目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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馬鹿な……作者が時間通りに更新する……だと……!?

昨日更新が遅かったから前の話を見ていらっしゃらない方はバック推奨。


それは、大変不幸なことに。

 

 

 

「………リルが……死ん、だ?」

 

 その事実を聞かされた瞬間。スバルは、危うく自らの舌を噛み千切りかけた。

 

 死んだ。死んだ。リルが、死んだ。

 

 誰のせいだ。

 

「………俺の、せいだ…」

 

 スバルのせいだ。

 

 スバルが油断して、ペナルティを受けるような言葉を吐いたから。実際には無傷とはいえ、心臓を握られるあれを戦闘中に行われれば、平静など到底保てるべくもない。

 

 またスバルは。リルを、殺した。

 

 一体何度目だろう。一体、どれほど同じ過ちを犯せば気が済むのだろう。庇われて、守られて、今度はスバルが足を引っ張って、リルを。

 

 死んで詫びよう。否、死ななければならない。こんな愚かなナツキ・スバルを、スバルも、隣で愕然とするラムも、今なおスバルを追いかけてくるレムも、誰もが、許してくれるはずがないのだから。

 

 また、あの一日目に戻る。これまでの関係を全て無かったことにして、ゼロからロズワール邸の一日を始める。いや。或いは五回目や六回目などなく『死に戻り』が発動せず、本当に死んでしまう可能性だってある。

 

 そう考えただけで、スバルの体の震えは止まらない。また、ああなってしまうことが。本当に死んでしまうことが。怖くて怖くて、たまらない。

 

「だから、なんだ」

 

 全員無事でないなら、そんな周に意味はない。そんなロズワール邸は、いつか崩壊するだろう。そのことを、四周目を体験したスバルはよく知っている。殊更、リルに関しては。

 

 死のう。魔獣に噛まれてもいい。レムに突っ込んで殺されるのもいいかもしれない。崖を探して、そのまま真っ逆さまに砕けるのがお似合いか。

 

 何にしても、こんな結末を認めてしまうわけにはいかないのだから──

 

「……バルス。いい知らせと悪い知らせ、どっちから聴きたい?」

 

「………何、だよ……リルが死んじまったなら、もう、そんなの意味が……」

 

 突然戯けたことを言い出すラムに反感を抱く。スバルの弱々しい返しに対して、ラムは一方的に言葉を紡いだ。

 

「ならいい知らせからね。………リルが、生き返ったわ」

 

「……なっ!?」

 

 今までの前提をひっくり返す様なニュースを聞かされ、思わずラムの手を取る。引っ叩かれて直ぐに振り解かれた。酷い。

 

 だが、その傲岸不遜な態度を続けているということは……

 

「本当……なのか?」

 

「死んでいたかは定かじゃないけど、致命傷を負っていたのは確か。……でも、鬼化の影響ね。それが塞がってる。生きているわ、確実に」

 

「………よ、良かったぁぁ……」

 

 淡々とした報告の中に、隠しきれないラム自身の安堵を感じ、それが欺瞞などではなく純然たる真実であることに、スバルはホッと胸を撫で下ろす。死を覚悟したほどだ。その安堵は、五周目の死に戻りが成功した時以上だった。

 

「てか!死んでも生き返るとかアイツどんだけだよ!それに鬼とか、属性モリモリってレベルじゃねぇぞ!」

 

「安心したのは分かるけど、まだ早い。悪い知らせはその倍あるから」

 

 走るわよ、と背中を叩かれ、衝撃に震えていた時間が再び進み始める。軽い休憩にはなったはずだが、心労のせいかそんな風には全く思えない。鎖の音は、より一層近くなってきている。

 

「そういやそんなこと言ってたな!悪いニュースってやつは!?」

 

「一つ。どうしてか、魔獣達が一斉にこっちに向かって来てる。レムが近寄ってくるのはいいことだけど、些か集まり過ぎね」

 

「魔獣達が……魔女の臭いか!」

 

 レムとの会話で発覚した、魔女の臭い。ベアトリスの言葉が正しいなら、ペナルティ後はスバルの魔女の臭いは濃くなっているはず。浄化装置足るリルとは距離が離れているため、纏う臭いはそのまま垂れ流し。

 

 そしてリルの言う『体質』が『臭い』のことであるのなら、今のスバルは魔獣達にとっていい餌ということだ。

 

「リルもおんなじだろうが……」

 

 あのエルザを瞬殺したリルのことだ。余計なちょっかいさえ入らなければ、多少増えた程度の魔獣に負けるとは到底思えない。

 

 むしろ今は、魔獣を集めることによってレムも引き寄せているスバル達の方がピンチであって。

 

「んで!もう一個の悪いニュースは!?悪いがキャパオーバーだ!これ以上は考えられねぇ!」

 

「今の話じゃない。後の話よ。最悪の場合を想定して話しておく必要がある」

 

 息も絶え絶えになりながら、走る。……その先の茂みに光る赤い目を見つけ、仕方なく進路を変更。もう、体力も限界が近い。

 

「焦らすな!体力フル投下してっから………もう…っ…!」

 

「……もし、このまま行くと」

 

 ラム達は、リルに殺されることになるわ。と。

 

 想像を絶する続きに一瞬息を呑んだ。瞬間。

 

「魔獣っ!魔女っ!魔獣魔獣!魔女ォッ!!」

 

 青い鬼が、背後の魔獣をすり潰して着地する。

 

 鬼ごっこは、終わらない。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……う!ダメ……ないのぉ!ほんっとに………んだからぁ!」

 

 うるさい。

 

「……らぁ?……さん、まだ………のぉ?」

 

 うるさい。

 

 甘ったるい声も、愛らしい顔も。

 

 足りない、足りない。そんなものでは、心は満たされない。もっと、蕩けるような甘い音色を。全身が痺れるような恍惚を。

 

 何もかもが、虚飾()塗れに見える。こんなものではないはずだと。最上(・・)を知ってしまった心が、現実を疑い始める。これが現実なのか、と。世界そのものを、錯覚してしまいそうになる。

 

 この思考はダメだ。続けてはならない。

 

 でも。そうだ。それが始まりだった。

 

 あの女に会って、そうして。

 

 どうして、こんなにも不幸なんだろう。どうして、僕は生きているんだろう。こんな汚い世界で生きているのなら、いっそのこと。

 

 ──あぁ、なんか。

 

「イライラ、してきた」

 

「あらぁ?」

 

 口にして。跳ねる。

 

 跳ぶようにして、一気に起き上がって。バックステップを踏んで、空中で自らの状態を確認する。

 

 縛られている様子はない。服は変わっていないし、四肢はちゃんと繋がっている。……貫かれた腹には、赤い血。

 

 ………痛い、と言うほどではない。傷はもう、ほとんど塞がっている。心臓はともかく、腹の傷は『虚飾』ではなく純粋な鬼の力だけで再生したらしい。ただ、執事服に半端に穴が空いていることが少し気になって、引きちぎってセーラー水着のようにしてしまった。

 

 見栄えを気にするだなんて、『虚飾』らしくなったものだと自ら嘲笑。でも、仕方ない。こうでもしないと、自分が綺麗でないことを許せなくなる。自分の美しさが霞むことが、とんでもない過ちのように思えてしまうから。

 

「豪快ねぇ。それにおへそを出すなんていやらしい。でも、似合ってると思うわよぉ」

 

「スケベな視線をどうも。舐められるように見られるのも存外悪くないよ。ほら、自分がそれだけ美しいってわかるからさ」

 

 見られる快楽。見られる不快感。どちらも気持ち悪いし、どちらも気持ちいい。どちらを取るか考えることすら面倒で、イライラする。

 

 再びメィリィ達と間合いを取る。メィリィは対話をするつもりのようで、ギルティラウ達が前に出ただけで、小型はメィリィの後ろで控えていた。

 

「それより、僕を拘束しないなんて余裕じゃん。数秒は気絶してたと思うけど」

 

「腹を捌かれて死なない人がいると思ってなかったからぁ、死んじゃったと思ったのぉ。でも、お兄さんがエルザみたいに頑丈でよかったぁ。これでお人形さんにして遊べるわぁ」

 

 安堵するように手を合わせて、子供らしく朗らかに笑うメィリィ。その態度は未だ余裕綽々と言った様子で、自分の圧倒的優位を疑ってもいない。

 

「どうして回復したのかは知らないけどぉ。腕を落とせば流石に再生しないわよねぇ。ギルティラウちゃん達、そういうことだから」

 

 再び、ギルティラウを何匹か侍らせ、残りの何体かを僕に仕向けてくる。自分はずっと安全地帯にいる。

 

 ……その慢心が、絶望に変わる瞬間を見たい。見てやりたい。見せてやりたい。

 

 そう思うからこそ、実験台には都合がいい。

 

 

 ギルティラウ達が、駆ける。

 

 圧倒的なスピード。その巨躯からは考えられないほどの速度。目で追うのが精一杯。魔法だろうと躱され、ワイヤーなんて以ての外。本()達も、まさか自分たちが武器でやられるだなんて思いもしていないだろう。

 

 まさか、そんな不幸(・・)が訪れるだなんて。ギルティラウは、考えもしない。

 

 意識する。自分の中で蠢くモヤ。マナではない。それよりももっと強力で、邪悪で、愛しい何かを。

 

 使い方がわかる。どうすれば現実を偽れるのかが、手に取るようにわかる。

 

 だが。……手に取るように、では足りない。権能を相手にしているようでは、万全とは程遠い。

 

 手足を動かすように。

 

 当たり前の。生まれてきてから、当然に知っているかのように。

 

 息を吸うほど容易く、嘘をつくほど流暢(りゅうちょう)に。

 

『虚飾』の権能

 

 もう、偽りの言葉で飾りたてるのもやめよう。この権能にだけは、偽ることをやめる。

 

『パンドラの厄災(やくさい)

 

 曰く。

 

 パンドラの箱には、全ての悪と災厄が詰まっていたという。ならば。この世の全ての不幸は、パンドラの箱(この権能)から発生したものであるはずだ。

 

 さぁ、開こう。パンドラの箱を。解き放とう。全ての厄を。

 

「『──不幸にも(・・・・)、ギルティラウ達は仕掛けてあったワイヤートラップにかかって全滅する』」

 

 瞬間。

 

 メィリィを囲んでいた十体。臨戦態勢を整え、超速で動く八体のギルティラウ達が、なんの前触れもなく。一切の予兆もなく。あまりにも簡単に。体を何枚かの肉壁に分裂させ、大量の血を吹き上げ、崩れ落ちた。

 

「嘘……!?」

 

 手に持った糸を手繰る。つい先ほどまで僕の手元にあったはずの糸を。投げた覚えも仕掛けた覚えもない、ほんのコンマ数秒でギルティラウ十八体を仕留めたその糸を、引く。だって、そこにあった(・・・・・・)から。ギルティラウを殺したから、糸はそこになくてはならない。そうして伸びているのが当たり前だから、こうして手繰る必要がある。

 

「……なんで……そんな……そんなもの、どこにもなかったのにぃ……なんで……何が……!」

 

「何って……『見間違え(・・・・)』たんじゃない?ワイヤーは、ずっとそこに仕掛けてあったんだよ?そうでないと、ギルティラウ達が死ぬはずがないでしょう」

 

「そんなわけ……あ、れ?……でも……そう?そう、だったかしらぁ…?」

 

 僕の『虚飾』の権能。『パンドラの厄災』は、『誰かの不幸のための現実改変能力』だ。パンドラの箱に詰まっていたとされるありとあらゆる厄災。それらを実現するこの権能は、『不幸なことにも』改変した現実からありとあらゆるものへと干渉し、変えた現実が不自然でないように他のものすらも歪めてしまう。

 

 ギルティラウをワイヤーで殺したなら、元々そこにはワイヤーを仕掛けていなければならない。だからこそ、僕の手の中にあったワイヤーは消え、メィリィはそこにずっとワイヤーがあったのに警戒していなかったと。因果は逆転し、認識が歪んだ。世界が僕の言葉を肯定し、『不幸にも』ギルティラウ達は死んでしまったのだ。

 

「ギルティラウちゃんたちが……一瞬で……」

 

 状況を飲み込めないメィリィ。恐らく現実との認識の齟齬が発生しているのだろうが、そもそも理解しようと無駄な産物だ。呆然としてくれるなら、その分の隙が出来たことになる。

 

「………魔獣が群がってくるか」

 

 ふと、周囲を囲んでいる魔獣の気配を察する。様子を窺っているからか、襲いかかってくる気配こそなし。スバル君のペナルティもあって、臭いが濃くなっているのだろう。『虚飾』の権能を使ったこともきっと無関係ではない。

 

 権能を使えば、それらも一瞬で殺せるだろう。

 

 でも。思い切り暴れられるこんな珍しい機会を、そんな簡単に手放すなんて勿体ないなんてものじゃない。

 

 額に触れる。ラインハルトと対峙した時から、ずっと封印し続けて来た鬼の力。正体不明の、三本目の角。いい加減、戦いを求めて疼くこの衝動を抑える必要もないだろう。

 

 角が伸びていく。周囲のマナが全身に行き渡り、心地の良い感覚が広がって。思考はクリアになり、ある種の清涼感すら感じさせる。

 

 いつになく長い(・・・・・・・)鬼化を体験して、陶酔に浸りたくなるほどの快感を得る。全能感。そう言って差し支えないほどの楽が、己を責め立てた。

 

 殺せ。血肉を、骨を、魂を、命を。全てを奪えと。久々に聴くその訴えに、うっとりとして身を任せる。同時に、心のどこかが冷めていくのも感じていた。

 

 殺すのはいい。でも、それ以上に。劇的に殺さなくては。綺麗に、派手に、反論の余地なく。全てを魅了するほどの力で屈服させなければ、意味がない。

 

 震撼。

 

 周囲を威圧するように、鬼の本能が動いた。圧倒的強者の放つ圧力が、周囲の魔獣達から、身じろぎする余裕すらも奪った。

 

「ずぅっと思ってたんだよね。ロズワールも、師匠も。どうしてみんな、魔法と現実に区切りをつけるんだろうって」

 

 一人語り。何の意味も持たないそれは、唯一それを理解できるメィリィの耳にのみ入る。何を言っているのか、きっと理解はできない。されど、目の前で何か恐ろしいことが行われていようことは、容易に想像ができただろう。

 

 それでも、逃れることは許されない。体の震えが止まらず、頭は回らず。何をすればいいのかもわからない。

 

「無色のマナ?極大の魔法?」

 

 ───そんな見たことも、正体すらわからない曖昧なものより。

 

「魔法で現実の事象を再現した方が、わかりやすく強いに決まってんじゃん」

 

 集める。まずは土魔法。地面からある物体を抽出するイメージ。雑でもいい。どうせ土魔法なんてまともに使えない。だから、それは得意(・・)で埋め合わせよう。

 

「二酸化ケイ素、なんて言ってもわかんないだろうけど。ようは岩石だ」

 

 地面から得られた岩を、陰魔法を使って浮かせる。物体を軽くする力。……物体の、重力を操る力。今の僕なら、その微調整だって思うがままだ。

 

 そして。

 

「アルゴーア」

 

 僕はその岩を、全力の火力で焼き尽くした。この距離ならば、周囲への被害を躊躇をすることもない。煮詰めるほどに熱く。溶かすほどに熱烈に。炎が舐めるように張り付き、岩を高温に。赤く、赤く。その込められた熱量を示すように、溶かす。

 

「熱でドロドロ、ドロドロ……グツグツ、グツグツ。溶けないなら、圧力を陰魔法で無理やり加えてやればいい」

 

 圧力を加えるということは、その分のエネルギーを加えるということだ。実際の溶岩が生まれる工程と、なんら変わらない。例え炎だけでは超えられずとも、これほど超過の圧力と熱を加えれば………

 

 

「ほら、これが溶岩ってやつだよ」

 

 

 チロチロと覗く白と赤。太陽を思わせるその輝きに込められた熱量たるや。流動しながらも使用者の肌すら焼かんとする人の顔ほどの大きさのそれが、五つ。

 

 白い煙を吹き上げ、何もかもを飲み込むその厄災の名は……

 

火、土、陰系統の合成魔法『ラーヴァ』

 

 燃え盛る炎を超えた何かに、囲んでいた魔獣達が震え上がる。メィリィも、明らかな動揺を浮かべてこちらを見た。

 

 その視線の、なんと快いことか。

 

「さぁ、破片でも当たったら燃える花火パーティーだ!!愉しませてくれよ!?」

 

 興奮のままに丘を駆ける。無限に遊ぼう。遊べるのだ。遺憾なく、今の自分の実力を。

 

「アハ、アハハハ、アハハハハハハハ!!」

 

 狂ったように叫び声を上げること。それがまた、心の底から気持ちが良かった。

 

 鬼ごっこは、終わらない。

 




執事服を権能で戻さずセーラー水着風にへそ出しさせるのが匠のこだわりというもの。

次回、今度こそメスガキわからせ。お楽しみに。

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