目が覚めたら難易度ナイトメアの世界です   作:寝る練る錬るね

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 前回の更新遅かったのだ……もし読んでない方いらっしゃったら、一話前の『始まりは些細な』を読んで欲しいのだ………



フェルト√ 狂人二人

「さぁ、三年間ずぅぅっと熟らしてきた、てめーの収穫を始めるとしましょうかぁ?」

 

 下品に舌を出しながら、『色欲』の狂人はそう宣う。眩しいばかりの金髪と、灰色の背景が混在し、彼女の存在を際立たせていた。その高貴さと、これ以上ないほどの悪辣さを。

 

「か、母さん……?何言ってるの?ここ、どこ?収穫って……どういうこと?」

 

 なんとか笑みを作って、カペラにそう問いかける。三年間、ずっとそうやってきたように。無垢な子供を演じるように。

 

 だが。

 

「きゃははっ!そのくっせぇくっせえ演技ももういらねぇんですよ。顔、視線、表情、口調、発汗、声音。その全部がアタクシに教えてくれてたんだ。てめーは、とんでもねぇペテン野郎だ、って」

 

 狂人は、その努力を嘲弄した。

 

 カペラ・エメラダ・ルグニカの真の恐ろしさは『色欲』の権能だけではない。その一つとして挙げられるのが『観察能力』だ。

 

 悍ましいほどの観察眼を持つ彼女は、視覚から得る情報だけで相手の全てを丸裸にする。その正確性は、兜を被って表情を隠した相手の異性の好みを把握するほど。声、仕草、喋りの間、首の角度、目線、態度、会話。その全てが、彼女にとっての考察材料となり、相手を知る術となるのだ。

 

 狂人の洞察力。ふと、そんな言葉が脳裏を過った。その彼女を前に、僕の稚拙な嘘程度が、見破られない方がおかしかった。

 

「……………いつから」

 

 泳がされていた悔しさと、未だに尽きない疑問。それらを必死に噛み殺し、なんとか言葉を紡いでいく。

 

 まだだ。………まだ、諦めるには早い。

 

「あぁん?あー、あー?いつからでしたかねぇ?今日?昨日?一昨日?一週間前?一ヶ月前?二ヶ月?三ヶ月?半年?それとも………」

 

 対話を。

 

 対話を、しなくては。ならないのに。

 

 指折り数えているだけ。ただただ数字を上げているだけ。その動作が、あまりにも。

 

「……三年前。なんてことも、あるかもしれませんねぇ、きゃははっ!」

 

 気色が、悪すぎる。

 

「いやいや、アタクシはひっさしぶりに驚かさせられましたよ。まさか、発情することすらできねー年齢のオス肉が明確な意思を持ってるなんて。ま、気づいたのは連れ去ってしばらくしてからですけどねー」

 

 相対するだけで、吐き気すら催す邪悪。その可憐な顔に孕まれた汚泥のような悪意が、彼女に対峙する僕の精神をジリジリと削っていく。

 

「………なら、なんで」

 

「あん?」

 

 吐き気を、堪える。堪えて、言葉にする。

 

「なんで、(リル)を育てた。害だったはずだ。他の子供たちに悪影響だったはずだ。お前を愛さない迷惑な赤ん坊なんて、捨てればよかっただろ…!なんで、わざわざそんな……!」

 

 善心が咎めたから、なんてありきたりな返答はハナから期待していない。ただ、その答えを知りたかった。

 

 彼女にとって、僕はゴミだったはずだ。芥だったはずだ。彼女を愛さずに彼女を愛するフリをする僕は、彼女にとっての美しい蝶々に混じる蛾に等しかったはず。

 

 それを何故。わざわざ育てたのか。それも、ティフィやソアラ達と一緒に。そして、今の今までなんのアクションを起こすこともなく、平穏に過ごさせてきたのか。

 

「……………」

 

 僕の問いに対して、無言を貫くカペラ。その圧迫感に息すら絶え絶えになりながら、なんとか向き合う。

 

 そして、ふと。仏頂面を浮かべていた、その悪童のような顔が──

 

「嫋やかで穏やか、蕩ける瞳に庇護欲を唆る瞼。白磁の肌、達観した価値観を持つ世界から浮いたような薄く儚い花のように………でしたっけ?」

 

 見覚えのある、とある顔に変化した。

 

 髪は金。瞳は紅。それは変わらないのに。目の前の少女の何かが、今。明らかに変わった。

 

「──何、を」

 

「背丈はアタクシと同じくらい、肌は隠さず、ありのままを愛すように。体も貧相でそれを生かすように。纏う空気も特殊ながら価値観も特殊。完璧に整った表面の奥に欲望を宿して、博愛を求める矛盾の塊。表も中身も薄っぺらい女。瞳は……蒼。髪はアタクシよりもさらに薄く、けど銀や白に行かないほどに光沢と暗さを残して……」

 

 ぐにゃぐにゃと、先ほどまで『色欲』を名乗っていた童女の姿が次々と変形していく。

 

 背丈、容姿、声音、髪、瞳。ありとあらゆるものが、視覚的な変化を遂げていく。勝気そうな顔は嫋やかな女性らしいものへ。世界が傅く美しさを持つ、絶世の少女へと変貌を遂げていく。

 

「ん、んー?あとは服と……あぁ、飾り。ありのままの格好の中でこそ、このアクセントが必要、と。服は──へぇ、こりゃいい趣味してんなぁ」

 

 髪に青色のリボンを。水着に近かった服はただ被るだけの布のようになり、その美しい肢体の本当に必要な場所だけを隠していく。

 

 全てを焦らすように、そうして現れた姿こそが。

 

「………なんで……その、容姿を……!?」

 

「あん?だってこれが──てめーの理想、そのままの面じゃねーですか」

 

 仕草。両手を広げ、世界ごと抱くような、果てしなく愛おしいその様相。あまりにも、あまりにも完成された姿に、僕は思わず唾を飲んだ。

 

 それはカペラの言通り、まごうことなき僕自身の理想だった。例えば、これがどこかの街中なら。どこかの道であったなら。出会ったその瞬間に求婚してもおかしくないと思えるほどの、隔絶した容姿。

 

「僕の………理想」

 

「あぁ、そうですよ。きゃは!今のてめー、どんな顔してやがるかわかりますかぁ?そんなにニヤけて発情しきっちまって……そんなにわかりやすいと、こっちもやった甲斐があるっつーもんですよ」

 

「……ッ!」

 

 言われて、手を自分の口元にやってようやく気がついた。

 

 口角が、自然と上がっていた。目の前の女性の美しさに恍惚とした体が見せる、惨めな反射反応。明らかな至福を孕んだその笑みに、カペラは一瞬、満足げな表情を作った。

 

 しかし、そう見えたのも一瞬。ある魔女そっくりの形を取ったカペラは、愉快そうにしていたその表情を歪めていく。

 

「………そう。それで、満足できるはずだったんですよ。アタクシは、アタクシを愛する奴には寛容です。アタクシを愛するなら、アタクシを一番にするのなら、他のことはどーだっていいんです。どーせ、アタクシ以外の世界の事象は全部茶番ですし」

 

 傲岸不遜。そうとしか取れない発言を咎めるものはこの場におらず、カペラの理論は垂れ流されていく。身勝手で自己中心的な理論は少しの寄り道を経て。今、結論に至ろうとしていた。

 

「──リル。てめー、この状態になって、アタクシを全く愛してねぇな?」

 

「…………なんで、わかっちゃうかな」

 

 ご名答、だ。

 

 ハッキリ言って、僕は目の前のカペラの容姿が好みだ。ドストライクだ。疑う余地もない、彼女の顔こそ、きっと僕が一目惚れをするとすればその最上に位置するものとなるだろう。

 

「愛しきらねーってのはまだわかる。顔じゃねぇ中身だなんていうやつはゴロゴロいやがりますから。そういう奴らの綺麗事を、ひっぺがすのがアタクシの『色欲』に与えられた試練だ」

 

 そう。それを嫌い、嘲笑うのがカペラ・エメラダ・ルグニカという狂人。人間は顔と体だけだと決めつけ、その価値観を押し付ける。人呼んで、人間の尊厳と価値観を弄ぶ怪物。

 

「だが、恋愛感情の揺れすらねーのはどういう理屈だ?目の前に理想のメスがいて、発情しきってたまんねーって表情してやがるくせして………なんで、てめーはかけらも満足してねぇ。そんなに、不満そうなんだよ」

 

 僕を睨み、カペラはその端正な顔を醜悪に歪める。

 

 そう。目の前のカペラの姿に、心を乱される僕はいる。彼女の容姿に、一片の文句もつけられない僕はいる。

 

 だが。

 

 彼女を愛そうと言う僕は、どこにだって存在しない。

 

 彼女を友人にするか。彼女を恋人にするか。彼女と結婚するか。彼女を愛し、彼女と共に過ごそうと思えるか。

 

 それらの問い全てに対し、今の僕が出す答えは『ごめんなさい』だ。

 

「アタクシがこんなに尽くしてるんだから……アタクシを見ろ。アタクシだけを見てろ。他に目もくれるな。アタクシの顔と、体と、声と、態度と、仕草と、全部が全部!てめーの好みド真ん中ド直球のはずだろうが!なんで!なんでアタクシを愛さねぇ!?」

 

 動揺、というより、憤慨を顕にするカペラ。前半の僕の問いの答えは未だ見えぬままだが、その問いについての答えは、実に簡単だ。

 

「タイプじゃないんです」

 

 ──相手が、狂人(カペラ)だから。

 

 そして、僕が愉悦部(僕の愛が異常)であることが原因だ。

 

 つい先日口にしたことだが。エルザはともかく、カペラ達のような大罪司教は、僕らとは根本から価値観が違っている。

 

 例えば、彼女のために僕が死んだとしよう。普通の人間なら、そこで悲しむ、もしくは、罪悪感を覚えたりするだろう。だが、カペラは違う。そこで他人が自分のために死んだという事実に喜び、自分のために死んだ僕へ全く悪びれず挙句感謝する。それが、目の前のカペラという女だ。

 

 さて。果たして僕は、そんな反応しかしない彼女を、愛することができるか。

 

 答えはお察しの通り。僕の歪んだ愛情は、決して彼女を認めようとしない。例えば、彼女がどれだけ不細工だろうと。罪悪感や罪の意識を感じてくれるなら、僕は喜んで彼女を愛しただろう。

 

 しかし、彼女は罪悪感など欠片も感じない狂人中の狂人。となれば、僕は彼女を愛することなど、どうあろうとできない。

 

 狂人は、僕の趣味ではない。僕の愉悦の対象にならないからだ。だから、僕は狂人を愛さない。愛せない。

 

 考えても見て欲しい。どうやったら虫を愛せる?無機物を愛せる?水を、排泄物を、汚泥を愛すことができるというのか。

 

 よって僕は、彼女がどれほど魅力的な容姿を取ろうと、彼女を恋愛的な意味で愛することはできない。精々が顔がいいから表面上仲良くする友達くらいが限界。全てから愛されようとする彼女にとって、これほど不快な存在もそうはいないだろう。

 

 だからこそ。僕は彼女に殺されることを本気で覚悟していたりしたのだが。彼女の言動を見る限り、どうやら僕に危害は加えるのはともかく、殺すつもりはないようだった。

 

「綺麗事抜かしてんじゃねぇ!外面だろーが、外見だろーが、見た目がてめーの肉を刺激するからその肉に惹かれてんだろーが!!なんで、なんでてめーはアタクシを愛さねぇ!?てめーの理想通りのはずだ!この体全部、てめーの好き勝手にできる!発情しきった顔してやがるのに、どうしててめーはそんなスカしてられんだよ!!」

 

「…………カペラ。僕の質問の答えが先だ。いい加減、教えてよ。なんで、こうやって君を愛さない僕を生かした。当たり前の生活なんて、送らせたんだ?」

 

 姿をそのままに、激昂してみせるカペラ。それを宥めるように、僕は淡々と質問する。

 

 その答えが。その答えがわからなければ、話はきっと一生前に進まない。どころか、そのまま僕が死ぬ可能性まである。

 

 生き残る。この状況下を生き残って、ティフィとソアラの元へと帰る。それが、今の僕の目指すべき目標だ。だからこそ、今ここでこの会話を、なんとしてでもうまく誘導しなくてはならないのだ。

 

「……………あぁ。そう………でしたね。……はぁ、頭痛い。なんか興奮しちゃいましたね。失礼しやがりました。きゃはっ!」

 

 ひとしきり叫んだからなのか。カペラは落ち着きを取り戻した風に、軽く深呼吸する。

 

「いけないいけない。肝心のメインディッシュを損ねて、ぶち殺してやがっちまうところでしたよ」

 

「………メイン、ディッシュ?」

 

「そうそう。てめーのきゃわいいきゃわいい、お姫様のご登場ですよーって」

 

 お姫様。

 

 カペラが口にしたその単語に、聞き覚えがあった。

 

「──まさ、か」

 

 予想を口にする間も無く、パチンという音が響く。

 

 カペラが指を鳴らした。途端、背後の何もなかった扉が一人でに動き出し、回転する。昔忍者屋敷で見た、原始的な回転扉を彷彿とさせる仕組み。

 

 そうして、あらわれたのは。

 

「………ティフィ……」

 

「ぁ………リ、ル………」

 

 四肢を鉄の鎖で繋がれ、磔になった、ティフィ。

 

「さーて!んじゃ、始めやがりますか!てめーを生かした理由ってやつの説明と………てめーの、収穫を!」

 

 長い夜は、まだまだ終わらない。




明日も更新します。カペラ様の口調難しい……

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