目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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 前回の続きです。遅れて申し訳なさすぎました。

 (なんかめちゃくちゃバグってたのは勘弁してください……!)


【学園リゼロ】『君のような勘のいいガキは嫌いだろう』どこいった!?

 

今日は一緒に行けそうかも〜

(((o(*゚▽゚*)o)))

 曲がり角でトースト咥えて待ってるお!

 ヾ(@^▽^@)ノ

 

ヒロインを演出しようとするな。

誰とフラグ建てる気だよ

 

スバル兄様は姉様に乱立させてるし

(・ω<) テヘッ

 

登校中にスマホいじってっと

パンドラさんに怒られるぞ

 

 

 

 

 そのメッセージが既読になった途端、いついかなる時も即返信してくる相手からの反応がなくなる。どうもあの名前は、水戸黄門の印籠並みに幼なじみに効くらしい。

 

 ──てかいつものことながらネットテンション高ぇなこのショタ。

 

 顔文字と軽やかな言葉で彩られたメッセージ。普段の様子を知っていると、いっそ心配になるほどのハイテンションぶりだ。ネットの変な人に影響を受けていないといいけど。そのうち語録とか使いそうで兄代わりの立場としては怖い。

 

「スバルくん、歩きながらのスマホは危ないですよ」

 

 と、将来の弟への成長への想いと恐れを馳せていると、ちょうど隣を歩いていたその姉から注意が入る。

 

「おお、レム。悪ぃ」

 

 誰であろう、菜月昴という取り柄のない男に似合わない絶世の美少女幼なじみズ。その一角であるレムその人だ。鮮やかな水色の髪、対比するような落ち着いた色のブレザーと、短いスカートから続く艶やかな白い脚。可憐な顔立ちに桜色の唇と、どこをとっても100点満点。そんな完璧な美少女幼なじみである。

 

 そんな幼なじみと登校しているというスバルは人生の勝ち組。その余韻を噛み締め、一歩一歩を大切に歩く。

 

「歩きながら触るならレムの胸にしてください」

 

「それはそれで悪くない!?ここ一応ご近所様の目があるんだけど!」

 

「ついでにベティーの目もあるのよ。まったく、にーちゃ……スバルは節操のない発情魔かしら」

 

 ジト、という擬音が似合いそうな目でキュートにこちらを見つめてくる少女は、他でもないスバルの妹、菜月ベアトリスだ。金髪に翡翠の目で、こちらも贔屓目に見ずともレム達とは別ベクトルで美少女。スバルと似ていないと良く言われる。

 

「おいおいベア子、いつの間に発情魔なんて言葉覚えたんだ?そんなこと言っちゃめっ、だぞ」

 

「子供扱いしないで欲しいかしら!ちなみに、発情魔は姉弟の弟が『最近のスバルの客観的評価』だそうなのよ」

 

「ぐっ……あいつほんとに小学生かよ……」

 

 スバルに指を差してプギャーwwと笑う紫髪の少年の姿が目に浮かぶ。と言っても相手は子供。まさか手を出すわけにもいかず、というか手を出したら確実に負けるので、渾身の怒りを込めてメッセージアプリに『うちのベアトリスに変な言葉を教えないでください』と打ち込み、送信する。

 

 既読こそついたが、それに対する返答はなく、代わりに『コンビニにて待つ』とのメッセージが入る。急にテンションが変わった。というか、己は武士か何かか。果たし状的なアレを感じる。

 

「コンビニ……って、目の前のこれだよな?」

 

 都合のいいことに、目の前には某有名チェーンのコンビニエンスストアが。学校近くのコンビニといえばこの場所くらいしか心当たりはないため、まず間違いなくこの店舗のことを指しているのだろう。

 

「はい。多分、店番か何かをお願いされたのかと」

 

「………あいつホントに小学生?」

 

「リルが接客をすると売り上げが五割増しですから。引く手数多でレムは複雑です……」

 

 でもでも、リルが活躍することは誇らしくて……と体を捻り出したレムをほっぽり、スバルは頭を悩ませる。

 

 美人三姉妹、もとい三姉弟、ラム、レム、リルの並びはルグニカの中でも有名だ。そしてその中でも、リルはかなり特殊な立ち位置にいた。

 

 ラムやレムほど美少女ではないが……というか、そもそも性別からして違っているリル。これといって特徴的な要素はなさそうに思える。が、有り余らんばかりのコミュニケーション能力と愛嬌のおかげで、ルグニカ市ではそこそこの有名人となっていた。まぁ、飛び級したりバイトしたり教会の超美人と親しげにしていたりと、大体の行動が常軌を逸しているため、スバルとしては有名にならない方がおかしい気もしているのだが。

 

 閑話休題。

 

 さて、そんなリルが接客をすれば、千客万来間違いなし、と。そう吹聴したのは誰だったか。顔馴染みの八百屋だった気がするが。

 

 その噂は爆発的に広まり……というか実際に接客をさせると売り上げは急増するからというのもあるらしいが……リル自身がお金を必要とすることもあり、暇さえあればさまざまな店から店番を任されることになっていた。

 

 今回もおそらくはその一環なのだろうが……

 

「登校中の待ち合わせでコンビニの店長に店番任される実年齢小学生ってどうよ」

 

「流石リルです!頼りにされています!」

 

「それで片づいちゃうのがなぁ……」

 

 ため息を吐き、天を仰ぐ。

 

 ………これ、コンビニに入らなくてはダメだろうか。

 

「ダメだよなぁ」

 

「十数分後に店内がいっぱいになるに全財産賭けるかしら」

 

「残念だけど俺も同意見だから賭けは不成立っす」

 

 ルグニカ市は住人も特徴的で、お祭り騒ぎが大好きな民族だ。張り巡らされたネットワークは当然馬鹿にならず、レアキャラ扱いのリルの情報はあっという間に広がることだろう。

 

「……しゃーねぇ。ちょっと迎えに行ってくるわ」

 

「はい!スバル君がそう言うなら!ベアトリスちゃんの手は離しません!」

 

「姉妹の妹の馬鹿力でベティーの腕が千切れる前にとっとと帰ってくるがいいかしら」

 

 熱い声援と照れ隠しと思いたい言葉を背に受け、スバルは意を決してコンビニの扉を開く。

 

 中ではもうそこそこの列が出来ていて、カウンターでは見覚えのある紫髪がぴょこぴょこと動き回っている。

 

 割り込むわけにもいかず、列の後ろに待機。すると、仕事ができるからか列はかなりの速度で掃け、三分もしないうちにスバルの番になる。

 

「次の方どうぞ〜」

 

 声変わり前の高い声。なにやら握手をしていたらしい前の客が退き、呼びかけの主の顔が明らかになる。

 

 桃色の目、水色の瞳。姉を真似たらしい赤いリボンを髪につけ、可愛らしさの残る顔を朱に染める少年。小さめの身長を誤魔化すためか台の上で接客をする光景は見ていて微笑ましい。スバルの幼馴染にして弟ポジション、ラムとレムの実の弟。その他属性過多故に省略。その名をリルという。

 

「そこの紫髪の店員さん、フェミチキ一つ」

 

 その顔に愛嬌たっぷりな笑みを浮かべ、人懐こそうな印象を受ける。どんな注文に対しても、きっと笑顔で応対してくれることだろう。

 

「お客様、なんか人相悪いんで身分証の提示をお願いします」

 

 あっさりすげ返された。印象は間違いだった。いや、知っていたけども。身内以外の前では猫を被っているから評判がいいのであって、スバルや同級生のオットーに対しての当たりは大体こんなもんである。

 

「チキンを買うだけで身分証の提示を要求されるコンビニがあってたまるか」

 

「でもこれハーブ付き……」

 

「合法でしかないから」

 

「法の抜け穴……」

 

「抜けてない。全然内側。まだ法という塀を犯したことないよ俺」

 

「そんな塀に囲まれながらハーブは育ったんだね。可哀想だと思わない?」

 

「いい加減ツッコんでいい?」

 

「法という穴に?」

 

「突然えげつない下ネタを盛り込んできたね!?」

 

「下ネタ……下姉様……はっ、閃いた!」

 

「いいのか!?別の世界線のお前が混ざってる気がするけど本当にいいのか!?今後のお前の路線下ネタキャラで定着するぞ!?」

 

 打てば9割くらいの確率でファールに行ってバットが変な音立てて響くくらいの迂遠な会話。暴言とボケと自己中の嵐。それを成し遂げながらもいっそ誇らしげに胸を張る姿は、ここにはいない姉からの遺伝を思わせる。まごうことなき姉弟だった。一番遺伝してほしくないところでもあった。

 

「では、身分証明の証としてこちらの書類にサインと捺印を…」

 

「いや、わざわざ書類出すとか凝りすぎだろ。はいはい、わかりましたわかりました。菜月す……ってこれ婚姻届じゃねぇか!しかも相手欄にレムの名前が!?ちゃっかり菜月レムになってるし!」

 

「チッ、バレたか」

 

 隙を見せればレムとスバルをくっつけようとしてくるこの弟。あの控えめに言って完璧美少女の姉を、言っては何だがこんな馬の骨に押し付けようとするだなんて、本当にそれでいいのだろうか。

 

「てか、なんでこんなもんがコンビニにあるんだよ!ここは役所か!?」

 

「当店ではズェクスィという女の夢も取り扱っております故」

 

「女の夢ならしょうがない!畜生!ラムの名前を書き込んでやるっ!」

 

「菜月ラムと菜月レム………ハーレムでも作るの?」

 

「そうだ、菜月姓になってるんだった……」

 

「じゃあリルはスバル・リルになるね」

 

「あれ、素寒貧!?」

 

 驚愕にツッコミが足りなくなってきたところで、視界の外に消えたリルがいそいそとチキンを包み、ついでにエプロンも外してカウンターからこちらに回ってきた。

 

「あれ、金は?」

 

「店長〜♡」

 

「うん、サービスしちゃおう」

 

 猫撫で声に一瞬で陥落する背後の店長。ちょい強面の顔がデレデレと緩んでいる。それでいいのか。

 

「それで経営大丈夫なのこの店!?」

 

「大丈夫大丈夫。十五分立ってもらっただけだけど、売り上げほんと凄いから。チキンひとつくらい」

 

「あ、ズェクスィ一つもらいました」

 

 サラッと横領を白状するな。買ってなかったのかよ。

 

「リル君結婚するの!?」

 

「いえ。リルの姉様が、このスバル兄様と結婚するんです」

 

「外堀を埋めるのやめない!?」

 

「次は既成事実だね。今晩を楽しみにしてるといいよ」

 

「一体俺はどんな目に!?」

 

「良いではないか〜良いではないか〜」

 

「あ〜れ〜!」

 

 ノリノリでクルクルと回転しながら、コンビニからダイナミック退店を余儀なくされる。

 

 瞬間。

 

「おいガキィ!俺たちのリルを返せぇ!」

「幼馴染だからって調子乗ってんじゃねーぞコラァ!!」

「ついでにレムちゃんとも離婚しろぉ!!」

 

 リルがカウンターから消えたことに対する舌打ちやらブーイングの嵐がビュンビュン、パリンパリンとスバルめがけて飛んできた。

 

「パリンパリンって音しちゃダメだよね!?比喩じゃなくちゃんと物投げてるよね!?」

 

 どころか、物理的に物も飛んできた。勝手に商品を投げるな。店長も何をニコニコしておるか。投げられてるの元はと言えばあんたの持ち物だぞ。

 

「みんな!リルは学校行ってくるね〜!」

 

「行ってらっしゃい、気をつけるんだよ〜!」

「お姉さんたちによろしくね〜!」

「頑張ってこいよ〜!」

 

 だがしかし。その暴動も束の間。リルが振り向き様に片手を上げ、笑顔で手を振る。それだけで険悪ムードが一転。温かな微笑みに満ちた場になり、時折「行ってらっしゃい」の声が聞こえる和やかな店内へと早変わりした。その様相はズワイガニ食べ放題ツアーの帰りのバスそのものであった。手首が痛くないのだろうか。

 

「ここまでくると宗教じみてんな……」

 

「失礼な。アイドルと言って欲しいね。みんな大切な下僕……金づるなんだから」

 

「言い直してなお酷くなったけど!?」

 

 アイドルと言われれば確かにあのやりとりも納得だが。金づるて。

 

 これで子供という恐ろしさに心底震えながらコンビニを後にし、外で仲良く手を繋いで待っていたレムとベアトリスと合流。

 

「姉様、ただ今戻りました!」

 

「おかえりなさい、リルっ!」

 

 すかさず仲良し姉弟は、十年来の別れを経たかのように熱い抱擁を交わし合う。相変わらず見ていて清々しいほどの姉弟溺愛っぷりだ。

 

「ベア子っ!」

 

「スバル、なのよ!」

 

 負けじとスバルもベアトリスを抱き上げてきつく抱きしめる。体格差的にどちらかと言えば抱っこのような形になってしまうのが残念だが、これはこれでありだ。

 

 ツッコミ役がいない。この場にはただ、愛し合う二つの家族の形だけが広がっていたのだった。

 

 そうして家族愛を育み、思い思いの形で満足する。いい補給になったぜ、と言わんばかりに全員の肌がテッカテカだ。

 

「お久しぶりです、師匠。元気にしてましたか?」

 

 ここでようやく、ベアトリスとリルが会話を持つ。実は二人は同じ年齢で、低学年の頃は同じクラスにもなったことがある仲だ。弟と妹が仲の良いことでラムやレムと微笑ましく見守っていたのだが、リルが飛び級をし始めたことで、どうにも疎遠になってしまったらしい。

 

 ベアトリスも飛び級ができるくらいには頭がいい子ではあるが、それはそれ。同じ学年のペトラやメィリィから離れてまで、ベアトリスは飛び級を望まなかった。

 

 にしても、なぜ師匠なのだろう。そしてなぜ敬語なのだろう。そこに関しては尋ねても教えてもらえない。永遠の謎である。

 

「久しぶり、かしら。なんだかんだ、新年ぶりくらいな気がするのよ。………ところでお前、あのふざけた年賀状は何のつもりだったのかしら」

 

「年賀状?何かしましたっけ?」

 

 証拠もあるのよ、と、ランドセルの中から一枚の葉書を取り出すベアトリス。そういえば、レム達一家から菜月家に送られてきた年賀状とは別に、個人から送られてきていたモノもあったか。はて、スバル宛にはなんと書いてあったのだったか。

 

 しかし、まぁ。今はもう正月から数ヶ月も経っているというのに、友達からの年賀状を大切に取って持ち歩いているあたり、ベアトリスはやはり可愛いところがある。あとでいっぱいなでなでしよう。

 

「お前が読んでみるといいのよ」

 

「拝啓、ベアトリス様。新年、あけましておめでとうございます。今年も何卒よろしくお願いします。あなたの弟子、リルより」

 

「………至って普通の年賀状に思えますが」

 

「問題は続きかしら」

 

 ベアトリスは頷いて、リルに続きを促す。文脈的に終わりそうなものだが、どうやらまだ続きがあったらしい。

 

「スペースが余ったので敬具を使おうと思います。敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具敬具」

 

「怖い怖い怖い」

 

 まさかの内容というか、内容ですらない文字の羅列にツッコミ。内容がないようをまさか現実で見る羽目になると思っていなかった。こいつ、敬具を何だと思ってるんだ。覗き込めば、そこには白面を埋めたくさんばかりに、びっしりと敬具の羅列が書き連ねられている。狂気だ。

 

「そう言う使い方じゃねぇから。敬具をここまで連発したのは多分お前が人類で初だよ。敬具を発明した人もビックリだよ」

 

「追伸」

 

「二枚目!?二枚目があんの!?まだ伝えるべき事があるのに一枚目を敬具で埋め尽くしてたの!?」

 

 取り出された二枚目のハガキにびっくり仰天。なんて手の込んだボケだろう。そりゃツッコみたくもなるしツッコむまで捨てる気も失せるわ。

 

 というか、スバルはどうしてこんな特徴的な年賀状を忘れていたのだろうか。

 

「いや、そういえば年賀状、レムさんからのでほとんど埋まってたな……」

 

「はい!スバルくんへの愛を綴った86枚超大作です!」

 

「流石姉様!愛の大きさがリルなんかとはぜんぜん違います!」

 

「ヤベェのが二人になった」

 

 姉弟だなぁ、と思う心。どうしてこの二人を姉弟にしてしまったんだ……という恨言。他人に生まれていてもなんだかんだでこの二人巡り合いそうだけども。

 

 これでラムがいない不完全状態だというのだから驚きである。ここにラムが加われば、姉様完全肯定かつ過保護のレムに弟妹猫可愛がりのラム、姉様方至上主義のリルで無敵の三角の完成だ。二度と加わらないでほしい。

 

「って、こんなとこで時間潰してる場合じゃないな。早めに出てきたけど、そろそろ行かねーと遅れちまう」

 

「そうですね。ベアトリスちゃん達を送ることを考えると、そろそろ」

 

 腕時計を見ると、長針は45を指している。仮にも高校であるルグニカ学園はそこそこの余裕があるが、ベアトリスやリルの学校に行くなら、そろそろ動き出さなくてはならない。

 

「なら行こうよし行こうすぐ行こう」

 

「いや、そこまで急がなくても……」

 

「いいや、限界だ!押すねっ!!」

 

「なんか、途中で事故って死にそう……」

 

 救急車あたりに撥ねられそうだ。トラックあたりなら異世界転生でも出来そうなものなのだが。ここはコンビニ。とてもではないが異世界転生に繋がるとは思えない。

 

 そんな不吉な予感をお構いなしに、リルはグイグイとスバルの背中を押していく。こんなナリで実は武道を習得しているとかいう裏設定があるので、その力は存外強い。高校生のスバルが押し負けるほどだ。

 

 しかしこうまでしてリルが焦る姿は、長年過ごしてきてそう見れたことではない。年相応にはっちゃけて好き放題やるこの少年は、しかし裏腹に大人びてもいるからだ。

 

 そこでふと、自分が抱いていた違和感の正体を探り当てる。

 

「なぁ、リル。一つ質問いいか?」

 

「……何かな」  

 

 

 

「───パンドラさん、どこ行った?」

 

 その名前を出した途端、リルの態度が明らかに急変する。ダラダラと額から冷や汗を流し、ぐるぐると目を回し始めた。スバルの背を押していたはずの力もどこか弱々しくなる。

 

 ついでに、リルの横でニコニコ笑っていたレムの顔がピシッと、一瞬で氷像のように凍りついた。

 

 スバルが放った一言で、騒がしかったはずのこの空間の音という音が虚しく消え、沈黙の数秒が満ちる。

 

「あ、あれ?俺、また何かやっちゃいましたか?」

 

「いいえ。素晴らしい一言でしたよ、お義兄(にい)さん。私、感動してしまいました」

 

 パチパチ、とやんわりと手を叩き、目に涙さえ溜めながら、震えるリルの肩に手をかける。白金の髪の美女は、小動物に愛情表現をするが如く自然にその頰を撫でた。

 

「いやぁ、そう言っていただけると。わざわざフォローありがとうございます、パンドラさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………いや、いつの間に現れやがったのよ!?」

 

「えっ!?あ、ホントだ!パンドラさん!?い、いつの間に!?」

 

 ベアトリスが驚愕の声を上げて、ようやく気がつく。というか、認識する。ごくごく自然に、いつの間にか会話に加わっていた女性。

 

───自分の教え子に手を出す完全にアウトな絶世の美女教師の存在に。

 

 会話の中で、溶け込むように紛れ込んできた女性。彼女こそ、エキドナたち六姉妹の従姉妹だという、パンドラさんだ。

 

 本職はリルがバイトする教会のシスターさんで、非常勤だが中学校の教師も務めている。その美貌とやんわりとした態度から当然人気は高く、教会には日夜彼女を一目見ようと訪れる人が絶えないのだという。

 

 そして何の因果か。その彼女は、自分の幼なじみを、えこひいきを通り越して想い人が如く気に入っていて。

 

「ずっといましたよ。ただ、楽しそうに会話しているので、割り込む機会を窺っていたのです。名前を呼ばれましたからね。ご迷惑だったでしょうか?」

 

「いやいや、パンドラさんが迷惑なんてことねぇっす……あだっ!」

 

 パンドラさんの持ち前の美貌のせいか、ついついデレデレと格好を崩して対応してしまう。結果、左の妹と右の幼なじみからの愛の鞭ならぬ肘がスバルの腹を突いた。

 

「ふふふ、仲がよろしいのですね。まるで私たちのようです。ね?」

 

「…………うっさい」

 

 からからと余裕たっぷりに笑うパンドラさんに対し、リルは小さく返事してぷいっと顔を逸らす。ついでに鬱陶しそうに肩にかかった手を払おうとしていた。この対応はずっと変わらない。これほどの美人に対してなかなかどうして、リルの対応は雑なのだ。

 

 しかし、払われかけたその手を、問答無用でガッチリと掴む者の姿が。掴まれた手はそのあまりの力にほんのり赤くなる。さて、その手の主は誰であろう。

 

うちのリルに何してくれてるんですか?あぁ?

 

 ───()である。

 

 普段から考えられないほどドスの効いた声と、常人ならチビりそうな殺気を放ってパンドラさんを睨んでいる。一片の疑いの余地なくブチギレだった。視線だけで人を殺せそうだ。

 

 ───レムさんレムさん!口調!口調変わってますよ!!

 

『あぁ?』とか初めて聞いた。レムが口にしなさそうなセリフ第三位くらいだろう。キレたら見境がなくなるから、割と言いそうではあるけども。

 

 鬼気迫る、どころではない激情。どうにも、弟にこれでもかと迫るパンドラさんは、良くも悪くも弟思いのレムとひっじょーに相性が悪い。そしてそれを難なく受け流し、うふふと笑えてしまう女性がパンドラさんだったが故に、余計に。

 

「あら、嫉妬ですか?それはいけません。嫉妬は人間の犯してはならない最も重い大罪の一つ。神が定められた絶対の掟なのです。しかし今なら間に合います。さぁ、その罪を捨て去って、私を受け入れてください」

 

「何をほざいていらっしゃるんですか?私の弟に手出しするその手に色欲があるじゃ無いですか。というか、シスターと教師という聖職者が小学生に手をかけるなんて通報されてもおかしくない所業ですよね。犯罪者はあなたですよ。警察を呼ばれたくなければ十秒以内にリルから離れてください」

 

「警察だなんて物騒ですね。呼ばれるのは構わないのですが、そんなことで、果たしてあなたの心は鎮まるのでしょうか?考えてみてください、今のあなたにとっての救いを。今ここであなたが私を受け入れさえしてくだされば、全てが丸く収まるのです。さあ、私の手を取って。共に歩んでいきましょう!レム……いいえ、お義姉さん!」

 

「誰があなたのお姉さんですかっ!300年前に来てください!!」

 

 ………末恐ろしい会話だ。怒り狂ってなお口が立つレムと、それに一歩も引かず、自分の主張を綺麗に飾り立てて意見を通そうとしているパンドラ。そういえば、ついさっきもスバルのこともサラッとお義兄さん呼びしていたような。

 

 しかも、お互いがリルのことを理解しているあたりタチが悪い。例えば、この会話のどこかに相手を露骨に貶める要素があれば、リルはそれを否定するために加勢するだろう。知人や友人の悪口を許さないというリルの気質だ。たとえ冗談だろうと、リルは全力で前言撤回をさせにかかる。

 

 だがしかし、二人はその一線を完全に理解して避けていた。だからこそ、今リルはどうしようかどうしようかとあっちへ向いたりこっちへ向いたり。リルと深く関わっている二人だからできる芸当。大切な人の奪い合いに大切な人の意思を尊重し、かつ会話に参加させないという、漫画でありそうな心理戦がこの場で繰り広げられていた。

 

 ほんのりヒートアップし始めた場に実況を入れようとしたところで、スバルのブレザーの袖を小さく引く存在があった。

 

「スバル。あの三人はほっぽいて、いい加減行くのよ。兄弟喧嘩と夫婦喧嘩はガーフィールのやつも食わないかしら」

 

「お前はガーフィールに何を食わすつもりなんだ。流石に腹壊すだろ」

 

 あれを胃の中に入れれば、流石の頑丈なガーフィールも耐えきれなかろう。

 

 だがしかし、時間が迫っているのも事実。ついでに、この二人の話し合いは長く続くことをスバルは察している。レムを止めようにも、今のレムを止められるのはラムくらいのものだ。そのラムは現在不在。となれば、スバルにできることはもうない。

 

 一歩引いて遠目で見れば、二人が論争している中、なんとかして離れようとするように、パンドラの手の中に囚われたリルがもがいている。その光景を吟味して、スバルは小さくため息。

 

「よっしゃ。じゃあ、行くか。レム、遅刻しないくらいには切り上げて学校来いよ?」

 

 スバルの声に、レムが一瞬頷いたように見えた。流石に引き際くらいは弁えているはずなので、こう言っておけば程々に切り上げることだろう。

 

 ………先程も触れた通り、リルは武道を嗜んでいる。嗜んでいる、とは言えど、リルはその中でも頂点に立つ感じの嗜む、だ。大人だろうと素人なら赤子扱いするくらい強い。

 

 対して、パンドラさんは本当にシスター。隠された力などあるはずもなく、力なんかは一般女性と何ら変わらない。

 

 そのリルが、嫌がっている素振りこそ見せても、いつでも抜け出せるはずの拘束にその身を任せていることからして、答えは明らかであって。

 

「単純に、素直じゃねぇだけなんだよな」

 

 スバルやベアトリスに対してからかいで応じるように。ラムやレムに過剰な愛情表現をするように。リルという少年は『普通』を知りながらも、素直にならずにどこか偏屈にそれを表現しようとしている。

 

「全く、手間のかかる弟子かしら」

 

「ほんとに、手間のかかる弟分だよ」

 

 二人して顔を見合わせて、クスリと笑った。どうやら、ベアトリスも同意見らしい。

 

「ところで………中学校の始業時間考えると、アイツらこのままじゃ遅刻するけど、いいのか?」

 

「ふんふふーん♪ 知〜らね、かしら。ベティーは久しぶりに、スバルと二人きりの通学路を楽しむことにするのよ」

 

「ベア子…………お前、可愛すぎんだろ!!」

 

「むきゃー!?きゅ、急に抱き上げるんじゃないかしら……あっ、あーっ!そのまま走りだすんじゃないのよーっ!!」

 

 やっぱり、妹は最高である。

 

 




 続かない。

 いやー、エイプリールフール企画はこれにて終了です。明日から、ちゃんとフェルト√ 書きます。そっちもそっちで区切りの目処が立ったので、そのうちに。三章を目指して頑張ります。

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