話!?」

 

 レムから逃走して息を乱しながら、スバルは変わらないラムのブラコンっぷりにツッコミを入れる。

 

 今現在、こうしてスバルがラムを背負っている理由は、(ひとえ)にリルの状況をラムが見ているからだ。

 

『千里眼』。ほかの動物達の視界を借りるというその能力を使って、ラムは現在リルを見てくれている。ただし使用中は無防備になるため、スバルがそれをカバーせざるを得ない状況下にあった。

 

「……悪いとは言わないけど、良いとも言わない。負けもないでしょうけど、決定打がないわ。せめて、あの子が鬼化するだけのきっかけがあれば──」

 

「無い物ねだりしてもしゃぁねぇ!負けないなら上等だろ!元はと言えば時間稼ぎが目的だ!……ラム。悪いが限界だ!下ろすぞ!」

 

 一言断って、メイドを雑に落とす。それでも華麗に着地したラムは、しかしダルさがあるのか、二、三歩ほど体をふらつかせた。

 

「バルス、もっと考えなさい。雑にも程があるわ。ラムの珠のような肌に傷がついたらどうするの」

 

「ロズっちに責任取らせるよ!……いってる場合じゃねぇ!後ろから迫ってきてんぞ!」

 

 レムの移動する音は、鎖の音のお陰でよくわかる。スバルとしてはトラウマを刺激されて身が竦むが、そんなことで震えている暇すらない。魔獣を相手取っているからか、その足取りこそ遅いが、油断したら一気に距離を詰められるだろう。

 

「なんか手はないか!?鬼族の弱点とか!」

 

「レムを鬼たらしめているのは、あの角だから。一発強烈なのを叩き込めば、それで戻ってくるはず……」

 

「今のレムにそれを、か。無理ゲー過ぎんな……!」

 

 言いながらも、足は止められない。今この強い傾斜で止まるには立地が悪すぎる。何にしても、どこかしら開けた場所を目指さなくては──

 

「バルス!前!!」

 

「う、おぉっ!?」

 

 言われて。目の前から、あの犬型の魔獣が顎門を開いて迫っていることに遅ればせながら気がついた。

 

 延々と終わらない思考が、視界を狭めていた。そのことに気がつく間に、スバルを仕留めんと牙がスバルの肌へと……

 

「………っ、ぶぶぶぶぶ!!」

 

 突き刺さる直前。奇跡的に(もつ)れた足が、スバルを転倒させることでその凶刃から救った。転がったスバルはそのまま魔獣の胴へと体当たりする形になり、柔らかい感触と共に魔獣は木へとその肉体を打ちつけた。

 

 スバルの代わりに勢いを引き受けた魔獣は、木に引っかかることなく山の斜面を転がり落ちていく。ギリギリ踏みとどまったスバルには、その末路を想像することも憚られる。

 

「バルス!」

 

「………てて!き、救出サンキュー……!」

 

 転倒していたスバルをラムがなんとか引っ張りあげ、スバルは視界の平行を持ち直す。全身が痛いが、どうやら致命的な欠損や怪我は見当たらない。

 

「間抜けで救われたわね。でも、流石に見ていられないわ。一体、どうしてそんなヘマをするようになったのかしら」

 

 罵るラムの声を聞いて、命の危機に瀕していた体と心が、安堵と共に緩む。

 

 安堵という、猛毒と共に。

 

「ほっとけ!こちとら腹かっ捌かれてから魔獣に呪いつけられて、ついでに心臓握られ──」

 

 その失態を。一体間抜け以外の、何と罵ればいいだろう。

 

 安堵の後には、必ずと言っていいほど油断がついて回る。そしてその油断は、致命的な失敗を生むと。スバルは、ずっとそう学んでいたはずだったのに。

 

 だが、そんな後悔を置いて。

 

 世界は、その色を失った。

 

 時間は過ぎることを忘れ、スバルの精神以外を置いて、のんびりと立ち止まる。

 

 そうして、伸びてきた影が。自らの失敗を表すように、ゆっくりとスバルの心臓を──

 

 

 

 戻る。永遠とも思える苦痛の末に、スバルは現実へと戻ってきた。……が。

 

「ラムっ!!」

 

「そんなにキャンキャン吠えなくても聞こえているわよ。何を……きゃっ!?」

 

 隣を走るメイドを無礼を承知で掴み、そのまま担ぐ。女の子らしい悲鳴に驚くこともなく、スバルは率直に用件を口にした。

 

「リルを見てくれ!頼むっ!!」

 

「突然何を……実力は拮抗していたわ。そんなすぐには……」

 

 スバルの言葉に反発し、しかし素直に言うことを聞いたらしいラムは、目を押さえて『千里眼』を使用し。

 

「…………う、そ……」

 

 そうして。

 

「…………リルが………死んでる……?」

 

 スバルの過ちがとんでもない最悪の事態を招いたことを、その呆然とした呟きが示していた。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 どうして、こんな状況になったのだったか。ぼんやりと靄がかかったような頭をなんとか揺り起し、曖昧な記憶をなんとか掘り起こす。

 

「……そうか。……確か心臓潰されて、ギルティラウに殺されたんだっけ」

 

 そう。恐らくスバル君の死に戻りペナルティであろう心臓ギュッを膝に受けてしまってな……。そのままギルティラウの攻撃を躱せず、ダイレクトアタックで腹を思い切り裂かれたのだ。

 

 心臓をニギニギされたこと以外に痛みを感じなかったのが不幸中の幸いか。ギルティラウさんたちの一撃は特に堪えなかった。

 

 今現在の自らを見下ろすと、それらしい傷もない。まほうのちから!摩訶不思議〜と、思えるほど楽観的でもない。

 

「ええ。そして今、現実のあなたは死んでいます。死を『見間違え』にするには、少々状況が切羽詰まっていましたから」

 

 何でもないようにそう言ってのける目の前の女に、嘆息。

 

 そして周囲を見渡し、あまりにも見覚えがある景色に再び息を吐く。僕の記憶か何かを再現して、こんな空間を作っているのだろう。或いは、ここが僕の心そのものとでもいうのだろうか。

 

「あれか?『まずは自分の過去と向き合え』ってやつ?」

 

「はい。主人公覚醒いべ、というやつです」

 

「一気にありがたみが薄れたよ」

 

 折角それっぽい形で納得しようとしたのに。僕の記憶から余計な知識ばっか吸収してたんじゃねぇだろうなコイツ。十年近く何やってたんだよ。

 

「というか」

 

「やっぱり生きていたのか、なんてセリフはよしてくださいよ」

 

「言わないよ。そもそも、お前にその言葉はお門違いだろ」

 

「あら。ここは言うのが様式美というものでは?」

 

 やっぱり余計なもんばっかり吸い取ってやがる。いや、そもそもが四百年一緒にいたんだ。真似は思いのまま、というわけか。その言い回しは本気でやめて欲しいけど。

 

「突然そんな姿をして現れて。何のつもりだ」

 

「………意外とバレるのは早かったですね。自信はあったのですが」

 

 てへ、と舌を出してお茶目にウインクをする女。似合っているから余計に腹立たしい。開けている方の眼球潰してやろうか。

 

「やってろ。『虚飾』の()()()()

 

 ずっと自分の中で燻っていた持ち腐れの宝は。想像の三倍くらい戯けた姿で、僕の前に現れた。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「ちなみに。どうしてそう考えたのかを訊いても?」

 

「パンドラは僕が殺した。僕が殺して、僕が看取った。それだけの話。実際上手く出来てると思うよ。少なくとも、アイツとの差異は感じられない」

 

 なるほど、と頷いたパンドラ。の、形をとった魔女因子。『虚飾』とでも呼称しようか。変わらずポンチョのような布切れ一枚で過ごしているあたり、寒暖差が気になるところだ。

 

 魔女因子。権能の源。僕がパンドラを殺しえた理由にもなる浮気性なそいつは、面白がるように僕を見つめた。

 

「随分とこの女(わたし)に入れ込んでいますね」

 

「入れ込んでいるとも。なんなら、今お前を殺したくて堪らないくらいだ」

 

 久しぶりに見つめる顔に。鏡越しにしか見れなかった顔に、思わず本能が疼く。

 

 殺したい。その首を手折って、その首を引きちぎって。その心臓を貫いて。その舌を噛みちぎって。その全身を引き裂いて。思いつく限りのやり方で、殺り方で。その尊厳を地に引きずり下ろして、叩きのめして、ズタボロにして。後悔など無いように、凌辱し尽くしたい。

 

 実際、この場所でなければそうしていただろう自信はある。ギラついた欲望まみれの目を向けられた『虚飾』は、おお怖いとわざとらしくその身を震わせた。

 

「実行はしていただけないようで、助かりました。……ここ、いい場所ですね。こういった信仰の形も、悪くない」

 

「そうかな。白鳥の湖の最初のシーンを繰り返し見せられてるくらい不快だけど」

 

「ふふ。ここはあなたの心の中だというのに。随分な物言いですね」

 

 どうやら、そういうことらしい。死後の世界かとも思ったが、まだ心の中とは。つくづく未練たらたらで、僕という存在は救えない。

 

 ふと、パンドラが入り口の方を指す。……そこには、ランドセルを背負った小さな子供が一人、こちらを見上げて立っていた。

 

「……………」

 

「ほら。随分と可愛らしい子が来ましたよ」

 

「『あなたたちは、誰?』」

 

 まるで古い映写機を回しているような。スクリーンに映った相手と会話しているかのような。そんな違和感を感じながらも、どうやら相手はこちらを認識しているようだ。モノクロの映画か何かに入り込んだ気分だった。

 

「『ここは教会です。悪いことしちゃいけないんだ。あなたたちは、泥棒ですか?』」

 

「ああ。お姉ちゃんは………」

 

『虚飾』が続ける言葉を遮ったのは、他でもない僕だった。

 

「…………」

 

 一瞬。それは風が吹くような一瞬。

 

 それだけの時間で、僕は目の前の子供の首を掴み、そのまま投げ飛ばしていた。体感だが、身体能力に変わりはない。

 

 小さな体はそれだけで大きく飛び、結果机に強く頭をぶつけた少年は、そのまま何かを言うことなく気絶する。

 

 大きく喚かないのはいいことだ。耳が穢れずに済む。

 

 喚くことがないのもわかっていたけれど。

 

「随分なことをしますね。この場所で乱暴をしたくないのではなかったですか?」

 

「無駄な殺生は望まないよ。でも、これは無駄じゃないから」

 

 言ったまま、意識のなくなったその子供の頭蓋を踏み潰す。リアルな肉と骨を潰す感触。脚が生温かい液体に塗れ、飛び散った血が手や顔にまで付着してしまった。汚い。

 

『虚飾』は呑気にあーあ、と溢すと、らしくもなく言葉を重ねる。

 

「子供、嫌いなんですか」

 

「いや。好きだよ。簡単に死んでしまいそうなくらい弱くて、可愛くて」

 

 実際、昔はよく同年代の面倒を見ていたものだし。学生になってからも、子供に好かれることは多かった方だと思う。少しだけ、足が痛い。心は不思議と痛まなかった。

 

「酷いことをしますね。それは()()()()()()だというのに」

 

「過去の自分ほど嫌いなものはないよ。先を知っているのに悪い方向に進んでいく自分なんて、気持ち悪くて見ていられない」

 

 地面に転がる肉塊は。

 

 昔の■■(リル)は、首から上を無くして、無造作にその場に転がった。なんかスプラッタだ。少し気持ち悪い。

 

「気分が悪くなるくらいならやらなければよかったのでは?」

 

「大丈夫だ。ちゃんと弔う」

 

 地面に手を押し当てる。一言「アルゴーア」と唱えた。この距離なら、外すこともない。

 

 魔法は、何一つの支障なく炎を産む。

 

 燃える。

 

 ただ、視界の全てを赤が照らした。チリつくような紅蓮の炎が、自分の死体を燃やして、黒い炭へと変えて。そしてそれを中心に、教会の全ても燃えていく。

 

 長い机も。木製の椅子も。絨毯も、灯りも、ステンドグラスも。

 

 何もかもが、炎に呑まれて壊れていく。熱に溶けて、熱さに焦がれて、形をボロボロと崩していく。

 

 世界の強度なんてこんなものだ。大人の癇癪ひとつで死んで。炎一つで、呆気なく潰れてしまう。こんな世界に、相応しい最後だ。

 

「それで自分の過去に向き合ったつもりですか。面白い結論ではありますが……」

 

「そんなつもりはない。これは単なる精算。それに、この世界は別に自分の過去に向き合えだとか、そういう話じゃないだろ」

 

 血に濡れた頬を拭って、燃え盛る教会の中、未だ動かない『虚飾』へと歩み寄る。

 

 そもそも、死んだなら死を『見間違え』にすればいい。今でなくとも、タイミングはいくらでもあるし、こいつなら作れる。それだけで、こんな世界に来る必要なんてものはない。

 

 この世界を作って、この世界で過ごしている。そんな『虚飾』が、この世界の元凶だ。

 

「不満だったろうね。お世辞にもお前を使いこなせてたなんて言うつもりは無いから。まさか、こんなしっぺ返しをくらうだなんて思ってなかったけど」

 

「しっぺ返しだなんて。私なりに、主人であるあなたに誠意を尽くしたもてなしのつもりだったのですが」

 

 いけしゃあしゃあとそう宣う『虚飾』。その目からは嘘の気配は感じられない。本当に、善意でやったのだろうか。あの女のガワを被っているから、わからない。

 

「そうか……」

 

 言葉に意味はない。感情に意味がない。

 

 ならば。ならば。例え、穢れ切ったこの手を汚してでも。

 

 この、虚飾(うそ)から、真実を。

 

おい。勝手なことをするな

 

 血に濡れた両手で、首を掴む。燃え盛る世界の中、僕と『虚飾』は、熱を肌に感じながら目と目を突き合わせていた。その美麗な顔に自分の顔を向けて、はっきりと立場の違いを弁えさせるように。あと少し力を込めれば首を折れる状態で。

 

「お前は僕のものだ。黙って僕に従え」

 

「ふふ。こんな体勢でそんなことを言われたら、女の子は恋に落ちてしまいますね」

 

「女の子なんて歳でもないだろうに。俺様系なんて今時流行(はや)らない」

 

「私は好きですよ。あなたの本性が垣間見えた気がして」

 

 余裕を崩さない『虚飾』。その深い蒼に呑み込まれそうになりながらも、毅然とその深淵を睨み続ける。

 

 暫くして。僕の態度に満足したのか。『虚飾』はゆっくりと、僕の手を二度ほど叩いた。手は、緩めない。

 

「そういえば。まだ答えを聞いてなかったな。十年前のあの日の答え、教えてくれる?」

 

「………ええ。ええ。認めましょう、()()。私は。(虚飾)は、あなたのものです。──あなたを見守る全てに。あなたを育む世界に。あなたを支える誇りに、恥じない在り方がありますよう」

 

 祝詞でも述べるかのように。ただ、それに似ただけの呪詛のような呪縛の言葉を、つらつらと並べ立てる。

 

「──怖じず、竦まず、迷わず、心のままに在りますよう。私の志のあるがままに、あなたを取り巻く何もかもと同じように。あなたに使われ、あなたに歪み。……そして、あなたの望みを叶えましょう」

 

「そうか。お前を災厄と断じる僕を、その全てを。一切の対価なく、一切の理由なく、一切の道理なく、ただ認めろ」

 

「仰せのままに。我が主よ」

 

 恭しく。その言葉が嫌に似合うような『虚飾』の女は、ゆっくりとその目を閉じ、その言葉を終えた。『虚飾』なりに、僕に感じるところでもあったらしい。それも(虚飾)なのかもしれないが。力さえ手に入るならそれでもいい。

 

「では、そのまま誓いのキスを」

 

「調子に乗るな」

 

 至近距離で放たれたデコピンが、容赦なく『虚飾』を襲う。こうやって大切な場面で茶化すところは僕そっくりだ。似なくていい。

 

「……痛いですね。こんな可愛らしい女の子にこんなことを言われて拒否するなんて、男としてどうなんですか?据え膳食わずは男の恥と言うでしょう」

 

「どの口が。お前のせいでそれ(性別)も怪しいんだよ。それに、僕が使うのはお前だけじゃない」

 

『虚飾』は、本当の意味で僕のものになった。だからなんだ。そんなもの、まだ初めの一歩に過ぎない。

 

「鬼の力も、三本目の角も、何もかもを使う。僕のものだ。どう使おうと文句は言わせない」

 

 自分の力だ。どうあったところで僕の力に違いないのなら、それら全てくらい使いこなしてみせよう。

 

 それが、せめてコイツに見せる、僕なりの意地というやつだ。

 

「『強欲』ですね。相変わらず」

 

「そうやって、お前達は何でも大罪にしたがるな。………というか、思ってるんだけどさ」

 

「はい?」

 

 ふと、そう例えられるたび、考えていたことを尋ねる。女は、少し意外そうな、嬉しそうな顔を作る。

 

「『強欲』も『怠惰』も。『憤怒』も『傲慢』も。『色欲』も『暴食』も。『嫉妬』も『憂鬱』も『虚飾』もさ。結局、人間の感情であって、欲望であって、人間に備わってるってことは人間性じゃん」

 

 人間が持たざるものであるのなら、それらがそもそも大罪と設定されるはずがない。人間が抱く悪であるからこそ、それらは罪とされている。

 

 けれど。

 

「それらを全部持たない完璧な善人とやらは。それらを全部否定した末の完全ってやつは。一体、人間とかけ離れた何になるんだろうね」

 

 人間の欲望。人間の感情。そう言ったものを全て罪とした、それらと一番遠い最高の善人と定義されたものは。本当に、善なのだろうか。

 

 僕の問いに、少しだけ考える素振りを見せた女は徐に表情を崩して。

 

 

 

───さあ?

 

 

 

 あまりにも玲瓏な美貌で、残酷に。失笑するように、その疑問を嘲弄した。

 

「あっそ。まぁ、期待はしてなかったけど」

 

 予想がついた答えに、特に反応することもなく出口を目指す。燃え盛る道を歩いて、崩れる瓦礫を躱して、教会の扉を開く。用は済んだ。いい加減、時間だ。

 

「そうですか。では、リル。良い旅を。ずっと変わらない、私の愛しい、()()()()()

 

 それを合図にしてか、或いは全く別のことをキーとしてか。焼け落ちる神の家はその質量を呆気なく失わせ。嬉しそうに手を振って見送る女を最期に。

 

 正しい終わり方で、冷酷に崩れた。

 

 

 


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