> 突 然 の 身 バ レ <
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教訓:ペンネームは使い回してはならない。
これでもう思い切った文章は書けないな。
ちん○ん。
さて。いざ、鬼化したレムを前にして作戦実行、といったところ。
「ちなみに、この作戦実行した場合お前の機嫌が最悪になるって予想なんだけど、内容話さないけど怒らないって確証取っても良さげ?」
「………とてつもなく嫌な予感がするけど、それでレムの正気が戻るなら、ラムは不機嫌になったりしないわ」
「ホントに?リルに誓える?」
「ええ、誓うわ。リルならラムが契約違反をしようが黙認してくれるはずだもの」
「そういやそうだった!じゃあロズワールに誓ってくれ!!ついでにこの話を聞いてリルが怒り出したらそっちも止めてね!」
愚痴にちょっと悪口を混ぜたくらいでスバルの顔面スレスレにパンチをくれる弟様のことだ。これから行おうとしていることが知れたら、今度こそ拳を命中させにくるかもしれない。
「リルはそんなことで怒らないと思うけれど。よりにもよってそこを選ぶなんて、命知らずね。……ロズワール様に誓いましょう」
男らしく断言されたその発言に、ホッと安堵する。と同時に、ラムの自己評価というか、弟からの好感度管理ミスを指摘したい気持ちが軽く沸き上がってくる。
それに文句をつけるにせよ、何にしてもこの場面を乗り切らなくては意味がない。ラムの承諾も得たことだ。とっとと実行に移すことにしよう。
スバルの編み出した作戦。ラムにすら秘匿していたその内容とは……
「飛んでけぇぇぇっ!!」
「………………は?」
隣のラムを抱き抱え、そのままレムに向かって空高く放り投げることだった。底冷えするようなドスの利いた声を上げながら宙を舞うラムに、やっぱりこれ不機嫌になるやつだ、と確信。
だが。スバルのことを『なんか臭い人』的な認識をしているであろう今のレムでも、身内のラムに対する認識だけはしっかりしていた。
流石のレムもこの暴挙に唖然としていたようだが、飛んでくるのが無防備な姉だと気付くや否や、即座に鉄球を手放してラムの確保に腕を伸ばす。
こうして懐に入ったラムが、レムの角を風魔法で上手くやってめでたしめでたし。
「……とは、いかせたくねぇよな」
そうさせないために、スバルは走り出していた。
今までの言動を見て、ラム、レム、リルの三人の間に、強い絆があることは承知も承知だ。だから、三人がお互いを傷つけることにかなりの抵抗があるであろうことも、理解している。
それに、これはスバルのわがままだが。この三人に、お互いを傷つけるようなことはしてほしくなかった。ただでさえ、過去に大きなものを背負っているであろう三人だ。これ以上このメイド達に何かを背負わせることを、スバルは良しとしなかった。
「行くぞレム。横から入ってきた変な男にやられる準備は充分か!?」
ラムを投げることによって発生したレムの死角。そこへと滑り込み、村の青年団から借りた剣を抜く。ここまでの魔獣との戦いで折れた剣は、しかし鈍器としての役割を十全に果たす。
完璧な奇襲。例え気づけたとしても、ラムを受け止めざるを得ないレムは両手を使えない。なすがまま、角を狙われるしかないのだ。
勝った!第三部・完!
「はい?」
と、脳内で勝利BGMを流していたスバルは、レムのとんでもない機動に追いつくことができず、その剣を空ぶりさせる。
片手だ。片手を伸ばしてラムを先んじてキャッチし、そのまま屈んでもう片方の手で落とした武器をキャッチ。視界から突然消えたレムに、スバルは対応することができなかった。
そして決死の一撃を躱されたスバルは、遠心力のかけられた鉄球に体を粉砕されて命を───
「こんの………距離……なら、変にビビって下がらない限りは死ぬほど痛ぇ鎖を食らうだけで済む、だったな!!」
奪われないことを、スバルは四周目の行動で知っていた。回転する鎖を喰らい、右手にとんでもないダメージを負いながら、しかし吹き飛ばされることなく剣を振りかぶる。
間合い。レムのモーニングスターには、懐の敵に致命的なダメージを与えられないという欠点がある。そもそも懐に入れなければいい、懐に入っていても相当痛い鎖を食らうことになると、実際に使えるかどうかはさておき。覚悟していれば、気絶する寸前くらいの攻撃を受けるくらいで済む。
武器は役に立たないと判断したレムが手を離し、今度は拳で以ってスバルを屠殺せんと迫る。スバルの一撃と交換になりそうな割に合わないその拳は。
彼女の手元にいる姉が伸ばした手によって、一瞬の躊躇いを得た。
「やめなさい、レム。これ以上、誰かを傷つけてはダメ」
「ねえ、さ……」
「──笑えレム。今日の俺は、鬼よりも何倍も鬼がかってんぞ!!」
甲高い鋼を打つ音が、魔獣の森に鋭く響き渡る。………そして、目的を完遂したことを実感したスバルが、後回しにしていた痛みへの絶叫を口にした。
夜が、怖い。
正確には、暗闇が怖い。
それは、寝る時に目を瞑ることもそうだし、或いは瞬きすることですらそうだった。
暗闇は、いつもレムの大事なものを奪い去って。奪い去ったことすら、隠そうとするから。
そしてなによりも。
視界を埋める情報がなければないほど。自分の罪を、思い出してしまうから。
その弱さが、レムにとっては何よりも嫌だった。
その弱さが、大切な弟と姉に迷惑をかけているという事実が。嫌で嫌で仕方がなかった。
それでも。今はどうしてか、目を閉じていても安らぎを得ることができていて。
それはきっと、考えるべきことを、何も考えることができない不可抗力から得られる、最低のもの。
誰にも気遣われず。自分に相応しいと思えるがさつで雑な扱いを受けられる今の状況に、落ち着きを覚えてしまうからだった。
「スバル、くん……?」
「レム!目ぇ覚めたか!?」
「レム……よかった。本当に、手間のかかる子ね」
歓喜の声を上げて走るスバルと並走してレムを診て、かすかに微笑むラム。
彼女はその唇をほんのわずかに、見知った相手にだけわかる笑みの形に崩した。……それが、本心からの笑みを浮かべる表情だと、知っていた。
「フーラ!」
風の刃の詠唱が行われ、巻き起こる風刃が森と共に魔獣の肉体を輪切りに切断。飛びかかろうとしていたその身を肥やしへ変える。
だが、その代償は大きい。フラリと足取りを崩した様子のラムは、軽く自らを背負うスバルに追突。
「──いってぇぇぇぇっ!!ラムさぁぁん!!ちょぉっと怪我人に対する対応がなってないんじゃないですかねぇぇ!?」
「バルス、うるさい。魔獣が集まってくるでしょう」
「背後で爆発音やら自然の悲鳴がしまくってもはやそれどころじゃねぇだろうが!通常会話すらちょい聞き取りにくい花火大会だよ!勇気の告白が聞き取れずに後で焦がれる感じなんだよ!そして森が泣いてるんだよ!森林破壊にも限度あるだろっ!!」
彼の体に体重を預けながら、折れた角の痕跡から血を流すラムの姿。痛みに顔を顰めながら走るスバルの姿。
それらを見つめていて、レムは唐突に今の事態に思い至った。自分がなんのためにこんな場所にいて、どうして二人によって抱きかかえられているのか。
「どうして、レムを──」
「あん?なんだって!?悪いけどタイムリミット迫りまくってそれどころじゃねぇから手短に頼む!追いつかれたらアウトだから!」
放っておいてくれなかったんですか、と。そう続けようとして、決死のスバルに止められる。何度か繰り返されていたその会話に疑問を覚え、ふと周囲を見渡す。
そこには、目を疑う光景が広がっていた。
ありとあらゆるものが飛んでいる。子供の頃やったお手玉のように、ある程度の周期を置いて行われるその投擲のような何かが飛ばしているのは、非常識なことに木々であり、土であり、果てには様々な種類の魔獣が空を飛んでいる。
耳を澄ませれば、爆発音に加えて魔獣の断末魔、何かの悲鳴と笑い声という、阿鼻叫喚の地獄が広がっていた。
「あれ、は……!?」
「……確証はねぇが、ほぼ確定でリルだ。さっきまでのお前と一緒で、鬼化して暴れてんだろ。割と遠くだけど、モタモタしてたら追いつかれちまう。そうなりゃ万事休すだ」
「リル、まで……!」
弟。
大切な弟。優しくて、可愛くて。優しすぎる弟。
泣いていた自分のせいで、角を奪われた弟。レムにそれを気にさせないために、血の滲むような鍛錬をして強くなった弟。
あの日信じることができなかった。手を取ることすら出来なかった、レムのために。
守るはずだった。守ってあげなくちゃと思っていた。
結局は、また守らせてしまった弟。
「………レムを、下ろしてください」
「何でだ!?まだ歩けるってわけじゃねぇだろ!?」
「レムを背負わなければ、もっと早く走れます。そうすれば、スバルくん達は森の外に出られるじゃないですか。……レムは、ここでスバルくんに置いていかれても文句なんて言えません。だって、スバルくんはレムが躊躇さえしなければ、噛まれなかったはずなんです」
顔を強張らせてこちらを見る彼に、レムは自らの罪を告白する。
昨夜の攻防。スバルがレムを庇い、魔獣の牙にその全身を食らい尽くされた瞬間。……本当ならばレムは、スバルを守ることができたはずなのだ。
突き飛ばされたといっても、鬼族であるレムの膂力とスバルのそれは比較対象にすらならない。軽く身をつんのめさせられただけの衝撃など、振り返って腕を伸ばせば届く位置からずらされてすらいなかった。
なのに、レムは手を伸ばすことを躊躇して、スバルに瀕死の重傷を負わせた。全ては彼の身から濃厚に漂う、全てが燃え尽くされた日の臭いが原因で。
そう。その判断は.
あの日弟を見捨てたレムと、全く同じもので。
「また、手を取れなかった……!あの日後悔したはずなのに、レムはあの時から、全く変わっていません。だからスバルくんは死にかけた。手を取らなかったレムのせいで……リルにだって、むしろ殺されるべきなんです。殺されて、当然のことをしました。だから──」
「死ぬ覚悟で森に突っ込んだのか。それで今は、お前を見捨てて、先に逃げろってか?」
レムの告解に、スバルは納得したように頷き、疑問を投げかける。彼の納得を肯定するように、レムもまた自分の罪を見つめながら顎を引いた。
罵倒され、軽蔑されるのだろう。そんな漠然とした予感が、レムの中には渦巻いていた。
本来は、森に入るまでにかけられるはずだった言葉だ。それを先延ばしにしたのは、彼と弟を一刻も早く助けたかったからか。己の過ちを認めたくなかったからなのか。
……きっと後者なのだろうと、弱い自分の心を自嘲してレムは思う。
それでもよかった。このまま罵倒されて、それからリルに殺されるのなら。きっとレムは納得できた。それも仕方のないことだと。当然の報いだと思って、静かに生を終えられるのだから。
「レム」
「はい」
「…………お前、相当なバカだなぁ」
「はい………えっ?」
どんな罵詈雑言だろうと、正面から受け止めるつもりだった。無言で背中から下ろされようと、悲鳴も発さないつもりだった。
ただ、レムにかけられたのは気の抜けたようなあまりにも肩透かしで単純な罵倒で。どころかそれは、どこかレムを思いやるような声音すら含んでいた。
「………お前のバカは三つ。語る時間はねぇから、後で説教しちゃる。約束だ。……知っての通り、俺は約束を絶対に守る男だからな。安心しろ、必ず戻ってくる」
「スバルくん……?一体何を……」
「ラム。村への距離……この際結界までの距離でいいや。あとどのくらいだ?」
「前の群れさえ抜けば、あとは左に向かって全力疾走だけど、どうする気?」
ラムの問いに、まだ残ってんのかよ、と悪態と、長い唸り声を漏らしたスバル。
「俺って方向音痴な上に天邪鬼だからさ。左側って言われたらそうじゃない方向に行きたくなるんだよ。………よし。俺は今からレムをラムに押しつけて自分勝手にも逃げっから、あとは勝手に……」
「魔女の臭いで魔獣を引きつける囮になるから、その間にレムを連れてラムたちに逃げろと。わかったわ」
「俺のツンデレをあっさりと暴くのやめてね!?」
走る速度を緩めずそんなことを言う二人に、レムは絶望の声を漏らす。
「そんな……助かるわけが、ないじゃないですか。……やめ、やめてください。それじゃ、レムはなんのために……」
「何言ってんだ。リルのためでいいじゃねぇか。元々俺は余所者だ。んでもって、お前らは三人で一つだ。どれか一つ欠けても足りねぇよ。それは俺が一番よく知ってる」
それに……と、スバルは続ける。
「魔獣達を一網打尽にする策ってのもある。その後も分の悪い賭けだが、リルが俺の姿を見て元に戻るって可能性があっからな!リルに懐かれてる自覚はあるし、こりゃもう、あいつをメロメロにして帰ってくるしかねぇよ」
男をメロメロにしても困っけど、と。冗談めかしたその言葉には、致命的に説得力が欠けている。疑わしくて、策というものそのものがいっそ嘘なのではないかと疑ってしまいたくなるほど。
ラムにレムを預けたスバルは、本当にそのまま別方向へと走り去ろうとしてしまう。自分がこれだけ彼を蔑にしたと口にしているのに、どうしてそうまでして。
「スバルくんは、なんでそこまで……」
「……そうだな」
問いかけにスバルは一瞬だけ瞑目し、それから指を一本立てて笑い、
「お前が俺の人生初デートの相手だ。今暴れてるあいつもな。見捨てるような薄情はできねぇな」
言って、その指を立てていた手でレムの髪をそっと撫で、
「んじゃま、軽く捻ってくるとするわ。──レムを頼んだ、姉様」
「バルスも、無事に合流できるのを祈っているわ」
そんな短いやり取りを置き去りに、スバルとラムの走る方向が急速に別れる。ラムは左へ、スバルは右へ。正面にいたウルガルムの群れが散らばる獲物のどちらを追うか刹那の間だけ迷い。
即座に、スバルの方を追い立てる。
「──姉様!」
「バルスが命懸けで作った時間よ。有効利用しましょう」
「でも、これじゃスバルくんが!!」
「レム、振り返らないで。……傷になる」
尊敬する姉の言葉だ。いつだって正しかった姉の言葉だ。だからきっと、その通りなのだろう。今この時、振り返れば傷になってしまうのだ。姉の言葉に従っていれば、心は守られる。なぜならいつだって、彼女は正しいのだから。
──なら。正しいことになんて、なんの価値もない。
「──お姉ちゃんっ!!」
必死の呼びかけに、ラムの表情に激震が走る。唇を引き結び、目を押し開くラムの足が止まる。咄嗟に身をよじって姉の腕から逃れ、地面に落ちたレムは体を転がし、後ろを見た。
「───スバルくんっ!!」
ただ。その後ろ姿に向かって叫ぶ。手を伸ばして、手を伸ばして。掴みたいと願って。
あの夜に届かなかった指先を、あの夜に届かなかった想いを。
今度こそ届いてほしいと願いに願って。
響く激音の中、走るスバルが左手で、鈍い輝きの剣を抜き放ったのだけが辛うじて見えた。
「いってぇ、いてぇよぉ。いてぇ、母ちゃん、父ちゃん……はやっぱいいや……リル………エミリアたん…………!」
概念が曖昧な人生三大依存対象の名を呼び、それでも前に進む。
追ってくる魔獣達。そして進行方向から聞こえてくる爆発音。前門の鬼、後門の虎もいいところな状況に、思わず震えて、誤魔化すために口をニヤッと歪めた。
だが、進行方向に立ち塞がるのは鬼ではなく。それとは別に見慣れた、見知った、見ることすら煩わしいあの犬っころの姿だった。
「そろそろ、お前とも最後にしたいもんだ……」
二度殺され、ついでに一度リルを殺してくれた仇だ。四周目のあの巨大な魔獣は一体どれほど強くて高貴かつ有名なのかはわからないが、これほど小さく、かつ因縁もある相手ともなれば立ち向かう勇気も出てくると言うもの。
「……ふぇ?」
だがしかし。現実はどこまでもスバルに厳しかった。子犬の魔獣が小さくうなり、その小さな体をさらにギュッと縮める。
覚醒前のフリ○ザが似たようなことやってたような、と嫌な予感。
それはどうにも的中してしまったようで、目の前の毛玉は、爆発的な勢いで肥大化。手の中に収まるサイズだった室内犬が、瞬く間に大型犬の頭に超ド級とつけていいぐらいのサイズへ早変わりだ。
「小型から大型まで顧客のニーズを満たせますってか……余計な機能つけなくていいんだよペットさん……」
悪態への答えは、森を震わせる咆哮だった。他のウルガルムよりも二回りか三回りか大きくなったそれは、雄々しい雄叫びをあげてスバルを仕留めんと迫る。
懐に手を入れてポケットをまさぐる。石の感触。砕けたお菓子の手触り。なんかベトベトする布の不快感。そして、
「あとは、リルを信じるっきゃねぇ……!」
取り出したそれを口の中に放り込み、何度も自分を助け、励ましてくれた紫のメイドに全霊の祈りを捧げる。口の中を転がる丸いそれを奥歯で固定し、目を見開いて前を見た。
スバルと魔獣、その間の距離はもうほとんど残されていない。あと十秒足らずで、お互いの手がお互いに届く位置までいく。その時。
「──スバルくん!!」
聞こえた。
スバルを慮るその声が、聞こえた。
何とも嬉しいものだ、と何処か客観的な視点でその声を受け止める。
──こんな素敵な黄色い声援浴びといて、無様に死ぬとか男が廃るぞ。ナツキ・スバル。
今一度覚悟を決めて、スバルは腰から折れた剣を抜き、叫ぶ。
「──シャマァァァク!!!」
前後がわからない。上下がわからない。
漆黒に包まれる。目の前が見えない。視覚が、聴覚が、触覚、嗅覚が。正常に機能せず、背筋に寒い感覚が走る。
世界の形も、色も臭いも、一切がその中にあっては把握できない。足の裏。地面と接するそこだけが、固く確かな感触を伝えてきてくれていた。それがなければきっと、この暗闇の中で上下の感覚すら見失っていただろう。
なにも見えないということ。なにも聞こえないということ。なにもわからないということ。それは世界が終わっているということだ。
自分の中で確かなものが靴裏から伝わるそれしかないことを理解しながら、スバルの脳は懸命にひとつの事柄に従事していた。
思い出さなくてはならない。黒い靄にごっそりと持っていかれてしまった頭の中身、それをどうにかして取り戻し、自分がしなくてはならなかった何かを実行に移す。
思い出せ、思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ。
自分が何をやろうとしていたかを思い出せ。
何かをしなければならなかった。何かを。何かを。
ふいに、燃え上がるような感覚が体の中にわき上がる。いてもたってもいられないような熱情が体内を荒れ狂い、スバルの喉は言葉にならない獣じみた雄叫びを上げる。いや、上げたと思う。それもわからない。
わからない。わからないのだが、足が動き出す。足が再び動き出す力を得た。前に出る。前だと思う方向へ足を出す。
足を上げるのは怖かった。それでも、前に進まなくてはならなかった。
理解、無理解、理解、無理解、理解、無理解、繰り返しそれが訪れ、消えては戻り、消えては戻り。
やがて。
黒い靄をぶち破り外に飛び出した瞬間、スバルは確かな手ごたえを得た。
手に持っていた折れかけの片手剣。それが、未だ黒煙に頭を突っ込む魔獣の首元に、深々と突き刺さっていたのだ。
「やってやったぜ……こんちくしょう……!」
達成感と共に、口の中の果物の皮をペッ、と吐き捨てる。ボッコの実だ。スバルは知らぬことではあるが、平常のリルが見れば、『本家キタぁぁぁっ!!』と歓喜するであろう光景。
それは、ある魔女すらも殺しきった一撃。当然、魔獣程度ならどうと言うこともなく──
「………あ?」
だが、そのスバルの目論見は。
「て、めぇ……」
突如として右の脇を掠めた爪の一撃によって、即座に頓挫した。
火力が、足りない。むしろ痛みという現実の繋がりを与えてしまったことで、目の前の魔獣は正気を取り戻してしまっていた。
「きゃぁぁぁぁ!!」
「あは、あはははははっ!」
最早これまでかと。最後に一矢報いるべく、魔獣に突き刺さっていた剣を抜き、再び刺してやろうと画策し。
「いやあぁぁぁっ!!」
「あははははははははっ!!」
自らにとって最大の強敵であったはずの魔獣を、魔獣に乗りながら悲鳴をあげる少女と、スポーティーな格好をして狂気的に笑う白金の髪を持つ執事が、邪魔だと言わんばかりに横薙ぎに轢き殺した。
「…………ん?」
予想と違う登場っぷりに、スバルは困惑。いや、障害を取り除けたのはいいのだが。自分がこれほどまでに苦しんだ相手に、もっと苦戦してくれてもいいのではないだろうか、と。
二人が到着した途端に辺りが騒然とし、ただでさえなかった静寂というものが本格的に失われる。
「『ウル・クエーサー』!!」
リルが叫ぶ。その瞬間、弾丸かミサイルか何かを思わせる高音と共に飛来した五つほどの赤い光がスバルのギリギリを過ぎて、背後。
……ちょうど魔獣の群れがいたところへと命中。
閃光と爆音と爆風と熱と少女とヘソ出し執事というあまりにも多すぎる情報量を感じ、ギギギ、と壊れた人形のようにそちらへ振り返ると、魔獣達がその地面ごと消滅し、辛うじて残った木の枝が重力に従ってバサバサと落下してくるのが見えた。
「ラジーオ体操のお兄さぁん!?お願い、助けてっ!!助けてぇっ!!何でも!!何でもするからぁ!!助けてぇっ!!」
「あは、あはははっ!!スバル、スバル君だ!!あはひへ、あはははははっ!!」
果てには黒幕だったはずなのに泣きながら自分に縋り付いてくるお下げの少女。白金の髪を乱し、なおも笑いながら先程の閃光を生み出し続けるリルらしき執事と、自分のキャパシティーをオーバーしまくる光景と展開の速さ。
「…………ナニ、コレ……?」
一難去って五千難くらいの難易度の上がり方に、その一言を口にするのですら精一杯のスバルだった。
ロズワール「もう自分帰っていいっすか」