「もしかして、俺たち……」
「入れ替わってる!?」
某日、早朝。禁書庫にて、聞き覚えがありまくるベタベタのセリフが響いた。
声を発したのは二人。露出がやたら多いメイド服を着た紫髪のメイドと、ダボっとした黒いジャージを着た目つきの悪い男。片やとぼけた顔でペタペタと自分の顔を触り、片や肌寒さが落ち着かないのか、もじもじと内股気味になっている。
いつもとは少し雰囲気の違う二人を眺め、金髪ロールの少女。二人の今いる禁書庫の主は、面倒なことになったと言わんばかりに大きなため息をついた。
これは、そんな不可思議なことが発生した1日の記録である。
「今俺たちが触ったのがロズっちの持って帰ってきた呪われた
「なんだかんだでそれを使ったリルとスバルが入れ替わったぁ!?」
「ついでに他人にこのことを漏らしたらとんでもない不幸が襲ってくるだと!?」
「………なんだか、妙に説明臭いかと思えばざっくりした確認なのよ…」
師匠は呆れ顔で、疲れた風に椅子に肘をつきながら腰掛ける。
はーい、どうも。僕です。
スバル君になったよ!
──いくら推しだからって、同化したいとは言ってねぇ。
推しの一部になりたいという人が一定数いるのは知っているが、推しそのものになったらいくらなんでもその人も嫌がるだろう。だって推しの(絶望の)顔が見れないじゃん。
備え付けられた鏡を見れば、そこに映っているのはまごう事なき
落ち着きなく鏡を見ては、目を開いて自分の現状を確認している。たまにおぉ、と声を漏らしているのを見るに、自分の顔の良さに驚いているらしい。
うん、わかる。気持ちはわかるが、やめてくれ。その光景を客観的に見せられると精神的ダメージが。『今日も顔がいい』とか毎日鏡見ながら思ってるけど、改めて見せつけられると心にクる。
にしても、僕ってこんな露出度高いメイド服着てたのか。腕出てるし、胸元出てるし、絶対領域ギリギリの丈だし。改めて見たらこれは、うん。姉様達とお揃いとは言え、男が着るもんじゃねーな。
やっぱりロズワールは死ぬべきだと思うの。
「とりあえず、なんかマジック……魔法の方じゃなく、マーカーとか、インクとかねぇか?」
「何するの?」
「顔に『バカ』って書いて『君の名は。』ごっこする」
「この非常事態に!?」
イ文字すら怪しいくせに!てかやめろ!それ僕の顔だぞ!あー!ホントに書こうとするな!やめろやめろ!
「いやいや、こんな事態だからこそだろ!こんな機会滅多にないんだぜ!?入れ替わりとか異世界ファンタジー始まったなって感じじゃん!」
そうかな。どっちかというとSFな気がする。しかもラブコメでありがちな展開だけど、相手美少女とかじゃなく僕だぞ。それでいいのかスバル君。
「師匠はどう思います?」
「その顔で敬語を使われると鳥肌が立つかしら。二度と話しかけんじゃないのよ」
「(´・ω・`)」
「めちゃくちゃ腹立つ顔するんじゃないのよ!しかもよりにもよってその男の顔で!」
むきゃー!と怒りを露わにする師匠。ふむ、この顔でこれをやったら怒られるのか。普段はウケいいんだけどな。ガーフあたりに。
「それはともかく。どうやったら戻ると思います……思う?」
「時間が経ってみないと何とも言えないのよ。ただ、さほど強い力が働いてるようにも見えないから、暫くしたら自然と元に戻ると思うかしら。それこそ、あの男が言うように状況を楽しむくらいでいいと思うのよ」
「そんな無責任な……」
絶対面白がってる、というかめんどくさがってるな。
他人に言えない以上、やれることもそうないだろうが。自然に直ると言うのなら尚更か。わざわざそこに労力を割く師匠でもないだろう。
いや、しかし。スバル君や師匠が言うように、存外この状況はおいしいかもしれんな。
この状況で、僕ができること。スバル君の体で、できること。
「ふむ………ふむ」
一つ目の頷き。凡その現状、把握。下を見下ろせば、黒白の見慣れたジャージと普段よりかなり高い視点。シューズもずいぶん動きやすそうなラフなもので、走るのに支障はなさそうだ。
二つ目の頷き。一応女性の師匠もいることだし、軽くズボンを前に引っ張ってこそこそと下半身を確認。なるほど、スバル君はこういうパンツを履いているのか。なんにせよ、これなら不自由はするまい。
「とりあえず、下姉様と子作りしてくるね」
僕は光の速さで禁書庫を飛び出した。
「待って待って待って!!待ってください!お願いだから待ってくださいリル様ぁ!!」
▽ しかし しがみつかれて しまった !
後方の扉から伸びてきたリル、もといスバル君の腕が足に絡まり、動きを封じられる。
畜生!変なところで機敏さ発揮しやがって!大人しく禁書庫の中にいればよかったのに!今エンディング入りかけただろうが!主人公がキャンセルしてんじゃねぇ!
「HA☆NA☆SE!!今からリルは、下姉様とスバルとの既成事実……もとい、愛の源氏星を作る予定で忙しいんだよォ!」
「わけのわからんことをほざくな!俺か!?いや、俺だった!そしてこの行動力は間違いなくリルのそれぇ!考えなしに行動力って一番与えちゃダメなやつだからね!?わかってる!?」
「それはつまり、下姉様にスバルが考えなしで手を出すのも十分あり得るってこと!大丈夫、同意は事後承諾にするし、終わった後はそれとなく関係を屋敷の全員に匂わせとくからっ!」
「どこにも安心する要素がねぇ!どいつもこいつもブルータス超えて主犯級!少年法の限度って知ってるか!?神様、俺に安心を下さい!後生ですからぁ!」
「神は死んだ!」
「登場から僅か数秒で!?脇役か何かだったのか神ィ!」
瞬殺することロンギヌスのごとし。てか、この世界には神いねーから。
「ええい!離せぇぃ!仮にでもリルの体で抱きつかれると、スバルの体じゃ逃げられないんだよ!」
「よくやった俺の不養生!筋トレ如きで異世界のバグキャラに勝てるわけがねぇんだ!大人しく諦めて呪いが解けるまで引き籠り自堕落生活に逆戻りさせてくれる……!」
「はーん!やってみろってんだ!世話しにきた下姉様に生活費と交遊費全部出させて、捨てられそうになると『俺、やっぱお前がいなきゃダメなんだ……』的なセリフを吐く生活を送ってやる!」
「ダメ男まっしぐら!?てか、仮にも愛しの姉様の婿がそれでいいの!?」
「
「お前たまにロズワールに対して凄く辛辣だね!?ホントにメイドなの!?」
なら、スバル君はあれが義理の兄とかいう地獄に耐えられるか?無理だろ。そういうことだよ。
にしても違和感凄いわ。自分の意思で動いているはずの体が、図体からして違うからイメージ通りに動いてくれない。体の延長線に余計な棒がついてる気分だ。歩くとかの基本的な動作は出来るだろうが、戦闘とかは無理だな、こりゃ。
「とにかく離して!リルは……俺は、レムと(自主規制)しなくちゃならねーんだ!」
「おいやめろ!他人の体で何叫んでくれてんだコラァ!!いくらなんでも公然で卑猥な言葉発する男レムでもお断りだよ!あれ!?言ってて悲しくなってきた!」
イケると思う。スバル君ならイケると思う。ほら、押し倒せよ!!エロ同人みたいに!!エロ同人みたいに!!
そんな具合で、扉の前で僕の見た目をしたスバル君とぐんずほぐれつしていると。ふと、遠目から駆け足で近づいてくる人影が。
「…………ええっと、二人とも、こんなところで楽しそうね?」
銀の髪を耳にかけ、軽くかがみながら心配そうにこちらを覗き込んでくるハーフエルフの少女。
他でもないスバル君の想い人。エミリア様その人である。
元は避けていたこともあり、ここまで間近で見るのは初めてだ。近くで見ると、その美しさがより際立って見える。ほんの少し顔が熱くなるのは、体の持ち主の影響だろうか。
というか、場所が場所だった。扉を抜けた先の周囲を警戒していなかったが、ここは一階の廊下で、ついでに今は朝だ。庭でエミリア様が精霊との対話を済ませれば、必ず視界に入る位置。
畜生、師匠め。面倒なところに飛ばしてくれた。ロズワールの部屋の前よりマシだけど。
──って、呑気に言ってる場合じゃないか。
突然の第三者との対面だ。僕を掴んでいたスバル君も混乱して固まってしまっている。このままいけば、怪しく思われるのは必然。ならば、コテコテだがやることはひとつなわけで。
「よーっす、エミリアたん。朝の日課はもう済んだの?」
「……は?え?」
下で尻餅をついている僕を余所目に、何事もなかったように立ち上がる。あまりの態度の変化に素っ頓狂な声をあげるが、それも無視だ。
「ええっと……うん、おはよ、スバル。もうバッチリなんだけど……スバルは、またリルと遊んでるの?」
「おうともさ!俺とリルってば、前世から知り合い的な超究極ソウルフレンドだかんね!例え朝っぱらからだろうと仲は最高だぜ!ま、俺とエミリアたんに繋がった運命の赤い糸の強固さほどじゃないけどね!」
「もう、茶化さないの。二人して揉みくちゃになってるから、何事かと思っちゃったじゃない。……その様子だと、スバルがまたリルにちょっかいかけたのね。もう、あんまりやりすぎると、またラムが激オコになっちゃうわよ?」
「激オコって今日日聞かねぇな。心配ありがと。でも、なんだかんだ仲良くやってるから安心してくれていいぜ」
「それならいいけど……リル、スバルのこと、よろしくね?」
「まさかの立場逆転!?俺が面倒見る側だと思ってたんだけど!?」
「はいはい。それじゃあ、また朝ご飯でね」
エミリア様は、軽く手を振って自室へと戻っていく。僕は大きく手をふり返し、エミリア様の姿が見えなくなるまで見送る。
視界から姿が消えて、一秒、二秒。
「………ふぅ。平気そう」
戻ってこない気配を確認してようやく緊張が解け、僕はスバル君と共に軽くため息をついた。
うん、流石にちょっと焦ったな。
「それで、感想は?」
「………寝取られってこんな気分なのかって」
「正確にはなりすましだね。なりすまし寝取られ?それに気がつかないエミリア様より、もっといい女を知ってますぜ?」
「やめろぃ!ちょっと心が傷ついてるから揺れるだろうが!」
おーっと?こりゃ強く押せば行けますな。これに漬け込むのは外道すぎるからやらないけど。普段から外道?やだなぁ、趣味を優先させているだけですよ。
「てか、いくらエミリアたん相手とは言え、あれは盛りすぎだろ。流石の俺も、あんなわかりやすくハイテンションになってたりしねぇよ」
「…………え?マジ?」
「…………え?」
コイツ………自覚ないのか?恋は盲目とはよく言ったものだ。というか、この顔からエミリアたんのワード出てくるの面白すぎるな。
まぁ、こうしてひと段落したわけだし。
「よし、下姉様押し倒しに行くか」
「あれ!?また振り出し!?」
ははーん!油断したな!一旦逃せばもう捉えられまいて!さらば!
「おい!?おいリルさん!?今思ったんだけど、お前のモラル的にそれ大丈夫なのか!?」
もら、る……?もらる……?
「誰よその女!」
「お前とモラルの間に一体何があったんだ?」
知らない子です。多分一生縁がない。
いや、それはともかく。
「どういう意味?」
「いや、体はともかく、精神はお前なわけだろ。実の姉とその……そういうことをするのに、お前、抵抗ねーの?」
「……………確かに!」
うん、無理だな。抵抗云々はともかく、姉様に興奮は無理だ。何回一緒にお風呂に入り、何回裸を見てきたと思っているのだ。生まれたばかりならともかく、今更姉様に欲情………出来る気しないな。
ついでに僕はNTRシチュは嫌いだ。闇堕ちとか精神的NTRはイケるが、肉体関係が絡むと一気に萎える。肉体的にスバル君とはいえ、下姉様がスバル君以外の男に体を許すとか………考えただけで憤死する。
「ぐむむ……意外と正当性がある……」
「その顔でぐむむとか言わないでくれ。我ながらちょっと気持ち悪い」
おまいう。
だが、仕方あるまい。これでは、姉様既成事実作成計画は諦めるしかないだろう。少なくとも、僕が行動する分にはね。
両手を上げ、行動の意思がない事を示す。よくよく考えれば、朝っぱらから下姉様を拘束できるわけもない。上姉様に家事投げたら数日で屋敷が潰れる。
「降参。わかった、諦める。とりあえず、今後のことについて歩きながら決めよう」
「ふぅ。やっと一安心……ぐへっ……!?」
おっと?フラフラと起き上がった
「大丈夫、スバル?」
「痛っ……たくはねぇけど、何だ?バランスが取りづらいな……」
首を傾げながら、スバル君が左手で頭を掻く。……その動作と、ついでに自分が抱えていた違和感の正体に気がつき、ポンと手を叩いた。久しぶりに。
「あぁ、そっか。リルの右腕は義手で、バランス取るために重りもつけてるから。転ばないように気をつけて」
「なるほど……肩の力だけで二、三キロの長物支えてんだもんな。そりゃ気ぃ抜いたら転ぶわな」
「リルも一時期大変だったよ」
いや、その、ね。バランス感覚の方は秒で慣れたんだけど………こけたら愉しいくらい姉様方が心配してくれるから、転け癖がついちゃって。一時期はほんと大変だった。顔の緩みと己との欲望と、ついでに右半身との戦いだ。おかげさまで受け身が多少上手くなりましたとさ。
しかしそうか。義手じゃないと、腕動かすのってこんなに楽なのか。右腕が無くなった時は幻肢痛とかあったからなぁ。流石に治癒魔法でも無くなった腕は生えてこないし、なんか感慨深い。当たり前のものが大切って、失って初めて気がつくんだよね。
再びフラフラと立ち上がる
「じゃ、姉様の前ではリルのふりしててね。よろしく」
「よろしくったって……お前、そんな上手く出来るわけが……」
「あら、バルスにリルじゃない。こんなところでどうしたの?」
「おはよう、上姉様。今はしょうがないからスバルに構ってあげてたとこ!」
おいコラ。バッチリじゃねぇか。
続きます。
後半は明日投稿の予定。期待しないでください。