暗いけど軽い。そんな夢の回線。
後編。遅れたね。
さて、と。とりあえず、スバル君と僕が入れ替わったところでなんの問題も発生しないであろうことが発覚したわけだが。
───本当に、これでいいのだろうか。
僕の胸には、そんな疑問が到来していた。
諦めるとは言った。確かに言ったとも。既成事実を作ることは現実的に考えて不可能だ。問題が多すぎる。
だがしかし。そんなことで諦めていて、体だけとは言えど主人公が務まるだろうか。いいや、務まらない!こんな肝心なところで諦めては、全国、全世界のスバレムファンに申しわけが立つまい!
「というわけで、犠牲になってよスバル」
「というわけを説明してくれ。大方予想できてるが、頼むから説明してくれ」
つい先ほど姉様を相手に見事な演技をしてみせたスバル君が、とほほとやるせなく肩を落とす。透き通った紫髪が軽く宙に揺れ、動作一つ一つから優美さを感じ取れる。
「うーん……我ながら顔がいい。今ならスバルが何をしても許せそうな気がする」
「……多分、お前と入れ替わって一番いいとこはそこだろうな。目つきについて何も言われねーし」
「例えば下姉様を押し倒しても」
「お前ついに見境無くなってきたな!?さっきまでの話の流れ覚えてる!?」
いや、逆に考えるんだよスバル君。ヤっちゃってもいいさと。それ僕の体だから、どれだけ乱暴しても僕のせいになるぞ。絵面はドラ×レムの
………やることやってから体が戻ったら、『パンドラの厄災』で『不幸にも』前日のスバル君と僕の認識が入れ替わったりしてるかもしれないけど。
スバル君の体だから当然だけど、今は権能使えなくなってるからな。残念ながら権能で元に戻ることも無理そうだ。権能自体じゃじゃ馬だからスバル君は使えないだろうし。使われて存在バレたらそれはそれで困るから、ラッキーっちゃラッキーだ。
しかし、どうしたものだろう。どうにかして、今の状況を活かしてスバル君と下姉様をくっつけたいのだが。なかなかいいアイデアが思いつかない。
ああでもないこうでもないと唸っていると、ふと、怪訝そうな僕の顔が視界いっぱいに広がる。スバルくんが僕の顔を覗き込んできたのだ。
おいやめろ。急に接近してくるな。顔がいいからちょっと怯むんだよ。
「なぁ、なんでお前、そんなに俺とレムをくっつけたがるんだよ。大切な姉様じゃねぇの?そりゃ、ロズっちよかマシかもしれねーけど……貰い手なんていくらでもいんだろ」
「いや?ロズワール様はあれで偉い立場だし、実力も甲斐性もあるから、スバルより上だよ?」
「わざわざ訂正することじゃないよね!?薄々勘づいてたけど認めたくなかったんだよ!武士の情けでそっとしておいてほしかったな!」
残念ながら、ロズワールは性格と化粧さえ見なければ優良物件だ。辺境伯とはいえ地位は確かだし、技量に関しても申し分ない。初恋400年拗らせてなきゃ、ね。あんなやつに上姉様をやるわけにはいかない。せめてガーフィールでお願いします。
「茶化さず言ってくれよ。俺がレムと釣り合ってるとは思ってねぇ。なんで、俺なんだ」
「急に……そんな……だって……」
急に改まって、ギャルゲ主人公みたいなこと言われても……スバル君はあれか?なんで世界には酸素があるのかとか、そういうのを定義し始めるタイプだったか?
「(スバレムは)万病に効くし……」
「まともに答える気ないよね!?」
生活必需品なんだもん。宇宙のエントロピーがアレだから、魔法少女の契約をするかスバレム要素が必要なんだ。わかったらこの婚姻届にサインを。それで数百万人が救われる。
「冗談はさておき。……リルは、下姉様がスバルと結婚するのは、下姉様にとって心からの幸せだと思う。だから後押ししてる。これは本心だよ」
これだけは、うん。本心だ。スバル君はエミリア様を好きであって欲しいけど、それはそれとして下姉様とくっついて欲しくもある。カップリング云々以前に、下姉様自身の幸せのためにも。
てか、スバル君はこと『死なない』分野においては右に出る者いないからね。下姉様が未亡人になることは大往生以外ではあり得ないだろう。鬼は人間と寿命が変わらないから、姉様を寂しがらせることもないし。これは評価高いですよ。
ふっ、いいこと言ったぜ……とキメ顔。スバル君は、僕の様子に納得がいかない様子で悩み込んで……
「ごめん。………いつものじゃ無く俺の顔だから胡散臭く聞こえる」
「あれぇ!?」
顔の良さって大切。一見自分相手だからか、心なしかスバル君の態度もいつもより遠慮がない気がする。
「というかスバル。そろそろ厨房着くけど、準備はいい?」
言外に含まれた意味は当然、ちゃんと成りすませるよな?である。僕の方は万端だが、スバル君はどうにも苦い顔をする。
「いやでも、自信ないぜ。ラムの時も軽く動揺しちまったし。ラブコメでこうなった時主人公がどもる気持ちがわかったっつーか…」
「まぁ、確かに同感。口調とか合ってるか自信ないし……」
「スバルくん!リル!入り口の前に立って、どうかしたんですか?」
「おぉ、レム!何でもねぇよ。ちょっくら世間話してたとこ!」
「おはよう!下姉様!今、スバルを生き餌に釣りをしようって話してたんだ!」
おい。突然の下姉様襲来に理解不能語録で完全対応するのやめろ。てか何だそのキラッキラした眩しい笑み。
毎度姉様と話してる時僕はこんな顔してるのか?いやいや、流石に疑われるだろ。
「そんな!スバルくんが生き餌だなんて…!レムが釣られちゃいます!」
疑われなかったぁぁぁっ!!ついでになんか釣れたぁぁっ!!思わぬ海老で鯛!!傘子地蔵!!
え?マジ?毎回こんな清々しい表情して僕姉様と話してるの?これで不自然と思わないの?誕生日パーティーでプレゼント渡されてすぐみたいな死ぬほど楽しそうな表情がデフォ?そマ?
「バルス、何を煩わしい顔をしているの。邪魔よ。消えなさい」
「俺単体!?おかしいよね!三人いる状況で明らかにおかしいよね!?」
なんと、下姉様の後ろから更に上姉様がいた。リルと
「…………いいわ。消し飛ばすのは勘弁してあげる。とっとと中に入りなさい。ベアトリス様の禁書庫に行くと聞いていたから、朝食の準備はラムとレムで済ませてあるわ」
「さすが上姉様!慧眼!」
「時間を確保する手際は流石だな、姉様」
「当然よ。ラムはリルとレムの姉だもの。二人と過ごす時間は一分一秒たりとも無駄にはしないわ」
クールに鼻を鳴らす姉様。くーっ!かっこいい!これぞ姉様って感じがするぜ!心から褒められないのが残念極まりない。くぅっ、これが入れ替わりの弊害かぁ。
………いや、そうか。
朝食だ。そして、僕とスバル君の入れ替わり。
「……はっは〜ん?」
思いついた。というか、思い出したわ。スバル君と下姉様をイチャイチャさせる方法。
多分、僕はめちゃくちゃ悪い顔をしていたと思う。悪人面だから余計に。路上なら声かけられてたくらい。
「悪い顔だわ。何を考えていることやら」
「風評被害が酷いな姉様。別に何もするつもりはねぇって」
実際、上姉様にジト目で姉様に睨まれた。だがしかし、今回ばかりは嘘ではない。僕は本当に、本気で、誓って、何もするつもりがないのだ。
だって。
「今日はレムが、リルにご飯を食べさせてあげますからね!」
「……ん?」
普段の僕と姉様方の距離感、イチャついてるのとほぼ変わらないから。
「はい、リル。あーん、です」
「………あ、あーん……」
甘い声音と共に口元に運ばれた匙を、雛鳥のように従順に口で受け取る。一口食べるごとに隣の少女が微笑み、それが気恥ずかしいやら居た堪れないやらで顔が熱を帯びる。
屈辱。恥辱。スバルの胸中に渦巻くのは、そんな二文字たちだった。
抜かった。抜かりまくった。弟のフリをするから安心だと油断したスバルが愚かだった。そういえばこの三人は近年珍しいくらい仲睦まじい姉弟であることを、完全に失念していた。いくらなんでも、弟に食事をあーんで食べさせるのはどうかとも思うが。理由が理由でもあるので、強くは言い出せない。
「美味しいですか?」
「う、うん!」
嘘だ。正直味わうどころではなくて、味はとっくの前からわからない。リルのフリをするのが精一杯だ。どころか、これでは演技どころではない。入れ替わりがバレるのも時間の問題だろう。
『何とかしろ』の意を込めて、ダメ元で目の前の
「………いやぁ、御馳走様!」
が…駄目っ…!ガン無視どころかサムズアップで返され、料理を口に運ぶ手がより早くなった。
──あの野郎、俺らを景色に見立てて飯食ってやがる。
何と幸せそうな顔をして食べるのか。元のレムのご飯が美味なのはあるだろうが、それにしても顔がエラいことになっている。
スバルがエミリアに告白してOKをもらえたとしても、あそこまで幸せそうな表情ができる自信はない。気持ち悪いくらいの満面の笑みだった。自分があんな表情ができることを、そもそもスバルは知りたくなかった。
「スバルくんに喜んでもらえて、レムは嬉しいです!愛情をたっぷり込めた自信作です!お代わりもありますよ!」
「いいや、もういっぱいだ!胸とか。洗い物は俺がやっとくから、三人は気にせず食べてていいよ」
「そうはいかないわ。これからエミリア様達にお出しする食事の準備もあることだし、時間はあまりかけられない。ラムも手伝いましょう」
──ちょぉぉい!?この状況で二人取り残さないでくれますぅ!?
必死の心の叫びも届かず、皿の中身を平らげたラムと
取り残されるその不安はといえば、苦手なものを食べなかったばかりに昼休みまで居残りさせられた小学校の給食を彷彿とさせる。しかも、一人ならまだしも、美少女に食べさせてもらうというオプション付き。人によってはご褒美のように思うかもしれないが、やればわかる。これは拷問だ。公開処刑の一種だ。
こうなれば自分の手を使って食べてやろう。と、思わないでもないのだが。
──どうやって動かせばいいのか、本格的にわかんねぇ……
右手から吊り下げている義手は、うんともすんとも言わない。普段の持ち主は義手ということを悟らせないほど精密に操って見せるのに、スバルが動かそうとしてもピクリとすら動かない。持ち上げるので精一杯だ。スプーンを掴むなんて芸当は、到底できそうになかった。
何より、ここで左手などを使って食べようとすれば、どうやったって怪しまれる。
「リル、まだまだいっぱいありますから、どんどん食べてください!」
「………は、はーい」
結局、大人しく匙を頬張るしか選択肢は無いわけだ。何とか笑顔らしきものを浮かべながら、無心で差し出されたものを食していく。
結局この後十数分かけて、スバルはあーんの形で朝食を完食した。
くっ!もう、お嫁に行けないっ!!
────十四時間後。
「………抜かった…………俺がしたことが、追加で3食あれが続くなんて……」
「朝昼晩、ついでにおやつ。ご飯は一日四回あるんだよ?」
「そのうち一つは意図的に増やされたけどね!?」
スバルはまさにほうほうの体で、心なしかテカテカ肌ツヤのいい自分の姿をしたメイドと廊下を歩いていた。
突然リルがおやつを提案したせいで、まさかまさかのあーんが×3回。その度にレムに心ゆくまでお世話をされることになってしまった。
仕事の出来はリルと二人で行動していたから何とか誤魔化せたが、安堵以上に心の傷が大きかった。何か、男として大切なものを失った気がする。
「でも、ちょっと嬉しかったでしょ?」
「…………あのレベルの美少女のあーんが嬉しくないのは、ホモか聖人だけだと思う」
まぁ、スバルも健全な男であるので。嬉しくなかったといえば嘘にはなるのだが。ちょっと恋人っぽいな、とか思わなかったことがないとは言えないような気がしないでもないような気がしないでもない。
男とは現金なもので、美少女に好かれることを悪くは思えない生き物なのだ。
己の愚かしさやら何やらに呆れの涙を流しながら、スバルはある一室の扉を開ける。この身長では視点のせいで随分と違って見えるが、そこはまごうことなき、スバルの自室だった。
というのも、寝る前になっても呪いが解けないので、仕方なくお互いの部屋を確認しようという話になったのだ。いくら仲が良かろうが、部屋の交換をしていれば怪しまれる。特にリルの部屋にスバルが寝ていた場合のラムやエミリアのことなど、考えたくもない。
「ふーん、スバルの部屋、
「ん?あれ?お前、俺の部屋来たことなかったっけ。窓から………」
「何の話?」
いや、そうか、と思い直す。それは屋敷に来て一周目の記憶だった。四周目でも部屋にはいたが、あれはそもそも別の部屋だったし。
「とにかく。ここが俺の部屋だけど……あんま変な細工とかすんなよ?」
「頑張る」
「頑張るとこじゃねぇ」
「出来るだけやってみる」
「出来る限りじゃなくやるな」
「前向きに検討する」
「死力を尽くせ」
「…………心がけ…」
「そんなに俺の部屋に細工したいの!?ねぇ!!」
意地でも『やらない』を言わないリル。嘘をつかないのはいいことだろうが、だからといってそこで意地を張られても困る。寝て起きたらピアノ線とかごめんである。
「………嘘、か」
「なに。どしたの、スバル」
お風呂場でのある一瞬がフラッシュバックして、自分の発言ながら思わずセンシティブな気分になってしまう。
思えば、不思議なものだ。来た当時は殺すほどスバルのことを疎んでいたレムにあれほど好意を寄せられて、出会った当初にレモン汁をぶっかけられた相手に姉との結婚を迫られているなど。
「いや。なんでもねぇ。それよか、今度はお前の部屋行こうぜ。あのファンシーな、ぬいぐるみと小物のお、部、屋♡」
三周目の事故で垣間見た、ファンシーなぬいぐるみや小物で満ちた女子女子した部屋を思い浮かべながら、からかい半分にそう口にする。
「……ふぅん。そーゆーこと言っちゃうんだ。へぇ」
恥ずかしがるかとでも思っていたが、想定していたものと全く違う反応に、あ、ヤベ。とスバルは己の危険と愚行を察した。だが、時すでに遅し。自分の形をしたメイドは小さく息を吸い──
「レム!どうもリルは、お前と風呂に入りたいけど言い出せなかったらしいぞ!!」
「そうだったんですか!?」
最低限かつ最大の音量で、今のスバルの天敵を呼び寄せた。そして天敵はよりにもよってマッハで現れた。
どうも今まで姉を名乗れなかった反動で、レムはより一層世話の焼きたがりになっているらしい。にしても早すぎる。
「来るのも話も早い!?あ、やめてレ……下姉様っ!は、離して……っ!これ以上……っ!これ以上は……ライン越えぇぇっ!」
嫁入り前の娘の裸を見てしまえばどうなるかなど、火を見るより明らかだ。
「───責任は取れよ」
ジト目で首を親指で切るジェスチャーをするメイドの化身が見える。友好的に手を振りながらも目だけが笑ってないあのお兄さんの中身に、傷物にした責任を取らされるに違いない。
いやでも、抵抗しなければレムの裸が見られるわけで。いやしかし、スバルにはエミリアという想い人がいるというのに。
「さぁ、リル!遠慮はいりません!レムと一緒にお風呂に入りましょう」
「────」
思春期の欲望と正義感が頭の中で囁き合う。いっそ、ここで真実を話してでもレムを止めるべきか。いやでも、しかし。この機会を逃せば、スバルがこんな美少女と風呂を同伴できることなど、人生に一度あるかないかのイベントで───
…………
◇俺たちの冒険は、これからだ───
ふぅ、と一息つく。よし、これにてミッションコンプリートだ。あとはエミリア様に操を立てようが好きにしていいよ。
………なんかやりすぎた気もするけど。あれ?僕、また何かやっちゃいましたか?
行為の如何はともかくとして、思春期の男が姉様と一緒にお風呂に入って魅了されないわけがない。ここで手を出そうが出すまいが、これでスバル君は今後否応なしに姉様を異性として意識させられるわけである。ふぅ、勝ったな(確信)
「……こんなところで何をやっているの、リル」
うぉっと!?急に背後から上姉様が。いつの間に。
「なんだ、ラムかよ。残念だけどスバル君だ。人違いだよ。弟はレムと一緒に入浴中しに行ったぜ?」
「あら?ラムの弟は、さっきからずっと目の前にいるのだけど」
ははは。またまたご冗談を。
………いや。でも、そういえば。
今日一日、僕とスバル君が一緒にいる時以外に、上姉様は僕のことを『バルス』と一言でも呼んだだろうか。或いは、僕に対して暴言を吐いただろうか。
「………いつから気付いてた?」
どこからが『話した』のラインになるかわからず、それっぽい言葉を使って疑問を表す。演技には僕とスバル君、お互い自信があった。となると、スバル君が多少出したボロを見抜いたのだろうか。それとも、僕に何か失敗があったか。
「さて、いつかしらね」
姉様は両手を軽くヒラヒラとさせて、そう惚けてみせる。
「──ラムは、たった一時でも弟から目を離したことはないから」
は?カッコよ。ときめくが?胸がキュンキュンなんだが????
「………姉様、サイコー!!」
「ふっ、当然だわ。だってラムは、レムとリルの姉様だもの」
「ヒューッ!クールっ!!姉様かっくいい!輝いてるっ!!」
「もっと褒め称えていいわ。バルスの容姿とはいえ、悪い気はしないから」
ヒューッ!姉様、ヒューッ!!その推理力の前じゃ呪いも型なしだぜヒューッ!!
ヒューッ!姉様、姉様かっこいい!
しきりに興奮していたからか、視界までぼやけてきた。くぅ!姉の尊さが輝きすぎて見えないぜ!カヒューッ!カヒューッ!(過呼吸)
そうしてふざけているうちに、シャレにならないくらい意識がぼんやりしてきた。
そのまま視界がぼやけて、ぼやけ続けて。目が眩むと、次は耳がおかしくなって。声を出しているのか、出していないのかすらわからなくなる。
意識が、遠く、遠くに運ばれていく。消えていくようで、薄れていくような不思議な感覚。
しかし、徐々にそのモヤは晴れ、耳が、目が、鼻が、口が、その形を思い出して、世界という存在を取り戻す。
そして。
そして。
そして──
「………うぉぉぉっ!?……ってあれ?ラム?今俺、確かレムと……」
「何を妄想しているの。いやらしいバルスね、死になさい」
「突然の罵り!?そして濡れ衣!!」
「………リル。突然ぼうっとして、大丈夫ですか?」
ブレて寝起き同然の視界で目に入ったのは、脱衣所にいる姉様だった。同時に、聴覚を取り戻した耳が、下姉様のトーンを拾う。
湿気、温度、匂いと、体の重さ。それらを取り戻すのに、五秒とかからなかった。視界の高さ、右腕の不自由さと肉体の身軽さを実感すれば、改めて確認するまでもない。
どうやら、呪いが解けてしまったようだ。
………ちゃんとメイド服を着ながらこちらを覗き込む下姉様を見るに、まだ服を脱ぐ前だったらしい。
チッ。まだ未遂のタイミングだったか。
「………悪運の強い奴め」
今頃、上姉様の前で困惑しているであろう推しに毒吐く。どちらかというと、僕の運が悪いのだろうが。というか、入れ替わりバレの
「ええっと……リル?」
「ああ、ごめん。下姉様。ちょっと考え込んじゃった」
まぁ、考えても仕方ない。今回のことは明らかにやりすぎだったし。上姉様にバレた時点で引き際だ。これ以上は、スバル君も歓迎しないだろう。
こうして、僕の計画は毎度のことながら頓挫に終わったのでした。ちゃんちゃん。僕は、いつも通り可愛くてかっこいいスーパーメイドに元通りというわけだ。
差し当たっては、とりあえず──
「下姉様。お風呂、入ろっか」
番外編はこれで区切りです。