ふっ………とんでもなく夢女子が作りそうなタイトルになってしまった…………
どうして地雷が爆発するか知ってる?殺さない程度の殺傷力に抑えられてるか知ってる?
助けさせて敵の被害拡大させるためだよ。
目を覚ましたスバルの視界に飛び込んできたのは、見慣れた豪奢な天井だった。見知らぬ天井、であれば、もっと安心できたのだろうと思う。けれどこの二週間、スバルにとって初日を除き、この天井には嫌な記憶しかなくて。
目覚めた瞬間「お客様」と呼ばれることを、ほんの一瞬、何よりも恐れた。
「──スバル、くん」
それは、本当に一瞬だけだった。手から伝わってくる温度と、目を開けたスバルに対してかけられた声が、その懸念を消し去ってくれたからだった。
「おう、おはよ。そうやって名前呼んでもらえると、朝からメイドさんに起こしてもらえるって男児の本懐が叶って嬉しいことこの上ねぇよ」
「…………そんな。レムのやったことに比べれば、こんなもの。何の罪滅ぼしにも…」
「はいはい、ネガらないネガらない。それよりさ。これ、俺がやった感じ?」
スバルはふと、布団の中から右手を持ち上げる。その手はしっかりと、青髪の少女の手と絡んでいる。恋愛経験0のスバルには刺激が強すぎて、心臓のバクバクが止まらない。寝起きドッキリにしてはスバルの幸せが大きすぎた。
「いえ、あの、これはその……」
スバルの問いかけにレムはわたわたと握ったままの手を動かし、それからほんのわずかに頬を染めながら俯く。
「レムの方から、です」
「どったの?言っとくけど、俺ってばこう見えて寝汗結構かくよ?夏場とか布団汗まみれになってマジ死活問題な」
「……スバルくんが、その。凄く、魘されているように見えたので」
「手を握ってくれてたの?」
「レムは無知で、無才で、欠点だらけです。ですから、こういうときになにをしてあげたらいいのかがわかりません。……だから。昔、同じような時にレムがされて一番嬉しかったことを、と」
恥ずかしいのか、顔を赤らめて途切れ途切れながら話すレム。そうまでして語ってくれたレムのいじらしさと可愛らしい態度に、思わず頬が綻む。
「そんなに自分を卑下するもんじゃねぇよ、レム。……とりあえず、後日談じゃねぇや、事の顛末、聞かせてもらっていい?」
「……はい。まず、スバルくんが気絶した後のことですが……」
滔々と、レムはその後の顛末を口にした。
スバルが気絶した後、ロズワールはリルによってほとんど全滅したウルガルムの掃討を開始した。掃討と言っても、リルとスバルを生き餌にしようと出てきたのはほんの数体程度のもので、寧ろリルが燃やした森の消火作業の方が面倒なほどだったらしい。
なんなら森の復興が今後一番懸念すべきことかもしれない、とはロズワールの言だそうだ。
スバルとリルの呪いに関しても、術者の不在で発動の心配なし。これはベアトリスやロズワール、パックの三人からの太鼓判。
村の混乱もロズワールによって収められ、子供達の経過も現在は良好らしい。良好すぎてスバルの懐に寄せ書きが如く感謝のメッセージを書いていくほどだから、もう当分心配はいらなそうだ。
「……ですが、スバルくんの体に傷跡は残ります。体はもちろん、心にだって。それに、幾度も治療を重ねたことが原因で、スバルくんの体の中のマナは枯渇寸前です」
「あぁ、道理で。ちょいだるい気はしてたわ。でも全然平気だよ?男の傷は背中以外は勲章だし、心の傷に関しちゃ俺は相当のタフガイだからさ」
スバルの言葉に対しても、ごめんなさい、と。自分のせいでもないだろうに、それをわざわざ背負い込んだ少女は、申し訳なさそうに頭を下げる。その自分を卑下する態度が、どうにも気に入らなくて。
「……そう言えばレム、約束は守らなきゃならねぇな。俺はお前に、お前が馬鹿な理由を教えてやらにゃならんのだった」
「………はい。どんな言葉でも、精一杯受け止めさせていただきます。もともと、そうしなくちゃいけないことだったんです。だから……」
重々しくスバルに向き直るレムに、これは容赦をする必要すらもないと確信。スバルはその手をゆっくりと伸ばし、怯えるように目を閉じるレムの額に……
「男女平等デコピンっ!!」
「あうっ……」
軽くデコピンを決める。レムの反応は良好で、一瞬弱く声を漏らしたかと思うと、想像の何倍も弱い衝撃に困惑し、頭にはてなを浮かべてこちらを見る。その反応が一瞬紫のあのメイドに被って見えて、やはり姉弟なんだな、と苦笑。
「一つ目のバカ。俺を助けられなかったとか言ってること。俺はピンピンしてる。傷が多少残ろうが、男はリルほど美形でもなきゃ背中以外の傷は勲章。二つ目のバカは全部自分で抱え込んでひとりでやろうとしたこと。相談くらいしろ。自分が頼りないことくらいわかってるつもりだが、それでも全部自分でやられるよか何倍もマシだ。相談してこそ、いいアイデアってのは出てくるもんだろ?」
「……はい。本当に、レムはバカばかりで……姉様にも及ばず、挙げ句の果てにリルや姉様、スバルくんにまで迷惑を……」
スバルの言いたいことを全てスルーして自分を卑下する展開から抜け出せないレムに、スバルは指を突きつけて指摘。
「はい三つ目のバカ。過ぎたこといつまでも気にして後ろばっか見てることー、だ」
「───」
「レムさぁ、姉様だったら姉様だったらって死ぬほどラムを持ち上げて自分謙譲ですまねぇレベルにこき下ろすけど。ラムはレムより体力ねぇし、料理は下手だし、仕事もサボるし、口は悪いし……ちょっぴりだけ思慮深いかもしれねぇけど、その分色々とダメダメだ」
「ちがう……違うんです……姉様は………姉様は、本当の姉様はもっと違うんです。角があれば、姉様の角があったらこんな……」
「バーカが増えたよ。四つ目のバカ。『たられば』で物事を語るなよ。ラムにそのあったらの角はねぇんだ。その角のあるハイスペックなラムなんぞ俺は知らんし、そんな話してもしょうがねぇよ」
断言するスバル。正直、スバルもハイスペックなラムなんて想像もつかない。スバルにとってラムは今の状態だからこそラムだ。
しかし、レムのコンプレックスは根深いようだった。スバルがここまで言ってまだ、反論を口にする。
「いえ……いえ、でも。姉様はあの時、リルの手を取れるんです。姉様はそんな方なんです。姉様に比べて、レムはダメな姉なんです……」
今度は自分のスペックではなく、精神性を盾に自分を卑下しようとするレム。姉であることすら理由に自分を下げるとは、どうやら問題はスバルの思う以上のようだ。聞き覚えのあるフレーズに首を傾げつつも、リル。その言葉をきっかけに、スバルの中である怒りが再燃する。
「……そうだ。あん時俺、とんでもなくムカついたバカが一つあったんだったわ。言っていい?」
スバルの少しばかり真面目になった声音に、ようやく覚悟していたものが来た、と。レムは俯いてから、コクリと頷いた。
ならば、と。スバルは胸の内に渦巻く熱を、レムにダイレクトにぶつける。
「第五のバーカ!!俺ならともかく、リルのことを信じなかったこと、だ!」
「…………え?」
そう。スバルが一番カチンと来たのはそこだった。レムをおぶって魔獣達とリルから逃げる際、確かにレムは言ったのだ。
『また、手を取れなかった……!あの日後悔したはずなのに、レムはあの時から、全く変わっていません。だからスバルくんは死にかけた。手を取らなかったレムのせいで……リルにだって、むしろ殺されるべきなんです。殺されて、当然のことをしました』
と。手を取ることが、レムにとって一体どれだけ大切なことなのかはわからないが……
「何がリルにだって、むしろ殺されるべき、だ。殺されて当然のことをしました、だ。そんくらいで、リルがレムのこと見捨てるわけねぇだろ。殺すなんて以ての外だ。あいつはきっと、お前を殴ることだって出来ないだろうよ。そういうやつなんだってことは俺だってわかる。知ってるんだ」
どころか、レムを殺せば、リルが四周目のラムやレムのようになる可能性だってある。スバルが軽くレムやラムの愚痴を溢すだけですら激怒するリルのことだ。あり得ないと断言することはできないだろう。
「スバルくんは……レムがどんなことをしたか知らないんです。どれだけ責められても、殺されても文句を言えないことをしたんです……だから、レムは……」
「なら!リルが一度でも、一生レムのことを赦さないとでも言ったのか!?一生、自分自身を赦さないでいろとでも言ったのか!?」
そんなはずがない。例え心臓を握り潰される痛みを味わおうと、相手を赦し、労り、寄り添えるのがリルだ。それこそが彼のいいところで、愛される所以なのだから。
「………はい……はい……!リルは、そんなことを言いません……!言わないです……!」
涙を溢しながら、噛み締めるようにそう漏らすレム。そう。そんなことは、ずっと一緒にいたレムが一番わかっているはずなのだ。
「でも、レムはもうわからない……もう、どう償えばいいのかすら、弱いレムには、わからないんです……!」
途方に暮れた子供のような声音で、泣きながらレムはそう呟いた。嗚咽が何よりも痛ましくて、だからこそ、どうにかしてあげたいと思うから。
「……なら、本人に直接訊くっきゃねぇよな」
「…………え?」
ベッドから立ち上がり、半開きになっている部屋の扉を開ける。そこには、気まずそうに立つリルの姿があった。いつもとは違い、前髪で目を隠さず眼鏡をかけている姿が新鮮だ。
「…………バレてた?」
「いや。ただ、レムを泣かせて黙ってるお前じゃねぇよなって思っただけ。来てるんじゃないかってさ」
どうやら随分前からいたらしい紫のメイドは居場所を当てられた理由に納得の表情を浮かべると、恐る恐ると言った様子で部屋に入る。ただその慎重さは入るときだけのもので、真っ直ぐにレムへと向き合うその様子から、迷いは感じられない。
対して、レムは突然現れたリルに困惑しきりだった。流していた涙を止めて、恐怖と困惑と、ほんの少しの諦めを混ぜた表情でリルとスバルを交互に見るのを繰り返している。その様子に申し訳なさが溢れるが、けれどこの機会を逃せば、きっともう謝罪の機会は訪れないのだろうという確信があった。
そうして、レムとリル。姉と弟の対話の形が歪ながらも完成する。お互いの距離感などとうに知り尽くしているはずの二人は、今回ばかりは何から話すべきか決めあぐねているようだ。
しかし、時間は過ぎていく。ずっと止まったままではいられない。その謝罪の形をした懺悔は、やがてレムから始まった。
「リル………レムは。あの日、リルに酷いことをしました」
赦しを求めていないだろうことは、その声音を聞けば理解できる。それでも、リルを信じるレムは、言葉を発した。
「うん。どんな?」
至極優しい表情で、リルは返す。その声には、スバルが感じ続けていた慈愛がこれでもかと込められていて。それはレムにとっては毒でしかなく、辛そうな表情を作った。
「………顔が変わったリルの手を、取れませんでした。信じるべきだったのに。姉様がやったように、リルを助けてあげなくちゃならなかったのに。レムは、リルのお姉ちゃんだったのに……いいえ。その前から、ずっとレムはリルを言い訳にしてきました。角が折れていた時もそうです。レムはあの時、思ってしまったんです。これでリルと、比較されずに済むって。リルがあの時、どんな思いでレムを助けてくれたかも知らずに、レムは………」
「そっか。じゃあ赦す。それだけ?」
その言葉に、身を刻まれたようにレムは顔を顰める。そんなものは求めていないのだと、そう強く否定するように。そんな簡単に赦されていいはずがないのだと、泣き叫ぶように。
湧き上がる言葉をどれから口にすればいいのか迷っているようで、途切れ途切れになりながらも拙く言葉を並べていく。
「ほ、他にも!他にも……いっぱい、いっぱいあります。夜に泣いてリルに迷惑をかけてしまうことも、リルの腕が無くなってしまったことも。レムには、謝らなくちゃならないことだらけで……」
「わかった。赦す。全部」
最初からその答えは決まっていると。そう言わんばかりに、レムの言葉が終える間も無く、リルはそう口にする。
レムが想像していたよりも、きっと何千倍、何万倍も簡単に返ってくる赦しの言葉。
責められないというある種の毒は、次第にレムを限界へと追いやった。
「………リルが、優しいからそう言うのは分かっていますっ!!でも、本当は、レムなんて赦されちゃいけないんです!!リルにそんな言葉をかけてもらう資格なんてないんですっ!!レムは、リルの姉失格なんですっ!!」
再び涙を流して、そう強く叫ぶ。
それはきっと、自らが罪を犯してからずっと感じてきた感情の奔流だった。何度も、何度も、何度も。きっと、レムはそうやって自分を責め続けてきたのだ。
誰もレムを責めなかったから。誰よりも、自分自身を赦せなかったから。だからこそ、レムはずっと自分を許せなかった。こうやって、自分を責めてバランスをとるしか、心の平衡を保つしかなかったのだ。
そのレムの心を、リルは真正面から受け止めた。表情ひとつ変えることなく、呼吸ひとつ乱すことなく、小さく、一度だけ頷いて。
「それでも、赦すよ」
これ以上ないと思えるほどの愛情と慈悲を込めて、その言葉を放った。
レムの反論を許さず。レムの両手を絡めるように取って。
「───ぁ」
「赦すよ、姉様。だってリルは、姉様の弟だから」
強い言葉だ。声の大きさは先ほどのレムとは比べものにならないほどなのに。その言葉には、あまりにも強く芯が通って、決して揺らがないほどの強さがあった。
「ちゃんと謝ろうとしてくれたことは、リルに伝わったよ。だからね。全部赦す。下姉様がどれだけ気にしてるかはわからないけど、それでも、ごめんなさいの気持ちは全部伝わってきたから。だから、もう謝らなくていい。もう、自分を責めなくていい。全部全部、リルは赦します」
いつか、そうスバルを慰めたように。リルは片手を離して、レムを抱きしめた。胸の内にレムを迎え入れて、そうしてあやすように、優しく、優しく、その背中を叩いた。
「り……る……レム、は……レムは……!」
堪えきれないと言うように、レムがボロボロと、大粒の涙を落としていく。リルの胸元を濡らすその液体を、なんとか止めようとして。それで止められなくて、また目端から涙を流していく。
「もう……昔から、下姉様は泣き虫だなぁ」
呆れたように、リルが言う。それでも、嫌がっているわけではないことは明白で。
「言った通りだろ?リルが、お前のことを恨むはずがねぇんだよ。ラムだってそうだ。お前らは、ちょっと双方からの自己評価を見直すべきだな」
スバルの不敵な笑みに、何を分かったようなことを、とリルが不満そうに頬を膨らませ、レムが確かめるように、何度も、何度も。泣きながら、頷く。
「誤って、謝って。間違って、正されて。そうやって一歩ずつ、一緒に進んでいこう、レム。今のことは笑えなくても、未来のことを考えて笑って、明日の話をしよう。俺、鬼と笑って来年の話をすんの、夢だったんだよ」
「………鬼がかってますね」
「だろ?」
レムが泣く。泣いて、笑う。泣きながら笑う泣き笑いだ。
そうして流す涙は、今度こそ。
レムがレムのことを赦すための、嬉し涙だった。
ここから先は、ちょっとした後日談になる。
スバルを助けるために無茶をした女の子を助けてから、好きな女の子と、結ぶことすらできなかった約束をすることができて。円満ハッピーエンドとやらを迎えたその次の日の、小話。
「スバル。この度はご愁傷様でした。お悔やみを申し上げます」
「ねぇそれ俺死んでない!?心配してくれんのはありがてぇけど俺まだまだ元気だよ!ピンっピンしてるよ!!」
相も変わらない奔放な態度のメイドに付き添い、庭を歩く。スバルにとって少し暖かく快適な気温は花たちにとっても同じことらしく、庭は満開の花々が埋め尽くしていた。このループで何度も見てきた光景だが、改めて見ると絶景も絶景。緑が中心となって所々に広がる小さく可愛らしい花畑。思えば、これほど目に優しい景色もそうないだろう。
いっそここをエミリアとのデート場所にできたら、と思う反面、庭とは言え屋敷デートでは今までと変わらないという気持ちもある。
「それで?今日は庭仕事ですか先輩。花の配置もある程度は覚えたから、存分にこき使ってくれていいぜ」
「いや、いいよ。今日は休憩にしとこう。一昨日のでスバルは頑張ってくれたわけだし。芝生で寝転がるならともかく、のんびり庭を歩くくらいなら姉様も許してくれるよ」
「…………もしかして明日雨とか降る感じ?」
「あはは、雪は降るかもね」
花たちを雪から守ってあげなくちゃ、と軽口に乗るリル。今までスパルタ方針だったというのに、この変化はどういうことか。スバルに懐いてくれたと自負できる甘々なレムですら、仕事の時は遠慮と躊躇がないというのに。
往々と庭を歩くリルを追う。ゆっくりと歩いていた彼は徐に花壇へと屈むと、目立たない箇所の花をいくつか手折った。
「花摘むの?リルは結構大切にしてたイメージあんだけど」
ループ中に花をうっかり踏んだ時には『コイツ殺してやろうか』みたいな眼光で睨まれたのが印象的だ。てっきり、見た目相応に花が好きなのかと思っていたが。
けれどリルは、やはり花を愛しているかのような、手の中の小さな生命を慈しむような目で穏やかに応える。
「花は愛でるものだから。ずっと植えて枯れ果てさせるよりは、ね。この愛で方は、花にとって迷惑かもしれないけど」
何本かの花を摘んだメイドは、それらを手に別の場所へと歩き出す。日の下にいると、光る白金のメッシュが目に眩しかった。いや。眩しかったのはきっと、髪で隠れなくなったその美しい容姿と朗らかな笑みで。
「………っぶねぇ!男に見惚れるとこだった!!らしくもなくしおらしいせいでなんかそれっぽく見えちまったよ!!」
「あ、ごめんね。顔の方は今制御効かないから。我慢して?」
「そこで申し訳なさそうにするんじゃなく他人に遠慮させるのがお前らしくて少し落ち着く」
メガネをかけ、その可憐な顔をキョトンとさせるリル。二周目のように正気を失うほどではないが、まごうことなき美少女の貌であるそれは、例え想い人のいるスバルだろうと真正面から見るのは憚られた。
「レムといいエミリアといい、自分の容姿に自覚がないやつがこの世界には多すぎるな……」
「残念だけど、リルは自分の顔が可愛いってわかってるよ?」
「否定する気すら起きねぇのがつれぇわ」
文字通り返す言葉もなくため息。エミリアのように自覚がないのはないで問題だとは思うけども。
暫く会話が途切れ、少し吹く風の音がその場に満ちる。リルが口を開いたのは、スバルが沈黙に耐えかねる少し前のことだった。
「ねぇ、スバル。昔話をしてあげようか」
「昔話?なんでまた」
「昔々あるところに……」
「聞けよ!」
スバルの言葉に耳を貸さず、一方的に語りを始めるリル。問答無用っぷりがいっそ清々しい。いっそ聞かないで耳を塞いでやろうかという大人気ない行動は、
「二人の姉妹と、一人の弟がいました。三人は、鬼族の子供でした」
変わらない様子で花を摘み、物によっては切り、そう続けたリルの言葉によって停止させられた。
「姉妹の姉は、鬼族の中でも最高峰の天才でした。対して、妹は平凡でした。二人の間には弟がいました。カッコよくて強くて身長が高い弟です」
「自分への脚色がすげぇよ」
憚ることなく自分可愛さを強調された昔話は、スバルの横槍をお構いなしに進んでいく。
「弟は、鬼族でも異質なものを持って生まれてきました。周囲からは忌み嫌われ、遠巻きにされました。姉二人だけは、いつだって弟の味方でした。弟は姉が大好きで、姉も弟が大好きでした」
異質なもの。心当たりのあるそれと、迫害されることによって生まれる絆。嘘偽りのないそれは、きっと彼の支えになったのだろう。
「そんな時。悪い魔女教徒が、村を襲いました。双子の姉と弟が抵抗しますが、子供たちではどうすることもできずに三人以外の全員は死んでしまいます。……双子の妹は、二人にずっと守られていました」
無理もないことだ。突然襲撃されて、日常からは想像もつかない状態で、子供がどうこうできるはずがない。それはむしろ、抵抗できたラムとリルの凄まじさを讃えるべきだろう。
魔女教徒。聞き覚えのあるその単語。その魔女教徒とやらが、襲撃犯の正体。となれば、それと同じ臭いを漂わせているスバルがレムに目をつけられるのも納得というものだ。自分の故郷を滅ぼした一団がのこのこと自分の前に顔を出せば、誰だって怒るし殺したいと思う。
「妹を守ろうとして、姉は鬼族の力の源である一本の角を。弟は、二本の角と………」
フッと、リルが隠し気味にしていた右手を指す。彼自身が現在魔法を使えないから誤魔化しようもない。遠目からでも木製であることがはっきりとわかるその義手。
つまりは、右腕を失ったということだろう。
「そして、弟は魔女に見初められました。その顔を、他人が見るだけで虜になるよう変えられてしまい、髪も紫から白金に。目の色も、青色に変わってしまいました」
「……いつも顔を隠してたのはそういうこと。髪を染めてんのも、昔の色に戻すため、か?」
「それもあるけど、髪にも魅了の効果があるから。どっちにしろ隠した方が都合がいいんだ」
なんでもない風に言ってのけられ、思わずスバルは納得云々以前に言葉を詰まらせる。顔が変わったと、そう言葉で表すのは容易い。だが、実際にそれが起こったとすればどうだろう。それも、見るだけで他人を狂気に陥らせるものになど。どう考えても、二言三言で片付けていい過去のはずがない。
あまりの理不尽に思わず口を出しかけて、声が言葉を成しかける直前。測ったように眼前に差し出された一輪の花がそれを遮った。甘い香りが、息巻くスバルの勢いを削ぐ。
「なっ……ん……」
「リルのことはいいの。リルはとっくの昔に姉様に救われたし、気にしてない。上姉様も一緒。本人がなんとも思ってない昔のことを今更心配しようなんて、それは傲慢すぎ」
有無を言わせぬその発言に、嘘は感じられない。本当に本人達は気にしていないのだろう。寧ろ、一番気にしているのは……
「被害を被らなかったレムが、今の今までずっと気に病んでたってことか」
「そういうこと。こればっかりはリル達にはどうしようもなかったから。責任感の強い下姉様にリル達が気にしないでなんて言ったら、どうなるかくらいわかるでしょ?」
想像は容易い。あのレムのことだ。本人たちにそんな言葉をかけられればそのまま受け止めず、余計に気負うことだろう。なるほど。確かにこれは、本人達ではどうしようもない。明確な上下関係のあるロズワールやエミリアでもこれをどうにかするのは厳しいだろう。あの時。あのタイミングでしか、リルはレムを赦すことができなかったのだ。
「だから、スバルには本当に感謝してる。リル達にはできなかったことをやってくれたスバルには、感謝してもし足りないくらい」
「いやいや、そんな大袈裟な……」
スバルの謙遜を他所に、メイドは言葉通りスカートを摘んでお辞儀をする。先のようなフランクな雰囲気とは違い、深々とした厳かな礼は彼の感謝をひしひしと伝えてくる。
「感謝を。ナツキ・スバル様。このリル、あなた様に心より御礼申し上げます」
「───」
突然の雰囲気の変化に二の句を継げないスバル。けれど、困惑することはない。スバルに対してこれほどの態度を取らせるほどレムの存在は彼にとって大切だったのだろう。
「姉をあの日の呪縛から解き放ってくださったことに、あの日の願いを叶えてくださったことに、感謝を。今までのご無礼、平にご容赦下さい。代わりになるかはわかりませんが、私程度で良ければどのように扱っていただいても……」
「わー!わー!ストップストップ!!変な方向に進みすぎだろ!!どうしてレムといいお前といい、変なとこで責任感強いんだよ!」
聞いているうちに変な方向へと進んでいくお礼を思わず緊急停止。
「てか無礼とか。俺はお前のこと、そんな風に思ったこと一回もねぇよ。俺も俺だと思ってるし、そもそもお前の無礼に怒ったことより、助けられたことの方が何倍も俺の中でデカいんだから」
この五周で、果たしてリルに救われたことが何度あっただろうか。四周に至っては頼りきりだったし、それ以外でもスバルが無意識のうちに命を救われた回数は数え切れないだろう。今回の件だって、リルがいなければエルザとメィリィの二人に対抗できた気はしない。
「だからそんな風に言うのはやめてくれ。お前に頭下げられるのはこう……」
「美少女屈服させてるみたいでクる?」
「畜生コイツに感動的な話とか語るんじゃなかった!!」
再び奔放な態度を取り始めたリルにさっきの発言を後悔。思えばこんな礼儀正しいリルが見られる機会などあと何度あったものか。二度と暴言を吐かないでくれと頼んだ方が良かったかもしれない。
「でも、感謝してるのは本当。だから、お礼くらいはしてあげる」
悪戯っぽく笑ったリルは、摘んだ花を綺麗に纏め始めた。そしてポケットから取り出した紙で手早くラッピングし、リボンをつける。ほんの数十秒の間に、スバルの前には立派な花束が完成していた。
「でぇとの日には、花束を持っていくんでしょ?」
それは、一言一句違わず、エミリアと交わしたデートの約束の言葉だった。盗み聞きとは趣味が悪い。スバルが言えた口ではないが。
「………完璧な仕事、誇らしくないの?」
「相手の欲しいものを察してこそ、一流のメイドなんだよ」
ふふん、と満足げに鼻を鳴らすリル。そうして、彼は庭を背景に満面の笑みを浮かべた。花が咲くような、とか。そんな表現では足りないほど美しい笑み。
何度も笑っていたはずの彼の、心からの笑みのようなものを、初めて見られた気がして。
「ありがとう、スバル。下姉様を助けてくれて。リルを、助けてくれて」
「…………割に合わない、なんてもんじゃねぇな、こりゃあ」
太陽なんかよりよっぽど眩しいその輝きを、スバルはきっと、目に焼き付けたのだった。
エミリア「メインヒロインなのに最後まで影薄かった……」
てなわけで二章、完結です。
いやぁ、長かった。そして作者は死にかけというね………
とりあえず、次回からは三章ではなく番外編を更新させていただきます。一度はあげたものの闇に葬られた学園リゼロネタだとか、もしこの時こうなってたらこうなるみたいな王選別√とか。そんなのを適当に更新していくよ。
更新は不定期になりますので、作者の生存確認はTwitterの方でしていただければ。
三章が始まるのがいつからか?知らんな。